説明

ダイヤモンド様薄膜の評価方法

【課題】ダイヤモンド様薄膜における炭素の結合状態を簡便に評価する評価方法を実現できるようにする。
【解決手段】ダイヤモンド様薄膜の評価方法は、ダイヤモンド様薄膜の電気抵抗率を測定するステップと、電気抵抗率とあらかじめ算出した評価式とに従いダイヤモンド様薄膜における炭素の結合状態を評価するステップとを備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダイヤモンド様薄膜の評価方法に関し、特に電気抵抗率を用いたダイヤモンド様薄膜の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイヤモンド様薄膜(DLC膜)は、高強度で且つ低摩擦の平坦な表面を有する。このため、工具、金型及びハードディスク等の表面の保護に用いられている。また、平滑な特性を生かしてステント及びカテーテル等の血液と接触する医療用器具の表面のコーティングにも用いられている。医療器具の表面コーティングに用いる場合には、DLC膜にフッ素又はシリコン等の不純物を添加して生体適合性をさらに向上させることも試みられている。さらには、DLC膜にプラズマ照射等を行い、DLC膜の表面をさらに修飾することも試みられている。
【0003】
DLC膜は、sp2結合した炭素と、sp3結合した炭素と、水素との3つの成分を含むアモルファスな材料である。DLC膜の特性は、3つの成分の比率によって変化する。3つの成分の比率は、DLC膜の成膜条件によって大きく変化する。また、DLC膜に添加する不純物によっても変化する。このため、3つの成分の比率を評価することが、DLC膜の品質を管理するために必要である。特に、DLC膜の表面を修飾する場合にはDLC膜の表面近傍における炭素の結合状態を評価する必要がある。
【0004】
DLC膜中の炭素の結合状態についてはX線光電子分光(XPS)法及びレーザラマン分光法等により評価する方法が知られている(例えば、非特許文献1及び非特許文献2を参照。)。
【非特許文献1】J. Diaz、 他、 "Phys. Rev. B"、1996年、54巻、p.8064
【非特許文献2】E. H. Lee、 他、"Phys. Rev. B"、1993年、48巻、p.15540
【非特許文献3】S. Takabayashi、他、"J. Applied physics"、2007年、101巻、p.103542
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、前記のXPS法及びレーザラマン分光法等は、高価な装置が必要であり測定時間も長いという問題を有している。このため、XPS法及びレーザラマン分光法等をDLC膜の品質検査等に用いることは困難である。従って、形成されたDLC膜の特性がDLC膜中の炭素の結合状態によって大きく変化するにも拘わらず、ほとんど品質検査されることなく出荷されている。また、DLC膜の表面を修飾する場合には、DLC膜の表面における炭素の結合状態によって、修飾のされ方が大きく変化する。従って、中間検査が重要となるが、迅速簡便にDLC膜の表面における炭素の結合状態を評価することは困難である。
【0006】
本発明は、ダイヤモンド様薄膜における炭素の結合状態を簡便に評価するダイヤモンド様薄膜の評価方法を実現できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記の目的を達成するため、本発明はダイヤモンド様薄膜の評価方法を、ダイヤモンド様薄膜の電気抵抗率を測定することにより行う構成とする。
【0008】
具体的に、本発明に係るダイヤモンド様薄膜の評価方法は、ダイヤモンド様薄膜の電気抵抗率を測定するステップ(a)と、電気抵抗率とあらかじめ算出した評価式とに従いダイヤモンド様薄膜における炭素の結合状態を評価するステップ(b)とを備えていることを特徴とする。
【0009】
本発明のダイヤモンド様薄膜の評価方法は、ダイヤモンド様薄膜の電気抵抗率を測定することによりX線光電子分光スペクトルを測定測定した場合とほぼ同様に炭素の結合状態を評価できる。電気抵抗率の測定は、X線光電子分光スペクトルの測定と比べて、非常に簡単で且つ短時間に測定が可能である。従って、ダイヤモンド様薄膜における炭素の結合状態を非常に簡便に評価することができる。
【0010】
本発明のダイヤモンド様薄膜の評価方法において、炭素の結合状態は、sp3炭素−炭素結合と、sp2炭素−炭素結合と、sp3炭素−水素結合と、sp2炭素−水素結合とを含むことが好ましい。
【0011】
本発明のダイヤモンド様薄膜の評価方法において、複数の基準となるダイヤモンド様薄膜の電気抵抗率とX線光電子分光スペクトルとを測定することにより評価式を作成するステップ(c)をさらに備えていることが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係るダイヤモンド様薄膜の評価方法によれば、ダイヤモンド様薄膜における炭素の結合状態を簡便に評価できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の一実施形態に係るDLC膜の評価方法は、本願発明者らが見いだしたDLC膜の電気抵抗率とDLC膜のX線光電子分光(XPS)スペクトルのピーク位置との間に強い相関関係があるという知見に基づき、DLC膜の電気抵抗率を測定することにより、DLC膜の炭素の結合状態を評価する方法である。
【0014】
まず、本発明に係るダイヤモンド様薄膜の評価方法の原理について説明する。図1は製造条件が異なる3種類のDLC膜におけるXPSスペクトルを示している。ここで用いたDLC膜は、シリコン基板の上に非平衡マグネトロンスパッタリング法により形成したものであり、表1に示すような条件により作成したものである。サンプルA〜Cは、DLC膜を形成する際にチャンバ内のメタン(CH4)とアルゴン(Ar)との比率を変化させている。また、XPSスペクトルを測定する検出角度が45度の場合を示している。
【0015】
【表1】

