説明

ペリクル枠体及びペリクル

【課題】高エネルギーの光の照射下においてもヘイズの発生を低減することができると共に、異物検査に優れたペリクル枠体及びペリクルを提供する。
【解決手段】ペリクル枠体2は、アルミニウム材で枠状に形成されており、アルミニウム材は、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、リン酸、及びそれらの塩からなる群から選択される少なくとも1つの電解液で陽極酸化処理された陽極酸化皮膜Pが表面に形成されており、アルミニウム材の素材には、Cu:0.5〜3.0%、Mg:1.5〜4.5%、Zn:4.0〜7.0%を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばIC(IntegratedCircuit:集積回路)、LSI(Large Scale Integration:大規模集積回路)、TFT型LCD(Thin Film Transistor,LiquidCrystal Display:薄膜トランジスタ液晶ディスプレイ)等の半導体装置や液晶表示装置を製造する際のリソグラフィー工程で使用されるフォトマクスやレティクルに異物が付着することを防止するために用いるペリクルのペリクル枠体及びペリクルに関する。
【背景技術】
【0002】
LSI、超LSIなどの半導体装置や液晶表示装置(LCD)を構成する薄膜トランジスタ(TFT)やカラーフィルター(CF)等の製造工程には、露光装置を用いたフォトリソグラフィー工程が含まれる。このとき、一般にペリクルと呼ばれる防塵手段が用いられている。このペリクルは、フォトマスクやレティクルに合わせた形状を有する厚さ数ミリ程度の枠体の上縁面に、厚さ10μm以下程度のニトロセルロース、セルロース誘導体、フッ素ポリマーなどの透明な高分子膜(光学的薄膜体)を展張して接着したものであり、異物がフォトマスクやレティクル上に直接付着することを防ぐ。仮にフォトリソグラフィー工程において異物がペリクル上に付着したとしても、フォトレジストが塗布されたウエハー上にこれらの異物は結像しないため、異物の像による露光パターンの短絡や断線等を防止し、フォトリソグラフィー工程の製造歩留まりを向上させることができる。
【0003】
そのため、ペリクルメーカーでは、ペリクル自体に異物が付着している状態では出荷できないため、ペリクル製造工程中に幾度も目視検査や装置等(主には、目視検査で行われている)で異物検査を行いペリクルへの異物の有無を出荷前まで検査している。また、マスクメーカーやデバイスメーカーにおいても、マスクに貼付する前にペリクルへの異物の有無を検査して、異物が付着していないと判断した場合にはペリクルを使用し、異物を発見するとペリクルを使用しない。そのため、異物検査のし易さは従来から求められており、その対策としてペリクル枠体を黒色としている。
【0004】
また、近年、半導体装置の高集積化に伴い、より狭い線幅で微細な回路パターンの描画が求められ、フォトリソグラフィー工程に用いる露光光についてもKrFエキシマレーザー(波長248mm)、ArFエキシマレーザー(波長193mm)、Fエキシマレーザー(波長157nm)等のようなより短波長の光が用いられるようになっている。ところが、これらの短波長の露光光源は高出力であるため光のエネルギーが高く、露光の時間の経過と共に反応生成物をフォトマスク等に付着させて、くもり(ヘイズ)を発生させるといった問題がある。フォトマスク等の製造後の検査では無欠陥の良好な品質状態であっても、露光装置でエキシマレーザーの照射を繰り返すうちにフォトマスクやレティクル上にヘイズが発生して良好なパターン転写像が得られず、場合によっては半導体素子の回路の断線やショートを引き起こしてしまう。
【0005】
また、ペリクルの枠体は、一般にアルミニウム材からなり、通常、その表面には陽極酸化皮膜が形成される。ところが、陽極酸化皮膜を形成する際に用いる電解液には硫酸等の酸性成分が含まれており、これが形成された皮膜中に残存すると、フォトリソグラフィー工程等において離脱して、フォトマスクやレティクルとの間の閉ざされた空間内にガス状物として発生する。そして、雰囲気中に含まれているアンモニアをはじめ、シアン化合物や炭化水素化合物などと光化学反応を起こしてヘイズが生じる。
