説明

バイオマスの湿式酸化によるギ酸の製造方法

【課題】 高温高圧水の作用を利用して、自然界に豊富に存在するバイオマスを高収率でギ酸に転換する方法であって、従来の水の超臨界状態に比べて、比較的穏やかな条件でバイオマスをギ酸に転換することができ、また、反応において高価な貴金属触媒などを必要とせず、さらに、反応溶媒として使用するのは、水だけであるから、安価であるとともに、環境にとっても負荷が少ない、バイオマスの湿式酸化によるギ酸の製造方法を提供する。
【解決手段】 バイオマスの湿式酸化によるギ酸の製造方法は、バイオマスを、アルカリ物質の濃度が0.3M以上のアルカリ性の高温高圧水中で酸化させることによって、選択的にギ酸に分解し、ギ酸を製造する。バイオマスは、デンプン、セルロース、および木粉などの植物バイオマスが好ましく、湿式酸化反応の温度は130〜350℃、湿式酸化反応の圧力は、各反応温度に対して水和が保持できる飽和蒸気圧以上の圧力が好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイオマス、特に、植物バイオマスの湿式酸化によるギ酸の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、世界的な石油資源の枯渇あるいは地球環境問題への懸念が広まっていることから、再生可能資源であるバイオマス資源の利用が注目されている。バイオマスは自然界に広く存在するが、一般的に複合資源として存在している。
【0003】
例えば、木質であれば、セルロースやヘミセルロースやリグニンなどから構成される。そのために、我々がそれらを利用するためには、使いやすい均一な状態に変換する必要がある。
【非特許文献1】「環境技術、vol.32,No,11,p842−846,(2003)」、佐々木満、後藤元信;亜・超臨界水の特性を利用した廃棄物高分子処理技術 バイオマスの転換方法として、高温高圧の水の作用が注目されており、この文献1に開示されている。水(液体)を大気圧下で加熱すると、100℃で水蒸気(気体)となる。しかし、密閉容器内で加熱すると水の蒸発が抑えられるため、水は蒸気とならず、飽和蒸気圧曲線上を上昇し、気液が共存した状態を保つ。高温高圧状態になると、水の物理化学的性質は大きく変化する。誘電率の低下は水の有機物への親和力の増大を示し、粘度や表面張力の低下は一般に反応を促進させる。また、イオン積に関しては、250℃付近で最大となり、その値は室温時の数千倍に達しており、イオン反応が起きやすいことを示している。
【非特許文献2】「Journal of Supercritica1 Fluids、vol.13,p261−268,(1998)」、Mitsuru Sasaki, Bernadr Kabyemela,Roberto Malaluan,Satoshi Hirose, Naoko Takeda, Tadafumi Adschiri, and Kunio Arai;Cellulose hydrolysis in subcritical and supercritical water この文献2には、超臨界水を反応溶媒として用いることにより、木質の構成成分であるセルロースを分解し、化学原料として回収する方法が報告されている。
【0004】
超臨界水での反応によって得られる生成物は、エリスロース、グリコールアルデヒドなどであり、還元することで、エリスリトール、エチレングリコール、グリセリンを生成し、また、これらを酸化することで、グリコール酸やシュウ酸などの有用な化学原料に転換することができる。
【非特許文献3】「高分子論文集、vol.58,No.12、p685−691」(2001)、後藤浩太郎、田端聖彦、佐々木満、阿尻雅文、新井邦夫 また、この文献3には、温度圧力を変えることで、これらの生成物収率を制御できる可能性があると報告されている。
【特許文献1】特開2004−131560号公報 特許文献1には、高温高圧水の作用を利用してバイオマスを水素に転換する方法が開示されており、この特許文献1には、バイオマスを超臨界水中で、酸素およびNi系またはRu系の貴金属触媒との接触分解を行なうことで、メタンや水素を主成分とするガスが生成すると、記載されている。
