説明

プラズマ溶接法およびこれに用いられるアウターガス

【課題】プラズマ溶接法により、板厚8mm以上のステンレス鋼材を安定に良好な裏ビードが形成されるように溶接することにある。
【解決手段】タングステン電極1の周囲にインサートチップ2を配し、このインサートチップ2の周囲にシールドキャップ3を配し、タングステン電極の先端部がインサートチップの先端部よりも内側に位置し、タングステン電極とインサートチップとの間隙にセンターガスを流し、インサートチップとシールドキャップとの間隙にアウターガスを流すようにしたプラズマ溶接トーチを用い、ステンレス鋼のプラズマ溶接を行う際に、センターガスに不活性ガスを用い、アウターガスに炭酸ガス0.5〜2vol%、残部不活性ガスの混合ガスを用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、プラズマ溶接法およびこのプラズマ溶接法に用いられるアウターガスに関し、厚肉の被溶接材であっても安定な裏ビードが形成できるようにしたものである。
【背景技術】
【0002】
プラズマ溶接法は、TIG溶接法とともに非消耗電極式溶接法に分類されるものであるが、TIG溶接法に比べ、熱集中性が優れているため、ビード幅を狭く,高速に溶接することができ,しかも歪が少なく溶接することができる。
また、プラズマ溶接法は、エネルギー密度の高いプラズマアークを利用して片面裏波溶接法であるキーホール溶接を行うことができる。
【0003】
キーホール溶接は、プラズマアークが溶融金属を押し退けて母材を貫通し、キーホールを形成する。このキーホールは溶接が進行するに連れ、溶融金属がその壁面を伝わり後方に移動して溶融池を形成し、溶接ビードとなるものである。
このため、I型開先の突合せのワンパス片面溶接が可能な板厚は、軟鋼板で約0.6から6mm、ステンレス鋼板で約0.1から8mmとなっている。
【0004】
図1は、このようなプラズマ溶接法に用いられる溶接トーチの一例を模式的に示すものである。
図1中符号1は、タングステン電極を示す。このタングステン電極1は、タングステンあるいは酸化ランタンなどの希土類元素酸化物を少量含むタングステンからなる棒状ものである。
【0005】
このタングステン電極1はインサートチップ2によって包囲されている。このインサートチップ2はパイプ状のもので、タングステン電極1に対して間隙を配し、かつ同軸に設けられている。また、図示しないが、冷却水がその内部を循環し、インサートチップ2が冷却されるようになっている。
【0006】
インサートチップ2はさらにシールドキャップ3によって包囲されている。このシールドキャップ3はパイプ状のもので、インサートチップ2に対して間隔を配し、かつ同軸に設けられている。
【0007】
タングステン電極1とインサートチップ2との間隙にはアルゴン、ヘリウムなどの不活性ガスからなるセンターガスが流れ、インサートチップ2とシールドキャップ3との間隙にはアルゴン、ヘリウムなどの不活性ガスに水素を3〜7vol%を添加した混合ガスからなるアウターガスが流れるように構成されている。
センターガスはプラズマガスとして機能し、アウターガスはシールドガスとして機能する。
【0008】
また、パイロットアーク電源4からの電流がタングステン電極1とインサートチップ2とに印加されて予備プラズマが点火され、ついでメインアーク電源5からの電流がタングステン電極1と被溶接材6とに印加されて、プラズマアークがタングステン電極1から被溶接材6に流れるように構成されている。
【0009】
さらに、タングステン電極1の先端部は、インサートチップ2の先端部よりも内側の位置に配され、インサートチップ2の先端部分よりも外側に突出していない状態となっている。
これにより、タングステン電極1は不活性ガスからなるセンターガスに包まれ、酸化性ガスに曝されることがない状態となって、溶接に際しても酸化、消耗することがなく、またスパッタが発生せず、長時間高品質の溶接が可能で、しかもランニングコストを安価にすることができる。
このため、プラズマ溶接法は、主に圧力容器、配管や継手の製作の溶接施工において広く使われている。
