説明

ヒト胚性幹細胞の分化ならびにそれに由来する心筋細胞および心筋前駆細胞

本発明は、hES細胞から心筋細胞を分化させるための現行の培養法を改善する方法を提供する。本方法は、アスコルビン酸またはその誘導体の存在下でhES細胞を培養することを含む。好ましくは、この培養は無血清条件で行われる。また、本発明は、本方法によって分化した、単離された心筋細胞および心筋前駆細胞、ならびにこれらの細胞を心臓疾患および症状を治療および予防する方法で使用することも含む。hES細胞を心筋細胞に分化させるためにアスコルビン酸を含む培養培地および細胞外培地も提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明が関連する技術分野は、ヒト胚性幹細胞から心筋細胞への分化を誘導することである。
【背景技術】
【0002】
心筋細胞は最終分化していると考えられている。これらの細胞はわずかな割合のものが増殖能力を有するが、損傷されたか死んだ心筋細胞を置き換えるのには十分ではない。心筋細胞の死亡は、例えば、冠血管が血栓によって閉塞して、周囲の心筋細胞に他の冠血管から必要なエネルギー源を供給できなくなった場合に生じる。機能的な心筋細胞が失われると、慢性心不全に至る可能性がある。
【0003】
心筋細胞の増殖能は、心筋損傷後に心臓を再生させるには十分ではない。様々なステージの虚血性心疾患を有する患者に対する従来の薬物療法によって、心機能、生存率、および生活の質は改善される。しかし、虚血性心臓疾患は今なお西洋社会において最も生命にかかわる病気であり、虚血性心臓疾患患者の臨床成績をさらに向上させるには代替療法が必要である。近年、骨格芽細胞、成人心筋幹細胞、骨髄幹細胞、および胚性幹細胞など、有望な移植用細胞源の数が増加したことに促されて、細胞置換療法への注目度が高くなっている。
【0004】
「正常な」心臓機能を回復させるために可能な経路は、損傷を受けたか死亡した心筋細胞を新しい機能的心筋細胞で置換することである。ヒト胚性幹(hES)細胞は、心筋細胞置換する見込みのある細胞源である。hESは、自然に、または誘導を受けて心筋細胞への分化を行うことができる。
【0005】
胚性幹細胞は広範な分化能力を有する。ドナーの胚盤胞からヒト胚性幹細胞(HESC)の単離および性質決定が行われたという最初の記述があって以来、hESの心筋細胞への分化が報告されてきた。hESと、マウスP19胚性癌腫(EC)細胞に由来する内臓内胚葉様細胞株(END−2)の共培養で、鼓動する領域の出現がもたらされるものが実証されている。これらhES由来の心筋細胞の大部分(85%)は、形態学的および電気生理学的なパラメータに基づいて心室様の表現型を示した。一方、集合体または胚様体として培養したhESは自発的に分化し、脱メチル化剤である5−アザデオキシシチジンによって分化が促されることが他の研究者によって報告されている。これらの研究では、胚様体の8〜70%が鼓動領域を示し、鼓動領域の2〜70%が心筋細胞からなっていた。心筋細胞分化の変動がこのように広範で、定量的データが相対的に不足していることから、これらのインビトロモデルを比較することが困難になっている。
【0006】
hES細胞(hES)からの心筋細胞への分化は、マウス内胚葉様細胞株END−2と共培養を始めてから12日以内に起こる。心筋細胞の表現型および電気生理学に基づくと、hES由来心筋細胞の大部分は、ヒト胎児の心室心筋細胞に似ている。しかし、標準的な共培養実験からの心筋細胞への分化効率は低い。
【0007】
したがって、hES細胞の心筋細胞への分化誘導を向上させて、心筋損傷後に心臓機能を回復する能力を向上させる必要がある。
【発明の開示】
【0008】
第1の態様において、本発明は、ヒト胚性幹細胞(hES)の心筋細胞への分化を促進する方法であって、hES細胞を、アスコルビン酸、その誘導体または機能的同一物の存在下で培養することを含む方法を提供する。
【0009】
好ましくは、hES細胞を、アスコルビン酸、その誘導体または機能的同一物の存在下、心筋細胞への分化をもたらす別の細胞と共培養する。
【0010】
本発明は、心筋細胞の分化のための現行の培養法を改良するための方法を提供する。
【0011】
好ましくは、心筋細胞分化を促すために使用されるアスコルビン酸はL−アスコルビン酸であるが、アスコルビン酸の誘導体またはその機能的同一物、例えば、アスコルビン酸のエステルおよび塩、あるいはタンパク質結合型なども適しているかもしれない。アスコルビン酸の濃度は、培養条件に応じて変化し得る。
【0012】
好ましい実施形態において、培養条件は無血清状態である。
【0013】
また、本発明は、上記の方法から得られる心筋細胞および心筋前駆細胞を提供する。心筋前駆細胞は、それらがIsl1を発現することにより同定することが可能である。心筋細胞に分化させる方法の改良法から得られる細胞は、移植に使うことができる。
【0014】
また、本発明は、心筋細胞分化に使用する場合に、アスコルビン酸を含む培養培地を提供する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
第1の態様において、本発明は、ヒト胚性幹細胞(hES)の心筋細胞への分化を促進する方法であって、hES細胞を、アスコルビン酸、その誘導体または機能的同一物の存在下で培養することを含む方法を提供する。
【0016】
アスコルビン酸は、心筋細胞の分化を助けることが今では分かっている。特に、アスコルビン酸、その誘導体および機能的同一物を添加することによって、基礎となる分化レベルを超えて心筋細胞への分化を促すことができる。例えば、hES細胞の心筋細胞分化が、自発性のものであるか、または心筋細胞分化を誘導する特定の条件下で誘導される場合、hES細胞から心筋細胞または心筋前駆細胞への心筋細胞分化のレベルを上げ、その結果、心筋細胞または心筋前駆細胞の数を増加させることができる。
【0017】
また、本発明が、アスコルビン酸、その誘導体または機能的同一物を使用して、心筋細胞に分化する能力のある未分化hES細胞集団から心筋細胞への分化を誘導し、好ましくは、心筋細胞系列への分化を指令することを含むことも想定されている。
【0018】
アスコルビン酸、その誘導体または機能的同一物を添加することは、指示されたおよび自発的な心筋細胞分化を含む、hES細胞の心筋細胞または心筋前駆細胞への分化を対象とする任意の方法に適用することが可能である。
【0019】
好ましい実施形態において、本発明は、ヒト胚性幹細胞(hES)の心筋細胞への分化を促進するための方法であって、別の細胞、または細胞培養の細胞外培地と、アスコルビン酸、またはその誘導体の存在下で、hES細胞を心筋細胞または心筋前駆細胞に分化させる条件の下で共培養することを含む方法を提供する。好ましくは、この細胞は少なくとも1つの心筋細胞分化誘導因子を分泌する。
【0020】
本発明は、心筋細胞の分化のための現行の培養法を改良するための方法を提供する。したがって「心筋細胞分化を促進すること」は、促進されていない培養物と比較して、培養中に分化した心筋細胞の数が増加すること、および心筋細胞分化プロセスの効率を高めることを含むことが可能である。また、「促進すること」は、心筋細胞に分化する能力がある未分化hES細胞培養物から心筋細胞を誘導することを含むことも可能である。
【0021】
好ましくは、心筋細胞分化を促すために使用されるアスコルビン酸はL−アスコルビン酸であるが、その誘導体、例えば、アスコルビン酸のエステルおよび塩、あるいはタンパク質結合型なども適している。アスコルビン酸の濃度は、培養条件に応じて変化し得る。しかし、一般的には、その濃度は約10-3M〜10-5Mである。最も好ましくは、その濃度は約10-4Mである。アスコルビン酸の機能的同一物は、アスコルビン酸と同様な挙動を示すことができる化合物を含む。
【0022】
アスコルビン酸は、培養のいずれの段階でも導入してよい。好ましくは、アスコルビン酸は、hES細胞の培養を開始する段階から、または、好ましくはhES細胞の共培養を開始する段階から、より好ましくは、少なくとも1つの心筋細胞分化誘導因子を分泌する細胞との共培養を開始する段階から継続して存在することが可能である。しかし、鼓動領域が目に見えるようになる時に、アスコルビン酸を導入することも可能である。
【0023】
ヒト胚性幹細胞(HESCまたはhES細胞)は心筋細胞に分化することができるが、このプロセスの効率は低い。20%ウシ胎児血清(FCS)の存在下で、内臓内胚葉様細胞株END−2との共培養による、hES2細胞株を心筋細胞へ分化させる方法が、分化を誘導するために以前から用いられている。本発明は、本方法、およびその他のhES細胞を含む心筋細胞分化法を改良しようとするものである。0%〜20%の血清濃度が好ましい。
【0024】
最も好ましい実施形態において、培養条件は無血清条件である。条件が無血清である期間は、好ましくはhES細胞の培養をする時から、または、好ましくはhES細胞を共培養する時から、より好ましくは、hES細胞を少なくとも1つの心筋細胞分化誘導因子を分泌する細胞と共培養する時から、鼓動領域が目に見えるようになる時までである。ただし、無血清条件は、培養の開始後、いかなる時でも導入することが可能である。
【0025】
