説明

プラズマミグ溶接のアークスタート制御方法

【課題】アークスタート時のビード表面の黒い煤(スマット)の発生を抑制する。
【解決手段】溶接ワイヤを母材と一旦接触させた後に後退送給して引き離すことによって初期アーク電流が通電する初期ミグアークを発生させ、後退送給を継続してアーク長を長くすることによってプラズマアークを発生させ、それ以降は前進送給に切り換えると共にミグ溶接電流を通電して定常ミグアークへと移行させる。アーク長Laが第1基準距離Lt1に達するまでの期間(t3〜t31)中は電極マイナス極性の第1初期アーク電流Ii1を通電し、それ以降の期間(t31〜t4)中は電極プラス極性の第2初期アーク電流Ii2を通電する。|Ii1|>Ii2である。Ii1が通電するアークによって溶接ワイヤが溶融してアーク長Laは急速に長くなる。このために、ミグアークが単独で発生している期間を短縮することができるので、スマットの発生を抑制できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、1つの溶接トーチを用いてミグアークとプラズマアークとを同時に発生させて溶接を行うプラズマミグ溶接のアークスタート制御方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、プラズマ溶接方法とミグ溶接方法とを組み合わせたプラズマミグ溶接方法が提案されている。このプラズマミグ溶接方法においては、溶接トーチを通して送給される溶接ワイヤと母材との間にミグ溶接電流を通電することによってミグアークを発生させる。そして、溶接ワイヤを囲むように中空形状のプラズマ電極が配置されており、アルゴンなどのガスを供給し、このガスを介してプラズマ電極と母材との間にプラズマ溶接電流を通電することによってプラズマアークを発生させる。ミグアークは、溶接トーチの軸心を送給される溶接ワイヤと母材との間に発生し、このミグアークを囲むようにプラズマアークが発生している。したがって、ミグアークは、プラズマアークに包まれた状態になる。溶接ワイヤは、ミグアークを発生させる電極として機能すると共に、その先端が溶融することにより溶滴となって母材の接合を補助する。したがって、プラズマミグ溶接方法は、厚板の高効率溶接、薄板の高速溶接等に使用されることが多い。
【0003】
上記のミグ溶接電流は、スパッタの発生を抑制し、かつ、溶滴を安定して供給するために、一般的にパルス波形が使用される。したがって、ミグ溶接方法は、一般的なミグパルス溶接方法である。ミグパルス溶接方法を含む消耗電極式アーク溶接方法では、溶接中のアーク長を適正値に維持することが重要であるために、アーク長制御が行われる。他方、上記のプラズマ溶接電流には、一定値の直流が使用されることが多い。これ以降の説明において、単にアーク長と記載したときはミグアークのアーク長を意味している。以下、上述したプラズマミグ溶接方法について説明する。
【0004】
図5は、従来技術におけるプラズマミグ溶接方法の定常状態での波形図である。同図(A)はミグ溶接電流Iwmを示し、同図(B)はミグ溶接電圧Vwmを示し、同図(C)はプラズマ溶接電流Iwpを示す。ミグ溶接電流Iwm、ミグ溶接電圧Vwm及びプラズマ溶接電流Iwpは、電極が陽極となり母材が陰極となる電極プラス極性によって出力されている。以下、同図を参照して説明する。
【0005】
同図において、時刻t1〜t3の期間が第n−1回目のパルス周期Tf(n-1)を示し、時刻t3〜t5の期間が第n回目のパルス周期Tf(n)を示す。第n−1回目のパルス周期Tf(n-1)は、時刻t1〜t2の第n−1回目のピーク期間Tp(n-1)及び時刻t2〜t3の第n−1回目のベース期間Tb(n-1)から形成されている。第n回目のパルス周期Tf(n)は、時刻t3〜t4の第n回目のピーク期間Tp(n)及び時刻t4〜t5の第n回目のベース期間Tb(n)から形成されている。
【0006】
同図(A)に示すように、第n−1回目のパルス周期Tf(n-1)においては、時刻t1〜t2のピーク期間Tp(n-1)中は予め定めたピーク電流Ipが通電し、時刻t2〜t3のベース期間Tb(n-1)中は予め定めたベース電流Ibが通電する。したがって、ミグ溶接電流Iwmはピーク電流Ip及びベース電流Ibから形成される。そして、同図(B)に示すように、第n−1回目のパルス周期Tf(n-1)において、ピーク期間Tp(n-1)中はアーク長に比例したピーク電圧Vp(n-1)が溶接ワイヤと母材との間に印加し、ベース期間Tb(n-1)中はアーク長に比例したベース電圧Vb(n-1)が印加する。したがって、ミグ溶接電圧Vwmは、ピーク電圧Vp及びベース電圧Vbから形成される。第n回目のパルス周期Tf(n)についても同様である。ここで、第n−1回目のパルス周期Tf(n-1)におけるピーク電流Ip及びベース電流Ibは、第n回目のパルス周期Tf(n)におけるピーク電流Ip及びベース電流Ibとそれぞれ同一値となる。他方、アーク発生状態が安定している状態においては、第n−1回目のパルス周期Tf(n-1)におけるピーク電圧Vp(n-1)及びベース電圧Vb(n-1)は、第n回目のパルス周期Tf(n)におけるピーク電圧Vp(n)及びベース電圧Vb(n)とそれぞれ略等しい値となる。
【0007】
ミグ溶接では、良好な溶接品質を得るためにアーク長を適正値に維持するアーク長制御が行われる。通常、このアーク長制御は、ミグ溶接電圧Vwmがアーク長と略比例関係にあることを利用して、ミグ溶接電圧Vwmの平均値が予め定めた電圧設定値と等しくなるようにパルス周期Tfが制御される。ミグ溶接電圧Vwmの平均値は、ミグ溶接電圧Vwmをローパスフィルタ(カットオフ周波数は1〜10Hz程度)に通すことによって生成される。このアーク長制御の方式は、周波数変調方式と呼ばれる。この場合、ピーク期間Tp、ピーク電流Ip及びベース電流Ibは所定値に設定され、パルスパラメータとなる。ピーク電流Ipは臨界値以上に設定され、ピーク期間Tpと組み合わせてユニットパルス条件と呼ばれる。このユニットパルス条件は、1パルス周期1溶滴移行になるように設定される。ベース電流Ibは、臨界値未満の数十A程度の小電流値に設定される。ユニットパルス条件及びベース電流Ibは、溶接ワイヤの材質、直径、送給速度等に応じて適正値に設定される。
【0008】
アーク長制御の方式として周波数変調制御以外にもパルス幅変調制御が使用される場合もある。このパルス幅変調制御では、パルス周期Tf、ピーク電流Ip及びベース電流Ibが所定値に設定されてパルスパラメータとなる。そして、ミグ溶接電圧Vwmの平均値が電圧設定値と等しくなるようにピーク期間Tp(パルス幅)が制御される。
