説明

チタンの大気環境中における耐変色性の評価方法

【課題】チタンを屋根、壁材のような大気環境中で使用した場合に発生する変色の程度を、表面皮膜の性質(材料学的特徴)の観点から簡便に評価する方法を提供するものである。
【解決手段】表面に酸化皮膜が形成されているチタンについて、以下の方法で求めた当該酸化皮膜の結晶サイズ(nm):tからチタンの大気環境中における耐変色性を評価する方法である。
(ステップ1)X線入射角度を2度以下の低角度に保った条件で大気環境中保持前である初期状態のチタン表面のX線回折図形の測定を行う。
(ステップ2)得られたX線回折図形で、散乱ベクトル:qが、5<q<30nm-1の範囲に観察されるピークの半値幅:wより次式により結晶サイズ:tを求める。
t=0.9λ/(wcosθB)(式1)、q=4π(sinθB)/λ (式2)
ここで、λ:使用した単色X線の波長(nm)、θB:ブラッグ角である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、屋外用途(屋根、壁など)に使用される場合に、特に酸性雨の厳しい大気環境中においても変色を生じにくいチタンの耐変色性の評価方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
チタンは、大気環境において極めて優れた耐食性を示すことから、海浜地区の屋根、壁のような建材用途に用いられている。チタンが屋根材等に使用されはじめてから約十数年を経過するが、これまで腐食が発生したと報告された例はない。
【0003】
しかしながら、使用環境によっては長期間に亘って使用されたチタン表面が暗い金色に変色する場合がある。変色は極表面層に限定されることから、チタンの防食機能を損なうものではないが、意匠性の観点からは問題となる場合がある。
【0004】
変色を解消するには、チタン表面を硝フッ酸等の酸を用いてワイピングするか、研磨紙、研磨剤を用いた軽い研磨で変色部を除去する必要があり、屋根のごとく大面積なチタン表面を処理する場合には、作業性の観点から問題がある。
【0005】
チタンに変色が発生する原因については、未だに十分に解明されているわけではないが、大気中に浮遊するFe,C,SiO2等がチタン表面に付着することによって発生する場合と、チタン表面の酸化チタンの膜厚が増加することによって発生する可能性が示唆されている。
【0006】
チタンを大気環境中で十数年間、建材等に使用した場合のチタンの耐変色性を評価する方法としては、促進試験として、酸溶液への浸漬実験後の変色を調べる方法が広く行われている。しかし、耐変色性を決めるチタン表面の材料学的特徴と耐変色性との関連は不明であり、プロセス改善の障害になっていた。変色を軽減する方法として、特許文献1には、チタン表面に100Å(10nm)以下の酸化膜を有し、かつ表面炭素濃度を30at%以下としたチタンを適用することが有効であることが開示されている。しかし、特許文献2によると、表面炭素濃度の測定だけでは耐変色性を評価することは困難であり、酸化膜の組成や密度が変色に大きく関与していることが開示されている。そこでは、酸化膜の組成や密度を評価するために、X線反射率による方法が開示されているが、この手法は試料表面の凹凸が非常に小さな平坦試料が必要であり、陽極酸化等により作製した凹凸の大きな皮膜に覆われたチタンの耐変色性を評価することは困難であった。
【0007】
このように、様々なプロセスで作製された皮膜に覆われたチタンの耐変色性について、大気環境中使用前に、表面皮膜の性質(材料学的特徴)の観点から簡便に予測・評価できる方法が望まれているのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2000−1729号公報
【特許文献2】特開2003−408484号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記現状に鑑み、チタンを屋根、壁材のような大気環境中で使用した場合に発生する変色の程度を、大気環境中使用前に、表面皮膜の性質(材料学的特徴)の観点から簡便に予測・評価する方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、チタン表面に存在する性質(材料学的特徴)と変色に及ぼす影響を鋭意検討した結果、皮膜の結晶サイズと関連性があることを見出した。
【0011】
