説明

ホローカソード型放電管

【課題】ホローカソードの耐久性の改善とともに、ホローカソードから放出される電子の電流量の適切な確保を行えるホローカソード型放電管を提供する。
【解決手段】ホローカソード型放電管100は、放電ガスを放出できる開口202Bが端面202Aに形成されたホローカソード200と、端面202Aに対向して配置され、この開口202Bの中心軸S上にスリット状の穴302Aが形成されたアノード電極302と、を備える。そして、開口202Bとスリット状の穴302Aとの間で、放電ガスによる放電が行われる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はホローカソード型放電管に関する。
【背景技術】
【0002】
ホローカソード型放電管では、ホローカソード(中空陰極管)内を流れる放電ガスが、ホローカソードの端面に形成された円形開口から放出される。このようなホローカソード型放電管を用いると、当該開口とアノード電極のアノード穴との間に放電が起こり、高密度の電子ビームを発生できるとされている。よって、このようなホローカソード型放電管の設計において、アノード穴の形状が、ホローカソード型放電管の動作仕様を支配する重要な事項となる。
【0003】
例えば、特許文献1では、アノード穴の直径を異ならせることによって、ホローカソード型放電管の安定動作点を変更できることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2000−161202号公報(段落0012、図3)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、アノード穴の直径の大小がホローカソード型放電管の安定動作点に影響を与えるという上記特許文献1記載のような単純な発想では、ホローカソード型放電管でのアノード電極のアノード穴の最適設計は困難である。
【0006】
詳しくは、ホローカソードの円形開口の直径よりも大円形のアノード穴の直径が小さくなると、電界が集中するアノード穴のエッジが、ホローカソードの円形開口(特にエッジ)に近接する。よって、ホローカソード型放電管の放電時(特に、放電が安定化するまでの放電開始時)のカソード電圧を低くできる。このため、ホローカソードの先端部がプラスの荷電粒子によってスパッタされることが抑制でき、ホローカソードの耐久性が向上するという利点がある。例えば、ホローカソードの円形開口の直径が1mmの場合、アノードの穴の直径を2mmから1.5mmに変更するだけで、ホローカソードの耐久性が向上したという実験結果がある。
【0007】
しかし、この場合、アノード穴から放出される電子の電流量が少なくなるという欠点が顕著になる。
【0008】
逆に、アノード穴の直径が大きくなると、アノード穴から放出される電子の電流量が多くなるが、ホローカソードの耐久性は低下する。
【0009】
以上のとおり、従来のホローカソード型放電管では、ホローカソードの耐久性の向上と、電子の電流量の増加と、が、トレードオフの関係にあった。
【0010】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、ホローカソードの耐久性の改善とともに、ホローカソードから放出される電子の電流量の適切な確保を行えるホローカソード型放電管を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するため、本発明は、放電ガスを放出できる開口が端面に形成されたホローカソードと、前記端面に対向して配置され、前記開口の中心軸上にスリット状の穴が形成されたアノード電極と、を備え、
前記開口と前記スリット状の穴との間で前記放電ガスによる放電が行われるホローカソード型放電管を提供する。
【0012】
「スリット状の穴」とは、長軸と短軸を有している穴であればどのような穴であってもよい。このような「スリット状の穴」として、長穴や矩形状の穴を例示できるが、必ずしも短軸の寸法が一定でなくてもよい。よって、「スリット状の穴」は、例えば、楕円形の穴であってもよい。
【0013】
このように、スリット状の穴を配したアノード電極を用いると、スリット状の穴の短軸の寸法を直径とする従来の単なる円形穴に比べて電子の放出面積を増やすことができるので、ホローカソード型放電管の放電安定時での電子の電流量を適切に確保できる。そして、この場合、スリット状の穴の短軸の寸法は長軸の寸法に比べて小さいので、電界が集中するスリット状の穴のエッジが、ホローカソードの円形の開口に近接している。このため、ホローカソード型放電管の放電開始時のカソード電圧を低くでき、ひいては、ホローカソードの耐久性も適切に確保できる。