無血清条件の導入は、培養期間にわたって血清を好適に低下させる段階的なものであってもよく、例えば、培養期間にわたる20%、10%、5%、2.5%、および0%という減少スケジュールがあるが、これに限定されない。濃度を、20%から0%までの範囲にわたって段階的に導入することも可能である。濃度を、20%、10%、5%、2.5%、および0%という濃度になるよう段階的に導入してもよい。
【0026】
心筋細胞分化が誘導される期間は少なくとも6日間である。好ましくは、この期間は6〜12日間である。したがって、血清濃度は、この期間にわたって導入することができる。例えば、この期間の一部で血清が存在し、残余の期間では血清が存在しないことも可能である。好ましくは、この期間は無血清である。
【0027】
hES2−END−2共培養の間、心筋細胞分化とFCSの濃度との間には著しい反比例関係が存在する。出願者らは、20%FCSの存在下での鼓動領域の数と比較して、共培養物中の鼓動領域の数が、FCS不在下では24倍に増加することを発見した。アスコルビン酸を無血清共培養物に添加すると、鼓動領域の数がさらに40%増えることが観察された。無血清共培養物の増加にともなって、心臓マーカー、および心筋前駆細胞のマーカーであるIsl1のmRNAとタンパク質の量が増加した。鼓動領域の数は、hES2をEND−2細胞と共培養し始めてから最高で12日後まで増加した。しかし、鼓動領域あたりのα−アクチニン陽性心筋細胞の数は、無血清共培養物(503±179;平均値±標準偏差)と20%FCS共培養物(312±227)の間で有意には相違しなかった。HESCの心筋細胞への分化に対する無血清共培養の促進効果は、hES2細胞株だけでなく、hES3細胞株およびhES4細胞株においても観察された。細胞置換療法を行うのに十分な数の心筋細胞を知るには、HESCからの心筋細胞形成を大規模化することが必須である。本発明は、このような方向にある工程を提供し、好ましくは血清中の干渉因子なしに、心筋細胞分化を促進する他の因子をテストするためのより優れたインビトロモデルを提示する。
【0028】
無血清増殖自体が、心筋細胞への分化効率を向上させ、標準的な血清含有状態よりも早期かつ高頻度に鼓動領域が検出されるため、無血清条件が最も好ましい。しかし、アスコルビン酸を添加すると、実質的に無血清条件での心筋細胞分化を改善または促進することができる。したがって、血清が存在し得る条件では、アスコルビン酸を使用して心筋細胞分化を改善または促進することが、本発明の精神に適うことである。
【0029】
国際公開公報第2005/118784号の内容は、本出願が、無血清培地におけるhES細胞の培養を説明しているため、参照することにより本明細書に組み込まれる。
【0030】
本明細書で使用される場合、「分化を誘導すること」および「分化を誘導する」という用語は、直接的または意図的な幹細胞に対する影響の結果、幹細胞を特定の分化細胞型に発達させることを意味すると解される。影響する要素は、細胞のパラメータ、例えば、イオン流入、pH変化、および/または、細胞外因子、例えば、分化を調節し、誘発させる、増殖因子やサイトカインなどの分泌タンパク質などを含むことができるが、これに限定されない。細胞を集密状態になるまで培養することが含まれ、また、細胞密度による影響を受ける可能性がある。
【0031】
好ましくは、hES細胞と、好ましくは分化因子を提供する任意の細胞とをインビトロで共培養する。これは、好ましくは、培養中で胚細胞を増殖させることによって産生される胚細胞単層にhES細胞を導入することを含む。好ましくは、胚細胞単層を実質的な集密状態なるまで増殖させ、幹細胞を、胚細胞の細胞外培地の存在下、幹細胞を特定の細胞型に分化するのを誘導するのに十分な期間増殖させる。あるいは、幹細胞を、胚細胞の細胞外培地を含む培養液の中で、ただし、胚細胞は存在しない中で増殖させることもできる。フィルター、および寒天などの無細胞基質によって、胚細胞および幹細胞を互いに分離することができる。
【0032】
好ましくは、幹細胞を分化させるために、幹細胞を胚細胞の単層の上で平板培養し、培養によって増殖させて、幹細胞の分化を誘導することもできる。しかし、本発明の目的のためには、アスコルビン酸を添加して分化を促進する任意の方法によって、hES細胞を心筋細胞および心筋前駆細胞に分化させることができる。
【0033】
分化した胚性幹細胞を得るための条件は一般的に、幹細胞の再生を許容しないが、幹細胞を破壊したり、幹細胞を胚外系列だけに分化させることがない条件である。幹細胞を増殖させるのに最適の条件を徐々に取り止めると、幹細胞が特定の細胞型に分化する上で有利に働く。適当な培養条件には、分化の速度および/または分化効率を高めることができる、DMSO、レチノイン酸、FGF、またはBMPの共培養への添加が含まる。
【0034】
胚細胞層の細胞密度は、一般的には、その安定性および能力に影響する。胚細胞は一般には集密的である。典型的には、胚細胞を集密状態になるまで増殖させてから、マイトマイシンCなどの細胞がさらに分裂するのを阻止する薬剤に暴露する。胚の単層レイヤーは一般的に、幹細胞を添加する2日前に確立する。幹細胞は、典型的には分散してから、胚細胞の単層に取り込まれる。好ましくは、幹細胞と胚細胞を、2〜3週間、幹細胞の相当の部分が分化してしまうまで共培養する。
【0035】
本発明の別の態様において、hES細胞の心筋細胞分化を促進するための細胞培養培地であって、心筋細胞分化に使用される場合、アスコルビン酸、その誘導体および機能同一物を含む培養培地が提供される。
【0036】
この細胞培養培地は、心筋細胞および心筋前駆細胞に分化させるため、hES細胞にアスコルビン酸を供給する。培地の濃度は、好ましくは、10-3M〜10-5Mの範囲でアスコルビン酸、その誘導体または機能同一物をhES細胞に供給するのに適した濃度である。より好ましくは、濃度が10-4Mである。hES細胞を培養するのに適しているならば、いずれの型の培養培地も適当である。
【0037】
好ましい実施形態において、少なくとも1つの心筋細胞分化誘導因子を好ましくは分泌する細胞と共培養されたhES細胞が心筋細胞に分化するのを促進する細胞培養培地であって、アスコルビン酸、その誘導体または機能同一物を含む培養培地が提供される。
【0038】
好ましくは、この細胞培養培地は無血清である。しかし、血清の様々な濃度が許容され、20%〜0%にわたることができる。また、血清濃度を、20%、10%、5%、2.5%、および0%を含む群から選択される濃度で提供することも可能である。
【0039】
心筋細胞への分化を向上または促進するためのこれらの培養条件は、少なくとも、テストしたものと同じ由来源のすべてのhES株に適用可能となることが期待され、心筋細胞への分化を向上するためのこれらの培養条件は、すべてのhES細胞株およびhES細胞に一般的に適用可能であることが示唆されている。さらに、これらの分化条件が、ウシ胎児血清を用いずに、すなわち、動物の病原体を潜在的に存在させることなしに樹立できたという事実によって、これらのhES由来の心筋細胞が、心臓病患者における心筋細胞移植に適しているという機会が増える。
【0040】
また、本発明は、心原性因子を試験するための条件も提供する。したがって、本発明は、心原性に関する因子を試験する方法であって、その因子の存在下および不在下でhES細胞が心筋細胞に分化する効率性をテストすることを含む方法を提供する。また、好ましくは、本方法は、分化を誘導する条件下で、hES細胞を、少なくとも1つの心筋細胞分化誘導因子を好ましくは分泌する細胞、またはそれに由来する細胞外培地とともに培養することも含む。
【0041】
出願者らは、分化プロセスの誘導が、アスコルビン酸、その誘導体または機能的同一物が存在する無血清環境において促進されることを発見したため、好ましくは、この試験法は無血清条件を採用する。
【0042】
また、本発明は、hES細胞が心筋細胞へと分化するのを誘導する方法において、アスコルビン酸、その誘導体または機能的同一物を含有する無血清培地を使用することを提供する。
【0043】
ヒト胚性幹細胞を、好ましくは、マウス内臓内胚葉(VE)様細胞と共培養すると、鼓動する筋肉細胞を形成し、心臓特異的なサルコメアタンパク質とイオンチャネルを発現する。電気生理学的反応を直接比較すると、大多数は、培養中でヒト胎児心室細胞に似ているが、少数は心房の表現型を有する。このような共培養法によって、局所的高細胞密度においても、自発的には心臟発生を行わないhES細胞の中で心筋細胞分化を誘導することが可能となる。培養中の胎児心筋細胞およびhES由来の心筋細胞はともに、ギャップ結合を介して機能的に結合している。
【0044】
多能性hES細胞株をEND−2細胞と共培養すると、異なる系列に由来する2つの特徴的な細胞型への広範な分化が誘導される。一方は上皮性で、α−フェトプロテインを陽性に染色する大きな嚢胞構造体を形成し、胚体外内臓内胚葉と推定される。その他は高局所密度の領域にグループ化され、自発的に鼓動する。これらの鼓動する細胞が心筋細胞である。
【0045】
