説明

ブレーキディスク

【課題】トルク伝達に関わる構成部品点数を必要最小限に抑制することができると共に、制動体と取付部材とを優れた嵌合精度でもって嵌合可能とし、両者の嵌合関係に基づいてトルク伝達が可能なブレーキディスクを提供する。
【解決手段】ブレーキディスクは、環状の制動体1と、その中心域に装着される取付部材2とを少なくとも具備する。制動体1には、その回転軸線Cに対して所定距離だけオフセットしたオフセット軸線Xを中心とする円に沿った輪郭を有する円形嵌合凹部17が形成されている。取付部材2には、前記オフセット軸線Xを中心とする円に沿った輪郭を有する円形嵌合部23が形成されている。円形嵌合凹部17と円形嵌合部23との嵌合関係に基づいて、制動体1及び取付部材2が一体回転可能となり、両者間でのトルク伝達が実現される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ディスクブレーキ用のブレーキディスクに関するものである。
【背景技術】
【0002】
ディスクブレーキ装置の主要な構成要素であるブレーキディスクには、環状の制動体の中心域に円盤状又は円筒状の取付部材を装着して構成したものが多い。かかるタイプのブレーキディスクにおいて、制動体と取付部材との間のトルク伝達を確保すべく両者を一体回転可能に連結するための構造として、ピン又はリベットによる連結構造(特許文献1,2参照)を採用したものや、ボルト孔部位においてキー又はセレーションによる締結構造(特許文献3,4参照)を採用したものがある。セレーションは、複数のキーを集合させた構造とみなすことができる。
【0003】
しかしながら、ピンやリベット等の棒状連結材を介してトルク伝達を行う場合、個々の棒状連結材の機械的強度には限界があるため、棒状連結材の数を増やして耐久性を確保する設計をとらざるを得ない。その場合、構成部品点数が増えて製造工程数や製造コスト等が増大する傾向にある。
【0004】
他方、環状の制動体と円盤状又は円筒状の取付部材との間のトルク伝達のための連結構造として、キー又はセレーションに類似した嵌合構造を採用することも考えられる。しかし、一般にキー及びキー溝の加工精度を高めることには限界があるため、相互嵌合関係にある制動体と取付部材との間の嵌合精度を一定限度以上に向上させることは困難であり、両者間でのガタ付きの発生を防止することが難しい。
【0005】
【特許文献1】実開昭60−126736号公報
【特許文献2】特開2003−130102号公報
【特許文献3】特開2003−320932号公報
【特許文献4】特開2005−54999号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、トルク伝達に関わる構成部品点数を必要最小限に抑制することができると共に、制動体と取付部材とを優れた嵌合精度でもって嵌合可能とし、両者の嵌合関係に基づいてトルク伝達が可能なブレーキディスクを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
請求項1の発明は、環状の制動体と、その制動体の中心域に装着される取付部材とを具備してなるブレーキディスクにおいて、前記制動体及び取付部材のうちの一方には、制動体の回転軸線(C)に対して所定距離だけオフセットしたオフセット軸線(X)を中心として描かれる円に沿った輪郭を有する円形嵌合凹部が形成されると共に、前記制動体及び取付部材のうちの他方には、前記円形嵌合凹部に対応させるべく前記オフセット軸線(X)を中心として描かれる円に沿った輪郭を有する円形嵌合部が形成されており、前記円形嵌合凹部と円形嵌合部との嵌合関係に基づいて、前記回転軸線(C)を中心とする回転の際には制動体及び取付部材を一体回転可能としたことを特徴とするブレーキディスクである。
【0008】
請求項2の発明は、環状の制動体と、その制動体の中心域に装着される取付部材とを具備してなるブレーキディスクにおいて、前記制動体には、当該制動体の回転軸線(C)に対して所定距離だけオフセットしたオフセット軸線(X)を中心として描かれる円に沿った輪郭を有する円形嵌合凹部が形成されると共に、前記取付部材には、前記円形嵌合凹部に対応させるべく前記オフセット軸線(X)を中心として描かれる円に沿った輪郭を有する円形嵌合部が形成されており、前記円形嵌合凹部と円形嵌合部との嵌合関係に基づいて、前記回転軸線(C)を中心とする回転の際には制動体及び取付部材を一体回転可能としたことを特徴とするブレーキディスクである。
【0009】
