説明

フッ素系イオン交換樹脂膜の分解方法

【課題】フッ素系イオン交換樹脂膜の少なくとも一部をフッ化物イオンまで非焼却法により効率よく分解でき、しかもこれを既存のカルシウム処理法によりフッ化カルシウムに変換し、フッ素系高分子の出発原料として再使用することが可能な、フッ素系イオン交換樹脂膜の効果的な分解処理方法を提供する。
【解決手段】フッ素系イオン交換樹脂膜を、鉄粉の存在下、高温高圧の熱水中で分解させる。上記フッ素系イオン交換樹脂膜の少なくとも一部をフッ素イオンまで分解する。前記フッ素系イオン交換樹脂膜が、テトラフルオロエチレンユニット(-CF2CF2)-からなる主鎖の一部に、ペルフルオロエーテルスルホン酸類{-(ORf)- ユニット(ここでRf = -CmF2m-、 m:整数)を少なくとも1つ有し、末端がSO3X(X = H、アルカリ金属)である構造}からなる側鎖が結合したフッ素系高分子樹脂である上記フッ素系イオン交換樹脂膜の分解方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子型燃料電池等に使用されるフッ素系イオン交換樹脂膜の分解方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、電気自動車の燃料電池膜材等としてフッ素系イオン交換樹脂膜の研究開発が進められているが、その普及に伴い使用済みの廃棄物(廃膜)の処理の問題が顕在化することが予想される。
【0003】
例えば、全世界の自動車がフッ素系イオン交換樹脂膜を使った燃料電池車となったと仮定した場合、必要となるフッ素資源の量は現在の世界中で使用されるフッ素量の約3倍になるといわれており、それに伴い廃膜の量も増加することになる。
【0004】
ところが、フッ素系イオン交換樹脂膜はこれを焼却処分する場合、一般のフッ素系高分子と同様に強力な炭素−フッ素結合から成り立っているため原子レベルまで熱分解させるには相当の高温を必要する。また、発生するフッ化水素ガスが焼却炉の炉材(耐火煉瓦)を激しく損傷するおそれが大である。
【0005】
したがって、これらのフッ素系イオン交換樹脂膜をフッ化物イオンまで非焼却法により分解できるのであれば、既存のカルシウム処理法によりこれをフッ化カルシウムに変換することが可能であり、しかもこのフッ化カルシウムはフッ素系高分子のフッ素源として利用できるので、資源の再利用化が著しく進展するものと期待される。
【0006】
しかしながら、このようなフッ素系イオン交換樹脂膜の廃膜については、これまでに効率的な分解処理方法が開発されていないのが現状である。
すなわち、分子量が大きく、常温で水に溶解しないようなフッ素系高分子から構成されるフッ素系イオン交換樹脂膜に関しては、これまでに燃料電池の性能の劣化と構造変化の関連性を研究した例はあるものの(非特許文献1、2)、廃膜処理についての有力な方法は未だ検討されていない。
【0007】
しかも、この状況はなにも我が国に限ったことではなく、米国でもこのようなフッ素系イオン交換樹脂廃膜は埋め立て処分されているのが現状であり(非特許文献3、その膜材料の製造元にあっても、その廃棄にあたっては、焼却処分は避け、埋め立て処理を推奨している(非特許文献4)。
【0008】
一方、本発明者は、先に界面活性剤や表面処理材などとして用いられ、水中に溶存し、難分解性で生体蓄積性が懸念されているフッ素系有機化合物、例えば有機フルオロスルホン酸類、有機フルオロカルボン酸類、およびそれらの塩類などの低分子化合物の分解方法として、これらの水溶液に鉄粉等を加え、密閉容器中で200℃以上にして熱水状態とすることで分解させる方法を提案した(特許文献1)。
【0009】
しかし、残念ながら、ここで提示された分解処理方法は、上記したように、水中に溶存し、難分解性で生体蓄積性が懸念されている、例えば有機フルオロスルホン酸類、有機フルオロカルボン酸類、およびそれらの塩類などの低分子化合物を実質的な処理対象とするものであり、フッ素系イオン交換樹脂膜などの高分子化合物の分解挙動については何ら言及されていない。
【0010】
また、分子量が大きく水不溶性のフッ素系高分子から構成されるフッ素系イオン交換樹脂膜と水溶解性の低分子フッ素化合物とは、水に対する溶解性や分子量の大きさなどの様々な属性においても著しく相違するものであるから、低分子フッ素化合物の分解処理方法に対して有効な方法がたとえ知られているとしても、かかる方法が直ちにフッ素系イン交換樹脂膜に対しても適用できるとする技術的根拠はなんら存在しない。