本発明の方法で使用するのに適した幹細胞は、胚性幹細胞および成体幹細胞を含み、成体幹細胞は患者自身の組織に由来するものであってもよい。これにより、幹細胞に由来する分化組織移植片の患者との適合性を高めることができる。これに関して、hES細胞は、人自身の組織に由来する成体幹細胞を含むことが可能なことに留意すべきである。ヒト幹細胞は、胚細胞、または胚細胞由来の細胞外培地に暴露される前、その最中、またはその後に分化状態を調節することができる遺伝子の導入を介して、使用前に遺伝子組換えによって改変することができる。Oct−4などの幹細胞特異的プロモーターによる調節下で選択マーカーを発現するベクターの導入を介して遺伝子組換えによって改変することができる。これらの幹細胞は、いずれの段階においてもマーカーによって遺伝子を修飾して、培養の任意の段階にマーカーを運搬することができる。このマーカーを用いて、培養の任意の段階で、分化した幹細胞集団または未分化の幹細胞集団を精製することができる。
【0046】
心筋細胞が由来することとなる幹細胞は、遺伝子改変によって、例えば、イオンチャネルに突然変異を生じさせることができる(これがヒトの突然死の原因である)。したがって、これらの改変幹細胞に由来する心筋細胞は異常になり、欠陥のあるイオンチャネルに関連した心臓病の培養モデルが得られる。このことは基礎研究のため、および医薬品をテストするために有用である。同様に、他の遺伝性心臓疾患対する培養モデルをつくることができる。また、本発明の心筋細胞は、心臓機能の移植および回復のためにも使用することができる。
【0047】
例えば、虚血性心臓疾患は、西欧諸国において、発病および死亡の主な原因である。酸素欠乏とその後の酸素の再灌流によって引き起こされる心虚血は、不可逆的な細胞損傷を生じさせ、最終的には広範な細胞死と機能喪失をもたらす。心筋細胞の移植によって損傷を受けた心臓組織を再生させようとする方法により、梗塞後の心不全を防止または制限することができる。幹細胞が心筋細胞に分化するのを促進する方法は、本明細書において上述したように、そのような心臓疾患を治療する上で有用である。また、本発明の心筋細胞および心筋前駆細胞は、心臓機能を回復させることができるかを試験するための心筋梗塞モデルにおいて使用することもできる。
【0048】
ヒト胚性幹細胞は、胚から直接得るか、または胚性幹細胞の培養物から得ることができる[例えば、Reubinoff BE,Pera MF,Fong CY et.al.Embryonic stem cell lines from human blastocysts:somatic differentiation in vitro,Nat Biotechnol 2000;18:399−404参照]。幹細胞は、胚細胞株または胚組織から得ることができる。胚性幹細胞は、未分化の状態で培養および維持されている細胞であってもよい。
【0049】
hES細胞は、自発的には心臓発生を行わないhES細胞であっても、あるいは自発的に分化を行うhES細胞であってもよい。
【0050】
心筋細胞分化を誘導するために用いられる方法は、hES細胞を、少なくとも1つの心筋細胞分化誘導因子を分泌する細胞と共培養することを含む方法であることが好ましい。しかし、当然のことながら、アスコルビン酸、その誘導体または機能的同一物をhES細胞のいずれかの培養法に加えることは、心筋細胞の分化効率を改善すると考えられる。心筋細胞分化誘導因子を提供する細胞は、胚から単離された内臓内胚葉組織または内臓内胚葉様組織に由来する胚細胞であってもよい。好ましくは、内臓内胚葉は、マウス胚(E7.5)など、原腸形成直後の胚から単離することが可能である。内臓内胚葉組織または内臓内胚葉様組織は、Roelen et al,1994 Dev.Biol.166:716−728に記載されているように単離することができる。特徴的には、内臓内胚葉は、α−フェトプロテインおよびサイトケラチン(ENDO−A)の発現によって同定することができる。この胚細胞は胚性癌腫細胞、好ましくは内臓内胚葉の性質を有する細胞であってもよい。また、内胚葉因子を発現するか、内胚葉因子を発現するよう遺伝子操作されている細胞も含まれる。
【0051】
また、心筋細胞分化誘導因子は細胞外培地にも存在する。したがって、分化を誘導するための細胞の培養に由来する細胞外培地を使用することは本発明の範囲に含まれる。
【0052】
本明細書の中で使用される「細胞外培地」という用語は、本明細書に記載された通りに胚細胞をある期間、培地の中で増殖させて、胚細胞によって産生される細胞外因子、例えば、分泌タンパク質が、コンディション培地中に存在するようにして作製されたコンディション培地を意味すると解される。この培地は、細胞の増殖を促進する成分、例えば、ダルベッコ最小必須培地(DMEM)、または、血清がこの培地の通常の成分である場合には、無血清状態で提供されるHam’s F12などの基本培地を含むことも可能である。END−2細胞は、通常、DMEMと7.5%FCS、ペニシリン、ストレプトマイシン、および1%非必須アミノ酸の1:1の混合物の中で培養される。ヒト幹細胞との共培養においては、培地を、20%以下のFCSを含有するヒト胚性幹細胞培地で置換する。END−2細胞由来のコンディション培地の場合には、このコンディション培地は、標準的な7.5%血清とは対照的に、無血清状態で調製することが可能である。
【0053】
一つの実施形態において、心筋細胞分化誘導因子を産生する細胞は、マウスVE様の細胞またはそれ由来の細胞である。一般的には、この細胞は、少なくとも実質的にマウスVE様細胞によって産生されるのと同様のタンパク質分泌プロファイルを生じる。本発明の好ましい実施形態において、この細胞はEND−2細胞である。
【0054】
胚細胞は、培養中の細胞株または細胞から得ることができる。胚細胞は、胚細胞株、好ましくはEND−2細胞株(Mummery et al,1985,Dev Biol.109:402−410)など、内臓内胚葉の特徴を有する細胞株から得ることができる。END−2細胞株は、懸濁液中の集合体としてレチノイン酸によって処理されて再平板培養されたP19EC細胞の培養物からクローニングすることによって確立された(Mummery et al,1985,Dev Biol.109:402−410)。このEND−2細胞株は内臓内胚葉(VE)の特徴を有し、α−フェトプロテイン(AFP)および細胞骨格タンパク質のENDO−Aを発現する。
【0055】
国際公開公報第2003/010303号の内容は、参照され、参照することにより本明細書に組み込まれ、胚細胞存在下での心筋細胞の分化を誘導することを記載している。
【0056】
別の実施形態において、この細胞は肝臓実質細胞である。本実施形態の好ましい形態において、肝臓実質細胞はHepG2である。
【0057】
本発明は、本発明の方法によって生産される心筋細胞または心筋前駆細胞を提供する。
【0058】
分化した心筋細胞または心筋前駆細胞は、心臓特異的なサルコメアタンパク質を発現し、心筋細胞に典型的な変時性反応ならびにイオンチャネルの発現および機能を示す。
【0059】
好ましくは、分化した心筋細胞は、培養中のヒト胎児心室細胞に似ている。
【0060】
別の好ましい形態において、分化した心筋細胞は、培養中のヒト胎児心房細胞に似ている。
【0061】
別の好ましい形態において、分化した心筋細胞は、培養中のヒト胎児ペースメーカー細胞に似ている。
【0062】
好ましくは、心筋前駆細胞は心臓マーカー、および特に、心筋前駆細胞のマーカーであるIsl1を発現する。また、これらの細胞はα−アクチニンを発現する可能性もある。しかし、さらなる中間細胞はTroma−1を発現する可能性がある。好ましくは、Troma−1を発現する細胞は内胚葉様細胞である。
【0063】
本発明の心筋細胞は、好ましく鼓動する能力がある。心筋細胞および心筋前駆細胞は、固定し、α−アクチニン抗体で染色して、筋肉の表現型を確認することができる。また、α−トロポニン抗体、α−トロポマイシン抗体、およびα−MHC抗体も、特徴的な筋肉染色を示す。好ましくは、当業者に既知の方法に従って、心筋細胞を固定する。より好ましくは、心筋細胞を、パラホルムアルデヒドを用いて、好ましくは約2%〜約4%のパラホルムアルデヒドを用いて固定する。筋肉細胞のイオンチャネル特性および活動電位は、パッチクランプ、電気生理学およびRT−PCRによって測定することができる。
【0064】
本発明は、分化した心筋細胞が結合している、本発明の複数の分化心筋細胞を提供する。この結合は機能的なものであるか、または物理的なものであってもよい。
【0065】
一つの実施形態において、この結合はギャップ結合を介するものである。
【0066】
別の実施形態において、この結合は接着結合を介するものである。
【0067】
さらなる実施形態において、この結合は電気的なものである。
【0068】
本発明は、本発明の分化心筋細胞に由来する鼓動領域を解離させて作製した分化心筋細胞のコロニーも提供する。
【0069】
一般的には、解離した細胞を再平板培養する。好ましくは、それらは2種類の2次元形態をとる。
【0070】
本発明は、培養中のヒト心筋細胞を研究するためのモデルであって、本発明の分化心筋細胞または心筋前駆細胞を含むモデルも提供する。このモデルは、心筋細胞移植療法を開発する上で有用である。
【0071】
さらに、本発明は、本発明の分化心筋細胞を含む、心血管用薬剤を試験するためのインビトロ系を提供する。
【0072】
