説明

ファージを含有する生体外殺菌組成物

【課題】アシネトバクアター・バウマニのファージと担体を含有する生体外(in vitro)殺菌組成物の提供。
【解決手段】本発明は、有効量のアシネトバクター・バウマニ・ファージを医療機関又は医療に関連する研究機関に施用することで、当該医療機関又は医療に関連する研究機関内におけるアシネトバクター・バウマニの菌量を減少させることを含む、医療機関または医療に関連する研究機関に適用される生体外殺菌方法をも提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、殺菌組成物と、その殺菌組成物を利用した殺菌方法に関し、特に、ファージと担体を含有する殺菌組成物と、その殺菌組成物を利用した殺菌方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、院内感染(nosocomial infection)が、病院にとって最も解決が困難な課題となっており、統計によると、通常、病院の院内感染率は、約3〜5%である。この院内感染の細菌としては、通常、日和見(ひよりみ)病原体(opportunistic pathogen)が挙げられる。即ち、正常な免疫力を有する宿主にとっては、これらの細菌は無害であり、甚だしくは、これらの細菌には人体表面に存在する常在菌叢(normal flora)も含まれる。しかし、宿主の免疫力が低下した場合、これらの細菌は感染を引き起こしやすく、疾病の原因となる。
【0003】
今日、院内感染を引き起こす細菌として良く知られるものには、例えば、ブドウ球菌(スタフィロコッカス;Staphylococcus)、シュードモナス菌(Pseudomonas)、アシネトバクター(Acinetobacter)、腸球菌(エンテロコッカス;Enterococci)、腸内細菌科(エンテロバクテリアセエ;Enterobacteriaceae)、非発酵グラム陰性桿菌(Non-fermentative gram-negative bacilli)、在郷軍人病菌(レジオネラ・ニューモフィラ;Legionella pneumophila)、クロストリジウム(Clostridium)、マイコバクテリウム(Mycobacterium)等が挙げられる。
【0004】
今日、最もよく知られる院内感染細菌としては、例えば、緑膿菌(シュードモナス・エルジノーサ;Pseudomonas aeruginosa)、黄色ブドウ球菌(スタフィロコッカス・アウレウス;Staphylococcus aureus)、アシネトバクター・バウマニ(Acinetobacter baumannii)等が挙げられる。
【0005】
これらの院内感染細菌は、聴診器、カルテ(診療録)、止血帯、手袋、注射針、呼吸装置、吸入器、家具、床板、通気孔、モニターなどの設備に、或いは水、土壌及び食物(果物、野菜中)と下水道の汚物中に、又は、例えば皮膚、脇下、結膜、口腔、上気道、上咽頭、消化管などの人体に生存している可能性がある。
【0006】
院内感染の発生について、集中治療室(intensive-care unit, ICU)を例に取ると、患者の多くは重症患者であり、免疫力は弱く、且つ、しばしば例えば気管挿管や血管装置の利用などによる侵襲的治療を必要とすることから、院内感染の可能性が著しく増大しており、統計によれば、ICUにおける感染率は、約千分の20〜30程度となっている。
【0007】
通常、細菌感染における治療方法としては、抗生物質が使用される。しかし、抗生物質の乱用により、細菌の淘汰が進み、より多くの薬剤耐性が派生し、現在、院内感染において、抗生物質に対して薬剤耐性を有する細菌が日増しに増加する結果となっている。そのため、薬剤耐性を獲得した細菌に感染した患者を治療するためには、更に高価な新しい抗生物質を必要とする。しかも、こうした細菌の薬剤耐性の派生が引き続き進展した場合、最後には治療に有効な抗生物質そのものが無くなってしまうことも考えられる。従って、院内感染を減少させ及び/又は予防する代替方法を研究開発することは重大な課題となっている。
【0008】
ファージ(phage、又はバクテリオファージ;bacteriophage)は、ウイルスの一種であり、その特徴は、細菌を宿主とし、細菌体内でしか成長し増殖することができない点にある。ファージは、溶菌性(lytic)と溶原性(lysogenic)に分けられる。溶菌性ファージは、宿主の細菌に感染し、宿主内で増殖した後、ファージが細菌を溶解して放出され、細菌は破裂して死滅する。溶原性ファージは、比較的温和なファージであり、溶菌性又は溶原性の生活史を有し、溶原性の経路において宿主と共存できる。
【0009】
