説明

ビスマス含有ガラスのプレス成型方法

【課題】酸化物組成としてBiとBとを含有するビスマス含有ガラスのプレス成型方法であって、プレス成型工程においてガラス表面の変色や表面荒れが抑制されたプレス成型方法を提供する。
【解決手段】酸化物組成としてBiとBとを含有するビスマス含有ガラスのプレス成型方法であって、
(1)前記ビスマス含有ガラスを研磨又は切削加工することによりプリフォームガラスを作製する工程1及び
(2)前記プリフォームガラスを非酸化性雰囲気中、軟化温度未満で加熱し、更にプレス成型する工程2を有し、
前記工程1は、(イ)水分含有率が10重量%以下の研削液を用いて研磨又は切削加工することによりプリフォームガラスを作製するか、又は(ロ)水分含有率が10重量%を超える研削液を用いて研磨又は切削加工した後に酸化性雰囲気中で加熱処理することによりプリフォームガラスを作製する、
ことを特徴とするプレス成型方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化物組成としてBiとBとを含有するビスマス含有ガラスのプレス成型方法に関する。詳細には、プレス成型工程(事前加熱工程を含む。以下同じ。)において、ガラス表面の変色や表面荒れが抑制されたプレス成型方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、光学系を使用する機器の高機能化、小型化が急速に進められており、これらの光学系には、屈折率が1.65〜2.35程度の光学ガラスを用いた光学素子が使用されている。
【0003】
この光学素子は、例えば、加熱した光学ガラス(プレス成型前を特に「プリフォームガラス」と言う)を、精密加工された金型中で加圧成型することで、金型の表面形状をガラスに転写するモールドプレス成型により作製される。
【0004】
モールドプレス成型に供される光学ガラスとしては、求められる光学定数を有することに加えて、金型を劣化させないように屈伏温度(At)が低いこと、金型との融着が起こり難いこと、耐失透性が高いこと等が求められる。
【0005】
上記特徴を有する光学ガラスとして、Biを主成分としたガラスが開示されている(特許文献1、2)。このBiを含む光学ガラスは、高屈折率、低屈伏点であり且つ耐失透性に優れた光学ガラスである。
【0006】
しかしながら、このBiを含む光学ガラスには次の問題がある。即ち、プレス成型工程では、金型の酸化を防ぐために非酸化性雰囲気(不活性雰囲気、弱還元性雰囲気又は真空雰囲気)が用いられるが、このときガラス成分中のビスマス(特に酸化ビスマス)が還元されて亜酸化ビスマス、金属ビスマス等が析出し、着色(黒色)や表面荒れが発生する(特許文献1、3、4)。これらの着色や表面荒れはガラス表面の欠陥になるとともに透過率を低下させる原因となり得る。よって、ビスマス含有ガラスであっても変色や表面荒れが抑制されたプレス成型方法の開発が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007−99606号公報
【特許文献2】特開平9−20530号公報
【特許文献3】特開2002−173336号公報
【特許文献4】特開平7−97243号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、酸化物組成としてBiとBとを含有するビスマス含有ガラスのプレス成型方法であって、プレス成型工程においてガラス表面の変色や表面荒れが抑制されたプレス成型方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、プレス成型工程に供するプリフォームガラスを特定の工程により作製する場合には、プレス成型工程におけるガラス表面の変色や表面荒れが抑制されることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
即ち、本発明は下記のプレス成型方法に関する。
1.酸化物組成としてBiとBとを含有するビスマス含有ガラスのプレス成型方法であって、
(1)前記ビスマス含有ガラスを研磨又は切削加工することによりプリフォームガラスを作製する工程1及び
(2)前記プリフォームガラスを非酸化性雰囲気中、軟化温度未満で加熱し、更にプレス成型する工程2を有し、