請求項3の発明は、請求項2に記載のブレーキディスクにおいて、前記制動体の円形嵌合凹部に前記取付部材の円形嵌合部を嵌合した状態で、制動部の円形嵌合凹部の周縁付近に押さえプレートを固着することにより、取付部材を制動体の円形嵌合凹部から離脱不能としたことを特徴とする。
【0010】
[作用]
請求項1〜3のブレーキディスクでは、制動体及び取付部材における円形嵌合凹部及び円形嵌合部は、制動体の回転軸線(C)に対して所定距離だけオフセットしたオフセット軸線(X)を中心として描かれる円に沿った輪郭を有する円形の嵌合凹部又は嵌合部として形成されている。それ故、ブレーキディスク全体を制動体の回転軸線(C)周りで回転させた際、制動体及び取付部材は、回転軸線(C)に対して偏心した円形嵌合凹部と円形嵌合部との嵌合関係に基づいて相対回転不能となっている。つまり、このブレーキディスクを車軸等に取り付け、回転軸線(C)を中心として回転させる態様で使用する限り、制動体及び取付部材は一体回転可能に連結されており、相互にトルク伝達可能となる。
【0011】
請求項3によれば、制動部の円形嵌合凹部の周縁付近に押さえプレートを固着するという比較的簡易な構造により、制動体の円形嵌合凹部から取付部材が回転軸線(C)方向に離脱又は脱落するのを防止することができる。
【発明の効果】
【0012】
各請求項に記載のブレーキディスクによれば、制動体の回転軸線(C)に対して偏心した円形嵌合凹部と円形嵌合部との嵌合関係に基づいて制動体と取付部材との間でトルク伝達可能としているため、ピンやリベット等の棒状連結材を介してトルク伝達を行う従来例に比べて、トルク伝達に関わる構成部品点数を少なくすることができる。また、制動体及び取付部材における円形嵌合凹部及び円形嵌合部は、オフセット軸線(X)を中心として描かれる円に沿った輪郭を有するため、工作機械(例えば旋盤)による加工形成が極めて容易である。更に、円形状は機械加工における最も基本的でシンプルな形状であるため、加工精度を向上させることができ、円形嵌合凹部と円形嵌合部との嵌合精度を高めてガタ付きの発生を未然に回避することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明をベンチレーテッド型ブレーキディスクに具体化した一実施形態を図面を参照しつつ説明する。図1〜図5に示すように、ブレーキディスクは、環状の制動体1と、その制動体1の中心域に装着される略短円筒状の取付部材2と、環状の押さえプレート3とから構成されている。
【0014】
図1〜図3に示すように、環状の制動体1は、鋳造により鋳鉄(例えば片状黒鉛鋳鉄)を一体成形したものである。この制動体1は、第1の環状円板部11と第2の環状円板部12とを、両環状円板部11,12間にあって半径方向に放射状に延びる複数の連結リブ13で相互に連結したものであり、隣り合う連結リブ13間には放射状に延びる通気路14が確保されたベンチレート構造を有するものである。第1及び第2の環状円板部11,12のそれぞれの外側面が、ブレーキキャリパの制輪子と摩擦接触する制動面(摺動面)になる。
【0015】
制動体1の第1の環状円板部11には、その中心域において少なくとも第1の円形嵌合凹部16と第2の円形嵌合凹部17とが二段階構造の凹部として形成されている。より具体的には、第1の環状円板部11の外側面には、比較的深さの浅い第1の円形嵌合凹部16が形成され、その第1の円形嵌合凹部16の内側には更に深い第2の円形嵌合凹部17が形成されている。
【0016】
第1の円形嵌合凹部16は、制動体1の回転軸線C(車軸への取り付け時には車軸の回転軸線に一致する)を中心として描かれる円に沿った輪郭を有する円形状に形成されている(図1及び図2(B)参照)。第1の円形嵌合凹部16の内径は環状押さえプレート3の外径に等しく、又、第1の円形嵌合凹部16の深さは環状押さえプレート3の厚みに等しい。このため、第1の円形嵌合凹部16に対して環状押さえプレート3を嵌合可能となっている。なお、第1の円形嵌合凹部16の底面域には、複数のネジ孔18(本例では8つ)が等角度間隔で配列・形成されている。
【0017】
第2の円形嵌合凹部17は、第1の円形嵌合凹部16の内側にあって、制動体1の回転軸線Cに対して所定距離dだけオフセットしたオフセット軸線Xを中心として描かれる円に沿った輪郭を有する円形状に形成されている(図1及び図2(B)参照)。第2の円形嵌合凹部17の内径は、後述する取付部材2の円形嵌合部23の外径に等しく、又、第2の円形嵌合凹部17の深さ(第1の円形嵌合凹部16の底面を基準とした深さ)は、取付部材2の円形嵌合部23の厚みに等しい。このため、第2の円形嵌合凹部17に対して取付部材2の円形嵌合部23を嵌合可能となっている。
