説明

トライボケミカル反応促進面構造

【課題】小さな粗さを付与することにより容易に摩耗して新生面を生成でき、かつ新生面にきめ細かく摩擦調整剤が供給されるトライボケミカル反応促進構造を提供する。
【解決手段】第1部材1の摺動面10と第2部材3の摺動面4とが、摩擦調整剤を含有する添加油潤滑下で相対的に摺動するトライボケミカル反応促進面構造である。少なくとも一方の摺動面にサブミクロンオーダーの凹凸高さと間隔を有するグレーティング状の周期構造2を形成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トライボケミカル反応促進面構造に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車のエンジン等の摺動部材には、通常の潤滑油に加えて摩擦調整剤(添加剤)が含有されている。この摩擦調整剤は、摺動部材を摩擦させることにより、例えば二硫化モリブデン等の摩擦抵抗の極めて小さい反応生成物である固体潤滑膜を表面に生成する機能を有する。
【0003】
ところで、摺動面の表面状態によって反応生成物の生成に影響を与えることが従来の研究で判明している(非特許文献1)。すなわち、酸化物等にて被覆された平滑な面同士を摺動させる場合、表面は安定な状態であるため化学反応は起こりにくい。一方、表面粗さを有する凹凸面では、応力集中により新生面が形成されやすくなる。原子間の結合が切られた新生面表面は活性な状態となる。この場合、摺動による摩擦にて発生する熱及びせん断力等の影響で摩擦調整剤自体も活性化され、金属面との反応が促進されて反応生成物が表面に形成される。
【0004】
このように、平滑な鏡面より表面粗さを与えた面の方が化学反応が起こり易く、反応生成物が生成され易い。そこで、従来では摺動面に表面粗さを付与するために、エメリー紙や機械加工等にて意図的に凹凸を形成していた。
【非特許文献1】松舘心 久保朋生 七尾英孝 南一郎 森誠之 表面形状によるトライボケミカル反応と摩擦特性の制御 トライボロジー会議予稿集 佐賀 2007−9,(2007)5
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前記のように、エメリー紙や機械加工等で表面粗さを付与すると、図21に示すように、摺動面101には複数の凸部102と凹部103とからなる加工面が形成される。この凹凸は、幅(凸部102の頂点104から、隣接する凸部102の頂点104までの寸法)がaとなり、凹凸高さ(凸部102の頂点104から凹部103の谷底105までの寸法)がbとなる。この場合、幅aは数十μm〜数百μmとなるとともに、凹凸高さbは数μmとなる。すなわち、幅aと凹凸高さbとのアスペクト比が極めて小さく、摺動面101はゆるやかなカーブとなっていた。
【0006】
摺動部材の摺動により、摺動面101は図21の矢印に示す方向、すなわち凸部102の頂点104から奥側に向かって削られて新生面が生成される。この場合、幅aと高さ寸法bとのアスペクト比が極めて小さいため、他方の摺動面(図示省略)との接触点の曲率が大きい。このため、応力集中が生じにくく、新生面が効率的に生成されない。また、曲率が大きいと、他方の摺動面も凸部102の形状に沿って弾性変形を行い易くなり、摺動面101が他方の摺動面と当接する範囲が大きくなって、単位面積当たりの力が小さくなる。これらの理由から、新生面を生成するためには大きな粗さを付与する必要があった。大きな粗さを付与した場合、新生面の面積比が所定の値に達するまでには大きな摩耗量が必要となり、なじみ過程の長期化や摺動面の寸法変化という問題があった。
【0007】
さらには、幅aが大きいため、1つの凸部102の幅寸法も大きい。このため、1つの凸部102にて形成される新生面の面積が広くなる。これにより、新生面の中央部分(凸部102の頂点104の近傍)から凹部103までの寸法が長くなって、新生面の中央部分には摩擦調整剤が供給されにくく、新生面を生成しても摩擦調整剤が供給されずに化学反応が起こりにくいという問題があった。
【0008】
本発明は、上記課題に鑑みて、小さな粗さを付与することにより容易に摩耗して新生面を生成でき、かつ新生面にきめ細かく摩擦調整剤が供給されるトライボケミカル反応促進構造を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明のトライボケミカル反応促進面構造は、第1部材の摺動面と第2部材の摺動面とが、摩擦調整剤を含有する添加油潤滑下で相対的に摺動するトライボケミカル反応促進面構造であって、少なくとも一方の摺動面にサブミクロンオーダーの凹凸高さと間隔を有するグレーティング状の周期構造を形成したものである。
