説明

トランスジェニック非ヒト動物及び神経変性疾患の治療薬のスクリーニング方法

【課題】シンフィリン−1が関与する疾患に対する治療薬のスクリーニングなどに用いることのできるトランスジェニック非ヒト動物を提供する。
【解決手段】シンフィリン−1をコードする遺伝子が導入され、中枢神経組織で発現・蓄積している、トランスジェニック非ヒト動物。また、該動物に試験化合物を投与し、上記遺伝子の転写量、シンフィリン−1の動態又は運動機能障害の有無を観察する、神経変性疾患の治療薬のスクリーニング方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経変性疾患に関わるシンフィリン−1(Synphilin−1)をコードする遺伝子が導入されているトランスジェニック非ヒト動物に関する。
【背景技術】
【0002】
神経変性疾患の1つであるパーキンソン病は、原因不明の疾患であり、脳幹の中脳にあるドパミン神経が変性あるいは消失し、手足のふるえ、筋肉のこわばり、動作緩慢などといった症状や、小刻み歩行、すくみ足などといった歩行障害が現れる疾患である。
【0003】
パーキンソン病は、その患者の中脳黒質ドパミン神経細胞内にレビー小体とよばれる封入体が出現するという病理学的特徴を有する。レビー小体は、α−synuclein及びシンフィリン−1のタンパク質により構成されており、シンフィリン−1は、レビー小体のコア部分の構成タンパク質であることがわかっている(非特許文献1)。また、パーキンソン病患者の少数において、シンフィリン−1遺伝子変異が報告されている(非特許文献2)。さらに、シンフィリン−1は、α−synuclein結合タンパク質として単離されている(非特許文献3)。
【0004】
さらにまた、シンフィリン−1は、パーキンソン病と同様の神経変性疾患であるレビー小体型認知症(Dementia with Lewy bodies)においても、神経細胞内に生じるレビー小体のコア部分の構成タンパク質であることがわかっている(非特許文献4)。
【0005】
また、シンフィリン−1は、パーキンソン病の発症に関与するユビキチンリガーゼParkinによってユビキチン化修飾を受けることにより分解が促進されることが報告されている(非特許文献5)。
【0006】
これらの点から、シンフィリン−1は、パーキンソン病及びレビー小体型認知症の発症と、レビー小体の形成とに深く関わるタンパク質であると考えられている。
【非特許文献1】Wakabayashi K, Engelender S, Yoshimoto M, Tsuji S, Ross CA, Takahashi H. Synphilin-1 is present in Lewy bodies in Parkinson's disease. Ann Neurol. 2000; 47(4):521-3.
【非特許文献2】Marx FP, Holzmann C, Strauss KM, Li L, Eberhardt O, Gerhardt E, Cookson MR, Hernandez D, Farrer MJ, Kachergus J, Engelender S, Ross CA, Berger K, Schoels L, Schulz JB, Riess O, Krueger R. Identification and functional characterization of a novel R621C mutation in the synphilin-1 gene in Parkinson's disease. Hum Mol Genet. 2003; 12(11):1223-31.
【非特許文献3】Engelender S, Kaminsky Z, Guo X, Sharp AH, Amaravi RK, Kleiderlein JJ, Margolis RL, Troncoso JC, Lanahan AA, Worley PF, Dawson VL, Dawson TM, Ross CA. Synphilin-1 associates with alpha-synuclein and promotes the formation of cytosolic inclusions. Nat Genet. 1999; 22(1):110-4.
【非特許文献4】Iseki E, Takayama N, Furukawa Y, Marui W, Nakai T, Miura S, Ueda K, Kosaka K. Immunohistochemical study of synphilin-1 in brains of patients with dementia with Lewy bodies - synphilin-1 is non-specifically implicated in the formation of different neuronal cytoskeletal inclusions.Neurosci Lett. 2002; 326(3):211-5.
