説明

ナノ粒子の低温合成法

【課題】 高い発光量子収率を示す量子ドットを提供すること。
【解決手段】 金属化合物と5B族もしくは6B族原子の供給源である化合物とを、トリオクチルホスフィン(TOP)中、4℃〜50℃の温度で反応させることを特徴とする、金属化合物の金属と5B族もしくは6B族原子とからなるナノ粒子の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ナノ粒子の低温合成法に関する。
【背景技術】
【0002】
“量子ドット”(quantum dots ; QD)として公知である発光性半導体ナノ結晶の合成は、長年、材料研究の主な課題である(特許文献1〜2;非特許文献1〜2)。一般的に、量子ドットは、核形成および結晶成長について以下の2つの方法を使用して、高温(>180℃)に保った配位性溶媒[例えば、トリ−n−オクチルホスフィン(TOP)、トリ−n−オクチルホスフィン酸化物(TOPO)、および第一級アミン]に溶かした有機金属前駆体に対して、室温(〜23C)のカルコゲニド前駆体を注入することによって、コロイド化学経路を使用して合成される。第一の方法において、成長は核形成と並行して生じる。この方法は、下記の350Cに比べると温和な温度(180〜300℃)に保った有機金属前駆体に対して、室温(〜23C)のカルコゲニド前駆体を注入し、次いで反応混合物を同じ温度(180〜300℃)で長時間維持し、このようにして広範囲の結晶サイズを得ることによって達成される。単分散サイズQDは、サイズ選択的遠心分離によってこの広範囲なサイズ分布から得られる。第二の方法において、成長は核形成後に生じる。この方法は、先ず高温(約350℃)に保った有機金属前駆体に対して、室温(〜23C)のカルコゲニド前駆体を注入し、次いで初めの温度より低温で(180〜300℃)成長させ、このようにして単分散サイズのQDを得ることによって達成される。最終サイズは、成長温度および成長時間によって決定される。
【0003】
非特許文献3には、トリオクチル酸化物(TOPO)の存在下、トルエン中、Cd[N(SiMe]とE=C=NR(式中、E=S,R=t−Bu;E=Se,R=Cy)とを25℃で反応させ、TOPO誘発縮合反応を介して、高収率でTOPOによって表面を覆われたCdSまたはCdSeナノ結晶を得ることが記載されている。非特許文献3は、反応溶媒としてTOPを使用することを全く教示していない。
【0004】
上記のような多くの研究にもかかわらず、大量生産が可能であるような再現性の高いナノ粒子(例えば、高発光性QD)の合成法は存在していなかった。
【特許文献1】U.S. 5,990,479
【特許文献2】U.S. 6,194,213
【非特許文献1】Kortan et al., "Nucleation and growth of CdSe on ZnS quantumcrystallite seeds, and vice versa, in inverse micellar media", J. Am. Chem. Soc.(1990) 112:1327.
【非特許文献2】Murray et al., "Synthesis and characterization of nearly monodisperse CdE (E=S, Se, Te) semiconductor nanocrystallites", J. Am. Chem. Soc. (1993) 115:8706.
【非特許文献3】Babcock J. R, Zehner R. W, Sita L. R, Chem. Mater. 1998, 10, 2027.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
多くの従来法では、溶媒としてトリオクチルホスフィン酸化物(TOPO)(融点:50〜54℃)を用いており、ナノ粒子の合成温度は50℃以上であった。そのため再現性が低く、大量生産が困難である等の問題があった。また、得られるナノ粒子の発光量子収率は低かった。従って、本発明は、高い発光量子収率を示す量子ドットを高い再現性で合成することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、鋭意検討を重ねた結果、溶媒としてトリオクチルホスフィン(TOP、mp4℃以下)を使用して、低温(4℃〜50℃)でナノ粒子を合成することにより、上記目的が達成されることを見出した。また、このように低温合成されたQDは、高い再現性で高い発光量子収率(Photoluminescence Quantum Yield: PL QY)(例えば、0.44)を示すことを見出した。また、QDがCdSeである場合、使用するCdに対するSeのモル比が増加するにつれ、QDのPL QYが増加することを見出した。更には、このようにして作製した高発光性QDを、表面修飾剤としてポリカルボン酸(例えば、メルカプトコハク酸)を使用して水溶性にすると、水中であっても非常に高いPL QY(例えば、0.9)を示すことを見出した。これらの知見から、本発明者は本発明を完成した。
【0007】
即ち、本発明は、以下の各項に示す発明に関する:
項1. 金属化合物と5B族もしくは6B族原子の供給源である化合物とを、トリオクチルホスフィン(TOP)中、4℃〜50℃の温度で反応させることを特徴とする、金属化合物の金属と5B族もしくは6B族原子とからなるナノ粒子の製造方法。
項2. 前記金属が、CdおよびZnからなる群から選択される少なくとも1種であり、そして前記6B族原子が、S、SeおよびTeからなる群から選択される少なくとも1種である、上記項1に記載の方法。
項3. 前記金属が、Al、GaおよびInからなる群から選ばれる少なくとも1種であり、そして前記5B族原子が、P、AsおよびSbからなる群から選択される少なくとも1種である、上記項1に記載の方法。
項4. 得られるナノ粒子が、量子収率10%以上の発光特性を示すことを特徴とする、上記項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
項5. 得られるナノ粒子が示す発光スペクトルにおいて、半値幅が100nm以上であることを特徴とする、上記項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
