説明

トルクリミッタを備えた変速装置

【課題】前輪・後輪それぞれにかかるピーク負荷からの保護機能を有する車両用変速装置を提供する。
【解決手段】本発明に係る車両用変速装置は、筐体と、該筐体内の変速ギア機構と、該筐体に支持される、該変速ギア機構の出力を車両の前輪・後輪に伝達するための出力軸とを有し、該筐体内にて、該出力軸に前輪用トルクリミッタ及び後輪用トルクリミッタを備えている。前記前輪用トルクリミッタ及び後輪用トルクリミッタはそれぞれ、入力部材と出力部材とを有し、該出力部材にかかる負荷が閾値以下である場合は、該入力部材に係合される入力側摩擦板と該出力部材に係合される出力側摩擦板とが圧接して一体回動することで、該入力部材から該出力部材へと動力が伝達され、該出力部材にかかる負荷が閾値を超えた場合に、該入力側摩擦板と該出力側摩擦板とが相対回転することで、該負荷による該出力部材のトルクの該入力部材への伝達が回避される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ユーティリティビークル(Utility Vehicle)やオールテレインビークル(All Terrain Vehicle)等の四輪駆動車両等に適用される変速装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、オフロード走行に適したユーティリティビークル(Utility Vehicle、以下、単に「UV」)やオールテレインビークル(All Terrain Vehicle、以下、単に「ATV」)等の多目的型四輪駆動車両では、凹凸の多い地面を走行中に、前高後低の姿勢になって後輪に急激な負荷(ピーク負荷)がかかる状態と、前低後高の姿勢になって前輪にピーク負荷がかかる状態とを繰り返す。この急激な負荷から走行駆動系の変速装置やエンジン等を保護すべく、例えば、特許文献1に示すように、前輪、後輪それぞれについて、トルクリミッタを設けるという技術が公知となっている。このトルクリミッタは、入力側の摩擦板と出力側摩擦板とを有し、両摩擦板同士をバネ力にて圧接しており、通常時は出力側摩擦板が入力側摩擦板と一体回転して、エンジン側から車輪側へと動力を伝達し、車輪側から異常トルク(ピーク負荷)が出力側摩擦板にかかると、該トルクがかかる出力側摩擦板の回転が相対的にエンジン動力による入力側摩擦板の回転より遅れ、すなわち、入力側摩擦板と出力側摩擦板とが相対回転し、これにより、出力側摩擦板にかかるトルクの入力側摩擦板への伝導を回避する。
【0003】
特許文献1に示す車両においては、前輪の車軸を支持する差動装置を収納した前側の車軸駆動装置を駆動するための動力は、後輪の車軸を支持する後側の車軸駆動装置内に伝達される動力より取り出されるものであり、この前輪駆動用動力は、ユニバーサルジョイント及び伝動軸を介して、該前側の車軸駆動装置の入力部に配設されるトルクリミッタへと伝達される。なお、特許文献1には、前輪用のトルクリミッタのみが開示されているが、後輪を支持する後側の車軸駆動装置にもトルクリミッタが内装されていることは当業者にとって自明のことである。
【0004】
また、例えば、特許文献2に示すように、UVやATVに適用される前輪・後輪駆動用変速装置として、前輪車軸用最終駆動機構(ギア機構や差動機構等)を収納する前側の車軸駆動装置と、後輪車軸用最終駆動機構(ギア機構や差動機構等)を収納する後側の車軸駆動装置との間に、両車軸駆動装置の筐体とは別の筐体に変速ギア機構を収納してなるギア変速装置を配設する技術が公知となっている。特許文献2に示すギア変速装置は、エンジンにて駆動されるベルト変速装置に連設されて、ベルト変速装置の出力にてその変速ギア列を駆動されるものとなっており、その出力軸の前端は、ユニバーサルジョイント及び伝動軸等を介して前側の車軸駆動装置の入力部に接続され、該出力軸の後端は、ユニバーサルジョイント及び伝動軸等を介して後側の車軸駆動装置の入力部に接続されている。
【0005】
