説明

プラスチックの識別方法および識別装置

【課題】高速でプラスチックの材質を識別することが可能なラマン散乱に基づくプラスチックの識別方法および識別装置の提供。
【解決手段】レーザ光Lを識別対象物である被識別プラスチックPに照射し、この被識別プラスチックPから散乱されたラマン散乱光Rからラマン散乱信号を得て、予め既知のプラスチックのラマン散乱スペクトルを測定することにより設定した1点以上の既知ピーク位置のラマン散乱強度および既知ベースライン位置のラマン散乱強度と、被識別プラスチックのラマン散乱信号から得た識別したいプラスチックの材質ごとの既知ピーク位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度および既知ベースライン位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度とに基づいて被識別プラスチックの材質を識別する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プラスチックの材質を非破壊的に識別する技術に関し、より詳しくは、高速にプラスチックの材質を識別するためのラマン散乱に基づくプラスチックの識別方法および識別装置に関する。
【背景技術】
【0002】
家庭ごみや産業廃棄物として廃棄されるプラスチックの処理に際して、廃棄プラスチックの材質が不明の場合がある。このような廃棄プラスチックの大部分は、粉砕後、焼却処理するしかない。しかしながら、プラスチックは、廃棄プラスチックの材質(原料の種類)が何であるかを識別することで、融解、再成形することが可能であるという特質を有するので、付加価値の高い製品に再利用することが可能である。また、焼却する場合でも、例えばポリ塩化ビニルが存在していれば有毒ガス発生の恐れがあるので事前にその存在を検出する必要がある。
【0003】
このような廃棄プラスチックの材質を識別する方法の一つとして、ラマン散乱スペクトルを利用した方法が提案されている。例えば、特許文献1には、レーザ光源から発した単色のレーザ光を、光ファイバを介してファイバヘッドに導き、このファイバヘッドを介してプラスチック素材にレーザ光を照射し、ファイバヘッドに備えられるファイバヘッド対物レンズを介してプラスチック素材から散乱された光を集め、この集められた光を、光ファイバを介して分光器に導き、分光分析することによりラマン散乱スペクトルを決定し、データベースに格納された既知のバンドパターンと照合することによりプラスチック素材の種類を識別することが記載されている。
【0004】
また、例えば、特許文献2には、素材が未知の被識別プラスチックのラマン散乱スペクトルを測定し、このラマン散乱スペクトルから複数のラマンピークの波数およびその波数での相対強度値を抽出し、素材が既知のプラスチックのラマンピークの波数およびその波数での相対強度値と測定されたラマン散乱スペクトルのラマンピークの波数およびその波数での相対強度値とを比較し、この比較結果から被識別プラスチックの素材を識別することが記載されている。
【0005】
【特許文献1】特開2000−356595号公報
【特許文献2】特開平10−38807号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記従来の方法は、いずれも未知の被識別プラスチックから得たラマン散乱スペクトルと、既知のラマン散乱スペクトルとを直接比較することにより被識別プラスチックの種類を識別するものである。従来の方法では、ラマン散乱スペクトル同士を直接比較するため、ラマン散乱スペクトルをSN比が大きくなるように測定する必要がある。そのため、通常の分光装置によるラマン散乱スペクトルの測定では、レーザ光を数秒照射し続けて行う必要があるため、従来の方法では1個のプラスチックを識別するのに長い時間が必要となる。
【0007】
また、測定されたラマン散乱スペクトルからピークを抽出する数学的処理は、複雑で計算量の多いものであり、この操作にも長い時間を必要とする。上記特許文献1,2には測定時間についての記述はないが、最も良い条件で測定したとしても1秒間に数個程度の識別しか行うことができず、実用的ではない。多くの廃棄プラスチックが、粉砕して処理されていることを考えると、実用的なプラスチックの選別には、1秒間に数十個以上の識別を行うことが必要である。
【0008】
そこで、本発明においては、高速でプラスチックの材質を識別することが可能なラマン散乱に基づくプラスチックの識別方法および識別装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明のプラスチックの識別方法は、レーザ光を識別対象物である被識別プラスチックに照射し、この被識別プラスチックから散乱されたラマン散乱光からラマン散乱信号を得るラマン散乱信号取得ステップと、予め既知のプラスチックのラマン散乱スペクトルを測定することにより設定した1点以上のピーク位置(以下、「既知ピーク位置」と称す。)のラマン散乱強度およびベースライン位置(以下、「既知ベースライン位置」と称す。)のラマン散乱強度と、被識別プラスチックのラマン散乱信号から得た識別したいプラスチックの材質ごとの既知ピーク位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度および既知ベースライン位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度とに基づいて被識別プラスチックの材質を識別する識別ステップとを含む。
