説明

ドラムブレーキ装置のシール構造

【課題】簡素な構成によりシール部材がブレーキドラムに対して軸方向にずれたり周方向に連れ回りすることを防止でき、製造コストが安く、組立が容易で、シール効果の高いドラムブレーキ装置のシール構造を提供する。
【解決手段】ブレーキドラム16の円筒部17外周面に遠心方向に起立する複数のシール係合突起37を周方向に所定の間隔で一体に形成する一方、シール部材28には上記シール係合突起37に係合する複数の切り欠き部39を設けた。また、ブレーキドラム16の円筒部17外周面に周方向に延びる環状のシール嵌合溝31を形成し、このシール嵌合溝31にシール部材28を嵌合させてシール部材28の車軸方向への動きを規制した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ブレーキドラム内に水、泥、ダスト等の異物が侵入することを防止するドラムブレーキ装置のシール構造に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ATV(All Terrain Vehicle)と呼ばれるバギー車両や自動車等において、制動用のブレーキ装置としてドラムブレーキ装置を採用した車種がある。ATVの場合は不整地や水中を走行する場面が多いため、ブレーキドラム内への水、泥、ダスト等の侵入を阻止するためにブレーキドラムとブレーキパネルとの間にシール部材(ダストシール)を介在させている。このようなドラムブレーキ装置の従来例が特許文献1に記載されている。
【0003】
このドラムブレーキ装置では、ブレーキドラムの外周面に環状のシール部材が圧入されており、このシール部材に形成した複数のリップをブレーキパネルの内面と立ち上げ部の内周面とに摺接させることにより、ブレーキドラム内への異物の侵入を防止している。
【0004】
シール部材はゴム材料を主体にして形成されているが、その内部には金属でできた環状の芯金材が埋め込まれており、この芯金材の剛性によってシール部材がブレーキドラムの外周面に圧入される際の緊縛力がもたらされ、シール部材がブレーキドラムに対して軸方向にずれたり周方向に連れ回りすることが防止されている。
【特許文献1】特開2001-99199号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1のドラムブレーキ装置では、上述のようにシール部材に芯金材が埋設されているためにシール部材の製造工程が複雑化してシール部材の部品単価が高くなる上に、ブレーキドラム外周面のシール部材が圧入される部分を高い精度で外径加工しなければならないことからブレーキドラムの製造コストが嵩み、さらにこのような芯金材入りのシール部材をブレーキドラムに組み付けるにはプレス装置を用いる必要があって組付工程が煩雑になるため、これらの事情によりドラムブレーキ装置の製造コストが高くなるという難点があった。
【0006】
シール部材の芯金材を省き、このシール部材を接着によりブレーキドラムに固定する方法も考えられるが、接着作業に多大な手間が掛かる上に、ブレーキ作用時の摩擦熱によりブレーキドラムが高温化するため、接着剤の耐熱性を考慮する必要がある。
【0007】
本発明は、上記問題点を解決するためになされたもので、簡素な構成によりシール部材がブレーキドラムに対して軸方向にずれたり周方向に連れ回りすることを防止でき、製造コストが安く、組立が容易で、シール効果の高いドラムブレーキ装置のシール構造を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、本発明に係るドラムブレーキ装置のシール構造は、ブレーキドラムの円筒部外周面に設けた環状のシール部材をブレーキパネルの立ち上げ部内周面に摺接させてブレーキドラムとブレーキパネルとの間を液密にシールするドラムブレーキ装置のシール構造において、上記ブレーキドラムの円筒部外周面には遠心方向に起立する複数のシール係合突起を周方向に所定の間隔で一体に形成する一方、上記シール部材には上記シール係合突起に係合する複数の切り欠き部を設けたことを特徴とする。
【0009】
また、上記ブレーキドラムの円筒部外周面に周方向に延びる環状のシール嵌合溝を形成し、このシール嵌合溝に上記シール部材を嵌合させてシール部材の車軸方向への動きを規制したことを特徴とする。
【0010】