項6. 得られたナノ粒子をポリカルボン酸で表面修飾して水溶性にして、水溶液中でも量子収率10%以上の発光特性を示すことを特徴とする、上記項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
項7. ナノ粒子がナノ結晶である、上記項1〜7のいずれか1項に記載の方法。
【0008】
以下、本発明をより詳細に説明する。
【0009】
(1)金属化合物:
本明細書において、「金属化合物」は、下記に詳述する5B族もしくは6B族原子の供給源である化合物と反応してナノ粒子(例えば、量子ドット)を形成する金属化合物であれば特に限定されない。
【0010】
金属化合物としては、例えば、金属酸化物または金属塩化合物が挙げられる。金属酸化物としては、各金属における種々の酸化状態の酸化物が広く使用できる。
【0011】
金属塩化合物としては、各金属の有機酸塩(例えば酢酸塩、プロピオン酸塩などのモノカルボン酸塩、グリコール酸塩、乳酸塩などのヒドロキシカルボン酸塩、コハク酸塩などのジカルボン酸塩、クエン酸塩などのポリカルボン酸塩、メタンスルホン酸塩、トルエンスルホン酸塩などの脂肪族又は芳香族のスルホン酸塩、炭酸塩、炭酸水素塩など)、硝酸塩、硫酸塩、塩酸塩、臭化水素酸塩、フッ酸塩、過塩素酸塩、リン酸塩などの無機酸塩が挙げられる。
【0012】
金属化合物の「金属」としては、2B〜3B族原子が挙げられる。具体的には、例えば、ZnおよびCd(2B族);Al、GaおよびIn(3B族)が挙げられる。
【0013】
金属化合物は、固体のままで(不均一反応)またはTOPに溶解させて液体として(均一反応)、反応系に用いられる。
【0014】
金属化合物の具体例としては、例えば、CdO、CdCO3、(CH3COO)2Cd、(CH3COO)2Cd2H2O(酢酸カドミウム・2水和物)が挙げられるが、これらに限定されない。
【0015】
(2)5B族もしくは6B族原子の供給源である化合物:
5B族原子(P、As、Sbなど)の供給源である化合物としては、例えば、{(R)Si}X(Xは5B族原子を示し、Rは同一または異なったC〜C20のアルキル基またはフェニル基を示す)で表されるシリル基を含む化合物を使用することができる。この様な化合物としては、トリス(トリメチルシリル)ホスファイド(P(TMS))、トリス(トリメチルシリル)アルセナイド(As(TMS))、トリス(トリメチルシリル)アンチモナイド(Sb(TMS))等を用いることが好ましい。
【0016】
6B族原子(S、Se、Teなど)の供給源である化合物としては、例えば、(R’)PX’(X’は、6B族原子を示し、R’は同一または異なってC〜C20のアルキル基またはフェニル基を示す)で表されるホスフィン化合物を使用することができる。このような化合物として、セレン化トリブチルホスフィン、セレン化トリオクチルホスフィン、硫黄化トリブチルホスフィン、硫黄化トリオクチルホスフィン、テルル化トリブチルホスフィン、テルル化トリオクチルホスフィン等を用いることが好ましい。
【0017】
さらに、他の6B族原子の供給源である化合物として、例えば、{(R’’)Si}X’’(X’’は6B族原子を示し、R’’は同一または異なったC〜C20のアルキル基またはフェニル基を示す)で表されるシリル基を含む化合物を使用することができる。この様な化合物としては、ビス(トリメチルシリル)サルファイド(S(TMS))、ビス(トリメチルシリル)セレナイド(Se(TMS))、ビス(トリメチルシリル)テルライド(Te(TMS))等を用いることが好ましい。
【0018】
“5B族もしくは6B族原子の供給源である化合物”が固体である場合、固体のままで(不均一反応)またはTOPに溶解させて液体として(均一反応)、反応系に用いられる。
【0019】
(3)金属化合物と5B族または6B族原子の供給源の化合物との組合せ:
本発明に係るナノ粒子製造に使用される金属化合物、および5B族または6B族原子の供給源の化合物としては、以下の組合せを用いることができる:
(i)金属化合物の金属として2B族原子、好ましくはCdおよびZnからなる群より選択される少なくとも1種を使用する場合、6B族原子として、好ましくはS、SeおよびTeからなる群より選択される少なくとも1種から構成される供給源の化合物が好ましく使用できる。
(ii)金属化合物の金属として3B族原子、好ましくはAl、GaおよびInの中から選ばれた少なくとも1種を使用する場合、5B族原子として、好ましくはP、AsおよびSbの中から選ばれた少なくとも1種から構成される化合物を好ましく使用できる。
【0020】
本発明の好ましい実施態様の1つとして、金属化合物(以下、「金属イオン供給源」ともいう)としてカドミウム塩(酢酸カドミウム二水和物; Ac2Cd・2H2O)を使用し、5B族もしくは6B族原子の供給源である化合物として液体のセレン源(セレン化トリオクチルホスフィン;TOPSe)を使用した場合を例にとり説明する。他の金属イオン供給源或いは他の5B族もしくは6B族原子の供給源である化合物を使用した場合であっても、同様に行うことができる。
【0021】
金属化合物と5B族または6B族原子の供給源の化合物との使用比率は、金属化合物の金属と5B族または6B族原子とのモル比が、例えば1:0.1〜15、好ましくは1:1〜10、より好ましくは1:1.5〜5となるように選択される。
【0022】
(4)溶媒:
本発明の方法において、トリオクチルホスフィン(TOP)を溶媒として用いる。TOPは融点が4℃以下であり、本発明の方法によれば、TOPを用いて低温(4℃〜50℃)でナノ粒子を合成することができる。反応に影響を与えない限り、TOPに加えて更に他の溶媒を反応に用いても構わない。本発明の方法において、不純物がTOPOの場合、使用する溶媒の90%以上、好ましくは95%以上、更に好ましくは99%以上がTOPである。また、不純物としてTOPOを含まない場合、使用する溶媒の70%以上、好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上がTOPである。
【0023】
(5)反応条件:
