説明

ピストン部のシール構造

【課題】摺動摩擦を低減しつつ安定させることができるピストン部のシール構造を提供する。
【解決手段】シリンダ内に摺動自在に挿入されてシリンダ内を二つの液室に区画するピストン2と、ピストン2の外周に設けた環状溝2b内に装着されてシリンダ内周に摺接してピストン2とシリンダとの間をシールするピストンリング3とを備えたピストン部のシール構造において、環状溝2bの軸方向の両端に、ピストンリング3の端部のシリンダから遠ざかる方向への逃げを許容する環状の逃げ溝21b,21cを設けた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ピストン部のシール構造の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、この種のピストン部のシール構造にあっては、たとえば、車両用の緩衝器のピストン部等に具現化され、シリンダ内に摺動自在に挿入されてシリンダ内を二つの液室に区画するピストンと、ピストンの外周に装着されてシリンダ内周に摺接してピストンとシリンダとの間をシールするピストンリングとを備えて構成されている。
【0003】
そして、合口を備えていない円環状のピストンリングを用いる場合、ピストンの外周に加熱したピストンリングを加圧して装着するようにしたものがあり、このように構成されたシール構造では、上記加工によって残留応力が生じてピストンリングの一端がシリンダ側へ反り返るため、当該一端の外周縁を切除して残留応力を減少せしめて、シリンダとの接触面圧の減少させて摺動摩擦の低減を図るようにしている(たとえば、特許文献1参照)。
【0004】
また、合口を有するピストンリングを用いる場合、合口を備える一対のシールリングでピストンリングを構成し、これらを軸方向に重ねてピストンの外周に設けた環状溝内に装着するようにしており、シールリングの合口が周方向で一致しないようにこれらシールリングの対向面に段部や傾斜を設けているものがある(たとえば、特許文献2、3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−17233号公報
【特許文献2】実開平01−75638号公報
【特許文献3】実開平06−47770号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述した特開2006−17233号公報のピストン部のシール構造では、機能上、特に問題が生じるわけではないが、シリンダとの接触面圧を減少させて摺動摩擦の低減を図るもピストンリングの一端の反り返りを完全には阻止できず、ピストンがシリンダに対して変位する際に、当該一端がシリンダの内周の油膜を掻き切ってしまう場合があり、更なる摺動摩擦の低減が望まれ、また、ピストンリングの一端が反り返っているためにピストンのシリンダに対する変位の方向で摺動摩擦が異なり、当該シール構造が適用される緩衝器の発生減衰力の特性のチューニングが難しくなるという問題がある。
【0007】
また、実開平01−75638号公報や実開平06−47770号公報に開示されたピストン部のシール構造にあっても、車両の車体と車軸との間に介装される緩衝器に適用される場合、緩衝器に作用する横力やサスペンションのジオメトリ変化等によって、シリンダに対してピストンが傾いた状態で変位すると、ピストンリングの端部のエッジがシリンダの内周に強く押し当てられて油膜を掻き切って、摺動摩擦が大きくなるとともに安定しないところがある。
【0008】
そこで、本発明は、上記不具合を改善するために創案されたものであって、その目的とするところは、摺動摩擦を低減しつつ安定させることができるピストン部のシール構造を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記した目的を解決するために、本発明における課題解決手段は、シリンダ内に挿入されてシリンダ内を二つの液室に区画するピストンと、ピストンの外周に設けた環状溝内に装着されてシリンダ内周に摺接してピストンとシリンダとの間をシールするピストンリングとを備えたピストン部のシール構造において、環状溝の軸方向の両端に、ピストンリングの端部のシリンダから遠ざかる方向への逃げを許容する環状の逃げ溝を設けた。
【発明の効果】
【0010】
本発明のピストン部のシール構造によれば、ピストンがシリンダに対して傾くような場合にあっても、ピストンリングとシリンダとの接触面圧が過剰となってしまうことがなく、ピストンリングがシリンダの内周に付着した液体の膜を掻き切ってしまうことが無いので、摺動摩擦を低減しつつ安定させることができる。
【0011】
