説明

ヘッドホン装置およびヘッドホン装置の音声再生方法

【課題】2チャネル音声信号を再生する良好なヘッドホン装置を提供する。
【解決手段】左右チャネルの音声再生部106L,106Rをスピーカアレイにより構成する。この音声再生部は、装着者(リスナ)の耳介と離隔して配置される構造を持つ。スピーカアレイの各スピーカから出力される音声信号により形成される音声を所定位置に焦点収束させ、その位置に仮想音源を合成できる。焦点収束位置をリスナの外耳道入口として、個人差によるバラツキの影響を低減し、安定した音響特性をリスナに提供できる。また、焦点収束位置をスピーカアレイと外耳道入口との間の位置として、音像の前方定位を改善できる。また、焦点収束位置をスピーカアレイの後方位置として、音像定位の距離感を改善できる。さらに、スピーカアレイの各スピーカから出力される音声信号により形成される音声を平面波として、自然な音像定位を可能とし、低域音の再現力を良くできる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本技術は、ヘッドホン装置およびヘッドホン装置の音声再生方法に関し、特に、2チャネル音声信号を再生するヘッドホン装置等に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、装着者(リスナ)の両耳を覆うようにして頭部にヘッドホンを装着し、両耳から音声信号(音響信号)を聴取する音声再生方法がある。この音声再生方法は、信号源からの信号が仮にステレオ信号であっても、再生される音像がリスナの頭の中にこもる、いわゆる頭内定位の現象が生じる。
【0003】
一方、ヘッドホンによる音声再生方法の一つにバイノーラル収音再生方法がある。このバイノーラル収音再生方式は、以下のような方式である。装着者の頭部を想定したダミーヘッドの左右両耳の穴にダミーヘッド・マイクロホンと呼ばれるマイクロホンを設ける。このダミーヘッド・マイクロホンにより信号源からの音声信号を収音する。
【0004】
このようにして収音された音声信号を、実際に装着者がヘッドホンを装着して再生すると、信号源からの音声をそのまま聞いているような臨場感が得られる。このようなバイノーラル収音再生方式によれば、収音再生音像の方向感、定位感及び臨場感などを向上させることができる。しかし、このようなバイノーラル収音再生方法を行うためには、音源信号としてダミーヘッド・マイクロホンで収音した、スピーカ再生用とは異なる特殊なソースとしての信号源が必要となる。
【0005】
そこで、上述のバイノーラル収音再生方法を応用して、例えば、一般の2チャネル音声信号(ステレオ信号)を用いて、ヘッドホンにより、スピーカ再生と同じような頭部外(スピーカ位置)に定位させた再生効果を得ることが考えられている。このように、ヘッドホンにより音像の頭外定位を得ようとした場合、一般的なヘッドホンでは、装着者の外耳道入口から外側への放射インピーダンスが無装着の場合と異なるものとなる。
【0006】
すなわち、ヘッドホンからの音波は装着者の耳介とヘッドホン発音部との間で複雑な反射を繰り返し、外耳道入口より鼓膜に伝送される。そのため、外耳道入口、あるいは鼓膜面上に最適な特性を伝送しようとした場合でも、この反射により特性に乱れが生じる。従って、良好な音像定位を安定に得ることができないという不都合があった。
【0007】
例えば、特許文献1に記載されるヘッドホン再生方法によれば、外耳道入口から外側への放射インピーダンスが無装着の状態に近い状態として、音像定位を改善している。すなわち、この特許文献1には、ヘッドホン発音部を、装着者の耳介と離隔して配置することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第3637596号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述の特許文献1に記載されるヘッドホン再生方法によれば、外耳道入口から外側への放射インピーダンスを無装着の状態に近い状態とすることができ、音像定位を改善することが可能なった。しかし、このようなヘッドホン再生方法を用いた場合も、ヘッドホン発音部から放射される音波は、当該発音部を音源とする球面波となり、拡散しながら伝達する。そのため、外耳道入口あるいは、鼓膜に到達するまでに耳介における反射、回折の影響が残り、特性が変化するという不都合があった。
【0010】
本技術は、2チャネル音声信号を再生する良好なヘッドホン装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本技術の概念は、
2チャネルの音声信号をそれぞれ再生する、装着者の耳介と離隔して配置される音声再生部を備え、
前記各音声再生部は、アレイ状に配置された複数のスピーカからなるスピーカアレイにより構成されている