前記工程1は、(イ)水分含有率が10重量%以下の研削液を用いて研磨又は切削加工することによりプリフォームガラスを作製するか、又は(ロ)水分含有率が10重量%を超える研削液を用いて研磨又は切削加工した後に酸化性雰囲気中で加熱処理することによりプリフォームガラスを作製する、
ことを特徴とするプレス成型方法。
2.前記ビスマス含有ガラスは、ガラス全体量を100重量%とし、酸化物組成として、Bi:30〜93重量%及びB:6〜50重量%を含有する、上記項1に記載のプレス成型方法。
3.前記ビスマス含有ガラスは、LiO、KO、NaO、RbO、CsO、MgO、CaO、SrO、BaO、ZnO、SiO、GeO、P、Ga、Gd、Al、La、Nb、Ta、Sb、In、SnO、SnO、Sb、TeO及びTiOからなる群から選択される少なくとも1種を更に含有する、上記項2に記載のプレス成型方法。
4.前記ビスマス含有ガラスは、屈折率が1.6以上であり、屈伏点(At)が500℃以下である、上記項1〜3のいずれかに記載のプレス成型方法。
5.前記酸化性雰囲気中での加熱処理は、酸素含有率が5モル%以上の酸化性雰囲気中において、ガラス転移点(Tg)−20℃〜屈伏点(At)+20℃の温度範囲における加熱処理である、上記項1〜4のいずれかに記載のプレス成型方法。
【0011】
以下、本発明のプレス成型方法について詳細に説明する。
【0012】
本発明のプレス成型方法は、酸化物組成としてBiとBとを含有するビスマス含有ガラスのプレス成型方法であり、
(1)前記ビスマス含有ガラスを研磨又は切削加工することによりプリフォームガラスを作製する工程1及び
(2)前記プリフォームガラスを非酸化性雰囲気中、軟化温度未満で加熱し、更にプレス成型する工程2を有し、
前記工程1は、(イ)水分含有率が10重量%以下の研削液を用いて研磨又は切削加工することによりプリフォームガラスを作製するか、又は(ロ)水分含有率が10重量%を超える研削液を用いて研磨又は切削加工した後に酸化性雰囲気中で加熱処理することによりプリフォームガラスを作製する、
ことを特徴とする。
【0013】
本発明のプレス成型方法に適用できるビスマス含有ガラスとしては、酸化物組成としてBiとBとを含有する限り限定されない。
【0014】
例えば、ガラス全体量を100重量%とし、酸化物組成としてBi:30〜93重量%及びB:6〜50重量%を含有するものが挙げられる。
【0015】
また、上記Bi:30〜93重量%及びB:6〜50重量%を必須成分とし、LiO、KO、NaO、RbO、CsO、MgO、CaO、SrO、BaO、ZnO、SiO、GeO、P、Ga、Gd、Al、La、Nb、Ta、Sb、In、SnO、SnO、Sb、TeO及びTiOからなる群から選択される少なくとも1種を更に含有するものが好ましい。
【0016】
多成分系ガラスにおいては、各成分が相互に影響して、ガラス材料の固有の特性を決定するため、各成分の量的範囲を各成分の特性に応じて論じることは必ずしも妥当ではないが、以下に、上記好適組成において各成分の量的範囲を規定した根拠を述べる。
【0017】
Biは、屈折率を高め、且つ、屈伏温度を低下させる成分である。Biの含有量は30〜93重量%が好ましく、32〜91重量%がより好ましい。Biの含有量が上記範囲を外れると耐失透性が悪化するおそれがある。
【0018】
は、ガラス網目を構成する主成分である。またガラスの溶融性を向上させる成分である。Bの含有量は、6〜50重量%が好ましく、8〜48重量%が好ましい。Bの含有量が上記範囲を外れると耐失透性及びガラスの溶融性が悪化するおそれがある。
【0019】
任意成分としては、RO(即ち、LiO、KO、NaO、RbO及びCsOの少なくとも1種)、R’O(即ち、MgO、CaO、SrO、BaO及びZnOの少なくとも1種)、その他、SiO、GeO、P、Ga、Gd、Al、La、Nb、Ta、Sb、In、SnO、SnO、Sb、TeO及びTiOの少なくとも1種が挙げられる。これらは、1種又は2種以上を使用できる。
【0020】
上記任意成分は、ガラスの化学的耐久性の向上及び所定の光学特性を得るのに有効な成分である。これらの任意成分の含有量は、それぞれ0〜50重量%から適宜設定できる。これらの任意成分の合計量が上記範囲を超えるとガラスの溶融性の悪化、屈伏温度の上昇のおそれがある。上記のうち、Sbは、ガラスの溶融時の脱泡に有効な成分であり、その含有量は0〜2重量%程度が好ましい。
【0021】