【0010】
また、本発明のプラスチックの識別装置は、レーザ光を識別対象物である被識別プラスチックに照射するレーザ照射系と、被識別プラスチックから散乱されたラマン散乱光からラマン散乱信号を得るラマン散乱信号取得手段と、予め既知のプラスチックのラマン散乱スペクトルを測定することにより設定した1点以上のピーク位置(既知ピーク位置)のラマン散乱強度およびベースライン位置(既知ベースライン位置)のラマン散乱強度を記憶する記憶手段と、被識別プラスチックのラマン散乱信号から得た識別したいプラスチックの材質ごとの既知ピーク位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度および既知ベースライン位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度と、記憶手段に記憶された既知ピーク位置のラマン散乱強度および既知ベースライン位置のラマン散乱強度とに基づいて被識別プラスチックの材質を識別する識別手段とを有するものである。
【0011】
これらの発明によれば、予め既知のプラスチックのラマン散乱スペクトルを測定することにより1点以上の既知ピーク位置のラマン散乱強度および既知ベースライン位置のラマン散乱強度を設定しておき、これらの既知ピーク位置のラマン散乱強度および既知ベースライン位置のラマン散乱強度と、レーザ光を識別対象物である被識別プラスチックに照射して得られたラマン散乱信号から得た識別したいプラスチックの材質ごとの既知ピーク位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度および既知ベースライン位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度とに基づいて被識別プラスチックの材質を識別することができる。すなわち、本発明では、被測定プラスチックのラマン散乱スペクトルを正確に測定してピーク位置を求めることなく、予めプラスチックの材質ごとに設定した既知ピーク位置と既知ベースライン位置にそれぞれ対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度のみをラマン散乱信号から求めるだけ良いため、高速でプラスチックの材質を識別することが可能である。
【0012】
ここで、レーザ照射系は、焦点距離150mm以下の1枚の凸レンズによりレーザ光を集光して被識別プラスチックに照射するものであることが望ましい。レーザ光を対物レンズではなく、通常の凸レンズ1枚で集光して被識別プラスチックに照射することにより、レンズ先から被識別プラスチックまでの作動距離をその焦点距離150mm以下と同程度に確保することができる。また、焦点深度(焦点が合う範囲)も、対物レンズを使用した場合に比べて広くなり、様々な大きさや厚さの被識別プラスチックに対して、加熱しすぎることなく適度な強さでレーザ光を集光できるとともに、効率よくラマン散乱光を集めることができる。
【0013】
凸レンズは、さらに被識別プラスチックから散乱されたラマン散乱光を集光する集光系の一部を構成するものであることが望ましい。被識別プラスチックにレーザ光を照射する照射用レンズと散乱光を集光する集光用レンズを同じ凸レンズにより構成することで、被識別プラスチックにどの方向からレーザ光を照射してもラマン散乱光を集光することができ、光の照射と集光を効率良く行うことができる。
【0014】
また、レーザ照射系は、レーザ発生装置により発生したレーザ光をミラーの反射のみによって凸レンズまで導くものであることが望ましい。レーザ発生装置により発生したレーザ光を光ファイバを用いずにミラーの反射のみによって凸レンズまで導くことで、レーザ光の出力を落とさずに凸レンズで集光して被識別プラスチックに照射することができる。
【0015】
また、ラマン散乱信号取得手段は、分光器と、凸レンズにより集光した光を分光器へ導く光ファイバと、分光器により分光した光を検出して電気信号へ変換するマルチチャンネル光検出器とを有し、マルチチャンネル光検出器により変換した電気信号からラマン散乱信号を得るものであることが望ましい。これにより、精密機器である分光器およびマルチチャンネル光検出器を、レーザ照射系と離して作業環境の良い場所に配置することができる。
【発明の効果】
【0016】