ヘッドホン装置にある。
【0012】
本技術においては、2チャネルの音声信号をそれぞれ再生する音声再生部が備えられている。各音声再生部は、装着者の耳介と離隔して配置されるものであって、アレイ状に配置された複数のスピーカからなるスピーカアレイにより構成されている。このように各音声再生部がスピーカアレイにより構成されていることで、2チャネル音声信号を良好に再生することが可能となる。
【0013】
本技術において、例えば、スピーカアレイの各スピーカから出力される音声信号は、この音声信号により形成される音声が所定位置に焦点収束するように構成される。つまり、この所定位置に音圧の高い仮想音源が作り出される。例えば、この焦点収束は、スピーカアレイの各スピーカから出力される音声信号に対して、時間差および/またはレベル差を付加することにより行われる。また、例えば、この焦点収束は、スピーカアレイの各スピーカが、装着者の耳介を取り囲むように曲面上に配置されることにより行われる。この場合、焦点収束の位置に応じた種々の効果を得ることが可能となる。
【0014】
例えば、焦点収束の位置は、装着者の外耳道入口とされる。この場合、装着者の外耳道入口に、仮想音源が合成される。この仮想音源は、実体を持たない音源であるため、装着者の外耳道入口から外側への放射インピーダンスが無装着の場合と近くなり、スピーカアレイでの反射による特性の乱れを低減することが可能となる。従って、耳介の影響を受けにくくなり、個人差によるばらつきの影響を低減した安定な音響特性を無装着提供することが可能となる。
【0015】
また、例えば、焦点収束の位置は、スピーカアレイと装着者の外耳道入口との間の位置とされる。この場合、スピーカアレイと装着者の外耳道入口との間の位置に、仮想音源が合成される。このような位置に仮想音源が合成されることにより、発音部の実体を耳介近傍に持つことが無くなり、発音部での反射がなく、安定した特性を得ることが可能なると共に、装着者自身の耳介の特性を利用して、音像の前方定位を改善することが可能となる。
【0016】
また、例えば、焦点収束の位置は、スピーカアレイの後方位置とされる。この場合、スピーカアレイの後方位置に、仮想音源が合成される。このような位置に仮想音源が合成されることにより、音像定位の距離間を改善することが可能となる。
【0017】
また、本技術において、例えば、スピーカアレイの各スピーカから出力される音声信号は、この音声信号により形成される音声が平面波となるように構成される。この場合、装着者の耳介での反射、回折の状態を、装着者から離れて置かれたスピーカ再生に近くすることが可能となり、自然な音像定位が可能となる。
【0018】
また、本技術において、装着者の頭部状態を検出する頭部動き検出部を備え、この頭部動き検出部により検出された装着者の頭部状態に基づいて、音声信号により形成される音像の定位制御を行う、ようにされてもよい。例えば、装着者の頭部状態に基づいて、焦点収束の位置を変化させることが行われる。この場合、装着者の頭部に動きがあっても、音像定位位置がずれないように補正でき、例えば、映像位置に対して音像位置を合わせることが可能となる。
【0019】
また、本技術において、例えば、各音声再生部は、装着者の耳介の前方、あるいは後方に配置される。この場合、例えば、スピーカアレイの発音面は、装着者の耳介に対向する面に対して、所定の角度を持つようにされる。これにより、例えば、各音声再生部が装着者の耳介の前方に配置される場合であっても、スピーカアレイでの反射による特性の乱れを低減することが可能となる。
【発明の効果】
【0020】
本技術によれば、2チャネル音声信号を再生する良好なヘッドホン装置を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本技術の第1の実施の形態としてのステレオヘッドホンシステムの構成例を示すブロック図である。
【図2】スピーカ再生による音の伝播の様子を示す図である。
【図3】ステレオヘッドホンシステムを構成するデジタルフィルタの一例であるFIRフィルタを示す図である。
【図4】ヘッドホン部の左右チャネルの音声再生部がアレイ状に配置された複数のスピーカからなるスピーカアレイにより構成されることを説明するための図である。
【図5】ヘッドホン部が装着者(リスナ)の耳介と接触せずに配置される構造の一例を説明するための図である。
【図6】装着者がヘッドホン部を頭部に装着した状態を示す図である。
【図7】ヘッドホン部の音声再生部(スピーカアレイ)が装着者の耳介の後方に配置されることを説明するための図である。
【図8】ヘッドホン部の音声再生部(スピーカアレイ)が装着者の耳介の前方に配置されることを説明するための図である。
【図9】音声再生部(スピーカアレイ)の各スピーカから出力される音声信号により形成される音声を所定位置に焦点収束させるための構成例を示す図である。
