説明

ボールジョイント

【課題】球頭部および樹脂シート間の潤滑状態を良好に維持することができるボールジョイントを提供すること。
【解決手段】ボールジョイント12は、ボールスタッド17と、ボールスタッド17の球頭部22をその内部で保持する筒状のハウジング15と、球頭部22とハウジング15との間に介在する筒状の樹脂シート16と、球頭部22と樹脂シート16との間に充填されたグリースとを含む。球頭部22は、その外周面に形成された環状溝43を有している。環状溝43は、球頭部22におけるロッド23よりの位置において球頭部22の周方向に沿って形成され、ボールスタッド17が揺動原点に位置する状態で樹脂シート16の外側に位置するように配置されている。また、環状溝43は、ボールスタッド17が所定角度以上揺動したときに、その一部が樹脂シート16内に入り込むようにされている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、ボールジョイントに関するものである。
【背景技術】
【0002】
ボールジョイントには、ロッドの一端に球頭部が設けられた金属製のボールスタッドと、前記球頭部をその内部で保持するハウジングと、ハウジングと球頭部との間に介在する合成樹脂製の樹脂シートとを備えるものがある(例えば特許文献1参照)。ボールスタッドは、球頭部を支点にしてハウジングに対して揺動可能にされており、球頭部は、ボールスタッドの揺動に伴って樹脂シートの内面に摺動するようになっている。ハウジングは、有底円筒状であり、その開口端(開口が形成された側の端部)は、かしめられて湾曲状に成形されている。樹脂シートと球頭部との間には、グリースが充填されている。
【特許文献1】特開2003−262213号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ハウジングの開口端を湾曲状に塑性変形させるかしめ加工は、通常、ボールスタッドの球頭部および樹脂シートがハウジングの内部に収容された状態で行われる。樹脂シートは、ハウジングの開口端がかしめられることにより、球頭部に押し付けられて球頭部の外周面に沿う形状に変形する。また、樹脂シートと球頭部との間にはグリースが充填されているから、樹脂シートが球頭部に押し付けられると、樹脂シートと球頭部との間の空間が狭くなり、樹脂シートと球頭部の間に介在するグリースが樹脂シートの外側に押し出される。したがって、樹脂シートと球頭部との間に介在するグリースの量が減少する。また、樹脂シートと球頭部との間に介在するグリースは、ボールスタッドの揺動に伴って球頭部に掻き出されて樹脂シートの外側に移動する。
【0004】
このように、従来のボールジョイントでは、ボールジョイントの製造時や使用時に、樹脂シートと球頭部との間に介在するグリースが樹脂シートの外側に移動して、樹脂シートと球頭部との間に介在するグリースの量が減少する場合がある。したがって、球頭部および樹脂シート間の潤滑状態が悪くなり、両者が擦れ合って、樹脂シートが摩耗してしまう場合がある。そのため、ボールジョイントの耐久性が低下し、ボールジョイントの寿命が低下してしまう場合がある。
【0005】
そこで、この発明の目的は、球頭部および樹脂シート間の潤滑状態を良好に維持することができるボールジョイントを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記目的を達成するための請求項1記載の発明は、ロッド(23)、および前記ロッドの一端に設けられた球頭部(22)を有するボールスタッド(17)と、開口を有し、前記球頭部を支点にして前記ボールスタッドが揺動できるように、前記開口から前記ロッドを突出させた状態で前記球頭部をその内部で保持する筒状のハウジング(15)と、前記球頭部と前記ハウジングとの間に介在し、前記ボールスタッドの揺動に伴って前記球頭部に摺動する筒状の樹脂シート(16)と、前記球頭部と前記樹脂シートとの間に充填された潤滑剤とを含み、前記球頭部は、前記樹脂シートによってその大部分が覆われた球面状の外周面と、前記外周面に形成された環状溝(43)とを有し、前記環状溝は、前記外周面における前記ロッドよりの位置において前記外周面の周方向に沿って形成され、前記ボールスタッドが揺動原点に位置する状態で前記樹脂シートの外側に位置するように配置されており、前記ボールスタッドが所定角度以上揺動したときに、その一部が前記樹脂シート内に入り込むようにされている、ボールジョイント(12,112)である。