【0006】
そこで、上記の問題に関して、ペリクル枠体に対して陽極酸化した後に純水中で超音波洗浄を行うことで、酸性成分を除去する方法が知られている(例えば、特許文献1参照)。また、陽極酸化皮膜の替わりに電着塗装等によるポリマー皮膜を形成する方法や、酸性成分の含有量を個別に規定することで、フォトリソグラフィー工程に影響を及ぼさない程度のヘイズに抑制する方法も知られている(例えば、特許文献2,3参照)。
【0007】
また、例えば特許文献4に記載されているように、陽極酸化処理時に酸浸漬溶解処理を行うことで、ポーラス層のポア径とセル径の比を調節し、ポア径を広げることでアルマイト層中のイオンを洗浄しやすくしヘイズに関係するイオンを低減するといった方法も知られている。
【0008】
また、近年の露光光の短波長化・高エネルギー化に伴うパターンの微細化が進んでいるため、マスクの平坦性が悪いと露光時に焦点ズレが発生し、焼き付けられるパターンの精度が悪くなるといった問題が発生する。そのため、マスクの平坦性は、従来よりも精度の高いものが求められている。マスクの平坦性を変化させる要因の1つとしては、ペリクルの影響があると言われている。そのため、ペリクル枠体の平坦度を規定した方法もある(例えば、特許文献5参照)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2006−184822号公報
【特許文献2】特開2007−333910号公報
【特許文献3】特開2007−225720号公報
【特許文献4】特開2010−113350号公報
【特許文献5】特開2008−256925号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
従来からある上述したヘイズの問題は、依然として解決されておらず、更なるヘイズの生成原因物質である酸性成分の含有量の低減が求められている。そこで、陽極酸化皮膜の膜厚を従来よりも薄くすることで、皮膜中の絶対的なイオン量が削減できると考えて、皮膜を薄くする検討を行った。
【0011】
しかしながら、従来使用していたアルミニウム合金であるJIS A6000系を利用して、上記特許文献4に記載の処理を行い皮膜を薄くしていくと、ペリクル枠体の色が黒色化できずに青色になることが判明した。ペリクル枠体の色が青色になると、工程中での異物検査性が悪くなり、工程中の異物検査性のタクトが長くなる。更に、検査に時間をかけても黒色又は黒色に近い色(例えば、濃紺色や濃茶色等)の場合と比較して異物を発見できる割合が減少するため異物が完全に除去できないままペリクルが組み立てられる可能性もある。このような場合、例えば、マスク粘着体とペリクル枠体との間に異物が挟まれていると、マスクに貼り付けた後にエアパスになりそこから別な異物が侵入したり、異物がきっかけで剥がれにつながるおそれがある。そのため、異物検査性が低下するおそれがある。また、露光中での散乱光による枠体からの光の反射を防止するために黒色又は黒色に近い色にすることが望まれている。
【0012】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、高エネルギーの光の照射下においてもヘイズの発生を低減することができると共に、異物検査に優れたペリクル枠体及びペリクルを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために、本発明者らは鋭意研究を重ねた結果、特定の成分を含むアルミニウム材を使用して、特定の電解液で陽極酸化処理を行うことで、従来よりもヘイズの生成原因物質である酸性成分の含有量の低減が可能になり、更には、ペリクル枠体も黒色に近い色(濃紺黒色)になり異物検査性も良好なペリクル枠体を得ることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0014】