【非特許文献5】Chung KK, Zhang Y, Lim KL, Tanaka Y, Huang H, Gao J, Ross CA, Dawson VL,Dawson TM. Parkin ubiquitinates the alpha-synuclein-interacting protein, synphilin-1: implications for Lewy-body formation in Parkinson disease. Nat Med. 2001, 7(10):1144-50.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
このように、シンフィリン−1は、種々の生理機能や神経変性疾患に関与していることがわかっている。しかし、これまで、シンフィリン−1をコードする遺伝子が導入されたモデル動物は作製されておらず、また、シンフィリン−1に着目した医薬の開発もなされていない。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そこで本発明者らは、上記課題を解決するために、シンフィリン−1(Synphilin−1)に着目して研究した結果、本発明のトランスジェニック非ヒト動物を完成させた。本発明のトランスジェニック非ヒト動物は、シンフィリン−1をコードする遺伝子が発現可能に導入されており、シンフィリン−1が発症に関与する疾患の治療薬のスクリーニング、研究開発モデルなどに有用であることを見出した。
【0009】
本発明のトランスジェニック非ヒト動物は、シンフィリン−1(Synphilin−1)をコードする遺伝子が導入されていることを特徴としている。
【0010】
上記の構成であれば、シンフィリン−1に関する研究、及びシンフィリン−1が関与する疾患に対する治療薬のスクリーニング、治療法の開発などに用いることができる。
【0011】
また、本発明のトランスジェニック非ヒト動物では、上記遺伝子が、中枢神経組織にて発現していることが好ましい。
【0012】
上記の構成であれば、中枢神経組織にシンフィリン−1タンパク質が発現するので、中枢神経組織におけるシンフィリン−1の動態について解析することができる。
【0013】
また、本発明のトランスジェニック非ヒト動物では、上記遺伝子の発現産物であるシンフィリン−1が、中枢神経組織に蓄積していることが好ましい。
【0014】
上記の構成であれば、中枢神経組織にシンフィリン−1が蓄積しているので、中枢神経組織におけるシンフィリン−1の動態についての解析を効率よく行うことができる。
【0015】
また、本発明のトランスジェニック非ヒト動物では、上記遺伝子は、中枢神経組織特異的なプロモータが付加されて導入されていることが好ましい。
【0016】
上記の構成であれば、シンフィリン−1遺伝子を、中枢神経組織に特異的に発現させることができる。
【0017】
また、本発明のトランスジェニック非ヒト動物では、上記遺伝子は、赤血球凝集素(HA)タグをコードする配列が付加されて導入されていることが好ましい。
【0018】
上記の構成であれば、シンフィリン−1にHAタグを付加させることができるので、抗HA抗体を用いてシンフィリン−1を容易に検出することができ、その結果、シンフィリン−1の発現量、局在などについて容易に解析することができる。
【0019】
また、本発明のトランスジェニック非ヒト動物では、上記非ヒト動物が、ウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウサギ、イヌ、ネコ、モルモット、ハムスター、ラット及びマウスからなる群より選択されることが好ましく、マウスであることがより好ましい。
【0020】
上記の構成であれば、研究開発、医薬のスクリーニング等に好適に用いることができる。
【0021】
また、本発明のトランスジェニック非ヒト動物は、運動機能障害を有することが好ましい。
【0022】
上記の構成であれば、治療薬や治療法などのスクリーニングにおいて運動機能障害の有無を指標にすることができるので、スクリーニングを効率よく行うことができる。
【0023】
本発明の神経変性疾患の治療薬のスクリーニング方法は、上記の何れかのトランスジェニック非ヒト動物に試験化合物を投与し、上記遺伝子の転写量、シンフィリン−1の動態又は運動機能障害の有無を観察することを特徴としている。
【0024】
また、本発明の神経変性疾患の治療薬のスクリーニング方法では、上記神経変性疾患が、パーキンソン病又はレビー小体型認知症であることが好ましい。
【0025】
上記の構成であれば、シンフィリン−1の動態に影響を与える試験化合物、又は運動機能障害の抑制などに関与する試験化合物をスクリーニングすることができる。このようにスクリーニングされ選択された試験化合物は、パーキンソン病、レビー小体型認知症などを含む神経変性疾患の治療薬の候補となりうる。
【発明の効果】
【0026】