【0010】
本発明では、摺動面の表面粗さに着眼するのではなく、接触点の曲率に着眼する。本発明のトライボケミカル反応促進面構造によれば、第1部材の摺動面と第2部材の摺動面のうち少なくとも一方の摺動面にサブミクロンオーダーの凹凸高さと間隔を有するグレーティング構造を形成しているので、従来の表面粗さ付与面と比較して凹凸の高さと間隔とのアスペクト比が大きくなる。これにより、表面粗さは小さいものの凸部の先端部の曲率が小さく(鋭く)なり、凸部の単位面積当たりにかかる力が大となる。また、凸部の先端部から、隣接する凸部の先端部までの間隔が小さいので、1つの凸部にて生成される新生面の面積が狭くなって、新生面全体に十分な量の摩擦調整剤がきめ細かく効率的に供給される。さらに、サブミクロンの摩耗量で十分な新生面の面積が確保される。ここで第1部材や第2部材としては、湿式クラッチ、エンジンのピストン、ギヤ、スプライン、すべり軸受、動弁系部品等の摺動部分を有する機械部品である。
【0011】
前記グレーティング状の周期構造の方向を摺動方向と直交させることができる。すなわち、他の摺動面が凸部に当接した後、凹部を通過して隣の凸部に当接する。このように、他の摺動面は1間隔毎に新生面の生成と摩擦調整剤の供給とが繰り返されることになる。
【0012】
一方の摺動面硬度を他方の摺動面硬度と相違させることができる。この場合、グレーティング状の周期構造を低硬度側摺動面に形成したり、グレーティング状の周期構造を高硬度側摺動面に形成したりすることができる。
【0013】
少なくとも一方の摺動面に前記グレーティング状の周期構造より大きな高さと間隔とを有するうねりを形成し、このうねりに前記グレーティング状の周期構造を形成することができる。摺動面は、凹凸高さ分が削れると平滑な面となり、この場合に本発明の効果の寿命となる。そこで、うねりを形成することによって、摺動面全体に高低差をつけることにより、最も高い位置の凸部の頂点から最も低い位置の凹部の谷底までの寸法を大とすることができる。これにより、摺動面の一部の周期構造が摩滅して平滑化されても、他の低い部分の周期構造にて反応生成物が生成されて摺動面全体にいきわたらせることができ、摺動面全体が平滑化されるまで効果を維持することができる。
【0014】
前記グレーティング構造部は、加工閾値近傍の照射強度で直線偏光のフェムト秒レーザを照射し、その照射部分をオーバラップさせながら走査して、自己組織的に形成することができる。この方法を用いると円筒面や複雑な形状にもグレーティング構造部を形成することができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明のトライボケミカル反応促進面構造では、凸部の単位面積当たりにかかる力が大となるため、容易に摩耗して新生面が生成され、表面が活性な状態となる。また、新生面に十分な量の摩擦調整剤がきめ細かく効率的に供給されて、トライボケミカル反応が促進され、摩擦抵抗の極めて小さい反応生成物が表面に形成されて低摩擦摺動面を形成することができる。さらに、グレーティング状であるため、柱状構造より摩擦調整剤のリークが少なく、また、間隔が小さいため摩耗量も少ないという利点もある。加えて、なじみ過程において、凹部内に摩耗粉が逃げ込む(入り込む)ため、摩耗粉の噛み込みを防止できて、低摩擦面を安定して確保できる。
【0016】
前記グレーティング状の周期構造の方向を摺動方向に直交させると、1つの間隔(周期)毎に、新生面の生成と摩擦調整剤の供給が繰り返されることになって、効率的にトライボケミカル反応を促進させることができる。
【0017】
一方の摺動面硬度を他方の摺動面硬度と相違させると、低硬度側に生成される新生面が平滑化されることにより、反応生成物が形成された凹凸の少ない均一な摺動面を形成することができて摩擦抵抗を小とすることができる。
【0018】
前記グレーティング状の周期構造より大きな高さと間隔とを有するうねりを形成すると、一部の周期構造が摩滅しても、他の周期構造にて摩擦の低い反応生成物が生成されて摺動面全体にいきわたらせることができ、長寿命化を図ることができる。
【0019】