【0007】
なお、この項において、括弧内の英数字は、後述の実施形態における対応構成要素の参照符号を表すものであるが、これらの参照符号により特許請求の範囲を限定する趣旨ではない。
この発明によれば、球頭部の外周面におけるロッドよりの位置に、環状溝が形成されている。したがって、たとえばボールスタッドの製造時や使用時に、球頭部と樹脂シートとの間に充填された潤滑剤が樹脂シートの外側に移動したとしても、移動した潤滑剤を環状溝に溜めることができる。さらに、環状溝は、ボールスタッドが所定角度以上揺動したときに、その一部が樹脂シート内に入り込むようにされているので、ボールスタッドを揺動させることにより、環状溝に溜まった潤滑剤を球頭部と樹脂シートとの間に入り込ませることができる。したがって、樹脂シートの外側に移動した潤滑剤を、再び球頭部と樹脂シートの間に入り込ませて、樹脂シートの内面に潤滑剤を供給することができる。これにより、球頭部および樹脂シート間の潤滑状態を良好に維持することができる。そのため、ボールジョイントの耐久性が低下して、ボールジョイントの寿命が短くなることを抑制または防止することができる。
【0008】
請求項2記載の発明は、前記球頭部は、前記環状溝を区画する内壁面を有するものであり、前記内壁面は、前記環状溝に溜まった潤滑剤を前記ボールスタッドの揺動に伴って前記樹脂シート内に押し込むための環状の押し込み面(44)を含むものである、請求項1記載のボールジョイントである。
この発明によれば、環状溝を区画する内壁面に押し込み面が設けられているので、環状溝に溜まった潤滑剤をボールスタッドの揺動に伴って確実に樹脂シート内に押し込むことができる。これにより、環状溝に溜まった潤滑剤を球頭部と樹脂シートとの間に確実に入り込ませて、樹脂シートの内面に供給することができる。
【0009】
請求項3記載の発明は、前記球頭部は、前記環状溝を区画する内壁面を有するものであり、前記内壁面は、前記環状溝の深さが前記ボールスタッドの揺動方向(D1)に沿って浅くなるように傾斜する環状の傾斜面(45)を含むものである、請求項1または2記載のボールジョイントである。
この発明によれば、環状溝を区画する内壁面に傾斜面が設けられており、傾斜面は、環状溝の深さがボールスタッドの揺動方向に沿って浅くなるように傾斜している。したがって、環状溝の一部が樹脂シート内に入り込むと、樹脂シートの内面と傾斜面との間には、断面楔形の空間が形成される。そのため、潤滑剤としてグリースなどの液体を用いている場合に、環状溝の一部を樹脂シートの内側に入り込ませて、傾斜面と樹脂シートの内面とを相対移動させると、2つの面の間に介在する潤滑剤が、楔形の空間の先端部(2つの面の間隔が狭い部分)に引きずり込まれて、くさび効果が生ずる。すなわち、楔形の空間の先端部において潤滑剤の圧力が高まる。したがって、樹脂シートの内面に潤滑剤が強く押し付けられて、樹脂シートの内面に潤滑剤が確実に付着する。これにより、樹脂シートの内面に潤滑剤が確実に供給される。
【0010】
請求項4記載の発明は、前記球頭部は、複数の前記環状溝を有するものであり、前記複数の環状溝は、前記ボールスタッドの軸方向(D2)に並んで配置されたものである、請求項1〜3のいずれか一項に記載のボールジョイントである。
この発明によれば、球頭部に複数の環状溝が設けられており、これらの環状溝がボールスタッドの軸方向に並んで配置されている。したがって、ボールスタッドの揺動角に応じて、樹脂シート内に入り込む環状溝の本数を調整することができる。すなわち、複数の環状溝のうちロットと反対側に配置された環状溝は、相対的に小さいボールスタッドの揺動角で樹脂シート内に入り込む。そのため、ボールスタッドの揺動角を小さくすれば、樹脂シート内に入り込む環状溝の数を少なくすることができる。また、ボールスタッドの揺動角を大きくすれば、樹脂シート内に入り込む環状溝の数を多くすることができる。これにより、環状溝から樹脂シートに供給される潤滑剤の量を調整することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下には、図面を参照して、この発明の実施形態について具体的に説明する。
