説明

ブラック−カラー間ブリードを抑止するためのスチレン−無水マレイン酸コポリマーの使用

自己分散性ブラック顔料インクにスチレン−無水マレイン酸コポリマーを使用することによって、カラーに対して、ブラック−カラー間ブリードの抑止を達成することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は、インクジェット印刷に関し、より詳細には、インクジェットインクにおけるブラック−カラー間ブリードを抑止することに関する。
【背景技術】
【0002】
ブラック及びカラー(例えば、シアン、イエロー、マゼンタ)を含んで成るインクジェットインクの調合に立ちはだかる問題の1つは、ブラック−カラー間ブリードの問題である。これは、比較的初期には染料系着色剤に関する問題であったが、最近では、顔料系着色剤に関する問題となっている。
【0003】
ここで用いるとき、用語「ブリード」は、以下のように定義される:2つの異なる色のインクを互いに隣接して印刷する際、その2つの色の間の境界がきれいであり且つ一方の色が他方へ侵入しないことが望ましい。一方の色が他方の色へと侵入すると、2つの色の間の境界はぎざぎざになるが、これがブリードである。これは、単一色のインクに関していう、紙の繊維に起因する「ブリード」をしばしば定義するところの、従来技術における用語の用法とは異なる。
【0004】
用語「ハロー」は、カラーインクで囲まれたブラック領域において生じる印刷欠陥に適用される。ある場合には、ブラックがカラーに隣接する箇所では、明瞭なライトグレー領域が見られる。その欠陥は、通常、ブラック領域とカラー領域を分けるラインから2〜3mm以内に見られ且つブラック側で生じる。
【0005】
最後に、「斑紋」は、ある領域が他より濃くなる、紙表面でのカラーあるいはブラックの不均一さとして定義される。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本開示は、カラーインクが染料系であり、ブラックインクが顔料系である場合を特に対象とする。このアプローチは、顔料系ブラックインクの良好なテキスト品質や商用グラフィックと、染料系カラーインクの明るい色とを併せ持つような、インクジェットプリンタ全般に関し最良の性能をもたらす。染料着色剤が水溶性であるところの、染料をベースとするシステムは、顔料着色剤が水に不溶性であり且つポリマー分散剤の使用によるか又は顔料を自己分散させることによるなどして、顔料を分散できるようにしなければならないところの顔料をベースとするシステムとは異なる考慮すべき問題を抱えている。
【0007】
顔料システムにポリマーを付加することは、当分野で周知である。ポリマーは、分散物を安定化させると共に、ブラック−カラー間のブリード、ブラックの光学濃度、ハロー、及び斑紋等の特性を改善する傾向がある。例えば、AB及びBABブロックコポリマーを含む顔料系インクが開示されており、そこでは、そのブロックは、アクリル系の種々のモノマーから作られる。他の例としては、アルギン酸又はカラギーナンなどの比較的高分子量(>10,000)の多糖類が用いられてきた。他の例としては、高分子樹脂、特に、顔料系インクにおいてはスチレン−アクリルコポリマーの使用が知られている。さらには、カルボキシ基含有塩のポリマーを含むインクもまた知られている。また、疎水性のα、β−不飽和エチレンモノマーと、複数のCOOM基(ここで、Mは、水素、アルカリ金属、又はアンモニウムイオンである)を有する親水性モノマーとのコポリマーを含むインクも知られている。詳細には、疎水性モノマーはスチレンであり、親水性モノマーは無水マレイン酸とし得る。加えて、特定の分子量範囲の2つの分散剤:一方はスルホン酸塩/エステルを含み、他方はカルボン酸塩を含む、を含有するインクジェットインクが開示されている。最後に、ブリード及びハローを抑止するのに用いられる多数のポリマーが開示されており、そのほとんどはアクリル系である。
【0008】
カラーインクとブラックインクとの間に化学反応性を導入することで、カラー−ブラック間のブリードの抑止及びハローの低減のような、多くの望ましい特徴がインクジェット性能にもたらされることが知られている。また、反応性カラーインクを、ブラック領域下に下刷りするのに用いると、ブラックの光学濃度が改善されることも見出されている。ポリマー分散剤とカラーインク中の多価金属イオンとの間の相互作用によって、ブリード/ハロー/斑紋が抑止されることに関しても開示されている。あるいはまた、カラーインク中の有機酸によって、ポリマーとの反応を引き起こすこともできる。