(1)予め既知のプラスチックのラマン散乱スペクトルを測定することにより1点以上の既知ピーク位置のラマン散乱強度および既知ベースライン位置のラマン散乱強度を設定しておき、これらの既知ピーク位置のラマン散乱強度および既知ベースライン位置のラマン散乱強度と、レーザ光を識別対象物である被識別プラスチックに照射して得られたラマン散乱信号から得た識別したいプラスチックの材質ごとの既知ピーク位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度および既知ベースライン位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度とに基づいて被識別プラスチックの材質を識別する構成により、予め識別したいプラスチックごとに設定したラマン散乱スペクトル上の1点以上の既知ピーク位置および既知ベースライン位置にそれぞれ対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度のみをラマン散乱信号から求めるだけで被識別プラスチックの材質を識別することができるので、従来のようにラマン散乱スペクトル全体を測定する必要はなく、高速でプラスチックの材質を識別することが可能となる。
【0017】
(2)レーザ照射系が、焦点距離150mm以下の1枚の凸レンズによりレーザ光を集光して被識別プラスチックに照射するものであることにより、レンズ先から被識別プラスチックまでの作動距離をその焦点距離150mm以下と同程度に確保することができ、ベルトコンベア等によって搬送されている様々な大きさのプラスチック片の材質を識別することが可能となる。また、焦点深度も、対物レンズを使用した場合に比べて広くなり、様々な大きさや厚さの被識別プラスチックに対して、加熱しすぎることなく適度な強さでレーザ光を集光できるとともに、効率よくラマン散乱光を集めることができる。
【0018】
(3)凸レンズが、さらに被識別プラスチックから散乱されたラマン散乱光を集光する集光系の一部を構成するものであることにより、被識別プラスチックにどの方向からレーザ光を照射してもラマン散乱光を集光することができ、光の照射と集光を効率良く行うことができる。これにより、レーザ光の照射方向の制限がなくなり、専門家だけでなく一般の利用者であっても容易に使用することが可能となる。また、ベルトコンベア等によって搬送されている様々な形状のプラスチック片に対してどの方向からレーザ光が照射された場合であっても、そのラマン散乱光を集光して材質を識別することができる。
【0019】
(4)レーザ照射系が、レーザ発生装置により発生したレーザ光をミラーの反射のみによって凸レンズまで導くものであることにより、レーザ光の出力を落とさずに凸レンズで集光して被識別プラスチックに照射することができる。
【0020】
(5)ラマン散乱信号取得手段が、分光器と、凸レンズにより集光した光を分光器へ導く光ファイバと、分光器により分光した光を検出して電気信号へ変換するマルチチャンネル光検出器とを有し、マルチチャンネル光検出器により変換した電気信号からラマン散乱信号を得るものであることにより、精密機器である分光器およびマルチチャンネル光検出器を、レーザ照射系と離して作業環境の良い場所に配置することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
図1は本発明の実施の形態におけるプラスチック識別装置、図2は図1のプラスチック識別装置のブロック図である。
【0022】
図1において、本発明の実施の形態におけるプラスチック識別装置1は、レーザ光を識別対象物である被識別プラスチックに照射するとともにこの被識別プラスチックから散乱されたラマン散乱光を集光する検出部ヘッド2と、検出部ヘッド2と光ファイバ3により接続されるマルチチャンネル分光器4と、マルチチャンネル分光器4から出力される電気信号を入力して処理するデータ処理装置5と、後述の半導体レーザ発生装置20を駆動するための半導体レーザ駆動電源6とを有する。
【0023】
検出部ヘッド2は、レーザ光を識別対象物である被識別プラスチックPに照射するレーザ照射系10(図2参照。)を構成する半導体レーザ発生装置20と、焦点距離40〜150mmの1枚の凸レンズ21と、半導体レーザ発生装置20により発生したレーザ光Lを反射して凸レンズ21まで導くミラー22aおよびダイクロイックミラー22bとを備える。ダイクロイックミラー22bは、レーザ光Lを反射し、かつラマン散乱光Rを透過するものである。なお、ミラー22aは、半導体レーザ発生装置20の向きを調整することで省略することも可能である。また、ダイクロイックミラー22bは、レーザ光Lを反射し、かつラマン散乱光Rを透過するハーフミラーに代えることも可能である。
【0024】
半導体レーザ発生装置20は、例えば、波長600〜900nmの範囲で100mW以上の出力が得られる高出力のものを用いる。半導体レーザ発生装置20により発生したレーザ光Lは、ミラー22aにより反射され、さらにダイクロイックミラー22bにより反射されて凸レンズ21へ導かれ、凸レンズ21により集光されて被識別プラスチックPへと照射される。また、この検出部ヘッド2は、被識別プラスチックPから散乱されたラマン散乱光Rを凸レンズ21により集光して光ファイバ3へ導く集光系を兼ねている。ラマン散乱光Rは、ダイクロイックミラー22bを透過して光ファイバ3の入射口へ集光される。
【0025】
