説明

ビスフェノール類の製造方法

【課題】アセトン等のカルボニル化合物とフェノール等のフェノール類との反応で、ビスフェノールA等のビスフェノール類を高選択率かつ高収率で製造する。
【解決手段】ヘテロポリ酸の後周期遷移金属塩及び/又はヘテロポリ酸のバリウム塩の存在下にカルボニル化合物とフェノール類とを反応させてビスフェノール類を製造する。後周期遷移金属としてはパラジウムが好ましく、ヘテロポリ酸としてはケイタングステン酸が好ましい。アセトンとフェノールとの反応で、2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)プロパンを高選択率かつ高収率で製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はカルボニル化合物とフェノール類とを反応させてビスフェノール類を製造する方法に係り、特に、特定のヘテロポリ酸の金属塩を触媒として用いることにより、ビスフェノール類を高選択率かつ高収率で製造するビスフェノール類の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)プロパン(以下「ビスフェノールA」と略す。)をはじめとするビスフェノール類は、ポリカーボネート、ポリエステル、エポキシ樹脂や感熱紙用顕色剤の中間原料などとして有用な化合物である。
【0003】
ビスフェノールAは通常、フェノールとアセトンとを触媒(酸性縮合剤)の存在下で反応させることにより合成され、助触媒としてメチルメルカプタンなどのイオウ化合物を添加する場合もある。酸性触媒としては、通常、塩化水素が用いられているが、塩化水素では腐食性が大きいため、実際の製造に当たっては高価な材質を用いた反応装置が必要であり、さらに反応混合物から触媒を除去するための精製工程が必要であるなどの問題点があった。
【0004】
また、酸性イオン交換樹脂を触媒として用いる方法(特許文献1)は、反応で生成する水によって活性が低下するという欠点があり、水を除去しながら反応を行う方法(特許文献2)も検討されているが、イオン交換樹脂は、樹脂の寿命が短く、コストが高いという問題点があった。
【0005】
一方、特許文献3には、アセトンとフェノールとを、ヘテロポリ酸又はヘテロポリ酸塩及び助触媒としてのメルカプト基を有する有機化合物の存在下に反応させるビスフェノールAの製造方法が開示され、この特許文献3には「ヘテロポリ酸のナトリウム、カリウム、セシウムなどのアルカリ金属塩、アンモニウム塩も用いる事ができ、その中でも特にセシウム塩が有効である。」と記載され、実施例ではセシウム塩が用いられている。
【0006】
また、特許文献4には、触媒としてヘテロポリ酸又はその塩を用いるビスフェノール類の製造方法が開示され、「ヘテロポリ酸のプロトンの一部をアルカリ金属、アルカリ土類金属元素などで置換したヘテロポリ酸塩を用いることが可能である。置換元素としてはこれらに限定されるものではなく、広く遷移金属元素などで置換されたものを使用することも可能である。」との記載があるが、特許文献4において、実際に用いているヘテロポリ酸の金属塩はセシウム塩とナトリウム塩とカルシウム塩のみである。
【0007】
また、特許文献5には、助触媒としてのメルカプト基含有炭化水素基を有する有機高分子シロキサンを併用するビスフェノールAの製造方法が開示され、触媒として、ヘテロポリ酸の有するプロトンの一部をアルカリ金属イオン、アンモニウムイオン等で置換し固体不均一化した部分中和ヘテロポリ酸が挙げられ、その実施例8にはドデカタングストリン酸のセシウム塩を用いたものが例示されている。
【特許文献1】特開昭36−23334号公報
【特許文献2】特開昭61−78741号公報
【特許文献3】特許第3003294号公報
【特許文献4】特開平2−45439号公報
【特許文献5】特開平8−208545号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、特許文献4の方法では、例えばフェノールとアセトンとの反応において、ヘテロポリ酸中の結晶水が多い場合には、60℃、4時間でアセトン転化率2.5%、収率2.0%と非常に反応が遅くなるという欠点があった。
【0009】
また、特許文献3,5の方法では、いずれも助触媒を必要とするという欠点があった。
【0010】
本発明は上記従来技術の問題点を解決し、アセトン等のカルボニル化合物とフェノール等のフェノール類との反応で、ビスフェノールA等のビスフェノール類を高選択率かつ高収率で製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明(請求項1)のビスフェノール類の製造方法は、カルボニル化合物とフェノール類とを反応させてビスフェノール類を製造する方法において、ヘテロポリ酸の後周期遷移金属塩の存在下に反応を行うことを特徴とする。
【0012】
請求項2のビスフェノール類の製造方法は、請求項1において、後周期遷移金属がパラジウムであることを特徴とする。
【0013】
本発明(請求項3)のビスフェノール類の製造方法は、カルボニル化合物とフェノール類とを反応させてビスフェノール類を製造する方法において、ヘテロポリ酸のバリウム塩の存在下に反応を行うことを特徴とする。