【0009】
ポリマー分散剤とは別に、自己分散と呼ばれる、コロイド顔料分散物を調製するための別のアプローチもある。それは、典型的に、顔料に可溶化基を付着させる操作を伴うものである。顔料粒子表面への可溶化イオン基の付着を可能にするところの幾つかの方法も当分野で知られている。例えば、炭素表面にイオン基を付着させる方法は、ジアゾニウム塩の反応に基づいている。他方、顔料粒子表面の酸化による反応は、オゾンを用いて実施することができる。
【0010】
Cabot Corp.から入手できるもののような自己分散性ブラック顔料インクに関しブラック−カラー間ブリード抑止メカニズムを開発することは、自己分散性顔料が静電的に高安定化されているため、(例えば、ポリマー顔料分散剤を用いて)慣習的に分散されたブラックインクに関するよりも典型的に困難である。加えて、反応時に、急速に粘性を高めてインクの移動を制限するポリマー分散剤は無い。一例として、ブラック顔料系インクとカラーとのブリード及びハローを改善するのに、アクリル系のポリマー系列が用いられてきたのである。
【0011】
しかしながら、多くの場合において、顔料系ブラックインクにポリマー分散剤を付加することは、ノズルの詰まり及びその他の信頼性問題に帰着する。それ故、ポリマー分散剤をさらに改善する必要性が存在する。また、染料系カラーインク中の反応性成分との最高の反応性をもたらし得るポリマーを見つけ出す必要性も存在する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
ここに開示する実施形態によれば、スチレン−無水マレイン酸コポリマーを、ブラック顔料インクに付加する。そのようなコポリマーは、思いがけなく、カラーインクに対してブラック−カラーブリードをもたらすことが見出された。
【0013】
一実施形態によれば、インクジェットインクセットは、顔料系ブラックインクと少なくとも1つの染料系カラーインクから構成される。ブラックインクは、少なくとも1つのブラック顔料、少なくとも1つの共溶媒、水、任意選択の少なくとも1つの水溶性界面活性剤/両親媒性物質、及びポリマーを含み、この場合、ポリマーは、スチレン−無水マレイン酸コポリマーの加水分解物からなる。
【0014】
第二の実施形態によれば、ブラック顔料系インクジェットインクと染料系カラーインクジェットインクとの間のブリードを抑止する方法が提供される。当該方法は、スチレン−無水マレイン酸ブリード抑止コポリマーを用いてブラックインクを調合することを包含する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
これより、本書における教示を実施するにあたって、発明者が現在最良と考える形態を説明するところの、特定の実施形態について詳細に言及する。適当な代替実施形態もまた簡単に記載する。
【0016】
ここでの全ての濃度は、別途指示のない限り、重量パーセントにて記述する。全成分の純度は、インクジェットインクに関して通常の商用に共される純度である。参照することで、全ての参考文献をここに取り入れることとする。
【0017】
本書における教示によれば、スチレン−無水マレイン酸(SMA)コポリマーを自己分散性ブラック顔料に付加する。開示するポリマーを含む自己分散性インクは、そのポリマーを含んでいないインクと比較して、ブラック−カラー間ブリードの改善をもたらす。有利にも、ODの損失又はデキャップ又はインク信頼性に及ぼす負の影響は無い。
【0018】
自己分散性ブラック顔料インクにスチレン−無水マレイン酸コポリマーを用いることで、適度(3〜6wt%)のMg(NO・6HOを含むカラーインクに対して、ブラック−カラー間のブリード抑止を達成することができる。硝酸マグネシウムのような、多価塩の使用は、例えば、Loren E.Johnsonらによる、“Thermal Ink−Jet Inks Having Reduced Black to Color or Color to Color Bleed”と題された、1996年7月16日発行で且つ本願と同一の譲受人に譲渡された米国特許第5,536,306号において教示されている。
【0019】
ここに開示するポリマーは、一般式(I)として以下に示すような、無水マレイン酸とスチレンとのコポリマーである。
【0020】
【化2】

【0021】