また、本発明は、変異hES細胞から調製された、変異した本発明の分化心筋細胞または心筋前駆細胞も提供する。細胞に変異を導入する方法は当分野において周知であることが認められる。包含される変異は、遺伝子またはタンパク質の消失をもたらす変異だけでなく、遺伝子またはタンパク質の過剰発現をもたらす変異である。
【0073】
本発明は、本発明に係る変異型の分化心筋細胞または心筋前駆細胞を使用することを含む、心筋細胞の分化および機能を調べる方法(電気生理学的方法)を提供する。
【0074】
本発明は、本発明に係る変異型の分化心筋細胞を含む、心血管用薬剤を試験するためのインビトロ系を提供する。
【0075】
本発明は、試験細胞として本発明の変異型分化心筋細胞を用いることを含む、心血管用薬剤を試験するためのインビトロ法を提供する。
【0076】
イオンチャネルは、心筋細胞機能において重要な役割を果たす。どのチャネルが発現されるのかが分かれば、特定のイオンチャネルを持たないhES細胞を作出することができ、心臓への分化および心臓機能に対する効果を(電気生理学法を用いて)調べることができる。さらに、心臓のイオンチャネルに特異的な薬剤を(活動電位、鼓動数、および形態学的外観などの指標をみて)試験することができる。
【0077】
鼓動するhES由来心筋細胞の領域は、好ましくはANFを発現する。心臓特異的L型カルシウムチャネル(α1c)のα−サブユニット、および一過性外向きカリウムチャネル(Kv4.3)の発現も検出されるが、Kv4.3の発現は鼓動が開始する数日前に先立つ。遅延整流性カリウムチャネルKvLQT1のRNAは、未分化細胞に存在するが、転写産物は初期分化の期間中消失し、後期に再出現する。
【0078】
リアノジン、または細胞表面α1cイオンチャネルに対する抗体による生体蛍光染色によって、混合培養物の中で本発明の分化心筋細胞を同定することが可能になる。これによって、遺伝子操作または心筋細胞の生存力を損なうことなく、移植用の心筋細胞を単離する手段が提供できる。
【0079】
また、本発明は、本発明の方法を用いて産生された、移植、細胞治療、または遺伝子治療に使用することが可能な分化細胞も提供する。好ましくは、本発明は、心臓疾患または症状に苦しむ対象者の心臓機能を回復する方法におけるなど、治療目的で使用することが可能な、本発明の方法を用いて産生される分化細胞も提供する。
【0080】
本発明の別の態様は、心臓の疾患または症状を治療または予防する方法である。心臓疾患は、一般的には、低下した心臟機能と関係し、心筋梗塞、心臓肥大、および心不整脈などの症状を含むが、これに限定されない。本発明のこの態様において、本方法は、本発明の単離分化心筋細胞、および/または本発明の方法を用いて処理されると心筋細胞へと分化できる細胞を対象者の心臓組織の中に導入することを含む。単離された心筋細胞は、好ましくは、対象者の損傷を受けた心臓組織に移植される。より好ましくは、本方法は、対象者において心臓機能の回復をもたらす。
【0081】
本発明のさらに別の態様において、心臓組織を修復する方法であって、本発明の単離された心筋細胞または心筋前駆細胞、および/または本発明の方法を用いて処理されると心筋細胞へと分化できる細胞を対象者の損傷を受けた心臓組織の中に導入することを含む方法が提供される。
【0082】
対象者は、心臓疾患または症状を患っていることが好ましい。本発明の心臓組織を修復する方法では、好ましくは、単離された心筋細胞を対象者の損傷された心臓組織に移植する。より好ましくは、本方法は、対象者の心臓機能の回復をもたらす。
【0083】
また、本発明は、好ましくは、心筋細胞に分化した幹細胞が心臓機能を回復できるかを試験するための心筋モデルも提供する。
【0084】
本発明は、さらに、本発明の分化細胞および担体を含む細胞組成物を提供する。
【0085】
本発明は、好ましくは、本発明の方法を用いて心筋細胞または心筋前駆細胞に分化した幹細胞が心臓機能を回復できるかを試験するための心筋モデルを提供する。インビボにおける心筋細胞移植の有効性を試験するには、心臓機能を測定することができるパラメータを有する再現可能な動物モデルが存在することが重要である。使用されるパラメータは、移植の効果を適切に判定できるように対照動物と実験動物とを明確に区別できるものでなければならない[例えば、Palmen et al,(2001),Cardiovasc.Res.50,516−524参照]。PV関係は、心臓のポンプ能力の指標であり、移植後に変化した心臓機能を読み取るものとなり得る。
【0086】
免疫不全マウスなどの宿主動物を、様々な由来源からの心筋細胞の「汎用受容物(universal acceptor)」として使用することができる。その心筋細胞は、本発明の方法によって産生される。
【0087】
本発明の心筋モデルは、好ましくは、心筋細胞または適当な前駆細胞を適当な宿主動物に移植した後の心臓修復の程度を評価できるように設計されている。より好ましくは、宿主動物は、分化心筋細胞の汎用受容物として使用される、梗塞後の心筋変性のモデルとして作出された免疫動物である。この動物は、マウス、ヒツジ、ウシ、イヌ、ブタ、およびヒト以外の霊長類であるが、これらに限定されない任意の動物種でよい。これらの動物で心臓修復を測定するために使用されるパラメータは、心臓組織または様々な心臓機能の電気生理学的特徴を含むが、それらに限定されない。例えば、心臓の容量および圧力の変化という点で収縮機能を評価することができる。好ましくは、心室収縮機能を評価する。心臓機能、および心臓組織の特徴を評価する方法は、当業者にも既知の技術を含む。
【0088】
本発明は、さらに、本発明の分化細胞および担体を含む細胞組成物を提供する。担体は、細胞を維持する、生理学的に許容される任意の担体である。PBS、または、その他当業者に既知の最小必須培地でもよい。本発明の細胞組成物は、生物学的解析のため、または移植などの医療目的にために使用することができる。
【0089】
本発明の細胞組成物は、心臓疾患または組織損傷が生じた場合のような疾患または症状を修復または治療する方法において使用することができる。この治療は、細胞または細胞組成物(部分的または完全に分化したもの)を患者に投与することを含むが、それに限定されるものではない。これらの細胞または細胞組成物は、動物モデルの使用により、上記で既述したような機能の回復によって症状の好転をもたらす。
【0090】
本明細書の記載および請求の範囲を通じて、「含む(comprise)」という語、および、「含んでいる(comprising)」および「含む(comprises)」など、この語の変化形は、他の添加物、成分、物(integer)、または工程を排除しようとするものではない。
【0091】
本明細書に含まれる文献、行為、材料、装置、物品などに関する考察は、本発明を説明する目的だけのために記入されたものである。それらの事項の一部または全部が先行技術の基礎を形成していたことや、本出願の各請求項についての優先日以前にオーストラリアで存在していたために本発明に関する技術常識となっていたことを示唆するものでも表示するものでもない。
【0092】
ここで、添付の実施例および図面を参照して本発明をさらに十分に説明する。しかし、当然ながら、以下の説明は一例にすぎず、如何なる意味でも、上記の本発明の一般性に対する制限をなすと解してはならない。
【実施例】
【0093】
実施例1:アスコルビン酸存在下における心筋細胞の分化
1.材料および方法
a)細胞培養
END−2細胞、およびHESC細胞株であるhES2、hES3、およびhES4の各細胞(継代回数41〜84回)を、Reubinoff BE,Pera MF,Fong CY et al,Embryonic stem cell lines from human blastocysts:somatic differentiation in vitro,Nat Biotechnol 2000;18:399−404、およびMummery C,Ward−van Oostwaard D,Doevendans P et al,Differentiation of human embryonic stem cells to cardiomyocytes:role of coculture with visceral endoderm−like cells,Circulation 2003;107:2733−2740に既述されている通りに培養した。共培養を開始するために、マイトマイシンC(mit.C;10μg/ml)で3時間処理したEND−2細胞培養物が、マウス胚線維芽細胞(MEF)に代ってhES細胞のフィーダーとなった(Mummery et al.(2003)、およびMummery CL,van Achterberg TA,van den Eijnden−van Raaij AJ,Visceral−endoderm−like cell lines induce differentiation of murine P19 embryonal carcinoma cells,Differentiation 1991;46:51−60)。対照として、HESCをMEF上でも同じ期間同じ培養条件下で増殖させた。標準的な共培養では、12穴プレート中、L−グルタミン、インスリン−トランスフェリン−セレニウム、非必須アミノ酸、90μMのβ−メルカプトエタノール、ペニシリン/ストレプトマイシン、および20%FCS(Multicell,Wisent Inc,カナダ)を含有するDMEMの中で細胞を増殖させた。そして、共培養物を最長3週間増殖させて、5日目以降、鼓動する筋肉領域の存在についてスコアを付けた。心筋細胞分化に対するFCSの効果を調べるために、0〜20%のFCS濃度を、標準的な共培養条件と比較した。共培養期間のすべてにわたってFCSの有無が心筋細胞分化にとって決定的に重要であるか否かを判定するために、最初の6日間を20%FCS存在下で、そして最後の6日間を0%FCS下でHESC−END−2共培養を行ない、またその逆でも行った。さらに、共培養の期間中、FCSの代りに様々な濃度のノックアウト血清代替物を用いた。最後に、インスリン、またはインスリン−トランスフェリン−セレニウム(ITS)の不在下で、または10-4Mのアスコルビン酸(Sigma、米国)存在下で無血清共培養実験も行った。