既に、ファージを利用して細菌性疾患を治療する方法が報告されている。例えば、米国特許第5,688,501号公報、第5,997,862号公報、第6,248,324号公報、第6,485,902号公報において、ファージを含有した医薬組成物を利用して、A型連鎖球菌(Streptococcus A)、皮膚感染を引き起こす細菌、大腸菌O157菌株等の細菌性疾患を治療する方法がそれぞれ開示されている。又、米国特許第6,121,036号公報においても、一種以上のファージを含有する医薬組成物が開示されている。更に、米国特許第6,699,701号公報にも、サルモネラ・エンテリティディス(Salmonella enteritidis)特異性ファージを包装材料に塗布し、これを食品(例えば野菜、果物)包装に利用する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】米国特許第5,688,501号公報
【特許文献2】米国特許第5,997,862号公報
【特許文献3】米国特許第6,248,324号公報
【特許文献4】米国特許第6,485,902号公報
【特許文献5】米国特許第6,121,036号公報
【特許文献6】米国特許第6,699,701号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかし、上記の既に周知のファージの利用には、院内感染の細菌に対して有効な予防又は治療の方法は見られず、特に、これら先行技術文献のいずれにも、アシネトバクター・バウマニのファージに関する記載は無く、又、院内感染細菌であるアシネトバクター・バウマニの菌量を低下させる方法についても全く開示されていない。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、上述とその他の課題を解決すべく、すくなくとも一種のアシネトバクター・バウマニ(Acinetobacter baumannii)のファージ(以下、AB菌ファージとも略称する)と担体を含有する生体外(in vitro)殺菌組成物を提供する。本発明の一つ態様において、前記ファージは、アシネトバクター・バウマニに特異的に感染するファージであり、例えば、ゲンタマイシン(gentamicin)、アミカシン(amikacin)、ピペラシリン/タゾバクタム(piperacillin/tazobactam)、チカルシリン/クラブラン酸(ticarcillin/clavulanate)、セフタジジム(ceftazidime)、セフェピム(cefepime)、セフピロム(cefpirome)、アズトレオナム(aztreonam)、イミペネム(imipenem)、メロペネム(meropenem)、シプロフロキサシン(ciprofloxacin)及びレボフロキサシン(levofloxacin)からなる群より選ばれた少なくとも一種の抗生物質に対して薬剤耐性を持つ薬剤耐性アシネトバクター・バウマニに特異的に感染することができるファージである。
本発明の一つの態様において、前記ファージは、少なくとも一種のアシネトバクター・バウマニ・ファージの純系を含有するものである。例えば、二十面体の頭部と短尾部とを有する形態のアシネトバクター・バウマニ・ファージ、又は二十面体の頭部と収縮性尾部とを有する形態のアシネトバクター・バウマニ・ファージが挙げられる。本発明の組成物において、前記アシネトバクター・バウマニ・ファージはポドウイルス科(podoviridae)の2本鎖DNAウイルス及び/またはマイオウイルス科(Myoviridae)の2本鎖DNAウイルスであっても良い。
本発明の組成物中、前記ファージは、耐酸性と耐アルカリ性を有する。その一つの態様において、前記ファージは、pH4以上、pH12以下の条件下において、ファージの生物活性を保持する。
【0013】
一つの態様において、前記AB菌ファージは、界面活性剤中でファージの生物活性を保持することが可能である。
【0014】
前記「ファージの生物活性」とは、前記ファージが、その存在する環境下において、宿主のアシネトバクター・バウマニに対して感染性を持っており、宿主に感染し、その宿主細胞内で増殖し、及び/又は宿主細胞を溶解する能力を有することを指す。
【0015】
一つの態様において、本発明のファージは溶菌性ファージであり、アシネトバクター・バウマニに感染し、細菌細胞内で増殖した後、アシネトバクター・バウマニの細胞壁を溶解し、増殖したファージを放出し、アシネトバクター・バウマニはこれにより死滅する。上記により本発明のファージは、アシネトバクター・バウマニの活性の抑制、又はアシネトバクター・バウマニの菌量の減少に利用することが可能である。
【0016】
本発明の組成物中、利用される担体に特に制限は無いが、AB菌ファージと担体とに和合性(compatibility)があることでファージが担体中で生物活性を保持できさえすれば、殺菌組成物として用いることが可能である。
【0017】
一つの態様において、担体は溶液、懸濁液、粉末、噴霧剤、又は軟膏の形態であっても良く、且つこれらに限定されるものではない。本発明の実施例において、担体は水、オイル、界面活性剤(例えば、洗剤、石鹸)、ペプトン(peptone)など、又は上記の二つ以上の組み合わせから選ばれ、その内、より好ましくは、水及び/又は界面活性剤が使用される。