【0014】
また、本発明は、放電ガスを放出できる開口が端面に形成されたホローカソードと、前記端面に対向して配置され、前記開口の中心軸上に第1の穴が形成されるとともに、前記中心軸からずれた位置に、前記第1の穴よりも開口面積の大きい第2の穴が形成されたアノード電極と、を備え、
前記開口と前記第1の穴との間で前記放電ガスによる放電が行われるホローカソード型放電管も提供する。
【0015】
以上のとおり、第1の穴および第2の穴を配したアノード電極を用いると、従来の単なる1個の円形穴に比べて電子の放出面積を増やすことができるので、ホローカソード型放電管の放電安定時での電子の電流量を適切に確保できる。そして、この場合、中心軸上の第1の穴の開口面積が小さいので、電界が集中する第1の穴のエッジが、ホローカソードの円形の開口に近接している。このため、ホローカソード型放電管の放電開始時のカソード電圧を低くでき、ひいては、ホローカソードの耐久性も適切に確保できる。
【0016】
なお、前記第2の穴を前記第1の穴の周囲に複数個、配するとよい。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、ホローカソードの耐久性の改善とともに、ホローカソードから放出される電子の電流量の適切な確保を行えるホローカソード型放電管が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】図1は、本発明の実施形態のホローカソード型放電管の断面図である。
【図2】図2は、図1のホローカソード型放電管を前方(図1の矢印方向)から側面視した図である。
【図3】図3は、本発明の実施形態のホローカソード型放電管に用いるアノード電極板の構成例を示した図である。
【図4】図4は、アノード電極板のアノード穴の形状および個数と、ホローカソード型放電管の放電特性との関係を表した図である。
【図5】図5は、本発明の実施形態のホローカソード型放電管が組み込まれたイオンプレーティング装置の構成を模式的に示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態のホローカソード型放電管100について図面を参照しながら説明する。
【0020】
図1は、本発明の実施形態のホローカソード型放電管の断面図である。図2は、図1のホローカソード型放電管を前方(図1の矢印方向)から側面視した図である。
【0021】
なお、図1では、ホローカソード型放電管100の放電ガス導入側を「後」とし、ホローカソード型放電管100の電子放出側を「前」として図示している。以下の説明では、「前方」、「前部」および「前端」という用語、および、「後方」、「後部」および「後端」という用語を用いて、ホローカソード型放電管100の各部の前後方向の位置関係を特定する場合がある。
【0022】
まず、本実施形態のホローカソード型放電管100の電極構造について説明する。
【0023】
ホローカソード型放電管100の電極構造の主要部材として、図1に示すように、直流電源の陰極が接続されるホローカソード200と、このホローカソード200を内包するように囲み、直流電源の陽極が接続されるアノードユニット300と、があり、これらの間には数十V〜数百V程度の電位差が与えられるようになっている。なお、これらのホローカソード200およびアノードユニット300は、図1に示すように、中心軸Sを共通にする同軸状に配置されている。
【0024】
ホローカソード200は、放電ガス(例えば、アルゴンガス)が内部を流れる円筒状の中空陰極管を構成している。このホローカソード200は、タンタル製のカソードパイプ201を備えている。
【0025】
また、図1に示すように、ホローカソード200は、上述のカソードパイプ201の他、カソードパイプ201の内部から中心軸Sに沿って前方に突出するタンタル製のカソードキャップ202と、カソードキャップ202の内部に当接するよう、奥深く挿入され、カソードキャップ202の後端側からカソードパイプ201の空間201Aにまで延びている電子放出体203と、を備える。
【0026】