本発明の方法は、不均一反応(固体と液体との反応)であっても均一反応(液体と液体との反応)であっても構わない。例えば、固体のカドミウム前駆体(Ac2Cd)を液体のセレン前駆体(TOPSe)に混合する不均一反応であっても、あるいは固体のカドミウム前駆体(Ac2Cd)をトリオクチルホスフィン(TOP)に溶解させた後、液体のセレン前駆体(TOPSe)に混合する均一反応であってもよい。核形成および成長は、反応混合物を撹拌することによって行うことができる。なお、固体のカドミウム前駆体(Ac2Cd)を液体のセレン前駆体(TOPSe)に混合する場合、Ac2Cdからのカドミウムイオンの濃度はそれが完全に溶解するまで変化するために、本発明者は該反応を不均一反応と呼ぶ。QDのPL特性における本質的な差異は、室温合成の極めて緩やかな成長速度のため、均一合成と不均一合成との間で見られなかった。本発明の好ましい実施態様の1つとして均一反応を記載しているが、不均一反応であっても同様の結果が得られる。
【0024】
特に好ましい実施形態において、前記金属化合物のなかで、カドミウム源として酢酸カドミウム、炭酸カドミウムおよび塩化カドミウム等、ジメチルカドミウムに比べて低コストで有害性の小さい試薬、およびセレン源としてセレン化トリブチルホスフィン、セレン化トリオクチルホスフィン等の試薬を使用することが好ましい。
【0025】
カドミウム源は、固体のまま用いてもよいが、TOPに溶解させて液体として用いてもよい。例えば、酢酸カドミウムを液体として用いる場合、酢酸カドミウムをアルゴン雰囲気下において、好ましくは10〜50℃、より好ましくは約23℃にて、好ましくは30分〜3時間、より好ましくは1時間、強く攪拌しながら、トリオクチルホスフィンに溶解することによって製造することができる。該溶解温度は、酢酸カドミウムがトリオクチルホスフィンに溶解する温度であれば特に限定されない。また、TOPの使用量は、酢酸カドミウムが溶解する量であれば特に限定されないが、例えば、酢酸カドミウム1ミリモルに対してTOPは0.1〜3.0ミリモル、好ましくは0.5〜2.5ミリモル、より好ましくは1.0〜2.0ミリモル使用することができる。
【0026】
セレン源であるセレン化トリオクチルホスフィン(TOPSe)は、例えば、セレンペレットをアルゴン雰囲気下において、好ましくは100〜200℃、より好ましくは150℃にて、好ましくは30分〜3時間、より好ましくは1時間、強く攪拌しながら、トリオクチルホスフィンに溶解することによって製造することができる。該溶解温度は、セレンペレットがトリオクチルホスフィンに溶解する温度であれば特に限定されない。また、TOPの使用量は、セレンが溶解する量であれば特に限定されないが、例えば、セレン1ミリモルに対してTOPは1.0〜5.0ミリモル、好ましくは1.4〜3.0ミリモル、より好ましくは1.8〜2.5ミリモル使用することができる。
【0027】
このとき使用する、不活性ガスには、Ar、KrまたはXe等があげられる。この反応では、トリオクチルホスフィンの酸化を防ぐために空気中の酸素を除くこと、すなわち脱空気を行うことが好ましい。例えば、最も簡単な方法として、はじめにアルゴンを三方フラスコに流入させて空気を追出し、一旦空気を追出した後は、三方フラスコの1端に取り付けたガス溜め用のゴム風船をアルゴンで満たす。この状態でアルゴンの供給を停止し、フラスコ内部を空気から遮断する。アルゴンの比重は空気よりも大きいため、フラスコを静止しておけば空気が浸入する可能性は極めて小さいものと考えられる。
【0028】
金属化合物と5B族または6B族原子の供給源の化合物との使用比率は、上述したように、金属化合物の金属と5B族または6B族原子とのモル比が、例えば1:0.1〜15、好ましくは1:1〜10、より好ましくは1:1.5〜5となるように選択される。下記に詳述するように、金属化合物と5B族または6B族原子の供給源の化合物とから形成されるナノ粒子が、例えばCdSeのような量子ドットである場合、Cdに対するSeのモル比が増加するにつれて発光量子収率(PL QY)が高くなるので、例えば、1ミリモルのCdを供給するカドミウム源に対して4ミリモルのSeを供給するセレン源が使用される。
【0029】
本発明のナノ粒子製造方法によれば、従来のものよりも低い温度で製造を行うことができる。本明細書において低温とは、1気圧におけるトリオクチルホスフィン(TOP)の融点〜50℃、好ましくは4℃〜50℃、更に好ましくは10℃〜30℃、最も好ましくは室温(約23℃)である。本発明の方法は、TOP(融点:mp>0℃、および50mm Hgで沸点:bp約285℃)が液体である限り、いかなる温度でも有効である。
【0030】
本発明に係る化学反応に要する時間は、5分〜48時間、好ましくは1〜10時間、最も好ましくは5時間程度である。
【0031】
(6)量子ドット:
本発明の方法によって得られるナノ粒子のサイズは、反応温度、反応時間等によって異なる。本発明の方法で得られるナノ粒子の粒径は、通常1〜10nm程度、好ましくは1〜5nm程度である。
【0032】
代表的な蛍光性半導体量子ドットであるCdSeは高い発光収率を示し、サイズを2.3 nmから5.5 nmまで制御することによって、470nmから620nmまでの蛍光色が得られる。
【0033】
発光性半導体量子ドットとしては、例えば、II-VI族の半導体として、CdS、CdSe、CdTe、ZnS、ZnSe、ZnTeなどが挙げられ、III-V族としてInPやGaP、InAsなどが挙げられる。さらに、(In、Ga)Pのように、複数の金属種を含むもの、あるいは、Cd(Se、Te)やGa(As、P)のように複数の6B族原子もしくは5B族原子を含むものを用いることができる。また、CdSe/ZnS コア/シェル ナノ結晶のように、ある種のナノ結晶をコアとして他種の半導体物質を被覆した構造の発光性半導体量子ドットも利用することができる。これらの発光性半導体量子ドットの中で、CdSeが、簡便に応用できるため特に好ましい。
【0034】
発光量子収率(photoluminescence quantum yield;PLQY)あるいは単に量子収率は、当業者に公知である。PL QYを、クロロホルム中のCdSe QDの積分PL強度と、エタノール中のクマリン540のそれ(PL QY 0.62;Qu L, Peng X, J. Am. Chem. Soc. 2002, 124, 2049.)とを比較することによって測定した。サンプルを400nmで励起させた。サンプルの光学密度(OD)は、400nmで<0.1に維持され、再吸収によるPLスペクトルの変形は回避された。
【0035】
