説明

ボールスプライン

【課題】 過大トルクによってスプラインみぞに圧痕が生じた場合であっても、寿命低下の要因となることを避けることができるボールスプラインを提供する。
【解決手段】 スプライン外筒のスプラインみぞの軌道曲率をGRO、同軌道底径をOR、同軌道肩径をODとし、ねじ軸のスプラインみぞの軌道曲率をGRI、同軌道底径をIR、同軌道肩径をIDとし、スプライン用ボール径をBDとして、
GRO>GRIかつ(OR−OD)/BD>(ID−IR)/BD
が満たされている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、ボールスプラインに関し、特に、衝撃荷重を受けやすい条件下で使用されるボールスプラインに関する。
【背景技術】
【0002】
ボールスプラインはボールねじと組み合わされて、電動アクチュエータ用や緩衝器用としてよく使用されており、例えば、特許文献1には、ボールねじナットにモータを接続することで、ボールねじナットが回転して、上下にのびるねじ軸が軸方向に直線移動する形態とされたボールねじを緩衝器に適用することが開示されている。
【0003】
このようなボールスプライン付きボールねじでは、ボールスプラインは、ボールスプライン外筒がキーなどの回り止め部によってハウジングに対して回り止めされ、ねじ軸の回転を防止して、ボールねじナットで発生するトルクの反力を受ける。
【特許文献1】特開2005−264992号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ボールスプラインを使用するアクチュエータや緩衝器では、ねじ軸が高速移動、ボールねじナットが高速回転している状態から、ストッパによって急停止させられる構成とされているものがあり、この場合、ボールねじに過大な衝撃荷重が入り、過大トルクが発生して、そのトルクによってスプラインみぞに圧痕が生じることがある。この圧痕は、ねじ軸およびスプラインの両方に生じることになり、寿命低下の要因となる。
【0005】
この発明の目的は、過大トルクによってスプラインみぞに圧痕が生じた場合であっても、寿命低下の要因となることを避けることができるボールスプラインを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この発明によるボールスプラインは、スプラインみぞが外周面に形成された軸と、軸が通されて軸のスプラインみぞに対応するスプライン用ボール循環路が形成されたスプライン外筒と、スプライン外筒のスプライン用ボール循環路に配設された複数のスプライン用ボールとを備えているボールスプラインにおいて、スプライン外筒のスプラインみぞの軌道曲率をGRO、同軌道底径をOR、同軌道肩径をODとし、軸のスプラインみぞの軌道曲率をGRI、同軌道底径をIR、同軌道肩径をIDとし、スプライン用ボール径をBDとして、
GRO>GRIかつ(OR−OD)/BD>(ID−IR)/BD
が満たされていることを特徴とするものである。
【0007】
この条件は、スプライン外筒のスプラインみぞに発生する肩乗り上げ率よりも軸のスプラインみぞに発生する肩乗り上げ率が大きい(軸のスプラインみぞよりもスプライン外筒のスプラインみぞの方が圧痕の耐性が上げられている)ことを意味している。したがって、過大トルクが発生した場合、軸のスプラインみぞに肩乗り上げが発生して圧痕が生じやすいものとなっており、このために肩乗り上げが発生しにくくなったスプライン外筒のスプラインみぞには圧痕が生じないものとなる。
【0008】
軸は、往復直線移動し、その際の軸の極限位置(通常使用範囲)は、ストッパによって規定され、この場合、軸が通常使用範囲を超えて移動しようとしたときにスプライン外筒に嵌まり合う軸の所定部分(通常、軸のエンド部となるので、以下、「エンド部」と称すことがある)は、通常使用時には、スプライン外筒内に入ることはなく、過大トルク発生時にのみ、スプライン外筒内に入り込むことになる。したがって、過大トルク発生時に圧痕が生じる可能性がある箇所は、スプライン外筒および軸のエンド部であり、軸のエンド部を除いた部分に圧痕が生じることはない。そして、軸のエンド部に圧痕が生じたとしても、この部分は常時使用されるわけではないので、寿命低下の要因とはならない。一方、スプライン外筒のスプラインみぞは、相対的に圧痕の耐性が上げられているので、常時使用されるスプライン外筒の圧痕が防止される。こうして、スプラインみぞ形成時の軌道寸法の調整により、圧痕が発生するような条件となったときには、軸のエンド部だけに圧痕が発生し、エンド部以外の軸の部分およびスプライン外筒の圧痕が防止され、寿命を向上することができる。