カソードキャップ202は、アノード電極板302(後述)との間で放電を形成するカソード電極の機能を有している。このカソードキャップ202は、略円筒状に形作られ、カソードキャップ202の中空部が、その前端面202Aの近傍において狭くなっている。これにより、カソードキャップ202の前端面202Aに、直径が1mmの微細な円形の開口202Bが形成されている。なお、この開口202Bの中心は、上述の中心軸Sと一致している。
【0027】
電子放出体203は、ホローカソード200のインサート材に用いられ、例えば、厚みが15μm程度の短冊状のタンタル薄板を丸く巻くことにより、略円筒状に形作られている。よって、このような薄板からなる電子放出体203を用いると、熱電子を放出できる表面積を増やすことができる。このため、この電子放出体203は、放電プラズマの熱によって容易に熱せられて多量の熱電子を放出できる。
【0028】
そこで、このような電子放出体203をカソードキャップ202の内部に挿入することにより、カソードキャップ202とアノード電極板302との間の放電電圧を低くできるという利点がある。
【0029】
アノードユニット300は、ステンレス製の円筒状のアノードケーシング301を備えるが、本実施形態のホローカソード型放電管100に用いるアノードユニット300では、アノードユニット300の前部の構造に特徴がある。特に、アノード電極板302のアノード穴302Aの形状や個数に特徴がある。
【0030】
なお、図1および図2では、アノード穴302Aが1個の長穴として例示されているが、これに限らない。アノード穴302Aの他の例は、後述する。
【0031】
また、図1に示すように、アノードユニット300は、上述のアノードケーシング301の他、アノードケーシング301の円環状の前端面301Aに配された円板状のステンレス製のアノード電極板302と、環状の受部303Bを有して略円筒状に形作られたステンレス製のアノードキャップ303と、を備える。
【0032】
図1に示すように、アノード電極板302の外寸は、アノードケーシング301の内周面の直径よりも大きく、かつ、アノードケーシング301の外周面の直径よりも小さくなっている。よって、アノード電極板302の周辺部が、アノードキャップ303の受部303Bとアノードケーシング301の前端面301Aとの間で挟持され、これにより、アノード電極板302が、アノードケーシング301とアノードキャップ303との間のねじ接合(後述)によって固定される。
【0033】
なお、アノード電極板302の中心軸Sの方向における位置は、カソードキャップ202の前端面202Aとの間で放電が起こり易いよう、適切に設定されている(例えば、両者間の距離が4mm)。
【0034】
以上のアノードユニット300の前部では、アノードケーシング301の外周面、および、アノードキャップ303の内周面のそれぞれに、ねじ切りが行われ、これにより、アノードキャップ303の内周面が、アノードケーシング301の外周面に螺着される。よって、螺着式のアノードキャップ303は、アノードケーシング301から容易に取り外せる。アノードキャップ303を外すと、アノード電極板302を効率的に交換できる
図1および図2に示すように、アノード電極板302の中央部には、微細なアノード穴302A(ここでは、長穴)が形成されている。アノード穴302Aは、少なくともホローカソード200の開口202Bの中心軸S上に配置されており、両者が中心軸Sを共通とする同軸状に配置される方が好ましい。
【0035】
なお、アノードキャップ303の中央部にも、円形開口303Aが形成されている。この円形開口303Aは、アノード穴302Aを通過する電子の流れを妨げない程度の充分な大きさに形成されている。
【0036】
次に、本実施形態のホローカソード型放電管100の電力供給系およびその周辺構造について述べる。
【0037】
ホローカソード型放電管100の電力供給系の主要部材として、図示しない直流電源と接続された給電端子10を備える通電ボルト11と、通電ボルト11とホローカソード200(カソードパイプ201)との間の電気接続を取る導電性(例えば、ステンレス製)の接続パイプ12と、がある。
【0038】
これにより、直流電源から給電される直流電力(マイナス電圧)が、接続パイプ12を介してホローカソード200に印加される。
【0039】
接続パイプ12は、円筒形に構成されており、アノードケーシング301の後部の収容空間102内に配されている。図1に示すように、接続パイプ12の前方には、溝付きの略円環状の絶縁カラー16が配置され、その後方には、円筒状の絶縁筒15が配置されている。
【0040】