さらに、上記シール係合突起と切り欠き部とを上記シール部材の少なくとも車軸方向一側に設けたことを特徴とする。
【0011】
そして、上記シール部材は上記ブレーキパネルの立ち上げ部内周面に当接する傾斜リップ部を有し、この傾斜リップ部はブレーキパネルの開放口側に傾斜していることを特徴とする。
【0012】
また、上記シール係合突起は上記ブレーキドラムの円筒部外周面に複数形成されて車軸方向に延びる放熱フィンを兼ねることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係るドラムブレーキ装置のシール構造によれば、ブレーキドラムの円筒部外周面に周方向に形成したシール嵌合溝にシール部材を嵌合させるとともに、シール部材の切り欠き部をブレーキドラムのシール係合突起に係合させるという簡単な構成によってシール部材を簡単にブレーキドラムに装着でき、圧入や接着に頼らずにシール部材がブレーキドラムに対して軸方向にずれたり周方向に連れ回りすることを防止できるため、製造コストが安く、組立が容易で高いシール効果を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
【0015】
図1は、本発明に係るシール構造が適用されたドラムブレーキ装置1を備えるATVの前輪周りの縦断面図である。ここにおいて、クッションユニット2に緩衝懸架されたサスペンションアーム3の先端にはキングピン4を介してナックル5が回動自在に連結され、ナックル5に一体形成されたスピンドル6(車軸)にインナーベアリング7とアウターベアリング8を介してハブ10が回転自在に軸支されている。ハブ10はハブナット11で抜脱が防止され、ハブナット11はハブキャップ12でカバーされる。ハブ10には複数のスタッドボルト13が埋設され、これにホイールリム14がホイールナット15で締結される。ホイールリム14には図示しないタイヤが嵌め込まれる。
【0016】
ハブ10にはドラムブレーキ装置1を構成するブレーキドラム16が一体に形成されている。このブレーキドラム16は車幅方向内側に延びる円筒部17を有するカップ状に造形されている。一方、ナックル5には板金材料をプレス成形して丸いトレー状に形成したブレーキパネル20が固定されている。このブレーキパネル20は防水、防塵用のカバーであり、その中央部にスピンドル6が貫通する貫通穴21が形成されている。ブレーキパネル20の周囲には短いフランジ状の立ち上げ部22が形成され、この立ち上げ部22がブレーキドラム16側に伸びてブレーキドラム16の円筒部17の周囲を所定の間隙を持って取り巻いている。
【0017】
ナックル5には一対のブレーキシュー23が遠心方向に拡張できるように設けられている。これらのブレーキシュー23が図示しないブレーキ操作機構により遠心方向に拡張すると、ブレーキシュー23のライニング24がブレーキドラム16の円筒部17内周面に摩擦係合してブレーキドラム16、即ちハブ10とホイールリム14(タイヤ)の回転が制動される。
【0018】
ブレーキドラム16の円筒部17外周面には環状のシール部材28が設けられており、このシール部材28がブレーキパネル20の立ち上げ部22内周面に摺接することによりブレーキドラム16とブレーキパネル20との間が液密にシールされる。このため、ATVが不整地や水中等を走行する場合においてブレーキドラム16内への水、泥、ダスト等の侵入が阻止される。このシール部材28の部分に本発明に係るシール構造が適用されている。
【0019】
図2は本発明に係るシール構造の第一実施例を示すブレーキドラム16(ハブ10)とブレーキパネル20とシール部材28の縦断面図であり、図3の(A)は正面から見たブレーキドラム16単品の部分断面図、(B)は(A)のIIIB矢視によるブレーキドラム16単品の側面図である。また、図4の(A)は正面から見たシール部材28単品の部分断面図、(B)は(A)のIVB矢視によるシール部材28単品の側面図である。
【0020】
ブレーキドラム16の円筒部17外周面には周方向に延びる環状のシール嵌合溝31が形成されており、このシール嵌合溝31に前述のシール部材28が嵌合される。シール部材28はゴム材料により基部33と2枚の傾斜リップ部34と基部33よりも薄肉の縁部35とが一体に形成されており、基部33の内部には芯金材等は入っておらず、この基部33の部分がシール嵌合溝31に嵌合される。傾斜リップ部34はブレーキパネル20の開放口側、つまり車軸方向外側に傾斜しており、この傾斜リップ部34がブレーキパネル20の立ち上げ部22内周面に弾性的に当接することによってブレーキドラム16と立ち上げ部22との間が液密にシールされる。