【0009】
軸の極限位置(通常使用範囲)を規定するストッパは、例えば、軸が極限位置に到達した際にハウジングに当接するフランジ部を軸に設けることで形成することができ、また、軸と一体に直線移動する部材に形成してもよく、直線移動しない方の部材(ハウジングや中空軸)に設けることもできる。
【0010】
軸、ねじナットおよびスプライン外筒は、例えば、S45C,S55Cなどの炭素鋼製あるいはSAE4150鋼製とされ、また、ボールは、例えば、軸受鋼(SUJ2)製とされる。
【0011】
この発明によるボールスプラインは、ボールねじと組み合わされて、アクチュエータ(モータによって中空軸およびボールねじナットが回転させられ、これにより、ねじ軸が直線移動する形態)として使用されることがあり、緩衝器(ねじ軸が外部からの力によって直線移動させられ、これにより、中空軸およびボールねじナットが回転し、モータが発生する電磁力が減衰力となる形態)として使用されることがある。
【発明の効果】
【0012】
この発明のボールスプラインによれば、スプラインみぞ形成時の軌道寸法の調整により、圧痕が発生するような条件となったときには、通常時には使用されない軸の所定部分だけに圧痕が発生し、この所定部分以外の軸の部分およびスプライン外筒の圧痕が防止される。これにより、ボールスプラインの寿命を向上することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、図面を参照して、この発明の実施形態について説明する。
【0014】
図1は、この発明によるボールスプラインが適用される1例としてのボールスプライン付きボールねじの主要部の縦断面図であり、図2は図1の拡大横断面図である。以下の説明において、図1の左右を左右とする。
【0015】
ボールスプライン付きボールねじは、左右方向にのびる鋼製ねじ軸(軸)(1)、ねじナット(2)、スプライン外筒(3)、多数のねじ用ボール(4)および多数のスプライン用ボール(5)を備えている。
【0016】
ねじ軸(1)は横断面円形の中実軸であり、ねじ軸(1)の外周面に、1条のねじみぞ(おねじみぞ)(6)と、軸方向(左右方向)にのびる複数の直線状スプラインみぞ(7)が形成されている。
【0017】
ねじナット(2)は、円筒状の金属製ナット本体(8)と、ナット本体(8)の軸方向両端面に取り付けられた1対の環状の合成樹脂製エンドキャップ(9)とを備えている。エンドキャップ(9)は、互いに同一形状の短円筒状の環体よりなり、ナット本体(8)の軸方向両端面に図示しないボルトなどの連結具を用いて固定されている。ナット(2)は、ねじ軸(1)の外周に径方向に若干の隙間をあけてはめられている。
【0018】
ナット本体(8)の内周面に、おねじみぞ(6)に対応する1条のねじみぞ(めねじみぞ)(10)が形成されている。ナット本体(8)のめねじみぞ(10)とこれに対向するねじ軸(1)のおねじみぞ(6)との対向空間が、ねじ用ボール(4)が転動する主通路(11)となっている。ナット本体(8)の周壁の1箇所に、戻し通路(12)が形成されている。戻し通路(12)は、ナット本体(8)を軸方向全長にわたって貫通する断面円形の貫通穴よりなる。
各エンドキャップ(9)のナット本体(8)側の端面に、主通路(11)と戻し通路(12)を連通させるみぞ状の方向転換路(13)が形成されている。
【0019】
ねじ用ボール(4)は、主通路(11)、戻し通路(12)および方向転換路(13)内に配設され、主通路(11)を転動するねじ用ボール(4)がねじ軸(1)とねじナット(2)の相対回転を案内するようになっている。主通路(11)、戻し通路(12)および方向転換路(13)により、ねじ用ボール循環路が構成されている。
【0020】
スプライン外筒(3)は、略円筒状の金属製外筒本体(14)と、外筒本体(14)の内周に固定された略円筒状の保持器(15)とを備えている。外筒(3)は、ねじ軸(1)の外周に径方向に若干の隙間をあけてはめられている。
【0021】
外筒本体(14)の内周面に、ねじ軸(1)のスプラインみぞ(7)に対応する複数の直線状スプラインみぞ(16)が形成されている。
【0022】
外筒本体(14)のスプラインみぞ(16)に対応する保持器(15)の部分に、両スプラインみぞ(7)(16)間を転動するスプライン用ボール(5)を案内するスリット(17)が形成されている。スリット(17)を介して対向する両スプラインみぞ(7)(16)間の空間が、スプライン用ボール(5)が転動する主通路(18)となっている。保持器(15)には、外筒本体(14)との間に、主通路(18)の左右両端部と連通する戻し通路(19)が形成されている。