【0018】
より好ましい実施例において、前記界面活性剤には、アニオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、両性イオン性界面活性剤及び非イオン性界面活性剤からなる群より選ばれる少なくとも一種の界面活性剤が使用される。
【0019】
実施例において、前記アニオン性界面活性剤としては、例えば、ラウリル硫酸アンモニウム、ラウリルアルコールポリエーテルスルホコハク酸エステルジナトリウム、オクチルスルホニルコハク酸エステルジナトリウム、ドデシルベンゼンスルホン酸(ソフト型)、ドデシルリン酸エステル(MAP)、セカンダリアミノリン酸塩(SAS)、パルミトイルヒドロキシエチルスルホン酸ナトリウム(SCID)、ラウリルアルコールポリエーテル硫酸エステルナトリウム(SLES)、ラウロイルサルコシン酸ナトリウム、ラウロイルエーテル硫酸ナトリウム(SLS)、メチルパルミトイルタウリンナトリウム等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0020】
実施例において、前記カチオン性界面活性剤としては、例えば、セチルトリメチルアンモニウムクロリド、ジココイルジメチルアンモニウムクロリド、ジデシルジメチルアンモニウムクロリド、ジエステル第四級アンモニウム塩、アルキルベンジルジメチルアンモニウムクロリド、ジタロージメチルアンモニウムクロリド(DTDMAC)、イミダゾリニル第四級アンモニウム塩等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0021】
実施例において、前記両性イオン性界面活性剤としては、例えば、ココイルイミダゾリニウムベタイン、パルミトイルアミノプロピルヒドロキシスルホベタイン、パルミトイルアミノプロピルジメチルベタイン、パルミトイルアムホジプロピオン酸ジナトリウム、ラウロイルアミノプロピルジメチルベタイン、アルキルアムホプロピオン酸ナトリウム、タロー油ジヒドロキシエチルベタイン等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0022】
実施例において、前記非イオン性界面活性剤としては、例えば、アルキルポリグリコシド(APG)、ココアミドDEA(cocoamide DEA)、ラウリルアミンオキシド、ラウリルエーテルカルボン酸エステル、トリトンX(例えば、TritonX-100、TritonX-405等)、PEG-150ジステアリン酸塩、トウィーン(例えばTween-40、Tween-80等)、スパン(例えば、Span-20、Span-80等)等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0023】
より好ましい実施例において、前記界面活性剤としては、市販品が使用され、特に洗剤が用いられる。
【0024】
本発明の組成物中、必要な場合、第二のファージを含有することができ、その内、その第二のファージは、院内感染細菌のファージである。
【0025】
一つの態様において、前記院内感染細菌は、アシネトバクター(Acinetobacter)、ブドウ球菌(スタフィロコッカス;Staphylococcus)、腸球菌(エンテロコッカス;Enterococci)、腸内細菌科(エンテロバクテリアセエ;Enterobacteriaceae)、非発酵グラム陰性桿菌(Non-fermentative gram-negative bacilli)、在郷軍人病菌(レジオネラ・ニューモフィラ;Legionella pneumophila)、クロストリジウム(Clostridium)、マイコバクテリウム(Mycobacterium)とシュードモナス菌(Pseudomonas)からなる群より選ばれた一種又は二種以上である。
【0026】
実施例において、前記アシネトバクターは、アシネトバクター・バウマニ(Acinetobacter baumannii)、アシネトバクター・カルコアセティカス(Acinetobacter calcoaceticus)、アシネトバクター・ヘモリティカス(Acinetobacter haemolyticus)アシネトバクター・ジュニィ(Acinetobacter junii)、アシネトバクター・ジョンソニィ(Acinetobacter johnsonii)及びアシネトバクター・ルオフィイ(Acinetobacter lwoffii)からなる群より選ばれた一種又は二種以上である。
【0027】