図1は、本発明の一実施形態に係るボールジョイントを備える車両用操舵装置1の概略構成を示す模式図である。車両用操舵装置1は、操舵部材としてのステアリングホイール2と、転舵輪(図示せず)を転舵する転舵機構としてのラックアンドピニオン機構3とを備えている。
【0012】
ステアリングホイール2は、ステアリングシャフト4および中間軸5を介して、ラックアンドピニオン機構3に連結されている。ステアリングホイール2の回転は、ステアリングシャフト4および中間軸5を介してラックアンドピニオン機構3に伝達される。
ラックアンドピニオン機構3は、ピニオン軸6およびラック軸7を備えるものであり、ピニオン軸6は、中間軸5に連結された軸部8と、この軸部8の先端に連結されたピニオン9とを含む。ステアリングホイール2の回転は、ステアリングシャフト4および中間軸5を介してピニオン軸6に伝達される。
【0013】
また、ラック軸7は、車両の左右方向に沿って配置されている。ラック軸7には、ラック10が形成されている。ピニオン9およびラック10は、互いに噛み合わされている。ピニオン軸6の回転は、ラック10およびピニオン9により、ラック軸7の軸方向移動に変換される。
また、ラック軸7は筒状のハウジング11を挿通している。ラック軸7の両端部は、それぞれハウジング11から突出している。ラック軸7の各端部には、インナーボールジョイント12を介して、タイロッド14の一端が連結されている。また、タイロッド14の他端(いわゆるタイロッドエンド)には、アウターボールジョイント13が設けられている。図示はしないが、アウターボールジョイント13には、たとえばコイルばねなどを含む懸架装置を介して転舵輪が連結されている。
【0014】
操舵操作(回転操作)では、前述したように、ステアリングホイール2の回転がステアリングシャフト4および中間軸5によってピニオン軸6に伝達され、ピニオン9の回転がラック10を通じてラック軸7の軸方向移動に変換される。そのときのラック軸7の軸方向移動は、インナーボールジョイント12を介してタイロッド14に伝えられ、さらに、タイロッド14の動きがアウターボールジョイント13を介して懸架装置へと伝えられる。
【0015】
図2は、インナーボールジョイント12およびアウターボールジョイント13を含む車両用操舵装置1の部分断面図である。
インナーボールジョイント12は、ラック軸7の端部に連結されるハウジング15と、このハウジング15に保持された樹脂シート16およびボールスタッド17とを備えている。ハウジング15は、樹脂シート16およびボールスタッド17を保持する保持部18と、ラック軸7の端部に連結される連結部19とを含む。保持部18は、有底円筒状であり、その中間部の外径が一定にされている。保持部18の開口端18a(図2では右端部)は、その内側に向かって湾曲しており、保持部18の中間部よりも外径が小さくされている。保持部18の内部に収容されたボールスタッド17の一部(後述の球頭部22)および樹脂シート16は、保持部18の開口端18aによって抜け止めされている。また、樹脂シート16は、カップ状であり、筒状の周壁部20と、周壁部20の端部(図2では左端)に設けられた底部21とを含む。樹脂シート16は、底部21が保持部18の底に位置するように配置されている。
【0016】
ボールスタッド17は、球面状の外周面を有する球頭部22と、この球頭部22から突出するように延びるロッド23とが一体的に形成された金属製の部材である。球頭部22は、その中心がロッド23の中心軸線L1上に位置するように配置されている。球頭部22は、保持部18内において樹脂シート16に覆われており、ロッド23は、保持部18の開口端18aから突出している。球頭部22は、ロッド23よりの部分を除くその大部分が樹脂シート16によって覆われている。
【0017】