すなわち、本発明に係るペリクル枠体は、アルミニウム材で枠状に形成され、開口部を覆う光学的薄膜体を展張支持するペリクル枠体であって、アルミニウム材は、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、リン酸、及びそれらの塩からなる群から選択される少なくとも1つの電解液で陽極酸化処理された陽極酸化皮膜が表面に形成されており、アルミニウム材には、Cu:0.5〜3.0%、Mg:1.5〜4.5%、Zn:4.0〜7.0%を含むことを特徴とする。
【0015】
また、アルミニウム材の陽極酸化処理により形成された陽極酸化皮膜の厚みは、0.5μm〜10μmである。
【0016】
また、陽極酸化処理の前に150℃〜350℃にて熱処理が行われている。
【0017】
また、本発明に係るペリクルは、上述のペリクル枠体と、ペリクル枠体の開口部を覆うように展張支持されたペリクル膜とを備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、高エネルギーの光の照射下においてもヘイズの発生を低減することができると共に、異物検査に優れたものとすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の一実施形態に係るペリクル枠体を用いたペリクルを示す斜視図である。
【図2】図1におけるII−II線断面図である。
【図3】評価結果を示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、図面を参照しながら、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。なお、説明において、同一要素又は同一機能を有する要素には、同一符号を用いることとし、重複する説明は省略する。
【0021】
図1は、本発明の一実施形態に係るペリクル枠体を用いたペリクルを示す斜視図であり、図2は、図1におけるII−II線断面図である。図1及び図2に示すように、ペリクル1は、ペリクル枠体(ペリクル支持枠)2と、ペリクル枠体2の上縁面2eに展張支持されたペリクル膜(光学的薄膜体)3と、ペリクル枠体2の下縁面2fに塗布された粘着体10と、粘着体10に粘着され、この粘着体10を保護する保護フィルムFとを備えている。
【0022】
このペリクル枠体2は、対向する一対の長辺(枠部材)2a,2bと、この長辺2a,2bよりも短い対向する一対の短辺(枠部材)2c,2dとから構成されており、平面視において矩形状を呈している。ペリクル枠体2において、長辺2aと長辺2bとの長さは等しく形成されており、短辺2cと短辺2dとの長さは等しく形成されている。ペリクル枠体2は、矩形状の開口部4を有しており、長辺2a,2b及び短辺2c,2dは、開口部4の周縁を形成している。この開口部4の開口面積は、好ましくは18000cm以上、より好ましくは23000cm以上、35000cm以下である。
【0023】
一対の長辺2a,2bは、幅が例えば9.0mmの柱部材からなり、その長さは、例えば800mmである。一対の短辺2c,2dは、幅が例えば7.0mmの柱部材からなり、その長さは、例えば480mmである。つまり、短辺2c,2dの平面視(上面視)における幅は、長辺2a,2bの幅よりも狭い。ペリクル枠体2の角部5の曲率は、例えば、R=2mmである。ペリクル枠体2の側面6には、溝部7が長手方向(辺方向)に沿って設けられている。
【0024】
ペリクル枠体2の各辺2a〜2dの幅は、露光面積を確保する観点からは細ければ細いほど好ましいが、細すぎるとペリクル膜3の展張時にペリクル膜3の張力でペリクル枠体2が撓んでしまうという問題が生じるおそれがある。各辺の長さに対して剛性を考慮した幅の太さになるため、各辺2a〜2dは、3mm〜25mm程度とすることができる。
【0025】
また、ペリクル枠体2の厚みに関しても、薄ければ薄いほど軽くて扱いやすいペリクル1となるが、薄すぎるとペリクル膜3の展張時にペリクル膜3の張力でペリクル枠体2が撓んでしまうという問題が生じるおそれがある。各辺2a〜2dの長さに応じた両者のバランスから、ペリクル枠体2の厚みは、好ましくは4.5mm〜12mm程度とすることができる。
【0026】
