説明

ハイブリッド車両の制御装置

【課題】EV状態からHV状態へスムーズに切り替え、かつ内燃機関始動時の電力消費を抑制できるハイブリッド車両の制御装置を提供すること。
【解決手段】内燃機関と駆動輪との間の伝達トルク容量を連続的に変更可能なクラッチ機構を備え、EV状態と前記内燃機関を稼動させるHV状態とを切替可能なハイブリッド車両の制御装置において、前記伝達トルク容量を徐々に増大することにより前記内燃機関の回転数を上昇させて始動させる第1始動手段(ステップS3,S7)と、前記伝達トルク容量を徐々に増大するとともに電動機の出力により前記内燃機関の回転数を上昇させて始動させる第2始動手段(ステップS5,S7)と、車速および前後加速度に基づいて前記第1,第2始動手段のいずれかを選択して走行状態を前記ハイブリッド車両状態に切り替える走行状態切替手段(ステップS2〜S6)とを設けた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、駆動力源として内燃機関と電動機とを備えたハイブリッド車両の制御装置に関し、特に電動機のみを稼動させて駆動力を発生させる電動車両状態と、内燃機関を稼動させて車両を走行させるハイブリッド車両状態とを切り替えて走行することが可能なハイブリッド車両の制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ハイブリッド車両は、複数の駆動力源としてガソリンエンジンやディーゼルエンジンなどの内燃機関、およびモータ・ジェネレータなどの電動機を搭載した車両であり、内燃機関と電動機とが持つそれぞれの特性を生かしつつ、燃費を向上し、かつ排気ガスの低減を図ることが可能である。例えば、ハイブリッド車両では、内燃機関を燃焼効率の良い運転点で運転し、かつ車両に要求される駆動トルクを電動機で付加することができる。さらに、減速時にエネルギ回生を行いその際に発生させた電力を走行のために使用することもできる。そのため、ハイブリッド車両は、走行に対する要求を満たしつつ、燃費を向上させることがでる。そのようなハイブリッド車両に関する発明の一例が特許文献1に記載されている。
【0003】
この特許文献1に記載された発明は、電力のやりとりによって複数の回転軸間で伝達される動力の大きさを調整可能な動力調整装置と、電動機とが、エンジンの出力軸と駆動軸との間に直列に配置されたハイブリッド車両であって、動力調整装置と電動機との結合および切り離しを行う結合機構と、動力調整装置のいずれかの回転軸を保持することにより動力調整装置と電動機とが切り離された場合における動力調整装置での電力と動力との変換を可能とする保持機構とを備えた構成となっている。そして、この特許文献1には、エンジンのモータリングを行うべきか否かを検出し、モータリングを行うべき運転状態にあることが検出された場合には、結合機構による動力調整装置と電動機との切り離しを行う点が記載されている。
【0004】
なお、特許文献2には、車両を駆動するためのエンジンと、車輪とエンジンとの間の動力伝達経路を実質的に開放するためのクラッチと、車両を駆動するための車輪に連結されたモータとを有するハイブリッド車両の制御装置であって、クラッチの係合によるエンジンの始動が不可能な領域では、そのクラッチを解放させるとともにスタータモータによりエンジンを始動させ、クラッチの係合によるエンジンの始動が可能な領域では、そのクラッチを係合させることによりエンジンを始動させるように構成された発明が記載されている。具体的には、この特許文献2には、エンジンは停止していてモータにより走行するモータ走行モード中にエンジンの始動要求があると、車速が押しがけ可能車速に達したか否かが判断され、車速が押しがけ可能車速以上であった場合は、クラッチを係合してエンジンを始動させ、すなわち、いわゆる押しがけによってエンジンを始動させ、車速が押しがけ可能車速未満であった場合には、クラッチを解放した状態でスタータモータによりエンジンをクランキングすることによって始動させる点が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000−209706号公報
【特許文献2】特開2001−107763号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記の特許文献1に記載されている発明は、エンジンのモータリングを行う場合、すなわちエンジンの始動を行う場合に、結合機構による動力調整装置と電動機とが切り離される。すなわち、エンジンの出力軸と駆動軸との間の動力伝達が遮断される。そのため、特許文献1に記載されている発明によれば、エンジンの始動を行う際に、その際に発生するエンジンのトルク変動が駆動軸に伝達されることを回避でき、エンジン始動時の乗り心地すなわちドライバビリティを向上することができる、とされている。
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載されている発明では、上記のように、エンジン始動時のトルク変動が駆動軸に伝達されることを回避するため、エンジン始動時にクラッチやブレーキなどの結合機構を解放することが考慮されているものの、その解放されたクラッチ等を再度係合する場合については考慮されていない。例えば、エンジン始動時にクラッチ等を解放し、エンジンを始動させた後に再びクラッチ等を係合した場合、エンジンの始動を伴うハイブリッド車両の走行状態の切り替えに時間がかかってしまうおそれがある。また、エンジン始動後にクラッチ等を係合する際に係合ショックが発生し、その結果、ハイブリッド車両のドライバビリティが低下してしまうおそれがある。さらに、エンジン始動のためにモータリングが行われる、すなわちモータを駆動してエンジン始動のためのクランキングが行われるため、その際にモータを駆動するための電力消費が増大してしまうことになる。
【0008】
このように、例えばハイブリッド車両の走行状態を電動機だけを稼動させて走行する電動車両状態から内燃機関を稼動させて走行するハイブリッド車両状態へ切り替える場合のように、内燃機関の始動を伴うハイブリッド車両の走行状態の切り替えを、ドライバビリティを低下させることなく速やかに行うためには、未だ改良の余地があった。
【0009】
