説明

ペプチドのリン酸基を脱離する方法及びペプチドの解析方法

酵素を用いずに化学的処理によってペプチドのリン酸基を脱離する方法及びその方法を用いてペプチドの解析を効率良く行う方法を提供する。フッ化水素、フッ化水素酸、及びフッ化水素含有化合物からなる群から選ばれる少なくとも1つを含む試剤を用いてペプチドのリン酸基を脱離する方法、及びその方法を用いたペプチドの解析方法。フッ化水素含有化合物は、好ましくはフッ化水素−ピリジンを用いる。ペプチドのリン酸基の脱離は、試剤に含まれるフッ化水素、フッ化水素酸中のフッ化水素、及びフッ化水素含有化合物中のフッ化水素の合計量が、試剤に対し10〜100重量%となるように用い、−10〜50℃の反応温度で行う。またペプチドの解析は、好ましくはMALDI−TOFMSを用いた質量分析によって行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、タンパク質化学及びペプチド・タンパク質の質量分析学に関する。
【背景技術】
多くのタンパク質は、ゲノムから転写、翻訳された後、さらに修飾(翻訳後修飾)されることでその活性や機能が調節されている。翻訳後修飾反応としては、リン酸化、硫酸化、アセチル化、糖付加、脂質修飾等が挙げられるが、特にリン酸化反応は、細胞内情報伝達、細胞内代謝活性、細胞周期等を制御する重要な役割を担っている。したがって、このような翻訳後修飾形態を有するタンパク質を解析することは、タンパク質の機能を理解する上で大変重要である。
例えば、リン酸化修飾を受けたタンパク質の解析を行う場合、脱リン酸化がしばしば行われる。従来、この脱リン酸化は、アルカリ性フォスファターゼ等の酵素を用いて行われてきた。しかし、解析するタンパク質によっては、酵素の基質特異性や構造依存性等が原因して脱リン酸化が不完全に起こるという問題がある。
一方、リン酸化された糖鎖を、フッ化水素酸を用いて脱リン酸化する方法が知られている(例えば、非特許文献1〜3参照。)。
非特許文献1 イー・ファックス(E.Fuchs)、シー・ジルバーグ(C.Gilvarg)著、「アナリティカル・バイオケミストリー(Analytical Biochemistry)」、(米国)、第90巻、1978年、p.465−473
非特許文献2 シー・ジェイ・リー(C.J.Lee)、ビー・エー・フレイサー(B.A.Fraser)著、「ジャーナル・オブ・バイオロジカル・ケミストリー(Journal of Biological Chemistry)」、(米国)、第255巻、1980年、p.6847−6853
非特許文献3 エル・アール・フィリップス(L.R.Phillips)、オー・ニシムラ(O.Nishimura)、ビー・エー・フレイサー(B.A.Fraser)著、「カルボハイドレイト・リサーチ(Carbohydrate Research)」、(米国)、第121巻、1983年、p.243−255
【発明の開示】
発明の目的
そこで、本発明の目的は、酵素を用いずに化学的処理によってペプチドのリン酸基を脱離する方法及びその方法を用いてペプチドの解析を効率良く行う方法を提供することにある。
発明の概要
本発明者らは、鋭意検討した結果、ペプチドを、フッ化水素、フッ化水素酸、及びフッ化水素含有化合物からなる群から選ばれる少なくとも1つを含む試剤と反応させることによって上記目的が達成されることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち本発明は、フッ化水素、フッ化水素酸、及びフッ化水素含有化合物からなる群から選ばれる少なくとも1つを含む試剤を用いてペプチドのリン酸基を脱離する方法である。
なお、本明細書においてペプチドとは、タンパク質を含む意味で用いる。
本発明は、前記フッ化水素含有化合物がフッ化水素−ピリジンである、前記のペプチドのリン酸基を脱離する方法である。