また、特許文献3には、除雪機に適用される変速装置が開示されており、該変速装置は、その筐体内に、左右一対の車軸及び両車軸駆動用の変速ギア機構を収納するとともに、一対のクラッチタイプのトルクリミッタを収納しており、該両トルクリミッタは、該変速ギア機構の出力軸に設けられていて、左右各車軸は、各トルクリミッタを介して、該出力軸に連係している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2000−108695号公報
【特許文献2】特開2010−247671号公報
【特許文献3】特開2004−52789号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献2に開示される変速装置を、トルクリミッタを備えた特許文献1に開示される車両の前輪・後輪駆動用に適用しようとする場合には、前輪用のトルクリミッタを前側の車軸駆動装置の入力部に設け、後輪用のトルクリミッタを後側の車軸駆動装置の入力部に設けて、該変速装置の出力軸の前端を、ユニバーサルジョイント及び伝動軸等を介して前輪用トルクリミッタに、該出力軸の後端を、ユニバーサルジョイント及び伝動軸等を介して後輪用トルクリミッタに、それぞれ接続することとなる。しかし、これでは、二つのトルクリミッタを前側の車軸駆動装置と後側の車軸駆動装置とに分散して設けることとなり、前・後両車軸駆動装置がコンパクト性に欠け、伝動系全体の組立性にも欠ける。そこで、前・後の車軸駆動装置の間に配設される変速装置に、前輪・後輪それぞれに係るピーク負荷に対応し得るトルク機能を備えるよう構成することが望まれるが、前輪・後輪用の両トルクリミッタを集中して設けるとしても、該変速装置のコンパクト性は確保したい。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、以上のような課題解決のために、次のような手段を用いるものである。すなわち、本発明に係る変速装置は、請求項1に記載の如く、筐体と、該筐体内の変速ギア機構と、該変速ギア機構の出力を車両の前輪・後輪に伝達するための出力軸とを有し、該筐体内にて、該出力軸に前輪用トルクリミッタ及び後輪用トルクリミッタを設けている。
【0009】
前記変速装置において、請求項2に記載の如く、前記前輪用トルクリミッタ及び後輪用トルクリミッタはそれぞれ、入力部材と出力部材とを有し、該出力部材にかかる負荷が閾値以下である場合は、該入力部材に係合される入力側摩擦板と該出力部材に係合される出力側摩擦板とが圧接して一体回動することで、該入力部材から該出力部材へと動力が伝達され、該出力部材にかかる負荷が閾値を超えた場合に、該入力側摩擦板と該出力側摩擦板とが相対回転することで、該負荷による該出力部材のトルクの該入力部材への伝達が回避される。
【0010】
また、請求項3に記載の如く、前記前輪用トルクリミッタにおいて設定される前記負荷の閾値を、前記後輪用トルクリミッタにおいて設定される前記負荷の閾値より小さくしている。
【0011】
また、請求項4に記載の如く、前記前輪用トルクリミッタ及び後輪用トルクリミッタのうち少なくとも一方において設定される前記負荷の閾値を調整可能としている。
【0012】
また、請求項5に記載の如く、前記出力軸は、前記前輪用トルクリミッタ及び後輪用トルクリミッタのうち、一方は前記出力軸をその入力部材とし、他方は前記出力軸をその出力部材としている。
【発明の効果】
【0013】
本発明の変速装置は、請求項1に記載の如く、変速ギア機構を内装する筐体内において、車両の前輪・後輪駆動用の出力軸に前輪用トルクリミッタと後輪用トルクリミッタの両方を設けているので、両トルクリミッタが該変速装置に集中配置され、該変速装置の筐体とは別の筐体を有してなる前輪用車軸駆動装置及び後輪用車軸駆動装置にはトルクリミッタを設ける必要がないので、両車軸駆動装置のコンパクト性を確保できる。また、一本の出力軸に両トルクリミッタを設けるので、両トルクリミッタは同一軸芯に配置され、その軸周り方向におけるコンパクト性が確保され、したがって、当該変速装置自体のコンパクト性も確保できる。
【0014】