ペリクル膜3は、特に制限はなく公知のものを使用することができるが、例えば石英等の無機物質や、ニトロセルロース、ポリエチレンテレフタレート、セルロースエステル類、フッ素系ポリマー、ポリカーボネート、ポリメタクリル酸メチル等のポリマーなどを例示することができる。ペリクル膜3は、CaF2等の無機物やポリスチレン、テフロン(登録商標)等のポリマーからなる反射防止層などを備えるようにしてもよい。ペリクル膜3の厚さは、例えば10μm以下0.1μm以上が好ましい。このペリクル膜3は、ペリクル枠体2の開口部4を覆うように上縁面2eに展張され、ペリクル枠体2に貼着支持されている。
【0027】
ペリクル膜3をペリクル枠体2の上縁面2eに接着する接着剤は、例えば、アクリル樹脂接着剤、エポキシ樹脂接着剤、シリコーン樹脂接着剤、又は含フッ素シリコーン接着剤等のフッ素系ポリマーを用いることができる。
【0028】
また、ペリクル膜3を貼着支持する粘着剤層としては、スチレンエチレンブチレンスチレン、スチレンエチレンプロピレンスチレン、もしくはオレフィン系等のホットメルト粘着材、シリコーン系粘着材、アクリル系粘着材、又は発泡体を基材とした粘着テープを用いることができる。粘着剤層の厚さは、ペリクル枠体2の厚さと粘着剤層の厚さとの合計が規定されたペリクル膜3とフォトマスクの距離を越えない範囲で設定するものであり、例えば、10mm以下0.01mm以上が好ましい。
【0029】
また、上述のように、ペリクル枠体2の下縁面2fには、ペリクル1をフォトマスクやレティクルに装着するための粘着体10が設けられている。粘着体10としては、粘着材単独あるいは弾性のある基材の両側に粘着材が塗布された素材を使用することができる。粘着体10としては、アクリル系、ゴム系、ビニル系、エポキシ系、シリコーン系等の接着剤が挙げることができ、また、基材となる弾性の大きい材料としてはゴム又はフォームが挙げられ、例えばブチルゴム、発砲ポリウレタン、発砲ポリエチレン等を例示できるが、特にこれらに限定されない。
【0030】
また、ペリクル枠体2には、異物を捕集したり耐光性のために内壁粘着材等を内壁に使用したり、内壁を被覆したりすることもできる。内壁粘着材としては、例えば、アクリル系樹脂、アクリル系粘着材、フッ素系樹脂、フッ素系粘着材等が挙げられる。特に耐光性を考慮すると、好ましくは、フッ素系樹脂であり、具体的には、テトラフルオロエチレン共重合体、ヘキサフルオロプロピレン共重合体、ビニリデンフルオライド共重合体等を例示できるが、特にこれらに限定されない。
【0031】
また、ペリクル1をフォトマスクに貼り付けた際に、粘着体10の内側に空間が存在すると、該空間に異物が滞留する可能性がある。そのため、ペリクル枠体2の下縁面2fに粘着体10を塗布する際には、ペリクル1をフォトマスクに貼り付ける際の加圧で粘着体10が潰れて広がることを考慮した上で、加圧時に開口部4に粘着剤がはみ出さない程度にペリクル枠体2の開口部4内側寄りに塗布することが好ましい。具体的には、粘着体10内側の空間が粘着体10の塗布幅の0.35倍以内となるように塗布することが好ましい。粘着体10の塗布幅はペリクル枠体2の各辺2a〜2dの幅に対し0.3〜0.6倍であることが好ましく、ペリクル枠体2の各辺2a〜2dに沿って塗布することが好ましい。
【0032】
粘着体10を保護する保護フィルムFとしては、ポリエチレンテレフタレート樹脂、又はポリエチレン樹脂からなるフィルムを用いることができる。また、粘着体10の粘着力に応じて、離型剤、例えばシリコーン系離型剤、又はフッ素系離型剤を、保護フィルムの表面に塗布してもよい。保護フィルムの厚さは、例えば、1mm以下0.01mm以上が好ましい。
【0033】
続いて、ペリクル枠体2について、より詳細に説明する。ペリクル枠体2は、アルミニウム材から形成されている。アルミニウム材は、アルミニウム又はアルミニウム合金からなるものであり、Cu:0.5〜3.0%、Mg:1.5〜4.5%、Zn:4.0〜7.0%を必須成分として含んでいる。これらの元素は、強度を向上させるために有効な成分であり、各々下限より少ないと強度不足を生じる場合がある一方、上限より多いと素材の鋳造・熱間加工性が低下し製造困難となる場合があるため、上記の含有量が好ましい。アルミニウム材は、好ましくはJIS A7000系であり、更には、強度と後術する平坦性の観点とからJIS A7075系が好適である。なお、本実施形態では、上記成分を含んでいる場合においても、アルミニウムとしている。