本発明のトランスジェニック非ヒト動物及び治療薬のスクリーニング方法を用いれば、シンフィリン−1が関与する疾患に対する治療薬のスクリーニングなどが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下に、本発明に係る実施形態について説明する。
【0028】
<トランスジェニック非ヒト動物>
本発明のトランスジェニック非ヒト動物は、シンフィリン−1(Synphilin−1)をコードする遺伝子(以下、「シンフィリン−1遺伝子」と称する)が導入されているものである。ここで、「シンフィリン−1遺伝子が導入されている」とは、外来遺伝子としてのシンフィリン−1遺伝子が、非ヒト動物中で発現可能に導入されている状態を指し、当該遺伝子が現実に発現している場合はもとより、一時的に当該遺伝子の発現が抑制されている状態であってもよい。
【0029】
トランスジェニック非ヒト動物に用いる非ヒト動物としては、例えば、ウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウサギ、イヌ、ネコ、モルモット、ハムスター、ラット、マウス等が挙げられる。好ましくは、ウサギ、イヌ、ネコ、モルモット、ハムスター、マウス又はラットであり、なかでもモルモット、ハムスター、マウス、ラット等の齧歯目が好ましく、とりわけマウスが好ましい。
【0030】
また、本発明のトランスジェニック非ヒト動物は、該動物の個体(その子孫も含む概念)、その組織及び細胞をも含む概念であり、これら個体、組織及び細胞にはシンフィリン−1遺伝子以外の外来遺伝子が導入されていてもよい。すなわち、シンフィリン−1遺伝子が発現可能に導入された非ヒト動物由来のiPS細胞(induced Pluripotent stem cell)等も、本発明のトランスジェニック非ヒト動物に含まれる。
【0031】
本発明のトランスジェニック非ヒト動物には、その調節遺伝子領域(プロモータなど)を含んでもよいシンフィリン−1遺伝子のみが導入されていてもよいが、シンフィリン−1遺伝子を含む組換え遺伝子が導入されていることが好ましい。当該組換え遺伝子の作製方法及び非ヒト動物への導入方法については、後述する。
【0032】
また、本発明のトランスジェニック非ヒト動物の個体において、シンフィリン−1遺伝子は、全身にて発現していてもよいが、中枢神経に関わる神経変性疾患のモデルとして用いる場合は、中枢神経組織にて発現していることがより好ましく、また、中脳黒質緻密層にあるドパミン神経細胞に発現していることがさらに好ましい。さらにまた、シンフィリン−1遺伝子は、中枢神経組織特異的に発現していることが好ましい。なお、シンフィリン−1遺伝子が中枢神経組織に発現している場合、その翻訳産物たるシンフィリン−1が中枢神経組織に蓄積していることが好ましい。
【0033】
また、本発明のトランスジェニック非ヒト動物は、運動機能障害を有していることが好ましい。運動機能障害としては、例えば、神経変性疾患特有のものであることが好ましく、例えば、小刻み歩行などの歩行障害、動作緩慢、協調運動障害などが挙げられる。
【0034】
<トランスジェニック非ヒト動物の作製方法>
以下に、本発明のトランスジェニック非ヒト動物の作製方法について説明する。
【0035】
本発明のトランスジェニック非ヒト動物は、シンフィリン−1遺伝子を、上述した非ヒト動物に導入することにより作製される。該シンフィリン−1遺伝子は、当該遺伝子と付加配列(後述する)とからなる組換え遺伝子(組換えDNA)として導入されることが好ましい。
【0036】
まず、シンフィリン−1遺伝子を含む組換え遺伝子について説明する。
【0037】
当該組換え遺伝子は、シンフィリン−1遺伝子を含んでいる。シンフィリン−1遺伝子の由来は限定されずすでに同定されている遺伝子を用いることができるが、ヒトの病態モデルとして本発明のトランスジェニック非ヒト動物を利用する場合にはヒト由来のシンフィリン−1遺伝子(非特許文献3、Gene Bank accession No. NM_005460)を用いることが好ましい。なお、ヒト由来のシンフィリン−1は、翻訳領域に対応するcDNAが2760bpと長いため、該cDNAを用いる遺伝子クローニング、遺伝子操作は困難である。
【0038】
当該組換え遺伝子は、上記付加配列として、特に限定されないが、例えば、GFP(Green fluorescent protein)等をコードするレポータ遺伝子(マーカー遺伝子)、プロモータ等の調節遺伝子領域、又は、タグをコードする配列(タグ配列)、等を含む。当該付加配列の中でも、中枢神経組織特異的なプロモータを含んでいることが好ましく、さらにまた、抗体結合性のタグをコードする配列を含んでいることがより好ましい。当該プロモータは、シンフィリン−1遺伝子の上流に導入されることが好ましい。また、当該タグ配列は、シンフィリン−1遺伝子のコード領域の上流または下流に導入されることが好ましい。