【0094】
b)ヒトの成人および胎児の初代心筋細胞
標準的なインフォームドコンセント手続を用いて各人の許可を得、またユトレヒトの大学メディカルセンターの倫理委員会の承認を得た後、心臓手術中または妊娠中絶後に一次組織を採取した。胎児の心筋細胞は、ランゲンドルフ法で灌流した胎児の心臓(16〜17週)から単離して、ガラスカバー上で培養した。
【0095】
c)ウエスタンブロッティング
12日目のHESC−END−2共培養物を含有する12穴プレートの3つのウェル、同様にヒト胎児心臓の5日目の培養物を含有するものをPBSで2回洗浄して、500μlのRIPAバッファー中に集めた。BCAタンパク質アッセイ法(Pierce、米国;www.piercenet.com)によってタンパク質濃度を測定した。ヒト胎児心臓からは50μg、HESC−END2共培養物からは80μgのタンパク質を10%SDS−PAGEで分離して、PVDF膜に移行させた。ブロットを、サルコメアのトロポミオシンに対する抗体(モノクローナル、1:400;Sigma;www.sigmaaldrich.com)およびトロポニンT−Cに対する抗体(ヤギポリクローナル抗体、1:500;Santa Cruz;www.sccbt.com)とともにインキュベートした。ECLを用いてタンパク質を可視化した。
【0096】
d)免疫組織化学的検査
HESC−END−2共培養物を、ゼラチンコートしたカバーガラス上で、20%または0%のFCSとともに12穴プレート内で増殖させた。12日後、切り出した鼓動領域またはカバーグラス全体を室温にて30分間、2.0%パラホルムアルデヒドで固定した。そして、固定した鼓動領域を、免疫組織化学的検査を行うためにパラフィンに包埋し、4μmの切片を作製した。内生パーオキシダーゼを、水中1.5%H22でブロックした後、クエン酸バッファー内で抗原回復行った。次に、切片をIsl1に対する抗体(マウスモノクローナル抗体39.4 D5:1:1000;Developmental Studies Hybridoma Bank、米国アイオワ州)とともにインキュベートした。ヤギ抗マウス二次抗体(Powervision,ImmunoLogic、オランダ)、および3,3’−ジアミノベンジジン(Sigma、米国)による可視化法を用いて、切片をヘマトキシリンで対比染色した。免疫蛍光検査には、細胞を0.1%トリトンX100で透過処理し、α−アクチニン(モノクローナル抗体、1:800;Sigma)、α− Troma−1(ラットモノクローナル抗体:1:10、Developmental Studies Hybridoma Bank、米国アイオワ州)により4℃で一晩染色し、蛍光結合二次抗体(Jackson Immuno Research Laboratories、米国;Jackson.immuno.com)とともに使用した。核を視覚化するには、細胞を0.002%トリトン中でTopro−3(1:1000)とともにインキュベートした。
【0097】
e)α−アクチニン陽性領域の細胞計数
α−アクチニン陽性領域から、10μm間隔で2D投影したZシリーズからの共焦点画像(Leica Systems)(10、20および63倍対物)を作成した。α−アクチニン陽性領域内の核の数を数えた。異なった平面で同じ細胞を重ねて数えないように注意した。心筋細胞様の線状パターンの中でα−アクチニン染色に囲まれた核だけを陽性として数えた。全ての計数を二重盲検法で行った。単一細胞上にあるα−アクチニンの免疫蛍光染色を行うために、鼓動領域を切り出した後、既述されているように(Mummery et al.(2003))解離させた。細胞をゼラチンコートしたカバーガラス上で7日間増殖させた。
【0098】
f)逆転写PCR
20%または0%のFCSとのHESC−END−2共培養物をPBSで洗浄し、トリゾール(Sigma)を用いて5つのウェルからRNAを集めた。500ngの全RNAを逆転写(Invitrogen;www.invitrogen.com)して、シルバースター(Silverstar)DNAポリメラーゼ(Eurogentec;usa.eurogentec.com)を用いたPCRに使用した。α−アクチニン、ANF、MLC2a、ホスホランバン、およびβ−アクチンに対するプライマー配列とPCR条件は既述された(Mummery et al.(2003))。以下のプライマー配列を用いた。
【0099】
【表1】

【0100】
PCRは、55℃(アニーリング温度)、1.5mM MgCl2で30サイクル行った。生成物を、エチジウムブロマイド染色した1.5%アガロースゲル上で解析した。β−アクチンをRNA投入量の対照として使用した。
【0101】
g)リアルタイム定量PCR
標準的なプロトコールに従い、MyIQリアルタイムPCR検出システム上でリアルタイムPCRを行った(Biorad,USA;www.bio−rad.com)。要するに、1μgの全RNAをDNAseで処理し、cDNAに転写した。次に、10分の1に希釈した10μlのcDNAを12.5μlの2×SYBRグリーンPCRマスター混合液(Applied Biosystems、米国カリフォルニア州; HYPERLINK "http://www.appliedbiosystems.com" www.appliedbiosystems.com)に加え、500μMの各プライマーを加えた。α−アクチニン(センス鎖プライマー:CTGCTGCTTTGGTGTCAGAG;アンチセンス鎖プライマー:TTCCTATGGGGTCATCCTTG)、Isl1(センス鎖プライマー:TGATGAAGCAACTCCAGCAG;アンチセンス鎖プライマー:GGACTGGCTACCATGCTGTT)、および内部対照として酸性リボソームリンタンパク質PO(ARP)(センス鎖プライマー:CACCATTGAAATCCTGAGTGATGT;アンチセンス鎖プライマー:TGACCAGCCCAAAGGAGAAG)に対するPCRを行った。α−アクチニン、Isl1、HARPに対するPCRサイクルは以下の通りである:95℃で3分間、その後95℃で15秒間、62.5℃で30秒間、および72℃で45秒間を40サイクル。PCRの終わりに熱変性プロトコールを行って生成物の数を測定した。試料を2%アガロースゲル上で泳動して、PCR産物の正確なサイズを確認した。すべての反応を3回反復で行った。陰性対照として、水、および逆転写を行わないRNAについてPCRを行った。各遺伝子について、反応が適宜設定された閾値(CT)を超えたときのサイクル数を測定した。mRNA量の相対量を2-CTによって決定した。相対的遺伝子発現量をARP発現に対して標準化した。
【0102】
h)統計解析
別段の記載がない限り、全てのデータを平均値±SEMで表した。統計的な有意差は、スチューデントのt検定を用いて計算した。P<0.05のレベルで有意性を認めた。
【0103】
2.結果
a)共培養期間中の鼓動領域の形態および数に与える血清の効果
記載される結果は、試験した3つのHESC株(HES−2、−3、および−4)すべてで一貫している。データはHES−2細胞から得られたものを示す。HESCをEND−2細胞と共培養した際の鼓動領域の数に対する血清の効果を判定するために、共培養の開始1日目から終了する12日目まで血清の割合を10%、5%、2.5%、および0%に減少させた。12穴共培養プレートにおける鼓動領域の数を、標準的な20%FCS共培養条件における鼓動領域の数と比較した。図1に示すように、20%FCSを用いた共培養における5日後のHESCの形態を調べたところ、細胞がその構造体から散開している三次元構造体が明らかになった(図1A)。共培養12日目に、これがより明確になり、分化しているHESCが糸状になって見えた(図1B)。血清がないと、三次元構造体の縁がより明確になり、細胞の散開も低下することが観察された(図1CおよびD)。血清の存在下または不在下、MEFフィーダー上でさらにHESCを12日間培養したところ、END−2細胞上でのHESC(図1AおよびC)と比較して、5日目の細胞数が減少する結果となった(図1E)が、三次元構造体は形成されなかった。12日目には、HESCはより散開し、大部分が二次元シート状のままで残った(図1F)。
【0104】