【図10】音声再生部(スピーカアレイ)の各スピーカから出力される音声信号により形成される音声を所定位置に焦点収束させるための他の構成例を示す図である。
【図11】音声信号SL,SRがデジタル信号にある段階で、遅延器およびレベル調整器により、各スピーカから出力される音声信号に対して時間差および/またはレベル差を付加する場合におけるステレオヘッドホンシステムの構成例を示すブロック図である。
【図12】音声再生部(スピーカアレイ)の各スピーカから出力される音声信号により形成される音声の焦点収束の位置を装着者(リスナ)の外耳道入口とすることができることを説明するための図である。
【図13】外耳道入口に音声を収束させることを各スピーカが平面上に配置されたスピーカアレイにより実現されている例を示す図である。
【図14】音声再生部(スピーカアレイ)の各スピーカから出力される音声信号により形成される音声の焦点収束の位置をスピーカアレイと外耳道入口との間の位置とすることができることを説明するための図である。
【図15】音声再生部(スピーカアレイ)の各スピーカから出力される音声信号により形成される音声の焦点収束の位置をスピーカアレイの後方位置とすることができることを説明するための図である。
【図16】音声再生部(スピーカアレイ)の各スピーカから出力される音声信号により形成される音声が平面波とされる場合について説明するための図である。
【図17】本技術の第2の実施の形態としてのステレオヘッドホンシステムの構成例を示すブロック図である。
【図18】頭部動き検出部を構成するセンサが設けられたヘッドホン部を装着者(リスナ)が装着している状態を示す図である。
【図19】正面を向いているときの伝達特性をHL,HRと、正面から角度θだけ回転した方向を向いているときの伝達特性をHLθ、HRθが異なることを示す図である。
【図20】本技術の第3の実施の形態としてのステレオヘッドホンシステムの構成例を示すブロック図である。
【図21】頭部の動きに応じて、音声再生部(スピーカアレイ)が合成する仮想音源の位置の更新例を示す図である。
【図22】装着者(リスナ)の頭の動きの角度θによっては仮想音源の位置が音声再生部(スピーカアレイ)の後方位置となり得ることを説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、発明を実施するための形態(以下、「実施の形態」とする)について説明する。なお、説明を以下の順序で行う。
1.第1の実施の形態
2.第2の実施の形態
3.第3の実施の形態
【0023】
<1.第1の実施の形態>
[ステレオヘッドホンシステムの構成例]
図1は、第1の実施の形態としてのステレオヘッドホンシステム10の構成例を示している。このステレオヘッドホンシステム10は、入力端子101と、A/D変換器102と、信号処理部103と、D/A変換器104L,104Rと、増幅器105L,105Rと、ヘッドホン部106を有している。
【0024】
入力端子101は、音声信号SAを入力する端子である。A/D変換器102は、入力端子101に入力された音声信号SAをアナログ信号からデジタル信号に変換する。信号処理部103は、音声信号SAから、左チャネル音声信号SLおよび右チャネル音声信号SRを得るためのフィルタリングを行う。すなわち、信号処理部103は、音声信号SAから左チャネル音声信号SLを得るためのフィルタ(フィルタ1)103Lと、音声信号SAから右チャネル音声信号SRを得るためのフィルタ(フィルタ2)103Rとを備えている。ここで、音声信号SL,SRは、2チャネルの音声信号を構成する。
【0025】
図2は、スピーカ再生による音の伝播の様子を示している。スピーカSPで再生された音は、リスナMの耳での反射や、回折、さらに部屋の反射などが付加された特性となる。スピーカSPで再生された音は、左耳への伝達特性HLおよび右耳への伝達特性HRがそれぞれ付加されて、リスナMの両耳に到達する。フィルタ103Lは、音像を定位させたい位置に置かれた音源(スピーカSP)からリスナMの左耳に至る伝達特性HLを持つフィルタである。また、フィルタ103Rは、音像を定位させたい位置に置かれた音源(スピーカSP)からリスナMの右耳に至る伝達特性HRを持つフィルタである。
【0026】
信号処理部103において、フィルタ103L,103Rで音声信号SL,SRを得ることで、ヘッドホン受聴時においても、リスナMの両耳に、スピーカ再生と等価な音を伝播することが可能となる。つまり、リスナMは、スピーカSPが鳴っているように、ヘッドホンにおいても音の定位を聴くことが可能となる。フィルタ103L,103Rは、例えば、図3に示すような、FIR(Finite impulse response)フィルタで構成される。上述の伝達特性HL,HRは、例えば、インパルス応答なるデータで測定され、その測定データが、このFIRフィルタで実現される。
