説明

ヒトプリオン病を処置するための組成物

【課題】ヒトプリオン病の処置に有効な組成物を提供する。
【解決手段】ヒト細胞における異常プリオンタンパク質増殖抑制活性を有する抗体、またはこれをコードする核酸を含む、ヒトプリオン病を処置するための組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒトプリオン病を処置するための組成物、具体的には、ヒトPrPScの増殖を阻害する抗体またはこれをコードする核酸を含む組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
プリオン病は、異常プリオンタンパク質(PrPSc)の蓄積によって引き起こされる遅発性の神経疾患であり、ヒトのクールー、クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)、ゲルストマン・シュトロイスラー・シャインカー病(GSS)、ヒツジおよびヤギのスクレイピー、ミンク伝染性脳症、シカ慢性消耗性疾患、ウシ海綿状脳症(BSE)、ネコ海綿状脳症など、様々な動物種で見られる。いずれも発症までの潜伏期間が長く、神経細胞の脱落を伴う脳の萎縮が見られ、種々の神経症状を呈するという共通の特徴を持つ。病変がスポンジのような独特の組織像を有することから、伝達性海綿状脳症(TSE)とも呼ばれる。
PrPScは、動物細胞の表面に普通に存在する正常なプリオンタンパク質(PrP)の変形によって生じる異性体である。PrPScは、PrPと同一のアミノ酸配列を持つがその立体構造が異なっており、その結果生じるPrPSc特有の生物学的、物理学的特性がプリオンタンパク質の正常な代謝を阻害し、PrPScの蓄積をもたらすと考えられている。現在のところ、PrPがPrPScとの接触によりPrPScに変化し、その結果PrPScが増殖し、神経細胞を変性させることでプリオン病が発症するという仮説が有力であるが、正確なメカニズムは未だ不明である。プリオン病は、PrPScの摂取または投与により種間バリアを超えて伝染する特性を有しており、中でもBSEに係るPrPScのヒトへの感染が近年大きな問題となっている。
【0003】
BSE牛由来のPrPScは、感染牛の特定部位の摂取などにより人体へ感染し、変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)を発症する。vCJDは精神症状と高次機能障害(記憶力低下、計算力低下、失見当識、行動異常、性格変化、無関心、不安、不眠、失認、幻覚など)で初発し、数ヶ月で痴呆、妄想、失行が急速に進行、さらに起立、歩行が不能になり、3〜7ヶ月で無動性無言状態に陥り、1〜2年で全身衰弱、呼吸麻痺、肺炎などで死亡する病気である。BSE感染によるvCJDは、2005年12月までに全世界で183例が報告されており、2005年2月4日には日本人初の感染者が報告されるなど、vCJDの影響は徐々に広がりを見せている。また、PrPScを含んだ血液または組織の輸血または移植による医原性クロイツフェルト・ヤコブ病も無視できない。プリオン病は現在有効な治療法がなく、発症するとほぼ100%死亡するという恐ろしい疾患である。
【0004】
かかる状況を受けて、プリオン病の治療に関して様々な研究がなされているが、未だ効果的な治療法が見出されていないのが現状である。
初期の研究においては、既知の化合物の中からプリオン病に有効なものを検索する試みがなされ、このうちアンホテリシンB(Xi YG et al. 1992. Nature 356(6370):598-601)、コンゴレッド(Caughey B et al. 1992. J Neurochem 59(2):768-71)、アントラサイクリン(Tagliavini F et al. 1997. Science 276(5315):1119-22)、キナクリン、チロロン、クロロキン、E−64dなどのシステインプロテアーゼ阻害剤(Doh-Ura K et al. 2000. J Virol 74(10):4894-7)、プロマジン、クロルプロマジン、アセプロマジンなどのフェノチアジン誘導体(Korth C et al. 2001. Proc Natl Acad Sci U S A 98(17):9836-41)、ポルフィリンやフタロシアニンなどのテトラピロール類(Caughey WS et al. 1998. Proc Natl Acad Sci U S A 95(21):12117-22)、ペントサンポリサルフェート、リアクティブ・グリーンおよびリアクティブ・レッドなどのリアクティブ・ダイ、キニーネ、8−ハイドロキシキノリン−2−カルボクスアルデヒド8−キノリルヒドラゾン、2−ピリヂンカルボックスアルデヒド2−キノリルヒドラゾンおよび2,2’−バイキノリンなどのキニーネ類(特開2003−40778号公報)などが、培養細胞や動物実験の結果から有効である可能性が示唆されていたが、ヒトプリオン病に対するその有用性は依然として確立されていない。
【0005】
最近では、抗プリオン抗体の投与が、in vitroおよび/またはin vivoにおいて、異常プリオンの増殖抑制にある程度有効であるとする実験結果がいくつか報告されている(例えば、特許文献1、非特許文献1〜5参照)。抗PrP抗体がPrPScの形成を阻害する機序としては、抗体がPrPに結合し、PrPScとの結合を阻害することなどが提唱されているが、正確なメカニズムについてはなお不明な点が多い。しかしながら、これまでにPrPSc増殖阻害活性が報告された抗体は、いずれもマウスなどのヒト以外の動物のPrPに結合するものであり、PrPSc増殖阻害活性とヒトPrP結合活性とを兼ね備えたものは存在しなかった。プリオンタンパク質には種間差があり、ヒトPrP結合能がなければヒトプリオン病に対して有効ではない。
したがって、PrPSc増殖阻害活性とヒトPrP結合活性とを兼ね備えた、ヒトプリオン病の処置に有効な剤が求められていた。
【特許文献1】特表2004−535387号公報
【非特許文献1】Enari M et al. Proc Natl Acad Sci U S A. 2001 Jul 31;98(16):9295-9
【非特許文献2】Peretz D et al. Nature. 2001 Aug 16;412(6848):739-43
【非特許文献3】White AR et al. Nature. 2003 Mar 6;422(6927):80-3
【非特許文献4】Kim CL et al. J Gen Virol. 2004 Nov;85(Pt 11):3473-82
【非特許文献5】Feraudet C et al. J Biol Chem. 2005 Mar 25;280(12):11247-58
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、ヒトプリオン病の処置に有効な組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を行ったところ、特定の抗体が、PrPSc増殖阻害活性に加えてヒトプリオンタンパク質結合活性をも有することを見出し、本発明を完成させた。
すなわち、本発明は、(1a)配列番号13または15で表されるポリペプチド、
(1b)(1a)に対して変異を有するが、なおこれと同等の機能を有するポリペプチド、
(1c)配列番号9または11で表される核酸、その相補鎖、またはこれらの断片にストリンジェントな条件でハイブリダイズする核酸によってコードされ、かつ、(1a)のポリペプチドと同等の機能を有するポリペプチド
からなる群から選択されるポリペプチドを含む重鎖可変領域、
および/または、
(2a)配列番号14または16で表されるポリペプチド、
(2b)(2a)に対して変異を有するが、なおこれと同等の機能を有するポリペプチド、
(2c)配列番号10または12で表される核酸、その相補鎖、またはこれらの断片にストリンジェントな条件でハイブリダイズする核酸によってコードされ、かつ、(2a)のポリペプチドと同等の機能を有するポリペプチド
からなる群から選択されるポリペプチドを含む軽鎖可変領域、
を有する抗体、またはこれをコードする核酸を含む、ヒトプリオン病を処置するための組成物に関する。
【0008】
本発明はまた、(1a)配列番号5または7で表されるポリペプチド、
(1b)(1a)に対して変異を有するが、なおこれと同等の機能を有するポリペプチド、
(1c)配列番号1または3で表される核酸、その相補鎖、またはこれらの断片にストリンジェントな条件でハイブリダイズする核酸によってコードされ、かつ、(1a)のポリペプチドと同等の機能を有するポリペプチド
からなる群から選択されるポリペプチドを含む重鎖、
および/または、
(2a)配列番号6または8で表されるポリペプチド、
(2b)(2a)に対して変異を有するが、なおこれと同等の機能を有するポリペプチド、
(2c)配列番号2または4で表される核酸、その相補鎖、またはこれらの断片にストリンジェントな条件でハイブリダイズする核酸によってコードされ、かつ、(2a)のポリペプチドと同等の機能を有するポリペプチド
からなる群から選択されるポリペプチドを含む軽鎖、
を有する抗体、またはこれをコードする核酸を含む前記組成物に関する。
【0009】
本発明はさらに、抗体をコードする核酸が導入された細胞を含む、前記組成物に関する。
本発明はさらにまた、細胞が間葉系細胞である、前記組成物に関する。
また、本発明は、抗体をコードする核酸を担持するベクターを含む、前記組成物に関する。
さらに、本発明は、(a)配列番号9または11で表される核酸配列を含む核酸、
(b)遺伝子コードの縮重により前記(a)の核酸と同一のポリペプチドをコードする核酸、
(c)前記(a)または(b)の核酸の配列に変異を有するが、なお該核酸がコードするポリペプチドと同等の機能を有するポリペプチドをコードする核酸、および、
(d)前記(a)〜(c)のいずれかの核酸の相補鎖、またはその断片にストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、該核酸がコードするポリペプチドと同等の機能を有するポリペプチドをコードする核酸、
からなる群から選択される核酸を含む、ヒトPrPScの増殖を阻害する抗体の重鎖可変領域をコードする核酸に関する。
【0010】
さらにまた、本発明は、(a)配列番号10または12で表される核酸配列を含む核酸、
(b)遺伝子コードの縮重により前記(a)の核酸と同一のポリペプチドをコードする核酸、
(c)前記(a)または(b)の核酸の配列に変異を有するが、なお該核酸がコードするポリペプチドと同等の機能を有するポリペプチドをコードする核酸、および、
(d)前記(a)〜(c)のいずれかの核酸の相補鎖、またはその断片にストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、該核酸がコードするポリペプチドと同等の機能を有するポリペプチドをコードする核酸、
からなる群から選択される核酸を含む、ヒトPrPScの増殖を阻害する抗体の軽鎖可変領域をコードする核酸に関する。
本発明はまた、前記いずれかの抗体、またはこれをコードする核酸の、ヒトプリオン病を処置するための組成物の製造への使用に関する。
【発明の効果】
【0011】