形態に与える影響以外に、血清の割合を低くすると、鼓動領域の数の増加が見られ、完全な不在下では、20%FCSを含有する培養液と比較して24倍の上方制御となった(図2A)。20%FCS共培養物中では、12日目に平均1.35±0.26(n=21)個の鼓動領域が見られたが、0%FCS共培養物中では、平均32.7±2.3(n=27)個の鼓動領域が見られた。鼓動領域は、通常、7日目以降(場合によっては5日目または6日目になるとすぐ)観察され、すべての培養条件下において12日目まで鼓動領域の直線的な増加が観察された。12日目以降も、さらなる鼓動領域が出現したが、その速度ははるかに低かった(図2B)。
【0105】
血清がないことが、12日間の全共培養期間にわたって重要であるか否かを調べるために、HESC−END−2の共培養を0%FCSで開始し、その後6日目に20%FCSを加えた。逆に、共培養も20%FCS存在下で開始し、6日目に0%FCSに変更された。0%FCSで開始し、6日目に20%FCSに変更した共培養では、鼓動領域の数が、0%FCSで維持し続けた共培養物の鼓動領域の数と比較して57%減少した。しかし、最初の6日間を20%FCSにした共培養では、0%FCSで維持し続けた共培養物の鼓動領域の数と比較して、鼓動領域の数は2%しか減少しなかった(図2C)。
【0106】
無血清培養の代りとなるのは、ノックアウト血清代替物(KSR)の利用である。様々な濃度のKSRをHESC−END−2共培養液に加えた。図2Dに示すように、培養培地中のKSRの濃度と鼓動領域の数との間には、ちょうどFCS添加培地におけるのと同じように有意な反比例関係が見られた。共培養中に無血清培地からインスリンまたはITSを取り除くと、無血清培地単独の場合と較べて、鼓動領域の数にさらなる影響を及ぼさなかった(データは示さない)。
【0107】
b)20%および0%のHESC−END−2共培養物における心臓遺伝子および心臓タンパク質の発現。
鼓動領域の数の増加が、それに見合う心臓の遺伝子およびタンパク質の発現の増加をもたらすか否かを判定するために、0%および20%のFCS中におけるHESC−END−2共培養物に対してRT−PCRおよびウエスタン解析を行った。20%FCSと比較すると、0%FCS共培養物では、RT−PCRによってすべての心臓遺伝子について明らかな発現増加が見られた(図3A)。初期の心臓発生に重要な役割を果たすホメオボックスドメイン転写因子であるNkx2.5は僅かに上方制御されたが、心臓ジンクフィンガー転写因子であるGATA−4は、20%FCS共培養と比較すると、0%FCSによって変化することはなかった。
【0108】
半定量的RT−PCRの結果を確認するために、0%および20%のFCS共培養におけるα−アクチニンのmRNA量をリアルタイムRT−PCRによって正確に測定した。各試料について、PCRを3回反復して行った。内部対照としてHARPのmRNA量を測定した。各3回反復反応すべてについての標準偏差は、1%未満であった。20%FCS共培養と比較した場合、0%FCS共培養ではα−アクチニンのmRNA量が27倍増加するのが観察され(図3B)、RT−PCRの結果が確認された。
【0109】
ウエスタンブロット解析によって、0%FCS共培養物において心臓の構造タンパク質の発現が増加することが確認された。20%FCSにおける共培養物では、トロポミオシンとトロポニンT−Cの両方は検出できないか、このアッセイ法の検出限界にあるが、0%FCSにおける共培養物においては、36kDaにあるトロポミオシン、および40 kDaのところにあるトロポニンT−Cに相当する明白なバンドが観察された。予想どおり、ヒト胎児心臓のタンパク質抽出物においては、同じ分子量にさらに強いバンドが観察された(図3C)。
【0110】
C)鼓動領域の特徴と心筋前駆細胞の存在
12日後、鼓動領域の存在について0%FCSにおける共培養物を試験して、ビデオに記録した(図4A)。そして、同一の試料を固定し、α−アクチニンについて染色して(図4B)、フィルムで覆った。すべての鼓動領域が、α−アクチニンについても陽性で、特徴的な心筋細胞様染色パターンを示した(図4C)。固定する前に鼓動していないα−アクチニン陽性領域は検出されず、鼓動領域の数と、α−アクチニン陽性領域の数の間に高い相関関係があることを示している。鼓動領域を切り出して、さらに解離させた後、細胞をゼラチンコートした培養皿にプレートし、固定して、α−アクチニンについて染色した。5〜20%の細胞がα−アクチニンについて陽性であった(図4D)。その他の細胞の大多数は中間径サイトケラチン8を認識し、内胚葉に対するマーカーとして使用されるTroma−1について陽性であった(図4E)。二重染色免疫蛍光法によって、α−Troma−1とα−アクチニンに陽性の細胞は共局在化しないことが明らかになっている(図4F)。
【0111】
心筋前駆細胞がHESC−END−2共培養物の中に存在することを判定するために、Isl1の発現を測定した。リアルタイムPCRによって、12日目の無血清HESC−END−2共培養物では、20%FCS共培養物と比較して、Isl1の発現が2.5倍増加するのが見られた(図5A)。免疫組織化学的検査法によって、12日目の鼓動領域の組織切片には、核Isl1タンパク質発現が存在することが確認された(図5B〜D)。
【0112】
d)共培養物における心筋細胞の数
鼓動領域の数の増加、および心臓遺伝子およびタンパク質の発現の増加が、心筋細胞の実数が増加するせいであるか否かを判定するために、線状のサルコメアパターンを有するα−アクチニン陽性細胞を共焦点Zシリーズで数えた。これは、線状のα−アクチニン染色を示す細胞を選択的に含むことができるため、FACS解析よりも有益な情報が得られる。異なった平面で細胞を数えた(図6A)。20%FCSでの共培養における鼓動領域当りの心筋細胞の平均数は312±227(n=5)であった。0%FCS共培養中の鼓動領域当りの心筋細胞数は503±179(n=15)であった。ただし、これに有意な差はなく、鼓動領域当りの心筋細胞数の幅広い変動(1から2500細胞数まで)を反映している(図6B)。したがって、これらの数に基づくと、12穴共培養プレート内の心筋細胞の平均総数は、0%FCS共培養中では約16,600細胞であり、20%FCS共培養中では450細胞になり、0%FCS共培養中では心筋細胞の総数が39倍増加したことを示している(図6C)。
【0113】
無血清HESC−END−2共培養条件は、血清由来の阻害因子を含まず、心筋細胞分化に対する他の因子の効果を試験するためのより優れたモデルを示している。10-4Mのアスコルビン酸を無血清HESC−END−2培養物に添加すると、12日目の鼓動領域の数が、無処理の無血清共培養物に較べてさらに40%増加した(図6D)。
【0114】
HESCは、懸濁液中で集合体または胚様体として増殖させることによって自発的に、または内胚葉様細胞株のEND−2とともに共培養で増殖させることによって、心筋細胞へ分化する。自発的な心筋細胞への分化の効率は、収縮する胚様体の8%から70%の間で変動し、分化してから16日目〜30日目の間に最大になる(培地において胚様体に増殖させた後、ゼラチンコートした培養皿にプレートした)。切り出して解離させた鼓動領域における心筋細胞の割合も、2〜70%の広い範囲で変動することが報告されている。パーコール(Percoll)勾配遠心分離をした後、Xu and colleagues(Xu C,Police S,Rao N et al,Characterization and enrichment of cardiomyocytes derived from human embryonic stem cells.Circ Res 2002;91:501−508)は、免疫組織化学的検査法によって測定されたところでは、70%のsMHC陽性細胞からなる細胞画分を得ることができた。20%FCS存在下、開始時の共培養条件下で、出願者らは41〜84回継代培養したHESCのウェルの約16%が鼓動領域を含有することを観察した。自発的な分化後の心筋細胞形成について報告されている効率の変動は大きかった。また、心筋細胞の数を決定する標準的な定量法がないため、自発的な心筋細胞分化対誘導された心筋細胞分化の効率を比較することが困難になっている。
【0115】
しかし、培地中のFCSを減少させることによって鼓動領域の数を増やすことが説明されている。共培養してから12日後、20%FCSと比較すると、FCSがない場合、鼓動領域の数は24倍多くなっている。12穴プレートから得た心筋細胞の総数は、0%FCSでの共培養では約16,600個の心筋細胞であり、血清含有培養と比較した場合、プレート当りの総心筋細胞産生数が39倍富化する。培養過程における無血清の効果が試験されたすべてのHESC株(HES−2、−3、および−4)で観察され、改良された心筋細胞分化を行うために一般的に使用可能な方法であることを示唆している。
【0116】