本発明は、かかる知見に基づいて完成されたもので、その要旨とするところは、
(1) 表面に酸化皮膜が形成されているチタンの大気環境中における耐変色性の評価方法であって、以下の方法で求めた当該酸化皮膜の結晶サイズ:t(nm)が、大きいほど、耐変色性が優れるとする、チタンの大気環境中における耐変色性を評価する方法。
(ステップ1)X線入射角度を2度以下の低角度に保った条件で大気環境中保持前である初期状態のチタン表面のX線回折図形の測定を行う。
(ステップ2)得られたX線回折図形で、散乱ベクトル:qが、5<q<30nm-1の範囲に観察されるピークの半値幅:wより次式により結晶サイズ:t(nm)を求める。
t=0.9λ/(wcosθB) (式1)
q=4π(sinθB)/λ (式2)
ここで、λ:使用した単色X線の波長(nm)、θB:ブラッグ角である。
(2)前記(1)に記載のチタンの大気環境中における耐変色性を評価する方法において、さらに、下記の評価指標により、チタンの大気環境中における耐変色性を評価する方法。
(ステップ3)当該チタンの耐変色性を、大気環境下において十数年間暴露した場合に対応する評価指標である色差ランクとして、結晶サイズ:t(nm)を用いて表す。
[色差ランク]=−1.1t+7 (式3)
ここで、色差ランクは、有効数字1桁の自然数で表し、1、2、3、4のいずれかの値をとり、JIS Z8730の色差ΔEが、0.0以上〜2.0未満,2.0以上〜4.0未満,4.0以上〜6.0未満,6.0以上に応じて、それぞれ色差ランク1、2、3、4と分類したものであって、色差ランクが小さいほど、変色が小さく、耐変色性が優れることを表す。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】X線回折におけるX線の入射角度aiと、チタン酸化皮膜へのX線の進入深さζとの関係を示す図である。
【図2】促進試験前後の色差ΔEに基づく色差ランクと、酸化皮膜の結晶サイズtとの関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
一口に大気環境と言っても、その環境は海浜から工業地帯、田園地帯と地域によって全く異なっており、チタンの変色に及ぼす環境因子が異なることが考えられる。また、同じ地域においても変色を生じるチタンと生じにくいチタンとがあり、チタン表面に存在する極薄い皮膜が大気に暴露した際のさらなる酸化挙動、すなわち変色挙動を大きく左右すると考えられる。本発明者らは、チタンの変色に及ぼすこのような環境の影響および材質要因を明らかにするため、日本各地において環境の異なる地域を選別し、各種の表面仕上げを施したチタンの曝露試験を実施した。また、促進試験として、酸溶液への浸漬実験後の変色を調べる方法を併用した。そして、実際の暴露試験結果と促進試験結果との間に良好な対応が見られることも確認した。
【0014】
次に、実際に変色を生じたチタン製屋根を取り外し、チタン表面の分析を実施した。このような検討を続けた結果、本発明者らは、チタンの変色は、大気に暴露する前に表面に存在する皮膜の結晶サイズ:t(nm)によって大きくかわることを見出した。
【0015】
大気中での変色は、チタン表面が湿潤条件にあるとき、表面近傍のチタンがイオンとして溶け出し大気中の酸素と反応して酸化物を形成し、酸化皮膜の厚さが増大することにより生じる。つまり、変色を防ぐためには、水、イオン、酸素といった活性物質の移動を妨げる皮膜を表面に形成すればよい。そのためには、チタンと酸素が近接した強固な原子構造から構成される結晶の平均サイズ:tが大きければよい。しかし、チタン表面に形成される酸化皮膜は、結晶性が悪く、アモルファス状態の部分があり、また原子配列の欠陥が多いと、一般的なX線回折法での測定では明瞭な回折図形が観察されないか、もしくは非常にブロードなピークしか観察されないことが多く、表面皮膜の性質(材料学的特徴)を評価することが困難であった。しかし、本発明者の詳細な検討の結果、(ステップ1)入射角度を2度以下の低角度に保った条件でX線回折図形の測定を行い、その後、(ステップ2)得られたX線回折図形で、ブラッグ角θBから求まる散乱ベクトル:qが、5<q<30nm-1の範囲である場合に観察されるピークの半値幅:wより、次式により結晶サイズ:tを求めることにより、簡便に、表面皮膜の性質(材料学的特徴)を評価可能であることを見いだした。
t=0.9λ/(wcosθB) (式1)