【0010】
しかしながら、従来のプラズマ溶接法にあっては、板厚8mm以上のステンレス鋼および炭素鋼の溶接において、安定的に裏ビードを形成することが難しく、重力の影響により溶融金属の自らの重さに耐えきれなくなることで裏ビードの形状が安定しない問題がある。そのため、溶接部の裏側に裏当金を当てて溶接する事が行われている。
また、裏ビードが安定しないことで、表ビードの仕上がりに影響し、手直しが必要になるなどの不都合がある。
【特許文献1】特開2003−311414号公報
【特許文献2】特開2006−26644号公報
【特許文献3】特開2004−298963号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
よって、この発明における課題は、プラズマ溶接法により、板厚8mm以上の鋼材を安定に良好な裏ビードが形成されるように溶接することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
かかる課題を解決するため、
請求項1にかかる発明は、タングステン電極の周囲にインサートチップを配し、このインサートチップの周囲にシールドキャップを配し、タングステン電極の先端部がインサートチップの先端部よりも内側に位置し、タングステン電極とインサートチップとの間隙に不活性ガスからなるセンターガスを流し、インサートチップとシールドキャップとの間隙にアウターガスを流すようにしたプラズマ溶接トーチを用い、プラズマ溶接を行う際に用いられるアウターガスであって、
このアウターガスが、炭酸ガス0.5〜2vol%、残部不活性ガスの混合ガスであることを特徴とするプラズマ溶接用アウターガスである。
【0013】
請求項2にかかる発明は、タングステン電極の周囲にインサートチップを配し、このインサートチップの周囲にシールドキャップを配し、タングステン電極の先端部がインサートチップの先端部よりも内側に位置し、タングステン電極とインサートチップとの間隙にセンターガスを流し、インサートチップとシールドキャップとの間隙にアウターガスを流すようにしたプラズマ溶接トーチを用い、
プラズマ溶接を行う際に、センターガスに不活性ガスを用い、アウターガスに炭酸ガス0.5〜2vol%、残部不活性ガスの混合ガスを用いることを特徴とするプラズマ溶接法である。
【0014】
請求項3にかかる発明は、プラズマ溶接時に、被溶接材に裏当金を当てないことを特徴とする請求項2記載のプラズマ溶接法である。
【発明の効果】
【0015】
この発明によれば、溶接トーチに不活性ガスからなるセンターガスを流し、かつ不活性ガスに炭酸ガスを0.5〜2vol%混合した混合ガスをアウターガスとして流してプラズマ溶接することで、深い溶け込みが得られ、裏ビードを安定させることができる。このため、裏当金を当てる必要なく、板厚8mm〜12mmの鋼材を溶接加工できるため、裏当金(銅製)の製作や設置にコストを要しない。また、配管や容器など、裏当金を用いることができない被溶接物においても容易に良好な溶接を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明では、例えば図1に示したプラズマ溶接トーチを用いてプラズマ溶接する際、タングステン電極1とインサートチップ2との間隙にアルゴン、ヘリウムなどの不活性ガスまたはこれらの混合ガスからなるセンターガスを流し、インサートチップ2とシールドキャップ3との間隙に炭酸ガス0.5〜2vol%、好ましくは0.6〜2vol%と、アルゴン、ヘリウムまたはアルゴンとヘリウムの混合ガスなどの不活性ガス98〜99.5vol%、好ましくは98〜99.4vol%との混合ガスからなるアウターガスを流すものである。
【0017】
本発明では、このようなセンターガスとアウターガスとの組み合わせにより、深い溶け込みが得られ、裏ビードを安定させることができる効果が得られるものである。アウターガス中の炭酸ガス濃度が0.5vol%未満の場合および2vol%を越える場合には、ともに裏ビードの幅が不揃いで、ビードの蛇行、凹凸が生じ、ビードが不安定になる。