この発明は上記の技術的課題に着目してなされたものであり、ハイブリッド車両の走行状態を、電動機だけを稼動させて走行する電動車両状態から内燃機関を稼動させて走行するハイブリッド車両状態へ、速やかにかつ円滑に切り替えることができるとともに、内燃機関を始動する際の電力消費を抑制することができるハイブリッド車両の制御装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の目的を達成するために、請求項1の発明は、内燃機関と、出力を制御することにより前記内燃機関の出力軸回転数を調整することが可能な第1電動機と、前記内燃機関と駆動輪との間のトルク伝達経路を接続・遮断するとともにその接続・遮断の際に伝達トルク容量を連続的に変化させることが可能なクラッチ機構と、前記駆動輪に直接動力を伝達することが可能な第2電動機とを備え、前記第2電動機のみもしくは前記第1電動機および前記第2電動機のみを稼動させて走行のための駆動力を発生させる電動車両状態と、前記内燃機関を稼動させて走行するハイブリッド車両状態とを選択的に切り替えて走行することが可能なハイブリッド車両の制御装置において、前記クラッチ機構を作動させて前記伝達トルク容量を徐々に増大させながら前記トルク伝達経路を接続することにより、前記出力軸回転数を上昇させて前記内燃機関を始動させる第1始動手段と、前記クラッチ機構を作動させて前記伝達トルク容量を徐々に増大させながら前記トルク伝達経路を接続するとともに前記第1電動機の出力回転数を増大することにより、前記出力軸回転数を上昇させて前記内燃機関を始動させる第2始動手段と、前記ハイブリッド車両が前記電動車両状態で走行している際に前記ハイブリッド車両の走行状態の切り替えが要求された場合、前記ハイブリッド車両の車速および前後加速度に基づいて前記第1始動手段もしくは前記第2始動手段のいずれかを選択し、その選択した始動手段で前記内燃機関を始動させることにより、前記走行状態を前記ハイブリッド車両状態に切り替える走行状態切替手段とを備えていることを特徴とする制御装置である。
【0011】
また、請求項2の発明は、請求項1の発明において、前記第1始動手段および前記第2始動手段が、いずれも、前記内燃機関の自律回転が可能な回転数の下限値として予め定めた始動可能回転数以上に前記出力軸回転数を上昇させた状態で前記内燃機関を始動させる手段を含むことを特徴とする制御装置である。
【0012】
また、請求項3の発明は、請求項1または2の発明において、前記走行状態切替手段が、前記車速が前記内燃機関の始動が可能な車速の下限値として予め定めた始動可能車速を上回っていてかつ前記前後加速度が正の値である場合に、前記第1始動手段で前記内燃機関を始動させる手段を含むことを特徴とする制御装置である。
【0013】
また、請求項4の発明は、請求項1から3のいずれかの発明において、前記走行状態切替手段が、前記車速が前記内燃機関の始動が可能な車速の下限範囲として予め定めた始動可能車速域を上回っている場合、および前記車速が前記始動可能車速域内でありかつ前記前後加速度が正の値である場合は、前記第1始動手段で前記内燃機関を始動させることにより、前記走行状態を前記ハイブリッド車両状態に切り替え、前記車速が前記始動可能車速域内でありかつ前記前後加速度が0以下の値である場合、および前記車速が前記始動可能車速域以下である場合には、前記第2始動手段で前記内燃機関を始動させることにより、前記走行状態を前記ハイブリッド車両状態に切り替える手段を含むことを特徴とする制御装置である。
【0014】
そして、請求項5の発明は、請求項1から4のいずれかの発明において、前記内燃機関と前記第1電動機とが、前記内燃機関の動力を前記第1電動機と前記駆動輪とに分割する動力分割機構を介して相互に動力伝達が可能なように連結されていて、前記クラッチ機構が、前記トルク伝達経路における前記動力分割機構と前記駆動輪との間に設けられている
ことを特徴とする制御装置である。
【発明の効果】
【0015】
請求項1の発明によれば、ハイブリッド車両の走行状態を電動車両状態からハイブリッド車両状態へ切り替える場合、すなわち走行状態をハイブリッド車両状態へ切り替えるために内燃機関を始動させる場合に、その際のハイブリッド車両の車速および前後加速度に基づいて、第1始動手段もしくは第2始動手段のいずれかが適宜選択されて内燃機関が始動される。したがって、走行中の車速の高低および前後加速度の大小に応じて、適切な方法・手段によって内燃機関を適切に始動させることができる。すなわち、第1始動手段が選択された場合は、電動機や専用のスタータモータなど使用しなくとも、駆動輪側から伝達される動力によって内燃機関の出力軸回転数を上昇させて内燃機関を始動することができ、また、第2始動手段が選択された場合でも、予め駆動輪側から伝達される動力によって内燃機関の出力軸回転数をある程度上昇させた後に、第1電動機の出力によって出力軸回転数を上昇させて内燃機関を始動することができる。そのため、ドライバビリティを低下させることなく速やかにかつ円滑にハイブリッド車両の走行状態の切り替えを切り替えることができるとともに、その走行状態を切り替えるために内燃機関を始動する際の電力消費を抑制することができる。
【0016】
また、請求項2の発明によれば、第1始動手段および第2始動手段のいずれによって内燃機関を始動させる場合においても、内燃機関の出力軸の回転数が、内燃機関の自律回転が可能な始動可能回転数以上に上昇させられその状態が維持される。そしてその後、例えば内燃機関に点火すること、あるいは燃料を噴射することなどにより、内燃機関が始動させられる。そのため、ハイブリッド車両の走行状態を電動車両状態からハイブリッド車両状態へ切り替えるために内燃機関を始動させる際に、第1始動手段もしくは第2始動手段によって内燃機関を確実に始動させることができる。
【0017】
また、請求項3の発明によれば、ハイブリッド車両の走行状態を電動車両状態からハイブリッド車両状態に切り替える際に、ハイブリッド車両の車速が始動可能車速を上回りかつ前後加速度が正の値である場合、言い換えると、ハイブリッド車両が始動可能車速以上で走行していて更に加速走行中である場合は、第1始動手段によって内燃機関が始動される。すなわち、クラッチ機構によって内燃機関と駆動輪との間の伝達トルク容量を徐々に増大させることにより、出力軸回転数が上昇させられて内燃機関が始動される。内燃機関を始動させる際には内燃機関をクランキングする必要があるが、ハイブリッド車両の走行中にクラッチ機構の伝達トルク容量を増大させ駆動輪側からのトルクを内燃機関へ伝達させることにより、電動機や専用のスタータモータなどで駆動しなくとも内燃機関をクランキングすることができる。そのようなクランキングの際には、駆動輪から内燃機関に至る動力伝達経路においてトルク変動が生じるが、ハイブリッド車両が始動可能車速以上で走行していることに加えて加速走行中であることを条件としているので、定速走行中や減速走行中に内燃機関を始動する場合と比較して始動の際のトルク変動の影響を受け難くなっている。そのため、この請求項3の発明によれば、上記のように内燃機関をクランキングするために電力を消費することなく内燃機関を始動させることができ、また、始動時のトルク変動によるドライバビリティの低下を抑制することができる。