光ファイバ3は、検出部ヘッド2の凸レンズ21により集光した光をマルチチャンネル分光器4へ導くものである。マルチチャンネル分光器4は、分光器と、分光器により分光した光を検出して電気信号へ変換するCCD(Charge Coupled Device)やリニアアレイフォトダイオード等の1024画素以下の2次元の光検出器とから構成される小型分光器である。このマルチチャンネル分光器4の入光側には励起光除去フィルタ7が設けられている。これらの光ファイバ3、マルチチャンネル分光器4および励起光除去フィルタ7は、被識別プラスチックPから散乱されたラマン散乱光Rをマルチチャンネル分光して電気信号へ変換することによりラマン散乱信号を得るラマン散乱信号取得手段11(図2参照。)を構成する。マルチチャンネル分光器4は、高分解能のものでなくて良く、内部に組み込む回折格子や光検出器の性能により選択可能であり、例えば、ラマンシフト波数400〜1600cm-1の範囲で2cm-1のラマン散乱信号を得られるものであれば良い。
【0026】
データ処理装置5は、パーソナルコンピュータやCPUボード等であり、マルチチャンネル分光器4は、例えばPCI(Peripheral Component Interconnect)インターフェースにより接続される。データ処理装置5は、図2に示すように、予め設定された基準値等を記憶する記憶手段12と、ラマン散乱信号取得手段11により取得したラマン散乱信号に基づいて被識別プラスチックPの材質を識別する識別手段13と、識別手段により識別した結果(識別信号)を出力する出力手段14とを有する。
【0027】
記憶手段12に記憶される基準値は、識別したいプラスチック、例えばPS(ポリスチレン)、PP(ポリプロピレン)、PET(ポリエチレンテレフタレート)、LDPE(低密度ポリエチレン)やHDPE(高密度ポリエチレン)等の既知のプラスチックの材質ごとに予め設定した1点以上の既知ピーク位置および既知ベースライン位置のそれぞれラマン散乱強度である。
【0028】
図3は本実施形態におけるプラスチック識別装置により参照試料としての既知のプラスチック(PS、PP、PET、LDPE、HDPE)のそれぞれのラマン散乱スペクトルを取得した結果を示している。図3の横軸はラマンシフト波数(cm-1)、縦軸はラマン散乱強度(任意強度)である。図3において、PSを例に説明すると、PSでは点A1と点A2の位置にピークがあるので、これら2点A1,A2またはその近傍をPS識別のためのピーク位置とする。また、これらのピーク位置A1,A2間にベースライン上の点Bがあるので、この点BをPS識別のためのベースライン位置とする。なお、ベースラインの位置と強度には、ピーク位置からあまり離れていないラマン散乱強度が弱く、底になった部分の値を用いることが望ましい。また、強度の算出には、ピーク位置やベースライン位置を含む近傍の測定点の平均値を算出して、これを用いることでSN比の向上を図ることができる。
【0029】
識別手段13は、ラマン散乱信号取得手段11により取得したラマン散乱信号から識別したいプラスチックの材質ごとの既知ピーク位置(PSの例では2点A1,A2)に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度および既知ベースライン位置(PSの例では点B)に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度を得るとともに、これらの得られたラマン散乱強度と記憶手段12に記憶された基準値とに基づいて被識別プラスチックの材質を識別するものである。
【0030】
例えば、識別手段13は、識別したいプラスチックの材質ごとの既知ピーク位置(2点A1,A2)に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度RA1,RA2と既知ベースライン位置(点B)に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度RBとのそれぞれの差(RA1−RB),(RA2−RB)と、基準値としての既知のプラスチックの既知ピーク位置のラマン散乱強度RA10,RA20と既知ベースライン位置のラマン散乱強度RB0との差(RA10−RB0),(RA20−RB0)とを、直接またはそれぞれの比(RA1−RB)/(RA2−RB),(RA10−RB0)/(RA20−RB0)によって比較することにより被識別プラスチックの材質を識別する。なお、直接比較する際の基準値(RA10−RB0),(RA20−RB0)、または、比によって比較する際の基準値(RA10−RB0)/(RA20−RB0)は、予め記憶手段12に記憶しておく。
【0031】
