説明

ヒアルロン酸及び/又はその塩の含有液の脱泡方法

【課題】分子量150万〜400万のヒアルロン酸及び/又はその塩を含有する注射液の大量スケールでの製造を可能にするにあたり、ヒアルロン酸類の含有液を脱泡する方法を提供する。
【解決手段】ヒアルロン酸及び/又はその塩を注射用水、生理食塩水、及びリン酸緩衝生理食塩水から選ばれた一種の注射用溶解液に溶解する方法にあたり、撹拌槽の内部圧を大気圧以下に減圧することを特徴とするヒアルロン酸及び/又はその塩の含有液の脱泡方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、「ヒアルロン酸及び/又はその塩」の含有液から、医薬品に適合した「ヒアルロン酸及び/又はその塩」(以下、総称してヒアルロン酸類という)の注射液を製造するにあたり、ヒアルロン酸類の含有液を脱泡する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ヒアルロン酸は、N−アセチル−D−グルコサミンとD−グルクロン酸とが結合した2糖単位がくりかえし連鎖してなる、分子量が500万にもおよぶと言われている高分子量の多糖類である。一般に、そのグルクロン酸がナトリウム塩の形となったヒアルロン酸ナトリウムとして分離精製される。分子量約200万のヒアルロン酸ナトリウムは、分子量約80万のものに比べて医薬品として、変形性膝関節症、肩関節周囲炎、慢性関節リウマチ等の治療に優れた効果を発揮することが知られている(薬理と治療 Vol.22 No.9 289(1994);薬理と治療 Vol.22 No.9 319(1994))。
【0003】
更に、外科手術後の癒着防止用として、また皮膚科領域、眼科領域においても医薬品としての効果が知られており、実用化されているものもある。微生物発酵法により製造されるヒアルロン酸ナトリウムは、ある種のストレプトコッカス属を用いて培養し、得られた培養液を希釈し、種々の精製工程を経て、粉末状で取得される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】薬理と治療 Vol.22 No.9 289(1994)
【非特許文献2】薬理と治療 Vol.22 No.9 319(1994)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
微生物発酵法によれば、ヒアルロン酸ナトリウムを高分子量のまま精製取得することができるが、ヒアルロン酸ナトリウム注射液を大量製造するに際しては、種々の困難な問題があった。
即ち、高分子量のヒアルロン酸ナトリウムの溶解を短時間で効率よく行うことが難しいこと、該溶液の粘度が非常に高いため取り扱いにくいこと、更に熱等に不安定でろ過あるいは滅菌が難しいこと等である。
従って、高分子量のヒアルロン酸ナトリウム注射液を大量に製造する方法については、明らかにされていなかった。
【0006】
本発明者は、ヒアルロン酸類の含有液を注射液として大量に製造するにあたり、ヒアルロン酸類の含有液を脱泡する方法について鋭意研究を重ねた結果、本発明を完成した。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は以下に記す方法に関するものである。
即ち、
(1)ヒアルロン酸類を注射用水、生理食塩水、及びリン酸緩衝生理食塩水から選ばれた一種の注射用溶解液に溶解する方法にあたり、撹拌槽の内部圧を大気圧以下に減圧することを特徴とするヒアルロン酸類の含有液の脱泡方法、(2)ヒアルロン酸類の含有液を注射用容器及び/又はバイアルに充填するにあたり、撹拌槽の内部圧を大気圧以下に減圧することを特徴とするヒアルロン酸類の含有液の脱泡方法、(3)脱泡処理時の撹拌槽の内部圧力を5〜20kPa absに減圧する(1)又は(2)記載のヒアルロン酸類の含有液の脱泡方法、(4)脱泡処理時のヒアルロン酸類の含有液の濃度が7.5〜12.5g/lである(3)記載のヒアルロン酸類の含有液の脱泡方法、(5)ヒアルロン酸類が、平均分子量150万〜400万であることを特徴とする(1)〜(4)のいずれかに記載のヒアルロン酸類の含有液の脱泡方法、(6)ヒアルロン酸類が、ストレプトコッカス・エクイFM−100を用いて、発酵法により製造されるものであることを特徴とする(1)〜(4)のいずれかに記載のヒアルロン酸類の含有液の脱泡方法、(7)ヒアルロン酸類が、ストレプトコッカス・エクイFM−300を用いて、発酵法により製造されるものであることを特徴とする(1)〜(4)のいずれかに記載のヒアルロン酸類の含有液の脱泡方法である。