実施例において、前記ブドウ球菌は、スタフィロコッカス・エピデルミディス(Staphylococcus epidermidis)、スタフィロコッカス・ヘモリティカス(Staphylococcus hemolyticus)、スタフィロコッカス・アウリクラーリス(Staphylococcus auricularis)、スタフィロコッカス・カピティス(Staphylococcus capitis)、スタフィロコッカス・カプラエ(Staphylococcus caprae)、スタフィロコッカス・ホミニス(Staphylococcus hominis)、スタフィロコッカス・パステウリ(Staphylococcus pasteuri)、スタフィロコッカス・シミュランス(Staphylococcus simulans,)、スタフィロコッカス・ワーネリ(Staphylococcus warneri)、スタフィロコッカス・コーニィ(Staphylococcus cohnii)、スタフィロコッカス・シウリ(Staphylococcus sciuri)、スタフィロコッカス・キシローサス(Staphylococcus xylosus)、スタフィロコッカス・サプロフィティカス(Staphylococcus saprophyticus)からなる群より選ばれた一種又は二種以上である。
【0028】
実施例において、前記腸内細菌科(エンテロバクテリアセエ;Enterobacter iaceae)細菌は、大腸菌(エシェリキア;Escherichia)、クレブシエラ・ニューモニエ(Klebsiella pneumoniae)、プロテウス(Proteus)、 エンテロバクター(Enterobacter)、シトロバクター(Citrobacter)、モルガネラ(Morganella)、サルモネラ(Salmonella)、セラチア(Serrartia)、赤痢菌(シゲラ;Shigella)及びエルシニア(Yersinia)からなる群より選ばれた一種又は二種以上である。
【0029】
実施例において、前記シュードモナス菌は、緑膿菌(シュードモナス・エルジノーサ;Pseudomonas aeruginosa)である。
【0030】
本発明の組成物に含有される第二のファージは、溶菌性ファージであり、宿主(細菌)に感染し、細菌細胞内で増殖した後、宿主の細胞壁を溶解し、増殖したファージを放出し、宿主を死滅させることができる。これにより、本発明の第二のファージは、宿主の活性を抑制すること、又は宿主の菌量を減少させることができる。
【0031】
一つの態様において、前記第二のファージは、界面活性剤中でファージの生物活性を保持することが可能である。
【0032】
又、一つの態様において、前記アシネトバクター・バウマニのファージの組成物中における初期濃度は、1x107 PFU/ml〜1x109 PFU/mlの範囲にある。これにより、使用者の需要に応じて、AB菌ファージとその他の細菌のファージを用いて本発明の組成物を調製することで、同時に多くの細菌を抑制する優れた効果を達成することが可能となる。
【0033】
別の観点において、本発明は、アシネトバクター・バウマニのファージと担体を含む殺菌組成物を使用することで、医療機関又は医療に関連する研究機関内における細菌数量を減少させる生体外(in vitro)の殺菌方法を提供する。その内の一つの態様として、本発明は、特に、アシネトバクター・バウマニの菌量を減少させる方法を提供する。
【0034】
本発明中、アシネトバクター・バウマニのファージと担体は上記に定義された通りである。必要に応じ、前記殺菌組成物は更に第二のファージを含み、この第二のファージの定義も上記の通りである。これにより、使用者の需要に応じて、AB菌ファージ単独又はその他の細菌のファージとの組み合わせで本発明の組成物を調製することで、アシネトバクター・バウマニの菌量を減少させ、或いは同時にその他の細菌の菌量をも減少させる効果を達成することができる。
【0035】
本発明の一つの態様において、前記殺菌組成物を噴霧剤に霧化して、例えば病院又は療養所といった医療機関又は医療関連研究機関に施用する。一つの実施例において、当該殺菌組成物は、例えば集中治療室、手術室、回復室、診療室、面会室といった病院又は療養所の環境に施用され、又は、例えば気管挿管器具、血管装置、聴診器、カルテ、止血帯、手袋、呼吸装置、吸入器、家具、床板、通気孔、モニターといった病院又は療養所内の設備の表面などに施用されるが、これらに限定されるものではない。その施用方法は、施用する目的物により異なり、例えば、直接噴霧、間接噴霧、浸漬、又は直接に人体皮膚表面に塗布する方法などの方法が利用される。
【発明の効果】
【0036】
本発明の殺菌組成物と殺菌方法は、ファージと宿主間との特異性により、目的とする細菌の菌量を減少させ、又は目的とする細菌の活性を抑制することができるため、細菌に抗生物質に対する薬剤耐性が発生することによって、抗生物質を利用した殺菌が困難となる問題を解決することが可能となる。しかも、本発明の殺菌組成物を利用すれば、目的とする細菌に更なる薬剤耐性を発生させることもない。本発明の殺菌組成物は、市販の洗剤と共に使用できるため、商品化において極めて有利である。特に、本発明の殺菌方法は、手順が簡単で効果も優れ、且つ化学殺菌剤の残留毒性の問題も無く、細菌に薬剤耐性を発生させる虞も無いため、院内感染の難題を効果的に解決することができる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】図1A〜1Jは、本発明の殺菌組成物の具体的な実施例におけるアシネトバクター・バウマニ・ファージの形態。