【0009】
他方、同図(C)に示すように、プラズマ溶接電流Iwpは、定電流制御されており、予め定めた一定値の直流波形となる。したがって、プラズマアークは、一定値のプラズマ溶接電流Iwpの通電によって発生している。
【0010】
上述したプラズマミグ溶接方法は高品質溶接に使用されることが多いので、定常状態でのアーク安定性に加えて、アークスタート性能が良好であることも求められる。このために、ミグアークを後述するリトラクトスタート方式によって発生させ、このミグアークによってプラズマアークを誘発する方式を採用している(例えば、特許文献1及び2参照)。以下、この従来技術のプラズマミグ溶接のアークスタート制御方法について説明する。
【0011】
図6は、従来技術におけるプラズマミグ溶接のアークスタート制御方法を示すタイミングチャートである。同図(A)は溶接開始信号Stを示し、同図(B)は溶接ワイヤの送給速度Fwを示し、同図(C)はミグ溶接電圧Vwmを示し、同図(D)はミグ溶接電流Iwmを示し、同図(E)はプラズマ溶接電圧Vwpを示し、同図(F)はプラズマ溶接電流Iwpを示し、同図(G1)〜(G5)は各時刻におけるアーク発生状態を示す模式図である。上述したように、ミグ溶接電圧Vwm、ミグ溶接電流Iwm、プラズマ溶接電圧Vwp及びプラズマ溶接電流Iwpは、電極プラス極性で出力されているので、正の波形として表している。以下、同図を参照して説明する。
【0012】
(1)時刻t1〜t2の前進送給期間(スローダウン送給期間)
時刻t1において、同図(A)に示すように、外部からの溶接開始信号StがHighレベル(溶接開始)になると、同図(B)及び(G1)に示すように、送給速度Fwは正の小さな値となり、溶接ワイヤ1aは1〜2m/min程度の遅いスローダウン送給速度Fiでの前進送給が開始される。ここで、送給速度Fwが正の値であるときは、溶接ワイヤ1aは母材2に近づく方向へ前進送給され、負の値であるときは、溶接ワイヤ1aは母材2から離れる方向へ後退送給されることを示している。同図(C)に示すように、溶接ワイヤ1aと母材2との間には無負荷電圧が印加され、同図(E)に示すように、プラズマ電極1bと母材2との間にも別の無負荷電圧が印加される。
【0013】
(2)時刻t2〜t3の後退送給短絡期間
時刻t2において、同図(G2)に示すように、上記の前進送給によって溶接ワイヤ1aが母材2と接触(短絡)すると、同図(C)に示すように、ミグ溶接電圧Vwmは、無負荷電圧から数V程度の短絡電圧値に低下する。この電圧の低下によって短絡を判別すると、同図(B)に示すように、送給速度Fwは負の値の後退送給速度Fbに切り換わり、溶接ワイヤ1aが母材2から離れる方向へ後退送給される。また、同図(D)に示すように、ミグ溶接電流Iwmは溶接ワイヤをジュール熱でほとんど溶融しない程度の20〜80A程度の一定値の直流電流である初期短絡電流Isとなる。
【0014】
(3)時刻t3〜t4の後退送給アーク期間
時刻t3において、同図(G3)に示すように、上記の後退送給によってワイヤ先端が母材2から離れると初期ミグアーク31aが発生し、同図(D)に示すように、ミグ溶接電流Iwmは、溶接ワイヤをアーク熱でほとんど溶融しない程度の20〜80A程度の一定値の直流電流である初期アーク電流Iiとなる。ここでは、Is=Iiとした場合である。この初期ミグアーク31aは、後退送給によって発生し、かつ、アークが発生する直前の電流値(初期短絡電流値Is)も小さいので、スパッタはほとんど発生せず確実なアークスタートが実現できる。初期ミグアーク31aが発生すると、同図(C)に示すように、ミグ溶接電圧Vwmは、短絡電圧値から数十V程度のアーク電圧値に急増する。時刻t3移行も上記の後退送給は継続されるので、同図(G4)に示すように、初期ミグアーク31aのアーク長は次第に長くなる。溶接ワイヤ1aの先端と母材2との間に発生している初期ミグアーク31a内はプラズマ雰囲気となっているので、アーク長が長くなるのに伴い、プラズマ電極1bと母材2との間の空間もプラズマ雰囲気が形成されることになる。
【0015】
(4)時刻t4移行のミグアーク3a及びプラズマアーク3b発生期間
時刻t4において、同図(E)に示すように、プラズマ電極1bと母材2との間に無負荷電圧が既に印加されており、かつ、上述したようにプラズマ電極1bと母材2との間の空間がプラズマ雰囲気になっているために、同図(G5)に示すように、プラズマアーク3bが誘発されて発生する。プラズマアーク3bが発生すると、同図(E)に示すように、プラズマ溶接電圧Vwpは無負荷電圧からアーク電圧値に低下し、同図(F)に示すように、プラズマ溶接電流Iwpは予め定めた定常プラズマ溶接電流値Iwpcとなる。同時に時刻t4にプラズマアーク3bが発生すると、同図(B)に示すように、送給速度Fwは、負の値の後退送給速度Fbから正の値の定常送給速度Fwcへと切り換わり、溶接ワイヤ1aは再前進送給される。この結果、同図(D)に示すように、ミグ溶接電流Iwmは、図5で上述したようにピーク電流Ip及びベース電流Ibから形成されるパルス波形となり、同図(C)に示すように、ミグ溶接電圧Vwmは、図5で上述したようにピーク電圧Vp及びベース電圧Vbから形成されるパルス波形となる。時刻t4移行のミグ溶接電流Iwmの平均値は、定常送給速度Fwcによって略決定される。また、時刻t4移行のミグ溶接電圧Vwmの平均値は、図5で上述したように、電圧設定値と略等しくなるように制御され、アーク長が適正値になるようにフィードバック制御される。そして、時刻t4から100〜700ms後に、ミグアーク3aのアーク長は定常値に収束して、定常状態となる。これにより、プラズマミグ溶接のアークスタートは完了する。プラズマアーク3bが発生するのは、無負荷電圧が印加された状態で、プラズマ電極1bと母材2との空間が初期ミグアーク31aによってプラズマ雰囲気になってくるためであるので、その発生タイミングはある程度の範囲でばらつきがある。したがって、時刻t3〜t4の後退アーク期間は、ある程度のバラツキを有している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】特開2007−144509号公報
【特許文献2】特開2008−229704号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