【非特許文献4】「Environ.Sci.Techno1,2005,39,1893」、F.Jin,Z.Zhou,T.Moriya,H.Kishida,H.Higashijima and H.Enomoto
【非特許文献5】「J.Mater.Sci.,2006,41,1495」、F.Jin,Z.Zhou,A.Kishita and H.Enomoto これらの文献4及び文献5には、バイオマスを有価物に転換する方法として、超臨界水の作用を利用する方法が多く報告されているが、水の超臨界状態には、374℃、22MPa以上の高温高圧条件が必要とされる。超臨界水状態においては、無機塩の析出による閉塞や装置の腐食が問題視されている。また、Ni系やRu系の触媒を使用する方法では、触媒自体が高価であるうえに、被毒による劣化が問題視されている。
【0005】
水中の有機物を酸化分解する方法として、湿式酸化法が知られている。水は大気圧下において100℃以上で蒸発してしまうが、高圧力状態で保持することによって液相を保つことができる。この状態で、液中に空気または酸素を供給することによって、液中の有機物を酸化分解することができる。湿式酸化反応の過程で、有機物は、主にギ酸や酢酸などの有機酸に分解されて、最終的には二酸化炭素と水に分解されることが報告されている。
【0006】
このことは、湿式酸化の反応温度や反応時間を適正に制御することによって、有機物をギ酸に選択的に転換できる可能性があること示している。
【非特許文献6】「Ind.Eng.Chem.Res.,1992,31,1574」、A.B.Bjerre and E.Sorensen
【非特許文献7】「AIChEJ,,1998,44,405」、N,Akiya and P.E.Savage
【非特許文献8】「J.Phys.Chem.,1998,102,5886」、P.G.Maiella and T.B.Brill
【非特許文献9】「lnd.Eng.Chem.Res.,1998,37,2」、J.Yu and P.E.Savage これらの文献6〜文献9には、ギ酸は、化学試薬の原料になるだけでなく、脱炭酸反応によって水素に転換できることが報告されているため、利用価値の高い資源である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、例えば、上記文献4と5に記載の従来法によれば、バイオマスを有価物に転換する方法として、超臨界水の作用を利用しているが、水の超臨界状態には、374℃、22MPa以上の高温高圧条件が必要とされ、このような超臨界水状態においては、無機塩の析出による閉塞や、装置の腐食が問題視されている。また、Ni系やRu系の触媒を使用する方法では、触媒自体が高価であるうえに、被毒による劣化が問題視されている。
【0008】
本発明の目的は、上記の従来技術の問題を解決し、高温高圧水の作用を利用して、自然界に豊富に存在するバイオマスを高収率でギ酸に転換する方法であって、従来の水の超臨界状態に比べて、比較的穏やかな条件でバイオマスをギ酸に転換することができ、また、反応において高価な貴金属触媒などを必要とせず、さらに、反応溶媒として使用するのは、水だけであるから、環境にとっても負荷が少なく、化学原料や水素の原料として有効利用できるギ酸を、バイオマスの湿式酸化によって安価に製造し得る方法を提供しようとすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記の点に鑑み鋭意研究を重ねた結果、バイオマスを、アルカリ性の水中で、例えば130〜350℃の範囲で、比較的穏やかな条件で、湿式酸化反応させることによって、高い転換率で、ギ酸に転換できる方法を見出し、特に、グルコースを対象とした場合、炭素ベースで75%という高い転換率で、ギ酸に転換することができる方法を見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
上記の目的を達成するために、請求項1のバイオマスの湿式酸化によるギ酸の製造方法の発明は、バイオマスを、アルカリ物質の濃度が0.3M以上のアルカリ性の高温高圧水中で酸化させることによって、選択的にギ酸に分解し、ギ酸を製造することを特徴としている。
【0011】
請求項2の発明は、請求項1に記載のバイオマスの湿式酸化によるギ酸の製造方法であって、バイオマスが、デンプン、セルロース、および木粉よりなる群の中から選ばれた少なくとも1種の植物バイオマスであることを特徴としている。