絶縁カラー16は、中心軸Sの方向においてアノードケーシング301内の放電空間101と収容空間102とを仕切っており、絶縁カラー16の周辺部が、アノードケーシング301の垂直壁(中心軸Sと垂直な面)に当接されている。
【0041】
また、絶縁筒15は、アノードケーシング301の後方の蓋に相当するエンドキャップ17の凹部に嵌め込まれている。エンドキャップ17は、ステンレス製の円環体になっており、放電ガス配管20(後述)が、エンドキャップ17および絶縁筒15の内部を貫通している。
【0042】
通電ボルト11は、アノードケーシング301の壁部に設けられた貫通穴301Bを、中心軸Sと垂直方向に貫通して収容空間102に延び、更に、この通電ボルト11の先端が、接続パイプ12に設けられたねじ穴にねじ止めされている。これにより、通電ボルト11と接続パイプ12との間の電気接続を取ることができる。なお、通電ボルト11とアノードケーシング301の壁部との間の絶縁は、大径部13Aと小径部13Bとが一体となった円環状の絶縁部材13によってなされている。
【0043】
以上の構成により、接続パイプ12は、絶縁カラー16と絶縁筒15とによって挟まれ、取り外すことが少ない通電ボルト11の先端のねじ止めで固定されることによって、その中心軸Sの方向の位置が適切に位置決め(規制)されている。
【0044】
また、ホローカソード200(カソードパイプ201)は、その後部が、中心軸Sの方向において絶縁カラー16を貫通することにより、放電空間101から収容空間102に延び、これにより、ホローカソード200(カソードパイプ201)が、接続パイプ12の内部の奥深くまで挿入され、接続パイプ12内の円筒状のストッパ部材19に当接されている。
【0045】
以上の構成により、ホローカソード200のメンテナンス時(例えば、カソードキャップ202の交換時)に、アノードキャップ303およびアノード電極板302を取り除くと、ホローカソード200を前方に容易に引く抜くことができる。また、ホローカソード200の着脱において、ホローカソード200とストッパ部材19との間の当接によって、ホローカソード200の中心軸Sの方向の位置合わせが適切になされ、これにより、ホローカソード200の前端面202Aとアノード電極板302との間の好適な距離(4mm)の設定が容易に行える。
【0046】
更に、ホローカソード200は、接続パイプ12に配された固定手段14(例えば、六角穴付き止めねじ14など;以下、「止めねじ14」と略す)を用いて、当該接続パイプ12に固定されている。これにより、接続パイプ12とホローカソード200との間の電気接続を取ることができる。
【0047】
ここで、止めねじ14の頭と対向するアノードケーシング301の壁部に、通し穴18を設けることにより、通し穴18から挿入された工具(六角レンチなど;図示せず)を用いて止めねじ14を容易に回すことができる。これにより、上述のホローカソード200(カソードパイプ201)を効率的に交換できる。
【0048】
特に、接続パイプ12の中心軸Sの方向の規制(位置決め)が、取り外すことが少ない通電ボルト11に行われているので、通し穴18と止めねじ14との位置ずれが生じ難くホローカソード200(カソードパイプ201)の交換において都合がよい。
【0049】
なお、接続パイプ12とアノードケーシング301との間の絶縁は、絶縁カラー16によってなされている。また、接続パイプ12とエンドキャップ17との間の絶縁は、絶縁筒15によってなされている。
【0050】
次に、本実施形態のホローカソード型放電管100の放電ガス導入系について述べる。
【0051】
ホローカソード型放電管100の放電ガス導入系の主要部材として、図示しない放電ガス供給源(例えば、アルゴンガスタンク)と、この放電ガス供給源からの放電ガス(例えば、アルゴンガス)をホローカソード200に導くことができるステンレス製の放電ガス配管20がある。
【0052】
図1に示すように、この放電ガス配管20は、上述のとおり、エンドキャップ17および絶縁筒15を貫通して、収容空間102に進入し、接続パイプ12に接続されている。なお、放電ガス配管20とエンドキャップ17との間の絶縁は、絶縁筒15によってなされている。
【0053】
次に、本実施形態のホローカソード型放電管100の動作について説明する。
【0054】
まず、ホローカソード型放電管100の放電空間101が、所定の真空度に減圧され、
