説明

ホンシメジ新菌株及びその利用

【課題】 ホンシメジの新菌株及びそれを用いたホンシメジの生産法を提供する。
【解決手段】以下の(1)〜(4)の特長を有するホンシメジ(Lyophyllum shimeji)に属する菌株に関する。
(1)菌床を用いた人工栽培で子実体の発生が可能である
(2)子実体の菌柄が極太で、全長と菌柄の太さの比(全長/菌柄の太さ)が1.7〜2.4である
(3)子実体の菌傘表面が平滑で、イボが発生しにくい、及び
(4)子実体の発生が株状型である
また、菌床を用いた人工栽培法でホンシメジを生産する方法であって、種菌として上記菌株を用いるホンシメジの生産法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホンシメジ(Lyophyllum shimeji)の新菌株及び当該菌株を用いたホンシメジの生産方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、ホンシメジは菌根菌に属するため、人工栽培は極めて困難と考えられてきた。しかし、滋賀県森林センターの太田氏により、大麦とおが屑を用いたホンジメジの実用的な培養法が開発され、また、人工栽培に用いることのできる優良菌株としてホンシメジYG6Lが報告された(特公平8−4427号公報、日菌報、39巻、13−20頁(1998)、特開2002−247917号公報など参照)。
【0003】
【特許文献1】特公平8−4427号公報
【特許文献2】特開2002−247917号公報
【非特許文献1】日菌報、39巻、13−20頁(1998)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来公知の優良菌株であるYG6Lは、人工栽培が可能であるものの、(1)消費者に好まれる形態、詳しくは菌柄が太くならず、ホンシメジ本来の極太感がない、(2)人工栽培した場合、菌傘表面にイボが発生し易く、商品価値を損なう、(3)子実体発生が株状型でなく、収穫に手間がかかる等の問題点を有しており、商品化を念頭に考慮すると必ずしも望ましい菌株とは言えなかった。
【0005】
このため、本発明は、YG6Lの欠点を克服した新規なホンシメジ菌株を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記目的を達成するため、鋭意検討を重ねた結果、YG6Lを親株とし、これと野生株あるいは公知のホンシメジ菌株とを交配させることで、YG6Lの欠点を克服した新規なホンシメジ菌株を提供できることを見出し、本発明を完成した。したがって、本発明は以下の通りである。
【0007】
[1]以下の(1)〜(4)の特長を有するホンシメジ(Lyophyllum shimeji)に属する菌株。
(1)菌床を用いた人工栽培で子実体の発生が可能である
(2)子実体の菌柄が極太で、全長と菌柄の太さの比(全長/菌柄の太さ)が1.7〜2.4である
(3)子実体の菌傘表面が平滑で、イボが発生しにくい、及び
(4)子実体の発生が株状型である
【0008】
[2]菌床を用いた人工栽培が以下の(A)〜(D)工程からなるものである、上記[1]記載の菌株。
(A)おが屑と栄養材を混合後、殺菌し、培養容器に充填する工程
(B)種菌接種後、18〜28℃の温度条件下、暗室にて培養する工程
(C)菌廻り完了後、覆土を行い、追加培養する工程、及び
(D)(B)工程より3℃以上低い12〜18℃の温度条件下、明室にて子実体を発生させる工程
【0009】
[3]全長と菌柄の太さの比(全長/菌柄の太さ)が1.7〜2.0である、上記[1]記載の菌株。
[4]イボの発生率が10%以下である、上記[1]記載の菌株。
【0010】
[5]1株当たり2〜10本の子実体を有する、上記[1]記載の菌株。
[6]ホンシメジYG6Lを一方の親株とし、野生株または公知の菌株を他方の親株として人工交配して得られたものである、上記[1]記載の菌株。
【0011】
[7]ホンシメジ(Lyophyllum shimeji)YMS208株(FERM AP−20393)である、上記[1]記載の菌株。
[8]菌床を用いた人工栽培法でホンシメジを生産する方法であって、種菌として上記[1]〜[7]いずれかに記載の菌株を用いる、ホンシメジの生産法。
[9]ホンシメジ(Lyophyllum shimeji)YMS208株(FERM AP−20393)又はその変異株。
【発明の効果】
【0012】