また、トルクリミッタの組み付け作業なしに、両車軸駆動装置の各入力部を、該変速装置における前輪駆動用の出力端と、後輪駆動用の出力端とに、ユニバーサルジョイント及び伝動軸等を介して接続するだけで、車両における該変速装置から前輪・後輪への伝動系が完成し、組立性を向上する。そして、該車両の走行中は、該変速装置における両トルクリミッタの機能により、前輪にかかるピーク負荷からも後輪にかかるピーク負荷からも、該変速装置の変速ギア機構、また、その上流側の伝動系や駆動源が有効に保護される。
【0015】
上記の如き構成及び効果を有する変速装置は、請求項2に記載の如く、その前輪用・後輪用トルクリミッタの各々が、入力部材に係合した摩擦板と出力部材に係合した摩擦板との圧接により、入力部材・出力部材間で動力を伝達する構成となっているので、摩擦板同士が一体回転するように接している通常の伝動状態と、摩擦板同士が相対回転するように接している負荷回避状態との間の移行が、例えば特許文献3に記載されるような、クラッチ爪同士を係合させる構造のものに比べてゆるやかであり、該移行による衝撃が緩和される。
【0016】
また、本発明に係る変速装置を適用する車両は、一般的には、通常の走行時においても、前輪よりも後輪にかかる負荷の方が大きい。このような状況において、前輪・後輪用トルクリミッタがそれぞれ請求項2に記載の如き構成である場合に、両トルクリミッタにおいて設定される負荷の閾値が均等であれば、後輪にかかるピーク負荷がまだそれほど大きくない段階で頻繁に負荷回避状態になるか、或いは、前輪にかかるピーク負荷がかなり大きくて、動力を遮断する必要があるにもかかわらず前輪用トルクリミッタが通常の伝動状態のままになっているという事態を引き起こすおそれがある。請求項3に記載の構成は、このような問題を解消し、前輪用・後輪用トルクリミッタが、前輪・後輪それぞれにかかるピーク負荷に最適に対応して作動することができ、負荷回避状態が過度に頻繁に起こる事態も、ピーク負荷が回避されずに変速ギア機構にかかってしまう事態も引き起こさない。
【0017】
また、請求項4に記載の如く、少なくとも一方のトルクリミッタにて設定される負荷の閾値を調整可能とすることで、該変速装置を適用する車両ごとに変化する、例えば、車両の前部・後部間の重量バランス等、諸々の事情に合わせて、最適なトルクリミッタ機能を発揮させることができるのである。
【0018】
また、請求項5に記載の如く、該変速装置の出力軸が、一方のトルクリミッタの出力部材であり、かつ他方のトルクリミッタの入力部材であるものとすることにより、前述の如くコンパクトな両トルクリミッタの同一軸芯上配置が実現することに加え、該出力軸とは別に該一方のトルクリミッタの出力部材を設ける必要がなく、また、該出力軸とは別に該他方のトルクリミッタの入力部材を設ける必要がないので、部材点数の削減及びコスト低減に貢献する。
【0019】
添付の図面を参照しての以下の詳細な説明は、以上の、また、それ以外の発明の目的、特徴、効果を、より明白にするものである。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明に係る変速ユニット、前輪用車軸駆動装置、及び後輪用車軸駆動装置を備えた車両の走行用伝動系構造を示すスケルトン図である。
【図2】該変速ユニットの内部構造を示す展開断面図である。
【図3】図2に示すギア変速装置における前輪用トルクリミッタの拡大断面図である。
【図4】別実施例に係る前輪用トルクリミッタの拡大断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
図1に開示される車両100の走行用伝動系構造について説明する。車両100には、エンジン1と、該エンジン1にて駆動される主変速装置としてのベルト変速装置2と、該ベルト変速装置2にて駆動される副変速装置としてのギア変速装置3とを一体状に組み合わせてなる変速ユニット10が備えられており、該変速ユニット10の後方には、左右一対の後輪4及び両後輪4の車軸4aを駆動する後車軸駆動装置5を設け、該変速ユニット10の前方には、左右一対の前輪6及び両前輪6の車軸6aを駆動する前車軸駆動装置7を設けており、変速ユニット10の出力、すなわち、ギア変速装置3の出力が、後車軸駆動駆動装置5と前車軸駆動装置7とに分配されるものとしている。