【0018】
図1及び図4に示すように、取付部材2は、鋳造によりアルミニウム合金を一体成形したものである。取付部材2は、円板状の車軸取付け用フランジ21と、そのフランジ21の外周縁部に設けられた短円筒状の円筒壁22と、その円筒壁22の周囲に鍔状に設けられた円形嵌合部23とを有している。
【0019】
取付部材2の車軸取付け用フランジ21は、この取付部材2及び制動体1に共通の前記回転軸線Cに対して直交する方向(半径方向)に展開する。円筒壁22は、車軸取付け用フランジ21の外周縁から回転軸線Cと平行に後方に向かって延設されている。車軸取付け用フランジ21には、その中心位置において車軸を通すための中央大穴24が形成されると共に、その中央大穴24を取り囲む位置において複数のボルト挿通孔25(本例では5つ)が等角度間隔で配列・形成されている。
【0020】
取付部材2の円形嵌合部23は、前記円筒壁22の後端縁から半径方向外向きに当該円筒壁22の全周にわたって突設されている。但し、図4(A)〜(C)に示すように、この円形嵌合部23は、前記第2の円形嵌合凹部17に対応させるべく、制動体1及び取付部材2に共通の回転軸線Cに対して所定距離dだけオフセットした前記オフセット軸線Xを中心として描かれる円に沿った輪郭を有する円形状に形成されている。それ故、この円形嵌合部23の輪郭と、車軸取付け用フランジ21又は円筒壁22の輪郭(円形)とは、同心円の関係には無く、互いに偏心関係にある。
【0021】
図1及び図5に示すように、押さえプレート3は、鋳造によりアルミニウム合金を一体成形したものである。押さえプレート3は、所定の厚みを持った環形状をなしており、その外周縁及び内周縁ともに制動体1及び取付部材2に共通の回転軸線Cを中心として描かれる円に沿った輪郭を有している。この押さえプレート3には、複数のネジ通し孔31(本例では8つ)が等角度間隔で配列・形成されている。これらのネジ通し孔31は、制動体1の第1の円形嵌合凹部16の底面域における各ネジ孔18にそれぞれ対応する。
【0022】
このブレーキディスクの組み立てに際しては、図1〜図3に示すように、先ず制動体1の第2の円形嵌合凹部17に対して取付部材2の円形嵌合部23を嵌入する。すると、円形嵌合部23の外側面が第1の円形嵌合凹部16の底面とほぼ面一になる恰好で、取付部材2の円形嵌合部23が制動体1の第2の円形嵌合凹部17に嵌り込む。次に、制動体1の第1の円形嵌合凹部16に対して押さえプレート3を嵌入する。すると、押さえプレート3の外側面が制動体1の第1の環状円板部11の外側面とほぼ面一になる恰好で、押さえプレート3が制動体1の第1の円形嵌合凹部16に嵌り込む。そして、押さえプレート3の外側面(正面)側から各ネジ通し孔31にネジ4を装着し、各ネジ4を制動体1の各ネジ孔18に螺合することで、制動体1(より詳細には制動体1の第2の円形嵌合凹部17の周縁付近)に押さえプレート3を固着する。その結果、制動体1に固着された押さえプレート3により、取付部材2が第2の円形嵌合凹部17から軸方向に離脱するのを阻止されて制動体1に一体化される。
【0023】
[実施形態の作用及び効果]
本実施形態のブレーキディスクでは、制動体1の第2円形嵌合凹部17及び取付部材2の円形嵌合部23は、回転軸線Cに対してオフセットしたオフセット軸線Xを中心とする円(即ち真円又は正円)に沿った輪郭を有する円形の嵌合凹部又は嵌合部として形成されている。それ故、このブレーキディスクを現に車軸に取り付けて当該ディスクを回転軸線C周りで回転させる場合には、回転軸線Cに対して偏心した第2円形嵌合凹部17と円形嵌合部23との嵌合関係に基づいて制動体1と取付部材2とは相対回転不能となり、両者は相互にトルク伝達可能な一体物のディスクとして機能する。
【0024】
本実施形態によれば、制動体1の回転軸線Cに対して偏心した第2円形嵌合凹部17と円形嵌合部23との嵌合関係に基づいて制動体1と取付部材2との間でトルク伝達可能としているため、ピンやリベット等の棒状連結材を介してトルク伝達を行う従来例に比べ、トルク伝達に関わる構成部品点数が少ない。従って、製造コスト等を抑制することができる。なお、本実施形態で使用したネジ4はトルク伝達に関与する部品ではないので、製造コスト等の増大要因とはならない点に注目されたい。
【0025】