無水マレイン酸は、重合後にMOH塩基で加水分解することで、ポリカルボン酸を形成し、その対イオンMは、ナトリウム、カリウム、アンモニウム、トリメチルアンモニウム、リチウムまたは他の適切な陽イオンからなる群から選択される。当該コポリマーは、ランダム又はブロックコポリマーとし得、スチレン/無水マレイン酸繰り返し単位モル比は0.2〜5、好ましくは0.5〜2である。種々の分子量のポリマーを用いることができる。通常、分子量を高くすることで、光学濃度、ブリード、及び斑紋抑止のようなインクの諸性質が改善される。他方、分子量が高過ぎると、ノズルの信頼性を悪化させる。分子量の好ましい範囲は、500〜50,000、より好ましくは1,000〜10,000である。マレイン酸/スチレンのコポリマーの幾つかの商品は、SMAポリマーの商標を付してSartomer Companyから販売されている。好ましいポリマーの一例は、SartomerのSMA−1000Hである。
【0022】
SMA−1000Hは、上式において、1:1のモノマー比のスチレンと無水マレイン酸とのランダムコポリマーを表し、X=約1及びY=約22である。重合後、当該コポリマーをアンモニアで加水分解して、pH8.5〜9.5、酸価480にしてあり、ゲル濾過クロマトグラフィーによって決定された平均分子量は5500に等しい。従って、式(I)における対イオンM=NHである。当該ポリマーのガラス転移温度は155℃に等しく、固形分30〜40%の水溶液として入手できる。当該ポリマーは、インク中に0.1〜10wt%、より好ましくは0.3〜3wt%の濃度で使用することができる。ブラックインク中の顔料含量は、0.1〜10wt%、好ましくは2〜5%とし得る。
ブラックインク調合物
顔料/分散剤
任意の顔料又はその組合せが本教示の実施において有用であるため、広範な有機及び無機の自己分散性顔料が、単独で又は組合せにおいて、本教示の実施において有用であり得る。ここで用いるとき、用語「顔料」は、水不溶性着色剤を意味する。実際には、自己分散性顔料粒子は、その顔料粒子をインクの液体ビヒクル中に分散させ得るような、官能基により表面処理、即ち化学修飾されている。
【0023】
本書における実施形態の実施に際し、特定の官能基は、0.005〜10μmの範囲の有効平均直径を有する着色剤粒子に適用される。着色剤粒子がこれより大きい場合、それらは、十分役立つ程度に溶解状態に留まらない。同様に、着色剤粒子が小さすぎる場合、それらは、有用である適切な諸性質を欠く。このタイプの着色剤は、その着色剤粒子を水中で分散させ得る可溶化基で着色剤粒子を誘導体化させる化学反応により生ずる。この結果得られる官能基化顔料は水分散性であり、周知の且つ市場で用いられる水溶性の酸性及び塩基性染料のそれと同等の安定性を有する。
【0024】
本書における使用に適する水分散性ブラック発色団(即ち、顔料)の例は、Cabot Corp.のような着色剤業者から得られる市販の顔料から作られる。本教示の実施において多くの塩基性顔料が有用であるが、次の顔料は、有用な塩基性顔料の一部のリストである。しかしながら、当該リストは、本書における特許請求の範囲を限定しようとするものではなくて、単なる例示にすぎない。塩基性のCabot顔料としては、MONARCH(登録商標)1400、MONARCH(登録商標)1300、MONARCH(登録商標)1100、MONARCH(登録商標)1000、MONARCH(登録商標)900、MONARCH(登録商標)880、MONARCH(登録商標)800、及びMONARCH(登録商標)700と、CAB−O−JET(登録商標)200、及びCAB−O−JET(登録商標)300が挙げられる。以下の顔料は、Columbianから入手できる:RAVEN 7000、RAVEN 5750、RAVEN 5250、RAVEN 5000、及びRAVEN 3500。以下の顔料は、Degussaから入手できる:Color Black FW200、Color Black FW2、Color Black FW2V、Color Black FW1、Color Black FW18、Color Black S160、Color Black FW S170、Special Black 6、Special Black 5、Special Black 4A、Special Black 4、Printex U、Printex 140U、Printex V、及びPrintex 140V。Tipure(登録商標)R−101は、DuPontから入手できる。
【0025】