【0012】
なお、バイオマスは、自然界に存在する動物/植物類、あるいは石油由来の原料であるが、特にデンプンやセルロースなどグルコースから構成される植物類が好ましい。
【0013】
請求項3の発明は、請求項1または2に記載のバイオマスの湿式酸化によるギ酸の製造方法であって、酸化反応の温度が、130〜350℃であることを特徴としている。
【0014】
請求項1または2に記載のバイオマスの湿式酸化によるギ酸の製造方法において、高温度とは、130〜350℃であるが、好ましくは200〜300℃である。
【0015】
請求項4の発明は、請求項1〜3のうちのいずれか一項に記載のバイオマスの湿式酸化によるギ酸の製造方法であって、酸化反応の圧力が、各反応温度に対して、水相が保持できる飽和蒸気圧以上の圧力であることを特徴としている。
【0016】
請求項5の発明は、請求項4に記載のバイオマスの湿式酸化によるギ酸の製造方法であって、酸化反応の圧力が、0.2〜16.0MPa(130〜350℃の飽和蒸気圧)、好ましくは1.0〜10.0MPaであることを特徴としている。
【0017】
請求項6の発明は、請求項1〜5のうちのいずれか一項に記載のバイオマスの湿式酸化によるギ酸の製造方法であって、バイオマスの酸化反応に、酸素、空気、および過酸化水素よりなる群の中から選ばれた少なくとも1種の酸化剤を使用し、酸化剤の供給量が、バイオマスを完全に燃焼させるときに化学量論的に必要とする酸素量を100%とした場合、50〜200%であることを特徴としている。
【0018】
なお、酸素供給量は、バイオマスを完全に燃焼させるとき、化学量論的に必要とする酸素量を100%とした場合、50〜200%であり、好ましくは100〜150%である。
【0019】
請求項7の発明は、請求項1〜6のうちのいずれか一項に記載のバイオマスの湿式酸化によるギ酸の製造方法であって、アルカリ物質として、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、炭酸カルシウム、炭酸ナトリウム、およびアンモニアよりなる群の中から選ばれた少なくとも1種の水中でOH基を発生する物質を使用し、アルカリ物質の濃度が、0.3〜10.0M、好ましくは1.0〜5.0Mであり、アルカリ性高温高圧水のpHが、10以上、好ましくは12〜14であることを特徴としている。
【発明の効果】
【0020】
請求項1のバイオマスの湿式酸化によるギ酸の製造方法の発明は、バイオマスを、アルカリ物質の濃度が0.3M以上のアルカリ性の高温高圧水中で酸化させることによって、選択的にギ酸に分解し、ギ酸を製造するもので、請求項1の発明によれば、バイオマスを高温高圧水中で湿式酸化分解することによって、高収率で、ギ酸に転換することができるという効果を奏する。このように、自然界に広く存在するバイオマスをギ酸に転換することによって、化学原料としてだけでなく、水素原料としても、有効利用できるという効果を奏する。
【0021】
請求項2の発明は、請求項1に記載のバイオマスの湿式酸化によるギ酸の製造方法であって、バイオマスが、デンプン、セルロース、および木粉よりなる群の中から選ばれた少なくとも1種の植物バイオマスであるもので、請求項2の発明によれば、自然界に広く存在するバイオマスをギ酸に転換することによって、化学原料としてだけでなく、水素原料としても、有効利用できるという効果を奏する。
【0022】
請求項3の発明は、請求項1または2に記載のバイオマスの湿式酸化によるギ酸の製造方法であって、酸化反応の温度が、130〜350℃、好ましくは200〜300℃であるもので、請求項3の発明によれば、比較的穏やかな条件でバイオマスをギ酸に転換することができ、しかも、反応において高価な貴金属触媒などを必要とせず、さらに、反応溶媒として使用するのは、水だけであるから、安価であるとともに、環境にとっても負荷の少ないという効果を奏する。
【0023】
請求項4の発明は、請求項1〜3のうちのいずれか一項に記載のバイオマスの湿式酸化によるギ酸の製造方法であって、酸化反応の圧力が、各反応温度に対して、水相が保持できる飽和蒸気圧以上の圧力であるもので、請求項4の発明によれば、比較的穏やかな条件でバイオマスをギ酸に転換することができ、しかも、反応において高価な貴金属触媒などを必要とせず、さらに、反応溶媒として使用するのは、水だけであるから、安価であるとともに、環境にとっても負荷の少ないという効果を奏する。