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、分子量150万〜400万のヒアルロン酸類注射液の大量スケールでの製造が可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、更に本発明について詳しく説明する。
本発明に用いられるヒアルロン酸類は、ヒアルロン酸、ヒアルロン酸の塩、又はヒアルロン酸とヒアルロン酸の塩との混合物を包含している。ヒアルロン酸類は、遊離の形でもよく又その塩でもよく例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、リチウム塩等が挙げられるが、ナトリウム塩が好ましい。更に本発明で使用するヒアルロン酸類含有液は動物組織から抽出したものでも、また発酵法で製造したものでも使用できる。好ましくは、発酵法で製造したものである。
【0010】
発酵法によるヒアルロン酸類は例えばストレプトコッカス属のバクテリアを使用して既知の方法で得ることができる。
【0011】
発酵法で使用する菌株は自然界から分離されるストレプトコッカス属等のヒアルロン酸生産能を有する微生物、又は特開昭63−123392号公報に記載したストレプトコッカス・エクイFM−100(微工研菌寄第9027号)、特開平2−234689号公報に記載したストレプトコッカス・エクイFM−300(微工研菌寄第2319号)のような高収率で安定にヒアルロン酸を生産する変異株が望ましい。
上記の変異株を用いて培養、精製されたものが用いられる。
【0012】
本発明に使用されるヒアルロン酸類の分子量は150万〜400万のものが適している。平均分子量が150万〜400万より小さい場合には医薬品としての効能が低下する。また、該範囲より大きいものをこの方法で得ることは、困難である。
【0013】
ヒアルロン酸類を溶解する工程で用いる注射用溶解液としては、注射用水、生理食塩水及びそれに酸、アルカリ、リン酸塩のような緩衝剤を含むpH調整剤等を加えた日本薬局方の製剤総則注射剤の項で、認められているものを使用することができる。
【0014】
溶解工程でのヒアルロン酸類の添加量としては、ヒアルロン酸類濃度が7.5〜12.5g/lとなるように設定する。ヒアルロン酸類濃度7.5g/l以下では、ヒアルロン酸類溶液の粘度は低く、製造が容易である。また12.5g/l以上は、ヒアルロン酸類の溶解度から大量に調製することは難しい。高粘度の溶液となるヒアルロン酸類濃度7.5〜12.5g/lが本発明の製造条件に該当する。
【0015】
溶解するヒアルロン酸類はバルブ付の気密容器に充填しておく。投入シュートの角度は、50°以上の急勾配にしてあり、それは該容器を逆さにして、ヒアルロン酸類を投入するとき、ロスが少ないようにするためである。
【0016】
バルブは、バタフライ弁を用い、その切り換えによりヒアルロン酸類を外気にふれさせることなく、無菌的に溶解用の撹拌槽に添加することができる。このバルブ付の気密容器の内面の材質は、ステンレス鋼もしくはそのテフロン(登録商標)コーティングしたものが好ましい。
従って、該容器は、洗浄性がよく、更に取り扱いが簡便である。
【0017】
溶解には、撹拌装置を具備した撹拌槽を使用する。ヒアルロン酸類の注射用溶解液への溶解性がよくないことと、溶液が高粘度であることから、撹拌装置としては、タービン型及び/またはディスパー型の撹拌羽根を有するものが好ましく、しかも羽根は偏芯させた位置に取り付けるのが特に溶解速度を速めるのに効果がある。
【0018】
