説明

ドップラー効果付加装置

【課題】高調波関係を崩すことによる音質劣化あるいは時間伸縮を伴うことがなく、聴感上、音像にドップラー効果を付加した三次元仮想音響空間を形成することができるドップラー効果付加装置を提供する。
【解決手段】ドップラー効果付加装置10は、入力信号から瞬時周波数を計算する瞬時周波数計算部1と、入力信号の振幅の外形である包絡を計算する包絡計算部2と、瞬時周波数に周波数変化を付加する周波数変化付加部3と、減衰量を計算し付加するゲイン調整部4と、周波数変化後の瞬時周波数とゲイン調整後の包絡から出力信号を求める出力信号構成部5とを備え、音声信号に周波数変化と振幅の減衰量を付与してドップラー効果を付加する信号処理をした後、頭部伝達関数の理論に基づいた三次元音響技術で音像定位処理をする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、音像にドップラー効果を付加した三次元仮想音響空間を形成するドップラー効果付加装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、ステレオ装置などの電子楽器においては、多様な音像定位を可能とし、さまざまなパンニング効果を付与する音響効果付与装置が知られている(例えば、特許文献1、[0004]参照)。
【0003】
また、ゲームなどの仮想三次元空間内でプレイヤーは、任意に音源を操作して、音源からの音波の反射や音質の変化を基に、視覚によらないでゲームを楽しむことができ、操作装置からの操作に基づいて、音が三次元空間内の所定の位置及び向きにおいて聴取され、その物体に基づいた音が聴取できることから、音の内容からその空間内の物理的位置や物体の内容を判断することが可能になり、映像によらないゲーム環境を提供しているものもある(例えば、特許文献2、[0089]、[0090]参照)。
【0004】
一方、音像定位処理における距離感制御方法としてドップラー効果を再現する装置としては、図3に示すものが知られている。
【0005】
図3は従来のドップラー効果を再現する装置のブロック図である。
図3に示すように、従来のドップラー効果を再現する装置は、ピッチシフト部302と、コントローラ301とで構成され、コントローラ301により周波数変化量を操作し、ピッチシフト部302によって音像にピッチシフト処理をして周波数変化を付加している(例えば、特許文献3、[0015]、[0016]参照)。
【0006】
【特許文献1】特許第3334808号公報
【特許文献2】特開平11−272156号公報
【特許文献3】特開平6−315200号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、従来のドップラー効果を再現する装置においては、ピッチシフト処理をしているため、周波数変化を行った場合に、音像に含まれる高調波関係が崩れてしまうことがあり、音質劣化の原因になるという課題がある。
【0008】
また、ドップラー効果を有する信号は時間伸縮を伴って観測されるが、信号処理上、時間伸縮は、音質劣化の原因となり、好ましくない。
【0009】
本発明は、前記実情に鑑みてなされたものであり、高調波関係を崩すことによる音質劣化あるいは、時間伸縮を伴うことがなく、聴感上、音像にドップラー効果を付加した三次元仮想音響空間を形成することができるドップラー効果付加装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記目的を達成するため、本発明のドップラー効果付加装置は、入力信号から瞬時周波数を計算する瞬時周波数計算部と、入力信号の振幅の外形である包絡を計算する包絡計算部と、瞬時周波数に周波数変化を付加する周波数変化付加部と、減衰量を計算し付加するゲイン調整部と、周波数変化後の瞬時周波数とゲイン調整後の包絡から出力信号を求める出力信号構成部とを備え、出力信号構成部が、包絡の示す振幅の減衰と、瞬時周波数に付加した周波数変化とに基づいて出力信号を生成することにより、音像と聴取者との相対速度に応じて入力信号の周波数を可変可能に処理する構成を有している。
この構成により、本発明のドップラー効果付加装置では、ドップラー効果による受音点の周波数変化を、瞬時周波数に基づいた周波数変化を付加したものとしているため、高調波関係を崩すことによる音質劣化を伴わず、聴感上のドップラー効果を付加することができる。
【0011】
また本発明のドップラー効果付加装置は、前記構成に加え、周波数変化付加部が、ドップラー効果によって変化する周波数割合に基づいて、瞬時周波数に周波数変化を付加する処理をする構成を有するものを含む。
この構成により、本発明のドップラー効果付加装置では、瞬時周波数に周波数割合に基づいて周波数変化を付加しているので、周波数変化が連続的に自然になり、音質劣化を伴わないドップラー効果を付加することができる。
【0012】
さらに本発明のドップラー効果付加装置は、ゲイン調整部が、音像と受音点間距離の二乗に反比例して振幅を減衰処理する構成を有するものを含む。
この構成により、本発明のドップラー効果付加装置では、距離に応じた音源の減衰を再現するので、三次元仮想音響空間内においてドップラー効果を付加することができる。
【0013】