この状態で、ホローカソード200内を流れる放電ガスが、カソードキャップ202の開口202Bから放電空間101に放出される。続いて、ホローカソード200に、所定のマイナス電圧(例えば、−800V程度)が印加される。なお、本実施の形態ではアノードユニット300は接地されている。
【0055】
すると、カソードキャップ202の開口202Bとアノード電極板302のアノード穴302Aとの間(特にこれらの対向面側のエッジ間)の電界集中によって、両者間において、放電ガスに基づいたグロー放電が発生する。
【0056】
次いで、このような放電プラズマによって熱電子放出体203が加熱されると、電子放出体203の熱電子放出が始まり、安定なアーク放電に移行する。このような熱電子放出体203を用いると、アーク放電中の放電電圧を低めに(例えば、−20V程度に)維持できるので都合がよい。
【0057】
このようにして、ホローカソード型放電管100のアノード穴302Aから高密度の電子を取り出すことができ、このような電子が、様々な真空成膜技術に利用される(応用例を後述する)。
【0058】
次に、本実施形態のホローカソード型放電管100の特徴部であるアノード電極板302の構成について述べる。なお、ここでは、アノード穴302Aの形状および個数と、ホローカソード型放電管100の放電特性との関係についての検討が行われている。
【0059】
図3は、本発明の実施形態のホローカソード型放電管に用いるアノード電極板の構成例を示した図である。
【0060】
図3(a)では、スリット状のアノード穴302A(長穴)を備えるアノード電極板302が示されている。なお、以下、アノード穴302Aを「アノード穴(長穴)」と略す場合がある。
【0061】
また、図3(b)では、1個の小径のアノード穴302B(第1円形穴)および3個の大径のアノード穴302C(第2円形穴)を備えるアノード電極板302’が示されている。なお、以下、これらの穴の集合体を「アノード穴(1小円形穴、3大円形穴)」と略す場合がある。
【0062】
図3(a)のアノード穴(長穴)の短軸の寸法L1は、1mmに設定され、アノード穴(長穴)の長軸の寸法L2は、3.4mmに設定されている。このため、アノード穴(長穴)の平面視における面積が、直径2mmの円形穴の面積と同じになる。
【0063】
また、図3(b)のアノード穴(1小円形穴、3大円形穴)のうちの円形のアノード穴302Bの中心が、ホローカソード200(カソードキャップ202)の開口202Bの中心軸S上に配置されている。よって、アノード電極板302’を用いる場合、カソードキャップ202の開口202Bと、アノード電極板302’のアノード穴302Bとの間において、放電ガスのグロー放電が発生する。なお、アノード穴302Bの直径は、1mmに設定されている。
【0064】
また、アノード穴(1小円形穴、3大円形穴)のうちの複数(ここでは、3個)の円形のアノード穴302Cが、アノード穴302Bの周囲に配されている。詳しくは、アノード穴302Bの中心を中心点として、2.5mmを半径とする仮想円を描くとすると、このような仮想円上に周方向に約90°の間隔を開けて、3個の円形のアノード穴302Cの中心が配されている。よって、アノード穴302Bの中心とアノード穴302Cの中心との間の距離L3は、2.5mmとなる。なお、3個のアノード穴302Cの直径は、2mmに設定されている。
【0065】
但し、ここでは、アノード穴302Bの中心とアノード穴302Cの中心との間の距離を2.5mmとしているが、この距離は、アノード穴302Bの中心とアノード穴302Cとが重畳しない範囲内で最短にする方が好ましいと考えられる。
【0066】
図4は、アノード電極板のアノード穴の形状および個数と、ホローカソード型放電管の放電特性との関係を表した図である。
【0067】
図4の横軸では、ホローカソード型放電管100の放電開始からの経過時間が取られている。図4の縦軸では、ホローカソード型放電管100から放出された電子量に対応する電流量(μA)が取られている。
【0068】
なお、図4の各データのプロットでは、ホローカソード型放電管100の前方に、適宜のコレクタ電極(図示せず)を配置して、このコレクタ電極に流れ込む電子量が電流計(図示せず)の電流値として、放電開始時から一定時間毎に実測されている。但し、このような測定法は慣用手段なので、その詳細な説明は省略する。また、各データの測定条件(例えば、電圧や真空度など)は、各データ間において同一に設定されている。よって、このような測定条件の説明も省略する。
【0069】