【0034】
アルミニウム材には、硫酸以外の電解液にて陽極酸化処理により陽極酸化皮膜Pが表面に形成されている。硫酸以外の陽極酸化処理に使用する電解液については、例えばシュウ酸、マロン酸、コハク酸、リン酸、及びそれらの塩からなる群から選択される少なくとも1つの多価の酸を含む電解液を用いることができ、特に好ましくは、シュウ酸又はシュウ酸塩の水溶液を用いた2価の酸を含む電解液を用いた陽極酸化処理である。これは、ヘイズの最大原因物質である硫酸を用いないようにして、陽極酸化処理をする必要があるためである。また、電解液等が皮膜中に残存する可能性があるため、ヘイズを低減するイオンの総量からも好ましく、アルミニウム材の場合、耐食性が若干劣るため、耐食性と耐磨耗性の観点からも好ましい。
【0035】
以下、電解液としてシュウ酸又はシュウ酸塩の水溶液を用いる場合について説明する。但し、電解液はシュウ酸又はシュウ酸塩の水溶液に限定されるものではない。シュウ酸塩としては、シュウ酸水素カリウム、シュウ酸カリウム、シュウ酸ナトリウム、シュウ酸アンモニウム等を挙げることができ、好ましくはシュウ酸水素カリウム、シュウ酸カリウム、及びシュウ酸ナトリウムであることがよい。電解液の濃度については、シュウ酸根(C2−)が20〜90g/Lであるのがよく、好ましくは30〜60g/Lであることがよい。シュウ酸根濃度が20g/L〜90g/Lの範囲であると適切な電解電圧を得ることができる。
【0036】
陽極酸化処理の電圧については、10〜60Vであることがよく、好ましくは20〜50Vであることがよい。10Vより高いと、得られる陽極酸化皮膜Pの強度を使用十分なものとすることができ、60Vより低くすることで、上記皮膜中に形成されるポーラス層で大きな表面積が得られるので、後の着色処理で十分な着色性が得られる。また、電解液の温度については、好ましくは15〜40℃とすることがよく、陽極酸化の処理時間は2〜60分、好ましくは5〜20分の範囲であることがよい。
【0037】
そして、これら陽極酸化処理の条件を調整し、得られる陽極酸化皮膜Pの膜厚を0.5〜10μm、好ましくは1.0〜6.0μm、更には2.0〜4.5μmとすることが望ましい。陽極酸化皮膜Pの厚みが0.5μmより大きいと着色処理で十分な着色性が得られ、10μmより小さいと皮膜内に取り込まれる酸性成分の量をヘイズの原因とならない程度に少なくすることができる。従来使用されていたJIS A6000系を使用して陽極酸化処理した場合、皮膜を薄くすると青色(明るい色)の枠体になるため、異物検査性の観点から皮膜を薄くすることができなかった。しかし、上記特定の成分を含むアルミニウム材を使用することで、皮膜を薄くしても、異物検査性が良好な黒色(暗い色)に近い色にすることが可能になった。着色の違いの理由について定かではないが、以下のように考えられる。
【0038】
上記特定の成分を含有するアルミニウム材の場合は、酸浸漬処理をしない方が好ましい。これは、酸浸漬処理によって皮膜中のポーラス層の面積は拡大し染色のための染料は若干多く取り込まれるが,酸浸漬処理の際,皮膜内に残存する第二相化合物が溶解して,光の吸収・散乱が変化し,逆に黒色度が悪くなってしまう場合があるからである。
【0039】
また、このようにシュウ酸又はシュウ酸塩の水溶液を用いたことで、一般に硫酸を用いて陽極酸化皮膜Pを形成する場合(通常100〜200g/LL程度)に比べて、使用する酸の量を減らすことができる。また、得られた陽極酸化皮膜Pはビッカース硬度で150〜500Hv程度の硬度を有することができるため、枠体表面の傷付きや発塵を抑えることができて耐久性にも優れる。
【0040】
また、上記特定の成分を含むアルミニウム材のシュウ酸液等による陽極酸化処理を行った後、イオン低減するために酸浸漬処理を行うと、最終の枠体となったときに、マイクロクラックと呼ばれるひび割れ状態が発生する。このようなマイクロクラックが発生すると、このクラックに入り込んだ極小さい異物の落下の原因になったり、高エネルギー環境下では、そのクラックからヘイズの原因となり得るイオン等が発生する可能性もでてきている。そのため、ペリクルにとっては重大な問題となるため好ましくない。