【0039】
プロモータは、当該組換え遺伝子が導入される非ヒト動物(宿主)において機能し得るものであることが好ましい。したがって、例えば、当該組換え遺伝子が導入される宿主において内在性の遺伝子が有するプロモータ、あるいは、当該宿主において下流の遺伝子を発現させる機能を有する外来性のプロモータ、などを好適に用いることができる。また、温度や化合物などによる調節因子によって活性が調節可能なプロモータなどを用いてもよい。また、プロモータは、下流に配される遺伝子を、中枢神経組織において特異的に発現させる中枢神経組織特異的なものであることがより好ましい。中枢神経組織特異的なプロモータの好適な例としては、例えばプリオンタンパクプロモータ、Thy−1(CD90)プロモータ、TH(チロシン水酸化酵素)プロモータ、PDGFβ(血小板由来成長因子β)プロモータ、CaM kinase II(カルモジュリンキナーゼII)プロモータなどが挙げられる。
【0040】
抗体結合性のタグとしては、特に限定されないが、例えば、HAタグ(赤血球凝集素タグ)、Mycタグ、FLAGタグ、6×His(シックスヒスチジン)タグ、GFPタグ、GST(Glutathione S Transferase)タグなどを用いることができる。
シンフィリン−1遺伝子の上流または下流に、抗体結合性のタグをコードする配列を付加することにより、発現するシンフィリン−1のアミノ末端またはカルボキシル末端に当該タグが付加するので、当該タグに結合する抗体を用いてシンフィリン−1を検出することが可能になる。例えば抗体結合性のタグとしてHAタグを用いる場合は、シンフィリン−1のアミノ末端に、配列番号1に示されるアミノ酸配列を含むペプチドをHAタグとして付加してもよい。
【0041】
本発明における当該組換え遺伝子についての好ましい形態は、例えば、抗体結合性のタグをコードする配列を含む塩基配列が、シンフィリン−1遺伝子の上流または下流に導入され、さらにシンフィリン−1遺伝子と上記タグ配列との上流に、プロモータ配列が導入されている形態である。
【0042】
なお、上記組換え遺伝子は、定法により調製することができる。
【0043】
次に、上述した組換え遺伝子を非ヒト動物に導入する方法について、以下に説明する。このような方法には、定法を用いることができる。以下に、その一例について説明するが、本発明は特にこれに限定されない。
【0044】
まず、非ヒト動物の受精卵に組換え遺伝子を導入し、その受精卵を当該動物の雌に着床させる。受精卵としては、雄精前核時期(受精後約12時間)のものを用いることが好ましい。
【0045】
組換え遺伝子を受精卵に導入する方法としては、例えば、リン酸カルシウム法、電気パルス法、リポフェクション法、凝集法、マイクロインジェクション法、パーティクルガン法、DEAE−デキストラン法などが挙げられる。これらのうち、マイクロインジェクション法を用いることがより好ましい。
【0046】
受精卵を雌に着床させる手段としては、例えば、偽妊娠雌性動物の卵管に人工的に移植、着床させる手段などを用いることが好ましい。
【0047】
次に、上記受精卵を着床させた雌から生まれた子の中から、シンフィリン−1遺伝子を含んでおり、さらに該遺伝子を発現している個体を選別し、当該個体を継代する。
【0048】
導入した組換え遺伝子が非ヒト動物に含まれているか否かは、該動物のDNAを採取し、導入した組換え遺伝子の配列を用いてポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を行うことにより、確認できる。
【0049】
さらに、上記組換え遺伝子が含まれている非ヒト動物がシンフィリン−1遺伝子を発現しているか否かは、該動物から細胞破砕液を調製し、シンフィリン−1タンパク質を認識する抗体を用いて、ウエスタンブロット法などを行うことにより確認できる。特に、中枢神経組織にて発現しているか否かは、該動物から中枢神経組織の細胞破砕液を調製することにより確認することができる。
【0050】
ここで、シンフィリン−1が、抗体結合性のタグなどにより修飾されている場合は、該タグを認識する抗体を用いることができる。例えば、HAタグにより修飾されている場合は、抗HA抗体を用いることができる。
【0051】
さらに、本発明のトランスジェニック非ヒト動物の脳におけるシンフィリン−1タンパク質の発現は、該動物の脳を定法に従って4%パラホルムアルデヒドにて灌流固定して作製した凍結切片あるいはパラフィン切片に対して、当該シンフィリン−1を認識する抗体、例えばシンフィリン−1がHAタグにより修飾されている場合は抗HA抗体など、を用いた免疫組織化学を用いることにより、確認することができる。
【0052】
上述した方法を用いることにより、本発明に係るトランスジェニック非ヒト動物を作製することができる。なお、その調節遺伝子領域を含んでもよいシンフィリン−1遺伝子のみを導入する場合も、上記した組換え遺伝子を非ヒト動物に導入する方法に準じて行えばよい。