【0022】
図1より、車軸駆動装置5・7について説明する。後車軸駆動装置5は、その筐体としての後車軸駆動ハウジング5aに、平面視前後方向に延設される入力軸51と、左右方向に延設される左右一対の出力軸53とを支持している。入力軸51の前端部は後車軸駆動ハウジング5aより前方に突出し、ユニバーサルジョイント及び伝動軸50を介して、変速ユニット10における後述のギア変速ハウジング3aより後方に突出する第一出力軸(後輪駆動軸)19の後端部に連結されている。各出力軸53は、後車軸駆動ハウジング5aより左右各外方に突出して、ユニバーサルジョイント及び伝動軸を介して、左右各後輪4の車軸4aに連動連係されている。後車軸駆動ハウジング5a内には、差動ギア機構52が内装されており、左右両出力軸53同士が該差動ギア機構52を介して差動可能に連結されている。差動ギア機構52の入力ギアとしてのベベルギア52aが、入力軸51の後端に固設されたベベルピニオン51aに噛合している。
【0023】
前車軸駆動装置7は、その筐体としての前車軸駆動ハウジング7aに、平面視前後方向に延設されるクラッチ出力軸61と、左右方向に延設される左右一対の出力軸63とを支持しており、各出力軸63は前車軸駆動ハウジング7aより突出して、ユニバーサルジョイント及び伝動軸を介して左右各前輪6の車軸6aに連動連係されている。前車軸駆動ハウジング7a内には、差動ギア機構62が内装されており、左右両出力軸63同士が該差動ギア機構62を介して差動可能に連結されている。差動ギア機構62の入力ギアとしてのベベルギア62aが、クラッチ出力軸61の前端に固設されたベベルピニオン61aに噛合している。
【0024】
前車軸駆動ハウジング7aには、クラッチ入力軸59の前端部が挿入されており、該クラッチ入力軸59の前端とクラッチ出力軸61の後端との間に、例えば噛合いクラッチ等のクラッチ60が介装されている。クラッチ入力軸59の後端部は、前車軸駆動ハウジング7aより後方に突出しており、ユニバーサルジョイント及び伝動軸58を介して、変速ユニット10における後述のベルト変速ハウジング2aより前方に突出する前輪駆動軸57に連結されている。クラッチ60を入れることで、左右両出力軸63、すなわち左右両前輪6に、ギア変速装置3の出力が伝達され、車両100は左右両後輪4及び左右両前輪6の駆動で走行、すなわち、四輪駆動走行する。クラッチ60を切ることで、左右両前輪6にギア変速装置3の出力が伝達されなくなり、車両100は左右両後輪4のみの駆動で走行、すなわち、二輪駆動走行する。
【0025】
変速ユニット10におけるベルト変速装置2について図1及び図2より説明する。ベルト変速装置2の筐体であるベルト変速ハウジング2aの後端には、エンジン1の本体前端と、ギア変速装置3の筐体であるギア変速ハウジング3aの前端とが固着されている。ベルト変速ハウジング2a内にて、駆動プーリ12及び従動プーリ13が備えられており、両プーリ12・13間にベルト14が介装されている。エンジン1の出力軸11及び後述のギア変速機構3bの入力軸である変速駆動軸15は、ベルト変速ハウジング2a内に、水平前方に延設されており、エンジン出力軸11は駆動プーリ12の回転中心軸(プーリ軸)、変速駆動軸15は従動プーリ13の回転中心軸(プーリ軸)となっている。ベルト変速装置2は、両プーリ12・13のプーリ溝の幅を、エンジン1の回転数の変化に従って変化させることで、その出力/入力回転数比を無段に変速する構成の、無段変速装置(CVT)となっている。
【0026】
変速ユニット10におけるギア変速装置3について図1〜図3より説明する。ギア変速ハウジング3a内にて、変速駆動軸15、変速従動軸16、アイドル軸17、減速軸18、第一出力軸19、第二出力軸20が前後水平方向に延設されており、軸15・16・17・18・19は互いに平行に配置され、第二出力軸20は、第一出力軸19の前方にて、該第一出力軸19の中心軸線の延長上に配置されている。ギア変速ハウジング3a内にて、これらの軸15〜20と、これらの軸に設けられる後述のギア等により、ギア変速機構3bが構成されている。