【0027】
D/A変換器104L,104Rは、信号処理部103で得られる音声信号SL,SRを、デジタル信号からアナログ信号に変換する。増幅器105L,105Rは、D/A変換器104L,104Rで変換されたアナログの音声信号SL,SRを増幅して、ヘッドホン部106の左右チャネルの音声再生部(スピーカアレイ)106L,106Rに供給する。
【0028】
ヘッドホン部106の左右チャネルの音声再生部106L,106Rは、図4に示すように、アレイ状に配置された複数のスピーカからなるスピーカアレイにより構成されている。この音声再生部106L,106Rは、例えば、図5に示すような構造を持つ。つまり、この音声再生部106L,106Rは、ヘッドホン部106の装着者(リスナ)の耳介と接触せずに、つまりこの耳介と離隔して配置される構造を持つ。
【0029】
図示のように、音声再生部(スピーカアレイ)106L,106Rが前面に配設されたヘッドホンユニット107L,107Rの内側に、支柱108を介して、接触部109が突出するように設けられている。接触部109はドーナツ状に形成され、この接触部109の中空部に装着者の耳介が挿入されるように構成されている。
【0030】
図6は、装着者(リスナ)が、ヘッドホン部106を頭部に装着した状態を示している。この場合、上述の接触部109が装着者の顔面側部に押圧された状態となり、音声再生部(スピーカアレイ)106L,106Rは、装着者の耳介から所定距離だけ離れた状態に置かれる。
【0031】
図7、図8は、上述したように、装着者がヘッドホン部106を頭部に装着した状態を頭上側から見た場合における音声再生部(スピーカアレイ)の配置の一例を、概略的に示している。なお、図7,図8は、図面の簡単化のために、音声再生部106Lのみを示しているが、音声再生部106Rに関しても同様である。
【0032】
図7の例では音声再生部106Lが装着者の耳介の後方に配置されている。また、図8の例では音声再生部106Lが装着者の耳介の前方に配置されている。音声再生部の配置位置はいずれでも可能である。この場合、音声再生部106Lの発音面は、装着者の耳介に対向する面、例えば破線図示の面に対して、平行ではなく、所定の角度を持つようにされる。これにより、音声再生部106Lでの反射による特性の乱れを低減することが可能となる。
【0033】
この実施の形態において、音声再生部(スピーカアレイ)106L,106Rの各スピーカから出力される音声信号は、この音声信号により形成される音声が所定位置に焦点収束するように構成される。この場合、この所定位置に音圧の高い仮想音源が作り出される。あるいは、この実施の形態において、音声再生部(スピーカアレイ)106L,106Rの各スピーカから出力される音声信号は、この音声信号により形成される音声が平面波となるように構成される。
【0034】
図9は、音声再生部(スピーカアレイ)106L,106Rの各スピーカから出力される音声信号により形成される音声を所定位置に焦点収束させるための構成例を示している。この構成例では、図9(b)に示すように、音声再生部(スピーカアレイ)を構成する各スピーカ(スピーカユニット)は、各スピーカから等距離にある点、すなわち焦点位置に収束するように、曲面上に配置される。この場合、各スピーカに対し、個々に遅延時間やレベルを設定する必要がなく、デジタル信号処理の場合、各チャンネル出力のD/A変換器および増幅器も1個あるいはスピーカ数に対して低減して実現することが可能となる。
【0035】
この場合、上述したようにヘッドホン部106が装着者に装着されるとき、各スピーカが、装着者の耳介を取り囲むように曲面上に配置された状態となる。図9(a)は、音声再生部(スピーカアレイ)106L,106Rを正面から見た図を示している。図9(b)に示すように、音声再生部106L,106Rを構成する各スピーカには、それぞれ、音声信号SL,SRが増幅器105L,105Rを介して供給される。
【0036】
図10は、音声再生部(スピーカアレイ)106L,106Rの各スピーカから出力される音声信号により形成される音声を所定位置に焦点収束させるための他の構成例を示している。また、この図10は、音声再生部(スピーカアレイ)106L,106Rの各スピーカから出力される音声信号により形成される音声を平面波とするための構成例でもある。この構成例では、図10(b)に示すように、音声再生部(スピーカアレイ)を構成する各スピーカ(スピーカユニット)は、平面上に配置される。図10(a)は、音声再生部(スピーカアレイ)106L,106Rを正面から見た図を示している。この場合、各スピーカを平面上に配置できるので、スピーカアレイの構造が簡単になる。また、合成する仮想音源位置も、自由に設定することが可能となる。
【0037】