【0053】
<トランスジェニック非ヒト動物の用途>
以下に、本発明に係るトランスジェニック非ヒト動物の用途について、説明する。
【0054】
本発明のトランスジェニック非ヒト動物は、神経変性疾患の治療薬のスクリーニングに用いることができる。ここで、治療薬とは、ヒトを含む動物に対する治療薬を指すが、ヒトの治療薬であることが好ましい。また、治療薬とは、疾患を改善する、疾患の進行を遅らせる、疾患を予防する(再発防止も含む)、その他の、治療効果を示す化合物を広く意味し、製品化される以前の医薬候補化合物も含む概念である。
【0055】
例えば、神経変性疾患の治療薬のスクリーニングは、1)本発明のトランスジェニック非ヒト動物に試験化合物を投与する工程と、次いで、2)当該トランスジェニック非ヒト動物の中枢神経組織、好ましくは脳、より好ましくは中脳、における、シンフィリン−1遺伝子の転写量を測定する工程と、次いで、3)試験化合物を投与する前と比較して、シンフィリン−1遺伝子の転写量が低下している場合に、当該試験化合物を治療薬として選択する工程と、を含んでなる。試験化合物の投与量としては、その化合物がトランスジェニック非ヒト動物に作用し得る好適な量を用いることが好ましい。
【0056】
また、上記スクリーニングにおいて、シンフィリン−1遺伝子の転写量を測定する代わりに、シンフィリン−1の動態を観察することによって、例えばシンフィリン−1の蓄積量を測定してもよい。この場合には、シンフィリン−1の蓄積量が低下している場合に、当該試験化合物を治療薬として選択することが好ましい。
【0057】
シンフィリン−1の蓄積量は、当該トランスジェニック非ヒト動物から、好ましくは中枢神経組織から、調製した細胞破砕液を用いて、ウエスタンブロット法などを行うことにより測定してもよい。また、当該トランスジェニック非ヒト動物の脳の切片を用いた免疫組織化学などにより測定してもよい。
【0058】
また、例えば、神経変性疾患の治療薬のスクリーニングは、1)本発明のトランスジェニック非ヒト動物に試験化合物を投与する工程と、次いで、2)当該トランスジェニック非ヒト動物の運動機能障害の有無を判定する工程と、次いで、3)試験化合物を投与する前と比較して、運動機能障害が無くなっているか、あるいは抑制されている場合に、当該試験化合物を治療薬として選択する工程と、を含んでなっていてもよい。
【0059】
上述した方法において治療薬として選択された試験化合物は、パーキンソン病、レビー小体型認知症などの神経変性疾患の治療薬となり得る。
【0060】
また、本発明のトランスジェニック非ヒト動物は、神経変性疾患の治療法のスクリーニングに用いることができる。ここで、治療法とは、ヒトを含む動物に対する治療法を指すが、ヒトの治療法であることが好ましい。また、治療法とは、疾患を改善する、疾患の進行を遅らせる、疾患を予防する(再発防止も含む)、その他の、治療効果を示す方法を広く意味する。このような治療法としては、例えば、ES細胞、iPS細胞などを含む様々な幹細胞を用いた細胞治療法などが挙げられる。
【0061】
例えば、神経変性疾患の治療法のスクリーニングは、1)本発明のトランスジェニック非ヒト動物に治療試験を施す工程と、次いで、2)当該トランスジェニック非ヒト動物の中枢神経組織、好ましくは脳、より好ましくは中脳、における、シンフィリン−1遺伝子の発現量を測定する工程と、次いで、3)治療試験を施す前と比較して、シンフィリン−1遺伝子の発現量が低下している場合に、当該治療試験に用いた方法を治療法として選択する工程と、を含んでなる。
【0062】
また、例えば、神経変性疾患の治療法のスクリーニングは、1)本発明のトランスジェニック非ヒト動物に治療試験を施す工程と、次いで、2)当該トランスジェニック非ヒト動物の運動機能障害の有無を判定する工程と、次いで、3)治療試験を施す前と比較して、運動機能障害が無くなっているか、あるいは抑制されている場合に、当該治療試験に用いた方法を治療法として選択する工程と、を含んでなっていてもよい。
【0063】
さらに、本発明のトランスジェニック非ヒト動物は、シンフィリン−1と相互作用するタンパク質、脂質などの因子のスクリーニングに供することができる。本発明のトランスジェニック非ヒト動物が、中枢神経系組織においてシンフィリン−1を発現している場合は、中枢神経系組織内にてシンフィリン−1と相互作用するタンパク質、脂質などの因子のスクリーニングに供することができる。
【0064】
シンフィリン−1と相互作用するタンパク質、脂質などの因子は、シンフィリン−1の生理機能を調節する因子である可能性があり、さらに、神経変性疾患の発症に関与するシンフィリン−1の機能を調節する因子である可能性がある。神経変性疾患の発症に関与している場合には、当該因子は、神経変性疾患の治療薬、治療法などの新たな標的となりうる。
【0065】