本発明は、前記試剤に含まれる前記フッ化水素、前記フッ化水素酸中のフッ化水素、及び前記フッ化水素含有化合物中のフッ化水素の合計量が、前記試剤に対し10〜100重量%である、前記のペプチドのリン酸基を脱離する方法である。
本発明は、脱離の反応温度が−10〜50℃である、前記のペプチドのリン酸基を脱離する方法である。
本発明は、脱離の反応を液相反応又は気相反応で行う、前記のペプチドのリン酸基を脱離する方法である。
本発明は、前記のペプチドのリン酸基を脱離する方法を用いたペプチドの解析方法である。
本発明は、質量分析を用いる、前記のペプチドの解析方法である。
質量分析には、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(MALDI)及び飛行時間型質量分析法(TOFMS)を用いることが好ましい。
本発明は、フッ化水素、フッ化水素酸、及びフッ化水素含有化合物からなる群から選ばれる少なくとも1つを含む試剤を用いてペプチドのリン酸基を脱離することで見出されるペプチドを含む新規化合物である。
本発明は、前記得られた新規化合物から開発される医薬品候補化合物である。
【図面の簡単な説明】
図1は、配列表の配列番号1に記載のホスホペプチド、そのホスホペプチドをフッ化水素によって脱リン酸化して得られた配列表の配列番号2に記載のペプチド、及び別途調製された配列番号2と同じ配列を有するペプチドの、MALDI−TOFMSスペクトルチャートの比較図である。
図2は、配列表の配列番号3に記載のホスホペプチド、そのホスホペプチドをフッ化水素によって脱リン酸化して得られた配列表の配列番号4に記載のペプチド、及び別途調製された配列番号4と同じ配列を有するペプチドの、MALDI−TOFMSスペクトルチャートの比較図である。
図3は、配列表の配列番号5に記載のホスホペプチド、そのホスホペプチドをフッ化水素によって脱リン酸化して得られた配列表の配列番号6に記載のペプチド、及び別途合成した配列番号6と同じ配列を有するペプチドの、MALDI−TOFMSスペクトルチャートの比較図である。
図4は、配列表の配列番号1に記載のホスホペプチド、及びそのホスホペプチドをフッ化水素−ピリジンによって脱リン酸化して得られた配列表の配列番号2に記載のペプチドの、MALDI−TOFMSスペクトルチャートの比較図である。
図5は、配列表の配列番号7に記載のホスホペプチド、及びそのホスホペプチドをフッ化水素−ピリジンによって脱リン酸化して得られた配列表の配列番号8に記載のペプチドの、MALDI−TOFMSスペクトルチャートの比較図である。
図6は、配列表の配列番号9に記載のホスホペプチド、及びそのホスホペプチドをフッ化水素−ピリジンによって脱リン酸化して得られた配列表の配列番号10に記載のペプチドの、MALDI−TOFMSスペクトルチャートの比較図である。
発明を実施するための形態
本発明においては、フッ化水素、フッ化水素酸、及びフッ化水素含有化合物からなる群から選ばれる少なくとも1つを含む試剤を用い、試料のペプチドが有するリン酸基を脱離する。本発明において、この試剤は脱リン酸化剤としての役割を果たす。
リン酸化の形態としては、モノエステル化に限らない。つまり、リン酸モノエステル化、リン酸ジエステル化の形態が挙げられ、理論上、リン酸トリエステル化の形態も挙げられる。
本発明は化学的手法であるため、基質特異性や構造依存性を有する酵素を用いた手法とは異なりペプチドの種類に関係なく脱リン酸化が完全に進行する。従って、どのような種類のペプチドであっても適応できるという利点がある。
本発明の方法においては、前記試剤とペプチドとを反応させる。試剤には、フッ化水素、フッ化水素酸、及びフッ化水素含有化合物からなる群から選ばれる少なくとも1つが含まれる。フッ化水素含有化合物としては、フッ化水素−ピリジン等が挙げられる。この試剤は、無溶媒又は溶液で用いることができる。
また反応は、液相反応でも気相反応でも良い。
試剤は、フッ化水素、フッ化水素酸、及びフッ化水素含有化合物からなる群から1種を選択して用いても良いし、2種を選択し組み合わせて用いても良い。