【0014】
請求項4のビスフェノール類の製造方法は、請求項1ないし3のいずれか1項において、ヘテロポリ酸がケイタングステン酸であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、触媒として、ヘテロポリ酸の後周期遷移金属塩及び/又はバリウム塩を用いることにより、助触媒を必要とすることなく、ビスフェノールA等のビスフェノール類を高選択率かつ高収率で製造することができる。本発明で用いる触媒は調製が容易であり、取り扱い性に優れ、しかも従来のイオン交換樹脂に比べて耐熱性に優れ、このような触媒の優位性においても、本発明は工業的に優れた方法である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下に本発明のビスフェノール類の製造方法の実施の形態を詳細に説明する。
【0017】
まず、本発明で用いる触媒について説明する。
【0018】
本発明で用いる触媒は、ヘテロポリ酸の後周期遷移金属塩、又はヘテロポリ酸のバリウム塩である。これらのうち、ヘテロポリ酸の後周期遷移金属塩の後周期遷移金属、即ち、周期表第8族〜第10族の元素としてはパラジウムが好適である。
【0019】
本発明において用いるヘテロポリ酸は、モリブデン、タングステン、及びバナジウムよりなる群から選ばれた少なくとも1種の酸化物と、リン、ケイ素、ヒ素及びゲルマニウムよりなる群から選ばれたオキシ酸が縮合した構造で、後者に対する前者の原子比が2.5〜12であるようなものである。これらのヘテロポリ酸としては、例えばリンタングステン酸、リンモリブデン酸、リンモリブドタングステン酸、リンモリブドバナジン酸、リンモリブドタングストバナジン酸、リンタングストバナジン酸、リンモリブドニオブ酸、ケイタングステン酸、ケイモリブデン酸、ケイモリブドタングステン酸、ケイモリブドタングストバナジン酸、ゲルマニウムタングステン酸、ヒ素モリブデン酸、ヒ素タングステン酸などが挙げられる。
【0020】
ヘテロポリ酸としては、これらのうち、特にケイタングステン酸が好ましい。即ち、本発明において用いる触媒としては、ケイタングステン酸バリウム塩及び/又はケイタングステン酸パラジウム塩が好ましい。
【0021】
本発明で用いるヘテロポリ酸の後周期遷移金属塩、又はヘテロポリ酸のバリウム塩は、このようなヘテロポリ酸中の水素の一部又は全部を後周期遷移金属、バリウムで置換したものであり、その置換割合は、ヘテロポリ酸の構造によっても異なるが、60%以上であることが好ましく、特に90%以上であることが好ましい。この置換割合が60%未満では収率や選択率が著しく低下する場合がある。
【0022】
ヘテロポリ酸の後周期遷移金属塩、又はヘテロポリ酸のバリウム塩は1種を単独で用いても良く、2種以上を併用しても良い。
【0023】
このような触媒は常法に従って調製することができ、例えば市販のヘテロポリ酸を水に溶解し、これに後周期遷移金属又はバリウムの水酸化物、ハロゲン化物、硝酸塩、炭酸塩、重炭酸塩、カルボン酸塩に代表される金属塩を粉末のまま、あるいは水溶液として添加混合し、混合溶液を蒸発乾固する方法が挙げられる。混合溶液中でヘテロポリ酸塩が析出する場合は、濾過により得ることもできる。混合時間は添加してから1時間〜3日間程度、蒸発乾固温度は50〜80℃で行うと良い。得られたヘテロポリ酸塩は150〜300℃で焼成して用いることもできる。
【0024】
これらのヘテロポリ酸塩はそのまま用いることもできるが、活性炭、アルミナ、シリカ−アルミナ、ケイソウ土などの担体に担持して用いても良い。
【0025】
本発明において、反応に供するカルボニル化合物としては、ケトン又はアルデヒドに属するカルボニル化合物であれば良く、特に制限はないが、具体的には、一般式RCORで表される化合物を挙げることができる。ここで、R及びRは互いに同一であっても相違していても良く、水素原子、炭素数1〜6のアルキル基、炭素数6〜10のシクロアルキル基、炭素数6〜14のアリール基、炭素数7〜20のアルキルアリール基であるカルボニル化合物が、本発明で用いるカルボニル化合物として適している。また、RとRが互いに結合して環を形成した環状ケトン(シクロアルカノン誘導体)も本発明で用いるカルボニル化合物として適している。この場合、環がさらに置換基を有しても良い。
【0026】
好ましいカルボニル化合物としてさらに具体的には、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒド等のアルデヒド類、アセトン、メチルエチルケトン、メチル−n−プロピルケトン、及びメチルイソブチルケトン等の炭素数12以下、好ましくは6以下のアルキル基を有する飽和脂肪酸ケトン、フェニルメチルケトン等の芳香族ケトン、メシチルオキシドのような不飽和ケトン、シクロヘキサノン、及び炭素数1〜10のアルキル基を置換基として有するシクロヘキサノン(例えば4−n−プロピルシクロヘキサノン)等の脂環式ケトンを挙げることができる。
【0027】
一方、フェノール類として、具体的には、下記一般式で表される化合物を挙げることができる。
【0028】
【化1】