【図2】宿主細菌に対するアシネトバクター・バウマニ・ファージの吸着率を示した図である。
【図3】アシネトバクター・バウマニ・ファージの一段増殖曲線を示した図である。
【図4】界面活性剤中におけるアシネトバクター・バウマニ・ファージの活性を示した図である。
【図5A】異なる温度条件下における本発明の殺菌組成物の安定性を示した図である。
【図5B】異なる温度と解凍条件下における本発明の殺菌組成物の安定性を示した図である。
【図6】異なるpH条件下における本発明の殺菌組成物の安定性を示した図である。
【図7】化学物質の存在下における本発明の殺菌組成物の安定性を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0038】
以下、特定の具体的実施例により本発明の実施形態について説明する。本技術分野に精通した者は、本明細書の記載内容によって、本発明のその他の利点や効果を十分に理解できる。
【実施例1】
【0039】
ファージの調製:
台湾の花蓮に所在する慈済医院より導管洗浄液、排水系統の廃水、未処理の汚水などの試料を収集し、当該試料をそれぞれ遠心分離機で、4℃、5,000×gで10分間遠心分離し、上澄液を口径0.45μmのメンブレンフィルターにより濾過し、続いて、以下のプラークテストを行う。
【0040】
通常のLB寒天培地上にあるAB菌の細菌層(bacterial lawns;0.7%のLB寒天培地中)に、上記の試料濾液10 μlを滴下して広げる。試料濾液中にファージが含まれている場合、細菌層上に透明なゾーン(clear zone)が形成されるため、これを取り出してLB培地に浸し、濾過によりAB菌を除去すれば、高濃度のファージが得られる。このファージを稀釈した後、培地上に平塗りし、プラークを形成させる。上記の単一プラークの単離手順を少なくとも2回行うことによりファージの純化株を得る。
【0041】
試料より単離したAB菌ファージを鑑定した結果、10株のAB菌ファージ、即ちψAB1〜9及びψAB11を得た。図1A〜1Hで示されるように、ψAB1〜7及びψAB9は二十面体の頭部と短尾部とを有する形態(ψAB1、寄託番号:DSM23599、DSMZ。ψAB2、寄託番号:DSM23600、DSMZ)であり、図1I〜1Jで示されるように、ψAB8及びψAB11は二十面体の頭部と収縮性尾部とを有する形態である。
【実施例2】
【0042】
本発明の殺菌組成物の宿主特異性試験:
127株のアシネトバクター・バウマニ(Acinetobacter baumannii、下記においてAB菌とも略称する)を用いて、本発明の殺菌組成物における宿主特異性を調べて、その内の125菌株は花蓮慈済医院で収集したものであり、他の2菌株はATCC(American Type Culture Collection)より入手したものであって、それぞれATCC19606とATCC17978である。
【0043】
上記の細菌を、37℃下、LB培地(Difco Laboratories, 米国、ミシガン州、デトロイト)で培養し、混濁度により細菌の成長度を監視し、600 nm(OD600)における吸光度を測定し、ODが1の場合は細菌濃度が3×108細胞数/mlを示した。通常のLB寒天培地上に宿主細菌を含む0.7%のLB寒天培地を覆い広げて、宿主細菌層(bacterial lawns)を調製した。
【0044】
10μlのファージ培養液(ファージ濃度は1010 PFU/ml)を前記細菌層に滴下し、この培地シャーレを無菌層流装置内で10分間乾燥させ、37℃で18〜20時間培養を続け、プラークが発生するかどうかを観察した。
【0045】
【表1】

【0046】
この結果から、実施例1で単離されたAB菌ファージは、表1で示されたアシネトバクター・カルコアセティカスの菌株(ATCC33305)、10株のエシェリキア・コリの菌株、6株のクレブシエラ・ニューモニエの菌株、及び3株のシュードモナス・エルジノーサの菌株の細菌層のいずれにおいてもプラークを形成せず、AB菌の細菌層のみにプラークを形成することが明らかとなり、本発明の殺菌組成物は、確かにAB菌に対して宿主特異性を有することが判る。その内、ψAB1、ψAB2、ψAB3、ψAB4、ψAB5、ψAB6、ψAB7、ψAB8、ψAB9及びψAB11は、それぞれ25、25、4、20、28、4、29、9、21及び39株のAB菌の細菌層にプラークを形成することができる。127株のAB菌の内、ファージが113株のAB菌(即ち89%)を溶解し、その内の110株は多剤耐性AB菌(MDRAB)に属する。いずれのファージもAB菌に感染することができ、且つAB菌の異なる菌株(strain)に対してそれぞれ若干異なる感染性を示すため、使用者は組成物中に必要に応じて少なくとも一種又は複数種の組み合わせからなるAB菌のファージを選択して用いても良い。