【0018】
また、請求項4の発明によれば、ハイブリッド車両の走行状態を電動車両状態からハイブリッド車両状態に切り替える際に、ハイブリッド車両の車速が始動可能車速域を上回っている場合、およびハイブリッド車両の車速が始動可能車速域内でありかつ加速中である場合は、第1始動手段によって内燃機関が始動される。すなわち、クラッチ機構によって内燃機関と駆動輪との間の伝達トルク容量を徐々に増大させることにより、出力軸回転数が上昇させられて内燃機関が始動される。また、ハイブリッド車両の車速が始動可能車速域以下である場合、およびハイブリッド車両の車速が始動可能車速域内でありかつ減速中である場合には、第2始動手段によって内燃機関が始動される。すなわち、クラッチ機構が徐々に係合させられるとともに、第1電動機の出力により、出力軸回転数が上昇させられて内燃機関が始動される。したがって、ハイブリッド車両の走行状態を電動車両状態からハイブリッド車両状態に切り替える際に、走行中の車速の高低および前後加速度の大小に応じて、第1始動手段もしくは第2始動手段のより適切な手段によって内燃機関を始動させることができる。そのため、ドライバビリティを低下させることなく速やかにかつ円滑にハイブリッド車両の走行状態の切り替えを行うことができる。また、ハイブリッド車両の走行状態を切り替えるために内燃機関を始動する際の電力消費を抑制することができる。
【0019】
そして、請求項5の発明によれば、内燃機関が出力する動力を第1電動機と駆動輪とに分配する動力分割機構を備え、さらにその動力分割機構と駆動輪との間にクラッチ機構が設定されているハイブリッド車両を制御の対象とすることができる。そのため、上記のような構成のハイブリッド車両の走行状態を電動車両状態からハイブリッド車両状態に切り替える際に、ドライバビリティを低下させることなく速やかにかつ円滑にハイブリッド車両の走行状態の切り替えを切り替えることができるとともに、その走行状態を切り替えるために内燃機関を始動する際の電力消費を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】この発明で制御の対象とするハイブリッド車両の構成および制御系統の一例を示す模式図である。
【図2】図1に示す構成のハイブリッド車両における電動車両状態での走行時の挙動を説明するための共線図である。
【図3】図1に示す構成のハイブリッド車両における電動車両状態での走行時の挙動を説明するための共線図である。
【図4】図1に示す構成のハイブリッド車両におけるハイブリッド車両状態(シリーズハイブリッド方式)での走行時の挙動を説明するための共線図である。
【図5】図1に示す構成のハイブリッド車両におけるハイブリッド車両状態(パラレルハイブリッド方式)での走行時の挙動を説明するための共線図である。
【図6】この発明の制御装置により実行される制御の一例を説明するためのフローチャートである。
【図7】図6のフローチャートに示す制御を実行する際の挙動、およびその際に考慮される内燃機関の始動可能回転数等を説明するための共線図である。
【図8】図6のフローチャートに示す制御を実行する際に考慮される始動可能車速および始動可能車速域等を説明するための模式図である。
【図9】図6のフローチャートに示す制御を実行する際の挙動を説明するための図であって、特に「第1始動手段」による走行状態の切り替え制御を実行する際の挙動を説明するための共線図である。
【図10】図6のフローチャートに示す制御を実行する際の挙動を説明するための図であって、特に「第2始動手段」による走行状態の切り替え制御を実行する際の挙動を説明するための共線図である。
【図11】図6のフローチャートに示す「第2始動手段」による走行状態の切り替え制御を実行する際の挙動を説明するための図であって、特に第2電動機の出力による軸トルクが正の場合の挙動を説明するための共線図である。
【図12】図6のフローチャートに示す「第2始動手段」による走行状態の切り替え制御を実行する際の挙動を説明するための図であって、特に第2電動機の出力による軸トルクトルクが負の場合の挙動を説明するための共線図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
つぎに、この発明を図を参照して具体的に説明する。図1は、この発明で制御の対象とするハイブリッド車両の構成および制御系統を模式的に示している。すなわち、この図1に示すハイブリッド車両Veは、駆動力源として内燃機関1と第1電動機2および第2電動機3の2基の電動機とを備えており、内燃機関1が出力する動力を第1電動機2と駆動輪4とに分割するように構成されている。
【0022】
内燃機関1は、ガソリンエンジンやディーゼルエンジンあるいは天然ガスエンジンなどの燃料を燃焼させて動力を出力する動力発生装置であり、この図1に示す例では、スロットル開度や燃料噴射量などを電気的に制御することが可能な電子制御式のスロットルバルブあるいは電子制御式の燃料噴射装置等を備えていて、所定の負荷に対して回転数を電気的に制御することにより燃費が最も良好な最適運転点に設定できるガソリンエンジンが搭載されている。以下の説明では、この内燃機関1をエンジン(ENG)1と記す。
【0023】
第1電動機2および第2電動機3は、いずれも、モータおよび発電機のいずれか一方もしくは両方の機能を有する電動機であり、この図1に示す例では、モータとしての機能と発電機としての機能を兼ね備えたモータ・ジェネレータが搭載されている。以下、この実施例の説明では、電動機2,3を、第1モータ・ジェネレータ(MG1)2、および、第2モータ・ジェネレータ(MG2)3と記す。
【0024】