フッ化水素、フッ化水素酸、及びフッ化水素含有化合物からなる群から1種を選択して用いる場合、試剤は、含まれるフッ化水素、フッ化水素酸中のフッ化水素、又はフッ化水素含有化合物中のフッ化水素の量が、前記試剤に対し好ましくは10重量%〜100重量%、より好ましくは10〜80重量%、更に好ましくは10〜70重量%となるように用いる。
すなわち、フッ化水素を選択する場合は、試剤を、無溶媒のフッ化水素(100重量%)、又はフッ化水素を含む溶液として用いることができる。フッ化水素を含む溶液は、フッ化水素の量が試剤に対し好ましくは10重量%以上、100重量%未満、より好ましくは10〜80重量%、更に好ましくは10〜70重量%となるように用いる。本明細書においては、フッ化水素を含む溶液のうち特に水溶液のものを別段にフッ化水素酸として記載する。フッ化水素酸を選択する場合は、試剤を、フッ化水素酸、又はフッ化水素酸を含む溶液として用いることができる。この場合、フッ化水素酸中のフッ化水素の量が、試剤に対して好ましくは10重量%以上、100重量%未満、より好ましくは10〜80重量%、更に好ましくは10〜70重量%となるように用いる。また、フッ化水素含有化合物を選択する場合は、試剤を、無溶媒のフッ化水素含有化合物、又はフッ化水素含有化合物を含む溶液として用いることができる。無溶媒のフッ化水素含有化合物は、含有フッ化水素が好ましくは10重量%以上、100重量%未満、より好ましくは10〜80重量%、更に好ましくは10〜70重量%のものを用いる。フッ化水素含有化合物を含む溶液は、試剤に対してフッ化水素含有化合物中のフッ化水素の量が好ましくは10重量%以上、100重量%未満、より好ましくは10〜80重量%、更に好ましくは10〜70重量%となるように用いる。
フッ化水素、フッ化水素酸、及びフッ化水素含有化合物からなる群から2種を選択し組み合わせて用いる場合、フッ化水素とフッ化水素酸以外の組み合わせ、すなわち、フッ化水素及びフッ化水素含有化合物、又はフッ化水素酸及びフッ化水素含有化合物の組み合わせが可能である。この場合、試剤は、無溶媒で、又は溶液で用いることができる。いずれの場合も、フッ化水素及びフッ化水素含有化合物中のフッ化水素、又はフッ化水素酸中のフッ化水素及びフッ化水素含有化合物中のフッ化水素の合計量が、試剤全体に対して好ましくは10〜100重量%、より好ましくは10〜80重量%、更に好ましくは10〜70重量%となるように用いる。
上記範囲の濃度にすることにより、脱リン酸化反応が十分に進行する。10重量%より少ないと、脱リン酸化が完結しないことがある。
ペプチドの量に対する試剤の量は特に限定されないが、試剤に含まれるフッ化水素、フッ化水素酸中のフッ化水素、及びフッ化水素含有化合物中のフッ化水素の合計量を、ペプチドの量に対して例えば10〜100000重量%用いることができる。
本発明における反応温度は、−10〜50℃が好ましく、0〜25℃がより好ましい。上記範囲の温度にすることにより、脱リン酸化反応が十分に進行する。−10℃より低い温度では、脱リン酸化反応の進行が極めて遅くなる傾向にある。50℃より高い温度では、副生成物が増加する傾向にある。
本発明における反応時間は特に限定されないが、例えば10分〜5時間で反応行うことができる。
上述のようにして、ホスホペプチドのリン酸基が脱離されたペプチドを得る。なお、この方法ではペプチド結合はインタクトに保たれる。
本発明のペプチドのリン酸基を脱離する方法を用いると、ペプチドの解析を効率よく行うことができる。
例えば、上述のようにしてリン酸基の脱離を行ったペプチドを、そのままか、又は必要に応じて断片化した後、種々の分析法によって解析することができる。あるいは、ホスホペプチドを必要に応じ断片化した後にリン酸基の脱離を行い、その後、種々の分析法によって解析しても良い。分析法としては、質量分析法を用いることが好ましい。ペプチドの解析方法の一例として、ペプチドを断片化した後に質量分析を行う場合は、例えば次のようにして解析することができる。