【0024】
請求項5の発明は、請求項4に記載のバイオマスの湿式酸化によるギ酸の製造方法であって、酸化反応の圧力が、0.2〜16.0MPa(130〜350℃の飽和蒸気圧)であるもので、請求項5の発明によれば、比較的穏やかな条件でバイオマスをギ酸に転換することができ、しかも、反応において高価な貴金属触媒などを必要とせず、さらに、反応溶媒として使用するのは、水だけであるから、環境にとっても負荷の少ないという効果を奏する。
【0025】
請求項6の発明は、請求項1〜5のうちのいずれか一項に記載のバイオマスの湿式酸化によるギ酸の製造方法であって、バイオマスの酸化反応に、酸素、空気、および過酸化水素よりなる群の中から選ばれた少なくとも1種の酸化剤を使用し、酸化剤の供給量が、バイオマスを完全に燃焼させるときに化学量論的に必要とする酸素量を100%とした場合、50〜200%、好ましくは100〜150%であるもので、請求項6の発明によれば、自然界に広く存在するバイオマスを、高収率で、ギ酸に転換することができるという効果を奏する。このように、自然界に広く存在するバイオマスをギ酸に転換することによって、化学原料としてだけでなく、水素原料としても、有効利用できるという効果を奏する。
【0026】
請求項7の発明は、請求項1〜6のうちのいずれか一項に記載のバイオマスの湿式酸化によるギ酸の製造方法であって、アルカリ物質として、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム水酸化カルシウム、炭酸カルシウム、炭酸ナトリウム、およびアンモニアよりなる群の中から選ばれた少なくとも1種の水中でOH基を発生する物質を使用し、アルカリ物質の濃度が、0.3〜10.0M、好ましくは1.0〜5.0Mであり、アルカリ性高温高圧水のpHが、10以上、好ましくは12〜14であるもので、請求項7の発明によれば、高温高圧水をアルカリ性にすることによって、ギ酸への転換率を大幅に向上させることができるという効果を奏する。
【0027】
このように、本発明のバイオマスの湿式酸化によるギ酸の製造方法によれば、反応温度、反応時間、水溶液のpHを適切に制御することによって、ギ酸への転換率を大幅に向上させることができるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
つぎに、本発明の実施の形態を、図面を参照して説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0029】
本発明によるバイオマスの湿式酸化によるギ酸の製造方法は、バイオマスを、アルカリ物質の濃度が0.3M以上のアルカリ性の高温高圧水中で酸化させることによって、選択的にギ酸に分解し、ギ酸を製造するものである。
【0030】
バイオマスは、自然界に存在する動物/植物類、あるいは石油由来の原料であるが、バイオマスとしては、デンプン、セルロース、および木粉よりなる群の中から選ばれた少なくとも1種の植物バイオマスであるのが好ましく、特に、デンプンやセルロースなどグルコースから構成される植物類が好ましい。
【0031】
湿式酸化によるギ酸の製造方法では、酸化反応の温度が、130〜350℃、好ましくは200〜300℃である。
【0032】
また、酸化反応の圧力は、各反応温度に対して、水相が保持できる飽和蒸気圧以上の圧力であれば良く、湿式酸化装置の運転においては、各反応温度に対して、水相が保持できる飽和蒸気圧以上の圧力に設定すれば良い。
【0033】
バイオマスの酸化反応には、酸素、空気、および過酸化水素よりなる群の中から選ばれた少なくとも1種の酸化剤を使用し、酸化剤の供給量が、バイオマスを完全に燃焼させるときに化学量論的に必要とする酸素量を100%とした場合、50〜200%、好ましくは100〜150%である。
【0034】
このように、本発明での酸化剤の供給量は、原料であるバイオマスが化学量論的に必要とする酸素量を100%とした場合、50%〜200%と明確に示している。酸素量を、水中に存在するバイオマスの量によって一意的に算出できるため、これによって、水中に供給するバイオマスの濃度がどのような範囲で存在していても、適切な酸素供給量を決定することができる。