【0016】
図1に示すようにCH4とArとの比率を変化させると、炭素の1sスペクトルのピークの位置及び半値幅が変化している。チャンバ内におけるCH4の比率が高くなるに従い、炭素の1sスペクトルのピーク位置は高エネルギー側にシフトし、半値幅は小さくなる。
【0017】
XPSスペクトルのピークの位置及び半値幅の変化は、DLC膜に含まれる結合状態が異なる炭素の比率の変化を示している。本願発明者らは、不純物の添加を行っていない通常のDLC膜における主な炭素の結合状態は、sp3炭素−炭素(sp3C−C)結合、sp3炭素−水素(sp3C−H)結合、sp2炭素−炭素(sp2C−C)結合及びsp2炭素−水素(sp2C−H)結合であるという知見を得ている(非特許文献3を参照。)。
【0018】
この知見に基づいてXPSスペクトルをカーブフィッティングした結果を図2に示す。カーブフィッティングには、式1に示すようなドニアック−サンジック(DS)関数を用いた。
【0019】
【数1】

【0020】
ここで、Γ(x)はガンマ関数であり、αは非対称性を示す特異性指数である。ΓLはローレンツ関数の半値幅であり、E0はαが0の場合のカーブにおける結合エネルギーの中心値である。ΓGはガンマ関数の半値幅であり、IはX線の強度に対応する比例係数であり、EBEは結合エネルギーである。
【0021】
また、sp3C−C結合、sp2C−C結合、sp3C−H結合及びsp2C−H結合のピーク位置は、それぞれ283.7eV〜283.8eV、284.2eV〜284.3eV、284.7eV〜284.8eV及び285.3eV〜285.4eVとした。また、α、ΓL、ΓGの各パラメータの値は、各成分について共通の値を用いている。
【0022】
図3は、フィッティングにより求めた各成分のピーク強度とXPSスペクトルのピーク位置との関係を示している。XPSスペクトルのピーク位置の結合エネルギーが大きいほど、sp3C−C結合及びsp2C−C結合のピーク強度が低下し、sp3C−H結合及びsp2C−H結合のピーク強度が上昇している。このように、XPSスペクトルのピーク位置とDLC膜の炭素の結合状態との間には相関があり、XPSスペクトルのピーク位置により炭素の結合状態を評価することができる。
【0023】
図4は、種々の条件により作成したDLC膜の電気抵抗率とXPSスペクトルのピーク位置との関係を示している。図4に示すように、DLC膜の電気抵抗率とXPSスペクトルのピーク位置とは強い相関を示している。XPSスペクトルのピーク位置によりDLC膜の炭素の結合状態を評価できるのであるから、電気抵抗率を測定することによりDLC膜の炭素の結合状態を評価できることを示している。
【0024】
例えば、あらかじめ複数のDLC膜について電気抵抗率とXPSスペクトルとを測定し、電気抵抗率とXPSスペクトルのピーク位置との関係を表す検量式及びXPSスペクトルのピーク位置とsp3C−C結合、sp2C−C結合、sp3C−H結合及びsp2C−H結合の比率との関係を表す検量式を求めておくことにより、電気抵抗率を測定するだけでDLC膜のsp3C−C結合、sp2C−C結合、sp3C−H結合及びsp2C−H結合の比率を求めることが可能となる。また、基準となるDLC膜の電気抵抗率と製品の電気抵抗率とを比較することにより、製品の良否を判断することが可能となる。
【0025】