実施例に示されるように、本発明の方法で製造された表面修飾する前のCdSe量子ドットは、CdとSeのモル比が1:2のとき0.44(クロロホルムおよび1−ブタノール溶媒中)、同じく1:4のとき0.65(1−ブタノール溶媒中)のPL QYを示した。また、本発明の方法で製造されそして水溶性表面修飾されたCdSe量子ドットは、0.9(水溶媒中)のPL QYを示した。なお、水溶性表面修飾に用いた量子ドットはCdとSeのモル比が1:2で調製したものである。
【0036】
(7)水溶性QD:
本発明の方法で得られた高発光性QDを、表面修飾剤としてポリカルボン酸を使用して水溶性にしても、水中で非常に高いPL QY(例えば、0.9)を示した。この高いPL QYは顕著であり、何故ならば、水溶性QDのPL QYは通常水中で降下するからである(Wuister S. F, Swart I, van Driel F, Hickey S. G, de MelloDonega C, Nanolett. 2003, 3, 503.;Winter J. O, Liu T. Y, Korgel B. A, Schmidt C. E, Adv. Mater. 2001, 13, 1673.)。本発明の方法では溶媒としてTOPを用いるため、CdSe QDsの表面を修飾することが容易である。合成後のQDからTOPOを洗浄除去した後であっても、TOPOは、QDの表面上に継続して残っている。表面上のTOPOの強い配位は、その表面がキャッピング化学によって交換されることを妨げる。
【0037】
ポリカルボン酸で表面修飾された量子ドットは水溶性なので、安定して生体試料に結合可能である。
【0038】
量子ドットに結合される生体試料としては例えば、タンパク質(酵素、ホルモン、リンホカイン、サイトカインなどの液性因子、受容体、成長因子、抗体など)、核酸(DNA、RNAなど)、糖質(多糖、ムコ多糖など)、オリゴペプチド、オリゴヌクレオチド、オリゴ糖等が挙げられる。
【0039】
本発明において、量子ドットは、2以上のカルボキシル基と該量子ドットへの結合が可能な官能基(例えばSH基)とを有する化合物(即ちポリカルボン酸化合物)と水溶液中で反応することにより表面に該化合物を結合し、COOH基により水溶性になった量子ドットを得ることができる。このようなポリカルボン酸化合物としては、メルカプトコハク酸、2,3−ジメルカプトコハク酸などのカルボキシル基(COOH)を2以上有する化合物が挙げられる。
【0040】
ポリカルボン酸化合物に関し、水溶性向上の観点からはチオール基(SH)が1つで、カルボキシル基(COOH)を2以上有する化合物が好ましい。
【0041】
一方、2,3−ジメルカプトコハク酸のようなチオール基を複数有する化合物は、量子ドットとの結合性が強まる可能性があり、利点も期待される。
【0042】
これらの化合物は、チオール基(−SH)を介して量子ドットを構成する金属と結合することができ、2以上のカルボキシル基を有する水溶性量子ドットを得ることができる。HS−CH2COOHのようなモノカルボン酸を用いて量子ドットを処理すると、水溶液中での十分な安定性が得られず、量子ドットが凝集等により沈殿し、生物材料の蛍光標識が十分に行えない。一方、本発明のポリカルボン酸化合物を用いた場合には、量子ドットの凝集が起こらず、24〜48時間、或いはそれ以上の水溶液中で溶解状態となり、凝集による沈殿は実質的に起こらない。
【0043】
量子ドットに水溶性を付与するための該処理は、例えば量子ドット1gに対し、ポリカルボン酸化合物を通常0.005〜0.1モル程度、好ましくは0.02〜0.03モル程度使用し、クロロホルムなどのハロゲン化炭化水素、メタノール、エタノールなどのアルコール、酢酸エチルなどのエステル、THF、ジオキサンなどのエーテル、DMF,DMSO、ホルムアミド、アセトニトリル、酢酸などの有機溶媒の存在下に、0℃から溶媒の沸点程度の温度下に10分から24時間程度反応させることにより、有利に行うことができる。反応終了後は、溶媒を留去することで、これらの化合物で表面処理された水溶性の量子ドットを得ることができる。
【0044】
例えば、ポリカルボン酸化合物としてメルカプトコハク酸を使用する場合、CdSe コアナノ結晶10 mgあたりメルカプトコハク酸を10-150 mg、好ましくは30-40 mg使用するのがよい。
【0045】
過剰量のポリカルボン酸化合物が存在すると、溶液/懸濁液が濁る原因になるので、Vivaspinを用いた限外濾過等により過剰量のポリカルボン酸化合物を除去するのが好ましい。
【0046】
多量のポリカルボン酸化合物を使用すると、限外濾過等により過剰量のメルカプトコハク酸を除去するのが困難であり、溶液/懸濁液は曇る(cloudy)傾向にある。適正な量のポリカルボン酸化合物を使用すると、除去が容易であるので、透明な溶液を得ることができる。得られた化合物は、レクチンその他の生体試料に結合することができる。
【0047】
2以上のCOOH基を有する化合物で表面処理された本発明の量子ドットは、1つのCOOH基を有する化合物で表面処理された量子ドットよりも水溶性が高く、凝集され難い利点を有する。
【発明の効果】
【0048】
本発明者は、低温でナノ粒子を合成する新規の方法、より詳細には、低温で高発光性CdSe QDを合成する新規の方法を開発した。この方法は再現性が高いものであった。これは、恐らく、低温(4℃〜50℃、好ましくは室温)合成は、反応混合物中の温度勾配を排除するためであると考えられる。また、モノマーの初期比を変化させることによってPL QYを調節することができた。Cd前駆体に対して過剰のSe前駆体を使用して室温で調製されたCdSe QDは、0.65のPL QYを提供した。更に、このように室温で合成されたCdSe QDを、キャッピング剤としてのポリカルボン酸(例えば、メルカプトコハク酸)を使用して、水溶性にすることができた。このようにして調製した水溶性CdSe QDは、水中で0.9のPL QYという非常に高い値を示した。
【0049】