【0035】
ここで、酸化剤の供給量が50%未満であれば、グルコースやセルロースなどの一部は脱水反応が進行して、その脱水生成物であるフルフラールや、5−ヒドロキシメチルフルフラールが生成してしまうので、好ましくない。
【0036】
フルフラールや5−ヒドロキシメチルフルフラールの湿式酸化反応を研究した結果、これらからは、ギ酸よりも酢酸の方が選択的に生成されることを見出した。したがって、ギ酸の製造を目的とした場合、酸素供給量が50%未満の場合は、ギ酸収率およびギ酸純度が低下してしまい、好ましくない。一方、酸素供給量が200%を越えた場合、ギ酸収率の観点では特に問題はないが、酸化剤が無駄に消費されてしまうため、経済的に好ましくない。
【0037】
本発明によるバイオマスの湿式酸化によるギ酸の製造方法においては、アルカリ物質として、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、炭酸カルシウム、炭酸ナトリウム、およびアンモニアよりなる群の中から選ばれた少なくとも1種の水中でOH基を発生する物質を使用し、アルカリ物質の濃度が、0.3〜10.0M、好ましくは1.0〜5.0Mであり、アルカリ性高温高圧水のpHが、10以上、好ましくは12〜14であるものが好ましい。
【0038】
ところで、非特許文献である「資源素材春季大会講演集」(2005,p191−192,閻秀懿著)には、アルカリを添加することによって、高温高圧水のイオン反応性は増加し、結晶性の強固なセルロースの分解を促進できることが、報告されている。
【0039】
本発明のバイオマスの湿式酸化によるギ酸の製造方法では、アルカリ添加の目的はあくまでも、ギ酸の湿式酸化分解の防止にあり、加水分解を目的とした方法とは根本的に異なるものである。
【0040】
すなわち、本発明らは、バイオマスの湿式酸化による有機酸の選択的製造方法について研究を重ねた結果、アルカリ物質を高濃度で添加することによって、バイオマスの湿式酸化分解は進行するが、バイオマスの湿式酸化分解で生成した目的とする有機酸の湿式酸化分解は抑制されるという現象を見出すに至ったものである。
【0041】
これまでの湿式酸化分解は、分解し難い有機物を水熱酸化雰囲気で分解する条件の探索に注視されており、本発明のように、湿式酸化分解後に生成する目的とする有機酸の分解を抑制するような条件の検討は殆ど行われていなかった。
【0042】
有機酸の湿式酸化分解が抑制される原因は、ナトリウムイオンなどのアルカリ金属イオン(正電荷)が有機酸イオン(負電荷)と電子的に引き合い、周囲を取り囲むことによって、ギ酸などの有機酸を酸化剤からの攻撃から守っていることなどが考えられる。
【0043】
一方、セルロースやグルコースなどの電子的に中性の有機物質は、このような効果が無いために、高濃度のアルカリであっても、アルカリの影響を大きく受けずに湿式酸化分解されるものと考えられる。
【0044】
本発明は、このような発想、考察にもとづき、これまでには検討されていなかったアルカリ濃度0.3M以上の高アルカリ条件におけるバイオマスの湿式酸化分解機構および、分解により生成する有機酸の高アルカリ湿式酸化条件下での挙動を明らかにすることで、特に、1M以上の高濃度のアルカリ物質を添加によるバイオマスの湿式酸化分解により、一旦生成したギ酸の湿式酸化分解をほとんど抑制できる反応および条件を見出し、これまでには不可能であったバイオマスの湿式酸化分解によりギ酸を高収率かつ選択的に製造できることを明らかとし、本発明を完成するに至ったものである。
【0045】
ここで、アルカリ物質の濃度が、0.3M未満であれば、生成したギ酸が酸化剤によって酸化されてしまい、ギ酸収率が低下する(後述する図8参照)。また、アルカリによるギ酸の酸化防止効果があまり期待できない。またアルカリ物質の濃度が、10M越えて、アルカリ濃度が高すぎると、酸化剤の溶解度が低下して、バイオマスの湿式酸化分解を阻害するとともに、反応器材質のアルカリ腐食も著しくなるので、好ましくない。
【0046】