本実施形態によれば、制動体1の第2円形嵌合凹部17及び取付部材2の円形嵌合部23は、オフセット軸線Xを中心とする円に沿った輪郭を有するため、旋盤などの汎用の工作機械による加工形成が極めて容易である。また、円形状は最も基本的でシンプルな形状であるため、公差等にかかわる加工精度を向上させることができる。従って、第2円形嵌合凹部17と円形嵌合部23との嵌合精度を高め、ガタ付きの発生を未然に防止することができる。ガタ付きがなければ、ブレーキ時の振動や不快音を抑制することができる。
【0026】
ちなみに、楕円形状や多角形形状(例えば正六角形形状)なども一般的には基本的でシンプルな形状と目されるが、それでもこれらの形状は真円形状に比べればはるかに複雑であり、正確なアウトラインを描くには複雑で厄介な加工制御が必要になる。機械加工分野の当業者の認識によれば、楕円形状や多角形形状については、真円形状ほどに加工精度を高めることは難しく、ましてや嵌め合い時にガタ付きが見られないほどに嵌合精度を高めることは非常に難しい。故に本実施形態では、制動体1の第2円形嵌合凹部17及び取付部材2の円形嵌合部23の輪郭を殊更に円(真円又は正円)形状としたのである。
【0027】
[変更例]:上記実施形態では、押さえプレート3をネジ4を用いて制動体1に固着したが、ネジ4に代えてリベット等の締結具を使用してもよい。
【0028】
[変更例]:上記実施形態では、取付部材2の側に円形嵌合部23を設ける一方で、制動体1の側に円形嵌合部23に対応する第2円形嵌合凹部17を設けた。これに代えて、制動体1の側に円形嵌合部を設ける一方で、取付部材2の側にその円形嵌合部に対応する円形嵌合凹部を設けるという凹凸関係を逆転させた嵌合構造を採用してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】一実施形態に従うブレーキディスクの分解斜視図。
【図2】(A)は組立て状態のブレーキディスクの正面図、(B)は(A)のA−C−A’線での断面図。
【図3】図2(A)に示したブレーキディスクの背面図。
【図4】(A)は取付部材の正面図、(B)は(A)のB−C−B’線での断面図、(C)は取付部材の背面図。
【図5】(A)は押さえプレートの正面図、(B)は(A)のQ−Q線での断面図。
【符号の説明】
【0030】
1…制動体、2…取付部材、3…押さえプレート、4…ネジ、16…制動体の第1の円形嵌合凹部、17…制動体の第2の円形嵌合凹部(オフセット軸線を中心とする円形嵌合凹部)、23…取付部材の円形嵌合部、C…回転軸線、X…オフセット軸線。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
環状の制動体と、その制動体の中心域に装着される取付部材とを具備してなるブレーキディスクにおいて、
前記制動体及び取付部材のうちの一方には、制動体の回転軸線(C)に対して所定距離だけオフセットしたオフセット軸線(X)を中心として描かれる円に沿った輪郭を有する円形嵌合凹部が形成されると共に、前記制動体及び取付部材のうちの他方には、前記円形嵌合凹部に対応させるべく前記オフセット軸線(X)を中心として描かれる円に沿った輪郭を有する円形嵌合部が形成されており、
前記円形嵌合凹部と円形嵌合部との嵌合関係に基づいて、前記回転軸線(C)を中心とする回転の際には制動体及び取付部材を一体回転可能としたことを特徴とするブレーキディスク。
【請求項2】
環状の制動体と、その制動体の中心域に装着される取付部材とを具備してなるブレーキディスクにおいて、
前記制動体には、当該制動体の回転軸線(C)に対して所定距離だけオフセットしたオフセット軸線(X)を中心として描かれる円に沿った輪郭を有する円形嵌合凹部が形成されると共に、前記取付部材には、前記円形嵌合凹部に対応させるべく前記オフセット軸線(X)を中心として描かれる円に沿った輪郭を有する円形嵌合部が形成されており、
前記円形嵌合凹部と円形嵌合部との嵌合関係に基づいて、前記回転軸線(C)を中心とする回転の際には制動体及び取付部材を一体回転可能としたことを特徴とするブレーキディスク。
【請求項3】
前記制動体の円形嵌合凹部に前記取付部材の円形嵌合部を嵌合した状態で、制動部の円形嵌合凹部の周縁付近に押さえプレートを固着することにより、取付部材を制動体の円形嵌合凹部から離脱不能としたことを特徴とする請求項2に記載のブレーキディスク。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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