本発明の組成物は、ヒトPrPScの増殖を阻止することができるため、これまで有効な治療法がなかったヒトプリオン病を効果的に処置することが可能となり、保健医療分野ばかりでなく、社会経済的にも多大な貢献が期待できる。また、上記組成物のうち、特に間葉系細胞を含むものは、ヒトPrPSc増殖抑制能ばかりでなく、神経組織再生能をも有するため、ヒトプリオン病により失われた神経機能の回復も期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の一側面は、PrPSc増殖抑制活性とヒトプリオンタンパク質結合活性とを併せ持つ抗体、またはこれをコードする核酸を含む、ヒトプリオン病を処置するための組成物に関する。
本発明において「ヒトプリオン病」とは、PrPScを病原とするあらゆるヒト疾患を含む。かかる疾患としては、例えば、クールー、クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)、ゲルストマン・シュトロイスラー・シャインカー病(GSS)などが含まれるが、これらに限られない。上記疾患は、先天性または後天性(伝染性のものを含む)であってもよく、例えば、BSE感染牛の摂食により発症すると考えられる変異型CJD(vCJD)や、ヒト乾燥硬膜などの使用や輸血などによる医原性CJDも含まれる。また、本発明におけるヒトプリオン病は、現在まだ知られていない、PrPScを病原とする任意のヒト疾患を包含する。
本発明において「処置」は、疾患の治癒、一時的寛解または予防(防止)などを目的とする医学的に許容される全てのタイプの予防的および/または治療的介入を包含するものとする。例えば、「処置」は、ヒトプリオン病の進行の遅延または停止、同疾患による症状の消失または改善、同疾患により失われた神経機能の回復、同疾患の発症の予防または再発の予防などを含む種々の目的の医学的に許容される介入を包含する。
本発明において「対象」は、任意のヒト個体であり、健常であっても、何らかの疾患に罹患していてもよいものとするが、ヒトプリオン病の処置が企図される場合には、典型的には同疾患に罹患しているか、罹患するリスクを有する者を意味する。
【0013】
本発明において、用語「抗体」は、インタクトな免疫グロブリンおよびその抗原結合部分(以下、機能的断片とも呼ぶ)を包含する。抗原結合部分としては、例えば、Fab、Fab’、F(ab’)、Fv、dAbおよび相補性決定領域(CDR)断片などが挙げられるが、ヒトプリオンタンパク質に結合し、PrPScの増殖を抑制できるこれら以外の部分をも包含する。
本発明における抗体は、キメラ抗体、霊長類化抗体およびヒト化抗体を包含する。このような抗体はヒトにおいて免疫原性に乏しく、したがって非ヒト動物からの抗体に比較して、ヒトへのin vivo投与に適している。典型的なキメラ抗体は、ある動物、典型的にはヒトの定常領域に融合された別の動物、典型的にはマウスの免疫グロブリンの重鎖および/または軽鎖可変領域(CDRおよびFR(フレームワーク領域)を包含する)を有するものである。
本発明における抗体の種類は特に制限されないが、典型的にはIgG、例えば、IgG1、IgG2a、IgG2b、IgG3などである。しかしながら、必要に応じてこれ以外の種類、例えば、IgA、IgD、IgE、IgMなどであってもよい。
また、本発明における抗体は、モノクローナルであってもポリクローナルであってもよいが、特異性の高さなどの観点からモノクローナル抗体が好ましい。
【0014】
本発明における好ましい抗体の例としては、限定されることなく、
(1a)配列番号13または15で表されるポリペプチド、
(1b)(1a)に対して変異を有するが、なおこれと同等の機能を有するポリペプチド、
(1c)配列番号9または11で表される核酸、その相補鎖、またはこれらの断片にストリンジェントな条件でハイブリダイズする核酸によってコードされ、かつ、(1a)のポリペプチドと同等の機能を有するポリペプチド
からなる群から選択されるポリペプチドを含む重鎖可変領域、
および/または、
(2a)配列番号14または16で表されるポリペプチド、
(2b)(2a)に対して変異を有するが、なおこれと同等の機能を有するポリペプチド、
(2c)配列番号10または12で表される核酸、その相補鎖、またはこれらの断片にストリンジェントな条件でハイブリダイズする核酸によってコードされ、かつ、(2a)のポリペプチドと同等の機能を有するポリペプチド
からなる群から選択されるポリペプチドを含む軽鎖可変領域、
を有するものが挙げられる。かかる抗体のうち、上記の軽鎖可変領域と重鎖可変領域の両方を有するものがより好ましい。
【0015】
別の好ましい抗体の例としては、
(1a)配列番号5または7で表されるポリペプチド、
(1b)(1a)に対して変異を有するが、なおこれと同等の機能を有するポリペプチド、
(1c)配列番号1または3で表される核酸、その相補鎖、またはこれらの断片にストリンジェントな条件でハイブリダイズする核酸によってコードされ、かつ、(1a)のポリペプチドと同等の機能を有するポリペプチド
からなる群から選択されるポリペプチドを含む重鎖、
および/または、
(2a)配列番号6または8で表されるポリペプチド、
(2b)(2a)に対して変異を有するが、なおこれと同等の機能を有するポリペプチド、
(2c)配列番号2または4で表される核酸、その相補鎖、またはこれらの断片にストリンジェントな条件でハイブリダイズする核酸によってコードされ、かつ、(2a)のポリペプチドと同等の機能を有するポリペプチド
からなる群から選択されるポリペプチドを含む軽鎖、
を有するものが挙げられる。かかる抗体のうち、上記の軽鎖と重鎖の両方を有するものがより好ましい。
本発明の組成物は、上記いずれかの抗体を1種類のみ含んでもよいが、複数種の上記抗体の混合物を含んでもよい。
【0016】
本明細書中、「核酸」は、ヌクレオチドの重合形態を指し、DNA、RNA、cDNA、ゲノムDNAのセンスおよびアンチセンス鎖、ならびにこれらの混合重合体を含み、これらは天然のものであっても合成されたものであってもよい。ヌクレオチドは、リボヌクレオチド、デオキシヌクレオチド、または任意の修飾ヌクレオチドを含む。核酸は、化学的または生化学的に修飾されてもよく、または非天然のまたは誘導体化されたヌクレオチド塩基を含んでもよい。かかる修飾の例としては、任意の標識化、メチル化、1または2以上の天然に存在するヌクレオチドの、類縁体による置換、無電荷結合(例えば、メチルホスホネート、ホスホトリエステル、ホスホロアミデート、カルバメートなど)、電荷結合(例えば、ホスホロチオエート、ホスホロジチオエートなど)などのヌクレオチド間修飾が挙げられる。また、核酸は、一本鎖構造、二本鎖構造、部分的な二本鎖構造、三本鎖構造、ヘアピン状の構造、環状構造およびパドロック構造を含む、任意の構造を有してもよい。さらに、いわゆるペプチド核酸などの核酸模倣物も本発明における核酸に含まれる。
【0017】
本発明における「ストリンジェントな条件」という用語は、当該技術分野において周知のパラメータである。核酸のハイブリダイゼーションのパラメータは、標準的なプロトコル集、例えばSambrook et al., Molecular Cloning: A Laboratory Manual, 3d ed., Cold Spring Harbor Press(2001)や、Ausubel et al., Current Protocols in Molecular Biology, Greene Publishing Associates(1992)などに記載されている。
具体的には、本明細書において用いるストリンジェントな条件は、65℃での、3.5×SSC、フィコール0.02%、ポリビニルピロリドン0.02%、ウシ血清アルブミン0.02%、NaHPO25mM(pH7)、SDS0.05%、EDTA2mMからなるハイブリダイゼーションバッファーによるハイブリダイゼーションを指す。なお、上記のうち、SSCは0.15M塩化ナトリウム/0.15Mクエン酸ナトリウム、pH7であり、SDSはドデシル硫酸ナトリウムであり、またEDTAはエチレンジアミン四酢酸である。ハイブリダイゼーション後、DNAが移された膜は、2×SSCにて室温において、次いで0.1〜0.5×SSC/0.1×SDSにて68℃までの温度において洗浄する。あるいは、ストリンジェントなハイブリダイゼーションは、ExpressHyb(登録商標)緩衝液(Clontech社製)などの市販のハイブリダイゼーションバッファーを用いて、製造者によって記載されたハイブリダイゼーションおよび洗浄条件で行ってもよい。
ストリンジェントな条件でのハイブリダイゼーションにより得られた核酸は、ハイブリダイズされる核酸(例えばハイブリダイゼーションプローブ)またはその元になった核酸(例えば抗体遺伝子)に対して、典型的には55%以上、好ましくは65%以上、より好ましくは75%以上、とりわけ好ましくは85%以上、特に好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の配列同一性(相同性)を有し得る。
同程度のストリンジェンシーを生じる結果となる使用可能な他の条件、試薬等が存在するが、当業者はかかる条件に通じていると思われるため、これらについては、本明細書中に特段記載はしていない。しかしながら、本発明に用いる抗体をコードしている核酸の相同体または対立遺伝子の明確な同定ができるよう、条件を操作することが可能である。
【0018】
本発明において、「同等の機能」とは、重鎖可変領域を形成するポリペプチドであれば、例えば、これが軽鎖可変領域とともに抗体を形成した場合に、その抗体がヒトプリオンタンパク質に結合し、かつ、PrPScの増殖を阻害する機能を意味するが、これに限定されない。ある抗体が上記機能を有するか否かは、例えば、本明細書の実施例に記載されたようなPrPSc蓄積細胞モデルを用いたPrPSc増殖阻害試験、およびヒトプリオンタンパク質を発現する細胞を用いたヒトプリオンタンパク質結合試験などにより容易に調べることができる。また、PrPSc増殖阻害能は、PrPSc感染モデル動物に対する抗体の投与などによって、そして、ヒトプリオンタンパク質結合能は、組換えヒトプリオンタンパク質との結合試験(例えば、特開2005−23074号公報参照)などによってそれぞれ評価することもできる。
本発明において「変異」とは、典型的にはポリペプチドまたは核酸におけるアミノ酸または塩基の欠失、置換、挿入および/または付加を意味する。変更されるアミノ酸または塩基の数は特に限定されないが、例えば、1〜50個、1〜25個、1〜10個、または1個もしくは数個であってもよい。また、変異は、欠失、置換、挿入および付加のいずれか1種のみであってもよく、または、複数種の変異が混在していてもよい。
【0019】
本発明の組成物に含まれる核酸としては、典型的には上記抗体をコードする核酸(抗体遺伝子)が挙げられる。かかる核酸は、当該技術分野で周知の任意の技法を用いて得ることができる。例えば、抗体産生細胞のRNAをもとにcDNAライブラリを構築し、抗体に特異的なプライマーを用いて、求める核酸を得ることができる。より具体的には、例えば、抗体の定常領域に特異的なプライマーを作製し、RACE(Rapid Amplification of cDNA End)法などの公知の手法により、未知の可変領域の核酸配列を含む核酸を得ることができるが、本発明の抗体遺伝子はかかる方法で得られるものに限られない。得られたポリヌクレオチドは、所定の制限酵素で消化し、任意の周知のベクターにクローニングすることができる。