エンジン1と駆動輪4との間のトルク伝達経路中に、エンジン1が出力する動力を第1モータ・ジェネレータ2と駆動輪4とに分割するための動力分割機構5が設けられている。この動力分割機構5は、主に差動作用のある遊星歯車装置により構成されていて、この図1に示す例では、サンギヤ5sとリングギヤ5rとの間に配置したピニオンギヤをキャリア5cによって自転および公転が可能なように保持したシングルピニオン型の遊星歯車機構が採用されている。そしてその動力分割機構5のキャリア5cにエンジン1の出力軸1aが連結され、サンギヤ5sに第1モータ・ジェネレータ2の出力軸2aが連結され、そしてリングギヤ5rには、後述するクラッチ機構6および歯車伝動機構7ならびにデファレンシャル8を介して、駆動輪4が動力伝達可能に連結されている。上記のように動力分割機構5の遊星歯車装置が差動作用を行うことにより、第1モータ・ジェネレータ2の回転数に応じてエンジン1の出力軸1aの回転数が変化する。したがって、第1モータ・ジェネレータ2の出力を制御することにより、エンジン1の出力軸回転数を制御できるように構成されている。
【0025】
クラッチ機構6は、エンジン1と駆動輪4との間のトルク伝達経路を接続・遮断するための係合装置であって、動力分割機構5のリングギヤ5rと歯車伝動機構7との間に設けられている。このクラッチ機構6としては、例えば係合状態および解放状態に加えて半係合もしくはスリップ係合状態を設定して制御することが可能な摩擦係合装置、あるいはシンクロメッシ機構などを利用した同期連結装置などを用いることができる。図1には、スリップ係合状態を制御することが可能な摩擦クラッチを設けた例を示している。したがって、このクラッチ機構6は、エンジン1と駆動輪4との間のトルク伝達経路を接続・遮断するとともに、そのトルク伝達経路を接続・遮断する際に伝達トルク容量を連続的に変化させることが可能な構成となっている。
【0026】
歯車伝動機構7は、上記のようにクラッチ機構6を介してリングギヤ5rに連結されたドライブギヤ7aと、そのドライブギヤ7aに噛み合うドリブンギヤ7bと、ドリブンギヤ7bと同軸で一体に回転するとともに後述するデファレンシャル8のリングギヤ8aに噛み合うカウンタギヤ7cと、後述する第2モータ・ジェネレータ3の出力軸3aに設けられたドライブギヤ9に噛み合うドリブンギヤ7dとから構成されている。
【0027】
デファレンシャル8は、上記のように、そのリングギヤ8aが歯車伝動機構7のカウンタギヤ7cに噛み合っていて、そしてドライブシャフト10に駆動輪4が連結されている。したがって、エンジン1および第1モータ・ジェネレータ2は、それぞれ、動力分割機構5および歯車伝動機構7およびデファレンシャル8ならびにドライブシャフト10を介して、駆動輪4と互いに動力伝達可能に連結されている。
【0028】
上記のように、第1モータ・ジェネレータ2が、駆動輪4との間に動力分割機構5を介在させて動力を伝達するように構成されているのに対して、第2モータ・ジェネレータ3は、駆動輪4との間で直接動力を伝達することが可能なように構成されている。すなわち、第2モータ・ジェネレータ3には、上記のように出力軸3aにその出力軸3aと一体に回転するドライブギヤ9が取り付けられていて、そのドライブギヤ9が歯車伝動機構7のドリブンギヤ7dに噛み合っている。したがって、第2モータ・ジェネレータ3は、ドライブギヤ9および歯車伝動機構7およびデファレンシャル8ならびにドライブシャフト10を介して、駆動輪4と互いに動力伝達可能に連結されている。なお、ドライブギヤ9とドリブンギヤ7dとのギヤ対は、第2モータ・ジェネレータ3に対する減速機構(リダクションギヤ)となっている。したがって、第2モータ・ジェネレータ3の出力トルクを増幅して駆動輪4へ伝達することができ、大きな駆動力を発生させることができる。
【0029】
前述したように、第1モータ・ジェネレータ2および第2モータ・ジェネレータ3は、いずれも電動機として機能するとともに発電機としても機能することが可能な周知の同期電動機として構成されている。そして、それら第1モータ・ジェネレータ2および第2モータ・ジェネレータ3は、それぞれ、インバータ(図示せず)を介してバッテリあるいはキャパシタなどの蓄電装置(図示せず)に連結されている。すなわち、第1モータ・ジェネレータ2および第2モータ・ジェネレータ3がモータとして機能する場合の回転数あるいは出力トルクや、それら第1モータ・ジェネレータ2および第2モータ・ジェネレータ3が発電機として機能する場合の発電量あるいは回生制動トルクを、インバータによって制御するように構成されている。
【0030】
さらに、上記の第1モータ・ジェネレータ2および第2モータ・ジェネレータ3は、インバータを介して、それら各モータ・ジェネレータ2,3の間で電力を相互に授受できるように構成されている。すなわち、第1モータ・ジェネレータ2および第2モータ・ジェネレータ3のいずれか一方により発電された電力を、他方のモータ・ジェネレータで消費できるようになっている。例えば、エンジン1の出力により第1モータ・ジェネレータ2が駆動されて発電機として機能した場合には、その第1モータ・ジェネレータ2で発電された電力を第2モータ・ジェネレータ3へ供給し、第2モータ・ジェネレータ3を電動機として機能させることができる。したがって、エンジン1が出力した動力の一部を、第1モータ・ジェネレータ2により電力に一旦変換した後、第2モータ・ジェネレータ3により再び動力に変換して、その動力を駆動輪4に伝達することができるように構成されている。
【0031】
そして、上記のエンジン1、および各モータ・ジェネレータ2,3の動作状態を制御するための電子制御装置(ECU)11が設けられている。この電子制御装置11には、例えば、車両Veの車速を検出する車速センサ12、車両Veの前後加速度を検出する加速度センサ13、エンジン1の出力軸1aの回転速度を検出するエンジン回転数センサ14、第1モータ・ジェネレータ2の回転軸2aの回転速度および第2モータ・ジェネレータ3の回転軸3aの回転速度をそれぞれ検出するためのレゾルバ15、蓄電装置の充電状態を検出するチャージセンサ16、そしてアクセルペダルやアクセルレバーなどによる運転者のアクセル操作を検出するアクセル開度センサ17などの各種センサ装置類からの検出信号が入力される。これに対して、電子制御装置11からは、エンジン1を制御する信号、各モータ・ジェネレータ2,3を制御する(すなわち各モータ・ジェネレータ2,3に接続されたインバータおよび蓄電装置を制御する)信号などが出力されるように構成されている。
【0032】
上記のように構成されたこの発明で制御の対象とする車両Veでは、前述したように、第1モータ・ジェネレータ2もしくは第2モータ・ジェネレータ3のみを稼動させて、あるいは第1モータ・ジェネレータ2および第2モータ・ジェネレータ3のみを稼動させて(すなわちエンジン1を稼動させずに)車両Veを走行させるための駆動トルクを発生させる電動車両(EV)状態と、エンジン1を稼動させた状態で車両Veを走行させるハイブリッド車両(HV)状態とを選択的に切り替えて走行することが可能である。