また、樹脂シート16の内面は、球頭部22の外周面に沿う形状になっている。球頭部22は、樹脂シート16を介して保持部18に包み込まれるように保持されている。樹脂シート16と球頭部22との間には、潤滑剤の一例であるグリースが充填されている。球頭部22は、樹脂シート16に対して摺動可能となっており、ボールスタッド17は、球頭部22を支点としてハウジング15に対して揺動可能となっている。さらに、ボールスタッド17は、ロッド23の中心軸線L1まわりに回転可能となっている。ボールスタッド17は、前述の懸架装置のしなりに伴って所定の面内で揺動するようになっている。ボールスタッド17の揺動角は、懸架装置のしなり量の増減に伴って増減する。
【0018】
また、ロッド23の先端部(図2では右端部)には、雄ねじ部25が形成されている。雄ねじ部25は、連結軸24に形成された雌ねじ孔26に螺合されている。雄ねじ部25が雌ねじ孔26に螺合されることにより、連結軸24がボールスタッド17に同軸的に連結されている。また、雄ねじ部25にはロックナット27が螺合されている。ボールスタッド17および連結軸24は、ロックナット27によって互いに固定されている。ボールスタッド17を回転させて雌ねじ孔26に対する雄ねじ部25のねじ込み量を変化させることにより転舵輪のトー角を調整することができる。したがって、ボールスタッド17の回転位置(ロッド23の中心軸線L1まわりの回転位置)は、転舵輪のトー角により変化する。
【0019】
一方、アウターボールジョイント13は、ハウジング28と、このハウジング28に保持された樹脂シート29およびボールスタッド30とを備えている。ハウジング28は、樹脂シート29がその内側に配置された筒状部材31と、この筒状部材31の一端(図2では下端)を塞ぐように当該一端に固定されたプラグ板32とを含む。筒状部材31は、その他端(図2では上端)が開口端になっている。筒状部材31は、例えば連結軸24に一体的に形成されている。
【0020】
樹脂シート29は、カップ状であり、筒状の周壁部33と、この周壁部33の端部(図2では下端)に設けられた底部34とを含む。樹脂シート29は、周壁部33が筒状部材31の内周面に沿い、底部34がプラグ板32に対向するように配置されている。樹脂シート29は、筒状部材31の他端(図2では上端)からその内側に突出する環状の鍔部35と、プラグ板32との間で保持されている。鍔部35の内径は、球頭部36の外径よりも小さくされており、これによって、ボールスタッド30の一部(後述の球頭部36)および樹脂シート29が筒状部材31から抜け止めされている。
【0021】
ボールスタッド30は、球面状の外周面を有する球頭部36と、この球頭部36から上方へ突出するロッド37とが一体的に形成された金属製の部材である。球頭部36は、その中心がロッド37の中心軸線L2上に位置するように配置されている。球頭部36は、筒状部材31内において樹脂シート29に覆われており、ロッド37は、筒状部材31から突出している。球頭部36は、ロッド37よりの部分を除くその大部分が樹脂シート29によって覆われている。球頭部36は、樹脂シート29を介してハウジング28に保持されている。
【0022】
また、樹脂シート29の内面は、球頭部36の外周面に沿う形状になっている。樹脂シート29と球頭部36との間には、潤滑剤の一例であるグリースが充填されている。球頭部36は、樹脂シート29に対して摺動可能となっており、ボールスタッド30は、球頭部36を支点としてハウジング28に対して揺動可能となっている。さらに、ボールスタッド30は、ロッド37の中心軸線L2まわりに回転可能となっている。
【0023】
また、ハウジング28およびボールスタッド30には、筒状のブーツ38が取り付けられている。ブーツ38の一端(図2では下端)は、筒状部材31の開口端に外嵌しており、筒状部材31に固定されている。また、ブーツ38の他端(図2では上端)は、ロッド37の途中部に外嵌しており、ロッド37に固定されている。筒状部材31の開口端はブーツ38によって覆われており、これによって、水や埃などの異物が、アウターボールジョイント13内に進入することが防止されている。
【0024】
図3は、インナーボールジョイント12の部分断面図であり、図4は、インナーボールジョイント12の組み立て前における部分断面図である。以下では、図3および図4を参照して、インナーボールジョイント12の製造方法について説明する。また、以下では、インナーボールジョイント12を単に「ボールジョイント12」ともいう。