【0041】
なお、マイクロクラックとは、クラック幅が0.1μm以上のものを対象にしている。マイクロクラック数の評価方法としては、枠体表面を電子顕微鏡にて1000倍に拡大した写真において10cm(実寸法0.1mm)の直線を引き、その直線に交差するクラック数を計算する。クラックの幅は、その電子顕微鏡写真で観察できるもの、即ちクラック幅0.1μm以上のものを計数する。
【0042】
一般に、マイクロクラックは、陽極酸化処理の際の電圧が低かったり、厚膜を形成するほど入りやすくなる。マイクロクラックは、酸化皮膜とアルミニウム合金の母材との線膨張係数が異なることが1つの起因と予測されている。また、陽極酸化皮膜Pは、皮膜が薄い場合は圧縮応力、厚い場合は引張応力が残留することが知られている。本発明のように陽極酸化処理後の封孔工程で高温状態にさらされると、皮膜が薄い場合は圧縮応力が緩和されてクラックは発生しないが、皮膜が厚い場合は引張応力が強まり、皮膜に欠陥があるとそこを基点にクラックが発生する。また、電圧の低い皮膜は柔らかく、高いと硬いことからクラックに対する感受性が高い。
【0043】
このため、膜厚が厚いと、圧縮応力の残留が大きくなりクラックの発生も高くなると考えられている。本実施形態では、イオン低減のために膜厚を0.5〜10μmとしたが、結果的には、マイクロクラックの発生抑制の効果にもつながることになった。また、酸化処理の電解電圧を10V以上(好ましくは20V以上)とすることで、更に、マイクロクラックの発生抑止につながる。
【0044】
更に、ペリクル枠体2は、その表面が着色されていることが好ましい。着色処理の条件については、特に制限されず、公知の方法を採用することができる。例えば、有機系染料や無機系染料による染色処理、金属塩による二次電解着色処理が挙げられる。好ましくは、陽極酸化処理後に枠体を染色処理することがよい。着色処理は、露光光の散乱防止等と異物検査性を目的にし、いわゆる黒色化或いは黒色に近い色にすることができればよい。ヘイズの原因である酸性成分の含有量が少ないとされる染料を用いることが特に好ましい。また、着色処理の後に、封孔処理を行ってもよい。封孔処理の条件については特に制限されず、公知の方法を採用することができるが、処理後は純水洗浄を十分に行うようにする。好ましくは純水温度を50〜95℃とし、10分〜24hrの洗浄を行うようにするのがよい。この封孔処理を行うことにより、仮に皮膜中に酸性成分が残存していたとしても、表面からの流出を抑えることができる。
【0045】
また、本実施形態においては、陽極酸化処理の前に、アルミニウム材の熱処理(焼鈍処理)を行うことが好ましい。予め熱処理を行うことで、アルミニウム材のひずみが除去され、陽極酸化処理で形成する陽極酸化皮膜Pのクラックの発生も抑えることができる。具体的な処理条件については、特定の成分を含むアルミニウム材であるため、高温でも結晶状態が変化しない剛性の高い母材であるため、クラックの発生やひずみ除去を考慮して、150℃〜350℃である。
【0046】
熱処理を行う時間としては、15分〜90分間とすることが好ましい。更には、均一な陽極酸化皮膜Pを形成するために、前処理として酸やアルカリを用いたエッチング処理を行ってもよく、得られた枠体にごみ等が付着した場合に検知し易くするために予めブラスト処理等を施すようにしてもよい。一方、洗浄度を高めるために、陽極酸化処理や酸浸漬溶解処理後更には着色処理や封孔処理後に、純水洗浄、湯洗浄、超音波洗浄等の洗浄処理を行うようにしてもよい。
【0047】
ここで、従来の母材のJIS A6000系の場合、上記のような温度の熱処理をかけると結晶状態が変化するため、高温の熱処理をかけることができない。これに対して、上記特定の成分を含むアルミニウム材であれば、上記熱処理をすることで、歪み取りと剛性の兼ね合いから枠体の平坦性も得られる。
【0048】
硫酸イオン、硝酸イオン、及び有機酸イオン(シュウ酸イオン、ギ酸イオン、及び酢酸イオンの総量)の総溶出量が、ペリクル枠体2の表面積100cmあたり100mlの純水を90℃に加温し、3時間浸漬させた溶出濃度で50μg以下であることが好ましく、より好ましくは25μg以下、更により好ましくは15μg以下である。