培養されている様々な細胞型の分化に対する無血清培養条件の許容作用については記述がなされている。血清を除去すると骨格筋芽細胞が誘導されて分化する。また、未分化の神経芽細胞腫細胞は、無血清培地中で神経突起を形成する。その研究では、0.2%FCS/DMEMをインスリン、トランスフェリン、および熱処理したウシ血清アルブミンを含有する血清代替物−2/DMEMで置換したところ、鼓動する胚様体の割合が約4.5倍増加する結果となった。また、化学発光検査法によって測定された心臓cMHCα/βの量は6倍上方制御された。2日後に0.2%FCS/DMEMを10%FCS/DMEMで置き換えると、鼓動領域もcMHCα/βの発現も観察されなかった。マウスES細胞から心筋細胞へ分化させるためのプロトコールのほとんどが20%FCS/DMEMを用いている。培養中に血清が存在する時間およびその濃度に応じて、心臓分化は促進されるか、阻害される。これは、HESCに関する現在のデータと一致し、HESC−END−2を共培養した12日間を通して、無血清であると心筋細胞分化が促進された。しかし無血清での分化条件は、共培養した最初の6日間の鼓動領域の数に対して明らかに大きな効果を有した。
【0117】
無血清条件で鼓動領域の数が増加することは、心筋細胞分化の効率がより高いことを示している。心臓遺伝子およびタンパク質の発現、および線状のα−アクチニン陽性心筋細胞の数が有意に増加したという事実は、鼓動領域の増加が、単に、サルコメア収縮単位の組織化が成熟したせいであるとの説明を大部分排除したが、心筋細胞の成熟の高進が、観察された効果に貢献するということを排除することはできない。
【0118】
最近、LIMホメオドメイン転写因子であるIsl1が心臓の発達に重要であると言われている。Isl1を持たないマウスは、流出路、右心室、および心房のかなりの部分を失っている。Isl1発現細胞は、未分化の心筋前駆細胞の明確なサブセットを作っている。無血清HESC−END−2共培養物では12日目に、Isl1 mRNAの発現が、血清含有培養物と比較して2.5倍に増加した。また、タンパク質レベルでは、Isl1は、12日目の鼓動領域の切片内で検出することができた。心筋前駆細胞の数の増加は、無血清のHESC−END−2培養物中に存在し、鼓動する心筋細胞の数の増加を生じさせる。12日目の鼓動領域の切片には、Isl1陽性の細胞が存在するという発見は、正しい環境の下では、心筋細胞分化のさらなる向上が期待できることを示唆している。
【0119】
分化培地の成分のうち、インスリンまたはインスリン様成長因子は、骨格の分化および心臓の分化に積極的な効果を有することが分かっている。インスリンまたはITSを含まない無血清培地での共培養を行った。鼓動領域の平均数は、インスリンまたはITSがなくても影響を受けなかったが、どちらかといえば、鼓動領域数の偶発的な増加が見られた(データは示さない)。
【0120】
アスコルビン酸は、本発明において心筋細胞への分化を促進することが分かり、アスコルビン酸存在下での無血清HESC−END−2共培養において、鼓動領域の数をさらに40%増加させることが認められている。
【0121】
以前、内臓内胚葉様細胞株であるEND−2が、マウスP19胚性癌腫(EC)、マウスおよびヒトの胚性幹細胞を誘導して共培養中で集合させ、鼓動領域を含有する培養物を生じさせることが分かっている。マウスP19細胞については、2つの細胞型同士を直接接触させる必要がなかったこと、およびEND−2細胞から分泌される拡散性因子が、心筋細胞の形成に関与していることが確認されている。END−2細胞から分泌されるインディアンヘッジホッグは、マウスの胚盤葉上層細胞において、造血細胞系列および内皮細胞系列に沿って将来神経外胚葉細胞となる運命を再特定することに関与することが分かっている。なお、心筋細胞が存在することに加えて、大多数の分化HESCはTroma−1陽性の内胚葉様細胞であることが実証されている。このことは、END−2細胞によるHESCからの心筋細胞分化が、END−2細胞によって直接行われるか、またはHESCに由来する内胚葉細胞によるかのいずれかであることを示唆している。
【0122】
したがって、無血清のHESC−END−2共培養は、END−2細胞に由来する心筋細胞誘導活性を同定するためのより明確なインビトロモデルに相当し、さらに、血清由来の調節因子による干渉を受けないため、アスコルビン酸以外に、BMP、FGF、Wnt、およびそれらのインヒビターなど、心臓形成因子である可能性のあるものを見極めるためのより直截な実験系に相当する。
【0123】
解離後、5〜20%の細胞がα−アクチニン陽性の心筋細胞であった。この変動は、多くの異なった要素、例えば、鼓動領域の大きさ、鼓動領域当りの心筋細胞の数、および鼓動領域の近接性(鼓動領域は非鼓動領域の中に埋め込まれていることがある)によって生じる可能性がある。また、解離中または解離後の細胞死および細胞接着、ならびに解離した細胞を平板培養して固定するまでの時間も、平板培養された解離細胞が心筋細胞になる割合に影響を及ぼす(非心筋細胞の増殖率の方が高いと、心筋細胞が存在する割合を下げてしまう)。したがって、細胞表面マーカーを使用するFACS、または遺伝子操作によって心筋細胞を選択すれば、HESC由来の心筋細胞を細胞置換実験に使用することがさらに促進される。
【0124】
これらの培養物におけるHESC由来の心筋細胞の数が多いほど、ヒトにおける心臓発生を理解するためのより優れたインビトロモデルを提供するだけでなく、HESC由来の心筋細胞が生き残って宿主の心筋細胞と機能的に一体化して、心不全の動物モデルにおける心臓機能を改善することができるか否かを判定するために、移植実験の規模を拡大(upscale)することも容易にする。将来可能な臨床への応用については、無血清条件で、すなわち動物の病原体が相互の伝播する(cross transfer)リスクなしに心筋細胞分化が実現可能であることが重要である。血清に代るKSRは鼓動領域の数を抑制したが、その使用を中止すると鼓動領域の数は再び増加した(データは示さず)。これは、未分化のHESCをKSR存在下で維持し(将来の臨床応用にとって好ましい)、その後、無血清分化培地を使用すれば、心筋細胞への分化には影響を与えないことを示唆するものである。
【0125】
最後に、以上で説明した本発明は、具体的に説明したもの以外にも変更、改変、および/または付加を行うことができ、本発明は、加えることができる、そのような変更、改変、および/または付加のすべてを含むと理解されるべきであり、また、その他様々な改変および/または付加も、本明細書に上記した説明の範囲内に含まれると理解されるべきである。
【図面の簡単な説明】
【0126】
【図1】END−2またはMEFとの共培養中におけるHESCの形態を示す。END−2(A〜D)またはMEF細胞(E〜F)と、20%FCS存在下(A、B)または不在下(C〜E)で5日間(A、C、E)および12日間(B、D、F)共培養した後のHESCの形態が示されている。5倍の拡大図。
【図2】HESC/END−2共培養物における鼓動領域の数に対する血清またはKSRの効果を示す。A)FCSの濃度が異なる12穴プレート中で共培養を開始し、12日後か、8〜18日目に鼓動領域の数を数えた(B)。C)HESC−END−2共培養を、0%FCS下で最初の6日間、20%FCS下で次の6日間(0+20(d6))、およびその逆(20+0(d6))で実施した。12日目に鼓動領域のスコアを付けて、20%FCS下での共培養および0%FCS下での共培養と比較した。20%FCS下での共培養に対する誘導倍率で相対的な増加を表す。D)異なった濃度のKSRをHESC−END−2共培養物に添加して、12日目に鼓動領域のスコアを付けて0%FCS下での共培養と比較する。各培養条件について、最低でも3回の独立した実験でテストした。20%のときと比較したとき*P<0.05、**P<0.01、aP<10-12;20+0(d6)のときと比較したとき###P<0.001。
【図3】HESC/END−2共培養物における心臓遺伝子およびタンパク質の発現に対する血清の効果を示す。A)0%FCS下または20%FCS下における12日目のHESC−END−2共培養物から得たRNAに対するRT−PCR。B)HARPのmRNA量を内部対照として用いた、0%FCS(n=3)および20%FCS(n=2)の存在下でのHESC−END−2共培養物におけるα−アクチニンに対するリアルタイムPCR。C)トロポミオシン(TM)およびトロポニンT−C(Trop)に対する抗体を用いた、0%FCSまたは20%FCSにおける12日目のHESC−END−2共培養物、およびヒト胎児心筋細胞(HFCM)からのタンパク質抽出物のウエスタンブロット。
【図4】α−アクチニン染色される鼓動領域と解離後の心筋細胞との関係を示す。A)一つのウェルからの共培養12日目の鼓動するHESC−END−2を記録してから、固定してα−アクチニンで染色する(B)。同質の領域を白い破線で示し、a〜eで表示する。5倍の拡大図。C)B図の白い破線で囲まれた部分の63倍の拡大図。D)鼓動領域の解離細胞をα−アクチニン(緑色)およびTopro−3(青色)について染色する(40倍の拡大図)。E)Troma−1(緑色)およびTopro−3(青色)またはα−アクチニン(赤色)について染色された鼓動領域の解離細胞(F)。
【図5】HESC−END−2共培養物におけるIsl1の発現を示す。A)HARPのmRNA量を内部対照として用いた、0%FCS下(n=2)および20%FCS下(n=2)での12日目のHESC−END−2共培養物におけるIsl1に対するリアルタイムPCR;*P<0.05。B〜D)免疫組織化学的検査法による、無血清HESC−END−2共培養物から得た12日目の鼓動領域の4μm切片におけるIsl1タンパク質の局在;倍率20倍(B、C)または40倍(D)。