図4に示すように、ハウジング15の保持部18は、ボールジョイント12の組み立て前において、その中間部から開口端18aにかけて外径が一定の有底円筒状にされている。保持部18の開口端18aは、ボールジョイント12が組み立てられた後、たとえば塑性加工によって中間部よりも小径に成形される。より具体的には、図3に示すように、保持部18の内部に樹脂シート16およびボールスタッド17の球頭部22が収容されてボールジョイント12が組み立てられた後、開口端18aに金型39が押し付けられて保持部18がかしめられる。これにより、保持部18の開口端18aがその内側に湾曲し、中間部よりも小径になる。
【0025】
一方、樹脂シート16の周壁部20は、図4に示すように、ボールジョイント12の組み立て前において外径が一定の円筒状にされている。すなわち、樹脂シート16の周壁部20は、ハウジング15がかしめられることにより、図3に示すように、ハウジング15と球頭部22との間で挟持され、その一部が弾性変形している。これにより、周壁部20の内面および外周面がそれぞれ球頭部22の外周面およびハウジング15の内周面に沿う形状にされている。また、ハウジング15がかしめられることにより、樹脂シート16に予圧が与えられ、樹脂シート16が所定の接触圧で球頭部22の外周面に接触している。したがって、ボールスタッド17を揺動または回転させて樹脂シート16に対して球頭部22を摺動させると、球頭部22に摩擦抵抗が与えられる。これにより、ボールスタッド17が揺動および回転するときに、所定のトルクがボールスタッド17に与えられる。
【0026】
図4に示すように、樹脂シート16の底部には、グリース溜まりとして機能する貫通穴40が形成されている。また、樹脂シート16の内面には、樹脂シート16の軸方向に沿ってそれぞれ延びる複数の軸方向溝41と、樹脂シート16の周方向に沿って延びる環状の周方向溝42とが形成されている。複数の軸方向溝41は、それぞれ樹脂シート16の一端から他端に及んでおり、それぞれ貫通穴40に連通している。また、周方向溝42は、複数の軸方向溝41を横切るように形成されており、各軸方向溝41に連通している。軸方向溝41および周方向溝42は、貫通穴40から球頭部22の外周面にグリースを供給するためのグリース溝として機能する。これにより、球頭部22の外周面全体にグリースが供給されるようになっている。
【0027】
保持部18の開口端18aは、前述のように、ボールジョイント12が組み立てられた後、金型39が押し付けられてかしめられる。このとき、球頭部22と樹脂シート16との間には、グリースが予め充填されている。したがって、保持部18の開口端18aをかしめると、樹脂シート16が球頭部22に押し付けられて、樹脂シート16と球頭部22との間の空間が小さくなる。そのため、樹脂シート16と球頭部22との間からグリースが押し出されて、樹脂シート16の外側にグリースが移動する。したがって、保持部18の開口端18aをかしめると、球頭部22におけるロッド23よりの部分に、樹脂シート16と球頭部22との間から押し出されたグリースが付着する。また、樹脂シート16と球頭部22との間に介在するグリースの一部は、ボールスタッド17が揺動および回転したときに、球頭部22によって樹脂シート16の外側に掻き出される。したがって、ボールスタッド17が揺動および回転すると、樹脂シート16と球頭部22との間から掻き出されたグリースが球頭部22におけるロッド23よりの部分に付着する。
【0028】
図5は、インナーボールジョイント12の一部を拡大した部分断面図である。
球頭部22の外周面には、全周にわたって連続した環状溝43が形成されている。環状溝43は、球頭部22の外周面におけるロッド23よりの位置において球頭部22の周方向に沿って延びている。この実施形態では、ロッド23の中心軸線L1と保持部18の中心軸線L3とが同一軸線上に位置するようにボールスタッド17の揺動原点が設定されている。環状溝43は、ボールスタッド17が揺動原点に位置する状態(図5に示す状態)で樹脂シート16の外側に位置するように配置されている。また、環状溝43は、ボールスタッド17が所定角度(この実施形態では、たとえば、揺動角の最大値よりもやや小さい角度)以上揺動したときに、その一部(環状溝43の周方向の一部)が樹脂シート16内に入り込むように配置されている(図6および図7参照)。環状溝43は、ロッド23の中心軸線L1に直交する平面に沿って形成されている。