【0027】
なお、本実施例において、図2に示すように、ギア変速ハウジング3aは、前ハウジング8と後ハウジング9とを接合して構成されており、前ハウジング8は、前述のベルト変速ハウジング2aの後半部として兼用される。すなわち、前ハウジング8の前端には、ベルト変速ハウジング2aの前半部55の後端が接合される。後ハウジング9は、各軸受を介して、軸15・16・17・18の各後端を支持しており、前ハウジング8は、各軸受を介して、軸16・17・18の前端を支持している。変速駆動軸15は、軸受を介して前ハウジング8に支持され、その前端部を、前ハウジング8より前方に突出している。第一出力軸19は、軸受を介して後ハウジング9に支持され、その後端部を、後ハウジング9より後方に突出している。該第一出力軸19の前端部は、前ハウジング8に軸受を介して支持された第二出力軸20に、該第二出力軸20に対して相対回転自在に嵌入されており、該第二出力軸20の前端部は、該前ハウジング8の、該第二出力軸20を支持する壁部より前方に突出している。
【0028】
第一出力軸19は、後輪駆動軸として、後ハウジング9より後方に突出するその後端部を、前述の如くユニバーサルジョイント及び伝動軸50を介して、後車軸駆動装置5の入力軸51の前端部に連結している。前輪駆動軸としての第二出力軸20の前端部には、スプライン軸孔20bが前方開口状に形成されており、該スプライン軸孔20bに、前輪駆動軸57の後端部に形成したスプライン軸部を嵌入することで、前輪駆動軸57と第二出力軸20とを一体回転可能に接続している。前輪駆動軸57における、前ハウジング8の前端部より前方に突出する部分は、軸ハウジング56内にて、軸受56aを介して回転自在に支持されている。前ハウジング8の該前端部に、軸ハウジング56の後端が固設されている。該軸ハウジング56は、ベルト変速装置2のベルト変速ハウジング2a内において、プーリ12・13間に掛け渡されているベルト14の上部と下部との間を通過するように前方に延出され、該軸ハウジング56の前端は、ベルト変速ハウジング2aの前半部55の前端壁に設けられた孔55a内に配置される。前輪駆動軸57は、その前端部を、ベルト変速ハウジング2aの前端に配置された軸ハウジング56の前端より前方に突出し、前述の如く、ユニバーサルジョイント及び伝動軸58を介して、前車軸駆動装置7のクラッチ入力軸59の後端部に連結している。ギア変速ハウジング3aの前部とベルト変速ハウジング2aの後半部とを一体に形成した前ハウジング8の前端部に軸ハウジング56が固設されているため、ベルト変速ハウジング2aの前半部55を、前ハウジング8より取り外して、前方に移動させるだけで、軸ハウジング56を介して前輪駆動軸57をギア変速ハウジング3aに支持したままの状態で、ベルト変速装置2を開放することができる。
【0029】
変速駆動軸15の前端部は、ベルト変速ハウジング2a内にて、ベルト変速装置2の従動プーリ13の回転中心軸(プーリ軸)となっている。ギア変速ハウジング3a(後ハウジング9)内にて、変速駆動軸15には、前進高速駆動ギア21、前進低速駆動ギア22、後進駆動ギア23が固設(或いは一体形成)されている。変速従動軸16には、前進高速従動ギア24が、該変速従動軸16に対して相対回転自在に装着されて、前進高速駆動ギア21と噛合している。該前進高速従動ギア24の中心ボス部には、前進低速従動ギア25が、該前進高速駆動ギア24に対して相対回転自在に装着されて、前進低速駆動ギア22と噛合している。変速従動軸16にはさらに、後進従動ギア26が、該変速従動軸16に対して相対回転自在に装着されて、アイドル軸17に支持されたアイドルギア27に噛合しており、該アイドルギア27は後進駆動ギア23に噛合している。なお、図2ではアイドルギア27が後進従動ギア26より離れているように見えるが、実際は図1に示すように両ギア26・27が噛合している。
【0030】
こうして、変速駆動軸15と変速従動軸16との間にて、ギア21・24よりなる前進低速ギア列、ギア22・25よりなる前進高速ギア列、ギア23・27・26よりなる後進ギア列が構成されている。
【0031】