【図6】0%および20%のFCS下のHESC−END−2共培養物における心筋細胞の数を示す。A)共焦点走査後の異なった平面(I and I’)においてα−アクチニン(赤色)およびtopro−3(核、青色)について染色したHESC−END−2の12日目の共培養物の鼓動領域。α−アクチニンに囲まれた核のみの数を数える。その例を示す(白い矢印);20倍の拡大図。B)0%FCSおよび20%FCS下でのHESC−END−2共培養物からの心筋細胞の数を数えて、様々な共焦点平面からの数をまとめる。C)12穴プレートにおける12日目のHESC/END−2共培養物から得られた心筋細胞の総数。HESC投入数とは、12穴プレート1枚につき使用された未分化のHESCの推定数を表す。BA=鼓動領域;CM=心筋細胞。D)共培養を、12穴プレートにおいてアスコルビン酸を含むか含まない無血清HESC−END−2で開始した(n=6)。12日目に鼓動領域のスコアを付けた;*P<0.05。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アスコルビン酸、その誘導体または機能的同等物の存在下でヒト胚性幹細胞(hES)を培養することを含む、hES細胞の心筋細胞への分化を促進する方法。
【請求項2】
アスコルビン酸が継続してhES細胞の培養物中に存在する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
鼓動する領域が見えてきた場合にhES細胞の培養物にアスコルビン酸を添加する、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
hES細胞の培養を0%から20%の血清存在下で行う、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
血清の濃度が段階的に約20%から0%の範囲まで低下する期間にわたってhES細胞を培養する、請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
培養液が血清を含まない、請求項1〜5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
アスコルビン酸、その誘導体または機能的同等物が10-3〜10-5Mの範囲で存在する、請求項1〜6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
アスコルビン酸、その誘導体または機能的同等物の濃度が10-4Mである、請求項1〜7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
hES細胞を、心筋細胞分化をもたらす別の細胞と共培養する、請求項1〜8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
細胞が少なくとも一つの心筋細胞分化誘導因子を分泌する、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
少なくとも一つの心筋細胞分化誘導因子を分泌する細胞が、内臓内胚葉細胞または内臓内胚葉様細胞である、請求項1〜10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
少なくとも一つの心筋細胞分化誘導因子を分泌する細胞を、α−フェトプロテインおよびサイトケラチンの発現によって同定する、請求項1〜11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
少なくとも一つの心筋細胞分化誘導因子を分泌する細胞が、END−2細胞株である、請求項1〜12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
請求項1〜13のいずれか一項に記載の方法によって調製されたhES細胞から分化した、単離された心筋細胞または心筋前駆細胞。
【請求項15】
Isl1、α−アクチニン、α−トロポニン、α−トロポマイシン(tropomysin)、およびα−MHC抗体などのマーカーを発現する、請求項12に記載の単離された心筋細胞または心筋前駆細胞。
【請求項16】
心筋細胞系列の分化細胞の部分集団を含む単離された細胞集団であって、その心筋細胞系列のその心筋細胞および心筋前駆細胞が、請求項1〜13のいずれか一項に記載の方法によってhES細胞から分化する細胞集団。
【請求項17】
心筋細胞分化に使用される場合にアスコルビン酸、その誘導体または機能的同等物を含む、hES細胞の心筋細胞への分化を促進するための細胞培養培地。
【請求項18】
hES細胞と、心筋細胞分化をもたらす別の細胞との共培養において、心筋細胞への分化を促進する細胞培養培地であって、心筋細胞分化に使用される場合にアスコルビン酸、その誘導体または機能的同等物を含む細胞培養培地。
【請求項19】
細胞が少なくとも一つの心筋細胞分化誘導因子を分泌する、請求項18に記載の細胞培養培地。
【請求項20】
アスコルビン酸が10-3〜10-5Mの範囲で存在する、請求項17〜19のいずれか一項に記載の細胞培養培地。
【請求項21】
アスコルビン酸の濃度が10-4Mである、請求項17〜20のいずれか一項に記載の細胞培養培地。
【請求項22】
約20%から0%の範囲で血清を含む、請求項17〜21のいずれか一項に記載の細胞培養培地。
【請求項23】
無血清である、請求項17〜22のいずれか一項に記載の細胞培養培地。
【請求項24】
培地が、少なくとも一つの心筋細胞分化誘導因子を分泌する細胞の培養液に由来する細胞外培地である、請求項17〜23のいずれか一項に記載の細胞培養培地。
【請求項25】
細胞が内臓内胚葉細胞または内臓内胚葉様細胞である、請求項24に記載の細胞培養培地。
【請求項26】
内臓内胚葉細胞または内臓内胚葉様細胞がEND−2細胞株である、請求項24または25に記載の細胞培養培地。
【請求項27】
心血管系の疾患または症状を治療するための細胞組成物の調製における、請求項14または15に記載の心筋細胞または心筋前駆細胞の使用。
【請求項28】
心血管系の疾患または症状を治療または予防する方法であって、その治療または予防を必要とする対象に、請求項14または15に記載の心筋細胞または心筋前駆細胞を移植することを含む方法。
【請求項29】
心血管系の疾患または症状が、心筋梗塞、心臓肥大、および心不整脈を含む群から選択される、請求項27または28に記載の使用または方法。
【請求項30】
心機能を回復するために心臓組織を修復するための細胞組成物の調製における、請求項14または15に記載の心筋細胞または心筋前駆細胞の使用。
【請求項31】
患者の心血管系の疾患または症状を治療および予防する方法で使用するための、請求項1〜13のいずれか一項に記載の方法によってhES細胞から分化した心筋細胞系列の分化細胞の部分集団を含む細胞組成物。
【請求項32】
細胞系列が、hES細胞から分化した心筋細胞または心筋前駆細胞からなる、請求項31に記載の細胞組成物。
【請求項33】
心血管系の疾患または症状が、心筋梗塞、心臓肥大、および心不整脈を含む群から選択される、請求項31または32に記載の細胞組成物。
【請求項34】
損傷を受けた心臓組織の修復に使用するための、請求項1〜13のいずれか一項に記載の方法によってhES細胞から分化した心筋細胞系列の分化細胞の部分集団を含む細胞組成物。
【請求項35】
細胞系列が、hES細胞から分化した心筋細胞または心筋前駆細胞からなる、請求項34に記載の細胞組成物。
【請求項36】
損傷を受けた心臓組織が心臓虚血によるものである、請求項34または35に記載の細胞組成物。
【請求項37】
心臓組織を修復する方法であって、その修復を必要とする対象の心臓組織に、請求項14または15に記載の心筋細胞または心筋前駆細胞を移植することを含む方法。
【請求項38】
心筋細胞が心臓移植に適合するかを試験するためのモデルであって、
移植によって請求項14または15記載の心筋細胞または心筋前駆細胞を受容することが可能であって、心機能を測定することができるパラメータを有する免疫不全動物と、
心筋細胞の移植前後にその動物の心機能を測定する手段と
を含むモデル。
【請求項39】
免疫不全動物が、梗塞後の心筋再生モデルとして作出される、請求項38に記載のモデル。
【請求項40】
心機能のパラメータが収縮機能である、請求項38または39に記載のモデル。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公表番号】特表2008−523823(P2008−523823A)
【公表日】平成20年7月10日(2008.7.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−547084(P2007−547084)
【出願日】平成17年12月21日(2005.12.21)
【国際出願番号】PCT/AU2005/001921
【国際公開番号】WO2006/066320
【国際公開日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【出願人】(504449952)イーエス・セル・インターナショナル・プライヴェート・リミテッド (5)
【Fターム(参考)】