図4のプロファイル402(グレイ四角印のプロファイル)が、アノード穴(長穴)を配したアノード電極板302を用いた場合のホローカソード型放電管100の放電特性を表している。
【0070】
また、図4のプロファイル403(黒丸印のプロファイル)が、アノード穴(1小円形穴、3大円形穴)を配したアノード電極板302’を用いた場合のホローカソード型放電管(図示せず)の放電特性を表している。
【0071】
また、図4のプロファイル405(米印のプロファイル)は、アノード穴の4個の穴の全ての直径を1mmにしたアノード穴(以下、これらの穴の集合体を「アノード穴(4小円形穴)」と略す場合がある)を備えたアノード電極板(図示せず)を用いた場合のホローカソード型放電管100の放電特性を表している。
【0072】
また、図4のプロファイル401(黒四角印のプロファイル)は、直径2mmの円形穴を中央に1個、配した従来のアノード電極板(図示せず)を用いた場合のホローカソード型放電管の放電特性を表している。
【0073】
また、図4のプロファイル404(クロス印のプロファイル)は、直径1.5mmの円形穴を中央に1個、配した従来のアノード電極板(図示せず)を用いた場合のホローカソード型放電管の放電特性を表している。
【0074】
以上のプロファイル402、プロファイル401およびプロファイル404の比較によれば、ホローカソード型放電管100の放電安定時において、プロファイル402の電流量が、プロファイル404の電流量よりも大きく、プロファイル401の電流量にほぼ一致することが分かる。これは、アノード穴(長穴)の平面視における面積が、直径2mmの円形穴の平面視における断面積と同じであるからも妥当な結果を示していると考えられる。
【0075】
このようなアノード穴(長穴)を配したアノード電極板302を用いると、長穴の短軸の寸法(ここでは、開口202Bと同じ直径の1mm)を直径とする円形穴に比べて、電子の放出面積を増やすことができる。
【0076】
よって、ホローカソード型放電管100の放電安定時でのアノード穴(長穴)から放出される電子の電流量を、当該長穴の短軸の寸法を直径とする円形穴の場合の電流量に比べて適切に確保でき、このことは、図4の実験結果からも裏付けられている。
【0077】
そして、この場合、アノード穴(長穴)の短軸の寸法は充分に小さい(ここでは、開口202Bと同じ直径の約1mm)ので、電界が集中するアノード穴(長穴)のエッジが、従来の直径2mmの円形穴に比べて、ホローカソード200(カソードキャップ202)の開口202Bに近接している。このため、ホローカソード型放電管100の放電開始時のカソード電圧を低くできる。
【0078】
また、以上のプロファイル403およびプロファイル405との比較によれば、ホローカソード型放電管100の放電安定時において、プロファイル403の電流量が、プロファイル405の電流量の2.5倍程度であることが分かる。
【0079】
このようなアノード穴(1小円形穴、3大円形穴)を配したアノード電極板302’を用いると、アノード穴(4小円形穴)に比べて電子の放出面積を増やすことができる。
【0080】
よって、ホローカソード型放電管の放電安定時でのアノード穴(1小円形穴、3大円形穴)から放出される電子の電流量を、アノード穴(4小円形穴)の場合の電流量と比べて適切に確保でき、このことは、図4の実験結果からも裏付けられている。
【0081】
そして、この場合、アノード穴(1小円形穴、3大円形穴)のうちの中心軸S上のアノード穴302Bの直径は充分に小さい(ここでは、開口202Bと同じ直径の1mm)ので、電界が集中するアノード穴302Bのエッジが、従来の直径2mmの円形穴に比べて、ホローカソード200(カソードキャップ202)の開口202Bに近接している。このため、ホローカソード型放電管の放電開始時のカソード電圧を低くできる。
【0082】
以上のとおり、本実施形態(図1)のホローカソード型放電管100は、放電ガス(ここでは、アルゴンガス)を放出できる円形の開口202Bが前端面202Aに形成されたホローカソード200と、この前端面202Aに対向して配置され、上記開口202Bの中心軸S上にアノード穴(長穴)が形成されたアノード電極板302と、を備える。そして、このようなホローカソード型放電管100では、開口202Bとアノード穴(長穴)との間で放電ガスによる放電が行われる。
【0083】