【0049】
陽極酸化処理、酸浸漬溶解処理及び着色処理を経たペリクル枠体2の表面には、これらの処理やそれ以外の処理で使用される水溶液や薬液等に含まれる酸やアルカリ成分が、そのまま或いはイオンとして付着しているものと考えられる。そこで、これらの中から代表的であり、且つヘイズの発生に影響が考えられるイオン、すなわち無機酸イオンとして硫酸イオン(SO2−)及び硝酸イオン(NO3−)、有機酸イオンとしてシュウ酸イオン(C2−)、ギ酸イオン(HCOO)及び酢酸イオン(CHCOO)が少ないほうが好ましい。
【0050】
上記イオン溶出試験における溶出イオンについて、より詳しくは、有機酸イオン(シュウ酸イオン、ギ酸イオン、及び酢酸イオンの総量)の溶出量が、ペリクル枠体2の表面積100cmあたり純水100ml中への溶出濃度で35μg以下、好ましくは20μg以下、より好ましくは15μg以下であることがよい。有機酸イオンのなかでも、特にシュウ酸イオンの濃度が1μg以下、好ましくは0.8μg以下、より好ましくは0.3μg以下であることがよい。また、無機酸イオンでは、硫酸イオンの溶出量が枠体表面積100cmあたり純水100ml中への溶出濃度で0.5μg以下、好ましくは0.1μg以下、より好ましくは0.05μg以下であることがよい。溶出イオンの検出はイオンクロマトグラフ分析により行い、詳細な測定条件については後述する実施例にて説明する。
【0051】
以上説明したように、ペリクル1は、ペリクル枠体2の上縁面2eにペリクル膜3が貼着されていると共に、その反対側の下縁面2fに粘着体10が設けられている。ペリクル枠体2を形成するアルミニウム材は、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、リン酸、及びそれらの塩からなる群から選択される少なくとも1つの電解液で陽極酸化処理された陽極酸化皮膜Pが表面に形成されており、アルミニウム材の素材には、Cu:0.5〜3.0%、Mg:1.5〜4.5%、Zn:4.0〜7.0%が含まれている。このような構成により、高エネルギーの光の照射下においてもヘイズの発生を低減することができると共に、異物検査に優れたペリクル枠体2とすることができる。
【実施例】
【0052】
次に、実施例及び比較例を挙げて本実施形態をより具体的に説明するが、本実施の形態はその要旨を超えない限り、下記の実施例に限定されるものではない。
【0053】
[実施例1]
JIS A7075アルミニウム合金材を切断し、枠体外寸法149mm×122mm×5.8mm、枠体厚さ2mmとなるように切削研磨して枠材を用意した。次いで、シュウ酸50g/Lの水溶液(C2−:48.9g/L)を電解液として、30℃で電解電圧40Vの定電圧電解を10分行い、上記枠材を陽極酸化処理した。純水にて洗浄後、得られた陽極酸化皮膜を渦電流式膜厚計((株)フィッシャー・インストルメンツ社製)にて確認したところ膜厚は3.8μmであった。
【0054】
そして、上記処理した枠材を、有機染料(奥野製薬製TAC411)を濃度10g/Lで含有した水溶液に入れ、温度55℃にて10分間浸漬して染色処理した。その後、封孔剤(花見化学社製 シーリングX)を濃度40ml/Lで含有した水溶液に枠材を入れ、90℃にて20分浸漬して封孔処理を行った。そして純水にて十分に洗浄し、ペリクル枠体を得た。ここで、上記ペリクル枠体の色合いを、従来品である硫酸アルマイト黒色化処理した枠体を基準に目視検査を行い、支持枠の色が明暗を判定した。その結果を図3に示す。なお、図3において、「硫酸イオン」の「<0.04」は、定量下限以下であることを示している。
【0055】
また、上記で得られたペリクル枠体をポリエチレン袋に入れ、枠体表面積100cmあたり純水100mlを加えて密封し、90℃に保って3時間浸漬した。このようにして枠体からの溶出成分を抽出した抽出水を、セル温度35℃、カラム(IonPacAS19)温度35℃とし、1.0ml/minの条件でイオンクロマトグラフ分析装置(日本ダイオネクス社製ICS−2100)を用いて分析した。この抽出水から、硫酸イオン、硝酸イオン、及び有機酸イオン(シュウ酸イオン、ギ酸イオン及び酢酸イオン)を検出した。結果を図3に示す。