撹拌羽根は一段もしくは多段にしてもよい。該撹拌羽根の回転数は100〜5000rpm、好ましくは、800〜2000rpmが適当である。回転数が該範囲より小さい場合は、ヒアルロン酸類の注射用溶解液への浸透が悪く、完全に溶解するまでに長時間を要する。回転数が該範囲より大きい場合はヒアルロン酸類の注射用溶解液への分散が不良になり、撹拌槽内の界面上部への飛散が大きくなり、溶解が円滑に進まない。好ましい回転数であれば、溶解速度を上げるために撹拌槽外部から加温をする必要はなく、短時間で、溶解することができる。このように短時間で穏和な条件で溶解できるため、ヒアルロン酸類の分子量低下のような物性変化は少ない。
【0019】
溶解操作に於て、適宜撹拌槽内を減圧することが好ましい。それはヒアルロン酸類及び液中の気泡を除去するためで、溶解速度を速めるためにも有効である。
ヒアルロン酸類溶液は高粘度であるが、その脱泡のために真空ポンプ等の通常の減圧手段を用い、5〜20kPa abs程度まで減圧するのが好ましい。温度を上げたり、溶液の撹拌を併用して行うとさらに効果が上がる。
【0020】
溶解用撹拌槽内面の材質は、食塩水に対する耐食性、溶解後の内面の洗浄性などから、ステンレス、ガラス、テフロン(登録商標)等が挙げられるが、ヒアルロン酸類溶液の材質表面への付着の点から、テフロン(登録商標)、テフロン(登録商標)ライニングまたはテフロン(登録商標)コーティングが好ましい。テフロン(登録商標)は他の材質に比べ、ヒアルロン酸類溶液の付着が少ないので、撹拌槽から溶解液を排出したり、撹拌槽を洗浄するのに適している。
【0021】
ヒアルロン酸類溶液の滅菌は、異物除去の前、又はバイアル等の容器に充填した後で行う。
【0022】
本発明において異物ろ過はろ過処理により行われる。ろ過で使用されるろ過膜は孔径0.2〜50μmが好ましい。孔径がその範囲より小さい場合は、前工程で得られた滅菌液が非常に高粘度液のため膜を通液させるのが困難であり、また孔径がその範囲より大きい場合は、異物ろ過が不完全になり、注射液中に目視で判別できる不溶性異物が混在するので好ましくない。
【0023】
ろ過膜の材質はポリテトラフルオロエチレン、ポリエステル、テフロン(登録商標)、ポリプロピレン、ポリフッ化ビニリデン及びナイロン等の中から選定できるが、ポリフッ化ビニリデン、ポリプロピレン又はナイロンが好ましい。
【0024】
ろ過膜の形状としては、平膜、フィルターカートリッジ、ディスポーザブルフィルターのいずれも可能であるが、大量に処理する場合には、フィルターカートリッジ又はディスポーザブルフィルターが好ましい。
【0025】
本発明で使用できるろ過膜の具体例としては日本ミリポア社製ミリパックやデュラポアミリディスク等がある。
【0026】
ヒアルロン酸類含有液のpHは2〜10、温度は5〜100℃の中で任意の条件が選択される。通液時の流量及び圧力については、フィルターの種類に応じて耐圧性を考慮して設定するが、圧力をかけるとフィルターから異物が流出することもあるので注意しなければならない。日本ミリポア社製ミリディスク40では、流速50〜300l/hr、処理圧0.01〜0.50MPaが好ましい。ろ過液は注射用溶解液で希釈し、濃度調整することもできる。
【0027】
充填工程で使用される充填機としては、ヒアルロン酸類溶液を容器に充填する部分と充填後の容器にゴム栓を打栓あるいは容器を熔封する密封部分からなる充填機が使用される。
【0028】
注射液用容器としては、一般のアンプル、バイアル、デュファージョクト型やプレフィルドシリンジが使用できる。
【0029】
次に、実施例により、本発明につき詳細に説明するが、本発明は、この実施例の記載内容に限定されるものではない。
【実施例】
【0030】
実施例1
ストレプトコッカス・エクイFM−100(微工研菌寄第9027号)を用いて発酵法で得られた分子量237万のヒアルロン酸ナトリウム1580gを20lのバタフライ弁のついた気密容器に充填した。内面がテフロン(登録商標)コーティングされているステンレス製の容量200lの溶解槽にタービン型の撹拌羽根を内割で1:2の位置に取付け、pH7.3の2mMリン酸ナトリウム緩衝液を含む生理食塩液(注射用溶解液)149lを溶解槽に仕込んだ。前述のヒアルロン酸ナトリウムを充填した容器を溶解槽の原末投入口に逆さにとりつけ、バタフライ弁を開き、ヒアルロン酸ナトリウムを溶解槽中に投入した。1800rpmで撹拌を50分間行い、ヒアルロン酸ナトリウムを完全に溶解した。液中の気泡を除去するため、溶解槽内圧力を20分間、真空度15kPa abs以下に維持し気泡を除去した後、常圧に戻した。この溶液のヒアルロン酸ナトリウム濃度をカルバゾール硫酸法により測定したところ、1.00%となった。