まず、ホスホペプチドを酵素消化等により断片化し、得られたホスホペプチド断片混合物のマススペクトルを測定する。次いで、脱リン酸化反応を行い、得られたペプチド断片混合物のマススペクトルを測定する。双方のマススペクトルを比較し、変化したスペクトルピークから、修飾を受けていたペプチド断片を判定することができる。また、変化した質量の差から、そのリン酸基を判定することができる。例えば、リン酸モノエステル化されたアミノ酸残基を持つペプチドを本発明に従って処理した場合、リン酸基1個あたり分子量が80減少したペプチドのピークが検出される。
次に、修飾されているペプチド断片のタンデムマスを測定することによって、修飾を受けているアミノ酸残基及びその部位を決定することができる。
また、質量分析には、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(MALDI)及び飛行時間型質量分析法(TOFMS)を用いることが好ましい。
上記した本発明の方法を用いると、従来の酵素方法では脱リン酸化が不完全なために解析が困難であったペプチドの同定、及びその機能を明らかにすることが容易になる。すなわち、本発明の方法は、リン酸化タンパク質のプロテオーム解析により広く応用することができる。本発明によって明らかにされたタンパク質が特定の疾患に関与するものである場合、該タンパク質を標的として特異的に作用し、その機能を効果的に制御する化合物をコンピュータで理論的にデザインすることによって、医薬品候補化合物を創出することができる。また、該タンパク質をコードする遺伝子の情報を見出し、該遺伝子の発現を特異的に制御する物質を医薬品候補化合物として創出することができる。本発明の方法は、これら医薬品候補化合物の創出をより効率的なものにすることができる。
【実施例】
以下に実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらにより限定されるものではない。以下において、「%」は特に断りのない限り、すべて重量基準である。
リン酸化を受け得るアミノ酸残基は、主としてセリン、スレオニン及びチロシンの3種であるため、まず、次の3種のホスホペプチドについてフッ化水素(HF)による脱リン酸化を行った。
1.WAGGDApSGE(配列表の配列番号1)(セリン残基がリン酸化されたペプチド)
2.TRDIpYETDYYRK(配列表の配列番号3)(チロシン残基がリン酸化されたペプチド)
3.GFEpTVPETG−NH(配列表の配列番号5)(スレオニン残基がリン酸化されたペプチド)
【実施例1】
アミノ酸配列がWAGGDApSGE(配列表の配列番号1)であるホスホペプチド(アメリカン・ペプチド・カンパニー社製、カイウサギ(Oryctolaguscuniculus)のデルタ睡眠誘発ペプチド(Delta Sleep Inducing Peptide;DSIP))を用いた。このホスホペプチドはセリン残基がリン酸化されており、リン酸化セリン残基をpSで表している。
凍結乾燥させた配列番号1のホスホペプチド100μgに50%フッ化水素酸(水溶液)50μlを氷冷下で加え、0℃で3時間反応させた。ドラフト中で反応溶液にN気流を吹き付けて蒸発・乾固した。得られた残渣を水100μlに溶解し、MALDI−TOFMS((株)島津製作所製、AXIMA−CFR)を用いて測定した。
図1は、上記反応条件(50%HF、0℃、3時間(3hr))により脱リン酸化が起こってアミノ酸配列がWAGGDASGE(配列表の配列番号2)のペプチドが得られたことを確認するために、得られたマススペクトルチャートと他のスペクトルチャートとを比較したものである。上段は、上記反応による生成物のスペクトルチャート(シグナル強度:240mV)、中段は、別途調製された配列番号2と同じ配列を有するペプチドのスペクトルチャート(シグナル強度:1498mV)、下段は、ホスホペプチドWAGGDApSGE(配列表の配列番号1)のスペクトルチャート(シグナル強度:469mV)である。図1中のスペクトルチャートは全て、横軸にイオンの質量/電荷(Mass/Charge(m/z))、縦軸にイオンの相対強度(Int.)を表す。