【0033】
例えば、図2に示すように、第2モータ・ジェネレータ3のみを稼動して駆動トルクを発生させることにより、EV状態で車両Veを走行させることができる。その状態でクラッチ機構6を係合することにより、図3に示すように、リングギヤ5rの回転数を正転方向(エンジン1の回転方向)に上昇させることができる。この状態ではエンジン1は起動していないので、エンジン1に連結されたキャリア5cが反力要素となり、サンギヤ5sに連結している第1モータ・ジェネレータ2の回転数が、逆転方向(エンジン1の回転方向とは逆方向)に上昇する。このとき第1モータ・ジェネレータ2を回生制御して発電機として機能させことにより、第2モータ・ジェネレータ3の出力による車両Veの走行中に、第1モータ・ジェネレータ2で電力を発生させてバッテリを充電することができる。あるいは、上記のようにクラッチ機構6を係合させた状態で、第2モータ・ジェネレータ3と共に第1モータ・ジェネレータ2をモータとして稼動させることにより、第2モータ・ジェネレータ3および第1モータ・ジェネレータ2の2基のモータの出力によってより大きな駆動力を発生させて車両Veを走行させることができる。
【0034】
また、図4,図5に示すように、エンジン1を稼動させたHV状態で車両Veを走行させることができる。すなわち、図4に示すように、エンジン1を稼動させ、その出力によって第1モータ・ジェネレータ2を発電機として駆動して発生させた電力、もしくは第1モータ・ジェネレータ2で発生させ一旦バッテリに蓄電した電力を、第2モータ・ジェネレータ3に供給することができる。そしてその電力によって第2モータ・ジェネレータ3をモータとして稼動して駆動力を発生させることにより、いわゆるシリーズハイブリッド方式のHV状態で車両Veを走行させることができる。
【0035】
そして、図5に示すように、クラッチ機構6を係合させた状態で、エンジン1を稼動させるとともに、第1モータ・ジェネレータ2で反力トルクを発生させること、すなわち第1モータ・ジェネレータ2で逆転方向の出力トルクを発生させることにより、エンジン1の出力トルクをリングギヤ5rを介して駆動輪4へ伝達させ、第2モータ・ジェネレータ3およびエンジン1の出力によってより大きな駆動力を発生させて車両Veを走行させることができる。すなわち、いわゆるパラレルハイブリッド方式のHV状態で車両Veを走行させることができる。
【0036】
このように、この発明におけるハイブリッド車両Veは、EV状態とHV状態とに走行状態を切り替えて走行することができる。走行状態をEV状態からHV状態へ切り替える際には、停止しているエンジン1を始動させる必要があるが、エンジン1を始動させる際には、前述したように、不可避的にトルク変動が発生し、それに起因して車両Veのドライバビリティが低下してしまう可能性があった。
【0037】
そこで、この発明に係るハイブリッド車両Veの制御装置では、EV状態からHV状態への走行状態の切り替えを、ドライバビリティを低下させることなく、速やかにかつ円滑に行うことができ、さらにエンジン1を始動する際の電力消費を抑制することができるように、以下の制御を実行するように構成されている。その制御の一例を、図6のフローチャートに示してある。このフローチャートで示されるルーチンは、所定の短時間毎に繰り返し実行される。図6において、先ず、車両Veの走行状態に対する切り替え要求の有無について判断される(ステップS1)。すなわち、EV状態で走行している車両Veに対して、エンジン1を始動して走行状態をHV状態へ切り替える要求が有るか否かが判断される。
【0038】
EV状態からHV状態への走行状態の切り替え要求は、例えば、バッテリの充電量が予め設定した基準値以下に低下した場合、あるいはエンジン1の出力も必要とする大きな駆動力が要求された場合などに、EV状態からHV状態への走行状態の切り替え要求が有ると判断することができる。したがって、この切り替え要求の有無の判断は、例えば、チャージセンサ16やアクセル開度センサ17の検出値などに基づいて行うことができる。
【0039】
未だEV状態からHV状態への走行状態の切り替え要求が無いことにより、このステップS1で否定的に判断された場合は、以降の制御を実行することなく、このルーチンを一旦終了する。これに対して、EV状態からHV状態への走行状態の切り替え要求が有ることにより、ステップS1で肯定的に判断された場合には、ステップS2へ進み、その時点における車両Veの車速Vが、閾値Tに所定値αを加えた値よりも大きいか否かが判断される。
【0040】
ここで、閾値Tは、エンジン1の始動が可能な車速の下限値である始動可能車速として予め設定された値である。図7に示すように、エンジン1に対しては、そのエンジン1の自律回転が可能な回転数の下限値である始動可能回転数Nesが予め求められていて、上記の閾値Tは、エンジン1の回転数がこの始動可能回転数Nes以上となる車速として予め求められ設定された判断基準値である。したがって、車速Vが閾値Tすなわち始動可能車速を上回っている場合は、エンジン1の回転数が始動可能回転数Nesを上回っていると判断でき、エンジン1を始動可能な状態であると判断することができる。
【0041】
なお、図7に示すように、エンジン1の回転数すなわちキャリア5cの回転数が始動可能回転数Nesとなる場合のリングギヤ5rの回転数が、始動可能リングギヤ回転数Npとして設定されている。ここで、サンギヤ5sとキャリア5cとの間のギヤ比と、キャリア5cとリングギヤ5rとの間のギヤ比との比が「1:ρ」であるとすると、始動可能回転数Nesと、始動可能リングギヤ回転数Npとの関係は、
Nes:Np = 1:1+ρ ・・・・・・・・・・(1)
として表される。したがって、(1)式から、始動可能リングギヤ回転数Npは、
Np = (1+ρ)・Nes ・・・・・・・・・・(2)
となる。そして、車速をV、駆動輪4のタイヤ半径をRt、デファレンシャル8のデファレンシャルギヤ比をGrとし、Kを定数とすると、始動可能リングギヤ回転数Npは、
Np = K・V・Rt・Gr ・・・・・・・・・・(3)
として表される。したがって、(2),(3)式から、上記の始動可能車速すなわち閾値Tは、 T = K・(1+ρ)・Nes・Rt/Gr ・・・・・・・・・・(4)
として求めることができる。
【0042】