図10(b)に示すように、音声再生部106L,106Rを構成する各スピーカには、それぞれ、音声信号SL,SRが、遅延器111L,111Rおよび増幅器105L,105Rの直列回路を介して供給される。なお、この図10(b)における遅延器111L,111Rは、図1には図示を省略しているが、例えば、D/A変換器104L,104Rと増幅器105L,105Rとの間に挿入される。図10に示す構成例では、遅延器、増幅器により、各スピーカから出力される音声信号に対して、時間差および/またはレベル差を付加することで、各スピーカから出力される音声信号により形成される音声を所定位置に焦点収束させることができる。
【0038】
なお、図10(b)においては、音声信号SL,SRがアナログ信号とされた後に、遅延器111L,111Rおよび増幅器105L,105Rにより、各スピーカから出力される音声信号に対して時間差および/またはレベル差を付加するように示している。しかし、音声信号SL,SRがデジタル信号にある段階で、遅延器およびレベル調整器により、各スピーカから出力される音声信号に対して時間差および/またはレベル差を付加することも考えられる。
【0039】
図11は、その場合におけるステレオヘッドホンシステム10の構成例を示している。この場合、フィルタ103L,103RとD/A変換器104L,104Rとの間に、遅延器121L,121Rおよびレベル調整器122L,122Rが挿入される。なお、遅延器121L,121Rおよびレベル調整器122L,122Rの順は、この逆であってもよい。
【0040】
この場合、焦点収束位置は、音声再生部(スピーカアレイ)106L,106Rの発音面の前方および後方のいずれにも可能となる。例えば、周辺部から中心部に向うに従って遅延時間が大きく、レベルが小さくなるような時間差およびレベル差を付加することで、音声再生部(スピーカアレイ)106L,106Rの発音面の前方位置に焦点収束させ、その位置に仮想音源を合成できる。逆に、中心部から周辺部に向うに従って遅延時間が大きく、レベルが小さくなるような時間差およびレベル差を付加することで、音声再生部(スピーカアレイ)106L,106Rの発音面の後方位置に焦点収束させ、その位置に仮想音源を合成できる。
【0041】
また、図10に示す構成例では、遅延器、増幅器により、各スピーカから出力される音声信号に対して、時間差および/またはレベル差を付加しないことで、各スピーカから出力される音声信号により形成される音声を平面波とすることができる。この場合、遅延器111L,111Rは、不要となる。
【0042】
図1に示すステレオヘッドホンシステム10の動作を説明する。音声信号SAが入力端子101に入力される。この音声信号SAはA/D変換器102でアナログ信号からデジタル信号に変換された後に、信号処理部103に入力される。この信号処理部103では、音声信号SAに対して、フィルタ(フィルタ1)103Lによるフィルタリングが行われて、左チャネル音声信号SLが得られる。また、この信号処理部103では、音声信号SAに対して、フィルタ(フィルタ2)103Rによるフィルタリングが行われて、右チャネル音声信号SRが得られる。
【0043】
信号処理部103で得られた音声信号SL,SRは、それぞれ、D/A変換器104L,104Rでデジタル信号からアナログ信号に変換される。そして、この音声信号SL,SRは、増幅器105L,105Rで増幅された後に、ヘッドホン部106の各チャネルの音声再生部(スピーカアレイ)106L,106Rに供給される。そして、音声再生部106L,106Rを構成するスピーカアレイの各スピーカは音声信号SL,SRにより駆動される。
【0044】
この場合、例えば、音声再生部(スピーカアレイ)106L,106Rの各スピーカから出力される音声信号により形成される音声が所定位置に焦点収束させられ、この所定位置に仮想音源が合成される。あるいは、この場合、例えば、音声再生部(スピーカアレイ)106L,106Rの各スピーカから出力される音声信号により形成される音声が平面波とされる。
【0045】
[焦点収束と平面波の各態様]
最初に、音声再生部(スピーカアレイ)106L,106Rの各スピーカから出力される音声信号により形成される音声が所定位置に焦点収束される場合であって、その位置が以下の(1)〜(3)の場合について説明する。
【0046】
(1)「装着者(リスナ)の外耳道入口」
音声再生部(スピーカアレイ)106L,106Rの各スピーカから出力される音声信号により形成される音声の焦点収束の位置を、図12に示すように、装着者(リスナ)の外耳道入口とすることができる。なお、ここで言う外耳道入口とは、この外耳道入口の近傍を含むものとする。図13は、外耳道入口に音声を収束させることを、各スピーカが平面上に配置されたスピーカアレイにより実現されている例を示している。