本発明の新菌株は、菌床を用いた人工栽培が可能で、菌柄が極太で、菌傘表面が平滑で、イボが発生しにくい、及び子実体発生が株状型であることから、従来の優良菌株とされたYG6Lの欠点をすべて克服し、消費者に好まれる形態を有し、収穫も簡単で、かつ人工栽培が可能な実用的な菌株である。
【0013】
また、人工栽培した場合、多くの菌種で共通して観察されるイボの発生を抑制し、ホンシメジの別称であるダイコクシメジに似つかわしい菌柄の太いホンシメジを安定して生産できる本発明のホンシメジの生産法は、商品価値の高いホンシメジを人工的に大量に製造する方法として有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
(1)本発明菌株
本発明の菌株は、以下の(1)〜(4)の特長を有するホンシメジ(Lyophyllum shimeji)に属する菌株であって、そのような菌株を具体的に例示すれば、ホンシメジYMS208株(FERM AP−20393)を挙げることができる。
【0015】
(1)菌床を用いた人工栽培で子実体の発生が可能である
(2)得られる子実体の菌柄が極太で、全長と菌柄の太さの比(全長/菌柄の太さ)が1.7〜2.4である
(3)得られる子実体の菌傘表面が平滑で、イボが発生しにくい、及び
(4)得られる子実体の発生が株状型である
【0016】
なお、「菌床を用いた人工栽培」とは、以下の(A)〜(D)工程からなる栽培を意味し、詳細な栽培条件等は、以下に説明したとおりである。
(A)おが屑と栄養材を混合後、殺菌し、培養容器に充填する工程
(B)種菌接種後、18〜28℃の温度条件下、暗室にて培養する工程
(C)菌廻り完了後、覆土を行い、追加培養する工程、及び
(D)(B)工程より3℃以上低い12〜18℃の温度条件下、明室にて子実体を発生させる工程
【0017】
このような菌株の中でも、得られる子実体の全長と菌柄の太さの比(全長/菌柄の太さ)が1.7〜2.0であるもの、イボの発生率が10%以下(より好ましくは7%以下)のもの、及び/又は1株当たり2〜10本の子実体を発生する能力を有するものが、より商品価値が高く、好ましいものとして例示できる。
【0018】
本発明の菌株は、一方の親株を公知の優良菌株であるYG6L(NBRC 100325)を用い、他方の親株を野生株またはその他の公知の菌株を用い、公知の人工交配法にて作出した菌株の中から、上記特徴、形質を有するものを小規模試験にて選抜すればよい。
【0019】
親株として使用できる公知の菌株としては、たとえば150302−2(ATCC 201196)、SF−Ls1F(ATCC 204314)、SF−Ls12F(ATCC 204315)、SF−Ls6F(ATCC 204316)、FGLs1F(ATCC 204317)、NG2L(IFO 32779)、EH2L(IFO 32780)、LS−H008(日本応用きのこ学会誌、9巻、4号、171−174頁(2001))等を例示することができる。
【0020】
このようにして作出、選抜された本発明の菌株を種菌として使用する本発明のホンシメジの生産法は、菌床を用いたホンシメジの公知の人工栽培法に準じて実施することができる。
【0021】
すなわち、培養基としては、栄養材(きのこ栽培に常用されている穀物粉(麦類、米類など)、ふすま、糠、サトウキビの搾り粕、乾燥おから等)とおが屑(広葉樹単独、または針葉樹の混合おが屑)を混合したものを用いることができる。
【0022】
このような培養基に水を含ませて水湿潤状態とし、これを常圧又は高圧加熱により滅菌したものを培地として使用する。なお、培養基の含水率としては、50〜70重量%、好ましくは55〜65重量%が適当である。
【0023】
このような培養基をナメコビンなどのキノコ栽培用の容器に充填後、上記本発明のホンシメジ菌株を接種後、18〜28℃の暗所にて第一段の培養を行ったのち、土(鹿沼土など)で培地表面を被覆し、追加培養後、子実体の発生を促すため、第一段の温度より3℃以上低い12〜18℃の温度の明所にて第二段の培養を行なうことで、ホンシメジを生産することができる。
【実施例】
【0024】
以下、実施例に基づき、詳細に説明するが、本発明がこれに限定されないことは明らかである。
【0025】
(1)本発明菌株の作出・選抜
日本全国から野生ホンシメジ株46種を収集し、公知の菌床人工栽培法により栽培可能であり、栽培的特性、形態的特性の優れた菌株の選抜を行った。