【0021】
ブレーキドラム16の円筒部17外周面の、シール嵌合溝31よりも車軸方向外側の範囲には、車軸方向に延びて遠心方向に起立する複数のシール係合突起37が周方向に所定の間隔で一体に形成されている。このシール係合突起37は一般に円筒部17の外周面に複数形成される放熱フィンをも兼ねている。
【0022】
一方、シール部材28の縁部35は基部33に対し少なくとも車軸方向一側、例えばここではブレーキドラム16のシール係合突起37に面する側に設けられており、この縁部35に複数の切り欠き部39が所定の間隔で設けられている。これらの切り欠き部39はブレーキドラム16のシール係合突起37にそれぞれ係合する。本実施例ではシール係合突起37と切り欠き部39とが等間隔で8つずつ設けられているが、不等間隔にしたり数を増減させる等してもよい。
【0023】
シール部材28は、その基部33がブレーキドラム16のシール嵌合溝31に嵌合されることによりブレーキドラム16に対し車軸方向に移動することが防止され、また切り欠き部39がブレーキドラム16のシール係合突起37に係合されることによりブレーキドラム16に対し周方向に連れ回りすることが防止される。
【0024】
このように、ブレーキドラム16のシール嵌合溝31にシール部材28の基部33を嵌合するとともに、ブレーキドラム16のシール係合突起37にシール部材28の切り欠き部39を係合させるというシール構造によれば、非常に簡素な構成により、シール部材28がブレーキドラム16に対して軸方向にずれたり周方向に連れ回りすることを確実に防止することができる。
【0025】
そして、シール部材28の基部33に芯金材等が埋設されていないため、シール部材28を安価に製造することができ、しかもシール部材28を圧入や接着に頼ることなく素手でブレーキドラム16のシール嵌合溝31に嵌合するだけでシール部材28の組付が簡単に完了するため、組付作業も非常に容易である。
【0026】
さらに、ブレーキドラム16のシール嵌合溝31の工作精度はシール部材28の圧入を考慮しなくてもよいので比較的甘くしてもよく、その上シール係合突起37はブレーキドラム16の放熱フィンをも兼ねており、逆に従来から放熱フィンが設けられている場合はそれをシール係合突起37としてそのまま利用できるため、これらの点でドラムブレーキ装置の製造コストを従来よりも飛躍的に安くすることができる。
【0027】
なお、シール部材28の傾斜リップ部34の傾斜方向をブレーキパネル20の開放口側としたため、例えばブレーキドラム16が水中に没して水圧が傾斜リップ部34に作用した場合には傾斜リップ部34が立ち上がる方向に押圧されてブレーキパネル20の立ち上げ部22内周面への摺接面圧が高まる。このため、ブレーキドラム16内部への水の浸入を効果的に抑制することができる。
【0028】
図5は本発明に係るシール構造の第二実施例を示すブレーキドラムとブレーキパネルとシール部材の縦断面図であり、図6の(A)は正面から見たブレーキドラム単品の部分断面図、(B)は(A)のVIB矢視によるブレーキドラム単品の側面図である。また、図7の(A)は正面から見たシール部材単品の部分断面図、(B)は(A)のVIIB矢視によるシール部材単品の側面図である。
【0029】
ここでは、ブレーキドラム43のシール嵌合溝44の両側にシール係合突起45,46が設けられている。つまり、一旦ブレーキドラム43の円筒部47の外周面軸方向全長に亘って形成した長いシール係合突起の中間部をシール嵌合溝44の形成により寸断して2つのシール係合突起45,46を形成したものである。このシール係合突起45,46もブレーキドラム43の放熱フィンを兼ねている。
【0030】
そして、シール部材50にはその基部51の両側に縁部52,53が設けられており、これらの縁部52,53にはそれぞれ切り欠き部54,55が形成されている。これらの切り欠き部54,55はブレーキドラム43のシール係合突起45,46に位置および形状が合致しており、シール係合突起45に切り欠き部54が、シール係合突起46に切り欠き部55が、それぞれ係合する。なお、傾斜リップ部56の形状および機能は第一実施形態における傾斜リップ部34と同様である。