グレーティング構造部は、加工閾値近傍の照射強度で直線偏光のレーザを照射し、その照射部分をオーバラップさせながら走査して、自己組織的に形成したものでは、機械加工では困難なサブミクロンの周期ピッチを持つグレーティング構造部をほとんど加工変質することなく平面、円筒面、その他複雑な曲面上にも形成できる。また、フェムト秒レーザを用いてグレーティング構造部を形成する場合、大気中での加工が可能であり、加工装置の簡略化を図ることができる。これに対して、電子ビーム加工であれば、ワークである被加工物を、例えば真空チャンバーなどに収容して、真空雰囲気下、もしくは所定のガス雰囲気下で加工する必要があり、装置のコスト高および大型化を招くことになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下本発明の実施の形態を図1〜図20に基づいて説明する。
【0021】
本発明のトライボケミカル反応促進面構造は、第1部材1の摺動面10と第2部材3の摺動面4とが相対的に摺動するものである。本実施形態では、図1に示すように、第1部材1を平板体とし、第2部材3を先端が球面のピンとしている。第1部材1と第2部材3とは、潤滑油に摩擦調整剤(添加剤)を含有する添加油潤滑下で摺動する。潤滑油としては、タービンオイル、エンジンオイル、ギヤオイル等種々のものが使用できる。摩擦調整剤としては、高級脂肪酸、高級アルコール、脂肪族アミン、アミド、エステル等の油性向上剤、硫黄、りん、塩素、有機金属等の化合物を含む極圧添加剤、二硫化モリブデン、グラファイト、セラミック粉末(ボロン系を含む)、微細金属粉等の固形材料を含む固体潤滑剤等種々のものが使用できる。
【0022】
第1部材1の材質としては、SUJ2(高炭素クロム軸受鋼鋼材JIS G4805)を使用している。また、第2部材3は、超硬合金を使用している。ここで、超硬合金(ちょうこうごうきん、Cemented Carbide)とは、硬質の金属炭化物の粉末を焼結して作られる合金で、単に超硬とも呼ばれる。一般的には炭化タングステン(WC、タングステン・カーバイド)と結合剤(バインダ)であるコバルト(Co)を混合して焼結したものである。また、材料特性を向上させるために炭化チタン(TiC)や炭化タンタル(TaC)などを加えたものであってもよい。これにより、第1部材1の摺動面硬度が、第2部材3の摺動面硬度よりも低くなっている。すなわち、グレーティング構造部2は、低硬度側摺動面に形成している。これにより、低硬度側である第1部材1が摩耗することになる。
【0023】
第1部材1の摺動面10には、図2や図3に示すようなグレーティング構造部2を設けている。グレーティング構造部2は、微小の凹部(凹条)5と微小の凸部(凸条)6とが交互に所定ピッチでほぼ平行に配設され、正弦曲線に近い断面形状となっている。凹凸は、間隔(凸部6の頂点から、隣接する凸部6の頂点までの寸法)がAであり、凹凸高さ(凸部6の頂点から凹部5の谷底までの寸法)がBである。この場合、間隔Aはサブミクロンオーダーの寸法であり、凹凸高さBもサブミクロンオーダーの寸法としている。本実施形態においては、Aは0.7μmであり、Bは0.2μmであり、間隔Aと凹凸高さBとのアスペクト比B/Aは2/7である。なお、アスペクト比が0.1未満では十分な摩擦調整剤の保持が困難となり、0.5を超えると摩耗量やなじみ過程が増大するため、アスペクト比の最適な範囲としては、0.1〜0.5が好ましい。これにより、従来のグレーティング構造部と本実施形態のグレーティング構造部2とを所定長さ内で比較した場合、従来のグレーティング構造部では凸部の配設ピッチが疎であるのに対し、本実施形態のグレーティング構造部2は凸部6のピッチを密とすることができる。
【0024】
これにより、通常の表面粗さより高いアスペクト比となるサブミクロンオーダーの凹凸高さBと間隔Aをもち、方向が制御された微細周期構造を摺動面10に形成することができる。すなわち、凸部6の先端部の曲率が小さくなり(鋭くなり)、凸部6の単位面積当たりにかかる力が大となる。また、間隔Aが小さいので、1つの凸部6にて生成される新生面の面積が狭くなって、新生面全体に十分な量の摩擦調整剤が効率的に供給される。これにより、トライボケミカル反応が促進され、摩擦抵抗の極めて小さい反応生成物が表面に形成される。
【0025】