【0047】
又、実施例1で単離されたAB菌ファージは、複数種のAB菌の細菌層にプラークを形成することができ、臨床分離して得た多剤耐性のAB菌に対しても感染性を発揮し、その中、ψAB2(頭部と尾部とを有する。頭部は二十面体構造を呈し、サイズは約60nmである。尾部は宿主細胞表面に付着するための糸状構造を有し、サイズは約9〜11nmである)は、ATCCより入手した二つの標準菌株に対して感染性を有するだけでなく、臨床分離して得た多剤耐性のAB菌に対しても感染性を発揮し、確かに院内感染と多剤耐性のAB菌に対する感染の問題を解決できることが示された。
【実施例3】
【0048】
宿主細菌濃度がOD600=0.6Uに達した時、AB菌ファージ(純化株又は混合物)を、0.0005の感染多重度(Multiplicity Of Infection、MOIと略称する)値で、宿主細菌培養液中に添加し、室温下で培養した。培養の際、0、1、2、3、4、5、10、20、30分の時点で試料をそれぞれ100μl採取し、0.9 mLの冷却したLBを用いて稀釈し、12,000×gで5分間遠心分離を行い、上澄液を採取して、宿主細菌に吸着していないファージ量を測定した。その結果を図2に示す。
【0049】
ファージを添加した宿主細菌の培養液を観察すると、培養液は100分間以内に混濁状から透明状に変化し、ファージが宿主細菌を完全に溶解したことが判る。このことから、本発明の殺菌組成物が確かに殺菌効果を有することが立証された。
【0050】
図2から分かるように、約75%のファージ粒子が2分間以内に宿主細菌に吸着し、約95%のファージ粒子が4分間以内に宿主細菌に吸着し、10分間で100%の吸着を達成できた。
【0051】
又、一段増殖曲線(one-step growth curve)によりファージの複製曲線を測定し、OD600=0.8Uの宿主細菌を遠心分離した後、細胞を収集し、さらに、0.8 mlのLB培地に再度溶解・分散し、その濃度を109 CFU/mlに調整した。AB菌ファージを0.0001のMOI値で宿主細菌培養液中に添加し、4℃下で30分放置し、ファージを宿主細菌に吸着させた。混合物を12,000×gで10分間遠心分離を行い、次に、感染細菌を含む沈殿物を、20 mlのLB培地に再度溶解、分散して、37℃下で培養し、5分毎に試料を採取し、直ちにその試料を稀釈し定量した。その結果を図3に示す。
【0052】
潜伏期の定義は、吸着(前処理の10分間を含まず)より第一回のバースト(ファージが細菌を溶解して放出される)が始まる迄の期間を指し、例えば、図3に示される潜伏期は15分間である。最終的なファージ粒子量と感染細菌の初期量との比例により、平均バースト量を計算したところ、約200 PFU/細胞であった。
【0053】
従って、本実施例により本発明の殺菌組成物の殺菌効果は、迅速で、所要時間が短く、効果も優れ、且つ、宿主細菌を溶解した後、さらに多くのファージを環境中に放出し、殺菌効果を持続させ得ることが立証された。
【実施例4】
【0054】
実施例1により単離して得たAB菌ファージと、界面活性剤Tween 20、Tween 80及びTritonX-100(米国、シグマアルドリッチバイオテクノロジー社より購入)を用いて、本発明の殺菌組成物を調製した。
【0055】
通常、界面活性剤の使用濃度の範囲は0.1~1 重量%の間にあることが知られている。そのため、本発明の殺菌組成物を調製する際、0.1~1 重量%の界面活性剤と、初期濃度が5x107 PFU/mlのファージとを用い、両者を混合した後、室温下に放置し、24時間おきに試料を採取してファージ濃度を測定し、下記式によりファージの生存率(survival fraction)を求めた。
【0056】
ファージの生存率=試料中のファージ濃度/ファージの初期濃度
これにより、界面活性剤の影響を調べ、該界面活性剤が1 重量%の場合を図4に示す。
【0057】
上記の試験により、0.1~1 重量%の界面活性剤を含む場合、いずれもAB菌ファージの活性に対して影響を与えないことが判った。又、図4から分かるように、AB菌ファージは、TritonX-100中で最も安定し、Tween 20がこれに次いで安定し、又、Tween 80中においては、AB菌ファージの生存率の変化は比較的大きいが、宿主細菌に感染するのに十分な活性を維持できている。しかも、時間の経過に連れて、ファージ濃度の下降傾向は緩和され、その後、再度徐々に上昇している。変異係数(coefficient of variation、以下CVと略す)により評価した場合、3種類の界面活性剤のCV値は、いずれも20%以下を示しており、ファージは、これら3種類の界面活性剤中において、極めて安定していることが証明された。即ち、本発明の殺菌組成物は安定していることが判る。
【実施例5】
【0058】
異なる環境条件下における本発明の殺菌組成物の安定性試験:
(1) 温度