この液の極根粘度を第十五改正日本薬局方に従って測定すると、33.8dl/gであり、分子量に換算すると237万であった。
【0031】
この溶解液をキッコーマン社製キッズクッカー連続滅菌機で連続滅菌した。この装置は、二重管からなり、内管は内径23mmで、固定の撹拌機が内蔵され、加熱部の容積3.4l、ホールド部容積0.6l、冷却部容積2.6lであった。ホールド部の温度が135℃になるように、加熱部外管の熱水を調節し、ホールド部での滞留時間が34秒になるように加熱部入口の定量ポンプを制御した。
冷却部は、出口温度が40℃以下になるように、冷却部外管の水を調節した。
冷却部出口圧力が0.33MPaなるように圧力調節弁で制御し、冷却したヒアルロン酸ナトリウム溶解液を孔径5μmのナイロン製のろ過膜からなる日本ミリポア社製ミリディスク40で流速60l/hrろ過した。
【0032】
ろ過液を、30分間、144rpmで撹拌混合した。次いで、その液をダイアフラム型の充填ポンプを有する充填部、ゴム栓の打栓、巻締め機構を有するバイアル充填密封機で、バイアル瓶に2.85lずつ充填した、ゴム栓はブチルゴム(大協精工社製)を打栓した。
製品の品質試験を第十五改正日本薬局方、製剤総則・注射剤の項に従って不溶性異物検査を行ったところ、合格率は99.9%以上であった。
【0033】
比較例1
実施例1で、溶解工程で脱泡処理を省略したところ、ヒアルロン酸ナトリウム溶解液中の気泡が除去できず、次の連続加熱滅菌工程にすすむことができなかった。
【0034】
比較例2
実施例1で、充填工程の前で脱泡処理を省略したところ、ヒアルロン酸ナトリウム溶解液中の気泡が除去できず、次の充填工程にすすむことができなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒアルロン酸及び/又はその塩を注射用水、生理食塩水、及びリン酸緩衝生理食塩水から選ばれた一種の注射用溶解液に溶解する方法にあたり、撹拌槽の内部圧を大気圧以下に減圧することを特徴とするヒアルロン酸及び/又はその塩の含有液の脱泡方法。
【請求項2】
ヒアルロン酸及び/又はその塩の含有液を注射用容器及び/又はバイアルに充填するにあたり、撹拌槽の内部圧を大気圧以下に減圧することを特徴とするヒアルロン酸及び/又はその塩の含有液の脱泡方法。
【請求項3】
脱泡処理時の撹拌槽の内部圧力を真空度5〜20kPa absに減圧する請求項1又は2記載のヒアルロン酸及び/又はその塩の含有液の脱泡方法。
【請求項4】
脱泡処理時のヒアルロン酸及び/又はその塩の含有液の濃度が7.5〜12.5g/lである請求項3記載のヒアルロン酸及び/又はその塩の含有液の脱泡方法。
【請求項5】
ヒアルロン酸及び/又はその塩が、平均分子量150万〜400万であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のヒアルロン酸及び/又はその塩の含有液の脱泡方法。
【請求項6】
ヒアルロン酸及び/又はその塩が、ストレプトコッカス・エクイFM−100を用いて、発酵法により製造されるものであることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のヒアルロン酸及び/又はその塩の含有液の脱泡方法。
【請求項7】
ヒアルロン酸及び/又はその塩が、ストレプトコッカス・エクイFM−300を用いて、発酵法により製造されるものであることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のヒアルロン酸及び/又はその塩の含有液の脱泡方法。

【公開番号】特開2011−195457(P2011−195457A)
【公開日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−60494(P2010−60494)
【出願日】平成22年3月17日(2010.3.17)
【出願人】(000003296)電気化学工業株式会社 (1,539)
【Fターム(参考)】