したがって、このシール構造を車両のサスペンション用途に使用される緩衝器に適用することで、緩衝器に上記摺動摩擦の影響の少ない減衰力を発揮させることで車両における乗り心地を向上することができ、当該シール構造は車両用の緩衝器に好適となる。
【0012】
さらに、このピストン部のシール構造の場合、ピストンリングの一端のみが反り返る構成を採用していないので、ピストンがシリンダに対していずれの方向へ変位しても、摺動摩擦に変化を生じない。
【0013】
そして、緩衝器の作動や緩衝器を取り巻く雰囲気の温度変化などによって、ピストンリングが熱膨張することがあっても、膨張による体積増加分を逃げ溝に逃がすことによって、シリンダとの接触面圧の上昇を低減することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】一実施の形態におけるピストン部のシール構造が具現化したピストン部における断面図である。
【図2】一実施の形態におけるピストン部のシール構造が具現化したピストン部の一部拡大断面図である。
【図3】一実施の形態におけるピストン部のシール構造が具現化したピストンリングの斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明のピストン部のシール構造を図に基づいて説明する。一実施の形態におけるピストン部のシール構造は、図1から図3に示すように、緩衝器のピストン部1に具現化されており、具体的には、この例ではシリンダ6内に挿入されてシリンダ6内を二つの液室R1,R2に区画するピストン2と、ピストン2の外周に設けた環状溝2bに装着されてシリンダ6の内周に摺接してピストン2とシリンダ6との間をシールするピストンリング3とを備えたピストン部1に具現化されている。
【0016】
以下、ピストン部1のシール構造の各部について説明する。まず、ピストン2は、図1および図2に示すように、円盤状のピストン本体2aと、ピストン本体2aの外周に設けた環状溝2bと、当該環状溝2bの軸方向の両端に設けた環状の逃げ溝21b,21cを備えている。詳細には、環状溝2bは、シリンダ6の内周に対向する底部21aと、環状溝2bの図2中上下端となる両端における深さを底部21aより深くして形成した逃げ溝21b,21cと、逃げ溝21bの図2中上端とピストン本体2aの外周との間の段部でなる側壁21dと、逃げ溝21cの図2中下端とピストン本体2aの外周との間の段部でなる側壁21eとを備えて構成されている。そして、逃げ溝21b,21cは、環状溝2bの中心側の底部21aから徐々に深度が深くなるようになっていて、底部21a側にテーパ面21f,21gを備えている。
【0017】
また、ピストン2は、この実施の形態の場合、上記構成の他に、ピストン本体2aを貫いて上記二つの液室R1,R2を連通するポート2c,2dを有していて、当該ピストン2の図1中上下端に積層されるリーフバルブ4,5で当該ポート2c,2dを通過する液体の流れに抵抗を与えて減衰力を発生できるようになっている。
【0018】
他方、シール構造が具現化されるピストン部1が適用される緩衝器は、周知であるので詳細には図示して説明しないが、具体的にたとえば、シリンダ6と、シリンダ6の上端を封止するヘッド部材(図示せず)と、ヘッド部材(図示せず)を摺動自在に貫通するピストンロッド7と、ピストンロッド7の先端に固定されるピストン2と、シリンダ6内にピストン2で区画した図1中上方側の液室R1と下方側の液室R2と、シリンダ6の下端を封止する封止部材(図示せず)と、シリンダ6から出没するピストンロッド7の体積分のシリンダ内容積変化を補償する図示しないリザーバあるいはエア室とを備えて構成され、シリンダ6内には作動液体、具体的にはたとえば作動油が充填されている。
【0019】
そして、上記緩衝器にあっては、シリンダ6に対してピストン2が図1中上下方に移動して、液室R1と液室R2とをポート2c,2dを介して作動油が行き交うときに、その作動油の流れに対してポート2c,2dに対応するリーフバルブ4,5にて抵抗を与えて所定の圧力損失を生じせしめて、減衰力を発生するようになっている。
【0020】
ピストンリング3は、この実施の形態では、合口8a,9aを備えた一対のシールリング8,9を備えている。この合口8a,9aによってシールリング8,9をピストン2の環状溝2b内へ装着する際に、シールリング8,9を拡径させつつ装着することができるので、ピストンリング3を容易に環状溝2bへ装着することができる。シールリング8,9は、たとえば、樹脂や合成樹脂といった材料から作ることができる。
【0021】