第1部材1と第2部材3との摺動は、第2部材3を固定して、第1部材1を図1や図3の矢印に示す方向に往復動させている。すなわち、グレーティング構造部2の方向は摺動方向と直交している。これにより、第2部材3の摺動面4が凸部6に当接した後、凹部5を通過して隣の凸部6に当接することになる。このように、第2部材3摺動面4は1間隔毎に新生面の生成と摩擦調整剤の供給とが繰り返されることになる。
【0026】
グレーティング構造部2は、加工閾値近傍の照射強度で直線偏光のレーザを照射し、その照射部分をオーバラップさせながら走査して、自己組織的に形成している。具体的には、図4に示すフェムト秒レーザ表面加工装置を使用する。レーザ発生器11(チタンサファイアフェムト秒レーザ発生器)で発生したレーザ(例えば、パルス幅:120fs、中心波長800nm、繰り返し周波数:1kHz、パルスエネルギー:0.25〜400μJ/pulse)は、ミラー12により加工材料Wに向けて折り返され、メカニカルシャッタ13に導かれる。レーザ照射時はメカニカルシャッタ13を開放し、レーザ照射強度は1/2波長板14と偏光ビームスプリッタ16によって調整可能とし、1/2波長板15によって偏光方向を調整し、集光レンズ(焦点距離:150mm)17によって、XYθステージ19上の加工材料W表面に集光照射する。
【0027】
アブレーション閾値近傍のフルエンスで直線偏光のレーザをワークに照射した場合、入射光とワークの表面に沿った散乱光またはプラズマ波の干渉により、波長オーダのピッチと溝深さを持つグレーティング状の周期構造が偏光方向に直交して自己組織的に形成される。このとき、フェムト秒レーザをオーバラップさせながら走査させることで、周期構造を広範囲に拡張することができる。
【0028】
レーザの走査は、レーザを固定して加工材料Wを支持するXYθステージ19を移動させてもよいし、XYθステージ19を固定してレーザを移動させてもよい。あるいは、レーザとXYθステージ19を同時移動させてもよい。
【0029】
このように、本発明のトライボケミカル反応促進面構造は、凸部6の単位面積当たりにかかる力が大となるため、摺動開始直後は容易に摩耗して新生面が生成され、表面が活性な状態となる。また、新生面に十分な量の摩擦調整剤がきめ細かく効率的に供給されて、トライボケミカル反応が促進され、摩擦抵抗の極めて小さい反応生成物が表面に形成されて低摩擦摺動面を形成することができる。低摩擦摺動面が形成されると摩耗速度は大きく低下する。さらに、周期構造がグレーティング状であるため、柱状構造より摩擦調整剤のリークが少なく、また、間隔Aが小さいため摩耗量も少ないという利点もある。加えて、なじみ過程において、凹部5内に摩耗粉が逃げ込む(入り込む)ため、摩耗粉の噛み込みを防止できて、低摩擦面を安定して確保できる。
【0030】
前記グレーティング状の周期構造の方向を摺動方向に直交させると、1間隔(周期)毎に、新生面の生成と摩擦調整剤の供給が繰り返されることになって、効率的にトライボケミカル反応を促進させることができる。
【0031】
グレーティング構造部2を、低硬度側摺動面に形成しているため、低硬度側であるグレーティング構造部2の凸部6の頂点が摩耗することになって、プラトー状の均一な摺動面を形成することができて摩擦抵抗を小とすることができる。
【0032】
グレーティング構造部2は、加工閾値近傍の照射強度で直線偏光のレーザを照射し、その照射部分をオーバラップさせながら走査して、自己組織的に形成したものでは、機械加工では困難なサブミクロンの周期ピッチを持つグレーティング構造部をほとんど加工変質することなく平面、円筒面、その他複雑な曲面上にも形成できる。また、フェムト秒レーザを用いてグレーティング構造部を形成する場合、大気中での加工が可能であり、加工装置の簡略化を図ることができる。これに対して、電子ビーム加工であれば、ワークである被加工物を、例えば真空チャンバーなどに収容して、真空雰囲気下、もしくは所定のガス雰囲気下で加工する必要があり、装置のコスト高および大型化を招くことになる。
【0033】
図5は、本発明の第2実施形態のトライボケミカル反応促進面構造である。この場合、低硬度側の第1部材1の摺動面10に、グレーティング状の周期構造2より大きな間隔Cと高さDとを有するうねりを形成し、このうねりにグレーティング状の周期構造2を形成している。前記第1実施形態においては、凹凸高さ分が削れると摺動面10は平滑な面となって、本発明の効果の寿命となる。そこで、摺動面10にうねりを形成することによって、摺動面全体に高低差をつけることにより、最も高い位置の凸部6の頂点から最も低い位置の凹部5の谷底までの寸法を大とすることができる。これにより、摺動面の一部の周期構造が摩滅して平滑化されても、他の低い部分の周期構造にて反応生成物が生成されて摺動面全体にいきわたらせることができ、摺動面全体が平滑化されるまで効果を維持することができる。