変速従動軸16には、スプラインハブ28が固設されており、該スプラインハブ28の外周面に、クラッチスライダ29が、軸芯方向に摺動可能でかつ該スプラインハブ28に対して相対回転不能に係合されている。クラッチスライダ29は、車両100に設けられた変速操作具(レバー、ペダル、ダイヤル等)の操作で摺動して、前進低速従動ギア25と噛合する前進低速位置、前進高速従動ギア24と噛合する前進高速位置、後進従動ギア26と噛合する後進位置、ギア24・25・26のうちどれとも噛合しない中立位置の、4位置に切換可能となっている。なお、図2においては、説明の便宜上、変速従動軸16の上方に中立位置のクラッチスライダ29を図示しており、変速従動軸16の下方に前進低速位置のクラッチスライダ29を図示している。クラッチスライダ29の後進位置は、中立位置より後方(図2で右方)に設定されており、前進高速位置は、前進低速位置と中立位置との間に設定されている。このように、ギア変速装置3は、変速従動軸16を、前進回転方向で低速に駆動する前進低速状態、前進回転方向で高速に駆動する前進高速状態、後進回転方向に駆動する後進駆動状態、及び、変速従動軸16への動力伝達を遮断した中立状態のうちのいずれか一つの状態に設定される。
【0032】
変速従動軸16に固設されたギア30と、減速軸18に固設されたギア31とが噛合し、減速軸18に固設されたギア32と、後述の後輪用トルクリミッタ33の入力部材34に形成されるギア34aとが噛合して、ギア30・31・32・34aにて、変速従動軸16の回転動力を、後輪用トルクリミッタ33の入力部材34へと伝達する減速ギア列が構成されている。
【0033】
後輪用トルクリミッタ33は、その出力部材を第一出力軸19とし、該第一出力軸19に入力部材34を周設しており、該入力部材34に係合した入力側摩擦板と、該第一出力軸19に係合した出力側摩擦板とを交互に配列してなる摩擦板群35を該入力部材34と該第一出力軸19との間に介装している。後輪用トルクリミッタ33は、第一出力軸19に螺装したナット37を備えるとともに、該ナット37と摩擦板群35との間に介装される皿バネ36を備えており、皿バネ36のバネ力により、入力側摩擦板と出力側摩擦板とを圧接する。出力側摩擦板が入力側摩擦板に摩擦圧接して入力側摩擦板と一体回転する状態が通常の伝動状態、すなわち、後輪用トルクリミッタ33の「入」状態である。後輪4にかかる負荷が通常範囲内にある時は、後輪4からの負荷に起因して生じる第一出力軸19のトルクが弱く、したがって、該入力側摩擦板に摩擦圧接する出力側摩擦板が、エンジン回転力による入力側摩擦板の回転に連れ回る、すなわち、該入力側摩擦板と一体回転する。こうして、後輪用トルクリミッタ33は「入」状態となり、入力部材34と第一出力軸19とが一体回転し、ギア変速装置3におけるギア変速機構3bからの出力を通常に左右後輪4に伝達する。
【0034】
後輪4に負荷がかかると、該負荷に起因して、エンジン動力に対抗する後輪4から第一出力軸19へのトルク(負荷トルク)が生じる。この負荷トルクは、第一出力軸19の回転を、エンジン動力にて回転する入力部材34よりも遅らせる方向に働くものであり、エンジン動力による入力側摩擦板の回転に抵抗する出力側摩擦板のトルクが増加する。増加したトルクが、摩擦板同士を圧接する方向に働く皿バネ36のバネ力に勝ると、出力側摩擦板の回転が入力側摩擦板の回転よりも遅れる、すなわち、入力側摩擦板と出力側摩擦板とが相対回転する、後輪用トルクリミッタ33の「切」状態となる。これにより、後輪4にかかるピーク負荷に起因する第一出力軸19のトルクの、入力部材34への伝達が回避され、後輪用トルクリミッタ33の入力部材34より上手側の走行伝動系を、後輪4にかかる過度のピーク負荷より保護する。
【0035】
このように、後輪用トルクリミッタ33において、出力部材である第一出力軸19にかかる負荷が、前記皿バネ36のバネ力に基づいて設定される閾値以下である場合は、該入力部材34に係合される入力側摩擦板と該第一出力軸19に係合される出力側摩擦板とが圧接して一体回動することで、該入力部材34から該第一出力軸19へと動力が伝達され、該第一出力軸19にかかる負荷が閾値を超えた場合に、該入力側摩擦板と該出力側摩擦板とが相対回転することで、該負荷による該第一出力軸19のトルクの該入力部材34への伝達が回避される。