なお例えば、グルコースの湿式酸化反応においては、水酸化ナトリウムの添加量が0〜0.2Mの場合、ギ酸の収率は25%以下であるが、1Mの水酸化ナトリウムを添加することによってギ酸の収率は約75%に向上する。
【0047】
このように、本発明のバイオマスの湿式酸化によるギ酸の製造方法によれば、高温高圧水をアルカリ性にするとともに、反応温度、反応時間、水溶液のpHを適切に制御することによって、ギ酸への転換率を大幅に向上させることができ、このように、自然界に広く存在するバイオマスをギ酸に転換することによって、化学原料としてだけでなく、水素原料として、有効利用できるものである。
【実施例】
【0048】
以下、本発明の実施例を説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0049】
実施例1
(実験試薬)
反応の対象とするバイオマス試薬として、Dグルコースを使用し、酸化剤としては、過酸化水素を使用し、また、アルカリ試薬としては、水酸化ナトリウムまたは水酸化カリウム(NaOH/KOH)を使用した。
【0050】
(実験方法)
図1に、実験に使用した反応器(1)の概略を示した。反応器(1)は、SUS316製の管状であり、両端をSUS316製のキャップ(1a)(1a)により密閉することができる。反応器(1)およびキャップ(1a)(1a)は、共にSwagelok杜製である。反応器(1)の寸法は、外径9.4mm、肉厚1mm、長さ120mmであり、容量は約5.7cmである。反応器(1)の温度制御には、図2に示すような溶融塩恒温槽(2)を使用した。
【0051】
反応器(1)に、0.07gのグルコースと、1.7cmの過酸化水素/水酸化ナトリウム/水の混合液を入れて密閉した後、所定温度に保たれた図2に示す溶融塩恒温槽(2)に浸した。溶融塩恒温槽(2)内は攪拌機(3)によって攪拌して、温度を均等に保持するとともに、カートリッジヒータ(4)および熱電対(温度センサ)(5)により溶融塩恒温槽(2)内の温度制御を行なった。また、反応液がよく混合されるように、反応器(1)をよく振とうした。所定時間経過後、反応器(1)をただちに冷水に浸して、急速冷却した。
【0052】
反応生成物は、ガスマスクロマトグラフイー(GC/MS)、および高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により定性/定量分析した。
【0053】
反応液は、塩酸で適正pHに中和してから、各種分析装置で分析した。GC/MS分析には、HP−INNOWAXキャピラリーカラム(30m×0.25mm、φ0.25μm)を使用した。また、HPLC分析において、検出器は、UV検出器(210nm)、カラムは、RSpak KC−811(SHODEX社製)を使用した。
【0054】
(実験結果)
グルコースからギ酸への転換実験
本発明による湿式酸化によって、グルコースをギ酸へ転換する方法において、アルカリ濃度(NaOH/KOH濃度の影響)の影響を調べた。
【0055】
反応条件は、温度250℃、時間60sec、圧力6.2MPa(飽和蒸気圧)、酸素供給量120%である。ギ酸収率は、供給したグルコースおよび生成したギ酸中の炭素重量を基準に計算した収率である。酸素供給量は、化学量論的に必要とされる酸素量を100%とした。実験結果を図3に示した。
【0056】
図3の結果から明らかなように、アルカリを加えないときは、ギ酸収率は25%程度であるが、アルカリ濃度の増加とともに、ギ酸収率は増加して、アルカリ濃度が1.25Mのとき、ギ酸収率は70〜75%に達した。
【0057】
こうして、アルカリを加えることによって、高収率でグリコースをギ酸に転換できることが分かった。
【0058】
(ギ酸の純度)
つぎに、本発明による湿式酸化によってグルコースから生成される物質について調べた。
【0059】
図4に、酸化液中の反応生成物の高速液体クロマトグラフィー(HPLC)による定性/定量分析結果を示した。
【0060】
図4のグルコースをアルカリ条件下で湿式酸化したときの反応生成物のHPLCによる分析結果から、明らかなように、酸化液中には、ギ酸の他に、乳酸、酢酸、プロピオン酸およびアクリル酸などが検出されたが、それらの生成量は少なかった。酸化液中の炭素原子は、95%がギ酸として存在していることが分かった。また、反応によって生成したガス成分を分析した結果、ほとんどが二酸化炭素であった。このことから、グルコースをアルカリ条件下で湿式酸化することによって、選択的に、ギ酸と二酸化炭素に転換されたことが分かった。