図4はこの識別手段13によるPSの識別例を示している。図4に示すように、PSの2点A1,A2の既知ピーク位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度RA1,RA2と点Bの既知ベースライン位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度RBとのそれぞれの差(RA1−RB),(RA2−RB)の比(RA1−RB)/(RA2−RB)は、他の材質のものとは大きく相違している。したがって、PSの既知ピーク位置のラマン散乱強度RA10,RA20と既知ベースライン位置のラマン散乱強度RB0との差(RA10−RB0),(RA20−RB0)の比(RA10−RB0)/(RA20−RB0)から設定した基準値としての閾値SPSによってフィルタリング(図示例では(RA10−RB0)/(RA20−RB0)>SPS=2.5のみ抽出)することにより、PS、PP、PET、LDPE、HDPEが混在した試料からPSのみを識別して抽出することが可能である。
【0032】
同様に、図5はこの識別手段13によるPPの識別例を示している。図5に示すように、PPの2点の既知ピーク位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度と既知ベースライン位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度とのそれぞれの差の比Xは、他の材質のものとは正負が異なっている。したがって、PPの既知ピーク位置のラマン散乱強度と既知ベースライン位置のラマン散乱強度との差の比から設定した基準値としての閾値SPPによってフィルタリング(図示例ではX>0のみ抽出)することにより、PS、PP、PET、LDPE、HDPEが混在した試料からPPのみを識別して抽出することが可能である。なお、図5に示すように上記の条件ではすべてのPPを抽出できていないが、この識別手段13によって抽出したものの中にはPP以外のものは含まれないので、廃棄プラスチックの再利用には問題なく使用することができる。
【0033】
また、識別手段13は、識別したいプラスチックの材質ごとの既知ピーク位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度RA1,RA2と既知ベースライン位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度RBとの比RA1/RB,RA2/RBを算出し、既知のプラスチックの既知ピーク位置のラマン散乱強度RA10,RA20と既知ベースライン位置のラマン散乱強度RB0との比RA10/RB0,RA20/RB0から設定した基準値としての閾値と比較することにより被識別プラスチックの材質を識別する構成とすることも可能である。
【0034】
図6はこの識別手段13によるPSの識別例を示している。図6に示すように、PSの1点A1の既知ピーク位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度RA1と既知ベースライン位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度RBとの比RA1/RBは、他の材質のものとは相違している。したがって、この例では、PSの既知ピーク位置のラマン散乱強度RA10と既知ベースライン位置のラマン散乱強度RB0との比RA10/RB0からそれぞれ設定した基準値としての閾値SPS1によってフィルタリングし、この閾値SPS1を満たすことを条件とすることにより、PS、PP、PET、LDPE、HDPEが混在した試料からPSのみを識別して抽出することが可能である。
【0035】
同様に、図7はこの識別手段13によるPPの識別例を示している。図7の(a),(b)に示すように、PPの2点の既知ピーク位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度と既知ベースライン位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度との比Xは、他の材質のものとは相違している。したがって、この例では、PPの既知ピーク位置のラマン散乱強度と既知ベースライン位置のラマン散乱強度との比からそれぞれ設定した基準値としての閾値SPP1,SPP2によってフィルタリングし、両閾値を満たすことを条件とすることにより、PS、PP、PET、LDPE、HDPEが混在した試料からPPのみを識別して抽出することが可能である。
【0036】
あるいは、識別手段13は、識別したいプラスチックの材質ごとの2点の既知ピーク位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度RA1,RA2の差(RA1−RA2)と既知ベースライン位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度RBとの比(RA1−RA2)/RBを算出し、既知のプラスチックの2点の既知ピーク位置のラマン散乱強度RA10,RA20の差(RA10−RA20)と既知ベースライン位置のラマン散乱強度RB0との比(RA10−RA20)/RB0から設定した基準値としての閾値と比較することにより被識別プラスチックの材質を識別する構成とすることができる。
【0037】