本実施形態においては、XPSスペクトルを、sp3C−C結合、sp2C−C結合、sp3C−H結合及びsp2C−H結合の4つの成分に分解する例を示したが、sp3結合とsp2結合の2つの成分に分解して評価する場合おいても同様の効果が得られる。
【0026】
DLC膜の電気抵抗率の測定は、一般的な方法を用いればよいが、例えば以下のように四探針法(JIS K 7194)を用いればよい。まず、一組の電流測定用探針(プローブ)及び電圧測定用プローブを用意する。電流プローブ組を外側に電圧プローブ組を内側に等間隔で一列に配置する。間隔は約1mmが一般的である。外側の電流プローブ間に電流を流し、その際に発生する電圧を内側の電圧プローブで測定する。膜表面及び内部の電流の分布を考慮して、オームの法則を適用すると、電気抵抗率ρは以下の式2により求められる。
【0027】
【数2】

【0028】
ここでVは電圧、Iは電流、tは膜厚である。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明に係るダイヤモンド様薄膜の評価方法は、ダイヤモンド様薄膜における炭素の結合状態を簡便に評価でき、特にダイヤモンド様薄膜の品質管理等に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】製造条件が異なるダイヤモンド様薄膜についてX線光電子分光スペクトルを測定した結果を示す図である。
【図2】X線光電子分光スペクトルをカーブフィッティングにより4つの成分に分解する例を示す図である。
【図3】カーブフィッティングにより求めた各成分のピーク強度と、X線光電子分光スペクトルのピーク位置との関係を示すグラフである。
【図4】ダイヤモンド様薄膜の電気抵抗率とX線光電子分光スペクトルのピーク位置との関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイヤモンド様薄膜の電気抵抗率を測定するステップ(a)と、
前記電気抵抗率とあらかじめ算出した評価式とに従い前記ダイヤモンド様薄膜における炭素の結合状態を評価するステップ(b)とを備えていることを特徴とするダイヤモンド様薄膜の評価方法。
【請求項2】
前記炭素の結合状態は、sp3炭素−炭素結合と、sp2炭素−炭素結合と、sp3炭素−水素結合と、sp2炭素−水素結合とを含むことを特徴とする請求項1に記載のダイヤモンド様薄膜の評価方法。
【請求項3】
複数の基準となるダイヤモンド様薄膜の電気抵抗率とX線光電子分光スペクトルとを測定することにより前記評価式を作成するステップ(c)をさらに備えていることを特徴とする請求項1又は2に記載のダイヤモンド様薄膜の評価方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2009−63325(P2009−63325A)
【公開日】平成21年3月26日(2009.3.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−229379(P2007−229379)
【出願日】平成19年9月4日(2007.9.4)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【出願人】(391003668)トーヨーエイテック株式会社 (145)
【Fターム(参考)】