【0061】
(アルカリを添加しないとき)
また、アルカリを添加しないときの、グルコースからのギ酸の転換率について調べた。
【0062】
図5は、アルカリを添加せずに、反応温度を200℃、250℃、および300℃に変化させたときのギ酸収率の変化を示すものである。
【0063】
反応温度250℃、反応時間60secのとき、ギ酸収率は最大で24%であった。アルカリがない場合、アルカリがあるときと比較して、ギ酸収率がかなり低下することが分かった。
【0064】
(酸素供給量の影響)
つぎに、本発明による湿式酸化において、酸素供給量の影響を調べた。
【0065】
ところで、酸素供給量が不足する場合、水熟反応によって脱水反応が進行して、グルコースからは、5−HMFやフルフラールが生成されることが知られている〔F.JIN,Z.ZHOU,T,MORIYA,H.KISHIDA,H.HIGASHIJIMA and H.ENNOMOT0,Environ.Sci.Techno1,,39(2005)1893参照〕。これらを湿式酸化すると、主に酢酸を生成するため、ギ酸の収率は高くならない。そのため、酸素は過剰に供給した。
【0066】
図6に、グルコースのギ酸収率に及ぼす酸素供給量の効果を調べた結果を示した。
【0067】
図6の結果から明らかなように、酸素供給量を100〜140%まで変化させたが、ギ酸収率に対しては大きな影響は無かった。
【0068】
(アルカリの添加によってギ酸収率が増加する原因)
図7に、アルカリを添加しないときのギ酸の湿式酸化分解への酸素供給量の影響を示す。また、図8にギ酸の湿式酸化分解に及ぼすアルカリの影響を示す。反応条件は、いずれも温度260℃、時間60secである。
【0069】
ギ酸は、酸素がない水熱反応に対しては、比較的安定であるが、酸素が存在する湿式酸化に対しては、比較的不安定で、約60%が分解してしまう。
【0070】
しかし、図8に示すように、酸素が存在していても、アルカリ濃度が増すにつれて、ギ酸の分解率が低下することがわかる。NaOH濃度が1.0Mのとき、酸素供給量が200%であっても、ギ酸はほとんど分解されなかった。
【0071】
このことから、アルカリの添加によってギ酸収率が大幅に増加する原因は、アルカリがギ酸の湿式酸化分解を防止するからであると、考えられる。
【0072】
本発明のバイオマスの湿式酸化によるギ酸の製造方法によると、比較的穏やかな条件下で高価な触媒を使用することなく、バイオマスを、高収率でギ酸に転換することができる。上記のように、特にグルコースを対象とした場合、反応温度250℃、反応時間60秒、pH14で、75%の転換率で、ギ酸を得ることができる。副生成するバイオマスは、僅かの有機酸類であり、純度95%の比較的純粋なギ酸を得ることができる。ギ酸は、化学原料としてあるいは水素源として有効に利用される。本発明の方法によれば、自然界に豊富に存在するバイオマスを、利用しやすい形態に容易に転換することができる。
【0073】
実施例2〜10及び比較例2〜10
上記実施例1の場合と同様に実施して、本発明の方法によりギ酸の生成実験を行なうが、反応の対象とするバイオマス試薬として、Dグルコースの代わりに、デンプン、セルロース、および杉木粉を使用した。これらは、いずれも、自然界に豊富に存在する資源である。
【0074】
実施例2〜10の実験条件は、温度200〜250℃、時間60sec、酸素供給量120%であり、アルカリは、1MのNaOHを添加した。これに対し、比較例2〜10の実験条件は、温度200〜250℃、時間60sec、酸素供給量120%は、同じであるが、アルカリは添加しなかった。表1に、湿式酸化によるギ酸の生成実験の結果をまとめて示した。
【表1】

【0075】
上記表1の結果から明らかなように、本発明の実施例2〜10のアルカリ条件下での湿式酸化実験では、いずれの試料も50〜65%の高い選択率で、ギ酸に転換することができた。これに対し、比較例2〜10のアルカリを添加しない場合では、いずれの試料も20%以下であり、ギ酸を選択的に生成させるためには、アルカリ性の条件が必要であることが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0076】