上段のスペクトルチャートにおいては、(m/z)=849.39(M)の分子イオンピークが検出された。この分子イオンピークは、下段のスペクトルチャートで検出された(m/z)=929.34(M)の分子イオンピークより分子量が80小さい。この差は、ホスホペプチドの分子量と、それを脱リン酸化することによって得られるペプチドの分子量との差に相当する。さらに、上段のスペクトルチャートは、中段のスペクトルチャートと良い一致を示した。これらのことから、副反応を起こすことなく目的の脱リン酸化が行われたことが分かった。
【実施例2】
アミノ酸配列がTRDIpYETDYYRK(配列表の配列番号3)であるホスホペプチド(シグマ社製、ヒト(Homo sapiens)のインスリンレセプター1142−1153(Insulin receptor 1142−1153))を用いた。このホスホペプチドはN末端から5番目のチロシン残基がリン酸化されており、リン酸化チロシン残基をpYで表している。
凍結乾燥させた配列番号2のホスホペプチド100μgに50%フッ化水素酸(水溶液)50μlを氷冷下で加え、0℃で3時間反応させた。ドラフト中で反応溶液にN気流を吹き付けて蒸発・乾固した。得られた残渣を水100μlに溶解し、MALDI−TOFMS((株)島津製作所製、AXIMA−CFR)を用いて測定した。
図2は、上記反応条件(50%HF、0℃、3時間(3hr))により脱リン酸化が起こってアミノ酸配列がTRDIYETDYYRK(配列表の配列番号4)のペプチドが得られたことを確認するために、得られたマススペクトルチャートと他のスペクトルチャートとを比較したものである。上段は、上記反応による生成物のスペクトルチャート(シグナル強度:253mV)、中段は、別途調製された配列番号4と同じ配列を有するペプチドのスペクトルチャート(シグナル強度:123mV)、下段は、ホスホペプチドTRDIpYETDYYRK(配列表の配列番号3)のスペクトルチャート(シグナル強度:123mV)である。図2中のスペクトルチャートは全て、横軸にイオンの質量/電荷(Mass/Charge(m/z))、縦軸にイオンの相対強度(Int.)を表す。
上段のスペクトルチャートにおいては、(m/z)=1622.76(M)の分子イオンピークが検出された。この分子イオンピークは、下段のスペクトルチャートで検出された(m/z)=1072.79(M)の分子イオンピークより分子量が80小さい。この差は、ホスホペプチドの分子量と、それを脱リン酸化することによって得られるペプチドの分子量との差に相当する。さらに、上段のスペクトルチャートは、中段のスペクトルチャートと良い一致を示した。これらのことから、副反応を起こすことなく目的の脱リン酸化が行われたことが分かった。
【実施例3】
アミノ酸配列がGFEpTVPETG−NH(配列表の配列番号5)であるホスホペプチドを合成した。このホスホペプチドはN末端から4番目のスレオニン残基がリン酸化されており、リン酸化スレオニン残基をpTで表している。さらにこのホスホペプチドは、C末端のグリシン残基がアミド化されており、アミド化されたグリシン残基をG−NHで表している。
凍結乾燥させた配列番号3のホスホペプチド100μgに50%フッ化水素酸(水溶液)50μlを室温下で加え、室温で3時間反応させた。ドラフト中で反応溶液にN気流を吹き付けて蒸発・乾固した。得られた残渣を水100μlに溶解し、MALDI−TOFMS((株)島津製作所製、AXIMA−CFR)を用いて測定した。