【0056】
更に、本実施例1の条件で得た別のペリクル枠体の表面を電子顕微鏡にて1000倍に拡大した写真において10cmの直線を引き、その直線に交差する幅0.1μm以上のクラック数を求めた。その結果を図3に示す。
【0057】
また、本実施例1の条件で得た別のペリクル枠体の片側面に光学的薄膜体として厚さ0.8μmの非晶質フッ素ポリマーを展張し、反対側の枠体端面にはアクリル系粘着体からなる粘着体を設けて試験用ペリクルとした。そして、この試験用ペリクルを、Crテストパターンを形成した石英ガラス製6インチフォトマスク基板(レティクル:表面残留酸成分の濃度が1ppb以下になる条件で洗浄したもの)に貼り付けた。次いで、ArFエキシマレーザーを、レティクル面上露光強度が0.7mJ/cm/pulseであり、繰り返し周波数200Hzにて10000J/cmの照射量で照射した。照射後のフォトマスク上をレーザー異物検査装置にて観察し、ヘイズや異物の発生の有無を調べた。結果を図3に示す。
【0058】
[実施例2]
実施例1で用意したものと同じ枠材を、陽極酸化処理に先駆けて、大気中で280℃、30分間の熱処理を行った。ついで、陽極酸化処理での電解時間を20分にした以外は実施例1と同様にしてペリクル枠体及びペリクルを準備した。そして、図3に示す項目を実施例1と同様にしてそれぞれ評価した。
【0059】
[比較例1]
JIS A6061アルミニウム合金を使用した以外は実施例1と同様にしてペリクル枠体及びペリクルを準備した。そして、図3に示す項目を実施例1と同様にしてそれぞれ評価した。
【0060】
[比較例2]
JIS A6061アルミニウム合金を使用し、実施例1と同様に陽極酸化皮膜を形成した枠材を、別途用意したシュウ酸50g/L含有の水溶液に入れ、温度30℃にて30分間の酸浸漬処理を行った以外は、実施例1と同様にしてペリクル枠体及びペリクルを準備した。そして、図3に示す項目を実施例1と同様にしてそれぞれ評価した。
【0061】
[比較例3]
比較例2と同様に酸浸漬処理を行った以外は、実施例1と同様にしてペリクル枠体及びペリクルを準備した。但し、クラックが多数発生し、枠材として使用不可能な状態であったため、評価は中止した。
【符号の説明】
【0062】
1…ペリクル、2…ペリクル枠体、3…ペリクル膜(光学的薄膜体)、4…開口部、P…陽極酸化皮膜。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム材で枠状に形成され、開口部を覆う光学的薄膜体を展張支持するペリクル枠体であって、
前記アルミニウム材は、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、リン酸、及びそれらの塩からなる群から選択される少なくとも1つの電解液で陽極酸化処理された陽極酸化皮膜が表面に形成されており、
前記アルミニウム材には、Cu:0.5〜3.0%、Mg:1.5〜4.5%、Zn:4.0〜7.0%を含むペリクル枠体。
【請求項2】
前記アルミニウム材の陽極酸化処理により形成された陽極酸化皮膜の厚みは、0.5μm〜10μmである請求項1に記載のペリクル枠体。
【請求項3】
前記陽極酸化処理の前に150℃〜350℃にて熱処理が行われている請求項1又は2に記載のペリクル枠体。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項記載のペリクル枠体と、
前記ペリクル枠体の開口部を覆うように展張支持されたペリクル膜とを備えるペリクル。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−93517(P2012−93517A)
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−240061(P2010−240061)
【出願日】平成22年10月26日(2010.10.26)
【出願人】(309002329)旭化成イーマテリアルズ株式会社 (771)
【出願人】(000004743)日本軽金属株式会社 (627)
【Fターム(参考)】