【0020】
本発明における好ましい抗体遺伝子としては、例えば、抗体重鎖可変領域遺伝子が、
(a)配列番号9または11で表される核酸配列を含む核酸、
(b)遺伝子コードの縮重により前記(a)の核酸と同一のポリペプチドをコードする核酸、
(c)前記(a)または(b)の核酸の配列に変異を有するが、なお該核酸がコードするポリペプチドと同等の機能を有するポリペプチドをコードする核酸、および、
(d)前記(a)〜(c)のいずれかの核酸の相補鎖、またはその断片にストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、該核酸がコードするポリペプチドと同等の機能を有するポリペプチドをコードする核酸、
からなる群から選択される核酸を含むもの、および、抗体軽鎖可変領域遺伝子が、
(a)配列番号10または12で表される核酸配列を含む核酸、
(b)遺伝子コードの縮重により前記(a)の核酸と同一のポリペプチドをコードする核酸、
(c)前記(a)または(b)の核酸の配列に変異を有するが、なお該核酸がコードするポリペプチドと同等の機能を有するポリペプチドをコードする核酸、および、
(d)前記(a)〜(c)のいずれかの核酸の相補鎖、またはその断片にストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、該核酸がコードするポリペプチドと同等の機能を有するポリペプチドをコードする核酸、
からなる群から選択される核酸を含むものが挙げられる。これらのうち、前記抗体重鎖可変領域遺伝子および抗体軽鎖可変領域遺伝子の両方を有するものが好ましい。
【0021】
また、本発明で用いることができる別の抗体遺伝子の例としては、例えば、抗体重鎖遺伝子が、
(a)配列番号1または3で表される核酸配列を含む核酸、
(b)遺伝子コードの縮重により前記(a)の核酸と同一のポリペプチドをコードする核酸、
(c)前記(a)または(b)の核酸の配列に変異を有するが、なお該核酸がコードするポリペプチドと同等の機能を有するポリペプチドをコードする核酸、および、
(d)前記(a)〜(c)のいずれかの核酸の相補鎖、またはその断片にストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、該核酸がコードするポリペプチドと同等の機能を有するポリペプチドをコードする核酸、
からなる群から選択される核酸を含むもの、および、抗体軽鎖遺伝子が、
(a)配列番号2または4で表される核酸配列を含む核酸、
(b)遺伝子コードの縮重により前記(a)の核酸と同一のポリペプチドをコードする核酸、
(c)前記(a)または(b)の核酸の配列に変異を有するが、なお該核酸がコードするポリペプチドと同等の機能を有するポリペプチドをコードする核酸、および、
(d)前記(a)〜(c)のいずれかの核酸の相補鎖、またはその断片にストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、該核酸がコードするポリペプチドと同等の機能を有するポリペプチドをコードする核酸、
からなる群から選択される核酸を含むものが挙げられる。これらのうち、前記抗体重鎖遺伝子および抗体軽鎖遺伝子の両方を有するものが好ましい。
これらの核酸のうち、発現させた場合にPrPSc増殖阻害活性およびヒトプリオンタンパク質結合活性のより高いものが本発明においてはより好ましい。
上記(d)においてハイブリダイズさせる核酸の給源は特に限定されないが、例えば、プリオンタンパク質で免疫した動物の抗体産生細胞や、これをもとに作製したハイブリドーマからの核酸などを好適に用いることができる。
なお、上記抗体遺伝子は今回初めて同定された新規なものであり、これらの遺伝子自体も本発明の対象である。
【0022】
本発明の組成物の一態様は、抗体をコードする核酸が導入された細胞を含む。細胞の種類は特に制限されないが、対象に投与した際に拒絶反応などの望まない免疫応答を惹起しないものが好ましく、かかる細胞としては例えば、対象とMHC(LHA)が適合する細胞、より好ましくは自己細胞が挙げられる。また、かかる細胞は、無制限な増殖などにより対象に不都合な現象を引き起こさないものが好ましく、例えば、分裂ができないか、または、特定の条件、例えば特定の抗生物質などの存在下で分裂不能となるかもしくは死滅するように改変されたものが好ましい。かかる改変技術は当業者に既知である。
【0023】
かかる細胞のうち特に好ましいものとしては、間葉系細胞が挙げられる。この細胞は、神経組織に親和性があり、同組織内で神経細胞に分化することが知られている(例えば、WO 03/038074など参照)。したがって、上記抗体をコードする核酸が導入された同細胞を含む本発明の組成物を投与することにより、PrPScの増殖を阻害できるだけでなく、神経細胞に分化した間葉系細胞により、神経細胞が変性・脱落した神経組織を再生することもできるため、ヒトプリオン病の進行を食い止めるばかりでなく、症状を改善することが可能となる。
本発明における間葉系細胞は、好ましくは骨髄細胞(骨髄細胞の単画球分画成分)、臍帯血細胞、あるいは末梢血細胞、間葉系幹細胞、またはこれら細胞に由来する細胞等を含む。また、本発明における間葉系細胞には、例えば、間葉系に関連する細胞、中胚葉幹細胞等が含まれる。なお、本発明において「間葉系細胞」として記述された細胞が、将来的に間葉系細胞以外の細胞として分類される場合であっても、本発明においては当該細胞を好適に利用することができる。
【0024】
骨髄中には幹細胞として、造血幹細胞と「間葉系幹細胞(MSC:Mesenchymal Stem Cell)」とがある。ここで「幹細胞」とは、一般に、生体を構成する細胞の生理的な増殖・分化などの過程において、自己増殖能と、特定の機能を持つ細胞に分化する能力とをあわせ有する未分化細胞のことである。造血幹細胞は、赤血球、白血球、あるいは血小板に分化する幹細胞である。間葉系幹細胞は、神経幹細胞を経て神経に分化する場合、神経幹細胞を経ないで直接的に神経に分化する場合、ストローマ細胞を経て神経に分化する場合、内臓に分化する場合、血管系に分化する場合、または骨、軟骨、脂肪、あるいは筋肉に分化する場合があることが知られている。
【0025】
本発明においては、主として間葉系幹細胞を利用するが、造血幹細胞や、体内の他の幹細胞(前駆細胞)も利用できる。間葉系幹細胞は骨髄から採取された骨髄細胞などから分離して得ることができる。また、間葉系幹細胞を分離していない骨髄細胞も、間葉系幹細胞と同じように本発明に用いることができる。
また、間葉系幹細胞様の細胞を、末梢血中から調製することもできる。例えば、末梢血細胞を培養して、神経幹細胞や神経系細胞(神経細胞、グリア細胞)のマーカーを発現する細胞へ誘導することができる。また、骨髄液または臍帯血から分離される単核細胞分画から調製した中胚葉幹細胞(間葉系幹細胞)、またはES細胞を、基礎的培養液で培養することにより、該中胚葉幹細胞(間葉系幹細胞)または該ES細胞を神経幹細胞、神経細胞またはグリア細胞へ分化誘導することができる(WO 03/038074参照)。したがって、末梢血中の細胞を培養することにより、間葉系幹細胞と同等の機能を有する細胞を調製し、本発明に利用することも可能である。
【0026】
本発明において、中胚葉幹細胞とは、発生学的に中胚葉と分類される組織を構成している細胞を指し、血液細胞も含まれる。また、中胚葉幹細胞とは、自己と同じ能力を持った細胞をコピー(分裂、増殖)することができ、中胚葉の組織を構成している全ての細胞へ分化し得る能力を持った細胞を指す。中胚葉幹細胞は、例えば、SH2(+)、SH3(+)、SH4(+)、CD29(+)、CD44(+)、CD11b(−)、CD14(−)、CD34(−)、CD45(−)の特徴を有する細胞であるが、これらマーカーに制限されない。
【0027】
また、間葉系に関連する幹細胞も、本発明の中胚葉幹細胞に含まれる。上記の間葉系に関連する細胞とは、間葉系幹細胞、間葉系細胞、間葉系細胞の前駆細胞、間葉系細胞から由来する細胞のことを意味する。
間葉系幹細胞とは、例えば、骨髄、末梢血、皮膚、毛根、筋組織、子宮内膜、血液、臍帯血、さらには、種々の組織の初期培養物から得ることができる幹細胞のことである。また末梢血中の細胞を培養して得ることができる間葉系幹細胞と同等の機能を有する細胞も本発明の間葉系幹細胞に含まれる。
本発明において好ましい間葉系細胞としては、骨髄細胞、骨髄幹細胞を好適に示すことができる。その他、本発明の細胞の好ましい例として、臍帯血細胞、末梢血細胞、胎児肝細胞等を挙げることができる。
【0028】
本発明における骨髄細胞、臍帯血細胞、末梢血細胞、胎児肝細胞の好ましい態様としては、骨髄、臍帯血、末梢血、または胎児肝より分離して得た細胞の一分画であって、神経系細胞へ分化し得る細胞を含む細胞分画を挙げることができる。
他の一つの態様において、該細胞分画は、SH2(+)、SH3(+)、SH4(+)、CD29(+)、CD44(+)、CD14(−)、CD34(−)、CD45(−)の特徴を有する中胚葉幹細胞を含む細胞分画である。
本発明において、上記以外の細胞分画の例としては、Lin(−)、Sca−1(+)、CD10(+)、CD11D(+)、CD44(+)、CD45(+)、CD71(+)、CD90(+)、CD105(+)、CDW123(+)、CD127(+)、CD164(+)、フィブロネクチン(+)、ALPH(+)、コラゲナーゼ−1(+)の特徴を有する間質細胞を含む細胞分画、あるいはAC133(+)の特徴を有する細胞を含む細胞分画を挙げることができる。
また、本発明においては、上記細胞分画に含まれる細胞は、神経系細胞へ分化し得る細胞であることが好ましい。
【0029】
したがって、本発明における細胞分画は、限定されることなく、神経系細胞へ分化し得ることを特徴とする細胞を含む、骨髄細胞、臍帯血細胞、末梢血細胞または胎児肝細胞より分離して得た単核細胞分画、および、活性物質や薬剤を用いて末梢血中に放出させられた骨髄中の間葉系幹細胞であって、神経系細胞へ分化し得るものが含まれる。神経系細胞へ分化する細胞は、主として、幹細胞、即ち、自己増殖能と多分化能を有する細胞であると考えられる。また、神経系細胞へ分化する細胞は、ある程度他の胚葉へ分化している幹細胞であり得る。
【0030】
抗体をコードする核酸の細胞への導入に際しては、公知の種々の方法を用いることができる。例えば、該核酸をウイルスベクターに組み込み、該ベクターを細胞に感染させて導入する方法や、燐酸カルシウムトランスフェクション法(Berman et al. 1984. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 81:7176)、DEAE−デキストラントランスフェクション、プロトプラスト融合(Deans et al. 1984. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 81:1292)、電気穿孔(エレクトロポレーション)、リポソーム融合、ポリブレンによるトランスフェクションおよび細胞膜のレーザー微穿孔による遺伝子の直接的な送達を包含する、周知の多数の技法によって、上記核酸を細胞に導入することができる。当業者はまた、前記核酸を細胞のゲノムに組込み、当該遺伝子の発現を可能にするように細胞内に適切に導入することのできる上記以外のいかなる技術をも本発明に用いることができる。