【0029】
また、環状溝43は、その長手方向に直交する断面がたとえば三角形にされている。環状溝43は、球頭部22の周方向に沿ってそれぞれ延びる2つの内壁面(第1内壁面44および第2内壁面45)によって区画されている。第1内壁面44(押し込み面)は、第2内壁面45よりもロッド23側に位置しており、環状溝43の深さがボールスタッド17の揺動方向D1に沿って深くなるように一定の傾斜角度で傾斜している。また、第2内壁面45(傾斜面)は、環状溝43の最も深い位置で全周にわたって第1内壁面44に連なっており、環状溝43の深さがボールスタッド17の揺動方向D1に沿って浅くなるように一定の傾斜角度で傾斜している。この実施形態では、ボールスタッド17の揺動方向D1に沿って環状溝43が急激に深くなり、その後、緩やかに浅くなっていくように、第1および第2内壁面44,45の傾斜角度が設定されている。
【0030】
環状溝43は、グリース溜まりとして機能するものであり、ハウジング15をかしめたときに樹脂シート16と球頭部22との間から押し出されたグリースの一部をその内部に溜めることができる。また、環状溝43は、ボールスタッド17の揺動および回転に伴って樹脂シート16と球頭部22との間から掻き出されたグリースの一部をその内部に溜めることができる。
【0031】
図6および図7は、それぞれ、ボールスタッド17を揺動させたときのインナーボールジョイント12の一部を拡大した部分断面図であり、異なる角度でボールスタッド17が揺動されている状態を示している。以下では、図6および図7を参照する。
前述のように、ボールスタッド17を所定角度以上揺動させると、環状溝43の一部が樹脂シート16内に入り込む。このとき、環状溝43に溜まったグリースは、図6に示すように、押し込み面としての第1内壁面44によって押されて、樹脂シート16の内側に確実に入り込む。したがって、環状溝43に溜まったグリースの一部は、樹脂シート16の内面に供給され、当該内面に付着する。これにより、樹脂シート16の外側に移動したグリースを、再び樹脂シート16と球頭部22との間に入り込ませて、樹脂シート16の内面にグリースを供給することができる。
【0032】
一方、傾斜面としての第2内壁面45は、ボールスタッド17の揺動方向D1に沿って環状溝43の深さが浅くなるように傾斜しているので、環状溝43の一部が樹脂シート16内に入り込むと、図7に示すように、第2内壁面45と樹脂シート16の内面との間には、断面楔形の空間が形成される。したがって、環状溝43の一部を樹脂シート16の内側に入り込ませて、第2内壁面45と樹脂シート16の内面とを相対移動させると、2つの面の間に介在するグリースが、楔形の空間の先端部(2つの面の間隔が狭い部分)に引きずり込まれて、くさび効果が生ずる。すなわち、楔形の空間の先端部においてグリースの圧力が高まる。そのため、樹脂シート16の内面にグリースが強く押し付けられて、樹脂シート16の内面にグリースが確実に付着する。これにより、樹脂シート16の内面に確実にグリースが供給される。
【0033】
以上のように本実施形態では、球頭部22の外周面におけるロッド23よりの位置に、環状溝43が形成されている。したがって、たとえばボールスタッド17の製造時や使用時に、球頭部22と樹脂シート16との間に充填された潤滑剤の一例であるグリースが樹脂シート16の外側に移動したとしても、移動したグリースを環状溝43に溜めることができる。さらに、環状溝43は、ボールスタッド17が所定角度以上揺動したときに、その一部が樹脂シート16内に入り込むようにされているので、ボールスタッド17を揺動させることにより、環状溝43に溜まったグリースを球頭部22と樹脂シート16との間に入り込ませることができる。したがって、樹脂シート16の外側に移動したグリースを、再び球頭部22と樹脂シート16との間に入り込ませて、樹脂シート16の内面にグリースを供給することができる。これにより、球頭部22および樹脂シート16間の潤滑状態を良好に維持することができる。そのため、ボールジョイント12の耐久性が低下して、ボールジョイント12の寿命が短くなることを抑制または防止することができる。