上述した従来技術のように、アークスタートにリトラクトスタート方式を採用することによって、スパッタ発生が非常に少ない確実なアークスタートを行うことができる。しかし、リトラクトスタート方式には、以下のような課題がある。すなわち、アークスタート時にミグアークのみが発生している期間(図6の時刻t3〜t4の期間)中に、ビード表面に黒い煤(スマットと呼ばれる)が付着してビード外観が悪くなるという問題がある。さらには、スマットが発生すると、塗装等の表面処理をする場合において、密着性が悪くなるという問題も生じる。ミグアークがプラズマアークで包まれる状態になると、このスマットは発生しなくなる。
【0018】
上記の問題を解決するためには、後退送給期間を短くすれば良いので、後退送給速度を高速にする対策が考えられる。しかし、後退送給速度を高速にすると、初期ミグアークのアーク長が急速に長くなるために、プラズマアークが誘発されて発生した時点(図6の時刻t4)でのアーク長が長くなり過ぎて不安定になる場合が生じる。さらには、後退送給から再前進送給に切り換えられるときに、送給方向の反転に時間がかかりアーク長がオーバーシュートして長くなり、不安定になる場合も生じる。
【0019】
そこで、本発明では、アークスタート時にスマットが発生することを抑制し、かつ、初期ミグアークのアーク長が長くなり過ぎることを抑制することができるプラズマミグ溶接のアークスタート制御方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
上述した課題を解決するために、請求項1の発明は、溶接トーチを通して送給される溶接ワイヤと母材との間にピーク期間中のピーク電流及びベース期間中のベース電流を1パルス周期とするミグ溶接電流を通電することによってミグアークを発生させると共に、前記溶接ワイヤを囲むように配置されているプラズマ電極と前記母材との間にプラズマ溶接電流を通電することによってプラズマアークを発生させるプラズマミグ溶接にあって、
溶接開始に際して、前記プラズマ電極と前記母材との間に無負荷電圧を印加すると共に、前記溶接ワイヤを前進送給して前記母材と一旦接触させた後に後退送給して引き離すことによって直流電流の初期アーク電流が通電する初期ミグアークを発生させ、前記後退送給を継続し前記初期ミグアークのアーク長を次第に長くして前記プラズマ電極と前記母材との間の空間にプラズマ雰囲気を形成することによって前記プラズマ溶接電流が通電する前記プラズマアークを発生させ、このプラズマアークが発生すると前記溶接ワイヤを再前進送給に切り換えると共に前記ピーク電流及び前記ベース電流から形成される前記ミグ溶接電流を通電して定常ミグアークへと移行させる、プラズマミグ溶接のアークスタート制御方法において、
前記初期ミグアークの発生時点からアーク長が予め定めた第1基準距離に達するまでの期間中は電極マイナス極性の第1初期アーク電流を通電し、それ以降から前記プラズマアークが発生するまでの期間中は電極プラス極性の第2初期アーク電流を通電し、前記第1初期アーク電流の絶対値を前記第2初期アーク電流の絶対値よりも大きな値に設定する、
ことを特徴とするプラズマミグ溶接のアークスタート制御方法である。
【0021】
請求項2の発明は、前記初期ミグアークのアーク長が前記第1基準距離に達したことを、ミグ溶接電圧の絶対値が予め定めた基準電圧値に達したことによって判別する、
ことを特徴とする請求項1記載のプラズマミグ溶接のアークスタート制御方法である。
【0022】
請求項3の発明は、前記第1基準距離を、前記プラズマ電極と前記母材との距離に予め定めた基準比率を乗じた値として設定する、
ことを特徴とする請求項1〜2のいずれか1項に記載のプラズマミグ溶接のアークスタート制御方法である。
【0023】
請求項4の発明は、前記第1基準距離を、前記プラズマ電極と前記母材との距離から予め定めた第2基準距離を減算した値として設定する、
ことを特徴とする請求項1〜2のいずれか1項に記載のプラズマミグ溶接のアークスタート制御方法である。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、初期ミグアークの発生時点からアーク長が予め定めた第1基準距離に達するまでの期間中は電極マイナス極性の第1初期アーク電流を通電し、それ以降からプラズマアークが発生するまでの期間中は電極プラス極性の第2初期アーク電流を通電し、第1初期アーク電流の絶対値を第2初期アーク電流の絶対値よりも大きな値に設定する。第1初期アーク電流は電極マイナス極性であり、かつ、その値も大きいので溶接ワイヤの溶融速度が大きくなる。これに溶接ワイヤの後退送給が加算されるので、初期ミグアークのアーク長は急速に長くなり第1基準距離に達する。このために、初期ミグアークが単独で発生している期間を短縮することができるので、スマットの発生を抑制することができる。さらに、初期ミグアークのアーク長が第1基準距離よりも長くなり、プラズマ電極に近づくと、初期アーク電流は電極プラス極性となり、かつ、その値も小さな値に切り換えられるので、溶接ワイヤの溶融はほとんどなくなる。このために、初期ミグアークのアーク長は、比較的低速の後退送給速度で後退送給されるために、緩やかに長くなる。この結果、プラズマアークの発生時及び後退送給から再前進送給への切換時において、ミグアークのアーク長が長くなり過ぎることがないので、アーク状態が不安定になることがない。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の実施の形態に係るプラズマミグ溶接のアークスタート制御方法を示すタイミングチャートである。
【図2】本発明の実施の形態に係るプラズマミグ溶接のアークスタート制御方法を実施するための溶接装置の構成図である。
【図3】図2の溶接装置を構成するミグ溶接電源PSMのブロック図である。
【図4】図2の溶接装置を構成するプラズマ溶接電源PSPのブロック図である。
【図5】従来技術におけるプラズマミグ溶接方法の定常状態での波形図である。
【図6】従来技術におけるプラズマミグ溶接のアークスタート制御方法を示すタイミングチャートである。
【0026】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
【0027】
本発明の実施の形態に係る発明は、初期ミグアークの発生時点からアーク長が予め定めた第1基準距離に達するまでの期間中は電極マイナス極性の第1初期アーク電流を通電し、それ以降は電極プラス極性の第2初期アーク電流を通電し、第1初期アーク電流の絶対値を第2初期アーク電流の絶対値よりも大きな値に設定するものである。本明細書等においては、初期アーク電流が正の値であるときは電極プラス極性であることを示し、負の値であるときは電極マイナス極性であることを示している。初期アーク電流の値の大小とは、絶対値の大小を表している。以下、この実施の形態について説明する。