【0031】
本発明において、「ベクター」は、異なる遺伝的環境間の移送のため、または宿主細胞における発現のために、消化およびライゲーションによって所望の核酸を導入できる任意の核酸を意味する。ベクターは典型的にはDNAから構成されるが、RNAベクターを用いることもできる。ベクターは、プラスミド、ファージミド、およびウイルスゲノムを含むがこれらに限定されない。クローニングベクターは、自律的に、あるいはゲノムへの組込みの後に、宿主細胞中で複製することができるものであり、それはさらに1または2以上のエンドヌクレアーゼ制限部位によって特徴づけられ、当該ベクターはその部位で決定可能な様式で切断され、そこに所望の核酸配列を連結することができ、これにより、組換えベクターは宿主中で目的とする核酸を複製することが可能となる。プラスミドの場合には、宿主細菌内のプラスミドのコピー数が増えることにより、所望の核酸が何度も複製されもてよく、あるいは細胞分裂によって宿主が再生される前に宿主あたり1回だけ複製されてもよい。ファージの場合には、複製は溶菌相の間は積極的に、あるいは溶原相の間は受動的に起きてもよい。市販されているベクターの一覧は、例えば、http://www.brc.riken.jp/lab/dna/ja/vector50.htmlなどに記載されており、当業者はかかるリストの中から本発明に適切なものを適宜選択することができる。
【0032】
発現ベクターは、その中に所望の核酸配列が消化およびライゲーションにより挿入され、それが調節配列に対して作動可能に連結されて、転写物として発現されるようになっているベクターである。
本発明に用いられる抗体遺伝子は、1または2以上の遺伝子から構成されていてもよく、2以上の遺伝子から構成されている場合には、これらの遺伝子を単一の発現ベクターに挿入することも、また、2以上のベクターに分けて挿入することもできる。
発現ベクターはさらに、当該ベクターによって形質転換またはトランスフェクトされたか、またはされていない細胞を同定するのに適当な1または2以上のマーカー配列を含んでもよい。マーカーは、例えば抗生物質または他の化合物に対する抵抗性または感受性のどちらかを亢進または低下させるタンパク質をコードしている遺伝子、その活性が当該技術分野における標準的な分析法によって検出可能な酵素(例えば、β−ガラクトシダーゼ、ルシフェラーゼ、またはアルカリ性ホスファターゼなど)をコードする遺伝子、および形質転換またはトランスフェクトされた細胞、宿主、コロニー、またはプラークの表現型に視覚的に影響する遺伝子を含む。好ましい発現ベクターは自律的な複製と、作動可能に連結されているDNAセグメントに存在する構造遺伝子産物の発現が可能なベクターである。
【0033】
本発明において、コード配列および調節配列は、当該コード配列の発現または転写が、当該調節配列の影響または支配下にあるように位置される様式において連結されている場合、「作動可能に」連結されているということとする。もし当該コード配列を機能的なタンパク質に翻訳することが望まれる場合には、2つのDNA配列は、もし5’調節配列におけるプロモーターによる誘導の結果、当該コード配列の転写が生じ、またもし当該2つのDNA配列の間の連結の性質が、(1)フレームシフト突然変異を誘導する結果とならず、(2)当該コード配列の転写を指示するための当該プロモーターの能力を妨害せず、あるいは(3)タンパク質に翻訳されるべき対応するRNA転写物の能力を妨害しない場合には、「作動可能に」連結されているとする。したがってプロモーター領域は、もし当該プロモーター領域が、結果として得られる転写物が所望のタンパク質またはポリペプチドに翻訳されるように、そのDNA配列を転写できれば、作動可能にコード配列に連結されていることになる。
【0034】
本発明において有用なベクターは、所望により、例えば哺乳動物、微生物、ウイルス、または昆虫遺伝子から誘導される適当な転写または翻訳調節配列と機能的に結合した、抗体をコードしている核酸を含む。かかる調節配列は、遺伝子発現において調節的役割を有する配列、例えば転写プロモーターまたはエンハンサー、転写を調節するためのオペレーター配列、メッセンジャーRNA内部のリボゾーム結合部位をコードしている配列、ならびに、転写、翻訳開始または転写終了を調節する適切な配列を包含する。
遺伝子発現に必要な調節配列の詳細な性質は、生物種または細胞種によって異なってもよいが、一般的には、少なくとも、TATAボックス、キャッピング配列、CAAT配列などの、各々転写および翻訳の開始に関与する5’非転写、および5’非翻訳配列を含み得る。特に、かかる5’非転写調節配列は、作動可能に連結された遺伝子の転写調節のためのプロモーター配列を含む、プロモーター領域を含み得る。調節配列はまた、エンハンサー配列か、または所望の上流のアクチベーター配列を含んでもよい。本発明のベクターは、任意に5’リーダー配列またはシグナル配列を含んでもよい。適切なベクターの選択および設計は、当業者の能力および自由裁量の範囲内にある。
【0035】
特に有用な調節配列は、種々の哺乳動物、ウイルス、微生物、および昆虫遺伝子由来のプロモーター領域を包含する。このプロモーター領域は、抗体遺伝子の転写の開始を指令し、そして同遺伝子を含むDNAの全ての転写をもたらす。有用なプロモーター領域は、CAGプロモーター、レトロウイルスのdLTRプロモーター、サイトメガロウイルス(CMV)エンハンサー/プロモーター領域、RSVのLTRプロモーター、lacプロモーター、およびアデノウイルスから分離したプロモーターを包含するが、真核生物、原核生物、ウイルス、または微生物細胞での遺伝子発現に有用な、当業者に公知の他の任意のプロモーターを用いることもできる。
真核生物細胞内で、遺伝子およびタンパク質を発現するのにとりわけ有用なその他のプロモーターは、哺乳動物細胞プロモーター配列およびエンハンサー配列、例えばポリオーマウイルス、アデノウイルス、SV40ウイルス、およびヒトサイトメガロウイルスから誘導されるものを包含する。典型的にはSV40などのウイルスのウイルス複製起点に隣接して見出される、ウイルスの初期および後期プロモーターが、特に有用である。特定の有用なプロモーターの選択は、その細胞株、および、特定の細胞株内部で抗体を発現させるために使用する核酸構築物についての、他の様々なパラメータに依存する。さらに、本発明において有用な充分高いレベルで、標的細胞に遺伝子を発現させることが知られている任意のプロモーターを選択することができる。
【0036】
上記発現ベクターは、所望により、発現ベクターから生成されるmRNAの、タンパク質への効率的な翻訳を可能にするリボゾーム結合部位、抗体遺伝子に機能的に結合していてもよい種々のシグナルペプチドをコードしている核酸配列を包含する、種々のさらなる調節配列を含むことができる。シグナルペプチドは、もし存在するならば、翻訳されたポリペプチドの細胞外分泌の改善を可能にする前駆体アミノ酸として発現される。
したがって、本発明の核酸構築物は、プロモーター配列またはプロモーターおよびエンハンサー配列のいずれかと作動可能に結合し、さらにmRNAの終止およびポリアデニル化を指令するポリアデニル化配列に機能的に結合した、本発明の核酸の様々な型を包含する。本発明の核酸構築物は、所望の細胞内部でのその構築物の効率的な複製および発現を可能にするその他の遺伝子配列を含み得る。かかる配列は、ウイルス遺伝子等から誘導されるイントロンを包含し得る。
【0037】
本発明において、細胞への遺伝子導入に好適に用いることができるウイルスベクターとしては、例えば、特開2002−330789号公報に記載の改変アデノウイルスが挙げられる。該アデノウイルスは、野生型アデノウイルスに対する主要なレセプターであるCAR(コクサッキーアデノウイルスレセプター)との結合能を実質的に有しないファイバータンパク質に、特定のタイプの細胞および/または組織に対する特異性を有する分子を接続した改変ファイバータンパク質、および/または、実質的にCARとの結合能を有しないファイバータンパク質を、特定のタイプの細胞および/または組織に対する特異性を有するように改変した改変ファイバータンパク質を有するものであるが、本発明においては、実質的にCARとの結合能を有しないファイバータンパク質にRGD(Arg-Gly-Asp)モチーフを含む分子を接続した改変ファイバータンパク質を有するものが特に好ましい。
【0038】
かかる改変アデノウイルスベクターは、当該技術分野で周知の分子生物学的手法、例えば、ウイルスゲノムの両端に共有結合した末端タンパク質を保持したままの、ゲノム−末端タンパク質複合体(以下DNA−TPCと略す)を用いる方法(Yoshida et al. 1998. Hum Gene Ther 9:2503-2515等を参照)などによって作製することができる。かかる手法はいずれも当業者に良く知られたものである。典型的には、まず、pAxCw、pAxCAwt、pWEAx−F(Nakamura T et al. Hum Gene Ther. 2002 Mar 20;13(5):613-26参照)等のコスミドカセットに目的とする遺伝子を組み込んだコスミドを作製する一方、ウイルスからDNA−TPCを調製し、適当な制限酵素で切断しておく。次に、前述のコスミドおよび制限酵素処理したDNA−TPCを適切な宿主細胞、例えば293細胞に、リン酸カルシウム法などの任意の方法でコトランスフェクトする(COS−TPC法)。その後、適当な条件で一定期間培養し、培養液中にウイルス粒子として放出された組換えアデノウイルス粒子を回収することができる。また、上記コスミドを、適切な制限酵素で消化し、フェノール/クロロホルム法などにより精製したDNAで、宿主細胞をリポフェクション法などの任意の方法でトランスフェクトすることにより、ウイルス粒子を得ることもできる(コスミド単独法)。
【0039】
抗プリオン抗体遺伝子のクローニング、発現および宿主細胞(MSCなど)への導入の具体例は、例えばWO 2005/094846などに記載されており、したがって、上記遺伝子の塩基配列が得られれば、抗体タンパク質や、抗体を分泌する細胞は、同文献の方法にしたがって適宜作製することができる。例えば、抗体タンパク質は、抗体重鎖および軽鎖遺伝子を別々の発現ベクター(pCAccなど)に挿入し、両方のベクターを宿主細胞(293T細胞など)に、lipofectAMINE(登録商標)によるリポフェクション法などの任意の方法でコトランスフェクトし、所定時間(例えば48時間)培養することにより、培養上清から回収することができる。また、抗体を分泌するMSCは、例えば、上記の方法により作製した組換えアデノウイルスベクターなどの感染ベクターをMSCに感染させることにより、あるいは、抗体重鎖または軽鎖遺伝子が挿入されたpCAccなどの発現ベクターを、エレクトロポレーションなどの任意の方法で細胞内に移入することにより適宜作製することができる。
【0040】
本発明に用いられる細胞には、抗体をコードする核酸の他、例えば、細胞の増殖や神経細胞への分化を促進する遺伝子、細胞の生存率を高める遺伝子、細胞の寿命を延長する遺伝子(例えばテロメラーゼ遺伝子:WO 03/038075参照)、細胞周期を調節する遺伝子、細胞の遊走能を向上させる遺伝子、神経保護作用を有する遺伝子、アポトーシス抑制効果を有する遺伝子など、プリオン病の治療効果を高める効果を有する任意の遺伝子を導入することができる。