また、アウターガスとして、不活性ガスと酸素との混合ガスを用いた場合、あるいは不活性ガスと水素との混合ガスを用いた場合においても、裏ビードの幅が不揃いで、ビードの蛇行、凹凸が生じ、ビードが不安定になる。
【0018】
プラズマ溶接におけるセンターガスに不活性ガスを用いる点は公知であるが、アウターガスに炭酸ガス0.5〜2vol%と不活性ガス98〜99.5vol%との混合ガスを用いる点は知られていない。
TIG溶接では、このような混合ガスをシールドガスに用いることが提案されているが、溶接原理が相違し、溶接トーチの構造も異なるので、作用効果も相違するものである。
【0019】
TIG溶接において、シールドガスとしてアルゴンに0.5vol%以下の炭酸ガスを混合した混合ガスを用いることがあるが、この場合の炭酸ガスの機能は、溶融池の対流を内向対流とし、溶け込みを深くするものである。
一方、本発明において、アウターガスとして前記混合ガスを用いる場合の炭酸ガスの機能は十分解明されていないが、溶融池の表面張力を低下させ、これにより溶融池全体の溶融金属の粘性が低下し、キーホールがスムースに形成され、裏ビードに良好に影響するのではないかと推察される。
【0020】
前記センターガスの流量は、溶接条件、被溶接材の種類などによって異なるが、通常0.1〜5リットル/分程度とするのが好ましい。また、アウターガスの流量も溶接条件、被溶接材の種類などによって異なるが、通常5〜20リットル/分程度とするのが好ましい。
【0021】
溶接電流には、直流が用いられるが、パルス電流の方が好ましい。パルス電流としては、電流波形が矩形波であって、パルス周波数20〜100Hz、ベース電流30〜80A、ピーク電流30〜200A、ピーク期間とベース期間との比率(パルス幅)1:05〜1:5とすることが望ましいが、この範囲に限定されることはない。
ピーク電流を高くすると、発生するプラズマアークの拡がりが絞り込まれ、キーホールが生成しやすくなって、板厚が厚い鋼材の溶接に好適になる。
【0022】
溶接速度は、被溶接材の種類、厚さなどのよって好適範囲が異なるが、通常3〜10cm/分程度とされる。
溶接姿勢は、下向き、上向き、立向きのいずれでもよい。上向きおよび立向き姿勢ではパルス電流の周波数を低くすると、溶融金属の垂れ防止、裏ビード形成に有利である。
トーチの傾斜角は、0〜30度程度とすることが望ましい。
【0023】
溶接トーチのインサートチップ2の先端部の内径は、生成するプラズマアークの拡がりに影響を与えるので重要であり、5mm以下、好ましくは2mm程度とすることが適切である。
また、被溶接材には、特に限定されないが、通常の鋼材が用いられ、キーホールが良好に形成されるので、板厚が厚い鋼材、例えば厚さ8〜12mmのステンレス鋼、炭素鋼などが好ましい。
【0024】
また、本発明の溶接においては、溶接時に被溶接材の裏側に裏当金を必ずしも当てる必要はない。これは裏ビードが安定して形成されるためのである。このため、配管や容器などの裏当金を当てることのできない被溶接材に対しても良好な溶接を行うことができることになる。
【0025】
以下、本発明における効果を確認するため、以下の試験例によって特性の確認試験を行った。
(試験例1)
以下の溶接条件にて、ステンレス鋼板の板厚8mmを用いて、ビードオンプレートにてプラズマ溶接を行い裏ビードの安定性を調べた。
【0026】
<溶接条件>
溶接方式:プラズマ溶接(非消耗式電極溶接)
溶接母材:SUS304・板厚8mm
溶接方法:プラズマ溶接法(下向姿勢)
電極:2%酸化ランタン入りタングステン φ4.8mm
センターノズル母材間距離:3.5mm
トーチ傾斜角度:前進角20度
溶接電流:ピーク電流=120A ベース電流=50A
溶接速度:6cm/min
パルス幅:50%
パルス周波数:50Hz
ノズル内径:2mm
裏当金:なし
【0027】
使用したセンターガスとアウターガスとの組み合わせは、以下の通りである。すべて容積比である。
1)センターガス:100%Ar アウターガス:97〜99.5%Arと0.5〜3%COとの混合ガス
また、比較のため