【図1】本発明によるバイオマスの湿式酸化によるギ酸の製造方法に用いる反応容器の概略正面図である。
【図2】同バイオマスの湿式酸化によるギ酸の製造方法を実施する溶融塩恒温槽の概略図である。
【図3】本発明の湿式酸化によるグルコースからのギ酸収率の結果を示すグラフである。
【図4】本発明の方法によりグルコースをアルカリ条件下で湿式酸化したときの反応生成物の高速液体クロマトグラフィー(HPLC)分析の結果を示すグラフである。
【図5】湿式酸化によるグルコースからのギ酸収率(アルカリを添加しないとき)の結果を示すグラフである。
【図6】本発明の湿式酸化によるグルコースからのギ酸収率(酸素供給量の影響)の結果を示すグラフである。
【図7】ギ酸の湿式酸化分解への酸素供給量の影響の結果を示すグラフである。
【図8】ギ酸の湿式酸化分解に及ぼすアルカリの影響の結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0077】
1:反応器
1a:キャップ
2:溶融塩恒温槽
3:攪拌機
4:カートリッジヒータ
5:熱電対(温度センサ)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
バイオマスを、アルカリ物質の濃度が0.3M以上のアルカリ性の高温高圧水中で酸化させることによって、選択的にギ酸に分解し、ギ酸を製造することを特徴とする、バイオマスの湿式酸化によるギ酸の製造方法。
【請求項2】
バイオマスが、デンプン、セルロース、および木粉よりなる群の中から選ばれた少なくとも1種の植物バイオマスである、請求項1に記載のバイオマスの湿式酸化によるギ酸の製造方法。
【請求項3】
酸化反応の温度が、130〜350℃であることを特徴とする、請求項1または2に記載のバイオマスの湿式酸化によるギ酸の製造方法。
【請求項4】
酸化反応の圧力が、各反応温度に対して、水相が保持できる飽和蒸気圧以上の圧力であることを特徴とする、請求項1〜3のうちのいずれか一項に記載のバイオマスの湿式酸化によるギ酸の製造方法。
【請求項5】
酸化反応の圧力が、0.2〜16.0MPaであることを特徴とする、請求項4に記載のバイオマスの湿式酸化によるギ酸の製造方法。
【請求項6】
バイオマスの酸化反応に、酸素、空気、および過酸化水素よりなる群の中から選ばれた少なくとも1種の酸化剤を使用し、酸化剤の供給量が、バイオマスを完全に燃焼させるときに化学量論的に必要とする酸素量を100%とした場合、50〜200%であることを特徴とする、請求項1〜5のうちのいずれか一項に記載のバイオマスの湿式酸化によるギ酸の製造方法。
【請求項7】
アルカリ物質として、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、炭酸カルシウム、炭酸ナトリウム、およびアンモニアよりなる群の中から選ばれた少なくとも1種の物質を使用し、アルカリ物質の濃度が、0.3〜10.0Mであり、アルカリ性高温高圧水のpHが、10以上であることを特徴とする、請求項1〜6のうちのいずれか一項に記載のバイオマスの湿式酸化によるギ酸の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−273915(P2008−273915A)
【公開日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−122674(P2007−122674)
【出願日】平成19年5月7日(2007.5.7)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2006年11月7日〜8日 国立大学法人 東北大学主催の「4th International Workshop on WATER DYNAMICS(第4回 水のダイナミクスに関する国際ワークショップ)」に文書をもって発表
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【出願人】(000222037)東北電力株式会社 (228)
【出願人】(000005119)日立造船株式会社 (764)
【Fターム(参考)】