本発明の組成物の別の態様は、抗体をコードする核酸を担持するベクターを含む。同態様においては、上記の任意のベクターを用いることができるが、特開2002−330789号公報に記載の改変アデノウイルスが特に好ましい。かかるベクターは、例えば、上記に概説したコスミド単独法、COS−TPC法(WO 2005/094846参照)などにより適宜作製することができる。
【0041】
本発明の組成物には、プリオン病の治療効果を高める効果を有する種々の物質を添加することができる。かかる物質としては、例えばPrPSc増殖阻害活性を有するものが挙げられる。PrPSc増殖阻害物質の例としては、アンホテリシンB、コンゴレッド、アントラサイクリン、キナクリン、チロロン、クロロキン、E−64dなどのシステインプロテアーゼ阻害剤(上記Doh-Ura K et al.)、プロマジン、クロルプロマジン、アセプロマジンなどのフェノチアジン誘導体(上記Korth C et al.)、ポルフィリンやフタロシアニンなどのテトラピロール類(上記Caughey WS et al.)、ペントサンポリサルフェート、リアクティブ・グリーンおよびリアクティブ・レッドなどのリアクティブ・ダイ、キニーネ、8−ハイドロキシキノリン−2−カルボクスアルデヒド8−キノリルヒドラゾン、2−ピリヂンカルボックスアルデヒド2−キノリルヒドラゾンおよび2,2’−バイキノリンなどのキニーネ類(特開2003−40778号公報)などの化合物、PrPのドミナントネガティブ変異体をコードする遺伝子構築物(Kaneko K et al. 1997. Proc Natl Acad Sci U S A. 94(19):10069-74)、ならびに、PrPおよび/またはPrPScに結合する物質などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0042】
PrPおよび/またはPrPScに結合する物質には、抗プリオン抗体またはその断片(例えば、特許文献1および非特許文献1〜5などを参照)、プロトカドヘリン43およびOB−カドヘリン−1などのカドヘリン(特表2000−51213号公報)、プラスミノゲン、プラスミノゲン断片およびその誘導体(特表2004−501626号公報)などが挙げられるが、このうちPrPSc増殖阻害活性を有するものが好ましい。
また、ある物質がPrPSc増殖阻害活性を有するか否かは、特開2003−149237号公報などに記載された周知の方法を用いて決定することができ、かかる方法によって同定された任意のPrPSc増殖阻害物質(例えば、クロロフィルa、クロロフィルb、銅クロロフィル、銅クロロフィリンナトリウム、鉄クロロフィリンナトリウムなど)を、本発明の組成物に用いることができる。
プリオン病の治療効果を高める効果を有する物質としては、上記の他、例えば細胞の増殖や神経細胞への分化を促進する物質、細胞の生存率を高める物質、細胞の寿命を延長する物質、細胞周期を調節する物質、細胞の遊走能を向上させる物質、神経保護作用を有する物質、アポトーシス抑制効果を有する物質などが包含される。
【0043】
本発明の組成物のうち、細胞を含むものの調製に際しては、前記のようにして作製した核酸導入細胞をそのまま用いることもできるが、細胞を作製し、必要に応じて増殖させた後、これを凍結保存し、用事に解凍して組成物の調製に用いることもできる。
本発明の組成物は、当業者に公知の方法で製剤化することが可能である(標準薬剤学、渡辺喜照ら編、南江堂、2003年などを参照)。例えば、非経口製剤は、必要に応じて水もしくはそれ以外の薬学的に許容し得る液体との無菌溶液または懸濁液とすることにより作製できる。また、例えば、薬理学上許容される担体もしくは媒体、具体的には、滅菌水や生理食塩水、植物油、乳化剤、懸濁剤、界面活性剤、安定剤、賦形剤、ビヒクル、防腐剤、結合剤、pH調整剤、浸透圧調整剤などと適宜混和することによって製剤化することも可能である。これら製剤における有効成分量は、指示された範囲の適当な用量が得られるように適宜調節する。また、注射のための無菌組成物は、注射用蒸留水などのビヒクルを用いて用事調製することもできる。
【0044】
注射用の水溶液としては、例えば生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助剤を含む等張液、例えばD−ソルビトール、D−マンノース、D−マンニトール、塩化ナトリウムなどが挙げられ、適切な溶解補助剤、例えばアルコール、具体的にはエタノール、ポリアルコール、例えばプロピレングリコール、ポリエチレングリコール、非イオン性界面活性剤、例えばポリソルベート80、HCO−50などと併用してもよい。
油性液としてはゴマ油、大豆油などが挙げられ、溶解補助剤として安息香酸ベンジル、ベンジルアルコールなどと併用してもよい。また、緩衝剤、例えばリン酸緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液、無痛化剤、例えば、塩酸プロカイン、安定剤、例えばベンジルアルコール、フェノール、酸化防止剤などと配合してもよい。調製された注射液は通常、適当なアンプル、バイアル、チューブ、ボトル、パックなどの容器に充填する。
本発明の組成物に含まれる有効成分(抗体、抗体をコードする核酸、該核酸を含む細胞およびベクター等)の量は特に制限されず、実現可能な任意の量であってもよいが、実際の使用に適した分量であることが好ましい。例えば、1単位の組成物は、成人の1日量を含んでもよく、抗体であれば、典型的には0.6〜6000mg、好ましくは6〜600mg、より好ましくは30〜300mg、細胞であれば、典型的には6×10〜6×1010個、好ましくは6×10〜6×10個、より好ましくは3×10〜6×10個、ウイルスベクターであれば、典型的にはウイルス粒子10〜1015個を含んでもよい。本組成物はまた、組成物1単位に1日量の一部、例えば、限定されることなく1日量の1/2、1/3または1/4などを含んでもよいし、逆に複数日分の用量を含んでもよい。
本発明の組成物に含まれる有効成分以外の物質(例えば、薬理学上許容される担体もしくは媒体)の量も特に制限されず、実現可能な任意の量であってもよいが、実際の使用に適した分量であることが好ましい。かかる分量は、当業者に既知である。
【0045】
対象の体内への投与はいずれの経路によってもよいが、好ましくは非経口投与であり、特に好ましくは局所投与または静脈内投与である。投与回数は1回が好ましいが、状況に応じて複数回投与することもできる。また、投与時間は短時間であっても長時間(持続投与)であってもよい。本発明の組成物は、より具体的には、注射によりまたは経皮的に投与することができる。注射による投与の例としては、例えば、静脈内注射、動脈内注射、選択的動脈内注入、筋肉内注射、腹腔内注射、皮下注射、脳室内注射、脳内注射、髄液腔内注射などによるものが挙げられるが、これらに限られない。
静脈内注射の場合、通常の輸血の要領での投与が可能となり、対象を手術する必要がなく、さらに局所麻酔も必要ないため、対象および術者双方の負担を軽減することができる。また手術室以外での投与操作が可能である点で有利である。
【0046】
さらに本発明は、ヒト対象へ有効量の本発明の組成物を投与することを含む、プリオン病の処置方法に関する。
上記処置方法に用いられる組成物に細胞が含まれる場合、同細胞は投与による拒絶反応の危険性を防止するために、免疫抑制などの特殊な操作を行わない限りは、対象自身の体内から採取されたもの、あるいはそれに由来するもの(対象由来の自己細胞)であることが好ましい(自家移植療法)。かかる態様は、免疫抑制剤の併用が回避できる点で好ましい。免疫抑制処置を行えば他家細胞の使用も可能であるが、自己細胞を用いる方が圧倒的に良好な治療効果が期待できる。
自己細胞の使用が困難な場合には、他の対象または他の医療用動物由来の細胞を利用することも可能である。細胞は冷凍保存したものであってもよい。
なお自己細胞として間葉系幹細胞を用いる場合は、対象の体内から未分化の状態で採取されたもの、対象の体内から未分化の状態で採取された間葉系幹細胞に遺伝子操作を加えたもの、または対象の体内から未分化の状態で採取された間葉系幹細胞を分化誘導させたもののいずれであってもよい。
また、本発明の処置方法において、本発明の組成物の対象への投与は、例えば、上述各種経路を介して、好適に行うことができる。また、医師においては、上記投与方法を適宜改変して、本発明の組成物を対象へ投与することが可能である。
【0047】
本発明の組成物の有効量は、ヒトプリオン病の予防、進行の遅延または病態の改善等の本組成物の所望の効果がもたらされるものであれば特に制限されないが、典型的には抗体量として0.01〜100mg/kg/日であり、好ましくは0.1〜10mg/kg/日、より好ましくは0.5〜5mg/kg/日である。抗体分泌細胞を含む製剤を用いる場合、有効量は、細胞の抗体産生能にもよるが、典型的には1×10〜1×10細胞/kg(局所投与)または1×10〜1×10細胞/kg(静脈内投与)であり、好ましくは1×10〜1×10細胞/kg(局所投与)または1×10〜1×10細胞/kg(静脈内投与)、より好ましくは5×10〜1×10細胞/kg(局所投与)または5×10〜1×10細胞/kg(静脈内投与)である。ただし、かかる用量は、処置における種々の条件、例えば、疾患の重篤度、対象の一般健康状態、年齢、体重、性別、食事、製剤の投与経路、投与時期および投与頻度、併用医薬の有無、反応への感受性、および処置に対する耐容性/反応性などに応じて適宜調節することができる。
【0048】
本発明の他の側面は、有効量の上記抗体を持続放出することを含む、ヒトプリオン病の処置方法、ならびにかかる処置方法に用いる持続製剤に関する。
持続放出は、任意の持続製剤を用いて達成することができ、典型的には対象の体内で行われるが、これに限定されず、例えば、体外もしくは体表に設置した持続製剤もしくは持続放出デバイスを介して行うこともできる。持続製剤の例としては、浸透圧ポンプや、造形品、例えば、フィルムまたはマイクロカプセルの形態にある半透性ポリマーマトリックスなどが挙げられる。浸透圧ポンプとしては、例えばDURECT社のAlzet(登録商標)浸透圧ポンプなどを好適に用いることができる。同ポンプは内部に含まれた溶液を所定の流量パターンで放出することができるため、上記抗体を、生理学的に許容し得る溶媒、例えば生理食塩水、PBSなどに溶解して所望の放出特性を有するポンプに充填し、これを体内に設置することで、容易に抗体の持続放出を達成できる。
【0049】
持続放出性マトリックスとしては、ポリラクチド(米国特許第3,773,919号および欧州特許第58481号)、L−グルタミン酸およびガンマ−エチル−L−グルタメートのコポリマー(Sidman, U. et al., Biopolymers 22:547-556(1983))、ポリ(2−ヒドロキシエチルメタクリレート)(R. Langer et al., J. Biomed. Mater. Res. 15:167-277(1981)、およびR. Langer, Chem. Tech. 12:98-105(1982))、エチレンビニルアセテート(上記R. Langer et al.)、またはポリ−D−(−)−3−ヒドロキシ酪酸(特開昭60−54326号公報)などが挙げられる。持続製剤はまた、リポソームエントラップポリペプチドを包含する。上記抗体を含有するリポソームは、自体公知の方法により調製される(例えば、Epstein et al. 1985. Proc Natl Acad Sci USA 82:3688-3692 、Hwang et al. 1980. Proc Natl Acad Sci USA 77:4030-4034などを参照)。通常、リポソームは、小さい(約200〜800オングストローム)単層型であり、その脂質含量は、約30mol%のコレステロールよりも高く、選択比率は、最適な抗体治療に関して調節される。