【0047】
この場合、外耳道入口に、仮想音源が合成される。この音源は、実体を持たない音源である。そのため、外耳道入口から外側への放射インピーダンスが無装着の場合と近くなり、発音部であるスピーカアレイでの反射による特性の乱れを低減することが可能となる。従って、この場合、耳介の影響を受けにくくなり、個人差によるバラツキの影響を低減し、安定した音響特性を装着者に提供することが可能となる。また、この場合、耳介と実スピーカの間に音圧が高くなる仮想音源を作ることで、エネルギーの伝播減衰が少なくなり、実際の発音部と、外耳道入口との距離が離れていても、十分な音量を確保することが可能となる。
【0048】
(2)「スピーカアレイと外耳道入口との間の位置」
音声再生部(スピーカアレイ)106L,106Rの各スピーカから出力される音声信号により形成される音声の焦点収束の位置を、図14に示すように、スピーカアレイと外耳道入口との間の位置とすることができ、この位置に仮想音源が合成される。
【0049】
この場合、この音源は実体を持たない音源であることから、発音部であるスピーカアレイを耳介近傍に持つことがなくなり、このスピーカアレイでの反射がなく、安定した特性を得ることができる。また、この場合、装着者(リスナ)の耳介による反射は起こるが、それはその装着者がいつも聴いている音の反射と等しいものとなる。つまり、この場合、外耳道入口から鼓膜に伝送される音声は装着者(リスナ)の耳介の特性が含まれたものとなるので、音像の前方定位を改善することが可能となる。
【0050】
(3)「スピーカアレイの後方位置」
音声再生部(スピーカアレイ)106L,106Rの各スピーカから出力される音声信号により形成される音声の焦点収束の位置を、図15に示すように、スピーカアレイの後方位置とすることができ、この位置に実体を持たない仮想音源が合成される。この場合、仮想音源が既に装着者(リスナ)より離れて合成されるため、音像定位の距離感を改善することが可能となる。
【0051】
次に、音声再生部(スピーカアレイ)106L,106Rの各スピーカから出力される音声信号により形成される音声が、図16に示すように、平面波とされる場合について説明する。装着者(リスナ)から離れた位置にある実音源、例えば、前方に置かれたスピーカからリスナの両耳に至る音波は、耳介近傍では、平面波に近くなっている。また、低域、つまり波長の長い音波に関しては前方に置かれたスピーカから平面波に近い形で出てくる。
【0052】
上述したように、音声再生部(スピーカアレイ)106L,106Rの各スピーカから出力される音声信号により形成される音声が平面波とされることで、装着者の耳介での反射、回折の状態を、装着者から離れて置かれたスピーカ再生に近くすることが可能となる。したがって、自然な音像定位が可能となる。また、低域の音の再現力が良くなる。
【0053】
上述したように、図1に示すステレオヘッドホンシステム10においては、2チャネル音声信号を良好に再生することができる。すなわち、音声再生部(スピーカアレイ)106L,106Rの各スピーカから出力される音声信号により形成される音声を所定位置に焦点収束させ、この所定位置に仮想音源を合成できる。上述したように、焦点収束位置を装着者の外耳道入口、スピーカアレイと外耳道入口との間、スピーカアレイの後方等とすることで、その位置に応じた種々の効果を得ることができる。また、音声再生部(スピーカアレイ)106L,106Rの各スピーカから出力される音声信号により形成される音声を平面波とでき、上述したように自然な音像定位が可能となる等の効果を得ることができる。
【0054】
<2.第2の実施の形態>
[ステレオヘッドホンシステムの構成例]
図17は、第2の実施の形態としてのステレオヘッドホンシステム10Aの構成例を示している。この図17において図1、図11と対応する部分には同一符号を付し、適宜、その詳細説明を省略する。
【0055】
このステレオヘッドホンシステム10Aは、入力端子101と、A/D変換器102と、信号処理部103と、D/A変換器104L,104Rと、増幅器105L,105Rと、ヘッドホン部106を有している。また、このステレオヘッドホンシステム10Aは、信号処理部103(フィルタ103L,103R)とD/A変換器104L,104Rとの間に、遅延器121L,121Rと、レベル調整器122L,122Rを有している。
【0056】
このステレオヘッドホンシステム10Aにおいて、ヘッドホン部106には、装着者(リスナ)の頭部状態を検出するセンサ131が設けられている。このセンサ131は、例えば、ジャイロセンサのような角速度センサ、重力加速度センサ、あるいは磁気センサなどである。この頭部動き検出部131は、頭部動き検出部を構成している。図18は、センサ131が設けられたヘッドホン部106を、装着者(リスナ)が装着している状態を示している。