【0034】
このように、本発明の第2実施形態のトライボケミカル反応促進面構造では、前記グレーティング状の周期構造より大きな間隔Cと高さDとを有するうねりを形成すると、一部の周期構造が摩滅しても、他の周期構造にて摩擦の低い反応生成物が生成されて摺動面全体にいきわたらせることができ、長寿命化を図ることができる。なお、なお、図5に示すトライボケミカル反応促進面構造において、図1と同様の構成については、図1と同一符号を付してその説明を省略する。
【0035】
前記各実施形態では、第1部材1の摺動面硬度が、第2部材3の摺動面硬度よりも低いものであったが、第1部材1の摺動面硬度が第2部材3の摺動面硬度よりも高いものであってもよい。また、グレーティング構造部2を、高硬度側摺動面に形成してもよい。また、SUJ2や超硬合金の他にも、SUS440C(マルテンサイト系ステンレス)等種々の材質を使用することができる。
【0036】
以上、本発明の実施形態につき説明したが、本発明は前記実施形態に限定されることなく種々の変形が可能であって、例えば、グレーティング構造部2の間隔Aや凹凸高さBとしては、0.7μmや0.2μmでなくてもよく、サブミクロンオーダーであればこれに限られるものではない。グレーティング構造部2を第2部材3の摺動面4に形成してもよい。
【0037】
第1部材1と第2部材3の摺動としては、第1部材1を固定して、第2部材3を往復動させてもよく、両者を往復動させてもよい。また、摺動時に往復動させることなく、往動又は復動のみにおいて摺動させるようにしてもよい。一方の部材が回転するものであってもよい。第1部材1や第2部材3の形状としては、実施形態のものに限られず、平板同士であっても円板同士であってもよく、筒状体の部材に他方の部材を摺動させるものであってもよい。第1部材1及び第2部材3としては、例えば、湿式クラッチ、エンジンのピストン、ギヤ、スプライン、すべり軸受、動弁系部品等に使用することができる。摺動ストロークや摺動時における押圧荷重等は、グレーティング構造部2の周期ピッチや摺動速度等に応じて任意に設定することができる。
【0038】
摺動方向としては、実施形態のように、グレーティング方向と略直交とするのが好ましいが、グレーティング方向と略平行するものであっても、グレーティング方向に対して所定角(例えば45度)に傾斜するものであってもよい。
【0039】
グレーティング構造部2を形成する場合、フェムト秒レーザを使用することなく、電子ビーム加工機等の他の工具を使用してもよい。
【実施例】
【0040】
図1に示すように、周期構造(グレーティング構造部2)を形成したプレート1に対し、相手部材であるピン(円柱体)3を押し当て往復摺動させた。プレート1及びピン3の材質は、それぞれ超硬合金、SUJ2、SUS440Cの3種類とした。プレート1はバフ研磨によりRa0.05μm、に仕上げ、グレーティング構造部2はプレート1のみに形成した。周期構造形成後の表面粗さは、Ra0.13μmとなった。グレーティング構造部2の方向は摺動方向に対して直交および平行の2種類とした。ピン3の先端形状は、半径5mmの半球形とした。摺動面にはタービンオイル(VG32)を供給し、添加剤にはジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン(Mo-DTC)を使用した。添加剤濃度は950ppmとした。摺動速度10mm/s、摺動ストロークは10mm、垂直荷重は5Nで1000往復させ、その間の摺動抵抗をロードセルによりサンプリング周波数5Hzで測定した。摩擦係数は、ストローク端点を除いた平均測定値から算出した。
【0041】
鏡面及びグレーティング方向が摺動方向に対して平行(略平行)する周期構造(平行周期構造)を形成した超硬合金プレート上で、SUJ2ピン(SUJ2にて形成された円柱体)を摺動させた際の摩擦係数の変化を図6に示す。図6(a)は、摩擦調整剤を含まない場合を示し、図6(b)は、摩擦調整剤を含む場合を示す。摩擦調整剤を含まないタービンオイル潤滑下では、図6(a)に示すように、周期構造の有無にかかわらず摩擦係数はほぼ一定となった。これに対して、摩擦調整剤を含むタービンオイル潤滑下では、図6(b)に示すように、平行周期構造プレートの摩擦係数は大きく低減されることがわかった。