例えば、上記因子のスクリーニングは、1)本発明のトランスジェニック非ヒト動物の中枢神経組織から細胞破砕液を調製する工程と、次いで、2)当該細胞破砕液から、共免疫沈降法などを用いて、シンフィリン−1、及びシンフィリン−1と相互作用するタンパク質、脂質などからなる複合体を精製する工程と、次いで、3)精製した当該タンパク質、脂質などを同定する工程と、を含んでなる。
【0066】
本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。すなわち、請求項に示した範囲で適宜変更した技術的手段を組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0067】
次に実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は何らこれに限定されるものではない。
【0068】
本実施例においては、ヒトシンフィリン−1の組換え遺伝子が導入されたトランスジェニックマウスを作製した。その方法を以下に説明する。
【0069】
<トランスジェニックマウスの作製>
(1)DNA断片MoPrP−HA−Synphilin−1の作製
合成オリゴヌクレオチドを用いてPCR法により、シンフィリン−1遺伝子のcDNAにおけるセンス方向の上流に、配列番号1に示されるHAタグのアミノ酸配列からなるペプチドをコードする塩基配列を導入した。これにより、シンフィリン−1のアミノ末端にHAタグが付加されたタンパク質をコードする、DNA断片HA−Synphilin−1を得た。
【0070】
次に、DNA断片HA−Synphilin−1をMoPrP(マウスプリオンタンパク)プロモータの下流に導入し、DNA断片MoPrP−HA−Synphilin−1を得た(図1)。図1は、DNA断片MoPrP−HA−Synphilin−1の模式図を示す。
【0071】
(2)マウスへの導入
C57BL/6マウスの受精卵に、DNA断片MoPrP−HA−Synphilin−1をマイクロインジェクション法により導入し、偽妊娠雌性C57BL/6マウスの卵管に人工的に移植、着床させた。その結果生まれた子にDNA断片が導入されていることを確認し、HA−Synphilin−1トランスジェニックマウスを得た。その後、遺伝的に安定させるために、野生型C57BL/6マウスと交配を続け、世代間を安定的にMoPrP−HA−Synphilin−1のDNA断片が遺伝していくことを確認した。
【0072】
本実施例のトランスジェニックマウスにDNA断片が導入されているかどうかは、PCR法を用いて遺伝子型を判定するジェノタイピングにより確認した。まず、非トランスジェニックマウス(N)、トランスジェニックマウス(L1およびL2)、および野生型マウス(wt)の尾部から、定法に従ってゲノムDNAを抽出した。また、HA−Synphilin−1遺伝子を発現させたヒト培養細胞HEK293(HEK)からDNAを抽出した。次に、これらのDNAをそれぞれ鋳型にしてTg-synphFプライマー(配列番号2)とTg-synphR1プライマー(配列番号3)とを用いてPCR法により増幅を行い、DNA断片MoPrP−HA−Synphilin−1内の約200bp(図2にHA+5’synphとして示す)が増幅されるかどうかを確認することにより、遺伝子型を判定した(図2)。
【0073】
図2は、本実施例におけるトランスジェニックマウスの遺伝子型を確認した結果を示す図である。図2に示すように、トランスジェニックマウス(L1およびL2)からのDNAを鋳型にしたときには、約200bp(HA+5’synph)のDNA断片が増幅されることが確認できた。またこのとき、解析の陽性対照として、マウスアクチン遺伝子内の配列を増幅するためのアクチンFプライマー(配列番号4)とアクチンRプライマー(配列番号5)とを同時に用いた結果、マウス由来のDNAを鋳型にしたPCRでは、マウスアクチン遺伝子内の約250bp(図2にactinとして示す)が増幅されることを確認した(図2)。これにより、本解析の正確性が証明された。
【0074】
<シンフィリン−1の局所的発現についての解析>
次に、本実施例におけるトランスジェニックマウスを用いてシンフィリン−1の局所的発現について解析を行った。
【0075】
(3)まず、脳組織におけるHA−Synphilin−1タンパク質の有無について確認した。まず、定法に従って摘出した脳をテフロンホモジナイザーに供することで組織を破壊し、その後0.5%TritonX−100存在下においてタンパク質を抽出し、さらに遠心により不溶物質を取り除くことで細胞破砕液を調製した。次に、その細胞破砕液を15%SDS−PAGEに供し、タンパク質を分子量に基づいて分離した後、抗HA抗体を用いてウエスタンブロット法を行い、HA−Synphilin−1を検出した(図3)。図3は、本実施例におけるトランスジェニックマウスの脳組織細胞破砕液中において抗HA抗体を用いてHA−Synphilin−1タンパク質を検出したウエスタンブロット法の結果を示す図である。図3に示すように、HA−Synphilin−1は、非トランスジェニックマウス(N)では検出されなかったが、トランスジェニックマウス(L1〜L5)では、約120kDaのタンパク質として検出された。これにより、脳組織にHA−Synphilin−1タンパク質が発現していることを確認した。