ここで、wは観察されたピーク強度の1/2におけるピーク幅(半値幅)、θB:ブラッグ角であり、散乱ベクトル:qは次式の条件より決まる値である。
q=4π(sinθB)/λ (式2)
上記(式1)は、「新版カリティX線回折要論」アグネ(1987)、p.94及びp.259の式(3−13)、上記(式2)は、ブラッグの法則から求まる式である。
【0016】
(式1)は、X線の散乱を与える材料の結晶サイズが小さくなると、散乱に寄与する原子の数が減ることから理論的に求められるもので、この過程が本発明の対象とするチタン表面皮膜にも適用可能であることを、電子顕微鏡等による組織観察の結果、確認した。入射角度:aiを2度以下の低角度に保つのは、X線の試料への進入を抑制し、表面皮膜の情報をより選択的に得るためである。例えば、測定に用いるX線のエネルギー:E=12keVの際、密度=4.2g/cm3のTiO2の皮膜に対して垂直方向のX線の進入深さ:ζは図1のようになる。ai=0.1,0.3,1.0,2.0のそれぞれの値は、ζ=2.8,237.3,1019.2,2068.3nmである。なお、ここで、進入深さ:ζとは、強度が1/eに減衰する距離である。耐変色性に優れたチタン板表面の酸化皮膜は、その厚さが2μm以下であることが多いため、入射角度:aiの上限を2度とした。進入深さ:ζは、測定に用いるX線のエネルギー:Eや皮膜の密度によって異なるため、これらの値に応じて入射角度:aiを変えればよい。
【0017】
得られたX線回折図形から結晶サイズtを求める際、散乱ベクトル:qが、5<q<30nm-1の範囲に観察されるピークを用いるのは次の理由による。チタンの酸化物の形態としては、TiO,Ti23,TiO2等が知られており、それぞれ構造が異なる。しかしながら、これらの物質の原子構造に共通するのは、チタン原子の最近接に酸素原子が配位した構造であり、その距離は、概ね0.18〜0.22nmの範囲である。実際のチタン皮膜の構造は酸素等の欠陥のために、これらの化学量論組成からずれることも知られているので、0.18〜0.22nmの範囲よりやや広い範囲の原子相関に相当する5<q<30nm-1の範囲に観察されるピークを用いれば良い。
【0018】
大気環境中に暴露あるいは促進試験を実施した結果としてのチタンの変色については、暴露試験実施あるいは促進試験実施の前後における色差ΔEによって表すことができる。前後の色差ΔEは、ΔE={L*2−L*12+(a*2−a*12+(b*2−b*121/2によって表される。色差ΔEは、JIS Z8730で定義されるものであり、Lは、明度指数、a*1,a*2,b*1,b*2はクロマティクネス指数である。
【0019】
種々の表面を有するチタンについて、pH:3の60℃の硫酸溶液中に14日間浸漬する促進試験を実施し、試験前後の色差ΔEを評価した。同時に、同じチタンについて上記(ステップ1)(ステップ2)によってチタン表面の酸化皮膜の結晶サイズtを求めた。その結果、酸化皮膜の結晶サイズtは、促進試験前後の色差ΔEと極めて良好な相関関係があり、結晶サイズtが大きくなるほど色差ΔEが小さくなることが明らかになった。即ち、(ステップ1)(ステップ2)によってチタン表面の酸化皮膜の結晶サイズtを求めることにより、長期間の暴露試験や促進試験を行うことなく、チタンの大気環境中における耐変色性を評価可能であることが明らかになった。
【0020】
ここで、色差ランクを定義する。色差ランクは、有効数字1桁の自然数で表し、1、2、3、4のいずれかの値をとり、JIS Z8730の色差ΔEが、0.0以上〜2.0未満,2.0以上〜4.0未満,4.0以上〜6.0未満,6.0以上に応じて、それぞれ色差ランク1、2、3、4と分類したものであって、色差ランクが小さいほど、変色が小さく、耐変色性が優れることを表す。
【0021】
上記(ステップ1)(ステップ2)によってチタン表面の酸化皮膜の結晶サイズtを求めた後、さらに(ステップ3)において、
[色差ランク]=−1.1t+7 (式3)
として(式3)によって色差ランクを算出する。こうして算出した色差ランクが、大気環境下において十数年間暴露した場合に対応する評価指標である色差ランクとよく一致することがわかった。即ち、十数年間暴露した場合に対応する評価指標である色差ランクを、暴露試験や促進試験を行わずに、(式3)によって算出できることになる。
【実施例】
【0022】