室温合成されたCdSe QDは、0.44の発光量子収率(photoluminescence quantum yield;PLQY)を有する高発光性QDを提供し;そして、QDのサイズは単分散であったにもかかわらず、ブロードな発光スペクトル(半値幅約150nm)のスペクトル特性を示す。X線回折(XRD)測定により、従来の高温合成(>240℃)を使用して合成したCdSe QD(これはウルツ鉱構造をとる)とは対照的に、室温合成したCdSe QDは閃亜鉛鉱構造で結晶化されたことが明らかとなった。高分解能透過型電子顕微鏡(High resolution transmission electron microscopy;HRTEM)は、QDの高フラクションが単結晶性ナノドメインを示すこと、および5時間合成したQDについて平均粒度が2.68 ± 0.08 nmであることを示した。その上、QYの増強(0.65)が、CdとSe前駆体のモル比を変化させることによって達成された。室温合成したCdSe QDは、メルカプトコハク酸を使用して表面上にカルボキシル基を作製することによって水溶性になった。水溶性QDは、水中において0.9のPL QYを与えた。このPL QYの高い値は、より幅広いバンドギャップ材料のシェルによる保護無しではCdSe QDのPLは水中で完全に消滅されるという事実と対照的である。QDの今回の室温合成は、高発光性QDの工業的大量生産のための非常に素晴らしい機会を提供する。
【0050】
即ち、本発明の方法によれば、以下のような有利な効果が奏される:
1)得られるナノ粒子は、高い量子収率(例えば、0.44)を示す。
2)ナノ粒子を温度勾配の小さい低温(例えば、室温)で合成するので、再現性が高い。従って、ナノ粒子の安全な大量生産が可能である。また、安価かつ省エネである。高温で実施する従来法(2ページの記述参照)では、低温(室温)の有機金属前駆体を高温のカルコゲニド前駆体に注入するので、混合直後の両者間の温度勾配は高い。この制御困難な混合直後の温度勾配が、再現性が低い原因と考えられる。
3)得られるナノ粒子は、ブロードなPL(発光)スペクトル、シャープな吸収スペクトルを有する。
【0051】
ここで、発光スペクトルがブロードであることは、多色標識という観点からは大きな欠点である。量子ドットの特長のひとつ、すなわち、サイズに依存してその発光色を系統的に変えることができ、しかも発光スペクトルの幅が狭いので(〜30nm以下)、異なるサイズの量子ドットを用いて異なる生体分子を標識して、その発光色の違いで異なる生体分子を区別する(例えば細胞中で)、という重要な応用が不可能になる。
【0052】
一方、生体分子内の構造変化および生体分子間相互作用を、発光スペクトルおよびその強度変化に基づいて可視化するための重要な技術「蛍光共鳴エネルギー移動(Fluorescence Resonance Energy Transfer: FRET)」に、本発明で得られた発光スペクトルがブロードな量子ドットを用いると以下のような利点が生じる。
【0053】
FRET法の典型的な応用では、例えばひとつのタンパク質のある適当な部位をエネルギー供与体(ドナー)で標識し、別の適当な部位をエネルギー受容体(アクセプター)で標識する。ドナーを選択的に光励起すると、ドナー特有の発光が観測される。ところが、タンパク質の構造変化によって、ドナーとアクセプターの距離がある距離以内に接近すると(すればするほど)、ドナーからアクセプターへ励起エネルギーが効率よく移動する。この際、ドナーの発光が消光され、一方アクセプターの発光が観測される。通常、ドナーの発光(例えば青色)はアクセプターの発光(例えば黄色)よりも短波長になるように選択されるので、タンパク質の構造変化(ある部位とある部位の間の距離の変化)を発光の色とその強度変化により可視化し定量できる。
【0054】
FRET現象が効率よく起こるための条件のひとつは、上記のようにドナーとアクセプターがある距離まで接近することである。もうひとつ重要な条件は、ドナーの発光スペクトルとアクセプターの吸収スペクトルが十分重なることである。
【0055】
ドナーとして本発明の発光スペクトルがブロードな量子ドットを用いると、アクセプターを決める際にその選択肢が拡がる。すなわち、ドナーの発光スペクトルが広いほど、ドナーの発光スペクトルの波長領域内に吸収スペクトルの極大をもつアクセプターを選ぶことが容易になる。これが本発明におけるブロードな発光を示す量子ドットの利点である。
【0056】
4)例えば、量子ドットCdSeの場合、Cdに対するSeのモル比が高くなるほど、量子収率が増加するので、所望の量子収率(例えば、Cd:Se=1:4の場合、PL QY=0.65)を有する量子ドットを得ることができる。
5)得られるナノ粒子はほぼ単分散サイズを有するので、サイズ選択しなくとも使用可能である。(例えば、5時間合成のQDでは、2.68±0.08nm)
6)本発明の方法では、TOPOに比べて配位力の弱いTOPを使用するため、合成後のナノ粒子の精製が容易であり、更にキャッピング剤(例えば、メルカプトコハク酸)での水溶性表面修飾が容易である。例えば、TOPに比べて配位力の強いTOPOを使用すると、ナノ粒子からTOPOを洗浄除去した後でも、TOPOは、QDの表面上に継続して残っており、表面上のTOPOの強い配位は、その表面がキャッピング剤によって修飾されることを妨げる。
7)本発明の方法で得られる水溶性量子ドットは、水中であっても高い量子収率(例えば、0.9)を示す。
【実施例】
【0057】
以下、実施例を挙げて説明する。
【0058】
実施例1
(1)化学物質:
酢酸カドミウム(CdAc2) (98%, カタログ番号 0370-00052, Wako, Japan)、セレンショット(selenium shots)(99.99%, カタログ番号20,964-3, Aldrich, Japan)、およびTOP(90%, Batch FA 005855, Lancaster, England)を出発化学物質として使用した。
【0059】
(2)CdSe量子ドットの合成:
最初に、トリ−n−オクチルホスフィンセレニド(TOPSe)のストック溶液を、アルゴン雰囲気下、2時間、100℃で、TOP(7.413 g; 20 mmol)中にセレンペレット(0.7896 g; 10 mmol)を溶解させることによって調製し、次いで室温まで(約23℃)冷却した。酢酸カドミウム二水和物(Ac2Cd・2H2O: 1 g, 3.75 mmol)を、アルゴン雰囲気下約1時間約23℃でTOP(2g, 5.4 mmol)中に溶解させた。次いで、TOPSe (3.37 g, 7.5 mmol)を、アルゴン雰囲気下室温でこのTOPAc2Cd溶液へ注いだ。反応を、吸収およびPL分光測定によって追跡した。
【0060】