ファージを無菌水により108 PFU/mlに稀釈した後、それぞれ4℃、25℃、37℃、42℃、-20℃及び-80℃の異なる温度条件下に放置した。4℃、25℃と37℃における実験中、24時間培養している間、3時間ごとに試料を採取し、ファージ濃度を測定し、その後12週間毎週持続的に追跡した。その結果を図5Aに示す。-20℃と-80℃における実験では、それぞれ2組に分け、第1組は凍結と解凍を繰り返して12週間追跡し、第2組は1回だけ解凍して5週間追跡実験した。この結果を図5Bに示す。
【0059】
(2)pH
ファージを酸性(pH4)とアルカリ性(pH11)の水溶液でそれぞれ稀釈し、ファージ濃度を108 PFU/mlに調製した後、pH4.7、pH7、pH11の実験において、24時間の間に3時間ごとにファージ濃度を測定し、その後毎週1回追跡し、12週間続けて追跡実験を行った。その結果を図6に示す。
【0060】
(3)化学物質
ファージにクロロホルム溶液(0.5%と2%)を加え、ファージ濃度108 PFU/mlに稀釈した後、24時間の間に3時間ごとにファージ濃度を測定し、その後、0.5%のクロロホルム溶液中の実験においては、毎週1回追跡し、3週間続けて追跡し、2%のクロロホルム溶液中の実験においては、6週間追跡した。その結果を図7に示す。
【0061】
(4)乾燥処理
濃度1010 PFU/mlのファージをA、B二組に分け、A組はペプトン(peptone)を、B組は無菌水を、それぞれ用いて、ファージ濃度を10倍に稀釈した後、更に真空遠心乾燥機(speed vac)で乾燥処理し、乾燥後のA、B二組を更にそれぞれ0.5 mlのペプトンと0.5 mlの無菌水に再溶解し、乾燥前後におけるファージの濃度変化を観察した。その結果を表2に示す。
【0062】
【表2】

【0063】
上記の試験結果により、本発明の殺菌組成物は、低温(-20℃、-80℃、4℃)条件下においても、ファージは少なくとも8週間以上生存し、且つ生存率は5%以上に達することが明らかになった。環境温度(25℃と37℃)の条件下においては、ファージは11週間以上生存し、且つ、生存率も14.9%以上に達することが示された。しかも、高温環境(42℃)の条件下において2週間追跡したところ、ファージの生存率はなおも14.8%に達した。
【0064】
本発明の殺菌組成物は、アルカリ性(pH11)の環境下において、約11週間後でも約30%のファージ生存率を保持することができ、酸性(pH4)の環境下においても、第11週に至ってもなお生存するファージを測定することができた。又、真空乾燥と再溶解後に測定したAB菌ファージの生存率は20%以上と高かった。更に、本発明の殺菌組成物は、0.5%と2%のクロロホルム溶液中において、ファージが3週間以上生存し、且つ、生存率は30%に達した。
【0065】
上記を総括すると、環境の温度、乾湿度、pH値と化学物質の条件下のいずれにおいても、ファージは生存率を保持することができ、本発明の殺菌組成物の安定性を立証することができた。
【実施例6】
【0066】
殺菌試験条件:
同じ規格の容器中に、同じ濃度の細菌(107 CFU/ml)を入れ、107 PFU/mlのファージを含む本発明の殺菌組成物を容器中に噴霧し、異なる時点で試料を採取し、標準工程により細菌とファージの濃度をそれぞれ定量し、細菌の減少量により殺菌効果を調べた。
【0067】
本発明の殺菌組成物は、下記に示す組成分を含有する。
(1) AB菌ファージと無菌水
(2) AB菌ファージと界面活性剤
(3) AB菌ファージ、無菌水及び界面活性剤
(4) AB菌ファージ、第二のファージ(スタフィロコッカスのファージ)及び無菌水
(5) AB菌ファージ、第二のファージ(スタフィロコッカスのファージ)及び界面活性剤
(6) AB菌ファージ、第二のファージ(スタフィロコッカスのファージ)、無菌水及び界面活性剤
【0068】
又、無菌水だけを噴霧したものを対照群として用いた。
容器内の混合物が、混濁状から透明状に変化するのが観察によって確認された。このことは、ファージが宿主細菌を完全に溶解したことを示し、対数値(logs)で数ポイントの細菌量を効果的に減少させることができることから、本発明の殺菌組成物は確実に殺菌効果を達成できることが立証された。
【0069】
上記の実施例は、本発明の組成物とその調製方法を例示的に説明するものに過ぎず、本発明の特許請求の範囲を限定するものではない。これらの技術を熟知する者は、本発明の主旨と範囲を逸出しない範囲において、本発明の実施例に対して修正又は変更を加えることができる。本発明の権利保護範囲を下記の特許請求の範囲に示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アシネトバクター・バウマニ(Acinetobacter baumannii)・ファージと担体を含有する生体外殺菌組成物であって、前記ファージと前記担体とが和合性を有することで、前記アシネトバクター・バウマニ・ファージが生物活性を保持することを特徴とする生体外殺菌組成物。
【請求項2】