【0028】
図1は、本発明の実施の形態に係るプラズマミグ溶接のアークスタート制御方法を示すタイミングチャートである。同図(A)は溶接ワイヤの送給速度Fwの時間変化を示し、同図(B)はミグ溶接電流Iwmの時間変化を示し、同図(C)はプラズマ溶接電流Iwpの時間変化を示し、同図(D)はミグアークのアーク長Laの時間変化を示す。ミグ溶接電流Iwm及びプラズマ溶接電流Iwpについて、正の値であることは電極プラス極性であることを示し、負の値であることは電極マイナス極性であることを示している。同図は、上述した図6において、溶接ワイヤが後退送給される期間である時刻t2〜t4の期間の各信号の変化を示している。同図(B)に示すように、ミグ溶接電流Iwmの極性切換時(時刻t3及びt31)においては、アーク切れを防止するために、溶接ワイヤと母材との間に数百Vの高電圧を瞬間的に印加している。時刻t2までの期間及び時刻t4以降の期間の動作は、図6と同一であるので、本発明の特徴となる期間の動作を詳細に説明するために、これらの期間は省略している。以下、同図を参照して説明する。
【0029】
(21)時刻t2〜t3の後退送給短絡期間
時刻t2においては、溶接ワイヤは母材と短絡状態にあり、ミグアーク及びプラズマアークは共に発生していない状態である。溶接ワイヤは後退送給されているので、同図(A)に示すように、送給速度Fwは負の値の後退送給速度Fbとなっている。ここで、符号は送給方向を示しており、負の値は後退送給の状態を示し、正の値は前進送給状態を示している。この後退送給速度Fbは、図6のときの後退送給速度と同様に、プラズマアークが発生したときのアーク長Laが長くなり過ぎないようにし、後退送給から再前進送給に切り換えたときにアーク長Laがオーバーシュートしないようにするために、比較的低速に設定される。後退送給速度Fbは、例えば1〜5m/min程度に設定される。同図(B)に示すように、ミグ溶接電流Iwmは、図6と同様に、電極プラス極性の初期短絡電流Isとなっている。同図(C)に示すように、プラズマ溶接電流Iwpは通電していないので0Aである。同図(D)に示すように、アーク長Laは、ミグアークが発生しておらず溶接ワイヤは母材と短絡しているので、0mmである。ここで、同図(D)において、横軸と平行に描かれた破線は、プラズマ電極・母材間距離Lpを示しており、一点鎖線は予め定めた第1基準距離Lt1を示している。Lp>Lt1である。
【0030】
(31)時刻t3〜t4の後退送給アーク期間
後退送給によって、時刻t3に溶接ワイヤ先端が母材から離れると、初期ミグアークが発生する。同図(A)に示すように、送給速度Fwは上記の後退送給速度Fbのままである。初期ミグアークが発生すると、同図(B)に示すように、極性が切り換えられて負の値である電極マイナス極性の第1初期アーク電流Ii1が通電する。この第1初期アーク電流Ii1は、アークによってワイヤ先端を溶融することができる値に設定され、図6の初期アーク電流Ii及び後述する第2初期アーク電流Ii2よりも大きな値に設定される。また、第1初期アーク電流Ii1は電極マイナス極性であるので、同一電流値であっても電極プラス極性よりも溶接ワイヤの溶融速度は約1.5倍程度速くなる。第1初期アーク電流Ii1は、例えば100〜200A程度に設定される。この第1初期アーク電流Ii1は、溶接ワイヤの材質、直径、シールドガスの種類等が変化すると溶融速度が変化するので、これらのパラメータに応じて実験によって適正値に設定される。同図では、初期ミグアークが発生すると直ぐにミグ溶接電流Iwmの極性を切り換える場合を例示しているが、予め定めた遅延時間を設けて、この遅延時間が経過した後に極性を切り換えるようにしても良い。遅延時間は、例えば0.5〜5ms程度である。他方、プラズマアークはまだ発生していないので、同図(C)に示すように、プラズマ溶接電流Iwpは0Aのままである。溶接ワイヤは後退送給速度Fbで後退送給されると共に、第1初期アーク電流Ii1が通電するアークによってワイヤ先端が溶融するので、同図(D)に示すように、初期ミグアークのアーク長Laは急速に長くなる。そして、時刻t31において、同図(D)に示すように、アーク長Laが一点鎖線で示す第1基準距離Lt1に達すると、同図(B)に示すように、再び極性が切り換えられて、正の値である電極プラス極性の第2初期アーク電流Ii2が通電する。ここで、Ii2<|Ii1|である。この第2初期アーク電流Ii2は、図6の初期アーク電流値Iiと同様に、アークによってワイヤ先端がほとんど溶融しないように、20〜80A程度の範囲に設定される。同図(A)に示すように、送給速度Fwは後退送給速度Fbのままである。この結果、同図(D)に示すように、アーク長Laは緩やかに長くなる。そして、時刻t4において、プラズマアークが誘発されて発生する。上述したように、極性が電極マイナス極性であり、かつ、電流値の大きな第1初期アーク電流Ii1が通電するアークによってワイヤ先端が溶融されて後退送給速度Fbに加算されるので、アーク長Laが急速に長くなるために、時刻t3〜t31の期間が短縮される。このために、ミグアークが単独で発生している期間である時刻t3〜t4の後退送給アーク期間が、全体として短縮されることになる。同図(D)に示すように、アーク長Laが第1基準距離に達すると、アーク長Laは緩やかに長くなる。すなわち、アーク長Laがプラズマ電極にある程度近づいたときに、アーク長Laが緩やかに長くなるようにしている。初期ミグアーク中はプラズマ雰囲気となっているので、アーク長Laが緩やかに長くなるのに伴い、このプラズマ雰囲気も緩やかに上昇してプラズマ電極の下の空間を満たすことになる。この結果、プラズマアークが誘発されて発生したときに、初期ミグアークのアーク長Laが長くなり過ぎることがないので、アーク状態が不安定になることもない。
【0031】
(41)時刻t4移行のミグアーク及びプラズマアーク発生期間