【0034】
また、本実施形態では、環状溝43が全周にわたって連続した溝に形成されているので、転舵輪のトー角の大きさにかかわらず、環状溝43の一部を確実に樹脂シート16内に入り込ませることができる。すなわち、ボールジョイント12は、懸架装置のしなりに伴って球頭部22を支点にして所定の面内で揺動する。また、ボールジョイント12は、転舵輪のトー角の大きさによってその回転位置が変化する。したがって、たとえば環状溝43が断続的な溝に形成されている場合には、転舵輪のトー角の大きさによっては、ボールジョイント12を所定角度以上揺動させても、環状溝43の一部が樹脂シート16内に入り込まない場合がある。このような場合には、樹脂シート16の外側に移動したグリースを、再び球頭部22と樹脂シート16との間に入り込ませることができないので、球頭部22および樹脂シート16間の潤滑状態が悪化する場合がある。したがって、本実施形態のように、環状溝43を全周にわたって連続した溝に形成することにより、転舵輪のトー角の大きさにかかわらず、環状溝43の一部を確実に樹脂シート16内に入り込ませて、球頭部22および樹脂シート16間の潤滑状態を良好に維持することができる。
【0035】
この発明の実施の形態の説明は以上であるが、この発明は、前述の実施形態の内容に限定されるものではなく、請求項記載の範囲内において種々の変更が可能である。たとえば、前述の実施形態では、球頭部22に環状溝43が1つ形成されている場合について説明したが、複数の環状溝43が球頭部22に形成されていてもよい。
具体的には、たとえば図8に示すインナーボールジョイント112のように、2つの環状溝43が球頭部22に形成されていて、これらの環状溝43が互いに平行となり、ボールスタッド17の軸方向D2に並んで配置されていてもよい。また、これらの環状溝43は、前述の実施形態における環状溝43よりも細い溝(たとえば深さが浅く、幅が狭い溝)にされていてもよい。さらに、2つの環状溝43のうちロッド23と反対側に配置された環状溝43は、前述の実施形態におけるボールスタッド17よりも小さい揺動角(ボールスタッド17の揺動角)で樹脂シート16内に入り込むように配置されていてもよい。
【0036】
この図8に示すインナーボールジョイント112では、前述の実施形態よりも小さい揺動角で一方の環状溝43を樹脂シート16内に入り込ませることができるので、前述の実施形態におけるインナーボールジョイント12に比べて、樹脂シート16の外側に移動したグリースを樹脂シート16の内面に頻繁に供給することができる。
具体的には、インナーボールジョイント112は、懸架装置のしなりに伴って球頭部22を支点にして所定の面内で揺動する。また、車両の一例である自動車の通常運転では、懸架装置が大きくしなることは稀であり(たとえば片側の転舵輪が縁石などに乗り上げたときである。)、懸架装置がしなったとしても、そのしなり量は小さいことが多い。そのため、前述の実施形態のように、環状溝43が樹脂シート16内に入り込むときのボールスタッド17の揺動角が、当該揺動角の最大値付近に設定されている場合には、環状溝43が殆ど樹脂シート16内に入り込まず、環状溝43に溜まったグリースを樹脂シート16の内面に頻繁に供給することができない。
【0037】
一方、図8に示すインナーボールジョイント112のように、比較的小さい揺動角で一方の環状溝43を樹脂シート16内に入り込ませることにより、環状溝43に溜まったグリースを樹脂シート16の内面に頻繁に供給することができる。これにより、前述の実施形態よりも、球頭部22および樹脂シート16間の潤滑状態を良好に維持することができる。また、ボールスタッド17の揺動角が大きくなった場合には、一方の環状溝43の一部と、他方の環状溝43の一部とを樹脂シート16内に入り込ませて、より多くのグリースを樹脂シート16の内面に供給することができる。これにより、樹脂シート16の内面に供給されるグリースの量を調整することができる。
【0038】
また、前述の実施形態は、インナーボールジョイント12,112に設けられたボールスタッド17の球頭部22に環状溝43が形成されている場合について説明したが、インナーボールジョイント12,112のボールスタッド17だけでなく、アウターボールジョイント13に設けられたボールスタッド30の球頭部36に環状溝43が形成されていてもよい。