【0057】
一般に、ヘッドホンの音声再生部は、装着者(リスナ)の頭部に固定されているため、その頭部の動きに連動して移動する。図17に示すステレオヘッドホンシステム10Aは、このように頭部状態が変化した場合でも、ヘッドホン再生による音像定位位置がずれないように補正する。このステレオヘッドホンシステム10Aは、センサ131の出力信号に応じて、信号処理部103のフィルタ103L,103Rの係数、すなわち伝達特性を更新し、音像定位位置が、固定されるように動作する。
【0058】
例えば、図19(a)に示すように、装着者(リスナ)が正面を向いているときの伝達特性をHL,HRとし、図19(b)に示すように、装着者(リスナ)が正面から角度θだけ回転した方向を向いているときの伝達特性をHLθ、HRθとする。フィルタ103L,103Rに設定する係数は、頭部の角度θに応じて、フィルタ103Lでは、HLからHLθに、フィルタ103Rでは、HRからHRθに変更する。
【0059】
このように、装着者(リスナ)の頭部の動きに応じて、フィルタ103L,103Rの係数、すなわち伝達特性を更新することで、頭部状態が変化した場合でも、音像定位位置を固定することができる。例えば、映像に伴う音声信号を聴く場合、従来のヘッドホンでは、頭の動きに応じて、映像位置と音像位置がずれてしまう。
【0060】
しかし、図17に示すステレオヘッドホンシステム10Aでは、装着者(リスナ)の頭部の動きに応じて、フィルタ103L,103Rの特性が変えられるため、頭部状態が変化した際に映像位置に対して音像位置がずれるということを回避できる。つまり、映像の方向と、音像の方向を一致させることができ、高品位な映像音声再生を実現できる。また、このように、音像の定位方向をヘッドホン未装着の音の聞こえ方と等価にすることで、ヘッドホン再生では実現が困難な音像の前方定位感を改善すると言う効果もある。
【0061】
<3.第3の実施の形態>
[ステレオヘッドホンシステムの構成例]
図20は、第3の実施の形態としてのステレオヘッドホンシステム10Bの構成例を示している。この図20において図1、図11、図17と対応する部分には同一符号を付し、適宜、その詳細説明を省略する。
【0062】
このステレオヘッドホンシステム10Bは、入力端子101と、A/D変換器102と、信号処理部103と、D/A変換器104L,104Rと、増幅器105L,105Rと、ヘッドホン部106を有している。また、このステレオヘッドホンシステム10Aは、信号処理部103(フィルタ103L,103R)とD/A変換器104L,104Rとの間に、遅延器121L,121Rと、レベル調整器122L,122Rを有している。
【0063】
このステレオヘッドホンシステム10Bにおいても、上述のステレオヘッドホンシステム10Aと同様に、ヘッドホン部106には、装着者(リスナ)の頭部状態を検出するセンサ131が設けられている。このステレオヘッドホンシステム10Bも、上述のヘッドホンシステム10Aと同様に、頭部状態が変化した場合でもヘッドホン再生による音像定位位置がずれないように、補正する。
【0064】
上述のステレオヘッドホンシステム10Aは、センサ131の出力信号に応じて、つまり頭部の動きに応じて、信号処理部103のフィルタ103L,103Rの係数、すなわち伝達特性を更新するものである。しかし、このステレオヘッドホンシステム10Bは、センサ131の出力信号に応じて、つまり頭部の動きに応じて、音声再生部(スピーカアレイ)106L,106Rが合成する仮想音源の位置を更新するものである。すなわち、ステレオヘッドホンシステム10Bは、センサ131の出力信号に応じて、つまり頭部の動きに応じて、スピーカアレイの各スピーカに出力する音声信号の遅延時間および/またはレベルを制御して、仮想音源の位置を移動させる。この場合、センサ131の出力信号に基づいて、遅延器121L,121R、レベル調整器122L,122Rにおける遅延量、レベル調整量が制御される。
【0065】
例えば、図21(a)示すように、装着者(リスナ)が正面方向を向いているときは、仮想音源がPaの位置に合成される。次に、図21(b)に示すように、装着者(リスナ)がその頭を角度θだけ左側に回転させて左方向を向いたとき、仮想音源は耳介から遠くなるPbの位置に合成される。また、逆に、図21(c)に示すように、装着者(リスナ)がその頭を角度θだけ右側に回転させて右方向を向いたとき、仮想音源は、耳介に近くなるPcの位置に合成される。
【0066】
図21(a)〜(c)では、仮想音源の位置が音声再生部(スピーカアレイ)106Lの前方位置となっている。しかし、装着者(リスナ)の頭の動きの角度θによっては、図22に示すように、仮想音源の位置が音声再生部(スピーカアレイ)106Lの後方のPdの位置となることもあり得る。
【0067】