図3は、上記反応条件(50%HF、室温(RT)、3時間(3hr))により脱リン酸化が起こってアミノ酸配列がGFETVPETG−NH(配列表の配列番号6)のペプチドが得られたことを確認するために、得られたマススペクトルチャートと他のスペクトルチャートとを比較したものである。なお、配列番号6のペプチドは、アミド化されているC末端のグリシンをG−NHで表している。上段は、上記反応による生成物のスペクトルチャート(シグナル強度:40mV)、中段は、別途合成した配列番号6と同じ配列を有するペプチドのスペクトルチャート(シグナル強度:325mV)、下段は、ホスホペプチドGFEpTVPETG−NH(配列表の配列番号5)のスペクトルチャート(シグナル強度:177mV)である。図3中のスペクトルチャートは全て、横軸にイオンの質量/電荷(Mass/Charge(m/z))、縦軸にイオンの相対強度(Int.)を表す。
上段のスペクトルチャートにおいては、(m/z)=973.86(M+K),957.90(M+Na),935.52(M+H)の分子イオンピークが検出された。これら分子イオンピークは、下段のスペクトルチャートで検出された(m/z)=1053.64(M+K),1037.65(M+Na),1015.66(M+H)の分子イオンピークより分子量がそれぞれ80小さい。この差は、ホスホペプチドの分子量と、それを脱リン酸化することによって得られるペプチドの分子量との差に相当する。さらに、上段のスペクトルチャートは、中段のスペクトルチャートと良い一致を示した。これらのことから、副反応を起こすことなく目的の脱リン酸化が行われたことが分かった。
さらに、次の3種のホスホペプチドについて、フッ化水素−ピリジン(HF−Py)による脱リン酸化を行った。
4.WAGGDApSGE(配列表の配列番号1)(セリン残基がリン酸化されたペプチド)
5.Ac−IpYGEF−NH(配列表の配列番号7)(チロシン残基がリン酸化されたペプチド)
6.GFETVPEpTG−NH(配列表の配列番号9)(スレオニン残基がリン酸化されたペプチド)
【実施例4】
実施例1で用いたのと同じ、アミノ酸配列がWAGGDApSGE(配列表の配列番号1)のホスホペプチドを用いた。
凍結乾燥させた配列番号1のホスホペプチド100μlに70%フッ化水素−ピリジン50μlを氷冷下で加えて溶解し、0℃で1時間反応させた。反応溶液を真空ポンプ減圧下で濃縮乾固した。得られた残渣を水20μlに溶解し、ZipTip(ミリポア社製)による処理を行った後、MALDI−TOFMS((株)島津製作所製、AXIMA−CFR)を用いて測定した。
図4上段は、上記反応条件(70%HF−Py、0℃(0 deg.C)、1時間(1hr))による脱リン酸化によって得られた、アミノ酸配列がWAGGDASGE(配列表の配列番号2)のペプチドのスペクトルチャート(シグナル強度:130mV)を示す。また、図4下段は、ホスホペプチドWAGGDApSGE(配列表の配列番号1)のスペクトルチャート(シグナル強度:525mV)を示す。図4中のスペクトルチャートは全て、横軸にイオンの質量/電荷(Mass/Charge(m/z))、縦軸にイオンの相対強度(Int.)を表す。
上段のスペクトルチャートにおいては、(m/z)=849.36(M)の分子イオンピークが検出された。この分子イオンピークは、下段のスペクトルチャートで検出された(m/z)=929.34(M)の分子イオンピークより分子量が80小さい。この差は、ホスホペプチドの分子量と、それを脱リン酸化することによって得られるペプチドの分子量との差に相当する。このことから、副反応を起こすことなく目的の脱リン酸化が行われたことが分かった。
【実施例5】
アミノ酸配列がAc−IpYGEF−NH(配列表の配列番号7)であるホスホペプチドを合成した。このホスホペプチドはN末端から2番目のチロシン残基がリン酸化されており、リン酸化チロシン残基をpYで表している。またこのホスホペプチドは、N末端のイソロイシン残基がアセチル化されており、アセチル化されたイソロイシン残基をAc−Iで表している。さらにこのホスホペプチドはC末端のフェニルアラニン残基がアミド化されており、アミド化されたフェニルアラニン残基をF−NHで表している。