【0036】
なお、後輪用トルクリミッタ33が「入」状態であっても、「切」状態であっても、入力側摩擦板と出力側摩擦板との間には摩擦力が作用し、両摩擦板が完全に離間することはないので、噛み合いクラッチ式に構成した場合のように断続的に「入」状態と「切」状態とが切り換わることはなく、すなわち、両状態間の移行が徐々になされるので、衝撃が少ない。
【0037】
皿バネ36を摩擦板群35に締めつけているナット37を回動することで、摩擦板群35にかかる皿バネ36のバネ力が調整され、上記相対回転を開始するのに必要な第一出力軸19にかかる後輪4からの負荷の値、すなわち、前記の負荷の閾値が調整される。これにより、車両100個々の設計に合わせて、最適な負荷閾値を設定することができる。
【0038】
図2及び図3に示すように、第一出力軸19の前端部は、第二出力軸20に形成された後方開口状の軸孔20aに、該第二出力軸20に対して相対回転自在に嵌入されている。第一出力軸19を入力部材、第二出力軸20を出力部材として、前輪用トルクリミッタ38が構成されている。該前輪用トルクリミッタ38において、第一出力軸19に係合する入力側摩擦板と、第二出力軸20に係合する出力側摩擦板とを交互に配列してなる摩擦板群39が、第一出力軸19と第二出力軸20との間に介装されており、該摩擦板群39は、第一出力軸19に装着された皿バネ40のバネ力にて摩擦板同士の摩擦圧接力を付与され、該皿バネ40は、第一出力軸19に螺装されたナット41にて該摩擦板群39に締めつけられている。
【0039】
以上の如き構成の前輪用トルクリミッタ38は、前輪6にかかる負荷が通常範囲内である時は、第二出力軸20に係合される出力側摩擦板が、第一出力軸19に係合される入力側摩擦板と一体回転する通常の伝動状態、すなわち「入」状態であり、前輪6にかかる負荷が、皿バネ40のバネ力にて設定される閾値を超えると、該入力側摩擦板と該出力側摩擦板とが相対回転する状態、すなわち、第二出力軸20から第一出力軸19へのトルクの伝達を回避する「切」状態となる。ナット41の回動にて皿バネ40のバネ力を調整することで、該閾値を調整することができる。
【0040】
重量バランス等の車両100の構造上、走行時には前輪6よりも後輪4に多く負荷がかかる傾向がある。このことを考慮して、後輪用トルクリミッタ33の容量を、前輪用トルクリミッタ38の容量よりも大きくしている。詳述すると、この「容量」とは、皿バネ36・40のバネ力に由来する入口側摩擦板と出口側摩擦板との一体回転を維持できる摩擦板間の摩擦力の制限値、すなわち、前述の負荷の閾値に該当する。すなわち、後輪用トルクリミッタ33の負荷の閾値を、前輪用トルクリミッタ38の負荷の閾値より大きく設定している。これにより、後輪4にかかる負荷で後輪用トルクリミッタ33が過度に頻繁に「切」状態になる事態や、前輪6にかかる負荷が過剰であるにもかかわらず前輪用トルクリミッタ38が「入」状態のままになっているという事態を回避する。
【0041】
以上の如く、ギア変速装置3のギア変速ハウジング3a内にて構成されるギア変速機構3bは、変速駆動軸15と変速従動軸16との間に介設される前進高速ギア列、前進低速ギア列及び後進ギア列、変速従動軸16と入力部材34との間に介設される減速ギア列を有しており、前述のクラッチスライダ29の操作で選択した前進高速ギア列、前進低速ギア列、後進ギア列のうちの一つを介してベルト変速装置2の出力を減速ギア列に伝達し、該減速ギア列の出力を、後輪用トルクリミッタ33を介して、後輪駆動軸としての第一出力軸19に伝達し、該第一出力軸19の回転動力を、前輪用トルクリミッタ38を介して、前輪駆動軸としての第二出力軸20に伝達するものとしている。
【0042】