図8はこの識別手段13によるPSの識別例を示している。図8に示すように、PSの2点A1,A2の既知ピーク位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度RA1,RA2の差(RA1−RA2)と既知ベースライン位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度RBとの比(RA1−RA2)/RBは、他の材質のものとは大きく相違している。したがって、PSの2点の既知ピーク位置のラマン散乱強度RA10,RA20の差(RA10−RA20)と既知ベースライン位置のラマン散乱強度RB0との比(RA10−RA20)/RB0から設定した基準値としての閾値SPSによってフィルタリングすることにより、PS、PP、PET、LDPE、HDPEが混在した試料からPSのみを識別して抽出することが可能である。
【0038】
このように、PSの2点A1,A2の既知ピーク位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度RA1,RA2の差(RA1−RA2)と既知ベースライン位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度RBとの比(RA1−RA2)/RBを採ることで、より識別精度を向上させることが可能である。また、ラマン散乱強度RA1,RA2,RBの3つの数値のみから十分な識別精度が得られるので、演算処理に要する時間は極わずかであり、短時間で大量の廃棄プラスチックを識別することができる。
【0039】
同様に、図9はこの識別手段13によるPPの識別例を示している。図9に示すように、PPの2点の既知ピーク位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度の差と既知ベースライン位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度との比Xは、他の材質のものとはその範囲が相違している。したがって、PPの2点の既知ピーク位置のラマン散乱強度の差と既知ベースライン位置のラマン散乱強度との比から設定した基準値としての閾値SPPH,SPPLによってフィルタリング(図示例ではSPPH>X>SPPLの範囲内にあるもののみを抽出)することにより、PS、PP、PET、LDPE、HDPEが混在した試料からPPのみを識別して抽出することが可能である。
【0040】
以上のように、識別手段13は、ラマン散乱信号取得手段11により取得したラマン散乱信号から得た識別したいプラスチックの材質ごとの既知ピーク位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度および既知ベースライン位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度と、記憶手段12に記憶された基準値とに基づいてプラスチックを識別するものであり、従来のようにラマン散乱スペクトル全体を測定し、この測定されたラマン散乱スペクトルからピークを抽出するような複雑な演算処理を行うことなく、簡単な演算処理によりプラスチックを識別するものである。なお、本発明に係る識別手段13は、上述した具体的演算例に限らず、特定のプラスチックのみが際立つような簡単な演算処理であれば採用することが可能である。
【0041】
上記構成のプラスチック識別装置1では、強力なレーザ光を発生する半導体レーザ発生装置20を光源とし、このレーザ光を試料である被識別プラスチックPの表面に凸レンズ21により集光照射し、その散乱光に含まれるラマン散乱光を、レーザ光の集光に使用した同じ凸レンズ21により同軸で集光し、光ファイバ3でマルチチャンネル分光器4に導き、マルチチャンネル分光してラマン散乱信号を得る。ここで得るラマン散乱信号は、予め設定したピーク位置とベースライン位置のみを得るだけで良いため、従来のようにラマン散乱スペクトル全体を正確に測定する必要はない。また、できるだけ少ない画素数で測定すれば、1画素当たりの光強度が大きくなるので、大きな電気信号を取り出すことが可能となる。したがって、例えば512画素のマルチチャンネル分光器4により得たラマン散乱信号であっても十分なSN比で高速に測定することが可能である。図10はPPのラマン散乱信号を50msおよび10msでそれぞれ測定した例を示しており、図10に示されるように、1回の測定に10ms程度の高速処理を行っても識別に十分なSN比(低ノイズ)で必要なラマン散乱信号が得られている。
【0042】
また、本実施形態におけるプラスチック識別装置1では、こうして得られたラマン散乱信号から、識別したいプラスチックごとに予め決められたピーク位置(例えば、PSの場合のA1,A2)に対応するラマンシフト波数の1点または2点のラマン散乱強度と、ベースライン位置(例えば、PSの場合のB)に対応するラマンシフト波数のラマン散乱強度とを求め、その比を計算するなど簡単な演算処理を行い、その値と参照試料のプラスチックで求めた基準値とを比較するという簡便な方法によって毎秒50個以上のプラスチックを識別することが可能である。なお、本実施形態においては、ピーク位置に対応するラマンシフト波数を1点または2点使用しているが、3点以上とすることも可能である。