このように、アノード穴(長穴)を配したアノード電極板302を用いると、アノード穴(長穴)の短軸の寸法を直径とする従来の単なる円形穴に比べて電子の放出面積を増やすことができるので、ホローカソード型放電管100の放電安定時での電子の電流量を適切に確保できる。
【0084】
また、アノード穴(長穴)の短軸の寸法は充分に小さい(ここでは、開口202Bと同じ直径の1mm)ので、ホローカソード型放電管100の放電開始時のカソード電圧を従来よりも低くできる。よって、ホローカソード200の耐久性を向上できる。
【0085】
また、本実施形態の他のホローカソード型放電管は、放電ガス(ここでは、アルゴンガス)を放出できる円形の開口202Bが前端面202Aに形成されたホローカソード200と、この前端面202Aに対向して配置され、上記開口202Bの中心軸S上に1個のアノード穴302B(第1円形穴)が形成されるとともに、中心軸Sからずれた位置に(具体的には、アノード穴302Bの周囲に)、アノード穴302Bの直径よりも大径の複数個(3個)のアノード穴302C(第2円形穴)が形成されたアノード電極板302’と、を備える。そして、このようなホローカソード型放電管では、開口202Bとアノード穴302Bとの間で放電ガスによる放電が行われる。
【0086】
このように、アノード穴(1小円形穴、3大円形穴)を配したアノード電極板302’を用いると、アノード穴(4小円形穴)に比べて電子の放出面積を増やすことができるので、ホローカソード型放電管の放電安定時での電子の電流量を適切に確保できる。
【0087】
また、アノード穴(1小円形穴、3大円形穴)のうちの中心軸S上のアノード穴302Bの直径は充分に小さい(ここでは、開口202Bと同じ直径の1mm)ので、ホローカソード型放電管の放電開始時のカソード電圧を従来よりも低くできる。よって、ホローカソード200の耐久性を向上できる。
(変形例1)
本実施形態(図1)のホローカソード型放電管100では、アノード電極板302にアノード穴(長穴)を形成する例を示したが、アノード穴の形状はこれに限らない。このようなアノード穴は、短軸と長軸とを有している穴であれば、他の形状の穴(例えば、矩形穴や楕円形の穴)であってもよい。
(変形例2)
本実施形態の他のホローカソード型放電管では、アノード電極板302’にアノード穴(1小円形穴、3大円形穴)を形成する例を示したが、電子の電流量確保用の円形穴の個数は3個に限らない。
【0088】
放電開始用の小径の円形穴の周囲に、この直径よりも大径の、電子の電流量確保用の円形穴を適宜の個数、配するとよい。但し、電子の電流量確保用の円形穴の個数を増やすと、電子の電流量は増えて都合がよいが、逆に増やしすぎると、放電空間101を所定の圧力に保つことが困難となり、カソード電圧の上昇を招く。よって、このような円形穴の個数の増加には自ずと限界がある。
(変形例3)
本実施形態(図1)のホローカソード型放電管100では、アノード電極板302にアノード穴(長穴)を形成する例を示し、本実施形態の他のホローカソード型放電管では、アノード電極板302’にアノード穴(1小円形穴、3大円形穴)を形成する例を示したが、アノード穴の構成はこれらに限らない。
【0089】
例えば、スリット状の穴の周囲に、円形穴を複数個、配することによって、ホローカソード200の耐久性の改善と、ホローカソード200から放出される電子の電流量の適切な確保と、を更に適切に行えると考えられる。
(応用例)
以下、本発明の実施形態のホローカソード型放電管100の真空成膜技術への応用例について概説する。
【0090】
図5は、本発明の実施形態のホローカソード型放電管が組み込まれたイオンプレーティング装置の構成を模式的に示した図である。
【0091】
基板上に誘電体膜と導電体膜(例えば、アルミ膜)とを交互に重ねた多層反射膜(例えば、アルミ増反射膜)は、イオンプレーティング法によって形成できる。このような真空プロセスでは、基板保持体(基板ドーム)や真空槽壁へのプラス電荷(例えば、Ar+イオン)のチャージアップによって異常放電が生じて、アルミ増反射膜の損傷が生じることがある。また、誘電体膜へのプラス電荷のチャージアップによっても、アルミ増反射膜の損傷が生じることがある。
【0092】
そこで、本応用例のイオンプレーティング装置500では、ホローカソード型放電管100が、以上のプラス電荷を電気的に中和する中和器(ニュートラライザ)の役割を果たすように構成されている。
【0093】