時刻t4において、プラズマ電極と母材との間に無負荷電圧が既に印加されており、かつ、上述したようにプラズマ電極と母材2との間の空間がプラズマ雰囲気になっているために、プラズマアークが誘発されて発生する。プラズマアークが発生すると、同図(C)に示すように、プラズマ溶接電流Iwpは、図6と同様に、予め定めた定常プラズマ溶接電流値Iwpcとなる。同時に、同図(A)に示すように、送給速度Fwは、負の値の後退送給速度Fbから正の値の定常送給速度Fwcへと切り換えられて、溶接ワイヤは再前進送給される。この結果、初期ミグアークは定常ミグアークへと移行するので、同図(B)に示すように、ミグ溶接電流Iwmは、図5で上述したようにピーク電流Ip及びベース電流Ibから形成されるパルス波形となる。時刻t4移行の期間中は、上述したように、ミグ溶接電圧の平均値が電圧設定値と等しくなるように周波数変調制御によるアーク長制御が行なわれる。同図(D)に示すように、アーク長Laは、時刻t4の送給方向反転時に少しオーバーシュートしたのちに、アーク長制御によって次第に短くなり定常アーク長に収束する。これによりアークスタートは完了する。この送給方向反転時のアーク長Laのオーバーシュートは、後退送給速度Fbが低速であるので、少しだけとなり、アーク状態が不安定になることはない。
【0032】
上述したように、本実施の形態では、時刻t3〜t4の後退送給アーク期間が短縮されるので、ミグアークが単独で発生している期間を短縮してスマットの発生を抑制することができる。さらに、プラズマアークの発生時及び後退送給から再前進送給への切換時において、ミグアークのアーク長が長くなり過ぎることがないので、アーク状態が不安定になることがない。
【0033】
同図において、初期ミグアークのアーク長Laが第1基準距離Lt1に達したことを、以下のようにして判別することができる。すなわち、アーク長Laが第1基準距離Lt1に達したことを、ミグ溶接電圧Vwmの絶対値が予め定めた基準電圧値Vt1に達したことによって判別する。アーク長Laはミグ溶接電圧Vwmの絶対値に略比例する。基準電圧値Vt1を、第1基準距離Lt1に相当する値に設定する。そうすると、ミグ溶接電圧Vwmの絶対値が基準電圧値Vt1に達する時点は、アーク長Laが第1基準距離Lt1に達した時点となる。
【0034】
次に、上記の第1基準距離Lt1の設定方法について説明する。
a)第1基準距離Lt1を、プラズマ電極・母材間距離Lpに予め定めた基準比率αを乗じた値として設定する。すなわち、Lt1=Lp×αである。αは、0.6〜0.8程度に設定する。このようにすると、プラズマ電極・母材間距離Lpが変化しても、適正な第1基準距離Lt1に設定することができる。プラズマ電極・母材間距離Lpは、溶接中は一定値であるのが通常であるので、溶接を開始する前に測定すれば良い。20mm≦Lp≦30mm程度で使用されることが多い。ここで、α=0.7とすると、Lpの変化に対応して、14mm≦Lt1≦21mmとなる。
b)第1基準距離Lt1を、プラズマ電極・母材間距離Lpから予め定めた第2基準距離Lt2を減算した値として設定する。すなわち、Lt1=Lp−Lt2である。第2基準距離Lt2は、5〜10mm程度に設定する。第2基準距離Lt2を、プラズマ電極・母材間距離Lpが変化しても一定値に設定することによって、アーク長Laが長くなり過ぎることを抑制した上で、上記の後退送給アーク期間を最大限短縮することができる。この第2基準距離Lt2は、送給モータの応答性、溶接ワイヤの材質、直径等に応じて適正値に設定する。
【0035】
図2は、図1で上述した本発明の実施の形態に係るプラズマミグ溶接のアークスタート制御方法を実施するための溶接装置の構成図である。以下、同図を参照して、各構成物について説明する。
【0036】
本溶接装置は、破線で囲まれた溶接トーチWT、ミグ溶接電源PSM及びプラズマ溶接電源PSPを備えている。溶接トーチWTは、シールドガスノズル52内に、プラズマノズル51、プラズマ電極1b及び給電チップ4が同心軸上に配置された構造となっている。シールドガスノズル52とプラズマノズル51との隙間からは、たとえばアルゴンガス、アルゴンガスと炭酸ガスとの混合ガス等のシールドガス63が供給される。プラズマノズル51とプラズマ電極1bとの間には、たとえばアルゴンガス、アルゴンガスと炭酸ガスとの混合ガス等のプラズマガス62が供給される。プラズマ電極1bと給電チップ4との間には、たとえばアルゴンガス、アルゴンガスと炭酸ガスとの混合ガス等のセンターガス61が供給される。これらの3系統のガスをまとめて単にガスと表現する場合がある。
【0037】
給電チップ4に設けられた貫通孔からは、溶接ワイヤ1aが送給される。給電チップ4は、溶接ワイヤ1aと接触しており、ミグアークを発生させるための電力を供給している。溶接ワイヤ1aは、送給モータWMを駆動源とする送給ロール7の回転によって送給される。プラズマ電極1bは、たとえば銅又は銅合金からなり、図外の経路を通る冷却水によって間接的に水冷されている。プラズマ電極1bは、溶接ワイヤ1a及び給電チップ4とは絶縁されている。プラズマノズル51は、たとえば銅又は銅合金からなり、冷却水を通す流路が形成されていることにより、直接冷却されている。溶接トーチWTは、通常ロボット(図示は省略)によって保持された状態で、母材2に対して移動させられる。溶接ワイヤ1aの先端と母材2との間には、ミグアーク3aが発生する。プラズマ電極1bと母材2との間には、プラズマガス62によって熱的に拘束されたプラズマアーク3bが発生する。したがって、ミグアーク3aは、プラズマアーク3bに包まれた状態になっている。このために、プラズマアーク3bは、ミグアーク3aの形状が広がるのを拘束する作用がある。また、溶接ワイヤ1aは、プラズマアーク3bからの放熱を受けることになる。
【0038】
ミグ溶接電源PSMは、給電チップ4を介して溶接ワイヤ1aと母材2との間に、ミグ溶接電圧Vwmを印加することにより、ミグ溶接電流Iwmを通電するための電源である。このミグ溶接電流Iwmは、図5(A)に示すように、ピーク期間中のピーク電流及びベース期間中のベース電流から形成される。ミグ溶接電源PSMからは、送給モータWMに対して送給制御信号Fcが送られ、溶接ワイヤ1aの送給方向及び送給速度Fwが制御される。ミグ溶接電源PSMからミグ溶接電圧Vwmが印加されるときは、アークスタート時の一部期間(図1の時刻t3〜t31の期間)を除き、溶接ワイヤ1aが+側とされる。ミグ溶接電源PSMは、後述するようにアークスタート時の一部期間を除いて定電圧特性の電源であり、ミグ溶接電圧Vwmが予め定めた電圧設定信号Vr(図示は省略)の値と等しくなるように制御される。また、ミグ溶接電流Iwmの平均値は、溶接ワイヤ1aの定常送給速度によってその値が定まる。さらに、ミグ溶接電源PSMには、図3で後述するように、アークスタート時においてプラズマアーク3bが発生した時点(図1の時刻t4)でHighレベルになるプラズマアーク発生判別信号Adがプラズマ溶接電源PSPから入力される。
【0039】