丸底フラスコの容積を50から200mLまで変化させて、反応容積が核形成および成長のキネティックスに影響を与えるかどうかをみた。CdとSeとのモル比を1:2から1:4まで変化させた。反応混合物を十分に撹拌し、しかし、スターラーの回転速度を測定する試みはしなかった。反応の開始(即ち、核形成および成長)は、撹拌で開始するように思われた。QDの形成を、UV-Vis吸収およびPL分光測定によって試験した。撹拌を5時間継続した。このようにして合成されたQDを、反応混合物自体中で-60℃に維持して、長時間保存した。あるいは、このようにして合成されたQDを、約5分間70℃でTOPO中に分散させた後、室温で保存した。
【0061】
(3)QDの精製およびサイズ選択:
TOPを溶媒として使用するため、本発明の低温合成方法によって合成されるQDの精製は容易である。典型的に、反応混合物(5mL)を、無水メタノール(20mL)に溶解させ、続いて遠心分離によりTOPを除去する。次いで沈殿物を上清みから分離し、そして超音波でクロロホルム中に分散させた。更に遠心分離により、未反応Ac2Cdに富む沈殿物が得られた。高発光性CdSe QDは、上清みに残存していた。サイズ選択のために、精製したCdSe QDをヘキサンに分散させ、そして150,000 rpmで5分間遠心分離した。
【0062】
(4)PL QY測定:
PL QYを、クロロホルム中のCdSe QDの積分PL強度と、エタノール中のクマリン540のそれ(PL QY 0.62)とを比較することによって測定した。サンプルを400nmで励起させた。サンプルの光学密度(OD)は、400nmで<0.1に維持され、再吸収によるPLスペクトルの変形は回避された。
【0063】
(5)CdSe量子ドットのキャラクタライゼーション:
UV−可視吸収およびPLスペクトルを、それぞれ、日立U-4100スペクトロフォトメーターおよび日立F-4500スペクトロフルオロメーターを使用して記録した。QDの結晶構造を、XRD技術を使用して測定した。XRDパターンを、ニッケルフィルターをかけたCuKa放射を備えたRigaku X-ray diffractometer (model RINT 2100, Tokyo)を使用して測定した。QDのモルフォロジーおよび欠陥を、300kVで作動するJEOL HRTEM (model JEM 3010, Tokyo)を使用して観察した。HRTEMのためのサンプルを、超音波でメタノール中にQDを分散させ、そしてこの溶液の液滴を3−mm直径のカーボンコーティングされた目の細かい銅グリッド上で乾燥させることによって、作製した。
【0064】
(6)水溶性CdSe QDの合成:
水溶性CdSe QDを、1:2のCdおよびSe前駆体由来のCdSe QD、ならびに表面上にカルボキシル基を導入するための表面修飾剤としてメルカプトコハク酸を使用して、調製した。メルカプトコハク酸は、d,l-システイン、システアミン、メルカプトプロピオン酸、およびセレノ−L−メチオニンの中でも、最も好適な薬剤として選択された(Ohba H, Bakalova R, Zhelev Z, Nagase T, Ishikawa M, Jose R: Japanese Patent: Toku-gan 2004-096070, 2004.)。精製したCdSe QD (25 mg)を、クロロホルムに溶解させた(光路長1 cmのセルを用いて、400 nmにおける吸光度OD400nm0.5)。メルカプトコハク酸(Aldrich, 0.1 mL; 30 mg/mL in methanol)をクロロホルム(5 mL)中のQDに添加した。混合物を暗闇中で2時間23℃でインキュベートした。QD中に残されたクロロホルムおよびメタノールを、真空下で蒸発させた。次いで、乾燥させたQDを、Vortex shakerを使用してPBS(5.0 mL; 100 mM; pH 7.3)中に溶解させ、続いて16,000 rpm、4 oCで20分間遠心分離した。凝集していない水溶性QDを含有する中央の水相を、注意深く回収した。水溶性QDを含有する回収した上清み液を、Vivaspin-6遠心濃縮器(Sartorius, 5000 MW)を使用して濾過し、凝集したQDから水溶性QDを分離した。次いで、濾液を、Vivaspin-20 centrifugal concentrator (Sartorius, 3000 MW)において遠心分離させて、遊離のメルカプトコハク酸からQDを分離した。このようにして精製された水溶性QDの殆ど全ては、遠心分離フィルターの上部相に残存していた。
【0065】
(7)結果:
図1は、5時間の反応混合物から採取した少量の試料のUV-Vis吸収スペクトルを示す。反応開始から1時間で観察された約360nm付近の小さなピークは、HOMO-LUMO遷移(第一励起)に起因する。従って、このピークの出現は、励起の形成を示す。核形成および成長は、2〜5時間に記録されたスペクトルから明らかである。該吸収スペクトルはシャープであり、そして明確に分解された遷移を示した。時間に伴う吸収スペクトルにおける第一励起の増強は、光吸収粒子の形成を示す。更に、第一励起ピークは、412から422nmへシフトし、従って、CdSe QDの成長を示している。成長の速度は約2 x 10-5 nm3/sであると見積もられ、これは、Pengら(Qu L, Peng X, J. Am. Chem. Soc. 2002, 124, 2049.)によって見積もられた約0.1 nm3/sよりも遥かに遅いものである。これらの成長速度は、吸収スペクトルの時間変化から見積もられ、これからQDの平均半径が、ODが球状であると仮定して、換算質量モデルにおいて計算された(Yukselici H, Persans P. D, Hayes T. M, Phys. Rev. B, 1995, 52, 11763.)。また、同量の前駆体を添加したが、丸底フラスコの容積に対する成長速度の依存は観察されなかった。
【0066】
今回の室温合成において、複数のナノ結晶の核形成が、前駆体の局所濃度の変化から反応混合物において生じた。この変化は、反応混合物を撹拌することによって誘発される。核形成は、それ自体、溶液からの大きな単結晶の成長のためのそれと類似している。しかし、今回の複数の核形成は、大きな単結晶の成長についての従来の核形成とは異なる。複数のナノ結晶の核形成を生じさせるのは、撹拌によって誘発される前駆体の局所濃度の変化である。反応混合物を撹拌することは、前駆体が大きな単結晶へ成長することを防止した。
【0067】