【0076】
(4)次に、中枢神経組織におけるHA−Synphilin−1タンパク質の発現について確認した。まず、定法に従って、マウス脳を4%パラホルムアルデヒドにて灌流固定し、凍結切片およびパラフィン切片を作製した。次に、当該切片に対して、抗HA抗体を用いた免疫組織化学法を行った(図4)。図4は、本実施例におけるトランスジェニックマウスの中枢神経組織における免疫組織化学法による解析結果を示す図である。図4(a)〜図4(d)は、抗HA抗体を用いてHA−Synphilin−1タンパク質を検出した結果を示す図である。
【0077】
図4(a)は、矢状断のマウス脳の切片を解析した結果を示しており、中枢神経組織の広範においてHA−Synphilin−1タンパク質が発現していることが確認された。図4(b)は、抗HA抗体を、抗原であるHAペプチドにより吸着させた後に、これを用いて、図4(a)における切片に近接した切片について解析した結果を示す。図4(b)に示すように、HAペプチドにより吸着された抗HA抗体が免疫染色性を消失していることから、抗HA抗体の染色特異性が証明された。
【0078】
図4(c)は、大脳皮質神経細胞における解析結果を示す。また、図4(d)は、中脳黒質緻密層の神経細胞における解析結果を示す。図4(c)および図4(d)に示すように、大脳皮質神経細胞及び中脳黒質緻密層の神経細胞のどちらにおいても、細胞質と神経突起とにおいて、HA−Synphilin−1タンパク質が発現していることが確認された。
【0079】
図4(e)は、図4(d)における切片に近接した切片に対して、抗チロシン水酸化酵素抗体を用いて免疫組織化学法による解析を行った結果に関するもので、中脳黒質緻密層の神経細胞の細胞質と神経突起とが免疫染色されたことを示している。したがって、図4(d)においてHA−Synphilin−1タンパク質が発現していることが確認された神経細胞は、チロシン水酸化酵素陽性のドパミン神経であることが証明された。
【0080】
これらの結果から、大脳皮質の神経細胞、および中脳黒質緻密層の神経細胞における、細胞質と軸索とに、HA−Synphilin−1タンパク質の発現を確認した。なお、図4(c)〜図4(e)に示したスケールバーは20μmを示す。
【0081】
<トランスジェニックマウスの行動解析>
さらに、本実施例におけるトランスジェニックマウスの行動解析を行った。
【0082】
(5)まず、本実施例のトランスジェニックマウス(Tg)と、非トランスジェニックマウス(N)とにおける運動機能を、ロータロッド試験により比較した。
【0083】
トランスジェニックマウスと非トランスジェニックマウスとをそれぞれロータロッドに乗せ、毎分4回転(rpm)から毎分40回転まで加速回転した場合と、毎分32回転で一定速度にて回転した場合とにおいて、マウスが落下するまでの時間を測定した。その結果を図5に示す。図5は、本実施例のトランスジェニックマウスと非トランスジェニックマウスとにおけるロータロッド試験の結果を示すグラフである。また図5には、それぞれ12匹のマウスについて解析した結果の平均を示す。
【0084】
図5(a)および図5(b)に示すように、毎分4回転から毎分40回転まで加速回転した場合(図5(a))と、毎分32回転で一定速度にて回転した場合(図5(b))との両方において、トランスジェニックマウスは、非トランスジェニックマウスと比較して落下するまでの時間が早かった。したがって、この結果は、トランスジェニックマウスの運動機能が低下していることを示唆している。
【0085】
(6)次に、本実施例のトランスジェニックマウス(Tg)と非トランスジェニックマウス(N)とに対して、歩行試験を行った。
【0086】
トランスジェニックマウスと非トランスジェニックマウスとのそれぞれの前足にインクを付けて紙の上を歩かせた後、その足跡から歩幅を測定した。その結果を図6に示す。図6は、本実施例のトランスジェニックマウスと野生型マウスとにおける歩行試験の結果を示す図である。図6(a)は、それぞれのマウスの足跡について、それぞれ2つの例を示した図であり、図6(b)は、それぞれ12匹のマウスについて、1歩〜6歩までの各歩幅を測定し、その平均を示したグラフである。
【0087】
図6(a)および図6(b)が示すように、トランスジェニックマウスは、非トランスジェニックマウスと比較して歩幅が短かった。したがって、この結果は、トランスジェニックマウスの運動機能が低下していることを示唆している。
【0088】