また、所定値αは、エンジン1の始動が可能な車速の下限範囲である始動可能車速域Rを定めるために設定された値であって、後述するように、エンジン1を始動させるためにクラッチ機構6を係合させた場合に低下する車速の低下分を考慮して予め設定された値である。したがって、図8に示すように、「閾値T」から「閾値T+所定値α」までの間の車速域が、エンジン1の始動が可能な車速の下限範囲として予め設定された始動可能車速域Rとなっている。
【0043】
車速Vが「閾値T+所定値α」よりも大きい、すなわち車速Vが始動可能車速域Rを上回っていることにより、このステップS2で肯定的に判断された場合は、ステップS3へ進む。すなわち、この場合は図6および図8においてケースAで示される状況である。そしてステップS3では、第1モータ・ジェネレータ2の回転数を0に維持した状態で、車両Veの走行状態がEV状態からHV状態へ切り替えられる。これは、この発明における「第1始動手段」による走行状態の切り替え制御であって、クラッチ機構6の伝達トルク容量を徐々に増大させ、エンジン1と駆動輪との間のトルク伝達経路を接続することによってエンジン1の回転数を上昇させる制御である。
【0044】
具体的には、図9に示すように、EV状態のときに解放されていたクラッチ機構6がスリップ係合させられる。そしてスリップ係合状態の係合度合いが徐々に高められることにより、クラッチ機構6の伝達トルク容量が徐々に増大させられる。すると、その伝達トルク容量の増大に伴ってリングギヤ5rの回転数が正転方向に上昇する。このとき、第1モータ・ジェネレータ2は、逆転方向のトルクを発生させてその回転数が0に維持されるように制御される。その結果、キャリア5cに連結されているエンジン1の出力軸1aの回転数が正転方向に上昇する。したがって、クラッチ機構6のスリップ係合状態を徐々に完全係合状態に向けて制御すること、すなわちクラッチ機構6の伝達トルク容量が徐々に増大するように制御することにより、エンジン1をクランキングさせて、その出力軸1aの回転数を始動可能回転数Nes以上に上昇させることができる。
【0045】
一方、車速Vが「閾値T+所定値α」以下であることにより、上述のステップS2で否定的に判断された場合は、ステップS4へ進み、車速Vが閾値Tよりも大きいか否か、すなわち、車速Vが始動可能車速を上回っているか否かが判断される。車速Vが閾値T以下である、すなわち車速Vが始動可能車速以下であることにより、このステップS4で否定的に判断された場合は、ステップS5へ進む。すなわち、この場合は図6および図8においてケースCで示される状況である。そしてステップS5では、第1モータ・ジェネレータ2の回転数が上昇させられて、車両Veの走行状態がEV状態からHV状態へ切り替えられる。これは、この発明における「第2始動手段」による走行状態の切り替え制御であって、クラッチ機構6の伝達トルク容量を徐々に増大させ、エンジン1と駆動輪との間のトルク伝達経路を接続することによってエンジン1の回転数を上昇させるとともに、第1モータ・ジェネレータ2によってもエンジン1の回転数を上昇させる制御である。
【0046】
具体的には、前述の「第1始動手段」の場合と同様に、EV状態のときに解放されていたクラッチ機構6がスリップ係合させられる。そしてスリップ係合状態の係合度合いが徐々に高められることにより、クラッチ機構6の伝達トルク容量が徐々に増大させられる。そして図10に示すように、この「第2始動手段」では、出力軸2aすなわちサンギヤ5sの回転数が正転方向に上昇するように第1モータ・ジェネレータ2が力行制御される。その結果、キャリア5cに連結されているエンジン1の出力軸1aの回転数が正転方向に引き上げられる。したがって、クラッチ機構6の伝達トルク容量が徐々に増大するように制御することにより、予めエンジン1の回転数をある程度上昇させ、さらに、第1モータ・ジェネレータ2の出力によってエンジン1の回転数を引き上げることにより、エンジン1をクランキングさせて、その出力軸1aの回転数を始動可能回転数Nes以上に上昇させることができる。
【0047】
上記のように車速Vが始動可能車速以下である場合は、クラッチ機構6を係合して駆動輪4側からのトルクによってエンジン1の回転数を上昇させても、エンジン1の回転数を始動可能回転数Nes以上に上昇させることができないため、第1モータ・ジェネレータ2を力行制御することにより、エンジン1の回転数を引き上げるように制御される。
【0048】
これに対して、車速Vが閾値Tよりも大きい、すなわち車速Vが始動可能車速を上回っていることにより、ステップS4で肯定的に判断された場合は、ステップS6へ進む。すなわち、この場合は図6および図8においてケースBで示される状況である。そしてステップS6では、その時点における車両Veの前後加速度dV/dtが0以下であるか否かが判断される。ケースBで示される状況とは、車速Vが「閾値T+所定値α」以下でかつ閾値Tよりも大きい場合であって、すなわち、車速Vが始動可能車速域R内の値となっている場合である。この場合は、車速Vが閾値Tよりも大きいことから、クラッチ機構6を係合することにより、すなわち「第1始動手段」によってエンジン1のエンジン1の回転数を始動可能回転数Nes以上に上昇させることができる。
【0049】
しかしながら、クラッチ機構6を係合させる際には、不可避的にリングギヤ5rおよびエンジン1の回転数が低下し、それに伴って車速Vも低下する。このようなエンジン1の回転数や車速Vの低下は、運転者に対してショックや違和感を与え、車両Veのドライバビリティに影響を及ぼす可能性がある。そしてその影響は、車両Veが定速走行中の場合や減速走行中の場合に顕著になる。そこで、このステップS6では、車両Veの状態に応じて「第1始動手段」と「第2始動手段」とを適切に選択し、走行状態の切り替えおよびエンジン1の始動を行うために、車両Veの前後加速度dV/dtを検出し、車両Veが加速走行中であるか、あるいは定速走行もしくは減速走行中であるかを判断するようにしている。
【0050】
車両Veが加速走行中である場合は、クラッチ機構6をスリップ係合させても、車両Veが定速走行もしくは減速走行中である場合と比較して、エンジン1の回転数の低下は少なく、ドライバビリティに影響を及ぼす可能性は小さい。したがって、車両Veの前後加速度dV/dtが0より大きいこと、すなわち車両Veが加速走行中であることにより、このステップS6で否定的に判断された場合は、前述のステップS3へ進む。すなわち、この場合は図6および図8においてケースB1で示される状況である。そしてステップS3,S7において、前述と同様の「第1始動手段」による走行状態の切り替えおよびエンジン1の始動が実行される。