なお、このシールリング8,9は、軸方向に沿った合口8a,9aを備えているが、合口8a,9aを軸方向に対して傾斜させて設けてもよいし、合口8a,9aの途中に段部を設けてもよい。また、ピストンリング3が合口を持たない円環とされる場合には、ピストン本体2aを環状溝2bの上方側の側壁21bを備えたピースと下方側の側壁21cを備えたピースの図1中上下二つに分割した構成としておき、ピストンリング3をこれらピースで挟み込む構造とすることもできる。
【0022】
さらに、ピストンリング3の上下端、この場合、シールリング8の上端8bとシールリング9の下端9bは、シールリング8,9を互いに当接した状態で、それぞれ対面する環状溝2bの側壁21d,21eに当接するようにしておくとよい。そうすることで、シールリング8,9が環状溝2b内で軸方向にて遊んで音を生じてしまうことを防止できる。なお、ピストンリング3が単一の円環状のピストンリングとされる場合には、当該ピストンリング3の両端を側壁21d,21eへ当接させるようにしておけばよい。
【0023】
そして、これらシールリング8,9は、図1から図3に示すように、軸方向に並べられるとともに合口8a,9aを周方向にずらした状態で、たとえば、図示するように合口8a,9aを180度周方向にずらした状態で、ピストン2の環状溝2b内に装着されて、シリンダ6の内周に摺接してピストン2とシリンダ6との間をシールしている。
【0024】
上述のようにピストン2の環状溝2bにピストンリング3を装着すると、ピストンリング3の上端である図1中上方側に配置されるシールリング8の上端8bの内周が逃げ溝21bに対向し、ピストンリング3の下端である図1中下方側に配置されるシールリング9の下端9bの内周が逃げ溝21cに対向することとなる。
【0025】
このように構成されたピストン部1にあっては、ピストン2の外周に設けた環状溝2b内に装着されたピストンリング3がシリンダ6の内周に摺接することで、ピストン2とシリンダ6との間をシールして液室R1,R2とがピストン2とシリンダ6との間を介して連通することを阻止している。
【0026】
また、ピストンリング3を構成するシールリング8,9が合口8a,9aを周方向にずらした状態でピストン2の環状溝2b内に装着されるので、合口8a,9aを介して液室R1,R2とが連通することも防止されている。
【0027】
なお、合口8a,9aの一致を確実に阻止するために、たとえば、ピストン2の環状溝2bの側壁21d,21eあるいは底部21aに合口8a,9a内に入り込んでシールリング8,9のピストン2に対する周方向の回転を防止する突起を設けて、これを合口8a,9aの一致を阻止する阻止手段としてもよいし、また、シールリング8,9が互い周方向に相対移動しないように、シールリング8,9の互いに向き合う対面側の端部に傾斜面を設けたり、シールリング8,9の対面側の端部の一方に相手方へ向けて突出する突部を設け他方に前記突部が入り込む凹部を設けたりして、これらを合口8a,9aの一致を確実に阻止する阻止手段としてもよい。
【0028】
このように阻止手段を設ける場合には、合口8a,9aの周方向での一致を阻止できるので、ピストンリング3を一対の合口8a,9aを有するシールリング8,9としてピストン2の環状溝2bへの装着を容易としつつ、液室R1,R2の連通を阻止して密にシールすることが可能である。
【0029】
そして、ピストン2がシリンダ6に対して図1中上下方向へ変位する際に、緩衝器に横方向の力(横力)によって曲げモーメントが作用したり、緩衝器が組み込まれたサスペンションにおけるジオメトリ変化したりして、ピストン2がシリンダ6に対して傾くような場合にあっても、環状溝2bの上下端となる両端に、逃げ溝21b,21cが設けてあって、図2の破線で示すように、シールリング8の上端8bとシールリング9の下端9bがそれぞれ対応する逃げ溝21b,21c内へ逃げるので、シールリング8,9の端部8b,9bが強くシリンダ6へ押し付けられてシリンダ6との接触面圧が過剰となってしまうことがない。
【0030】
シールリング8,9の逃げ変形時には、逃げ溝21b,21cと底部21aとの境のエッジが支点となってシールリング8,9が変形することになるが、逃げ溝21b,21cがともに環状溝2bの中央側にテーパ面21f,21gを備えているので、シールリング8,9の変形支点におけるエッジが鈍角となり、逃げ変形時にシールリング8,9の底部21a側面となる裏面に無理な負荷が作用しないようになっていて、シールリング8,9の劣化を防止することができる。なお、上記エッジをR面取りするようにしておくと、より一層シールリング8,9の劣化を防止することができる。
【0031】
また、このピストンリング3における各シールリング8,9の逃げ変形によって液体をシリンダ6とシールリング8,9の端部8b,9bとの間に入り込ませることができシリンダ6の内周に付着した液体の膜を掻き切ってしまうことが無い。