上記(5)および(6)における結果は、非トランスジェニックマウスと比較すると、トランスジェニックマウスが運動機能障害を有することを示唆している。
【0089】
なお、上記(5)および(6)における結果は、40〜41週齢のトランスジェニックマウスを用いた場合を示した。30週齢以内のトランスジェニックマウスを用いた場合には、非トランスジェニックマウスと比較して、上述のような運動機能障害は観察されなかった。
【0090】
上記(1)〜(6)における結果から、本実施例におけるトランスジェニック非ヒト動物は、中枢神経組織にシンフィリン−1を蓄積しており、さらに運動機能障害を有していることが明らかになった。したがって、本発明のトランスジェニック非ヒト動物は、神経変性疾患と同様の特徴を有しており、シンフィリン−1が関与する神経変性疾患などのモデル動物として利用し得ることが、これらの結果からも証明された。
【産業上の利用可能性】
【0091】
本発明のトランスジェニック非ヒト動物は、シンフィリン−1遺伝子が導入されているので、シンフィリン−1が関与する疾患に対する治療薬のスクリーニングなどに好適に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0092】
【図1】DNA断片MoPrP−HA−Synphilin−1の模式図を示す。
【図2】本実施例におけるトランスジェニックマウスの遺伝子型を確認した結果を示す図である。
【図3】本実施例におけるトランスジェニックマウスの脳組織細胞破砕液中において抗HA抗体を用いてHA−Synphilin−1タンパク質を検出したウエスタンブロット法の結果を示す図である。
【図4】本実施例におけるトランスジェニックマウスの中枢神経組織における免疫組織化学法による解析結果を示す図である。
【図5】本実施例のトランスジェニックマウスと非トランスジェニックマウスとにおけるロータロッド試験の結果を示すグラフである。
【図6】本実施例のトランスジェニックマウスと非トランスジェニックマウスとにおける歩行試験の結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シンフィリン−1(Synphilin−1)をコードする遺伝子が導入されていることを特徴とするトランスジェニック非ヒト動物。
【請求項2】
上記遺伝子が、中枢神経組織にて発現していることを特徴とする請求項1に記載のトランスジェニック非ヒト動物。
【請求項3】
上記遺伝子の発現産物であるシンフィリン−1が、中枢神経組織に蓄積していることを特徴とする請求項1又は2に記載のトランスジェニック非ヒト動物。
【請求項4】
上記遺伝子は、中枢神経組織特異的なプロモータが付加されて導入されていることを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載のトランスジェニック非ヒト動物。
【請求項5】
上記遺伝子は、赤血球凝集素(HA)タグをコードする配列が付加されて導入されていることを特徴とする請求項1〜4の何れか1項に記載のトランスジェニック非ヒト動物。
【請求項6】
上記非ヒト動物が、ウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウサギ、イヌ、ネコ、モルモット、ハムスター、ラット及びマウスからなる群より選択されることを特徴とする請求項1〜5の何れか1項に記載のトランスジェニック非ヒト動物。
【請求項7】
上記非ヒト動物がマウスであることを特徴とする請求項1〜5の何れか1項に記載のトランスジェニック非ヒト動物。
【請求項8】
運動機能障害を有することを特徴とする請求項1〜7の何れか1項に記載のトランスジェニック非ヒト動物。
【請求項9】
請求項1〜8の何れか1項に記載のトランスジェニック非ヒト動物に試験化合物を投与し、上記遺伝子の転写量、シンフィリン−1の動態又は運動機能障害の有無を観察することを特徴とする神経変性疾患の治療薬のスクリーニング方法。
【請求項10】
上記神経変性疾患が、パーキンソン病又はレビー小体型認知症であることを特徴とする請求項9に記載のスクリーニング方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−110295(P2010−110295A)
【公開日】平成22年5月20日(2010.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−287581(P2008−287581)
【出願日】平成20年11月10日(2008.11.10)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 「第49回日本神経学会総会 プログラム・抄録集」 発行日 2008年5月15日 発行所 有限責任中間法人日本神経学会
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【Fターム(参考)】