【0042】
鏡面および平行周期構造、グレーティング方向が摺動方向に対して直交する直交周期構造を形成した超硬合金プレートに対し、各種ピンを20m摺動させた際の摩擦係数を図7に示す。ハッチングは、鏡面プレートであり、ドットは平行周期構造プレートであり、白色は直交周期構造プレートを示す。SUJ2ピンの摩擦係数は周期構造の方向に依存することなく、平行周期構造プレートおよび直交周期構造プレートに対し、0.07〜0.08となり、鏡面プレートよりも大きく低減された。また、SUS440Cピン(SUS440Cにて形成された円柱体)の摩擦係数は周期構造の方向に強い依存性を示した。平行周期構造プレートでは鏡面プレートより高い摩擦係数を示したのに対し、直交周期構造プレートでは0.08まで摩擦係数が低減された。同一材同士の摺動となる超硬合金ピンの摩擦係数は、周期構造の方向によらず鏡面プレートよりも高い値となった。
【0043】
また、超硬合金プレートによりピンの平滑化が見られた。20m摺動後のSUJ2ピンの摺動面写真及び断面プロファイル図を図8〜図10に示し、図8(a)は鏡面プレートに対し摺動させたSUJ2ピンの摺動面写真、図8(b)は図8(a)の断面プロファイル図であり、図9(a)は平行周期構造プレートに対し摺動させたSUJ2ピンの摺動面写真、図9(b)は図9(a)の断面プロファイル図であり、図10(a)は直交周期構造プレートに対し摺動させたSUJ2ピンの摺動面写真、図10(b)は図10(a)の断面プロファイル図である。鏡面プレートに摺動させたSUJ2ピンには変色領域が見られるが、目だった摩耗は見られない。一方、周期構造に摺動させたSUJ2ピンの摺動面は平滑化されており、平行周期構造プレート上で摺動させたピンは直交周期構造プレート上で摺動させたピンより広範囲に平滑化された新生面が生成されていることがわかる。平行周期構造プレート及び直交周期構造プレートに対するピンの低摩擦化は、摩擦調整剤とのトライボケミカル反応の促進とピンの平滑化が主要因である。
【0044】
さらに、超硬合金プレートに対して20m摺動後のSUS440Cピンの摺動面写真及び断面プロファイル図を図11〜図13に示し、図11(a)は鏡面プレートに対し摺動させたSUS440Cピンの摺動面写真、図11(b)は図11(a)の断面プロファイル図であり、図12(a)は平行周期構造プレートに対し摺動させたSUS440Cピンの摺動面写真、図12(b)は図12(a)の断面プロファイル図であり、図13(a)は直交周期構造プレートに対し摺動させたSUS440Cピンの摺動面写真、図13(b)は図13(a)の断面プロファイル図である。鏡面プレートに摺動させたSUS440Cピンでは目立った摩耗は見られないが、周期構造プレートに摺動させたSUS440Cピンの摺動面は平滑化されており、平行周期構造プレート上で摺動させたピンは、直交周期構造プレート上で摺動させたピンより広範囲に平滑化された新生面が生成されている。しかしながら、図7に示すように、平行周期構造プレートでは低摩擦化が起こらず、直交周期構造プレートのみで低摩擦化が生じている。これは、直交周期構造が平行周期構造よりも高いトライボケミカル反応促進機能を有することに起因するためである。すなわち、直交周期構造では、1つの間隔(周期)毎に、新生面の形成と添加剤の供給が繰り返されることになって、効率的にトライボケミカル反応を促進させることができる一方、平行周期構造では、新生面への摩擦調整剤供給の機会が減少するためである。
【0045】
次に、鏡面および平行周期構造、直交周期構造を形成したSUJ2プレートに対し、各種ピンを20m摺動させた際の摩擦係数を図14に示す。ハッチングは、鏡面プレートであり、ドットは平行周期構造プレートであり、白色は直交周期構造プレートを示す。SUJ2ピン及びSUS440Cピンの摩擦係数はSUJ2プレートに周期構造を形成することにより上昇したのに対し、超硬合金ピンの摩擦係数は大きく低減された。
【0046】
SUJ2プレートに対する超硬合金ピンの摩擦係数の変化を図15に示す。超硬合金ピンの鏡面プレートに対する摩擦係数は、摺動直後に0.1を下回ったが、摺動距離4m以降は0.11程度で安定した。一方、平行周期構造プレート及び直交周期構造プレートでは、摺動距離10m付近まで摩擦係数が低下傾向を示し、その後0.07程度で安定した。
【0047】