【0031】
このように、シール部材50の両側にシール係合突起45,46と切り欠き部54,55を形成して両者を係合させることにより、シール部材50がブレーキドラム43に対して周方向に連れ回ることを一段と確実に防止することができる。
【0032】
なお、第一実施形態、第二実施形態の両方の場合において、ブレーキドラム16,43のシール係合突起37,45,46をブレーキドラム16,43に対して別部品として設けてもよい。また、第二実施形態の変形例として、二列に形成したシール係合突起45,46の間にシール嵌合溝44を形成せずに、シール係合突起45,46の間にシール部材50を保持させるだけとし、シール係合突起45,46によってシール部材50の車軸方向への移動を抑制することも考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本発明に係るシール構造が適用されたドラムブレーキ装置を備えるATVの前輪周りの縦断面図。
【図2】本発明に係るシール構造の第一実施例を示すブレーキドラムとブレーキパネルとシール部材の縦断面図。
【図3】(A)は正面から見たブレーキドラム単品の部分断面図、(B)は(A)のIIIB矢視によるブレーキドラム単品の側面図。
【図4】(A)は正面から見たシール部材単品の部分断面図、(B)は(A)のIVB矢視によるシール部材単品の側面図。
【図5】本発明に係るシール構造の第二実施例を示すブレーキドラムとブレーキパネルとシール部材の縦断面図。
【図6】(A)は正面から見たブレーキドラム単品の部分断面図、(B)は(A)のVIB矢視によるブレーキドラム単品の側面図。
【図7】(A)は正面から見たシール部材単品の部分断面図、(B)は(A)のVIIB矢視によるシール部材単品の側面図。
【符号の説明】
【0034】
1 ドラムブレーキ装置
10 ハブ
16 ブレーキドラム
17 円筒部
20 ブレーキパネル
22 立ち上げ部
28 シール部材
31 シール嵌合溝
34 傾斜リップ部
33 基部
35 縁部
37 シール係合突起
39 切り欠き部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ブレーキドラムの円筒部外周面に設けた環状のシール部材をブレーキパネルの立ち上げ部内周面に摺接させてブレーキドラムとブレーキパネルとの間を液密にシールするドラムブレーキ装置のシール構造において、上記ブレーキドラムの円筒部外周面には遠心方向に起立する複数のシール係合突起を周方向に所定の間隔で一体に形成する一方、上記シール部材には上記シール係合突起に係合する複数の切り欠き部を設けたことを特徴とするドラムブレーキ装置のシール構造。
【請求項2】
上記ブレーキドラムの円筒部外周面に周方向に延びる環状のシール嵌合溝を形成し、このシール嵌合溝に上記シール部材を嵌合させてシール部材の車軸方向への動きを規制したことを特徴とする請求項1に記載のドラムブレーキ装置のシール構造。
【請求項3】
上記シール係合突起と切り欠き部とを上記シール部材の少なくとも車軸方向一側に設けたことを特徴とする請求項1、2のいずれかに記載のドラムブレーキ装置のシール構造。
【請求項4】
上記シール部材は上記ブレーキパネルの立ち上げ部内周面に当接する傾斜リップ部を有し、この傾斜リップ部はブレーキパネルの開放口側に傾斜していることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のドラムブレーキ装置のシール構造。
【請求項5】
上記シール係合突起は上記ブレーキドラムの円筒部外周面に複数形成されて車軸方向に延びる放熱フィンを兼ねることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のドラムブレーキ装置のシール構造。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−64199(P2008−64199A)
【公開日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−242552(P2006−242552)
【出願日】平成18年9月7日(2006.9.7)
【出願人】(000002082)スズキ株式会社 (3,196)
【Fターム(参考)】