その他、本発明の効果を妨げない限りで他の成分が含まれていてもよい。
【0022】
上記組成を有するビスマス含有ガラスは、屈折率が1.6〜2.35の範囲であり、好ましくは1.7〜2.3の範囲である。当該屈折率のビスマス含有ガラスは、光ピックアップレンズ、カメラ用途のレンズ等に好適に適用できる。
【0023】
また、上記ビスマス含有ガラスの屈伏温度(At)は500℃以下であり、好ましくは480℃以下である。なお、当該屈伏温度(屈伏点)は、JIS R 3102に従って、当該ガラスを5℃/minで昇温した条件において、熱膨張計を用いて測定した値である。
【0024】
本発明のプレス成型方法の工程1では、前記ビスマス含有ガラスを研磨又は切削加工することによりプリフォームガラスを作製する。プリフォームガラスの形状は平行平板、球面、非球面等の各種があり、最終製品の形状に応じて適宜設定する。また、ガラスゴブの形状に応じて研磨及び/又は切削のいずれかを選択する。
【0025】
上記研磨又は切削加工では、1)水分含有率が10重量%以下の研削液、2)水分含有量が10重量%を超える研削液、のいずれかを使用する。
【0026】
1)の水分含有率が10重量以下%の研削液としては、例えば、ミネラルオイル、ケロシン等が挙げられる。この場合には、研磨又は切削加工して得られるプリフォームガラスを直ぐにプレス成型(事前加熱工程を含む)してもガラス表面の変色又は表面荒れは生じ難い。
【0027】
2)の水分含有量が10重量%を超える研削液としては、例えば、水、油を分散させた水等が挙げられる。この場合には、研磨又は切削加工した後に、直ぐにプレス成型(事前加熱工程を含む)するとガラス表面の変色又は表面荒れが生じ易い。そのため、研磨又は切削加工して得られるプリフォームガラスを、一旦酸化性雰囲気中で加熱処理する。
【0028】
上記酸化性雰囲気中での加熱処理は、酸素含有率が5モル%以上(好ましくは10モル%以上の酸化性雰囲気中(上限は酸素100%雰囲気)において、100℃〜ガラス融点の温度範囲における加熱処理であることが好ましく、ガラス転移点(Tg)−20℃〜屈伏点(At)+20℃の温度範囲における加熱処理であることがより好ましい。
【0029】
水分含有率が多い(10重量%以上)研削液を用いて研磨研削を行うと、ガラス表面が水分子と反応して変質層が生成し易い。よって、非酸化性雰囲気でそのままプレス成型(事前加熱工程を含む)すると、水酸化物が分解し、ビスマス金属又は亜酸化ビスマスが生成し、変色(黒変)や表面荒れの原因となり易い。これに対し、水分含有率が少ない研削液を用いるか、又は水分含有率が多い研削液を用いた後に酸化性雰囲気で加熱処理する場合には、実質的に変質層が生成しないか又は水酸化物が分解しても酸化し又は分解が十分に進まず、変色や表面荒れの原因となるビスマス金属の生成が抑制されると考えられる。
【0030】
上記酸化性雰囲気中で加熱処理を行うことにより、後続のプレス成型工程(精密プレス、リヒートプレスを含む)において、ガラスの着色や表面荒れが抑制される。酸化性雰囲気中での加熱処理の時間は、上記変質層が後続の非酸化性雰囲気で分解しても酸化し又は分解が十分に進まない程度に加熱処理されていればよい。工程2のプレス成型工程では、先ずプリフォームガラスを非酸化性雰囲気中、軟化温度未満で加熱し、同じ雰囲気中で所望の金型で挟んでプレス成型する。
【0031】
本発明のプレス成型方法によれば、プレス成型工程(事前加熱工程を含む)において、可視領域の各波長における透過率の低下量が2%以下に抑えられるとともに表面荒れの発生も抑制される。
【発明の効果】
【0032】
本発明のプレス成型方法によれば、酸化物組成としてBiとBとを含有するビスマス含有ガラスをプレス成型(精密プレス、リヒートプレス等を含む)した際でも着色(黒色)や表面荒れを抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】(a)実施例1の加熱試験後のガラス表面を示す図であり、(b)比較例1の加熱試験後のガラス表面を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下に実施例及び比較例を示して本発明を具体的に説明する。但し本発明は実施例に限定されない。
[ビスマス含有ガラスの調製]