【0039】
また、前述の実施形態では、本発明に係るボールジョイントが用いられる装置が、車両用操舵装置1である場合について説明したが、本発明に係るボールジョイントは、車両用操舵装置1以外の装置に用いられてもよい。さらに、前述の実施形態では、車両用操舵装置1がマニュアル式の車両用操舵装置である場合について説明したが、これに限らず、車両用操舵装置1は、油圧式や電動式などのその他の形式の車両用操舵装置であってもよい。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明の一実施形態に係るボールジョイントを備える車両用操舵装置の概略構成を示す模式図である。
【図2】インナーボールジョイントおよびアウターボールジョイントを含む車両用操舵装置の部分断面図である。
【図3】インナーボールジョイントの部分断面図である。
【図4】インナーボールジョイントの組み立て前における部分断面図である。
【図5】インナーボールジョイントの一部を拡大した部分断面図である。
【図6】ボールスタッドを揺動させたときのインナーボールジョイントの一部を拡大した部分断面図ある。
【図7】ボールスタッドを揺動させたときのインナーボールジョイントの一部を拡大した部分断面図ある。
【図8】本発明の他の実施形態に係るインナーボールジョイントの部分断面図である。
【符号の説明】
【0041】
1・・・車両用操舵装置、12・・・ボールジョイント、15・・・ハウジング、16・・・樹脂シート、17・・・ボールスタッド、22・・・球頭部、23・・・ロッド、43・・・環状溝、44・・・第1内壁面、45・・・第2内壁面、112・・・ボールジョイント、D1・・・揺動方向、D2・・・ボールスタッドの軸方向、

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ロッド、および前記ロッドの一端に設けられた球頭部を有するボールスタッドと、
開口を有し、前記球頭部を支点にして前記ボールスタッドが揺動できるように、前記開口から前記ロッドを突出させた状態で前記球頭部をその内部で保持する筒状のハウジングと、
前記球頭部と前記ハウジングとの間に介在し、前記ボールスタッドの揺動に伴って前記球頭部に摺動する筒状の樹脂シートと、
前記球頭部と前記樹脂シートとの間に充填された潤滑剤とを含み、
前記球頭部は、前記樹脂シートによってその大部分が覆われた球面状の外周面と、前記外周面に形成された環状溝とを有し、
前記環状溝は、前記外周面における前記ロッドよりの位置において前記外周面の周方向に沿って形成され、前記ボールスタッドが揺動原点に位置する状態で前記樹脂シートの外側に位置するように配置されており、前記ボールスタッドが所定角度以上揺動したときに、その一部が前記樹脂シート内に入り込むようにされている、ボールジョイント。
【請求項2】
前記球頭部は、前記環状溝を区画する内壁面を有するものであり、
前記内壁面は、前記環状溝に溜まった潤滑剤を前記ボールスタッドの揺動に伴って前記樹脂シート内に押し込むための環状の押し込み面を含むものである、請求項1記載のボールジョイント。
【請求項3】
前記球頭部は、前記環状溝を区画する内壁面を有するものであり、
前記内壁面は、前記環状溝の深さが前記ボールスタッドの揺動方向に沿って浅くなるように傾斜する環状の傾斜面を含むものである、請求項1または2記載のボールジョイント。
【請求項4】
前記球頭部は、複数の前記環状溝を有するものであり、
前記複数の環状溝は、前記ボールスタッドの軸方向に並んで配置されたものである、請求項1〜3のいずれか一項に記載のボールジョイント。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−138934(P2010−138934A)
【公開日】平成22年6月24日(2010.6.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−313323(P2008−313323)
【出願日】平成20年12月9日(2008.12.9)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】