栽培特性及び形態的特性が優れた選抜株(広島産)と公知の優良菌株YG6Lから胞子を分離し、対峙培養により交配株を作出・選抜を行った。その中で栽培的特性及び形態的特性の優れた菌株YMS208株を選抜し、諸性質が安定していることを確認して、育成を完了した。
【0026】
なお、選抜されたYMS208株は、平成17年2月9日に特許生物寄託センターに寄託され、受領番号として「FERM AP−20393」が与えられている。
【0027】
(2)遺伝的特性
Potato Dextrose寒天培地(Difco社製)を使用し、25℃、30日間培養し、帯線形成及び嫌色反応の有無を観察した。なお、寒天培地のpHは5.6±0.2とし、直径9cmのシャーレを使用した。
【0028】
その結果、表1に示すように、YMS208とYG6Lとを対峙培養した場合、帯線は形成されず、嫌色反応はコロニー間に隙間や隆起した境界を生じた。なお、判断基準は以下に示すとおりである。
【0029】
【表1】

【0030】
帯線形成:コロニー間に、着色した線を形成する。 +
コロニー間に、薄く着色した線を形成する。 ±
コロニー間に、着色した線を形成しない。 −
【0031】
嫌色反応:コロニー間に、明瞭な隙間や隆起した境界を生じる。 +
コロニー間に、隙間や隆起した境界を生じる。 ±
コロニー間に、隙間や隆起した境界を生じない。 −
【0032】
(3)生理的特性
Potato Dextrose寒天培地(Difco社製)を使用し、5℃,15℃,20℃,23℃,25℃,28℃の各温度帯で菌糸成長速度を測定した。なお寒天培地のpHは5.6±0.2とした。
その結果、表2に示すように、YMS208の最適成長温度は23℃前後であることが確認された。
【0033】
【表2】

(単位 :mm/day)
【0034】
次に、Potato Dextrose寒天培地における菌叢の密度、性状、周縁部の性状、色を観察した。その結果、(a)密度は普通で、(b)菌叢表面の性状は平滑で、(c)菌叢周辺部の性状は整一で、(d)菌叢の色は普通で、(e)高温及び低温に対する耐性はなかった。なお、培養には直径9cmのシャーレを用い、70%程度伸長したときに測定、観察した。
【0035】
また、ポテト・デキストロース寒天培地を用いた菌学的特徴は次のとおりである。
(a)ポテト・デキストロース寒天培地で25℃、10日間の培養で、コロニー径は40mmとなり良好に生長した。白色の菌叢で表面は平である。コロニーの周縁部は整一、菌糸の厚さ及び密度は中程度である。
(b)ポテト・デキストロース寒天培地に直径5mmの菌糸片を接種した後、温度を段階的に変えて7日間培養し、コロニーの直径を測定したところ、最も良好に生長する温度は23〜25℃であった。また、35℃或いは10℃では生長がかなり悪いとともに、5℃或いは40℃ではほとんど生長しない。
(c)ポテト・デキストロース寒天培地でpHを段階的に調整するとともに、直径5mmの菌糸片を接種した後、25℃で7日間培養し、コロニーの直径を測定したところ、pH4.0〜8.0の間で菌糸は生長し、最も生長の良好なpHは5.4〜5.8であった。
【0036】
(4)栽培特性
(試験方法)
栽培特性試験は、広葉樹おがくずまたは針葉樹おがくずとの混合物に、麦、米などの穀物粉を容量比2:1の割合で混合し、含水率を60%程度に調整した培地で行った。栽培容器は口径75mm、容量800ccのナメコワイドPPビンを用いた。培地充填量は1ビンあたり550gとし、ビンの肩まで詰めて高圧滅菌した。滅菌放冷後、約20mlのおがくず種菌を接種し、22±2℃で培養を行った。
【0037】
菌廻り完了まで培養し(約70〜80日間)、湿らせた鹿沼土を覆土してさらに同条件で10日間の追培養を行った。追加培養後、子実体の発生・生育は、15〜16℃の温度条件下、湿度95%以上、明るさ300〜500ルクス(Lux)で約25〜30日間行った。
【0038】
発生した子実体が十分に成長し、傘が八部開き程度の状態の時にホンシメジを収穫した。なお、本栽培試験は、最低1区25本を3回繰り返し行った。
【0039】
(結果)
栽培試験より得られたYMS208とYG6Lの相違点を以下に示す。
<種菌接種から子実体発生最盛期までの期間>
YMS208 平均118日、 YG6L 平均122日
【0040】
<覆土後最適温度における子実体収穫最盛期までの期間>
YMS208 31〜35日、 YG6L 26〜30日
【0041】
<子実体の発生型>
YMS208 株状型、 YG6L 群状型
<子実体収量>