プラズマ溶接電源PSPは、プラズマ電極1bと母材2との間にプラズマ溶接電圧Vwpを印加することによりプラズマ溶接電流Iwpを通電するための電源である。プラズマ溶接電源PSPからプラズマ溶接電圧Vwpが印加されるときは、プラズマ電極1bが+側とされる。プラズマ溶接電源PSPは、定電流特性の電源であり、プラズマ溶接電流Iwpが所定値になるように制御される。プラズマ溶接電源PSPには、図4で後述するように、プラズマアーク3bの発生を判別するための回路が設けられており、上記のプラズマアーク発生判別信号Adをミグ溶接電源PSMに出力する。
【0040】
両電源の外部に設置された溶接開始回路STは、溶接開始信号Stをミグ溶接電源PSM及びプラズマ溶接電源PSPに出力する。この溶接開始信号Stが入力されると両溶接電源は起動される。溶接開始回路STは、ロボット溶接にあってはロボット制御装置内に設けられている。
【0041】
図3は、上述した図2の溶接装置を構成するミグ溶接電源PSMのブロック図である。以下、同図を参照して各ブロックについて説明する。
【0042】
インバータ回路INVは、3相200V等の商用電源(図示は省略)を整流及び平滑した直流電圧を、後述する駆動信号Dvに従ってインバータ制御等の出力制御を行い、高周波交流を出力する。インバータトランスINTは、この高周波交流電圧をアーク溶接に適した電圧値に降圧する。2次整流器D2a〜D2dは、この降圧された高周波交流を直流に整流する。電極プラス極性トランジスタPTRは、後述する電極プラス極性駆動信号Pdによってオン状態になり、そのときは溶接電源の出力は電極プラス極性になる。電極マイナス極性トランジスタNTRは、後述する電極マイナス極性駆動信号Ndによってオン状態になり、そのときは溶接電源の出力は電極マイナス極性になる。リアクトルWLは、リップルのある出力を平滑する。これらの回路により、溶接ワイヤ1aと母材2との間にミグ溶接電圧Vwmが印加し、ミグ溶接電流Iwmが通電する。溶接ワイヤ1aは、送給モータWMに結合された送給ロール7によって給電チップ4内を通って送給され、母材2との間にミグアーク3aが発生する。溶接トーチの構造は図2のとおりであり、ここでは簡略化して図示している。
【0043】
電圧検出回路VDは、上記のミグ溶接電圧Vwmの絶対値を検出して、電圧検出信号Vdを出力する。電圧平均値算出回路VAVは、この電圧検出信号Vdの平均値を算出して、電圧平均値信号Vavを出力する。平均値の算出は、上述したように、ローパスフィルタを通すことによって行う。電圧設定回路VRは、予め定めた電圧設定信号Vrを出力する。電圧誤差増幅回路EVは、この電圧設定信号Vrと上記の電圧平均値信号Vavとの誤差を増幅して、電圧誤差増幅信号Evを出力する。電圧/周波数変換回路VFは、この電圧誤差増幅信号Evの値に応じた周波数を有するパルス周期信号Tfを出力する。このパルス周期信号Tfは、パルス周期ごとに短時間だけHighレベルになるトリガ信号である。
【0044】
ピーク期間設定回路TPRは、予め定めたピーク期間設定信号Tprを出力する。ピーク期間タイマ回路TPは、上記のパルス周期信号TfがHighレベルになると上記のピーク期間設定信号Tprの値によって定まる期間だけHighレベルになるピーク期間信号Tpを出力する。このピーク期間信号TpがHighレベルのときがピーク期間となり、Lowレベルのときがベース期間となる。
【0045】
ベース電流設定回路IBRは、予め定めたベース電流設定信号Ibrを出力する。ピーク電流設定回路IPRは、予め定めたピーク電流設定信号Iprを出力する。パルス電流設定切換回路SWPは、上記のピーク期間信号TpがLowレベルのときは上記のベース電流設定信号Ibrをパルス電流設定信号Ircとして出力し、Highレベルのときは上記のピーク電流設定信号Iprをパルス電流設定信号Ircとして出力する。
【0046】
短絡判別回路SDは、上記の電圧検出信号Vdを入力として、その値が短絡基準値以下であるときは短絡状態であると判別してHighレベルになる短絡判別信号Sdを出力する。ミグアーク発生判別回路MDは、上記の電圧検出信号Vdを入力として、その値が所定範囲にあるときはミグアーク発生状態であると判別してHighレベルになるミグアーク発生判別信号Mdを出力する。初期短絡電流設定回路ISRは、予め定めた初期短絡電流設定信号Isrを出力する。第1初期アーク電流設定回路II1Rは、予め定めた第1初期アーク電流設定信号Ii1rを出力する。第2初期アーク電流設定回路II2Rは、予め定めた第2初期アーク電流設定信号Ii2rを出力する。第1基準距離設定回路LT1Rは、a)項及びb)項で上述した方法によって第1基準距離設定信号Lt1rを出力する。すなわち、プラズマ電極・母材間距離Lp、基準比率α、第2基準距離Lt2を使用して第1基準距離設定信号Lt1rの値を設定する。第1基準距離到達判別回路LDは、この第1基準距離設定信号Lt1r、上記の電圧検出信号Vd及び上記のミグアーク発生判別信号Mdを入力として、ミグアーク発生判別信号MdがHighレベルに変化した時点から電圧検出信号Vdの値が第1基準距離設定信号Lt1rの値に対応して予め定められた基準電圧値に達した時点でHighレベルに変化する第1基準距離到達判別信号Ldを出力する。初期電流設定切換回路SWSは、上記の初期短絡電流設定信号Isr、上記の第1初期アーク電流設定信号Ii1r、上記の第2初期アーク電流設定信号Ii2r、外部の溶接開始回路STからの溶接開始信号St、上記のミグアーク発生判別信号Md及び上記の第1基準距離到達判別信号Ldを入力として、溶接開始信号StがHighレベル(溶接開始)になると初期短絡電流設定信号Isrを初期電流設定信号Iirとして出力し、その後にミグアーク発生判別信号MdがHighレベルになると第1初期アーク電流設定信号Ii1rを初期電流設定信号Iirとして出力し、その後に第1基準距離到達判別信号LdがHighレベルになると第2初期アーク電流設定信号Ii2rを初期電流設定信号Iirとして出力する。したがって、初期電流設定信号Iirは、図1(B)に示すように、時刻t3以前の期間中は初期短絡電流設定信号Isrとなり、時刻t3〜t31の期間中は第1初期アーク電流設定信号Ii1rとなり、時刻t31以降の期間中は第2初期アーク電流設定信号Ii2rとなる。
【0047】