また本発明のドップラー効果付加装置は、瞬時周波数計算部が、入力信号のヒルベルト変換により瞬時周波数を計算する構成を有している。
この構成により、本発明のドップラー効果付加装置では、ヒルベルト変換により純粋に瞬時周波数を抽出するので、厳密な周波数変化を付加することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明のドップラー効果付加装置では、周波数変化を連続的に処理するので、音像に含まれる高調波関係を崩すことによる音質劣化を伴わず、また時間伸縮を伴うことがなく、聴感上、音像にドップラー効果を付加することができるという効果を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、図1及び図2に基づき、実質的に同一又は対応する部材には同一符号を用いて本発明によるドップラー効果付加装置の好適な実施の形態を詳細に説明する。
【0016】
図1は、実施の形態1におけるドップラー効果付加装置のブロック図である。
ドップラー効果は、音源と聴取者の両者又はいずれか片方が移動しているとき、音源の周波数が変化して聴こえる現象で、近づいてくる時に周波数は高くなる方向、遠ざかる時に周波数は低くなる方向に聴こえるものである。つまり、音程が変化して聴こえる。
したがって、三次元仮想音響空間においてドップラー効果を付加するために、実施の形態1にかかるドップラー効果付加装置10では、音像と受音点との相対速度に応じた周波数変化、つまり音程の変化が付与される。
【0017】
実施の形態1のドップラー効果付加装置10では、周波数変化付加部3が、この周波数変化を付与する処理をする。
【0018】
また、三次元仮想音響空間において、受音点に対し音像が移動することにより、受音点での音量が変化し、さらに音像が遠ざかるほど高音成分がより強く減衰し鋭い音は柔らかくなる。
【0019】
さらに音像と受音点との距離に応じて音量が変化する。
したがって、実施の形態1にかかるドップラー効果付加装置10では、減衰する振幅の変化を考慮した処理と、振幅が音像と受音点間距離の二乗に反比例する処理とをする必要がある。
【0020】
実施の形態1のドップラー効果付加装置10では、包絡計算部2と、ゲイン調整部4とにより、減衰量が付与される。
【0021】
実施の形態1のドップラー効果付加装置10は、このようなドップラー効果に伴う周波数変化及び振幅の減衰量を含む信号生成を行うものである。
【0022】
本発明の実施の形態1のドップラー効果付加装置10は、図1に示すように、入力信号から瞬時周波数を計算する瞬時周波数計算部1と、入力信号の振幅の外形である包絡を計算する包絡計算部2と、瞬時周波数に周波数変化を付加する周波数変化部3と、減衰量を計算し付加するゲイン調整部4と、周波数変化後の瞬時周波数とゲイン調整後の包絡から出力信号を求める出力信号構成部5とを備える。
【0023】
このドップラー効果付加装置10では、音声信号に周波数変化と振幅の減衰量を付与した信号処理をした後、頭部伝達関数の理論に基づいた三次元音響技術で音像定位処理をする。
したがって、本実施の形態では、三次元仮想音響空間において、ドップラー効果を付加することができる。
なお、音声信号とは、広く音を電気信号に変換したものをいい、変換の対象となる音は“音声”に限定されるものではない。
【0024】
次に実施の形態1のドップラー効果付加装置の機能を詳細に説明する。
図2は実施の形態1におけるドップラー効果付加装置の機能ブロック図である。
図2を参照して、実施の形態1のドップラー効果付加装置10は、入力信号f(n)を複素信号へ拡張するための遅延調整部21及びヒルベルト変換部22と、拡張された複素信号の絶対値を計算して包絡E(n)を求める絶対値計算部24と、複素信号の虚数部分と実数部分との比の逆正接をとることにより瞬時位相θ(n)を求める位相計算部25とを具備している。
【0025】
さらに、実施の形態1のドップラー効果付加装置10は、瞬時位相θ(n)の微分をとることによって瞬時周波数P(n)を求める周波数計算部27と、音像と受音点間の相対距離に基づいて減衰量G(n)を計算するゲイン計算部26と、音像と受音点の相対速度V(n)に基づいてドップラー効果によって変化する周波数変化割合M(n)を計算する変化割合計算部28と、周波数変化後の瞬時周波数Pd(n)を積分する位相計算部29と、積分した瞬時周波数の余弦をとる余弦計算部31とを具備している。
なお、図2中、33は乗算器を示し、23はインパルス応答を示す。
【0026】
このように、実施の形態1にかかるドップラー効果付加装置10では、図2を参照して、入力信号f(n)を、ヒルベルト変換部22による複素数成分の抽出と、遅延調整部21とによって、複素数信号{f(n)+j・g(n)}へ拡張処理をする。
ここで、jは虚数を意味する。
本実施の形態では、複素数信号を生成するヒルベルト変換に、インパルス応答23を用いたFIRフィルタを使用した。
【0027】
次に、拡張された複素数信号を絶対値計算部24において式(1)により絶対値計算を行うことによって包絡E(n)を、位相計算部25において式(2)により逆正接を取ることによって瞬時位相θ(n)を求める。
【0028】
【数1】