上記リストにおいて、CAB−O−JET 200とCAB−O−JET 300は、Cabot Corporationのウェブサイト、http://www.cabot−corp.Com/cws/product.nsf/PDSKEY/〜〜〜COJ200/$FILE/CABOJETH_200.pdf.に記載のような、表面イオン基が付着された自己分散性顔料を表す。ここで用いる顔料は、その上、種々の化学修飾剤、例えば、Belmontらによる米国特許第5,571,311号、又はAn−Gong YehらによるWO 01/94476に記載されたもの、を用いることができる。
【0026】
インクジェット印刷装置中におけるインクの自由な流れを可能にするために顔料粒子は十分小さくなければならないため、顔料の粒径は、インクジェット印刷における重要な考慮事項である。例えば、サーマルインクジェットオフィスプリンタの射出ノズルは、典型的に、約10〜60マイクロメートルのオーダーの直径を有する。顔料の粒径はまた、安定性や色強度の考察においても重要である。これらの考察から、有用な粒径範囲は、約0.005〜15マイクロメートルである。好ましくは、当該顔料の粒径は、約0.005〜1マイクロメートル、より好ましくは約0.05〜0.2マイクロメートルの範囲内であるべきである。
カラーインク調合物
カラーインクに用いられる着色剤は、1つ又は複数の水溶性染料を含む。後述の理由から、カラーインクは、1つ若しくは複数の多価塩、又は1つ若しくは複数の有機酸を含むことができる。
多価塩
本書における一実施形態においては、ブラックインク中のスチレン/マレイン酸ポリマーは、第2の、即ちカラーインク中の相容れない多価(無機又は有機)塩と反応する。これらの多価塩は、用いられる濃度でインクに可溶性でなければならない。適切に用いられる多価塩の陽イオンとしては、周期表2A族のアルカリ土類金属(例えば、マグネシウムとカルシウム)、周期表3B族の遷移金属(例えば、ランタン)、周期表3A族由来の陽イオン(例えば、アルミニウム)、ランタノイド(例えば、ネオジム)が挙げられる。好ましくは、本開示の実施においては、陽イオンとしてカルシウム及びマグネシウムを用いる。カルシウム又はマグネシウムと関連して適切に用いられる陰イオンとしては、硝酸塩、塩化物、酢酸塩、過塩素酸塩、ギ酸塩、及びチオシアン酸塩が挙げられる。前述の第2のカラーインクに好ましく用いられる塩としては、限定はしないが、カルシウム及びマグネシウムの硝酸塩、塩化物、酢酸塩の塩が挙げられる。使用する場合、当該塩は、当該インクの約1wt%〜約10wt%、好ましくは約1.5wt%〜約7wt%、より好ましくは約2wt%〜約6wt%の量にて第2のインク中に含まれるべきである。カラーインクに多価塩を使用することは、先に引用した米国特許第5,536,306号においてさらに詳しく議論されている。
有機酸
同様に、Raymond J.Adamicらによる、“Bleed Alleviation in Ink−Jet Inks Using Organic Acids”と題された、1998年7月28日発行で且つ本出願と同一の譲受人に譲渡された米国特許第5,785,743号に開示のものに類似する有機酸をカラーインク中に用いることによって、ブリード及びハローの抑止を実行することができる。
【0027】
有機酸成分を採用し且つ適切なpHを有するインクジェットインク組成物は、SMAポリマーを水不溶性のプロトン化形態へと変換することによって顔料分散物をブラックインク中で不溶性にするであろう。
【0028】
本書における実施形態に適切に用いることのできる有機酸の例としては、限定はしないが、単−、二−、及び多官能有機酸が挙げられる。一般に、対象とするpH感応性着色剤のそれと等しいか又はそれより低いpKaを有する可溶性有機酸は何れも適切に用い得ることが予想される。好ましくは、以下の種類の有機酸の1つが用いられる:ポリアクリル酸、酢酸、グリコール酸、マロン酸、リンゴ酸、マレイン酸、アスコルビン酸、コハク酸、グルタル酸、フマル酸、クエン酸、酒石酸、乳酸、スルホン酸、及びオルトリン酸及びそれらの誘導体。有機酸成分は、適切な有機酸混合物から構成することができる。用いられる特定の酸は、具体的インク調合物に左右される。コハク酸が一般に好まれるが、その他の有機酸の何れも、本教示の実施において適切に用いることができる。
【0029】