2)センターガス:100%Ar アウターガス:100%Ar
3)センターガス:100%Ar アウターガス:99〜99.5%Arと0.5〜1%Oとの混合ガス
4)センターガス:100%Arと7%Hとの混合ガス アウターガス:93%Arと7%Hとの混合ガス
流量は、すべてセンターガス1.6リットル/分 アウターガス10リットル/分 とした。
【0028】
結果を図2に示す。図2には、表ビードと裏ビードとの外観を撮影した写真を示し、その外観から、合否を判断している。
○:合 格:裏ビードの幅が揃っており、蛇行や凹凸がなく安定している。
×:不合格:裏ビードの幅が不揃いであり、蛇行や凹凸があり不安定である。
図2の結果から、アウターガスとして、アルゴン98〜99.5%と炭酸ガス0.5〜2%の混合ガスを用いたものが安定した裏ビードの形成ができることがわかる。
【0029】
(試験例2)
以下の溶接条件にて、ステンレス鋼板の板厚12mmを用いて、ビードオンプレートにてプラズマ溶接を行い裏ビードの安定性を調べた。その結果、12mmの板厚のステンレス鋼板でも安定した裏ビードが形成されることが確認された。
【0030】
<溶接条件>
溶接方式:プラズマ溶接(非消耗式電極溶接)
溶接母材:SUS304・板厚12mm
溶接方法:プラズマ溶接法(下向姿勢)
電極:2%酸化ランタン入りタングステン φ4.8mm
センターノズル母材間距離:5mm
トーチ傾斜角度:前進角10度
溶接電流:ピーク電流=150A ベース電流=100A
溶接速度:6cm/min
パルス幅:20%
パルス周波数:20Hz
ノズル内径:2mm
裏当金:なし
【0031】
センターガス:100%Ar
アウターガス:Ar−1%CO

センターガス流量:1.7リットル/分
アウターガス流量:15リットル/分
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明におけるプラズマ溶接用トーチを示す概略構成図である。
【図2】試験例の結果を示す写真である。
【符号の説明】
【0033】
1・・・タングステン電極、2・・・インサートチップ、3・・・シールドキャップ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
タングステン電極の周囲にインサートチップを配し、このインサートチップの周囲にシールドキャップを配し、タングステン電極の先端部がインサートチップの先端部よりも内側に位置し、タングステン電極とインサートチップとの間隙に不活性ガスからなるセンターガスを流し、インサートチップとシールドキャップとの間隙にアウターガスを流すようにしたプラズマ溶接トーチを用い、プラズマ溶接を行う際に用いられるアウターガスであって、
このアウターガスが、炭酸ガス0.5〜2vol%、残部不活性ガスの混合ガスであることを特徴とするプラズマ溶接用アウターガス。
【請求項2】
タングステン電極の周囲にインサートチップを配し、このインサートチップの周囲にシールドキャップを配し、タングステン電極の先端部がインサートチップの先端部よりも内側に位置し、タングステン電極とインサートチップとの間隙にセンターガスを流し、インサートチップとシールドキャップとの間隙にアウターガスを流すようにしたプラズマ溶接トーチを用い、
プラズマ溶接を行う際に、センターガスに不活性ガスを用い、アウターガスに炭酸ガス0.5〜2vol%、残部不活性ガスの混合ガスを用いることを特徴とするプラズマ溶接法。
【請求項3】
プラズマ溶接時に、被溶接材に裏当金を当てないことを特徴とする請求項2記載のプラズマ溶接法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2009−233691(P2009−233691A)
【公開日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−80650(P2008−80650)
【出願日】平成20年3月26日(2008.3.26)
【出願人】(000231235)大陽日酸株式会社 (642)
【Fターム(参考)】