【0032】
このように、本発明のピストン部1のシール構造では、ピストン2がシリンダ6に対して傾くような場合にあっても、ピストンリング3とシリンダ6との接触面圧が過剰となってしまうことがなく、ピストンリング3がシリンダ6の内周に付着した液体の膜を掻き切ってしまうことが無いので、摺動摩擦を低減しつつ安定させることができる。
【0033】
したがって、このシール構造を車両のサスペンション用途に使用される緩衝器に適用することで、緩衝器に上記摺動摩擦の影響の少ない減衰力を発揮させることで車両における乗り心地を向上することができ、当該シール構造は車両用の緩衝器に好適となる。
【0034】
さらに、このピストン部1のシール構造の場合、ピストンリング3の一端のみが反り返る構成を採用していないので、ピストン2がシリンダ6に対して図1中上下いずれの方向へ変位しても、摺動摩擦に変化が無く、減衰特性のチューニングも容易となる。
【0035】
そしてさらに、緩衝器の作動や緩衝器を取り巻く雰囲気の温度変化などによって、ピストンリング3が熱膨張することがあっても、膨張による体積増加分を逃げ溝21b,21cに逃がすことによって、シリンダ6との接触面圧の上昇を低減することが可能である。詳しくは、当該シール構造が適用される緩衝器の使用される温度の下限において、ピストンリング3がシリンダ6の内周に摺接してシールが可能なように設定しておくと、この下限より高い温度ではピストンリング3が下限温度のときよりも膨張する、この場合にはピストンリング3がシールリング8,9で構成されているので各シールリング8,9が膨張するが、この膨張した体積分を逃げ溝21b,21cへ逃げさせることができるのである。
【0036】
また、ピストンリング3を合口8a,9aを備えたシールリング8,9とすることにより、ピストンリングをピストンの外周に加熱加圧加工するシール構造に比較して、シールリング8,9の材料選択幅が広がり設計の自由度を向上させることができる。
【0037】
なお、上述したところでは、ピストン部1のシール構造が車両用の緩衝器のピストン部に具現化した例を用いて説明しているが、当該シール構造は、緩衝器以外のアクチュエータとして機能するシリンダ装置等、他の液圧機器へ適用することも可能である。
【0038】
以上でピストン部1のシール構造の実施の形態についての説明を終えるが、本発明の範囲は図示されまたは説明された詳細そのものには限定されない。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明は、たとえば、緩衝器のピストン部に利用可能である。
【符号の説明】
【0040】
1 ピストン部
2 ピストン
2a ピストン本体
2b 環状溝
2c,2d ポート
3 ピストンリング
4,5 リーフバルブ
6 シリンダ
7 ピストンロッド
8,9 シールリング
8a,9a シールリングにおける合口
8b シールリングの上端
9b シールリングの下端
21a 底部
21b,21c 逃げ溝
21d,21e 側壁
21f,21g テーパ面
R1,R2 液室

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリンダ内に挿入されてシリンダ内を二つの液室に区画するピストンと、ピストンの外周に設けた環状溝内に装着されてシリンダ内周に摺接してピストンとシリンダとの間をシールするピストンリングとを備えたピストン部のシール構造において、環状溝の軸方向の両端に、ピストンリングの端部のシリンダから遠ざかる方向への逃げを許容する環状の逃げ溝を設けたことを特徴とするピストン部のシール構造。
【請求項2】
逃げ溝は、環状溝の中心側から徐々に深度が深くなるテーパ面を備えていることを特徴とする請求項1に記載のピストン部のシール構造。
【請求項3】
ピストンリングが合口を備えた一対のシールリングを備え、これらシールリングの合口を周方向にずらしてピストンの環状溝に装着したことを特徴とする請求項1または2に記載のピストン部のシール構造。
【請求項4】
シールリングの合口の一致を阻止する阻止手段を備えたことを特徴とする請求項3に記載のピストン部のシール構造。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−74960(P2011−74960A)
【公開日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−224820(P2009−224820)
【出願日】平成21年9月29日(2009.9.29)
【出願人】(000000929)カヤバ工業株式会社 (2,151)
【Fターム(参考)】