有機酸成分は、ターゲットインクジェットインク組成物中に約0.25〜20wt%の濃度にて存在すべきである。約0.25wt%未満の有機酸濃度は、pH差を効果的に低減させるのに不十分であり、一方、約20wt%を越える有機酸濃度は、印刷ヘッドの作動信頼性に影響を及ぼすことになろう。酸の濃度は、約1〜5wt%の範囲が好ましい。
着色剤
広範な染料をカラーインクに用いることができる。以下のリストは単なる例示であり、それらとしては、(1)Acid Blue 9、Direct Blue 199、Projet Cyan(Avecia)、Basic Blue 33、Projet Turquoise HA、Projet Turquoise H7G、及びAcid Blue 185のような、シアン染料、(2)Reactive Red 180、Acid Red 52、Reactive Red 23、Procion Red H8B、Procion Red3−BNA、Projet Red PX6B、及びMagenta 377のような、マゼンタ染料、(3)Acid Yellow 17、Acid Yellow 23、Y104及びY1189染料(Ilford)、Direct Yellow 4、Projet Yelloow 3RNA、Reacive Yellow 37、Direct Yellow 132、Acid Yellow 17、Acid Yellow 79、Direct Yellow 50、及びIlford Y104染料のような、イエロー染料、及び(4)Food Black 2、Pacified Reactive Black 31、Zeneca Colours 286染料、及びZeneca Colours287染料のような、ブラック染料が挙げられる。その他の染料もまた、それらが水中で十分な高溶解性を有し且つインクに含まれる反応性成分(即ち、多価塩又は酸)と相容性であるという条件付で、用いることができる。
インクジェットインクビヒクル
ここに用いられるブラックインク組成物は、自己分散性顔料、ポリマー(スチレン−無水マレイン酸コポリマー)、及びインクビヒクルから構成される。しかしながら、本書における実施形態は自己分散性顔料に限定されるものではなく、Monarch 700のような、修飾されていないままのカーボンブラックも用いることができる。
【0030】
本実施形態の実施に際して有用なブラックインクの典型的な調合物は、顔料着色剤(約0.001%〜10wt%)、スチレン−無水マレイン酸コポリマー(インク組成物の0.1〜10wt%、好ましくは約0.1〜3wt%)、1つ又は複数の共溶媒(約0.01〜50wt%)、1つ又は複数の水溶性の界面活性剤/両親媒性物質(0〜約40、好ましくは約0.1〜5wt%)、及び水(残部)を含有する。
【0031】
他方、カラーインクは、1つ又は複数の水溶性染料と、ブラックインクへの反応性を与えるための多価陽イオン塩又は有機酸と、有機溶媒、湿潤剤、界面活性剤、金属イオン封鎖剤、及び殺生物剤のような在来のインクビヒクル成分とを含有する。
【0032】
インク(ブラック又はカラー)の調合において、1つ又は複数の共溶媒をビヒクルに添加することができる。本書における教示の実施に際して用いられる共溶媒の種類としては、限定はしないが、脂肪族アルコール、芳香族アルコール、ジオール、グリコールエーテル、ポリ(グリコール)エーテル、カプロラクタム、ラクトン、ホルムアミド、アセトアミド、及び長鎖アルコールが挙げられる。本書における教示の実施に際して用いられる化合物の例としては、限定はしないが、炭素数30以下の第一脂肪族アルコール、炭素数30以下の第一芳香族アルコール、炭素数30以下の第二脂肪族一アルコール、炭素数30以下の第二芳香族アルコール、炭素数30以下の1,2−ジオール、炭素数30以下の1,3−ジオール、炭素数30以下の1,5−ジオール、エチレングリコールアルキルエーテル、プロピレングリコールアルキルエーテル、ポリ(エチレングリコール)アルキルエーテル、ポリ(エチレングリコール)アルキルエーテルの高次の同族体、ポリ(プロピレングリコール)アルキルエーテル、ポリ(プロピレングリコール)アルキルエーテルの高次の同族体、詳細には、グリセロールのエチレングリコール及びプロピレングリコールエーテル、N−アルキルカプロラクタム、未置換カプロラクタム、置換ホルムアミド、未置換ホルムアミド、置換アセトアミド、及び未置換アセトアミドが挙げられる。これらの実施形態の実施において好んで用いられる共溶媒の具体例としては、限定はしないが、1,5−ペンタンジオール、2−ピロリドン、2−エチル−2−ヒドロキシメチル−1,3−プロパンジオール、ジエチレングリコール、3−メトキシブタノール、及び1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン等がある。共溶媒の濃度は、約0.01wt%〜約50wt%の範囲であり、約0.1wt%〜20wt%が好ましい。