超硬合金ピンによるSUJ2プレートの摺動面写真及び断面プロファイル図を図16及び図17に示す。図16(a)は鏡面プレートの摺動面写真、図16(b)は断面プロファイル図であり、図17(a)は直交周期構造プレートの摺動面写真、図17(b)は断面プロファイル図である。図16より、鏡面プレートの場合、摺動痕の表面粗さが非摺動部より大きくなっていることがわかる。一方、図17より、直交周期構造プレートの場合、摺動痕の表面粗さは鏡面プレートより小さくなっている。図17(a)のI(高接触面圧部)における周期構造のSEM像を図18(a)に示し、II(低接触面圧部)における周期構造のSEM像を図18(b)に示す。Iでは、周期構造の摩耗が認められるが、なお周期構造の溝は残存している。IIでは、周期構造は凸部先端にわずかな摩耗が認められるが、ほぼ形態を留めている。超硬合金のピンによる摺動実験後の周期構造の断面プロファイルを図19に示す。周期構造の凸部先端が平滑化され、高さの極めて揃ったプラトー状の形態となっている。硬度の高い超硬合金ピンを摺動させると、突出した周期構造の凸部先端は容易に摩耗する。このとき、摩耗粉は溝部に排出されるため、摩耗粉の凝着が抑制される。この結果、全体の高さが極めて揃ったプラトー状の形態になる。この際に生じる新生面に対し、周期構造部からきめ細かく摩擦調整剤が供給されることでトライボケミカル反応が活発に生じる。低摩擦化した超硬合金ピンからは、Mo-DTCのトライボケミカル反応生成物である二硫化モリブデンが検出された。したがって、SUJ2周期構造プレートに対する超硬合金ピンの低摩擦化はトライボケミカル反応の促進とプレートのプラトー化が主要因である。プラトー化が進むと、接触面圧は低下するため摩耗速度が小さくなり、安定した低摩擦摺動面が得られる。SUJ2ピンおよびSUS440Cピンの場合、SUJ2プレートと硬度差が小さく、双方に同程度の摩耗が生じる。したがって、ピンまたはプレートを基準とした平滑面が得られないことから低摩擦化が生じなかった。
【0048】
次に、鏡面プレート、平行周期プレート、直交周期プレートを形成したSUS440Cプレートに対し、各種ピンを20m摺動させた際の摩擦係数を図20に示す。ハッチングは、鏡面プレートであり、ドットは平行周期構造プレートであり、白色は直交周期構造を示す。SUJ2ピン及びSUS440Cピンの摩擦係数はSUS440Cプレートに周期構造を形成しても、ほとんど変化は見られなかった。超硬合金ピンの摩擦係数は直交周期構造プレートでのみ低減された。摩擦係数の低減傾向は本実施例で用いた3種類のプレートで最も小さくなった。これは、SUS440Cの活性が低く、摩擦調整剤との反応が起こりにくいためである。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明の第1実施形態を示すトライボケミカル反応促進面構造の簡略斜視図である。
【図2】本発明の第1実施形態を示すトライボケミカル反応促進面構造の要部拡大簡略断面図である。
【図3】前記図1のトライボケミカル反応促進面構造の拡大斜視図である。
【図4】グレーティング構造部を形成するためのレーザ表面加工装置の簡略図である。
【図5】本発明の第2実施形態を示すトライボケミカル反応促進面構造の要部拡大簡略断面図である。
【図6】鏡面および平行周期構造を形成した超硬合金プレートにSUJ2ピンを摺動させた際の摩擦係数の変化を示し、(a)は摩擦調整剤を含まない場合のグラフ図であり、(b)は摩擦調整剤を含む場合のグラフ図である。
【図7】鏡面および平行周期構造、直交周期構造を形成した超硬合金プレートに対し、超硬合金、SUJ2、SUS440Cのピンを20m摺動させた際の摩擦係数を示すグラフ図である。
【図8】鏡面の超硬合金プレートに対し20m摺動後のSUJ2ピンを示し、(a)はSUJ2ピンの摺動面写真、(b)はその断面プロファイル図である。
【図9】平行周期構造を形成した超硬合金プレートに対し20m摺動後のSUJ2ピンを示し、(a)はSUJ2ピンの摺動面写真、(b)はその断面プロファイル図である。
【図10】直交周期構造を形成した超硬合金プレートに対し20m摺動後のSUJ2ピンを示し、(a)はSUJ2ピンの摺動面写真、(b)はその断面プロファイル図である。
【図11】鏡面の超硬合金プレートに対し20m摺動後のSUS440Cピンを示し、(a)はSUS440Cピンの摺動面写真、(b)はその断面プロファイル図である。