【0043】
従来のラマン散乱に基づくプラスチックの識別方法は、ラマン散乱スペクトルを正確に測定することが必要であるため、測定時間が長く、解析法も複雑であるが、本実施形態におけるプラスチック識別装置1では、ラマン散乱スペクトルを正確に測定してピーク位置を求めることなく、予め設定したピーク位置とベースライン位置のラマン散乱強度のみを測定したラマン散乱信号から求めるだけ良いため、1秒間に50個以上の高速でプラスチックの材質を識別することが可能である。したがって、現実に排出されている大量の廃棄プラスチックを、ベルトコンベア等によって搬送しながら材質を識別して分別し、プラスチックリサイクルのための純度の高い再生原料を得ることが可能である。
【0044】
また、本実施形態におけるプラスチック識別装置1では、焦点距離150mm以下の1枚の凸レンズ21によりレーザ光Lを集光して被識別プラスチックPに照射するので、レンズ先から被識別プラスチックPまでの作動距離をその焦点距離150mm以下と同程度に確保することができ、ベルトコンベア等によって搬送されている様々な大きさのプラスチック片の材質を識別することが可能である。
【0045】
さらに、この凸レンズ21が、被識別プラスチックPから散乱されたラマン散乱光を集光する集光系の一部を構成するので、被識別プラスチックPにどの方向からレーザ光Lを照射してもラマン散乱光Rを集光することができ、光の照射と集光を効率良く行うことができる。これにより、レーザ光Lの照射方向の制限がなくなり、専門家だけでなく一般の利用者であっても容易に使用することが可能となる。また、ベルトコンベア等によって搬送されている様々な形状のプラスチック片に対してどの方向からレーザ光Lが照射された場合であっても、そのラマン散乱光Rを集光して材質を識別することができる。
【0046】
また、本実施形態におけるプラスチック識別装置1では、レーザ照射系10が、半導体レーザ発生装置20により発生したレーザ光Lをミラー22aおよびダイクロイックミラー22bの反射のみによって凸レンズ21まで導くものであることにより、レーザ光Lの出力を落とさずに凸レンズ21で集光して被識別プラスチックに照射することができる。
【0047】
また、本実施形態におけるプラスチック識別装置1では、高速に被識別プラスチックの識別を行うことが可能であるため、試料をベルトコンベア等の上で常時移動している状態で識別することが可能である。そのため、レーザ光Lも連続発振させていれば良く、レーザの同期パルス発振が不要であるため、構造が簡単である。
【0048】
半導体レーザ発生装置20を内蔵する検出部ヘッド2とマルチチャンネル分光器4とが汎用的な光ファイバ3のみで接続しているため、マルチチャンネル分光器4やデータ処理装置5といった精密な部分を作業環境の良い離れた場所に設置することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明のプラスチック識別装置は、ラマン散乱という散乱現象を測定することによりプラスチックの材質を識別する装置であり、リサイクルのために家庭ごみや産業廃棄物として廃棄される様々なプラスチックを識別する装置として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】本発明の実施の形態におけるプラスチック識別装置である。
【図2】図1のプラスチック識別装置のブロック図である。
【図3】本実施形態におけるプラスチック識別装置により参照試料としての既知のプラスチックのそれぞれのラマン散乱信号を取得した結果を示す図である。
【図4】識別手段によるPSの識別例を示す図である。
【図5】識別手段によるPPの識別例を示す図である。
【図6】識別手段によるPSの識別例を示す図である。
【図7】識別手段によるPPの識別例を示す図である。
【図8】識別手段によるPSの識別例を示す図である。
【図9】識別手段によるPPの識別例を示す図である。
【図10】PPのラマン散乱信号を50msおよび10msでそれぞれ測定した例を示す図である。
【符号の説明】
【0051】
1 プラスチック識別装置
2 検出部ヘッド
3 光ファイバ
4 マルチチャンネル分光器
5 データ処理装置
6 半導体レーザ駆動電源
7 励起光除去フィルタ
10 レーザ照射系
11 ラマン散乱信号取得手段
12 記憶手段
13 識別手段
14 出力手段
20 半導体レーザ発生装置
21 凸レンズ
22a ミラー
22b ダイクロイックミラー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザ光を識別対象物である被識別プラスチックに照射し、この被識別プラスチックから散乱されたラマン散乱光からラマン散乱信号を得るラマン散乱信号取得ステップと、