【0011】
【特許文献1】特開2006−306736公報
【非特許文献1】Qiaoほか、Journal of the Electrochemical Society, 153巻, A967-A974ページ,2006年
【非特許文献2】Kinumotoほか、Journal of Power Sources,158巻, 1222-1228ページ, 2006年
【非特許文献3】造水技術、31巻, 2-18ページ, 2007年
【非特許文献4】DuPont, Technical Information, Teflon AF, amorphous fluoropolymers, Safety in Handling and Use,http//www2.dupont.com/Teflon Industrial/enUS/assets/downloads/h75334.pdf.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、フッ素系イオン交換樹脂膜の少なくとも一部をフッ化物イオンまで非焼却法により効率よく分解でき、しかもこれを既存のカルシウム処理法によりフッ化カルシウムに変換し、フッ素系高分子のフッ素源として再使用が可能な、フッ素系イオン交換樹脂膜の効果的な分解方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、上記した課題の解決に向けて鋭意検討を重ねた結果、フッ素系イオン交換樹脂膜を特定の金属粉と混ぜ、高温高圧の熱水中に単に投入だけで、意外にも特定な金属粉を用いない場合に比べ、かかるフッ素系イオン交換樹脂をフッ化物イオンまで効率的に分解できることを知見し、本発明を完成するに至った。
すなわち、この出願は、以下の発明を提供するものである。
〈1〉フッ素系イオン交換樹脂膜を、鉄粉の存在下、高温高圧の熱水中で分解させることを特徴とするフッ素系イオン交換樹脂膜の分解方法。
〈2〉前記フッ素系イオン交換樹脂膜の少なくとも一部をフッ化物イオンまで分解することを特徴とする〈1〉に記載のフッ素系イオン交換樹脂膜の分解方法。
〈3〉上記フッ素系イオン交換樹脂膜が、テトラフルオロエチレンユニット(-CF2CF2)-からなる主鎖の一部に、ペルフルオロエーテルスルホン酸類{-(ORf)- ユニット(ここでRf = -CmF2m-、 m:整数)を少なくとも1つ有し、末端がSO3X(X = H、アルカリ金属)である構造}からなる側鎖が結合したフッ素系高分子樹脂であることを特徴とする〈1〉または〈2〉に記載のフッ素系イオン交換樹脂膜の分解方法。
〈4〉前記熱水処理温度が300℃〜350℃であることを特徴とする〈1〉〜〈3〉のいずれかに記載のフッ素系イオン交換樹脂膜の分解方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明方法は、フッ素系イオン交換樹脂膜の少なくとも一部をフッ化物イオンまで非焼却法により省エネルギーで効率よく分解でき、しかもこれを既存のカルシウム処理法によりフッ化カルシウムに変換した後、これをフッ素系高分子のフッ素源として再利用することができるので、再資源化技術として極めて優れたものといえる。
また、本発明方法は、従来の焼却法のように、焼却炉の炉材(耐火煉瓦)を激しく損傷させるおそれのあるフッ化水素ガスの生成が抑制され、また、処理温度も焼却法よりも低く設定しているにもかかわらず、フッ素系イオン交換樹脂膜の少なくとも一部をフッ素源として好適なフッ化物イオンまで分解することができる。
更に、本発明方法は、埋め立て処分のように、土壌汚染や健康被害を引き起こすおそれがなく、地球環境や生態環境を将来に亘って良好・良質に維持することができるといった多大なメリットを有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明のフッ素系イオン交換樹脂膜の分解方法は、フッ素系イオン交換樹脂膜を、鉄粉の存在下、高温高圧の熱水中で、好ましくはフッ素イオンまで分解することを特徴とする。
【0016】