脱リン酸化すべきホスホペプチドに上記配列番号7のペプチドを用いた以外は、実施例4と同様の操作を行い、MALDI−TOFMS((株)島津製作所製、AXIMA−CFR)を用いて測定した。
図5上段は、実施例5の反応条件(70%HF−Py、0℃(0 deg.C)、1時間(1hr))による脱リン酸化によって得られた、アミノ酸配列がAc−IpYGEF−NH(配列表の配列番号8)のペプチドのスペクトルチャート(シグナル強度:68mV)を示す。なお、配列番号8のペプチドは、アセチル化されているN末端のイソロイシンをAc−I、アミド化されているC末端のフェニルアラニンをF−NHで表している。また、図5下段は、ホスホペプチドAc−IpYGEF−NH(配列表の配列番号7)のスペクトルチャート(シグナル強度:119mV)を示す。図5中のスペクトルチャートは全て、横軸にイオンの質量/電荷(Mass/Charge(m/z))、縦軸にイオンの相対強度(Int.)を表す。
上段のスペクトルチャートにおいては、(m/z)=707.36(M+K),691.38(M+Na)の分子イオンピークが検出された。これら分子イオンピークは、下段のスペクトルチャートで検出された(m/z)=787.42(M+K),771.47(M+Na)の分子イオンピークより分子量がそれぞれ80小さい。この差は、ホスホペプチドの分子量と、それを脱リン酸化することによって得られるペプチドの分子量との差に相当する。このことから、副反応を起こすことなく目的の脱リン酸化が行われたことが分かった。
【実施例6】
アミノ酸配列がGFETVPEpTG−NH(配列表の配列番号9)であるホスホペプチドを合成した。このホスホペプチドはN末端から8番目のスレオニン残基がリン酸化されており、リン酸化スレオニン残基をpTで表している。またこのホスホペプチドはC末端のグリシン残基がアミド化されており、アミド化されたグリシン残基をG−NHで表している。
脱リン酸化すべきホスホペプチドに上記配列番号9のペプチドを用いた以外は、実施例4と同様の操作を行い、MALDI−TOFMS((株)島津製作所製、AXIMA−CFR)を用いて測定した。
図6上段は、実施例6の反応条件(70%HF−Py、0℃(0 deg.C)、1時間(1hr))による脱リン酸化によって得られた、アミノ酸配列がGFETVPETG−NH(配列表の配列番号10)のペプチドのスペクトルチャート(シグナル強度:5.6mV)を示す。なお、配列番号10のペプチドは、アミド化されているC末端のグリシンをG−NHで表している。また、図6下段は、ホスホペプチドGFETVPEpTG−NH(配列表の配列番号9)のスペクトルチャート(シグナル強度:208mV)を示す。図6中のスペクトルチャートは全て、横軸にイオンの質量/電荷(Mass/Charge(m/z))、縦軸にイオンの相対強度(Int.)を表す。
上段のスペクトルチャートにおいては、(m/z)=973.50(M+K),957.54(M+Na)の分子イオンピークが検出された。これら分子イオンピークは、下段のスペクトルチャートで検出された(m/z)=1053.64(M+K),1037.65(M+Na)の分子イオンピークより分子量がそれぞれ80小さい。この差は、ホスホペプチドの分子量と、それを脱リン酸化することによって得られるペプチドの分子量との差に相当する。このことから、副反応を起こすことなく目的の脱リン酸化が行われたことが分かった。
以上のホスホペプチドを用いた実施例全てにおいて、副反応を起こすことなく脱リン酸化が行われた。このように本発明の方法は、反応の特異性や構造依存性がなく、どのようなペプチドに対しても適用することができる。
【実施例7】