【0050】
本発明の持続製剤はまた、上記抗体を分泌する細胞を含むことができる。かかる細胞には、例えば、HB106やHB110などの上記抗体を産生するハイブリドーマ(Kim CL et al. Virology. 2004 Mar 1;320(1):40-51参照)ばかりでなく、上記抗体遺伝子を導入した任意の細胞が含まれる。かかる細胞を含む持続製剤は、細胞が生存する限り抗体を放出することができるため、侵襲的な方法を伴い得る製剤導入の頻度を減らすことが可能となり、有利である。このような細胞のうち、生体への悪影響の少ない自己由来の細胞が好ましく、また、増殖や生死が制御可能な細胞も好ましい。本発明の持続製剤において特に好ましい細胞は、上記抗体遺伝子が導入された間葉系細胞、より好ましくは間葉系幹細胞であり、かかる細胞を投与することにより、上記抗体が持続的に放出されるだけでなく、該細胞が損傷した神経組織が再生されるため、相乗的な効果が期待できる。上記細胞には、例えば、細胞の増殖や神経細胞への分化を促進する遺伝子、細胞の生存率を高める遺伝子、細胞の寿命を延長する遺伝子(例えばテロメラーゼ遺伝子)、細胞周期を調節する遺伝子、細胞の遊走能を向上させる遺伝子、神経保護作用を有する遺伝子、アポトーシス抑制効果を有する遺伝子など、ヒトプリオン病の治療効果を高める効果を有する任意の遺伝子を導入することができる。
上記抗体を分泌する細胞を含む製剤は、例えば、生理食塩水、PBS、種々の細胞培養培地などの生理学的に許容し得る媒体中に上記細胞を含む懸濁液として、または、かかる懸濁液を生分解性カプセル中に含むカプセル剤として提供することができる。また、上記細胞は、凍結保存し用事に解凍して使用してもよい。その他の製剤化の例は、本発明の組成物についてすでに記載したとおりであり、当業者に公知である。なお、かかる持続製剤は、本発明の組成物の一態様でもある。
【0051】
本発明の持続製剤は、体内の任意の部分、例えば、皮下組織中、筋肉内、腹腔内、脳内、脳室内、髄液腔内、動脈内、静脈内などに定法により導入することができる。放出期間は、プリオン病の進行の遅延または病態の改善がもたらされるものであれば特に限定されないが、例えば、10〜50日の期間であれば、良好な治療効果を得ることができる。また、放出量も、プリオン病の進行の遅延または病態の改善等がもたらされるものであれば特に制限されないが、典型的には0.01〜100mg/kg/日であり、好ましくは0.1〜10mg/kg/日、より好ましくは0.5〜5mg/kg/日である。抗体分泌細胞を含む製剤を用いる場合の投与量は既に述べたとおりである。
【0052】
本発明の処置方法はまた、上記抗体遺伝子を対象の細胞に導入することを含む。抗体遺伝子が導入された細胞は、抗体を持続的に放出するようになるため、本発明の持続製剤として作用することができる。核酸を対象の所望の細胞内に導入する方法は良く知られており、これは、ベクターの使用および対象への様々な核酸構築物の注入などを包含する。導入される細胞としては、プリオン病改善効果が得られれば特に制限されないが、典型的には対象の脳内に存在する細胞を挙げることができる。
遺伝子を適切に送達し、所望の核酸の発現をもたらすことのできる数多くの種類のベクターが開発され、例えば、Current Comm. Mol. Biol., Cold Springs Harbor Laboratory, New York(1987)などの文献に記載されている。本発明の抗体遺伝子を含むベクターとしては、当該文献に記載されているもののほか、上述の種々のものを好適に用いることができる。ベクターを用いる場合、典型的には、本発明の核酸を含むベクターの有効量を、対象の循環内または局所に導入し、該ベクターが所望の細胞に特異的に感染できるようにする。別の好ましい態様では、ベクターを、対象の脳内に直接注入する。ベクターの投与量は、ヒトプリオン病の予防や改善がもたらされる量であれば特に制限されないが、本発明のアデノウイルスベクターであれば、例えば成人1人あたりウイルス粒子10〜1015個を投与することができる。ただし、かかる用量は、処置における種々の条件、例えば、疾患の重篤度、対象の一般健康状態、年齢、体重、性別、食事、製剤の投与経路、投与時期および投与頻度、併用医薬の有無、反応への感受性、および処置に対する耐容性/反応性などに応じて適宜調節することができる。
本発明はさらに、プロモーター、抗体遺伝子、およびこれに続くポリアデニル化配列を有する核酸構築物を、対象に直接注入することをも企図する。かかる方法の有用な例は、Vile et al. 1994. Ann Oncol 5 Suppl 4:59に記載されている。かかる核酸構築物は、対象の筋肉またはその他の部位、または対象の脳内に直接注入することができる。
【実施例】
【0053】
本発明を以下の実施例を用いてより具体的に説明するが、本発明の範囲は、これらの実施例に限定されるものではない。
実施例1:抗体産生ハイブリドーマの作製
スクレイピーObihiro株感染マウス脳から精製した異常型プリオンタンパク質(PrPSc)を抗原として、プリオンタンパク質ノックアウトマウス(Prnp−/−マウス)を免疫し、得られた脾臓細胞とマウスミエローマ細胞株(P3U1)とを融合させてハイブリドーマを得、このうちPrPScと結合する抗体を産生するものを選択して、モノクローナル抗体(mAb)106−1および110−2をそれぞれ産生するハイブリドーマHB106およびHB110を得た(上記Kim CL et al. Virology. 2004参照)。具体的手順は以下のとおりである。
【0054】
(1)抗原の調製
Obihiro株感染マウス脳のホモジネート20μlをICR/Slcマウス(雌)に脳内接種し、削痩、起立不能などの末期の臨床症状を呈したら安楽死させ、脳組織を採取した。PrPScは、Caugheyらの方法(Biochemistry. 1991 Aug 6;30(31):7672-80)により、上記脳組織から精製した。すなわち、脳を、10%のサルコシル(N−ラウロイルサルコシンナトリウム)、10mMのTris−HCl(pH8.3)、133mMのNaClおよび1mMのEDTA含む溶液でホモゲナイズし、18,000×gで30分間遠心して得られた上清を、さらに200,000×gで3時間遠心した。得られた沈殿を1%のサルコシル、1.7MのNaCl、10mMのTris−HCl(pH8.3)、および1mMのEDTAを含む溶液に懸濁し、200,000×gで2時間遠心した。得られた沈殿を10mMのTris−HCl(pH7.4)、100mMのNaClおよび10mMのMgClを含む溶液に懸濁した後、DNase IおよびRNase Aで処理し、核酸を分解した。その後、溶液を1Mのショ糖、100mMのNaCl、および0.5%のZwittergent(登録商標)3−12を含むリン酸バッファー上に重層して、200,000×gで2時間遠心して得られた画分を精製PrPScとして使用した。タンパク質濃度はDCタンパク質アッセイキット(Bio-Rad)により測定した。
10μgの精製PrPScを、2%のサルコシル、0.4%のホスファチジルコリン、150mMのNaClおよび50mMのTris/HClを含む1.6mlのDLPCバッファー(pH8.3)に懸濁し、Branson Sonifierコンタミネーションフリー超音波試料前処理システムによる2秒間の超音波処理を5回行ったものを抗原とした。
【0055】
(2)マウスの免疫
Prnp−/−マウス(Yokoyama et al. 2001. J Biol Chem 276:11265-11271参照)に、上記抗原200μgをフロイント完全アジュバントとともに皮下接種した。その後2週間毎に2回、上記抗原100μgをフロイント不完全アジュバントとともに皮下接種した。最終免疫は上記抗原50μgをPBSで希釈したものを腹腔内投与することにより行った。
【0056】
(3)細胞融合およびハイブリドーマの選択
最終免疫から3日後に、深麻酔下の免疫マウスより脾臓細胞を採取し、ポリエチレングリコール1500(Roche Diagnostic)によりP3U1細胞と融合させた。得られたハイブリドーマの培養上清を組換えPrP(rPrP:上記Kim CL et al. Virology. 2004参照)および精製PrPScを抗原としたELISAによりスクリーニングし、陽性細胞を限界希釈法によりクローニングして、ハイブリドーマHB106およびHB110を得た。これらのハイブリドーマはD−MEMで培養した。なおこれらのハイブリドーマは、上記Kim CL et al. Virology. 2004にそれぞれmAb106および110を産生するハイブリドーマとして記載されており、必要に応じて本発明者らから自由に譲渡を受けることができる。
【0057】
実施例2:抗体遺伝子の配列決定
(1)全RNAの回収およびcDNAの合成
実施例1で得たハイブリドーマからトリゾール試薬(Invitrogen)を用いて全RNAを回収し、First strand cDNA Synthesis Kit(Amersham)を用いてcDNAを合成した。具体的には、鋳型として上記全RNA2.5μgを、プライマーとしてキット付属のNotI−dTプライマーをそれぞれ用い、37℃で1時間逆転写反応を行った。
(2)RACE用プライマーの設定
下表のプライマーを用いたPCRにより、重鎖および軽鎖の可変領域全体と定常領域の一部をコードする遺伝子断片を増幅した。PCRは、Expand(登録商標)高品質PCRシステム(Roche)を用い、GeneAmp(登録商標)PCRシステム(Applied Biosystems)にて、以下の反応条件で行った。
【0058】
【表1】

【表2】

【0059】
増幅産物をアガロースゲル電気泳動により確認し、MicroSpin(登録商標)S-300 HRカラム(Amersham)を用いてプライマーを除去した。PCR産物のクローニングにはpCRII TOPO TAクローニングキット(Invitrogen)を用いた。具体的には、pCRII TOPOプラスミドベクターとPCR増幅断片とを混和し、室温で5分放置して、One Shot TOP10コンピテントセルを形質転換した。形質転換後のLB寒天培地から1mlのLB培地に植菌し、37℃にて一晩インキュベートした。プラスミドの抽出は、QIAprep Spin Miniprep Kit(QIAGEN)を用いて行った。
PCR増幅断片の塩基配列は、ABI-3100 avant(Applied Biosystems)自動シークエンサーにて、BigDye(登録商標)terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit(Applied Biosystems)を用いたサイクルシークエンス反応により決定した。具体的には、まず、上記クローニングしたPCR産物と下記のプライマーとを含むサイクルシークエンス反応液を以下の条件で反応させた。