【図12】平行周期構造を形成した超硬合金プレートに対し20m摺動後のSUS440Cピンを示し、(a)はSUS440Cピンの摺動面写真、(b)はその断面プロファイル図である。
【図13】直交周期構造を形成した超硬合金プレートに対し20m摺動後のSUS440Cピンを示し、(a)はSUS440Cピンの摺動面写真、(b)はその断面プロファイル図である。
【図14】鏡面および平行周期構造、直交周期構造を形成したSUJ2プレートに対し、超硬合金、SUJ2、SUS440Cのピンを20m摺動させた際の摩擦係数を示すグラフ図である。
【図15】SUJ2プレートに対する超硬合金ピンの摩擦係数の変化を示すグラフ図である。
【図16】超硬合金ピンによるSUJ2プレートの摺動面を示し、(a)は鏡面プレートの摺動面写真、(b)はその断面プロファイル図である。
【図17】超硬合金ピンによるSUJ2プレートの摺動面を示し、(a)は直交周期構造プレートの摺動面、(b)はその断面プロファイル図である。
【図18】前記図17(a)の詳細を示し、(a)は高接触面圧部におけるSEM像、(b)は低接触面圧部におけるSEM像である。
【図19】SUJ2プレートに形成された周期構造の超硬合金ピンによる摺動実験後の断面プロファイル図である。
【図20】鏡面および平行周期構造、直交周期構造を形成したSUS440Cプレートに対し、超硬合金、SUJ2、SUS440Cのピンを20m摺動させた際の摩擦係数を示すグラフ図である。
【図21】従来のトライボケミカル反応促進面構造の要部拡大簡略断面図である。
【符号の説明】
【0050】
1 第1部材
2 周期構造
3 第2部材
4、10 摺動面
5 凹部
6 凸部
A 間隔
B 凹凸高さ
C 間隔
D 高さ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1部材の摺動面と第2部材の摺動面とが、摩擦調整剤を含有する添加油潤滑下で相対的に摺動するトライボケミカル反応促進面構造であって、
少なくとも一方の摺動面にサブミクロンオーダーの凹凸高さと間隔を有するグレーティング状の周期構造を形成したことを特徴とするトライボケミカル反応促進面構造。
【請求項2】
前記グレーティング状の周期構造の方向を摺動方向と直交させたことを特徴とする請求項1のトライボケミカル反応促進面構造。
【請求項3】
一方の摺動面硬度を他方の摺動面硬度と相違させたことを特徴とする請求項1又は請求項2のトライボケミカル反応促進面構造。
【請求項4】
前記グレーティング状の周期構造を低硬度側摺動面に形成したことを特徴とする請求項3のトライボケミカル反応促進面構造。
【請求項5】
前記グレーティング状の周期構造を高硬度側摺動面に形成したことを特徴とする請求項3のトライボケミカル反応促進面構造。
【請求項6】
少なくとも一方の摺動面に前記グレーティング状の周期構造より大きな高さと間隔とを有するうねりを形成し、このうねりに前記グレーティング状の周期構造を形成したことを特徴とする請求項1〜請求項5のいずれか1項のトライボケミカル反応促進面構造。
【請求項7】
前記グレーティング構造部は、加工閾値近傍の照射強度で直線偏光のフェムト秒レーザを照射し、その照射部分をオーバラップさせながら走査して、自己組織的に形成することを特徴とする請求項1〜請求項6のいずれか1項のトライボケミカル反応促進面構造。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図14】
image rotate

【図15】
image rotate

【図19】
image rotate

【図20】
image rotate

【図21】
image rotate

【図3】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図16】
image rotate

【図17】
image rotate

【図18】
image rotate


【公開番号】特開2009−293684(P2009−293684A)
【公開日】平成21年12月17日(2009.12.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−146888(P2008−146888)
【出願日】平成20年6月4日(2008.6.4)
【出願人】(000110859)キヤノンマシナリー株式会社 (179)
【出願人】(504165591)国立大学法人岩手大学 (222)
【Fターム(参考)】