ガラス原料(各種酸化物、炭酸塩、硝酸塩、水酸化物等)を調合し、800〜1300℃程度の温度で溶融・撹拌・清澄後、型に流し込み、徐冷することにより、下記表1に記載の組成1〜3のビスマス含有ガラスを調製した。
[ビスマス含有ガラスの物性評価]
3種類のビスマス含有ガラスの熱的・光学的特性(屈折率、屈伏温度及び透過率)を調べた。
・屈折率は、波長633nmに対する測定値とした。
・屈伏点(At:℃)は、JIS R 3102に従って、ガラス試料を5℃/minで昇温させた条件において熱膨張計を用いて測定した。
・透過率は、波長200〜800nmの範囲で通常のダブルビーム分光光度計を用いて測定した。
【0035】
実施例1〜2及び比較例1〜4
下記表2に示すようにビスマス含有ガラスを各種研削液により研磨加工し(実施例2では研磨加工後に酸化性雰囲気での加熱処理を含む)、次に非酸化性雰囲気(真空雰囲気を含む)において、室温から加熱を始め、屈伏点付近まで加熱した。その後室温まで自然冷却し、ガラス表面の変色の程度と表面荒れの有無を調べた。
【0036】
なお、本実施例及び比較例では、プレス成型に代えて、プレス成型と同じ雰囲気(非酸化性雰囲気)における加熱処理を行った。
【0037】
変色の指標として「透過率低下量」を使用した。透過率低下量は、加熱試験前後における波長600nmでの透過率差を%表示で示した値である。透過率低下量が2%未満であれば許容範囲である。
【0038】
表面荒れとして、加熱試験後にガラス表面に凹凸や欠陥の発生の有無を光学顕微鏡により観察した。表面欠陥が認められないものは○、表面欠陥が認められたものは×とした。実施例1の加熱試験後のガラス表面を図1(a)に示し、比較例1の加熱試験後のガラス表面を図1(b)に示す。
【0039】
【表1】

【0040】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化物組成としてBiとBとを含有するビスマス含有ガラスのプレス成型方法であって、
(1)前記ビスマス含有ガラスを研磨又は切削加工することによりプリフォームガラスを作製する工程1及び
(2)前記プリフォームガラスを非酸化性雰囲気中、軟化温度未満で加熱し、更にプレス成型する工程2を有し、
前記工程1は、(イ)水分含有率が10重量%以下の研削液を用いて研磨又は切削加工することによりプリフォームガラスを作製するか、又は(ロ)水分含有率が10重量%を超える研削液を用いて研磨又は切削加工した後に酸化性雰囲気中で加熱処理することによりプリフォームガラスを作製する、
ことを特徴とするプレス成型方法。
【請求項2】
前記ビスマス含有ガラスは、ガラス全体量を100重量%とし、酸化物組成として、Bi:30〜93重量%及びB:6〜50重量%を含有する、請求項1に記載のプレス成型方法。
【請求項3】
前記ビスマス含有ガラスは、LiO、KO、NaO、RbO、CsO、MgO、CaO、SrO、BaO、ZnO、SiO、GeO、P、Ga、Gd、Al、La、Nb、Ta、Sb、In、SnO、SnO、Sb、TeO及びTiOからなる群から選択される少なくとも1種を更に含有する、請求項2に記載のプレス成型方法。
【請求項4】
前記ビスマス含有ガラスは、屈折率が1.6以上であり、屈伏点(At)が500℃以下である、請求項1〜3のいずれかに記載のプレス成型方法。
【請求項5】
前記酸化性雰囲気中での加熱処理は、酸素含有率が5モル%以上の酸化性雰囲気中において、ガラス転移点(Tg)−20℃〜屈伏点(At)+20℃の温度範囲における加熱処理である、請求項1〜4のいずれかに記載のプレス成型方法。

【図1】
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【公開番号】特開2010−215426(P2010−215426A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−61097(P2009−61097)
【出願日】平成21年3月13日(2009.3.13)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「次世代光波制御材料・素子化技術」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(591110654)五鈴精工硝子株式会社 (19)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】