極性切換制御回路PCは、上記のミグアーク発生判別信号Md及び上記の第1基準距離到達判別信号Ldを入力として、ミグアーク発生判別信号MdがHighレベルであり、かつ、第1基準距離到達判別信号LdがLowレベルであるときはHighレベルになり、それ以外のときはLowレベルになる極性切換制御信号Pcを出力する。この極性切換制御信号PcがHighレベルのときは溶接電源の出力極性は電極プラス極性となり、Lowレベルのときは電極マイナス極性となる。したがって、この極性切換制御信号PcがLowレベル(電極マイナス極性)になるのは、図1において、時刻t3〜t31の期間であり、それ以外の期間はHighレベル(電極プラス極性)となる。電極プラス極性駆動回路PDは、この極性切換制御信号Pcを入力として、極性切換制御信号PcがHighレベルのときは電極プラス極性駆動信号Pdを出力し、Lowレベルのときは出力しない。電極マイナス極性駆動回路NDは、この極性切換制御信号Pcを入力として、極性切換制御信号PcがLowレベルのときは電極マイナス極性駆動信号Ndを出力し、Highレベルのときは出力しない。また、図示は省略するが、極性が切り換えられるときには(図1の時刻t3及びt31)、上述したように、アーク切れを防止するために瞬間的に数百Vの再点弧電圧を溶接ワイヤ1aと母材2との間に重畳する回路が設けられている。
【0048】
電流設定切換回路SWIは、外部の溶接開始回路STからの溶接開始信号St、プラズマ溶接電源PSPからのプラズマアーク発生判別信号Ad、上記のパルス電流設定信号Irc及び上記の初期電流設定信号Iirを入力として、溶接開始信号StがHighレベル(溶接開始)に変化すると初期電流設定信号Iirを電流設定信号Irとして出力し、プラズマアーク発生判別信号AdがHighレベル(アーク発生)に変化するとパルス電流設定信号Ircを電流設定信号Irとして出力する。したがって、電流設定信号Irは、図6及び図1の時刻t1〜t4の期間中は初期電流設定信号Iirになり、図6及び図1の時刻t4以降はパルス電流設定信号Irc(ピーク電流設定信号Ipr又はベース電流設定信号Ibr)となる。
【0049】
電流検出回路IDは、ミグ溶接電流Iwmの絶対値を検出して、電流検出信号Idを出力する。電流誤差増幅回路EIは、上記の電流設定信号Irと上記の電流検出信号Idとの誤差を増幅して、電流誤差増幅信号Eiを出力する。駆動回路DVは、外部の溶接開始回路STからの溶接開始信号St及び上記の電流誤差増幅信号Eiを入力として、溶接開始信号StがHighレベル(溶接開始)のときは電流誤差増幅信号Eiに従ってPWM変調制御を行い駆動信号Dvを出力し、Lowレベル(溶接停止)のときは駆動信号Dvを出力しない。
【0050】
送給速度設定回路FRは、上記の外部の溶接開始回路STからの溶接開始信号St、上記の短絡判別信号Sd及びプラズマ溶接電源PSPからのプラズマアーク発生判別信号Adを入力として、溶接開始信号StがHighレベル(溶接開始)に変化すると予め定めたスローダウン送給速度設定値となり、短絡判別信号SdがHighレベル(短絡)に変化すると予め定めた後退送給速度設定値となり、プラズマアーク発生判別信号AdがHighレベル(アーク発生)に変化すると予め定めた定常送給速度設定値となる送給速度設定信号Frを出力する。したがって、送給速度設定信号Frは、図6の時刻t1〜t2の期間中はスローダウン送給速度設定値となり、図3の時刻t2〜t4の期間中は後退送給速度設定値となり、時刻t4以降の期間中は定常送給速度設定値となる。送給制御回路FCは、上記の溶接開始信号St及び上記の送給速度設定信号Frを入力として、溶接開始信号StがHighレベル(溶接開始)になると送給速度設定信号Frの値に相当する送給速度で溶接ワイヤ1aを送給するための送給制御信号Fcを送給モータWMに出力する。
【0051】
上記の回路構成によって、図6及び図1に示すようなミグ溶接電流Iwm、ミグ溶接電圧Vwm及び送給速度Fwが制御される。
【0052】
図4は、上述した図2の溶接装置を構成するプラズマ溶接電源PSPのブロック図である。以下、同図を参照して各ブロックについて説明する。
【0053】
電源主回路PMは、3相200V等の商用電源(図示は省略)を入力として、後述する駆動信号Dvに従ってインバータ制御等の出力制御を行いプラズマ溶接電流Iwp及びプラズマ溶接電圧Vwpを出力する。このプラズマ溶接電流Iwpは、プラズマ電極1b、プラズマアーク3b、母材2を通って通電する。溶接トーチの構造は上述した図2のとおりであるが、ここでは簡略化して図示している。
【0054】
プラズマ溶接電流設定回路IWPRは、定常プラズマ溶接電流値を設定するためのプラズマ溶接電流設定信号Iwprを出力する。プラズマ溶接電流検出回路IDPは、上記のプラズマ溶接電流Iwpを検出して、プラズマ溶接電流検出信号Idpを出力する。電流誤差増幅回路EIは、上記のプラズマ溶接電流設定信号Iwprと上記のプラズマ溶接電流検出信号Idpとの誤差を増幅して電流誤差増幅信号Eiを出力する。駆動回路DVは、外部の溶接開始回路STからの溶接開始信号St及び上記の電流誤差増幅信号Eiを入力として、溶接開始信号StがHighレベル(溶接開始)のときは電流誤差増幅信号Eiに従ってPWM変調制御を行い駆動信号Dvを出力し、Lowレベル(溶接停止)のときは駆動信号Dvを出力しない。この駆動信号Dvに従って溶接電源の出力制御が行われることによって、図1で上述したようなプラズマ溶接電流Iwpが通電する。したがって、プラズマ溶接電源PSPは、プラズマ溶接電流Iwpがプラズマ溶接電流設定信号Iwprの値と等しくなるように出力制御されるので、定電流特性の電源となる。
【0055】
プラズマアーク発生判別回路ADは、上記のプラズマ溶接電流検出信号Idpを入力として、その値がしきい値以上になったときはプラズマアークが発生したと判別してHighレベルとなるプラズマアーク発生判別信号Adを、ミグ溶接電源PSMに出力する。しきい値としては、例えば5A程度に設定する。
【0056】
上述した実施の形態によれば、初期ミグアークの発生時点からアーク長が予め定めた第1基準距離に達するまでの期間中は電極マイナス極性の第1初期アーク電流を通電し、それ以降は電極プラス極性の第2初期アーク電流を通電し、第1初期アーク電流の絶対値を第2初期アーク電流の絶対値よりも大きな値に設定する。第1初期アーク電流は電極マイナス極性であり、かつ、その値も大きいので溶接ワイヤの溶融速度が大きくなる。これに溶接ワイヤの後退送給が加算されるので、初期ミグアークのアーク長は急速に長くなり第1基準距離に達する。このために、初期ミグアークが単独で発生している期間を短縮することができるので、スマットの発生を抑制することができる。さらに、初期ミグアークのアーク長が第1基準距離よりも長くなり、プラズマ電極に近づくと、初期アーク電流は電極プラス極性となり、かつ、その値も小さな値に切り換えられるので、溶接ワイヤの溶融はほとんどなくなる。このために、初期ミグアークのアーク長は、比較的低速の後退送給速度で後退送給されるために、緩やかに長くなる。この結果、プラズマアークの発生時及び後退送給から再前進送給への切換時において、ミグアークのアーク長が長くなり過ぎることがないので、アーク状態が不安定になることがない。さらには、初期ミグアークが単独で発生している期間を短縮することができるので、アークスタートに要する時間を短縮することもできる。