図1BはQDのPLスペクトルを示し、その吸収スペクトルは図1Aにおいて与えられる。PL QYは、5時間で0から0.44に増加した。この最終値は、配位性溶媒としての第一級アミンの非存在下で合成されるCdSe QDの最高のPL QYである。UV-Vis吸収およびPLスペクトルから見積もられるCdSe QDのサイズ分布は、互いに一致しなかった。吸収スペクトルにおける第一励起ピークは半値幅約32 nmを示し、これは4.4%のサイズ分布に対応する。対照的に、PLスペクトルは半値幅約150 nmを示し、これは12%のサイズ分布に対応する。PLスペクトルにおいて観察されたブロード化が粒度分布のブロード化に起因するか否かを調べるために、本発明者は、HRTEMを使用して個々の粒子の形態を観察した。図2は、それぞれのHRTEM画像を示す。観察された粒子は、均質なサイズおよび形状のものである。多数のHRTEM画像から測定された粒子は、2.68 ± 0.08 nmの平均サイズを与えた。従って、ブロードなPLスペクトルが粒度の大きな分布に起因するという可能性は、考慮から外される。
【0068】
本発明者は、ブロードなPLスペクトルが、サイズ選択的遠心分離(size selective centrifugation)により精製して狭いPLスペクトルを得ることができるか否かを試験した。TOPOを使用せずに調製されたままの(as-prepared)CdSe QDについて、蛍光性沈殿物(fluorescent sediment)は分離されず、そして吸収スペクトルもPLスペクトルも遠心分離後に変化しなかった。従って、ブロードなPLスペクトルは、単分散サイズQDの特徴であるような吸収スペクトルが狭いという事実と一致して、個々の室温合成されたQDについて固有である可能性が高い。更に、本発明者は、QDを精製して、TOPOでキャップされたCdSe QDのサイズ選択的遠心分離によって狭いPLスペクトルを得ることが出来るという別の可能性を有する。再度、狭い吸収ピークおよびブロードなPLスペクトルが、サイズ選択的遠心分離前の、TOPOでキャップしたQDについても観察された。調製後のCdSe Qdとは対照的に、TOPOでキャップしたQDは、遠心分離後、蛍光性上清みおよび蛍光性沈殿物へ分離された。図3は、サイズ選択された沈殿物のUV-Vis吸収およびPLスペクトルを示す。該沈殿物のPLスペクトルは狭く(半値幅約32 nm);しかし、乏しい発光性(PL QY 0.10)であった。該上清みのPLスペクトルは、前のように、ブロードであり(半値幅約150 nm)そして高発光性(PL QY 0.44)であった。従って、室温合成されたQDの大部分は上清み中に存在する。また、高発光性上清みから異なるサイズの粒子を分離することができないというこの不可能は、ブロードなPLスペクトルは、個々の室温合成したQDについて十中八九固有であることを示唆している。
【0069】
UV-Vis吸収およびPLスペクトルは、CdSe QDの合成においてなされた6つ全ての実験について再現性が高いものであった。合成手順はCdTe QDについてもよく機能した。しかし、簡易にするために、本明細書において、CdSe QDのみの合成およびキャラクタライゼーションが強調される。本発明者は、今回の室温合成がIII-V QDへおよびTOPが液体である任意のより低い温度へ拡張され得るかを考慮した。TOPおよびTOPSeは、0℃未満の温度で凍結すると判った。
【0070】
合成後のCdSe QDをTOP中に分散し、そして-60℃で凍結させて長期間維持した。これらのQDは、9ヶ月後であっても以前と同一のPL特性を示した。あるいは、合成後のCdSe QDを5分間70℃でTOPO中に分散し、そして引き続いて室温へ冷却した。TOPO中で保存されたQDについて吸収およびPLスペクトルの変化は見られなかった。
【0071】
CdSeは、六方最密構造(ウルツ鉱)または立方最密構造(閃亜鉛鉱)で結晶化する。Pengらは、特定の結晶構造は反応温度に依存すると確認した。高温(> 250 oC)反応は、常に、ウルツ鉱構造を生成し、一方、低温(< 230 oC)反応は、閃亜鉛鉱構造に好都合である。該室温合成は、低温反応が閃亜鉛鉱相の結晶化を可能にすることを立証する。図4は、室温合成されたCdSe QDのXRDパターンを示す。XRDパターンの全てのピークは、面心立方構造を想定して指数付けされる。HRTEM写真は、今回の室温合成CdSe結晶(crystallites)が積載欠陥を含まないことを明確に示し;従って、室温合成されたCdSe QDの閃亜鉛鉱構造への帰属は、Pengらによる観察と一致している。
【0072】
本発明者は、PL QYを改変するための室温合成の実行可能性を試験した。この改変は、CdおよびSe前駆体のモル比を変化させることによって達成された。PL QYは、Se含有率が増加するにつれて増強された。図5は、異なるSe含有率で調製されたCdSe QDのPL強度を比較する。1:4のCdおよびSe前駆体からのPL QYは0.65であり;一方1:2のCdおよびSe前駆体のそれは0.44であった。
【0073】
QDの可能性のある用途の1つは、それらのPLの波長可変性(PL tunability)および有機色素と比較した場合の優れた光安定性の観点から、生物学的標識のようなものである。高PL QYを有する水溶性QDの合成は、生物学的標識としてQDを使用するための主な課題である。3つの異なる手順が、発光性(QY≧0.3)水溶性QDを調製するための使用された。これらの手順は、リガンド交換(Mattoussi H, Mauro J. M, Goldman E. R, Anderson G. P, Sunder V. C, Mikulec F. V, Bawandi M. G, J. Am. Chem. Soc. 2000, 122, 12142.;Gerion D, Pinaud F, Williams S. C, Parak W. J, Zanchet D, Wiess S, Alivisatos A. P, J. Phys. Chem. B 2001, 105, 8861.)、水溶性シェルへのQDの封入(Talapin D.V, Rogach A. L, Kornovski A, Hasse M, Weller H, Nano Lett. 2001, 1, 207.)