【0033】
ブラックインク調合物における添加剤として、幾つかの有機又は無機塩を用いることができる。そのような使用可能な塩には、限定はしないが、安息香酸ナトリウム、安息香酸アンモニウム、及び安息香酸カリウムが含まれる。ブラックインク中の塩の典型的含量は、0.01〜1%、好ましくは0.05〜0.5%である。顔料系インクに安息香酸塩を添加することで、インクの光学濃度及びエッジ尖鋭度のような諸特性が改善されることは当分野で周知である。
【0034】
インクのビヒクル調合物に水溶性の界面活性剤を用いることができる。これらの界面活性剤は、独立成分としてインク調合物に添加されるものであって、ここに記載のポリマーの一部となるべく別途会合させたり意図されるものではない。簡便のため、界面活性剤の例を2つのカテゴリー、即ち(1)非イオン及び両性、及び(2)イオン性に分ける。前者の種類としては、Union Carbideから入手できるアルキルポリエチレンオキシドであるところのTERGITOLs;Rohm & Haas Co.から入手できるアルキルフェニルポリエチレンオキシド界面活性剤であるところのTRITON;BRIJ;PLURONIC(ポリエチレンオキシドブロックコポリマー);SURFYNOL(Air Productsから入手できるアセチレン系ポリエチレンオキシド);POE(ポリエチレンオキシド)エステル;POEジエステル;POEアミン;POEアミド;ジメチコンコポリオールが挙げられる。置換アミンオキシドのような両性界面活性剤は、これらの実施形態の実施において有用である。プロトン化POEアミンのような陽イオン界面活性剤もまた使用することができる。John R.Moffattらによる、“Bleed Alleviation Using Zwitterionic Surfactants and Cationic Dyes”と題された、1992年4月21日発行で且つ本出願と同一の譲受人に譲渡された米国特許第5,106,416号は、上述の界面活性剤のほとんどをさらに詳しく開示している。非イオン両親媒性物質/界面活性剤は、イオン性界面活性剤よりさらに好ましいものである。本教示の実施において好ましく用いられる両親媒性物質/界面活性剤の具体例としては、イソ−ヘキサデシルエチレンオキシド20、SURFYNOL CT−111、TERGITOL 15−S−7、及びN,N−ジメチル−N−ドデシルアミンオキシド、N,N−ジメチル−N−テトラデシルアミンオキシド、N,N−ジメチル−N−ヘキサデシルアミンオキシド、N,N−ジメチル−N−オクタデシルアミンオキシド、N,N−ジメチル−N−(Z−9−オクタデセニル−N−アミンオキシドのようなアミンオキシドが挙げられる。両親媒性物質/界面活性剤の濃度は、0〜40wt%、好ましくは約0.1%〜3wt%の範囲とし得る。同様に、芳香族スルホン化界面活性剤、例えば、Dow Chemicalで製造されたDowfax 8390を用いることができる。
【0035】
本書における要件に合うように、様々な種類の添加剤を当該インクに用いて特定用途に使えるようインク組成物の諸性質を最適化することができる。例えば、当業者に周知のように、殺生物剤を当該インク組成物に用いて微生物の成長を阻害することができる。殺生物剤の好ましい例には、Ucarcide(商標)、Proxel(商標)、及びNuoCept(商標)が含まれる。EDTAのような金属イオン封鎖剤を含有させることで重金属不純物の有害な影響を排除することができ、緩衝剤溶液を用いることで当該インクのpHを制御することができる。粘度修正剤及びその他のアクリル若しくは非アクリルポリマーを添加して、インクの種々の性質を望み通りに改善することもできる。
【0036】
カラー及びブラックの両インクのインクビヒクルは、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)二ナトリウム塩のような錯形成剤を含むことができ、これは、ペンの信頼性に干渉するであろうところの、インク中に含まれている微量金属に対する錯形成剤として役立つ。当該インク中の錯形成剤の典型的量は、0.0001〜1%、より好ましくは0.01〜0.3%である。
【0037】