【符号の説明】
【0057】
1a 溶接ワイヤ
1b プラズマ電極
2 母材
3a ミグアーク
31a 初期ミグアーク
3b プラズマアーク
4 給電チップ
51 プラズマノズル
52 シールドガスノズル
61 センターガス
62 プラズマガス
63 シールドガス
7 送給ロール
AD プラズマアーク発生判別回路
Ad プラズマアーク発生判別信号
D2a〜D2d 2次整流器
DV 駆動回路
Dv 駆動信号
EI 電流誤差増幅回路
Ei 電流誤差増幅信号
EV 電圧誤差増幅回路
Ev 電圧誤差増幅信号
Fb 後退送給速度
FC 送給制御回路
Fc 送給制御信号
Fi スローダウン送給速度
FR 送給速度設定回路
Fr 送給速度設定信号
Fw 送給速度
Fwc 定常送給速度
Ib ベース電流
IBR ベース電流設定回路
Ibr ベース電流設定信号
ID 電流検出回路
Id 電流検出信号
IDP プラズマ溶接電流検出回路
Idp プラズマ溶接電流検出信号
Ii 初期アーク電流
Ii1 第1初期アーク電流値
II1R 第1初期アーク電流設定回路
Ii1r 第1初期アーク電流設定信号
Ii2 第2初期アーク電流値
II2R 第2初期アーク電流設定回路
Ii2r 第2初期アーク電流設定信号
Iir 初期電流設定信号
INV インバータ回路
INT インバータトランス
Ip ピーク電流
IPR ピーク電流設定回路
Ipr ピーク電流設定信号
Ir 電流設定信号
Irc パルス電流設定信号
Iwm ミグ溶接電流
Iwp プラズマ溶接電流
Iwpc 定常プラズマ溶接電流値
IWPR プラズマ溶接電流設定回路
Iwpr プラズマ溶接電流設定信号
La (ミグアークの)アーク長
LD 第1基準距離到達判別回路
Ld 第1基準距離到達判別信号
Lp プラズマ電極・母材間距離
Lt1 第1基準距離
LT1R 第1基準距離設定回路
Lt1r 第1基準距離設定信号
Lt2 第2基準距離
MD ミグアーク発生判別回路
Md ミグアーク発生判別信号
ND 電極マイナス極性駆動回路
Nd 電極マイナス極性駆動信号
NTR 電極マイナス極性トランジスタ
PC 極性切換制御回路
Pc 極性切換制御信号
PD 電極プラス極性駆動回路
Pd 電極プラス極性駆動信号
PSM ミグ溶接電源
PSP プラズマ溶接電源
PTR 電極プラス極性トランジスタ
SD 短絡判別回路
Sd 短絡判別信号
ST 溶接開始回路
St 溶接開始信号
SWI 電流設定切換回路
SWP パルス電流設定切換回路
SWS 初期電流設定切換回路
Tb ベース期間
Tf パルス周期(信号)
TP ピーク期間タイマ回路
Tp ピーク期間(信号)
TPR ピーク期間設定回路
Tpr ピーク期間設定信号
VAV 電圧平均値算出回路
Vav 電圧平均値信号
Vb ベース電圧
VD 電圧検出回路
Vd 電圧検出信号
VF 電圧/周波数変換回路
Vp ピーク電圧
VR 電圧設定回路
Vr 電圧設定信号
Vt1 基準電圧値
Vwm ミグ溶接電圧
Vwp プラズマ溶接電圧
WL リアクトル
WM 送給モータ
WT 溶接トーチ
α 基準比率

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接トーチを通して送給される溶接ワイヤと母材との間にピーク期間中のピーク電流及びベース期間中のベース電流を1パルス周期とするミグ溶接電流を通電することによってミグアークを発生させると共に、前記溶接ワイヤを囲むように配置されているプラズマ電極と前記母材との間にプラズマ溶接電流を通電することによってプラズマアークを発生させるプラズマミグ溶接にあって、
溶接開始に際して、前記プラズマ電極と前記母材との間に無負荷電圧を印加すると共に、前記溶接ワイヤを前進送給して前記母材と一旦接触させた後に後退送給して引き離すことによって直流電流の初期アーク電流が通電する初期ミグアークを発生させ、前記後退送給を継続し前記初期ミグアークのアーク長を次第に長くして前記プラズマ電極と前記母材との間の空間にプラズマ雰囲気を形成することによって前記プラズマ溶接電流が通電する前記プラズマアークを発生させ、このプラズマアークが発生すると前記溶接ワイヤを再前進送給に切り換えると共に前記ピーク電流及び前記ベース電流から形成される前記ミグ溶接電流を通電して定常ミグアークへと移行させる、プラズマミグ溶接のアークスタート制御方法において、
前記初期ミグアークの発生時点からアーク長が予め定めた第1基準距離に達するまでの期間中は電極マイナス極性の第1初期アーク電流を通電し、それ以降から前記プラズマアークが発生するまでの期間中は電極プラス極性の第2初期アーク電流を通電し、前記第1初期アーク電流の絶対値を前記第2初期アーク電流の絶対値よりも大きな値に設定する、
ことを特徴とするプラズマミグ溶接のアークスタート制御方法。
【請求項2】
前記初期ミグアークのアーク長が前記第1基準距離に達したことを、ミグ溶接電圧の絶対値が予め定めた基準電圧値に達したことによって判別する、
ことを特徴とする請求項1記載のプラズマミグ溶接のアークスタート制御方法。
【請求項3】
前記第1基準距離を、前記プラズマ電極と前記母材との距離に予め定めた基準比率を乗じた値として設定する、
ことを特徴とする請求項1〜2のいずれか1項に記載のプラズマミグ溶接のアークスタート制御方法。
【請求項4】
前記第1基準距離を、前記プラズマ電極と前記母材との距離から予め定めた第2基準距離を減算した値として設定する、
ことを特徴とする請求項1〜2のいずれか1項に記載のプラズマミグ溶接のアークスタート制御方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2012−152772(P2012−152772A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−12756(P2011−12756)
【出願日】平成23年1月25日(2011.1.25)
【出願人】(000000262)株式会社ダイヘン (990)
【Fターム(参考)】