前述の如く、第二出力軸20において、図2及び図3に示すように、第一出力軸19の前端部を相対回転自在に嵌入するための後方開口状の軸孔20aと、前輪駆動軸57の後端部にスプライン嵌合するための前方開口状のスプライン軸孔20bとが形成されており、軸孔20aの前端とスプライン軸孔20bの後端とが、第二出力軸20に形成される壁20cにて隔絶されている。こうして、前輪用トルクリミッタ38の摩擦板の潤滑等に用いられる油が、第一出力軸19の外周面を伝って、該軸孔20a内の該第一出力軸19の前端部に達しても、壁20cが、前輪駆動軸57を介して前ハウジング8内、すなわち、ベルト変速ハウジング2a内への該油の漏出を防止する。また、壁20cにて、第一出力軸19や前輪駆動軸57よりかかるスラスト力が吸収される。また、この壁20cの形成による油漏れ防止構造は、後述の図4に示す油漏れ防止構造で用いられるボアプラグ44、止め輪43、ワッシャ42が不要であり、部品点数低減化及び組立性向上に有利である。
【0043】
第二出力軸20は、図4に示すように構成してもよい。図4に示す実施例における第二出力軸20には、止め輪43の外周部を嵌入するための環状溝20dが形成されており、軸孔20aの前端とスプライン軸孔20bの後端とは、該環状溝20dを介して繋がっている。軸孔20a内にて、環状溝20dに嵌合した止め輪43と、軸孔20aに嵌入した第一出力軸19の前端との間には、ワッシャ42が介装される。一方、スプライン軸孔20b内にて、環状溝20dに嵌合した止め輪43と、スプライン軸孔20bに嵌入した前輪駆動軸57の後端との間には、油漏れ防止用のボアプラグ44が介装される。こうして、本実施例では、ボアプラグ44が、軸孔20aからスプライン軸孔20bへの、すなわち、ベルト変速ハウジング2a内への、ギア変速ハウジング3a内の油の漏出を防止する。また、ワッシャ42及び止め輪43にて、第一出力軸19や前輪駆動軸57よりかかるスラスト力を吸収する。
【0044】
以上は本発明の推奨例であって、本発明は、特許請求の範囲で画定される技術的範囲を超えない限りにおいて、当業者が容易に想到し得る様々な変更や応用が可能である。
【符号の説明】
【0045】
3 ギア変速装置
3a ギア変速ハウジング
4 後輪
6 前輪
8 前ハウジング
9 後ハウジング
19 第一出力軸
(後輪用トルクリミッタの出力部材、かつ、前輪用トルクリミッタの入力部材)
20 第二出力軸(前輪用トルクリミッタの出力部材)
33 後輪用トルクリミッタ
34 (後輪用トルクリミッタ33の)入力部材
38 前輪用トルクリミッタ



【特許請求の範囲】
【請求項1】
筐体と、該筐体内の変速ギア機構と、該変速ギア機構の出力を車両の前輪・後輪に伝達するための出力軸とを有し、該筐体内にて、該出力軸に前輪用トルクリミッタ及び後輪用トルクリミッタを設けていることを特徴とする変速装置。
【請求項2】
前記前輪用トルクリミッタ及び後輪用トルクリミッタはそれぞれ、入力部材と出力部材とを有し、該出力部材にかかる負荷が閾値以下である場合は、該入力部材に係合される入力側摩擦板と該出力部材に係合される出力側摩擦板とが圧接して一体回動することで、該入力部材から該出力部材へと動力が伝達され、該出力部材にかかる負荷が閾値を超えた場合に、該入力側摩擦板と該出力側摩擦板とが相対回転することで、該負荷による該出力部材のトルクの該入力部材への伝達が回避されることを特徴とする請求項1記載の変速装置。
【請求項3】
前記前輪用トルクリミッタにおいて設定される前記負荷の閾値を、前記後輪用トルクリミッタにおいて設定される前記負荷の閾値より小さくしていることを特徴とする請求項2記載の変速装置。
【請求項4】
前記前輪用トルクリミッタ及び後輪用トルクリミッタのうち少なくとも一方において設定される前記負荷の閾値を調整可能としていることを特徴とする請求項2記載の変速装置。
【請求項5】
前記出力軸は、前記前輪用トルクリミッタ及び後輪用トルクリミッタのうち、一方は前記出力軸をその入力部材とし、他方は前記出力軸をその出力部材としていることを特徴とする請求項2記載の変速装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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