上記実施例1〜6で述べたモデルペプチドに加え、α−カゼイン(牛乳(bovine milk)由来)を用いた脱リン酸化を行った。α−カゼインを定法によりトリプシン消化して消化断片の混合物を得、次いでIMAC法(Gaカラム)によりホスホペプチドを濃縮した。このサンプルを50%フッ化水素酸(水溶液)50μlで処理し、0℃、3時間で、脱リン酸化を行った。その結果、MALDI−TOFMSスペクトル上の(m/z)が2000までの範囲において(m/z)=1661.2,1952.3の2本のホスホペプチド由来のピークが、フッ化水素処理後それぞれ(m/z)=1580.9,1872.0へと変化した。処理前と処理後の質量数の差は80であるので、各々のフラグメントは1ヶ所リン酸化されていたことが分かった。
上記実施例では、5種のモデルペプチド及びα−カゼインの脱リン酸化を示した。しかしながら、本発明は、これらに限定されることなく、全てのペプチド、タンパク質に適用することができる。そのため、前述の実施例はあらゆる点で単なる例示に過ぎず、限定的に解釈してはならない。さらに、特許請求の範囲の均等範囲に属する変更は、全て本発明の範囲内のものである。
なお、配列表フリーテキスト(人工配列の記載(Description of Artificial Sequence))において、配列番号2はデルタ睡眠誘発ペプチドを脱リン酸化したペプチドであり、配列番号4はインスリンレセプター1142−1153を脱リン酸化したペプチドであり、配列番号5、7、9は合成ホスホペプチドであり、配列番号6、8、10は合成ホスホペプチド5、7、9をそれぞれ脱リン酸化したペプチドである。
【産業上の利用可能性】
本発明によれば、酵素を用いずに化学的処理によってペプチドのリン酸基を脱離する方法及びその方法を用いてペプチドの解析を効率良く行う方法が提供される。
【配列表】





【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ化水素、フッ化水素酸、及びフッ化水素含有化合物からなる群から選ばれる少なくとも1つを含む試剤を用いてペプチドのリン酸基を脱離する方法。
【請求項2】
前記フッ化水素含有化合物がフッ化水素−ピリジンである、請求の範囲第1項に記載のペプチドのリン酸基を脱離する方法。
【請求項3】
前記試剤に含まれる前記フッ化水素、前記フッ化水素酸中のフッ化水素、及び前記フッ化水素含有化合物中のフッ化水素の合計量が、前記試剤に対し10〜100重量%である、請求の範囲第1項に記載のペプチドのリン酸基を脱離する方法。
【請求項4】
脱離の反応温度が−10〜50℃である、請求の範囲第1項に記載のペプチドのリン酸基を脱離する方法。
【請求項5】
脱離の反応を液相反応又は気相反応で行う、請求の範囲第1項に記載のペプチドのリン酸基を脱離する方法。
【請求項6】
請求の範囲第1項に記載のペプチドのリン酸基を脱離する方法を用いたペプチドの解析方法。
【請求項7】
質量分析を用いる、請求の範囲第6項に記載のペプチドの解析方法。
【請求項8】
マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(MALDI)及び飛行時間型質量分析法(TOFMS)を用いる、請求の範囲第7項に記載のペプチドの解析方法。
【請求項9】
フッ化水素、フッ化水素酸、及びフッ化水素含有化合物からなる群から選ばれる少なくとも1つを含む試剤を用いてペプチドのリン酸基を脱離することで見出されるペプチドを含む新規化合物。
【請求項10】
請求の範囲第9項で得られた新規化合物から開発される医薬品候補化合物。

【国際公開番号】WO2004/072106
【国際公開日】平成16年8月26日(2004.8.26)
【発行日】平成18年6月1日(2006.6.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−568202(P2004−568202)
【国際出願番号】PCT/JP2003/004305
【国際出願日】平成15年4月3日(2003.4.3)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】