YMS208 平均99.6g/ビン、 YG6L 平均94.1g/ビン
【0042】
<菌傘の大きさ>
YMS208 平均35.7mm、 YG6L 平均31.2mm
<菌傘の厚さ>
YMS208 平均13.4mm、 YG6L 平均15.3mm
【0043】
<菌柄の長さ>
YMS208 平均44.2mm、 YG6L 平均43.2mm
<菌柄の太さ>
YMS208 平均29.3mm、 YG6L 平均21.7mm
【0044】
<菌傘の直径と菌柄の長さとの比率>
YMS208 平均1.2、 YG6L 平均1.4
<全長と菌柄の太さとの比率>
YMS208 平均1.9、 YG6L 平均2.8
【0045】
なお、ホンシメジの計測は、各栽培ビンから大きい子実体4本を選抜し、図1に示す各項目(1:全長、2:菌柄の太さ(最も太い部分)、3:菌傘の径、4:菌傘の厚さ、5:菌柄の長さ)について測定を行った。
【0046】
次に、イボの発生率については、菌傘上に発生したイボの発生ビン数を測定することにより行った。その結果を表3に示す。
【0047】
表3から明らかなように、優良菌株ではYG6Lにおいても25〜40%の頻度でイボが発生するのに対し、YMS208のイボの発生率は10%以下で、YG6Lの発生率と比較して格段にイボの発生が抑制されていることが明らかとなった。
【0048】
【表3】

【0049】
(5)消費者特性
ランダムに選出した人に、YMS208とYG6Lの見かけ、香り、味を比較してもらったところ、香りと味に関してはほとんど差が見られなかったが、見かけにおいては、約80%に人がYMS208の方が好ましいと回答した。
また、菌傘にイボのあるYMS208とイボのないYMS208の実物を提示し、どちらを購入したいか聞いてみたところ、約95%の人がイボのあるYMS208の方を購入すると回答した。
【0050】
<受領書>

【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】図1は、ホンシメジ子実体の測定部位を模式的に示したものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(1)〜(4)の特長を有するホンシメジ(Lyophyllum shimeji)に属する菌株。
(1)菌床を用いた人工栽培で子実体の発生が可能である
(2)子実体の菌柄が極太で、全長と菌柄の太さの比(全長/菌柄の太さ)が1.7〜2.4である
(3)子実体の菌傘表面が平滑で、イボが発生しにくい、及び
(4)子実体の発生が株状型である
【請求項2】
菌床を用いた人工栽培が以下の(A)〜(D)工程からなるものである、請求項1記載の菌株。
(A)おが屑と栄養材を混合後、殺菌し、培養容器に充填する工程
(B)種菌接種後、18〜28℃の温度条件下、暗室にて培養する工程
(C)菌廻り完了後、覆土を行い、追加培養する工程、及び
(D)(B)工程より3℃以上低い12〜18℃の温度条件下、明室にて子実体を発生させる工程
【請求項3】
全長と菌柄の太さの比(全長/菌柄の太さ)が1.7〜2.0である、請求項1記載の菌株。
【請求項4】
イボの発生率が10%以下である、請求項1記載の菌株。
【請求項5】
1株当たり2〜10本の子実体を有する、請求項1記載の菌株。
【請求項6】
ホンシメジYG6Lを一方の親株とし、野生株または公知の菌株を他方の親株として人工交配して得られたものである、請求項1記載の菌株。
【請求項7】
ホンシメジ(Lyophyllum shimeji)YMS208株(FERM AP−20393)である、請求項1記載の菌株。
【請求項8】
菌床を用いた人工栽培法でホンシメジを生産する方法であって、種菌として請求項1〜7いずれかに記載の菌株を用いる、ホンシメジの生産法。
【請求項9】
ホンシメジ(Lyophyllum shimeji)YMS208株(FERM AP−20393)又はその変異株。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2006−271234(P2006−271234A)
【公開日】平成18年10月12日(2006.10.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−93361(P2005−93361)
【出願日】平成17年3月29日(2005.3.29)
【出願人】(000006770)ヤマサ醤油株式会社 (56)
【Fターム(参考)】