本発明において分解の対象とするフッ素系イオン交換樹脂膜とは、テトラフルオロエチレンユニット(-CF2CF2)-からなる主鎖の一部に、ペルフルオロエーテルスルホン酸類{-(ORf)- ユニット(ここでRf = -CmF2m-、 m:整数)を少なくとも1つ有し、末端がSO3X(X = H、アルカリ金属)である構造}からなる側鎖が結合したフッ素系高分子から構成されている。ここでペルフルオロアルケニル基(Rf)は直鎖のみならず分岐していても構わない。
かかるフッ素系イオン交換樹脂膜は、たとえば、[化1]〜[化3]に示したようなフッ素系高分子から構成されている。
【化1】

【化2】

【化3】

【0017】
本発明のフッ素系イオン交換樹脂膜の分解方法においては、フッ素系イオン交換樹脂膜を高温高圧の熱水中で分解処理するが、この際に、鉄粉を使用することが必要である。
因みに、鉄粉を用いた場合には、後記実施例に示されるようにフッ素系イオン交換樹脂膜のフッ素化物イオンへの転換率は数十%以上となるが、鉄粉を用いない場合には後記比較例に示されるようにフッ素化物イオンへの転換率はその1/10あるいは1/100と少なく、本発明の所期の目的を達成することができない。また、鉄粉の代わりに銅粉を用いた場合のフッ素化物イオンへの転換率は銅粉を添加しない場合と同程度であり、芳しいものではない。
【0018】
この理由は現時点では定かではないが、以下の理由によるものと考えている。
本発明の分解反応においては、熱水中で鉄粉がフッ素系イオン交換樹脂膜の高分子鎖に電子を供与することによりこれを還元して速やかに有機フッ素ラジカルに転換させ、鉄粉自体は酸化されて鉄イオンFe2 +に酸化される。発生する有機フッ素ラジカルは熱水自体の持つ加水分解作用等によりさらに分解が進行するためと思われる。鉄粉を用いない場合には、フッ素系イオン交換樹脂膜の高分子鎖に電子が供与されないので、有機フッ素ラジカルの生成反応があまり進行しない。また、銅粉は鉄粉に比べその還元作用が小さいので、高分子鎖に電子をスムースに供与することが困難となることから有機フッ素ラジカルの生成反応が遅滞する。
【0019】
分解対象となるフッ素系イオン交換樹脂膜と鉄粉の使用量は、分解の難易度によって適宜選択されるが、フッ素系イオン交換樹脂膜中のフッ素原子のモル数の1〜10000モル倍、望ましくは2〜100モル倍の金属粉を使用する。
【0020】
また本発明で用いる鉄粉は、粒度が細かいほうが分解対象とするフッ素系イオン交換樹脂膜の高分子鎖との接触面積が増加するため反応上は望ましいが、ナノスケールのような極めて微粉末のものでは水と反応して取り扱いが危険となる場合がある。このため粒径1〜200μmのものが望ましい。
【0021】
本発明でいう、高温高圧の熱水とは、いわゆる水熱反応で常用されているものであり、耐圧密閉容器中で加圧、加熱することにより得られる。その温度に特に制限はないが、100℃〜400℃、好ましくは250℃〜370℃である。更に好ましくは300〜350℃である。400℃以上の高温では耐圧反応容器の劣化が無視できなくなるため望ましくない。
【0022】
また、水の導入量が多くて反応容器内の空隙が少ないと高温にした場合に非常な高圧となり危険であるので水の容積は内容積の70%以下に抑えることが望ましい。
反応時間は特に制約されず、分解の難易度によって適宜決められるが、1時間〜24時間程度で十分である。
また、熱水中の分解対象とするフッ素系イオン交換樹脂膜の重量は、水の重量の0.01〜10%、望ましくは0.1〜5%である。
【0023】
本発明の反応を具体的に実施するには、たとえば、次のようにすればよい。
まず耐圧反応容器の底部にフッ素系イオン交換樹脂膜と鉄粉および水を入れる。耐圧反応容器の材質はステンレスやインコネルが常用される。次にアルゴンガスや窒素ガスのような不活性ガスでパージした後、反応容器を密閉する。一定時間高温に保持させた後、冷却し反応容器内の内容物を回収する。この反応時間は特に制約されず分解の難易度によって適宜決められるが、1時間〜24時間程度で十分である。
【実施例】
【0024】
以下、本発明について実施例などによりさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって何ら限定されるものではない。
【0025】
実施例1