(式中、R〜Rは互いに同一であっても相違していても良く、水素原子、炭素数1〜4のアルキル基、又はハロゲン原子を表す。)
【0029】
本発明においては、特に、フェノールの核置換反応の配向性から、パラ位又はオルト位が無置換(水素原子)であるフェノール誘導体を用いることが好ましい。本発明に用いるフェノール類として、具体的には、フェノール、オルトクレゾール、メタクレゾール、2,6−ジメチルフェノール、テトラメチルフェノール、2,6−ジターシャリーブチルフェノール等のアルキルフェノールやオルトクロロフェノール、メタクロロフェノール、2,6−ジクロロフェノール等のハロゲン化されたフェノール等を挙げることができる。
【0030】
上記カルボニル化合物、フェノール類は各々1種を単独で用いても良く、2種以上を併用しても良い。
【0031】
カルボニル化合物とフェノール類との反応において、フェノール類の使用量は、カルボニル化合物1molに対して通常は3〜50molであるが、好ましくは5〜20molである。フェノール類の使用量が3mol未満であると、目的とするビスフェノールA等のビスフェノール類の他に、例えば、アセトンとフェノールとの反応ではクロマン類などの副生物が多くなるので好ましくなく、また30molを超えて使用すると、未反応フェノール類の回収量が増大し、生産性が低下するので実用的でない。
【0032】
カルボニル化合物とフェノール類との反応において触媒の使用量は、反応性や経済性の面から、通常、反応に供するカルボニル化合物1molに対して0.01〜0.5mol、特に0.05〜0.3molの範囲で用いることが好ましい。
【0033】
反応温度は通常30〜150℃、好ましくは40〜120℃である。反応時間は触媒量、反応温度にもよるが、通常は2〜12時間である。反応温度が低過ぎたり、反応時間が短か過ぎると反応の進行が遅く、逆に反応温度が過度に高いと、例えば500℃以上の温度では触媒の結晶構造の損失が大きくなり好ましくなく、また、反応時間が過度に長いと工業的な生産性が阻害される。
【実施例】
【0034】
以下に実施例及び比較例を挙げて、本発明をさらに具体的に説明する。
【0035】
なお、以下において、ビスフェノールAの収率及び選択率はガスクロマトグラフィ(装置:島津製作所製「GC−14B」、カラム:ヒューレットパッカード社製「HP−U1tra2」、キャリア:ヘリウム、検出器:FID)による測定値から、以下の式で算出した。
ビスフェノールAの収率(%)=(生成したビスフェノールA(mol)÷仕込みアセトン量(mol))×100
ビスフェノールAの選択率(%)=(ビスフェノールA収率(%)÷アセトン転化率(%))×100
【0036】
なお、アセトンの転化率は以下の式で算出される。
アセトンの転化率(%)=(反応したアセトン量(mol)÷仕込みアセトン量(mol))×100
【0037】
また、触媒としてのヘテロポリ酸塩は、ヘテロポリ酸水溶液(0.1mol/L)と対応する金属塩化物又は硝酸塩の水溶液(0.1mol/L)を、導入イオン量が100%イオン交換率になるように混合した後、アスピレーターを用いて50℃で蒸発乾固して得られる固体をそのまま用いた。
【0038】
実施例1〜3、比較例1,2
還流冷却器及び攪拌器を備えた反応器にフェノール9.41g(100mmol)、表1に示すヘテロポリ酸塩500mg(仕込みmol量は表1に示す通り)を仕込み、アセトン5.81g(10.0mmol)を加え、80℃で3時間反応させた。
【0039】
このときのビスフェノールAの収率及び選択率は表1に示す通りであった。
【0040】
【表1】

【0041】
表1より、本発明に従ってケイタングステン酸パラジウム等のヘテロポリ酸の後周期遷移金属塩、又はケイタングステン酸バリウム等のヘテロポリ酸のバリウム塩を触媒として用いることにより、ビスフェノールAを高収率、高選択率で製造することができることが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カルボニル化合物とフェノール類とを反応させてビスフェノール類を製造する方法において、ヘテロポリ酸の後周期遷移金属塩の存在下に反応を行うことを特徴とするビスフェノール類の製造方法。
【請求項2】
後周期遷移金属がパラジウムである請求項1に記載のビスフェノール類の製造方法。
【請求項3】
カルボニル化合物とフェノール類とを反応させてビスフェノール類を製造する方法において、ヘテロポリ酸のバリウム塩の存在下に反応を行うことを特徴とするビスフェノール類の製造方法。
【請求項4】
ヘテロポリ酸がケイタングステン酸である請求項1ないし3のいずれか1項に記載のビスフェノール類の製造方法。

【公開番号】特開2008−31139(P2008−31139A)
【公開日】平成20年2月14日(2008.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−299165(P2006−299165)
【出願日】平成18年11月2日(2006.11.2)
【出願人】(000005968)三菱化学株式会社 (4,356)
【Fターム(参考)】