予め既知のプラスチックのラマン散乱スペクトルを測定することにより設定した1点以上のピーク位置(以下、「既知ピーク位置」と称す。)のラマン散乱強度およびベースライン位置(以下、「既知ベースライン位置」と称す。)のラマン散乱強度と、前記被識別プラスチックのラマン散乱信号から得た識別したいプラスチックの材質ごとの既知ピーク位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度および既知ベースライン位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度とに基づいて前記被識別プラスチックの材質を識別する識別ステップと
を含むプラスチックの識別方法。
【請求項2】
前記識別ステップは、前記識別したいプラスチックの材質ごとの既知ピーク位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度と既知ベースライン位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度との差と、前記既知のプラスチックの既知ピーク位置のラマン散乱強度と既知ベースライン位置のラマン散乱強度との差とを、比較することにより前記被識別プラスチックの材質を識別することを特徴とする請求項1記載のプラスチックの識別方法。
【請求項3】
前記識別ステップは、前記識別したいプラスチックの材質ごとの既知ピーク位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度と既知ベースライン位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度との比を算出し、前記既知のプラスチックの既知ピーク位置のラマン散乱強度と既知ベースライン位置のラマン散乱強度との比から設定した閾値と比較することにより前記被識別プラスチックの材質を識別することを特徴とする請求項1記載のプラスチックの識別方法。
【請求項4】
前記識別ステップは、前記識別したいプラスチックの材質ごとの2点の既知ピーク位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度の差と既知ベースライン位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度との比を算出し、前記既知のプラスチックの2点の既知ピーク位置のラマン散乱強度の差と既知ベースライン位置のラマン散乱強度との比から設定した閾値と比較することにより前記被識別プラスチックの材質を識別することを特徴とする請求項1記載のプラスチックの識別方法。
【請求項5】
レーザ光を識別対象物である被識別プラスチックに照射するレーザ照射系と、
前記被識別プラスチックから散乱されたラマン散乱光からラマン散乱信号を得るラマン散乱信号取得手段と、
予め既知のプラスチックのラマン散乱スペクトルを測定することにより設定した1点以上のピーク位置(以下、「既知ピーク位置」と称す。)のラマン散乱強度およびベースライン位置(以下、「既知ベースライン位置」と称す。)のラマン散乱強度を記憶する記憶手段と、
前記被識別プラスチックのラマン散乱信号から得た識別したいプラスチックの材質ごとの既知ピーク位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度および既知ベースライン位置に対応するラマンシフト波数におけるラマン散乱強度と、前記記憶手段に記憶された既知ピーク位置のラマン散乱強度および既知ベースライン位置のラマン散乱強度とに基づいて前記被識別プラスチックの材質を識別する識別手段と
を有するプラスチックの識別装置。
【請求項6】
前記レーザ照射系は、焦点距離150mm以下の1枚の凸レンズによりレーザ光を集光して前記被識別プラスチックに照射するものである請求項5記載のプラスチックの識別装置。
【請求項7】
前記凸レンズは、さらに前記被識別プラスチックから散乱されたラマン散乱光を集光する集光系の一部を構成するものである請求項6記載のプラスチックの識別装置。
【請求項8】
前記レーザ照射系は、レーザ発生装置により発生したレーザ光をミラーの反射のみによって前記凸レンズまで導くものである請求項6または7に記載のプラスチックの識別装置。
【請求項9】
前記ラマン散乱信号取得手段は、分光器と、前記凸レンズにより集光した光を前記分光器へ導く光ファイバと、前記分光器により分光した光を検出して電気信号へ変換するマルチチャンネル光検出器とを有し、前記マルチチャンネル光検出器により変換した電気信号からラマン散乱信号を得るものである請求項6から8のいずれかに記載のプラスチックの識別装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2008−209128(P2008−209128A)
【公開日】平成20年9月11日(2008.9.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−43733(P2007−43733)
【出願日】平成19年2月23日(2007.2.23)
【出願人】(802000031)財団法人北九州産業学術推進機構 (187)
【出願人】(502437791)株式会社サイム (6)
【Fターム(参考)】