前記アシネトバクター・バウマニ・ファージは、ゲンタマイシン(gentamicin)、アミカシン(amikacin)、ピペラシリン/タゾバクタム(piperacillin/tazobactam)、チカルシリン/クラブラン酸(ticarcillin/clavulanate)、セフタジジム(ceftazidime)、セフェピム(cefepime)、セフピロム(cefpirome)、アズトレオナム(aztreonam)、イミペネム(imipenem)、メロペネム(meropenem)、シプロフロキサシン(ciprofloxacin)及びレボフロキサシン(levofloxacin)からなる群より選ばれた少なくとも一種の抗生物質に対して薬剤耐性を持つ薬剤耐性アシネトバクター・バウマニに対して特異的に感染することを特徴とする請求項1に記載の生体外殺菌組成物。
【請求項3】
前記アシネトバクター・バウマニ・ファージは、二十面体の頭部と短尾部とを有する形態のポドウイルス科(podoviridae)の2本鎖DNAウイルスであることを特徴とする請求項1に記載の生体外殺菌組成物。
【請求項4】
前記アシネトバクター・バウマニ・ファージは、二十面体の頭部と収縮性尾部とを有する形態のマイオウイルス科(Myoviridae)の2本鎖DNAウイルスであることを特徴とする請求項1に記載の生体外殺菌組成物。
【請求項5】
前記アシネトバクター・バウマニ・ファージは溶菌性ファージであることを特徴とする請求項1に記載の生体外殺菌組成物。
【請求項6】
前記アシネトバクター・バウマニ・ファージは、pH 4〜12範囲の条件下においてもアシネトバクター・バウマニ・ファージの生物活性を保有することを特徴とする請求項1に記載の生体外殺菌組成物。
【請求項7】
前記生体外殺菌組成物は、溶液、懸濁液、粉末、噴霧剤又は軟膏の形態であり、前記担体は、水、オイル、界面活性剤、ペプトン又はこれらの組み合わせであることを特徴とする請求項1に記載の生体外殺菌組成物。
【請求項8】
前記界面活性剤として、非イオン性界面活性剤が使用されることを特徴とする請求項7に記載の生体外殺菌組成物。
【請求項9】
アシネトバクター(Acinetobacter)、ブドウ球菌(スタフィロコッカス;Staphylococcus)、腸球菌(エンテロコッカス;Enterococci)、腸内細菌科(エンテロバクテリアセエ;Enterobacteriaceae)、非発酵グラム陰性桿菌(Non-fermentative gram-negative bacilli)、在郷軍人病菌(レジオネラ・ニューモフィラ;Legionella pneumophila)、クロストリジウム(Clostridium)、マイコバクテリウム(Mycobacterium)、及びシュードモナス菌(Pseudomonas)からなる群より選ばれた一種又は二種以上の院内感染細菌のファージである第二のファージを更に含むことを特徴とする請求項1に記載の生体外殺菌組成物。
【請求項10】
前記アシネトバクター・バウマニ・ファージの組成物中における初期濃度は1x107 PFU/ml〜1x109 PFU/ml範囲にあることを特徴とする請求項1に記載の生体外殺菌組成物。
【請求項11】
医療機関又は医療に関連する研究機関に適用される生体外殺菌方法であって、有効量の請求項1〜10のいずれか一項の殺菌組成物を前記医療機関又は医療に関連する研究機関に施用することで、前記医療機関又は医療に関連する研究機関内における細菌数量を減少させることを特徴とする生体外殺菌方法。
【請求項12】
前記施用の方法は、直接噴霧、間接噴霧、浸漬、又は塗布によることを特徴とする請求項11に記載の生体外殺菌方法。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5A】
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【図5B】
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【図6】
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【図7】
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【図1】
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【公開番号】特開2011−37856(P2011−37856A)
【公開日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−180903(P2010−180903)
【出願日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年4月10日 Elsevier Masson SAS発行の「Research in Microbiology」に発表
【出願人】(504187858)財團法人佛教慈濟総合醫院 (7)
【Fターム(参考)】