【0051】
これに対して、車両Veが定速走行中あるいは減速走行中である場合には、クラッチ機構6をスリップ係合させる場合、エンジン1の回転数が大きく低下し、ドライバビリティに影響を及ぼす可能性が大きくなる。したがって、車両Veの前後加速度dV/dtが0以下であること、すなわち車両Veが定速走行中もしくは加速走行中であることにより、ステップS6で肯定的に判断された場合には、前述のステップS5へ進む。すなわち、この場合は図6および図8においてケースB2で示される状況である。そしてステップS5,S7において、前述と同様の「第2始動手段」による走行状態の切り替えおよびエンジン1の始動が実行される。上記のようなケースB2の場合に、「第2始動手段」により走行状態の切り替えおよびエンジン1の始動を行うことにより、クラッチ機構6を係合することによるエンジン1の回転数の上昇を最小限に抑え、第1モータ・ジェネレータ2の出力によってエンジン1の回転数を始動可能回転数Nes以上まで上昇させることができる。そのため、クラッチ機構6を係合させる際のエンジン1の回転数低下や車速Vの低下を最小限に抑え、ドライバビリティの低下を防止もしくは抑制することができる。
【0052】
なお、図9および図11,図12に示すように、上記の「第1始動手段」および「第2始動手段」によりエンジン回転数を上昇させる場合に、第2モータ・ジェネレータ2の出力トルクをTm、第2モータ・ジェネレータ3のイナーシャトルクをIm、第2モータ・ジェネレータ3の回転変化率をdωm/dt、第2モータ・ジェネレータ3のフリクショントルクをTmf、第2モータ・ジェネレータ3とデファレンシャル8との間の減速機構のギヤ比をGrm、クラッチ機構6を係合させる際のスリップによるトルクの減少率をTfcとすると、第2モータ・ジェネレータ3の出力による歯車伝動機構7の軸トルクTmpは、
Tmp = {Tm−Im・(dωm/dt)−Tmf}・Grm・Tfc ・・・(4)
となる。また、エンジン1のイナーシャトルクをIe、エンジン1の回転変化率をdωe/dt、エンジン1のフリクショントルクをTefとすると、エンジン1の出力軸1aが連結されたキャリア5cの軸トルクTeは、
Te = −{Ie・(dωe/dt)+Tef} ・・・・・・・・・・(5)
となる。そして、第1モータ・ジェネレータ2のイナーシャトルクをIg、第1モータ・ジェネレータ2の回転変化率をdωg/dt、第1モータ・ジェネレータ2のフリクショントルクをTgfとし、第1モータ・ジェネレータ2の出力により発生させるサンギヤ5sの軸トルクをTgとすると、図9に示すような上記の各軸トルクTmp,Te,Tgの力のつり合いから、
Tg−{Ig・(dωg/dt)+Tgf}+Te+Tmp = 0 ・・・・・(6)
の関係式が得られる。
【0053】
したがって、図9に示すような「第1始動手段」によってエンジン1をクランキングさせてその回転数を上昇させる際に、第1モータ・ジェネレータ2の出力により発生させる軸トルクTgは、上記の(4),(5),(6)式から、
Tg = −Tmp−Te+{Ig・(dωg/dt)+Tgf}
= −{Tm−Im・(dωm/dt)−Tmf}・Grm・Tfc
+{Ie・(dωe/dt)+Tef}+ {Ig・(dωg/dt)+Tgf}
・・・・・・・・・・(7)
として求めることができる。
【0054】
そして、図11,図12に示すような「第2始動手段」によってエンジン1をクランキングさせてその回転数を上昇させる際に、第1モータ・ジェネレータ2の出力により発生させる軸トルクTgは、
Tg > −{Tm−Im・(dωm/dt)−Tmf}・Grm・Tfc
+{Ie・(dωe/dt)+Tef}+ {Ig・(dωg/dt)+Tgf}
・・・・・・・・・・(8)
の関係式を満たす値として求めることができる。このとき、図11に示すように、軸トルクTmpが「Tm > 0」の場合すなわち軸トルクTmpの回転方向が正転方向である場合と、図12に示すように、軸トルクTmpが「Tm < 0」の場合すなわち軸トルクTmpの回転方向が逆転方向である場合とがあるが、軸トルクTmpが「Tm < 0」の場合の方が、軸トルクTmpが「Tm > 0」の場合よりも、軸トルクTgの値が大きくなる。
【0055】
上記のように、EV状態からHV状態へ車両Veの走行状態を切り替える際に、ステップS3もしくはステップS5において、すなわちこの発明における「第1始動手段」もしくは「第2始動手段」により、エンジン1の回転数が始動可能回転数Nes以上に上昇させられると、ステップS7へ進み、エンジン1が始動させられる。例えば、始動可能回転数Nes以上の回転数でクランキングされているエンジン1に点火することにより、あるいは燃料を噴射することにより、エンジン1が始動させられる。すなわち、エンジン1が自律回転が可能な運転状態になり、EV状態からHV状態への走行状態の切り替えが完了する。そしてその後、このルーチンを一旦終了する。
【0056】
以上のように、この発明に係るハイブリッド車両の制御装置によれば、ハイブリッド車両Veの走行状態を、EV状態からHV状態へ切り替える場合、すなわち走行状態をHV状態へ切り替えるためにエンジン1を始動させる場合に、その際のハイブリッド車両Veの車速Vおよび前後加速度dV/dtに基づいて、「第1始動手段」もしくは「第2始動手段」のいずれかが適宜選択されてエンジン1が始動される。例えば、車速Vが始動可能車速域Rを上回っている場合、および車速Vが始動可能車速域R内の値でありかつ加速走行中である場合は、「第1始動手段」によってエンジン1が始動される。すなわち、クラッチ機構6を徐々に係合してその伝達トルク容量を徐々に増大させることにより、エンジン1がクランキングされ、その出力軸1aの回転数が上昇させられる。そして出力軸1aの回転数が始動可能回転数Nes以上に上昇させられた状態でエンジン1が始動される。
【0057】
また、車速Vが始動可能車速域R以下の値である場合、および車速Vが始動可能車速域R内の値でありかつ減速走行中である場合には、「第2始動手段」によってエンジン1が始動される。すなわち、クラッチ機構6を徐々に係合するとともに、第1モータ・ジェネレータ2の出力により、エンジン1がクランキングされ、その出力軸1aの回転数が上昇させられる。そして出力軸1aの回転数が始動可能回転数Nes以上に上昇させられた状態でエンジン1が始動される。
【0058】