当該インクは、ビヒクルの種々の成分を混ぜ合わせ、それらを着色剤と、ブラックインクの場合、ここに開示したスチレン−無水マレイン酸コポリマーと混合することによって調合される。最終インク組成物の粘度は、約0.8〜約8cPs、好ましくは約0.9〜約4cPsである。
【0038】
インクジェット印刷の方法もここに開示する。本教示のインクは、在来のインクジェット又はバブルジェット又は圧電式プリンタの何れにも用いることができる。当該インクは、典型的には、プリンタカートリッジ中に充填され、任意の媒体上に印刷される。印刷に適した媒体の例としては、紙、繊維、及びプラスチックがある。
【実施例1】
【0039】
ブラックインクの調合
以下の表1及び表2に挙げた、以下の2つのブラックインクを調製した。
【0040】
【表1】

【0041】
【表2】

【0042】
両インクとも、Belmontらによる米国特許第5,571,311号に記載された方法を用いて、Monarch 700ポリマーに基づいて調製された4%の自己分散性顔料を含有するものであった。ブラックインク#1は、乾燥重量ベースで0.8%のSMA−1000Hポリマーを含有するか、又はそのポリマーが供給される40%水溶液をベースとして2%を含有し、一方、ブラックインク#2は比較対照用であった。両方のインクとも、デフォルトHP5500カラーペンと共にHP5500プリンタを用いて試験し、2つの態様でHP Printing Paper上に印刷した。第一の態様では、ブラックインクは17wt%のカラーインクで下刷りされ、一方、第二の態様では、下刷りを何ら行わなかった。
【0043】
下表3に、上述の2つのブラックインクの性能をまとめている。
【0044】
【表3】

【0045】
表3から、ブラックインクにスチレン−無水マレイン酸コポリマーを付加することで、カラーに関するブラックの総合性能が改善され、特に、コポリマーの存在によってブラック−カラー間ブリードが改善されることは明らかである。光学濃度は、ブラックインク#1については下刷りの有無に関係なく比較的良好である。
【実施例2】
【0046】
下表4及び表5に挙げた、以下のブラックインクを調製した。
【0047】
【表4】

【0048】
【表5】

【0049】
両インクとも、Belmontらによる米国特許第5,571,311号に記載された方法を用いて、Monarch 700ポリマーに基づいて調製された3%の自己分散性顔料を含有するものであった。ブラックインク#3は、乾燥重量ベースで0.8%のSMA−1000Hポリマーを含有するか、又はそのポリマーが供給される40%水溶液をベースで2%を含有し、一方、ブラックインク#4は比較対照用であった。
【0050】
HP5500カラーインクのデフォルトカラーインクを有する同一の印刷システム(HP5500プリンタ)を用いて、16の異なる態様で当該インクを印刷した。
【0051】
(HP5500プリンタのカラーインクは、上述の米国特許第5,536,306号に記載のような反応性ブリード抑止法を利用するものであった。)
1〜6の目視等級を使ってブリードを評価した。ここで、1はブリード無し、そして6は極めて悪いブリード性能である。15種の用紙についてブリードを評価した。1つはカラーインク下刷り(“UP”)、そしてもう1つは下刷り無し(“no UP”)の2つの印刷モードを使った。両方の印刷モードにおいて及びほとんど全ての用紙に関して、スチレン−無水マレイン酸ポリマーを用いて調合したインクでは、ブラック−カラー間ブリードが改善されている。その結果を下表6に挙げる。
【0052】
【表6】

【0053】
注: 各種用紙に下記の略語を付している
UCGW=Union Camp Great White Multipurpose Paper
ARRM=Aussedat Rey−Reymat Paper
OJIS=Oji Sunace PPC
GPMS=Georgia Pacific Multisystem Paper
HMCP=Hammermill Copy Plus
HPPP=Hewlett Packard Printing Paper
HPMP=Hewlett Packard Multi−Purpose Paper
HOKM=Hokuetsu Kin−Mari Paper
PMCY=Stora Papirus Multicopy
HPBW=Hewlett Packard Bright White Paper
GBND=Gilbert Bond
XBMP=Xerox Business Multipurpose Paper