【0060】
【表3】

プライマー:
TOPOII-SP6 5’-ATTTAGGTGACACTATAG-3’
TOTPII-T7 5’-CCCTATAGTGAGTCGTATTA-3’
反応後の溶液は4℃で保存し、増幅産物をエタノールにより回収した。産物をホルムアミド20μlに再溶解し、ABI PRISM(登録商標)3100-Avant Genetic Analyzer(Applied Biosystems)により塩基配列を決定した。
【0061】
決定された塩基配列をもとに、抗体の重鎖および軽鎖遺伝子内部に5’および3’−RACE用プライマーを下記のとおり設定した。
3’−RACE用プライマー
106VHF1 : 5’-CACTGACTGTAGACATACCC-3’(配列番号36)
110VHF1 : 5’-TTCATAACCTATGGAGTGAG-3’(配列番号37)
106VLF1 : 5’-TTGGGGTCCCAGACAGGTTC-3’(配列番号38)
dTAnc : 5’-ATCGTGTCGACTCATACCAGCAGAGTGGAATTCTACACTGC(T)12-3’(配列番号39)
dTAnc1 : 5’-CGTGTCGACTCATACCAGCAGAGTG-3’(配列番号40)
5’−RACE用プライマー
106VHR2 : 5’-GCCAGTGGATAGACTGATGG-3’ (106H, 110H共通、配列番号41)
106VHR3 : 5’-TTGACCAGGCATCCCAGAGT-3’ (106H, 110H共通、配列番号42)
106VLR2 : 5’-CCAGATGTTAACTGCTCACT-3’ (106L, 110L共通、配列番号43)
106VLR3 : 5’-TCATGCTGTAGGTGCTGTCT-3’ (106L, 110L共通、配列番号44)
ANC 5’-GCACTTGACTATGACTGACTGAATTCTTTAGTGAGGGTTAATTGCC-3’(配列番号45)
ANC1 : 5’-CAATTAACCCTCACTAAAGA-3’(配列番号46)
ANC3 : 5’-CTAAAGAATTCAGTCAGTCA-3’(配列番号47)
【0062】
(3)5’および3’−RACEによる全抗体遺伝子の増幅と配列決定
まず、3’−RACEにより抗体遺伝子の3’側cDNAを増幅した。具体的には、鋳型として実施例2(1)で得た全RNA2.5μgを、プライマーとしてdTAncをそれぞれ用い、First strand cDNA Synthesis Kit(Amersham)によって37℃、1時間逆転写反応を行った。得られた逆転写産物を鋳型に、Expand(登録商標)高品質PCRシステム(Roche)を用い、GeneAmp(登録商標)PCRシステム(Applied Biosystems)にて、以下の条件でPCRを行った。
【表4】

抗体106−1重鎖3’領域増幅用プライマー:106VHF1(配列番号36)およびdTAnc1(配列番号40)
抗体110−2重鎖3’領域増幅用プライマー:110VHF1(配列番号37)およびdTAnc1(配列番号40)
抗体106−1および110−2の軽鎖3’領域増幅用プライマー:106VLF1(配列番号38)およびdTAnc1(配列番号40)
【0063】
MicroSpin S-300 HRカラム(Amersham)を用いてプライマーを除去し、実施例2(2)と同様にpCRII TOPO TAクローニングキット(Invitrogen)を用いてPCR産物をクローニングした。クローニングした遺伝子断片の塩基配列の決定は、以下のプライマーを用いたことを除いて実施例2(2)に記載のとおりに行った。
TOPOII-SP6 :5’-ATTTAGGTGACACTATAG-3’
106H1 : 5’-GTTGCTCACCCAGCCAGCAG-3’(配列番号48)
106H2 : 5’-AGAGCTCCACAAGTATACAT-3’(配列番号49)
110H1 : 5’-TTGGAACTCTGGATCCCTGT-3’(配列番号50)
106L1 : 5’-AGCTATACCTGTGAGGCCAC-3’(配列番号51)
TOTPII-T7 : 5’-CCCTATAGTGAGTCGTATTA-3’
TOPOII-M13F : 5’-GGACCGCAATGGGTTGAATT-3’
【0064】
次に、5’−RACEにより抗体遺伝子の5’側cDNAを増幅した。具体的には、まず、鋳型として、実施例2(1)で得た全RNA100μgからOligotex(登録商標)-MAG(TaKaRa)によって回収したポリA(+)RNAの1.5μgを、プライマーとしてNot−dTプライマーをそれぞれ用い、First strand cDNA Synthesis Kit(Amersham)により37℃で1時間逆転写反応を行った後、MicroSpin S-400 HRカラム(Amersham)を用いて増幅産物からプライマーを除去、精製した。精製後の溶液を50μlに調製し、7.5μlの2N NaOHを加え、30分間50℃に加熱した。加熱後の試料に、7.5μlの2.2N酢酸、1.5μlのグリコーゲン(0.5μg/μl)、3.5μlの10μM LiClおよび140μlの100%エタノールを加えて混和した後、混和物を液体窒素中で凍結、室温融解を2回行った。融解後、エタノール沈殿により一本鎖(ss−)cDNAを回収した。得られたss−cDNAに、T4−RNAリガーゼ(New England Biolabs)を用いてオリゴdTプライマー(ANC、配列番号45)を結合し、これを鋳型として、3’−RACEと同じ条件で一回目のPCRを行った。プライマーとして以下のものを用いた。
抗体106−1および110−2重鎖5’領域増幅用プライマー:106VHR2(配列番号41)およびANC1(配列番号46)
抗体106−1および110−2軽鎖5’領域増幅用プライマー:106VLR2(配列番号43)およびANC1(配列番号46)
【0065】
MicroSpin S-300 HRカラム(Amersham)を用いて増幅産物からプライマーを除去し、これを鋳型として、一回目のPCRと同じ条件で二回目のPCRを行った。プライマーとして以下のものを用いた。
抗体106−1および110−2重鎖5’領域増幅用プライマー:106VHR3(配列番号42)およびANC3(配列番号47)
抗体106−1および110−2軽鎖5’領域増幅用プライマー:106VLR3(配列番号44)およびANC3(配列番号47)
MicroSpin S-300 HRカラム(Amersham)を用いてプライマーを除去し、実施例2(2)と同様にpCRII TOPO TAクローニングキット(Invitrogen)を用いてPCR産物をクローニングした。クローニングした遺伝子断片の塩基配列の決定は、以下のプライマーを用いたことを除いて実施例2(2)に記載のとおりに行った。
TOPOII-SP6 : 5’-ATTTAGGTGACACTATAG-3’
M13F(-20): 5’-CTGGCCGTCGTTTTAC-3’
TOPOII-T7 : 5’-CCCTATAGTGAGTCGTATTA-3’
【0066】
最後に、5’−RACEおよび3’−RACEで決定した塩基配列を塩基配列解析ソフトウエアGenetyx Mac ver 12.0(Genetyx)で結合し、抗体106−1および110−2遺伝子の全塩基配列およびアミノ酸配列を下表のとおりに得た。
【表5】

【0067】
実施例3:抗体のPrPSc増殖阻害活性
(1)PrPSc量の変化
プリオン持続感染細胞I3/I5(Race et al. 1987 J Gen Virol 68:1391-9参照)を用いて上記抗体のPrPSc増殖阻害活性を検討した。I3/I5細胞は10%FBS加Opti-MEM(Invitrogen)で培養し、25cmディッシュでほぼコンフルエントになったものの1/20を35mmディッシュに移した。移植後2日目に、培地を4%FBS加Opti-MEM3mlに交換し、種々の濃度の抗体を加え、細胞をさらに3日間培養した。細胞に含まれるPrPScを評価するため、培養終了後、細胞を300μlの溶解バッファー(5mMのEDTA、0.5%のTriton X-100、0.5%のデオキシコール酸ナトリウム、150mMのNaClおよび10mMのTris/HCl、pH7.5)で溶解し、氷上に30分間放置した。細胞残屑を1,000rpm、5分の遠心分離で除去し、20μgのプロテイナーゼKにより37℃で20分間処理した。反応は1mMのPefabloc(Roche)を添加して停止させた。次いで、試料をDNase I(100μg/ml)およびRNase A(5μg/ml)により室温で15分間処理し、Beckman Optima TLXのTLA 100.3ローターを用いて70,000rpm、4℃で2時間遠心分離した。得られたペレットをSDS−PAGEサンプルバッファー(62.5mMのTris−HCl(pH6.8)、5%のグリセロール、3mMのEDTA、5%のSDS、4Mの尿素、4%のβ−メルカプトエタノールおよび0.04%のブロモフェノールブルー)に溶解した。
【0068】
SDS−PAGEは、NuPAGE(登録商標)12%Bis−trisゲルおよびMOPS−SDS泳動バッファーにより、製造者(Invitrogen)の指示にしたがって行った。その後、SDS−PAGEを受けたタンパク質試料をImmobilon-P PVDFメンブレン(Millipore)に、Transblot Mini Cellウェット式ブロッティング装置(Bio-Rad)にて、NuPAGEトランスファーバッファー(Invitrogen)により60Vで2時間トランスファーした。メンブレンは、一次抗体(mAb44B1(WO 2005/094846、非特許文献4等参照)、0.2μg/ml)、次いで二次抗体(HRP標識抗マウスIgGヤギF(ab’)、1:2500希釈)と反応させた後、ECLウェスタンブロッティング検出試薬(Amersham Pharmacia)で処理し、免疫反応性タンパク質をX線フィルム上に現像した。バンド強度は、LAS−3000ルミノ・イメージアナライザー(富士フィルム)にて、Science Lab 98イメージゲージソフトウェア(富士フィルム)により定量し、3回の実験の平均値を算出した。図1および2に示すとおり、抗体106−1および110−2が用量依存的にPrPScの増殖を阻害することがわかる。なお、陰性対照抗体として抗ネコ汎白血球減少症ウイルス抗体P1−284(Horiuchi et al., J. Vet. Med. Sci. 59(2):133-136, 1997参照)を用いた。
【0069】
(2)PrP量の変化
別の実験では、抗体の添加による細胞のPrP量への影響を評価するため、上記培養後の細胞をPBSで洗浄し、プロテアーゼ阻害剤(2mMのEDTA、1μg/mlのペプスタチン、2μg/mlのロイペプチン、2μMのベスタチンおよび1μg/mlのアプロチニン)を含む、300μlの溶解バッファー(1%のZwittergent(登録商標)3−14、150mMのNaCl、50mMのTris/HCl、pH7.5)で溶解した。細胞残屑を1,000rpm、5分間の遠心分離により除去した後、試料をBeckman Optima TLXのTLA 100.3ローターを用いて45,000rpm、4℃で30分間遠心分離し、上清をSDS−PAGEに供した。上記(1)と同様にメンブレンにブロッティングした後、メンブレンを0.2μg/mlのmAb44B1、次いで二次抗体(HRP標識抗マウスIgGヤギF(ab’)、1:2500希釈)と反応させ、バンド強度を(1)と同様に評価した。図3に示すとおり、抗体の添加によりPrPの存在量は、減少するどころかむしろ若干増大しており、上記PrPSc量の減少がPrP自体の減少によるものではないことがわかる。