上述したように、図20に示すステレオヘッドホンシステム10Bにおいては、仮想音源位置が頭の動きに応じて制御される。そのため、図17に示すステレオヘッドホンシステム10Aと同様に、頭部状態が変化した場合でも、音像定位位置を固定することができ、同様の効果を得ることができる。また、このステレオヘッドホンシステム10Bにおいては、仮想音源の制御が波面合成による音像制御になるので、装着者(リスナ)の耳介の特性の影響の少ない音像制御を実現することができる。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本技術は、例えば、2チャネル音声信号を再生するステレオヘッドホンシステム等に適用できる。
【符号の説明】
【0069】
10,10A,10B・・・ステレオヘッドホンシステム
101・・・入力端子
102・・・A/D変換器
103・・・信号処理部
103L,103R・・・フィルタ(デジタルフィルタ)
104L,104R・・・D/A変換器
105L,105R・・・増幅器
106・・・ヘッドホン部
106L,106R・・・音声再生部(スピーカアレイ)
107L,107R・・・ヘッドホンユニット
108・・・支柱
109・・・接触部
111L,111R・・・遅延器
121L,121R・・・遅延器
122L,122R・・・レベル調整器
131・・・センサ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2チャネルの音声信号をそれぞれ再生する、装着者の耳介と離隔して配置される音声再生部を備え、
前記各音声再生部は、アレイ状に配置された複数のスピーカからなるスピーカアレイにより構成されている
ヘッドホン装置。
【請求項2】
前記スピーカアレイの各スピーカから出力される音声信号は、該音声信号により形成される音声が所定位置に焦点収束するように構成される
請求項1に記載のヘッドホン装置。
【請求項3】
前記焦点収束は、前記スピーカアレイの各スピーカから出力される音声信号に対して、時間差および/またはレベル差を付加することにより行われる
請求項2に記載のヘッドホン装置。
【請求項4】
装着者の頭部状態を検出する頭部動き検出部をさらに備え、
前記頭部動き検出部により検出された前記装着者の頭部状態に基づいて、前記焦点収束の位置を変化させる
請求項3に記載のヘッドホン装置。
【請求項5】
前記焦点収束は、前記スピーカアレイの各スピーカが、前記装着者の耳介を取り囲むように曲面上に配置されることにより行われる
請求項2に記載のヘッドホン装置。
【請求項6】
前記焦点収束の位置は、装着者の外耳道入口である
請求項2に記載のヘッドホン装置。
【請求項7】
前記焦点収束の位置は、前記スピーカアレイと前記装着者の外耳道入口との間の位置である
請求項2に記載のヘッドホン装置。
【請求項8】
前記焦点収束の位置は、前記スピーカアレイの後方位置である
請求項2に記載のヘッドホン装置。
【請求項9】
前記スピーカアレイの各スピーカから出力される音声信号は、該音声信号により形成される音声が平面波となるように構成される
請求項1に記載のヘッドホン装置。
【請求項10】
装着者の頭部状態を検出する頭部動き検出部を備え、
前記頭部動き検出部により検出された前記装着者の頭部状態に基づいて、前記音声信号により形成される音像の定位制御を行う
請求項1に記載のヘッドホン装置。
【請求項11】
前記各音声再生部は、装着者の耳介の前方に配置される
請求項1に記載のヘッドホン装置。
【請求項12】
前記スピーカアレイの発音面は、前記装着者の耳介に対向する面に対して、所定の角度を持つようにされる
請求項11に記載のヘッドホン装置。
【請求項13】
前記各音声再生部は、装着者の耳介の後方に配置される
請求項1に記載のヘッドホン装置。
【請求項14】
前記スピーカアレイの発音面は、前記装着者の耳介に対向する面に対して、所定の角度を持つようにされる
請求項13に記載のヘッドホン装置。
【請求項15】
ステレオヘッドホン装置の各音声再生部を、アレイ状に配置された複数のスピーカからなるスピーカアレイにより構成すると共に装着者の耳介と離隔して配置し、
2チャネル音声信号を、前記各スピーカアレイを通じて再生する
ヘッドホン装置の音声再生方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【公開番号】特開2012−178748(P2012−178748A)
【公開日】平成24年9月13日(2012.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−40964(P2011−40964)
【出願日】平成23年2月25日(2011.2.25)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】