したがって、ハイブリッド車両Veの走行状態をEV状態からHV状態に切り替える際に、走行中の車速Vの高低および前後加速度dV/dtの大小に応じて、「第1始動手段」と「第2始動手段」とのうちより適切な手段によってエンジン1を始動させることができる。すなわち、EV状態で走行中の車速Vが十分に高く、また加速走行中であることにより「第1始動手段」が選択された場合は、エンジン1をクランキングするために電力を使用せずに、またクラッチ機構6のスリップ係合状態を制御するだけで、駆動輪4側から伝達される動力によって出力軸1aの回転数を容易に上昇させてエンジン1を始動することができる。そのため、EV状態からHV状態へ走行状態を切り替えるためにエンジン1を始動する際の消費電力を低減することができるとともに、その走行状態の切り替えを速やかにかつ円滑に行うことができる。
【0059】
一方、EV状態で走行中の車速Vが低く、また定速走行もしくは減速走行中であることにより「第2始動手段」が選択された場合は、予め駆動輪4側から伝達される動力によって出力軸1aの回転数をある程度上昇させた後に、第1モータ・ジェネレータ2の出力によって出力軸1aの回転数を始動可能回転数Nes以上に上昇させてエンジン1を始動することができる。そのため、車速Vが低いこと、あるいは定速走行もしくは減速走行中であることにより、クラッチ機構6を係合することによりエンジン1の回転数や車速Vが大きく低下してしまう可能性がある場合であっても、エンジン1の回転数や車速Vが下がってしまうことによるドライバビリティの低下を防止もしくは抑制することができる。
【0060】
ここで、上述した具体例とこの発明との関係を簡単に説明すると、ステップS3,S7を実行する機能的手段が、この発明における「第1始動手段」に相当し、ステップS5,S7を実行する機能的手段が、この発明における「第2始動手段」に相当する。そして、ステップS2〜S6を実行する機能的手段が、この発明における「走行状態切替手段」に相当する。
【符号の説明】
【0061】
1…内燃機関(エンジン;ENG)、 1a…出力軸、 2…第1電動機(第1モータ・ジェネレータ;MG1)、3…第2電動機(第2モータ・ジェネレータ;MG2)、 4…駆動輪、 5…動力分割機構、 6…クラッチ機構、 11…電子制御装置(ECU)、 12…車速センサ、 13…加速度センサ、 14…エンジン回転数センサ、 15…レゾルバ、 16…チャージセンサ、 17…アクセル開度センサ、 Ve…ハイブリッド車両。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関と、出力を制御することにより前記内燃機関の出力軸回転数を調整することが可能な第1電動機と、前記内燃機関と駆動輪との間のトルク伝達経路を接続・遮断するとともにその接続・遮断の際に伝達トルク容量を連続的に変化させることが可能なクラッチ機構と、前記駆動輪に直接動力を伝達することが可能な第2電動機とを備え、前記第2電動機のみもしくは前記第1電動機および前記第2電動機のみを稼動させて走行のための駆動力を発生させる電動車両状態と、前記内燃機関を稼動させて走行するハイブリッド車両状態とを選択的に切り替えて走行することが可能なハイブリッド車両の制御装置において、
前記クラッチ機構を作動させて前記伝達トルク容量を徐々に増大させながら前記トルク伝達経路を接続することにより、前記出力軸回転数を上昇させて前記内燃機関を始動させる第1始動手段と、
前記クラッチ機構を作動させて前記伝達トルク容量を徐々に増大させながら前記トルク伝達経路を接続するとともに前記第1電動機の出力回転数を増大することにより、前記出力軸回転数を上昇させて前記内燃機関を始動させる第2始動手段と、
前記ハイブリッド車両が前記電動車両状態で走行している際に前記ハイブリッド車両の走行状態の切り替えが要求された場合、前記ハイブリッド車両の車速および前後加速度に基づいて前記第1始動手段もしくは前記第2始動手段のいずれかを選択し、その選択した始動手段で前記内燃機関を始動させることにより、前記走行状態を前記ハイブリッド車両状態に切り替える走行状態切替手段と
を備えていることを特徴とするハイブリッド車両の制御装置。
【請求項2】
前記第1始動手段および前記第2始動手段は、いずれも、前記内燃機関の自律回転が可能な回転数の下限値として予め定めた始動可能回転数以上に前記出力軸回転数を上昇させた状態で前記内燃機関を始動させる手段を含むことを特徴とする請求項1に記載のハイブリッド車両の制御装置。
【請求項3】
前記走行状態切替手段は、前記車速が前記内燃機関の始動が可能な車速の下限値として予め定めた始動可能車速を上回っていてかつ前記前後加速度が正の値である場合に、前記第1始動手段で前記内燃機関を始動させる手段を含むことを特徴とする請求項1または2に記載のハイブリッド車両の制御装置。
【請求項4】
前記走行状態切替手段は、前記車速が前記内燃機関の始動が可能な車速の下限範囲として予め定めた始動可能車速域を上回っている場合、および前記車速が前記始動可能車速域内でありかつ前記前後加速度が正の値である場合は、前記第1始動手段で前記内燃機関を始動させることにより、前記走行状態を前記ハイブリッド車両状態に切り替え、前記車速が前記始動可能車速域内でありかつ前記前後加速度が0以下の値である場合、および前記車速が前記始動可能車速域以下である場合には、前記第2始動手段で前記内燃機関を始動させることにより、前記走行状態を前記ハイブリッド車両状態に切り替える手段を含むことを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載のハイブリッド車両の制御装置。
【請求項5】
前記内燃機関と前記第1電動機とは、前記内燃機関の動力を前記第1電動機と前記駆動輪とに分割する動力分割機構を介して相互に動力伝達が可能なように連結されていて、
前記クラッチ機構は、前記トルク伝達経路における前記動力分割機構と前記駆動輪との間に設けられている
ことを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載のハイブリッド車両の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2012−245961(P2012−245961A)
【公開日】平成24年12月13日(2012.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−121846(P2011−121846)
【出願日】平成23年5月31日(2011.5.31)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】