KCLX=Kymene KymCopy Lux
SVCW=Steinbeis Vision Classic White
NCLD=Neenah Classic Laid
SFIP=Sabah Forest Industries(SFI−PPC)
表6から分かるように、各場合において、スチレン−無水マレイン酸ポリマーを含む場合のブラック−カラー間ブリードは、当該ポリマー無しの場合のブラック−カラー間ブリードより優れていた。
【産業上の利用可能性】
【0054】
自己分散性ブラック顔料系インクジェットインクにスチレン−無水マレイン酸コポリマーを付加することは、ブラック顔料系インクとカラー染料系インクを包含するインクジェット印刷において用途を見出すものと期待される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ブラックインク及び少なくとも1つのカラーインクを含む顔料系インクジェットインクセットであって、前記ブラックインクが、少なくとも1つのブラック顔料、少なくとも1つの共溶媒、水、任意選択の少なくとも1つの水溶性界面活性剤/両親媒性物質、及びポリマーを含み、前記ポリマーが、スチレン−無水マレイン酸コポリマーの加水分解物を含む、インクジェットインクセット。
【請求項2】
前記ブラック顔料の前記インク中における濃度が約0.001〜10wt%であり、前記共溶媒の前記インク中における濃度が約0.01〜50wt%であり、前記少なくとも1つの水溶性界面活性剤/両親媒性物質の前記インク中における濃度が40wt%までであり、前記水が前記インクの残部を構成する、請求項1に記載のインクジェットインクセット。
【請求項3】
前記ブラック顔料が、自己分散している、請求項1に記載のインクジェットインクセット。
【請求項4】
前記スチレン−無水マレイン酸コポリマーが、一般式:
【化1】

を有し、式中、対イオンMは、ナトリウム、カリウム、アンモニウム、トリメチルアンモニウム、及びリチウムから成る群から選択される、請求項1に記載のインクジェットインクセット。
【請求項5】
前記コポリマーのスチレン対無水マレイン酸繰り返し単位モル比が、0.2〜5の範囲内であり、前記コポリマーの分子量が、約500〜50,000(分子量平均)であり、前記スチレン−無水マレイン酸コポリマーの前記インク中における濃度が、約0.1〜10wt%である、請求項4に記載のインクジェットインクセット。
【請求項6】
前記少なくとも1つのカラーインクが、周期表2A族のアルカリ土類金属、周期表3B族の遷移金属、周期表3A族由来の陽イオン、ランタノイド、及びそれらの混合物から成る群から選択された少なくとも1つの多価陽イオンを含む、請求項1に記載のインクジェットインクセット。
【請求項7】
前記少なくとも1つの多価陽イオンが、前記少なくとも1つのカラーインクの約1〜10wt%の量にて含有される、請求項6に記載のインクジェットインクセット。
【請求項8】
前記少なくとも1つのカラーインクが、単−、二−、及び多官能有機酸から成る群から選択された少なくとも1つの有機酸を含む、請求項1に記載のインクジェットインクセット。
【請求項9】
前記少なくとも1つの有機酸が、前記少なくとも1つのカラーインクの約0.25〜20wt%の量にて含有される、請求項8に記載のインクジェットインクセット。
【請求項10】
ブラック顔料系インクジェットインクとカラーインクジェットインクとの間のブリードを抑止する方法であって、前記ブラック顔料系インクが、少なくとも1つのブラック顔料を含み、前記方法が、請求項1記載のポリマーを用いて前記ブラックインクを調合するステップを包含する、方法。

【公表番号】特表2007−501291(P2007−501291A)
【公表日】平成19年1月25日(2007.1.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−521939(P2006−521939)
【出願日】平成16年7月23日(2004.7.23)
【国際出願番号】PCT/US2004/023763
【国際公開番号】WO2005/012446
【国際公開日】平成17年2月10日(2005.2.10)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.バブルジェット
【出願人】(503003854)ヒューレット−パッカード デベロップメント カンパニー エル.ピー. (1,145)
【Fターム(参考)】