【0029】
【数2】

【0030】
また、周波数計算部27において式(3)により瞬時位相θ(n)の微分を取ることによって瞬時周波数P(n)を求める。
【0031】
【数3】

【0032】
ドップラー効果によって生じる周波数変化は式(4)により与えられる。
【0033】
【数4】

【0034】
ここで、fdは変化後の周波数、f0は基の周波数、Vcは音速、Vは相対音速である。
よって、音像と受音点の相対速度からドップラー効果によって変化する周波数変化割合M(n)は式(5)のように求めることができる。
【0035】
【数5】

【0036】
よって、相対速度によって変化割合計算部28において周波数変化割合が式(5)により計算され、周波数変化を付加した瞬時周波数は式(6)となる。
【0037】
【数6】

【0038】
振幅が音像−受音点間距離の二乗に反比例することから距離による減衰量の計算を式(7)によりゲイン計算部26において計算し、式(8)により付加する。
【0039】
【数7】

【0040】
【数8】

【0041】
振幅が音像−受音点間距離の二乗に反比例することから距離による減衰量の計算を式(7)によりゲイン計算部26において計算し、式(8)により付加する。
また、位相計算部29において周波数変化後の瞬時周波数を積分し余弦31を取ったものを、先に計算された包絡に式(9)により乗じることによって、ドップラー効果が付加された出力信号Z(n)を得る。
【0042】
【数9】

【0043】
ここで、Σは全てのnについて加算すること、つまり積分に相当する。
【0044】
このような本発明にかかる実施の形態1のドップラー効果付加装置によれば、ヒルベルト変換部22と、遅延調整部21と、位相計算部25と、周波数計算部27とにより、瞬時周波数を計算して、この瞬時周波数に相対速度に基づく周波数変化割合を付加したため、高調波関係を崩すことによる音質劣化を伴うことなく、また、時間伸縮を伴うことなく、聴感上ドップラー効果を実現することができる。
【0045】
実施の形態1ではヒルベルト変換により解析信号となる複素信号を生成し、包絡E(n)の計算に包絡計算部2を、瞬時位相θ(n)の計算に逆正接をとる位相計算部25を設けたが、実関数f(n)より、ヒルベルト変換を用いて解析信号{f(n)+j・g(n)}を定義すると、任意の実関数は次のようになる。
【0046】
f(n)=E(n)cosθ(n) (10)
【0047】
このようにヒルベルト変換を利用することにより、f(n)の振幅(エンベロープ)を求めて、それにより減衰を計算することができる。
また、θ(n)を微分したdθ(n)/dnを瞬時周波数とする見方も可能である。
したがって、ヒルベルト変換により、実施の形態1における瞬時周波数P(n)=dθ(n)/dnが計算可能である。
【産業上の利用可能性】
【0048】
以上のように、本発明にかかるドップラー効果付加装置は、高調波関係を崩すことによる音質劣化を伴うことなく、また、時間伸縮を伴うことなく、聴感上ドップラー効果を実現するという効果を有し、本発明は携帯電話等のモバイル機器等における三次元音響技術におけるドップラー効果付加装置として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明の実施の形態に1おけるドップラー効果付加装置のブロック図である。
【図2】本発明の実施の形態1におけるドップラー効果付加装置の機能構成図である。
【図3】従来のドップラー効果を再現する装置のブロック図である。
【符号の説明】
【0050】
1 瞬時周波数計算部
2 包絡計算部
3 周波数変化部
4 ゲイン調整部
5 出力信号構成部
21 遅延調整部
22 ヒルベルト変換部
23 ヒルベルト変換用インパルス応答の例
24 絶対値計算部
25 位相計算部
26 ゲイン計算部
27 周波数計算部
28 変化割合計算部
29 位相計算部
31 余弦計算部
301 コントローラ
302 ピッチシフト部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力信号から瞬時周波数を計算する瞬時周波数計算部と、入力信号の振幅の外形である包絡を計算する包絡計算部と、瞬時周波数に周波数変化を付加する周波数変化付加部と、減衰量を計算し付加するゲイン調整部と、周波数変化後の瞬時周波数とゲイン調整後の包絡から出力信号を求める出力信号構成部とを備え、
前記出力信号構成部が、前記包絡の示す振幅の減衰と、瞬時周波数に付加した周波数変化とに基づいて出力信号を生成することにより、音像と聴取者との相対速度に応じて入力信号の周波数を可変可能に処理する、ドップラー効果付加装置。
【請求項2】
請求項1記載のドップラー効果付加装置であって、
前記周波数変化付加部が、ドップラー効果によって変化する周波数割合に基づいて、前記瞬時周波数に周波数変化を付加する処理をするように構成されたドップラー効果付加装置。
【請求項3】
請求項1記載のドップラー効果付加装置であって、
前記ゲイン調整部が、音像と受音点間距離の二乗に反比例して振幅を減衰処理するように構成されたドップラー効果付加装置。
【請求項4】
請求項1記載のドップラー効果付加装置であって、
前記瞬時周波数計算部が、入力信号のヒルベルト変換により瞬時周波数を計算するように構成されたドップラー効果付加装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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