上記化1に示されるペルフルオロスルホン酸膜(乾燥重量29.8 mg、このうちフッ素原子の含有率は燃焼イオンクロマトグラフィーにより65.8重量%であったのでフッ素原子の重量は19.6 mgでモル数は1.03 mmolとなる)と鉄粉(粒度3〜5 μm)0.533 g (9.54 mmol)をステンレス製耐圧反応容器(内容積30.7 ml)に入れ、続いてイオン交換水10 mlを入れ、アルゴンガスでパージした後、密閉した。これを350℃において6時間加熱した。その後冷却し、内容物を遠心分離し、その液体部分をイオン交換水で希釈してイオンクロマトグラフィーにてフッ化物イオンを定量した。その結果、反応時間が6時間の場合0.632 mmolのフッ化物イオンが得られた。もともとのペルフルオロスルホン酸膜中のフッ素原子のモル数は1.03 mmolであったのでその61.3%がフッ化物イオンに変換されたことになる。反応時間が17時間の場合、フッ化物イオン量は0.754 mmolに達したためペルフルオロスルホン酸膜中のフッ素原子のフッ化物イオンへの変換率は73.2%に達した。
【0026】
比較例1
実施例1において、鉄粉を導入しなかったこと以外は、実施例1と同様にして反応を行った。その結果、6時間の反応で0.169 mmolのフッ化物イオンが得られ、ペルフルオロスルホン酸膜中のフッ素原子のフッ化物イオンへの変換率は16.4%に過ぎなかった。
【0027】
比較例2
実施例1において、鉄粉に代えて銅粉を使用した他は実施例1と同様にして反応を行った。その結果、6時間の反応で0.178 mmolのフッ化物イオンが得られ、ペルフルオロスルホン酸膜中のフッ素原子のフッ化物イオンへの変換率は17.2%であった。
【0028】
実施例2
実施例1において、反応温度を300℃とした以外は実施例1と同様にして反応を行った。その結果、6時間の反応で0.351 mmolのフッ化物イオンが得られ、ペルフルオロスルホン酸膜中のフッ素原子のフッ化物イオンへの変換率は34.1%であった。
【0029】
比較例3
実施例2において、鉄粉を導入しなかったこと以外は、実施例2と同様にして反応を行った。その結果、6時間の反応で6.85×10-3 mmolしかフッ化物イオンが得られず、ペルフルオロスルホン酸膜中のフッ素原子のフッ化物イオンへの変換率は0.67%に過ぎなかった。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】実施例1の分解方法における、反応時間とフッ化物イオン生成量の関係を表したグラフ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ素系イオン交換樹脂膜を、鉄粉の存在下、高温高圧の熱水中で分解させることを特徴とするフッ素系イオン交換樹脂膜の分解方法。
【請求項2】
前記フッ素系イオン交換樹脂膜の少なくとも一部をフッ化物イオンまで分解することを特徴とする請求項1に記載のフッ素系イオン交換樹脂膜の分解方法。
【請求項3】
上記フッ素系イオン交換樹脂膜が、テトラフルオロエチレンユニット(-CF2CF2)-からなる主鎖の一部に、ペルフルオロエーテルスルホン酸類{-(ORf)- ユニット(ここでRf =
-CmF2m-、 m:整数)を少なくとも1つ有し、末端がSO3X(X = H、アルカリ金属)である構造}からなる側鎖が結合したフッ素系高分子樹脂であることを特徴とする請求項1または2に記載のフッ素系イオン交換樹脂膜の分解方法。
【請求項4】
前記熱水処理温度が300℃〜350℃であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のフッ素系イオン交換樹脂膜の分解方法。

【図1】
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【公開番号】特開2010−59301(P2010−59301A)
【公開日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−225777(P2008−225777)
【出願日】平成20年9月3日(2008.9.3)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TEFLON
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】