よって、本応用例のイオンプレーティング装置500は、図5に示すように、内部が減圧された真空槽501と、真空槽501内の基板504A、基板保持体504および真空槽501の壁部に向けて電子(図5中の点線参照)を放出できるホローカソード型放電管100と、を備える。
【0094】
なお、本応用例のイオンプレーティング装置500は、抵抗加熱や電子ビーム加熱などが行われる蒸発源503(多点ハース)と、反応ガス供給系502と、DC(直流)電源506および高周波電源505からなる電力供給系と、真空排気系507とを備え、これにより、イオンプレーティング法を用いてアルミ増反射膜が基板504上に堆積される。
【0095】
但し、このようなイオンプレーティング法によるアルミ増反射膜の成膜は公知である。よって、この詳細な説明は省略する。
【0096】
以上のとおり、本応用例のイオンプレーティング装置500では、簡易な構造によって大電流量の電子を放出できるホローカソード型放電管100をニュートラライザに用いて、イオンプレーティング法による成膜中に発生するプラス電荷を電気的に中和できる。このため、基板保持体(基板ドーム)、真空槽壁および誘電体膜へのプラス電荷のチャージアップによって、アルミ増反射膜の損傷が生じることを適切に防止できる。
【0097】
なお、ここで述べたホローカソード型放電管100の応用は一例に過ぎない。本実施形態のホローカソード型放電管100は、ニュートラライザの他、様々な真空技術の用途(例えば、電子ビーム加熱を行う場合の電子銃としての用途)に利用できる。
【産業上の利用可能性】
【0098】
本発明によれば、ホローカソードを耐久性の改善とともに、ホローカソードから放出される電子の電流量を適切に確保できるホローカソード型放電管が得られる。よって、本発明のホローカソード型放電管を、例えば、イオンプレーティング装置を用いて多層反射膜を形成する際のニュートラライザとして利用できる。
【符号の説明】
【0099】
10 給電端子
11 通電ボルト
12 接続パイプ
13 絶縁部材
13A 絶縁部材の大径部
13B 絶縁部材の小径部
14 止めねじ(固定手段)
15 絶縁筒
16 絶縁カラー
17 エンドキャップ
18 通し穴
19 ストッパ部材
20 放電ガス配管
100 ホローカソード型放電管
101 放電空間
102 収容空間
200 ホローカソード
201 カソードパイプ
201A カソードパイプの空間
202 カソードキャップ
202A カソードキャップの前端面
202B カソードキャップの開口
203 電子放出体(インサート材)
300 アノードユニット
301 アノードケーシング
301A アノードケーシングの前端面
301B 貫通穴
302、302’ アノード電極板
302A、302B、302C アノード穴
303 アノードキャップ
303A アノードキャップの円形開口
303B アノードキャップの受部
500 イオンプレーティング装置
501 真空槽
502 反応ガス供給系
503 蒸発源
504 基板保持体
504A 基板
505 高周波電源
506 DC電源
507 真空排気系

【特許請求の範囲】
【請求項1】
放電ガスを放出できる開口が端面に形成されたホローカソードと、前記端面に対向して配置され、前記開口の中心軸上にスリット状の穴が形成されたアノード電極と、を備え、
前記開口と前記スリット状の穴との間で前記放電ガスによる放電が行われるホローカソード型放電管。
【請求項2】
前記スリット状の穴が、長穴または矩形穴である請求項1記載のホローカソード型放電管。
【請求項3】
放電ガスを放出できる開口が端面に形成されたホローカソードと、前記端面に対向して配置され、前記開口の中心軸上に第1の穴が形成されるとともに、前記中心軸からずれた位置に、前記第1の穴よりも開口面積の大きい第2の穴が形成されたアノード電極と、を備え、
前記開口と前記第1の穴との間で前記放電ガスによる放電が行われるホローカソード型放電管。
【請求項4】
前記第2の穴は、前記第1の穴の周囲に複数個、配されている請求項3記載のホローカソード型放電管。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−248548(P2010−248548A)
【公開日】平成22年11月4日(2010.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−97158(P2009−97158)
【出願日】平成21年4月13日(2009.4.13)
【出願人】(000002358)新明和工業株式会社 (919)
【Fターム(参考)】