【0070】
(3)PrPSc増殖阻害活性の持続
さらに別の実験では、I3/I5細胞と抗体とのインキュベーション期間を3日、6日および9日とした場合についてのPrPSc増殖阻害活性を検討した。抗体は106−1を用い、上記と同様の方法でPrPScの量を評価した。図4に示すとおり、抗体の効果は添加の9日後まで持続していた。0.8μg/ml以上の濃度では、9日目にPrPScは検出されなかった。
【0071】
実施例4:抗体のヒトプリオンタンパク質への結合活性
ヒトプリオンタンパク質を発現するヒト神経芽腫細胞系SK−N−MCおよびIMR−32を用いて、前記抗体のヒトプリオンタンパク質への結合能を評価した。
(1)ウェスタンブロッティングによる評価
D−MEM培地で48間培養した各細胞をPBSで洗浄し、実施例3(2)と同様にしてPrPを抽出し、メンブレンにトランスファーした。メンブレンを1μg/mlの被験抗体(106−1、110−2および31C6)、次いで二次抗体(HRP標識抗マウスIgGヤギF(ab’)、1:2500希釈)と反応させ、バンド強度を上記と同様に評価した。なお、抗体31C6は、実施例3(1)と同様の方法によりPrPSc増殖阻害活性を有することが既に報告されている(非特許文献4参照)。図5に示すとおり、プリオンタンパク質含有上清を抗体106−1および110−2と反応させると、分子量30〜36kDaの典型的なヒトPrPのバンドが明瞭に検出されたことから、両抗体がいずれもヒトプリオンタンパク質に結合したことが分かる。これに対し、抗体31C6を作用させても上記バンドは全く検出されなかった。
【0072】
(2)フローサイトメトリーによる評価
SK−N−MC細胞を、0.5%FBS加PBSで洗浄し、0.5%FBS加PBS中に希釈した抗体(106−1および110−2、いずれも1μg/ml)と氷上で30分間反応させた。次いで、細胞を0.5%FBS加PBSで3回洗浄し、1:2000に希釈したAlexa488標識抗マウスIgGヤギFabフラグメント(Molecular Probes)と30分間反応させた。洗浄後、細胞を0.5%FBS加PBS中の5μg/mlのヨウ化プロピジウムで5分間染色し、EPICS XL-ADCフローサイトメーター(Beckman Coulter)で分析した。試料の処理はすべて冷蔵条件下で行った。なお陰性対照として、SK−N−MC細胞を、P3U1細胞の培養上清または抗体P1−284と反応させたものを用いた。また、抗体31C6は、マウス神経芽腫細胞系N2a(CCL−131、ATCC)と反応させた。図6に示すとおり、抗体106−1および110−2がいずれもSK−N−MCの細胞表面に発現するPrPと反応することが分かる。
以上のとおり、抗体106−1および110−2は異常プリオンタンパク質の増殖を阻害するばかりでなくヒトプリオンタンパク質と反応することが明らかとなった。このことは、これらの抗体がヒト細胞において異常プリオンタンパク質の増殖を阻害することを示すものである。
【0073】
実施例5:抗体の安全性
WST−1(4−[3−(4−ヨードフェニル)−2−(4−ニトロフェニル)−2H−5−テトラゾリオ]−1,3−ベンゼンジスルホネート)法により、抗体が細胞増殖に与える影響を評価した。具体的には、N2a細胞を種々の濃度の抗体106−1と3日間インキュベートした後、細胞を96穴マイクロプレートに2000個/ウェルの密度で分注し、前培養した。次いでWST−1試薬を添加混和し、COインキュベーターで3時間反応させた後、プレートリーダーにて450nmにおける吸光度を測定した。図7に示すとおり、20μg/mlの抗体を添加しても、細胞増殖に有意な影響は見られなかった。
【図面の簡単な説明】
【0074】
【図1】I3/I5細胞を、種々の濃度(0、0.16、0.8、4または20μg/ml)の抗体P1−284、106−1または110−2と共に3日間培養した後のPrPSc量を示したウェスタンブロットである。ブロット下の数字は、抗体濃度0(抗体なし)のバンド強度を100%とした場合の各濃度のバンド強度比(%、3回の実験の平均値)を示す。
【図2】I3/I5細胞における、各抗体のPrPSc増殖阻害率の用量依存性を示したグラフである。抗体濃度0(抗体なし)のウェスタンブロットにおけるバンド強度を100%とした場合の、各濃度のバンド強度比(%、3回の実験の平均値)を阻害率とした。
【図3】I3/I5細胞を、種々の濃度(0、0.16、0.8、4または20μg/ml)の抗体P1−284、106−1または110−2と共に3日間培養した後のPrP量を示したウェスタンブロットである。
【図4】I3/I5細胞を、種々の濃度(0、0.16、0.8、4または20μg/ml)の106−1と共に3〜9日間培養した後のPrPSc量を示したウェスタンブロットである。
【図5】抗体106−1、110−2および31C6の、ヒトプリオンタンパク質への結合能を示したウェスタンブロットである。
【図6】抗体106−1および110−2の、ヒト神経芽腫細胞上ヒトプリオンタンパク質への結合能を評価したフローサイトメトリーの結果を示した図である。
【図7】抗体106−1の細胞増殖に与える影響を示したグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1a)配列番号13または15で表されるポリペプチド、
(1b)(1a)に対して変異を有するが、なおこれと同等の機能を有するポリペプチド、
(1c)配列番号9または11で表される核酸、その相補鎖、またはこれらの断片にストリンジェントな条件でハイブリダイズする核酸によってコードされ、かつ、(1a)のポリペプチドと同等の機能を有するポリペプチド
からなる群から選択されるポリペプチドを含む重鎖可変領域、
および/または、
(2a)配列番号14または16で表されるポリペプチド、
(2b)(2a)に対して変異を有するが、なおこれと同等の機能を有するポリペプチド、
(2c)配列番号10または12で表される核酸、その相補鎖、またはこれらの断片にストリンジェントな条件でハイブリダイズする核酸によってコードされ、かつ、(2a)のポリペプチドと同等の機能を有するポリペプチド
からなる群から選択されるポリペプチドを含む軽鎖可変領域、
を有する抗体、またはこれをコードする核酸を含む、ヒトプリオン病を処置するための組成物。
【請求項2】
(1a)配列番号5または7で表されるポリペプチド、
(1b)(1a)に対して変異を有するが、なおこれと同等の機能を有するポリペプチド、
(1c)配列番号1または3で表される核酸、その相補鎖、またはこれらの断片にストリンジェントな条件でハイブリダイズする核酸によってコードされ、かつ、(1a)のポリペプチドと同等の機能を有するポリペプチド
からなる群から選択されるポリペプチドを含む重鎖、
および/または、
(2a)配列番号6または8で表されるポリペプチド、
(2b)(2a)に対して変異を有するが、なおこれと同等の機能を有するポリペプチド、
(2c)配列番号2または4で表される核酸、その相補鎖、またはこれらの断片にストリンジェントな条件でハイブリダイズする核酸によってコードされ、かつ、(2a)のポリペプチドと同等の機能を有するポリペプチド
からなる群から選択されるポリペプチドを含む軽鎖、
を有する抗体、またはこれをコードする核酸を含む、ヒトプリオン病を処置するための組成物。
【請求項3】
抗体をコードする核酸が導入された細胞を含む、請求項1または2に記載の組成物。
【請求項4】
細胞が間葉系細胞である、請求項3に記載の組成物。
【請求項5】
抗体をコードする核酸を担持するベクターを含む、請求項1または2に記載の組成物。
【請求項6】
(a)配列番号9または11で表される核酸配列を含む核酸、
(b)遺伝子コードの縮重により前記(a)の核酸と同一のポリペプチドをコードする核酸、
(c)前記(a)または(b)の核酸の配列に変異を有するが、なお該核酸がコードするポリペプチドと同等の機能を有するポリペプチドをコードする核酸、および、
(d)前記(a)〜(c)のいずれかの核酸の相補鎖、またはその断片にストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、該核酸がコードするポリペプチドと同等の機能を有するポリペプチドをコードする核酸、
からなる群から選択される核酸を含む、ヒトPrPScの増殖を阻害する抗体の重鎖可変領域をコードする核酸。
【請求項7】
(a)配列番号10または12で表される核酸配列を含む核酸、
(b)遺伝子コードの縮重により前記(a)の核酸と同一のポリペプチドをコードする核酸、
(c)前記(a)または(b)の核酸の配列に変異を有するが、なお該核酸がコードするポリペプチドと同等の機能を有するポリペプチドをコードする核酸、および、
(d)前記(a)〜(c)のいずれかの核酸の相補鎖、またはその断片にストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、該核酸がコードするポリペプチドと同等の機能を有するポリペプチドをコードする核酸、
からなる群から選択される核酸を含む、ヒトPrPScの増殖を阻害する抗体の軽鎖可変領域をコードする核酸。
【請求項8】
(1a)配列番号13または15で表されるポリペプチド、
(1b)(1a)に対して変異を有するが、なおこれと同等の機能を有するポリペプチド、
(1c)配列番号9または11で表される核酸、その相補鎖、またはこれらの断片にストリンジェントな条件でハイブリダイズする核酸によってコードされ、かつ、(1a)のポリペプチドと同等の機能を有するポリペプチド
からなる群から選択されるポリペプチドを含む重鎖可変領域、
および/または、
(2a)配列番号14または16で表されるポリペプチド、
(2b)(2a)に対して変異を有するが、なおこれと同等の機能を有するポリペプチド、
(2c)配列番号10または12で表される核酸、その相補鎖、またはこれらの断片にストリンジェントな条件でハイブリダイズする核酸によってコードされ、かつ、(2a)のポリペプチドと同等の機能を有するポリペプチド
からなる群から選択されるポリペプチドを含む軽鎖可変領域、
を有する抗体、またはこれをコードする核酸の、ヒトプリオン病を処置するための組成物の製造への使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−252288(P2007−252288A)
【公開日】平成19年10月4日(2007.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−82037(P2006−82037)
【出願日】平成18年3月24日(2006.3.24)
【出願人】(504173471)国立大学法人 北海道大学 (971)
【出願人】(591190955)北海道 (121)
【出願人】(506100495)NCメディカルリサーチ株式会社 (10)
【Fターム(参考)】