JIS1種の純チタンの冷延(0.5mmまで冷延)の表面を、鏡面研磨後に、硝酸及びフッ酸水溶液または、硝酸水溶液中で、種々の条件で処理した。しかる後、試験片をpH:3の60℃の硫酸溶液中に14日間浸漬する促進試験を実施し、試験前後の色差ΔE={L*2−L*12+(a*2−a*12+(b*2−b*121/2によって耐変色性を評価した。ここで、前記硫酸溶液中浸漬試験は、酸性雨の厳しい大気環境下において、十数年間暴露した場合に対応する促進試験である。色差ΔEは、JIS Z8730で定義されるものであり、Lは、明度指数、a*1,a*2,b*1,b*2はクロマティクネス指数である。色差ΔEの変化の程度が、0.0以上〜2.0未満,2.0以上〜4.0未満,4.0以上〜6.0未満,6.0以上のそれぞれに応じて、ランク1,2,3,4と分類した。ランク1が最も変色の少ないことに対応する。さらに、各試料について、前記硫酸溶液中浸漬試験の前に、本発明の(ステップ1)(ステップ2)の方法により、結晶サイズ:t(nm)を求めた(表1、図2)。本発明による評価結果は、前記硫酸溶液中浸漬試験後の結果とよく対応していることがわかる。
【0023】
【表1】

【0024】
促進試験結果による色差ランクあるいはΔEと、(ステップ1)(ステップ2)により評価した結晶サイズtの関係を表1の結果に基づき、それぞれ線形近似式および累乗近似式で表せば、
[色差ランク]=−1.1t+7 (式3)
および、
ΔE=53t-2.0 (式4)
と表せる。
【0025】
したがって、この結果を利用し、(ステップ1)(ステップ2)で算出した結晶サイズtから、(ステップ3)として(式3)を用いて色差ランクを算出すれば、前記色差ランクに対応する耐変色性を有するチタンを、実際の大気環境下暴露試験または促進試験を行うことなしに、簡便かつ的確に選抜することができる。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明の評価方法によって、ユーザーが欲する大気環境下における耐変色性の程度に合わせた、耐変色性を有するチタンについて、実際の大気環境下での暴露試験または、その促進試験を行うことなしに、簡便に評価できる。この結果、要求される耐変色性に合致したチタンの選別または、製造を経済的にかつ簡便に行うことができ、産業上の利用可能性が大きい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に酸化皮膜が形成されているチタンの大気環境中における耐変色性の評価方法であって、以下の方法で求めた当該酸化皮膜の結晶サイズ:t(nm)が、大きいほど、耐変色性が優れるとする、チタンの大気環境中における耐変色性を評価する方法。
(ステップ1)X線入射角度を2度以下の低角度に保った条件で大気環境中保持前である初期状態のチタン表面のX線回折図形の測定を行う。
(ステップ2)得られたX線回折図形で、散乱ベクトル:qが、5<q<30nm-1の範囲に観察されるピークの半値幅:wより次式により結晶サイズ:t(nm)を求める。
t=0.9λ/(wcosθB) (式1)
q=4π(sinθB)/λ (式2)
ここで、λ:使用した単色X線の波長(nm)、θB:ブラッグ角である。
【請求項2】
請求項1に記載のチタンの大気環境中における耐変色性を評価する方法において、さらに、下記の評価指標により、チタンの大気環境中における耐変色性を評価する方法。
(ステップ3)当該チタンの耐変色性を、大気環境下において十数年間暴露した場合に対応する評価指標である色差ランクとして、結晶サイズ:t(nm)を用いて表す。
[色差ランク]=−1.1t+7 (式3)
ここで、色差ランクは、有効数字1桁の自然数で表し、1、2、3、4のいずれかの値をとり、JIS Z8730の色差ΔEが、0.0以上〜2.0未満,2.0以上〜4.0未満,4.0以上〜6.0未満,6.0以上に応じて、それぞれ色差ランク1、2、3、4と分類したものであって、色差ランクが小さいほど、変色が小さく、耐変色性が優れることを表す。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−47878(P2011−47878A)
【公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−198281(P2009−198281)
【出願日】平成21年8月28日(2009.8.28)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】