、および水中でのCdX(X= S, Te)QDの直接調製(Wuister S. F, Swart I, van Driel F, Hickey S. G, de MelloDonega C, Nanolett. 2003, 3, 503.;Rogach A. L, Kornovski A, Gao M, Eychmuller A, Weller H, J. Phys. Chem. B, 1999, 103, 3065;Gao M, Kirsten S, Mohwald H, Rogach A. L, Kornowski A, Eychmuller A, and Weller H, J. Phys. Chem. B, 1998, 102, 8360.)である。しかし、CdSe QDの発光は、より広いバンドギャップ材料のシェル無しでは、水中で完全に消滅される(Wuister S. F, Swart I, van Driel F, Hickey S. G, de MelloDonega C, Nanolett. 2003, 3, 503.;Talapin D.V, Rogach A. L, Mekis I, Haubold S, Kornovski A, Hasse M, Weller H, Colloids Surf A, 2002, 202, 145.)。水溶性を与える前後のCdSe QDのPL QYを比較するために、我々は、メルカプトコハク酸を使用し表面上にカルボキシル基を導入して、室温合成CdSe QDの表面を修飾した。図6は、水溶性を付与する前後のCdSe QDのPLおよび吸収スペクトルを示す。水中での水溶性CdSe QDは、クロロホルム中での水溶性キャッピングを有さないCdSe QDのそれ(0.44)よりも高いPL QY 0.9を示した。
【0074】
実施例2〜7
更に、実施例1と同様にして量子ドットを低温合成した。得られた結果を表1に表わす。
使用した略語:
CdAc2 = 酢酸カドミウム二水和物
TOP = トリ−n−オクチルホスフィン
TOPSe = トリ−n−オクチルホスフィンセレニド
PL = フォトルミネッセンス
TOPO = トリ−n−オクチルホスフィン酸化物
HAD = ヘキサデシルアミン
Fwhm = 半値幅
【0075】
【表1】

【0076】
得られた量子ドットのPL収率>0.4と非常に高く、一定していた。また、得られたPLスペクトルは常にブロード(半値幅150±5 nm)であった。
【0077】
比較例1〜4
下記の条件で量子ドットを高温反応した。得られた結果を表2に表わす。
【0078】
【表2】

【0079】
高温合成した量子ドットのPL収率は0.00〜0.05と非常に低く、また反応温度の増加に伴って、PL収率は連続して減少した。更に、反応温度の増加に伴って、反応の制御は減少した。
【図面の簡単な説明】
【0080】
【図1】図1:(A)室温(23℃)でのCdSe反応混合物のUV-Vis吸収スペクトルの時間変化。スペクトルは、反応混合物から取った少量を1−ブタノールに分散させた後に記録された。360nmの第一励起ピークの開始は、核形成の指標である。(B)23℃での1−ブタノール中のCdSe QDのPLスペクトルの時間変化。サンプルは365nmで励起させた。
【図2】図2:今回の室温合成によって作製されるCdSe QDのHRTEM画像。粒子は均一なサイズおよび形状のものであることに注意。
【図3】図3:23℃でのヘキサン中のサイズ選択された沈殿物のPLスペクトル。PLスペクトルの半値幅は約32nmであった。挿入図:サイズ選択された沈殿物の吸収スペクトル。
【図4】図4:今回の室温合成により合成されたCdSe QDのXRDパターン。低角での鋭いピークは精製後にサンプル中に残されている少量の酸化TOPに起因する。
【図5】図5:23℃での1−ブタノール中の前駆体の比に対するPL強度の依存性。セレン含有量が高くなるほど、PL QYは高くなる。2つのサンプルは、励起波長(365 nm)で同一の吸収率を有する。挿入図:対応の吸収スペクトル。
【図6】図6:23℃での水中における表面修飾されたCdSe QDおよびクロロホルム中における合成されたままのCdSe QDのPLスペクトル。挿入図:対応の吸収スペクトル。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属化合物と5B族もしくは6B族原子の供給源である化合物とを、トリオクチルホスフィン(TOP)中、4℃〜50℃の温度で反応させることを特徴とする、金属化合物の金属と5B族もしくは6B族原子とからなるナノ粒子の製造方法。
【請求項2】
前記金属が、CdおよびZnからなる群から選択される少なくとも1種であり、そして前記6B族原子が、S、SeおよびTeからなる群から選択される少なくとも1種である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記金属が、Al、GaおよびInからなる群から選ばれる少なくとも1種であり、そして前記5B族原子が、P、AsおよびSbからなる群から選択される少なくとも1種である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
得られるナノ粒子が、量子収率10%以上の発光特性を示すことを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
得られるナノ粒子が示す発光スペクトルにおいて、半値幅が100nm以上であることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
得られたナノ粒子をポリカルボン酸で表面修飾して水溶性にして、水溶液中でも量子収率10%以上の発光特性を示すことを特徴とする、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
ナノ粒子がナノ結晶である、請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−143526(P2006−143526A)
【公開日】平成18年6月8日(2006.6.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−335914(P2004−335914)
【出願日】平成16年11月19日(2004.11.19)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】