【0023】
スプライン用ボール(5)は、主通路(18)および戻し通路(19)内に配設され、主通路(18)を転動するスプライン用ボール(5)がねじ軸(1)とスプライン外筒(3)の相対直線運動を案内するようになっている。主通路(18)および戻し通路(19)により、スプライン用ボール循環路が構成されている。スプライン用ボール循環路は、全部で6つ設けられており、1対の主通路(18)同士が互いに接近して設けられ、1対の主通路(18)のうち反時計方向側にあるものについてはその反時計方向側に戻し通路(19)が設けられ、時計方向側にあるものについてはその時計方向側に戻し通路(19)が設けられることで、1対のスプライン用ボール循環路が形成され、これが周方向に等間隔で計3対配置されている。
【0024】
上記の状態で、ねじナット(2)を回転させることにより、ねじ軸(1)がスプライン外筒(3)を案内にして、回転はせずに、軸方向に直線移動する。このとき、ねじナット(2)の部分では、主通路(11)を転動していたねじ用ボール(4)が、一方のエンドキャップ(9)の方向転換路(13)で方向転換されてナット本体(8)の戻し通路(12)に導入され、戻し通路(12)内を他方のエンドキャップ(9)側に移動し、戻し通路(12)を移動してきたねじ用ボール(4)が、他方のエンドキャップ(9)の方向転換路(13)で方向転換されて、主通路(11)に導入される。これにより、ねじ用ボール(4)は、ねじ用ボール循環路を循環させられる。スプライン外筒(3)の部分では、主通路(18)を転動していたスプライン用ボール(5)が、主通路(18)の一端部から戻し通路(19)に導入されて、戻し通路(19)内を主通路(18)の他端部側に移動し、主通路(18)の他端部に導入される。これにより、スプライン用ボール(5)が、スプライン用ボール循環路を循環させられる。
【0025】
上記のボールスプライン付きボールねじは、スプライン外筒(3)を軸方向の一定位置に回転も移動もしないように固定し、ねじナット(2)を軸方向の一定位置において回転はするが移動はしないように支持した状態で使用される。このボールスプライン付きボールねじは、例えば、自動車の電磁緩衝器用として使用するのに適している。電磁緩衝器は、タイヤから伝わる外力によってねじ軸(1)が軸方向に直線移動し、これに伴って、ねじナット(3)が回転し、この回転運動をモータに取り込んで、モータで発生する電磁力を減衰力として利用するようになっている。このような電磁緩衝器は、突起乗り越し等のオーバストローク時には、ねじ軸(1)と一体で上下移動するバンプストッパがハウジング等に衝突することにより、高速回転していたモータが急停止し、モータの慣性トルクにより過大トルクがボールスプラインのスプラインみぞ(7)(16)に負荷されることがあり、その保護が課題となっている。
【0026】
そこで、この発明によるボールスプラインでは、図3に拡大して示すように、スプライン外筒(3)の外筒本体(14)に形成されているスプラインみぞ(16)の軌道曲率をGRO、同軌道底径をOR、同軌道肩径をODとし、ねじ軸(1)のスプラインみぞ(7)の軌道曲率をGRI、同軌道底径をIR、同軌道肩径をIDとし、スプライン用ボール(5)の径をBDとして、
GRO>GRIかつ(OR−OD)/BD>(ID−IR)/BD
が満たされている。
【0027】
この条件は、スプライン外筒(3)のスプラインみぞ(16)に発生する肩乗り上げ率よりもねじ軸(1)のスプラインみぞ(7)に発生する肩乗り上げ率が大きいようにする条件となっており、ねじ軸(1)のスプラインみぞ(7)よりもスプライン外筒(3)のスプラインみぞ(16)の方が圧痕の耐性が上がっている。したがって、過大トルクが発生した場合、ねじ軸(1)のスプラインみぞ(7)に圧痕が生じやすく、スプライン外筒(3)のスプラインみぞ(16)には圧痕が生じない。
【0028】
ここで、ねじ軸(1)において圧痕が発生する部分は、過大トルクが負荷された時だけ、スプライン外筒(3)のスプラインみぞ(16)に入り込むエンド部(電磁緩衝器では下端部)であり、エンド部は、通常使用時には、スプライン外筒(3)のスプラインみぞ(16)に入り込まないようになっている。したがって、ねじ軸(1)のスプラインみぞ(7)に圧痕が発生したとしても、ボールスプラインとしての寿命低下の要因となることはない。スプライン外筒(3)のスプラインみぞ(16)は、常時使用されるものであり、一旦圧痕が発生すると、ボールスプラインとしての寿命低下の要因となるところ、相対的に圧痕の耐性が上げられているので、圧痕が防止される。こうして、スプラインみぞ(7)(16)形成時の軌道寸法をGRO>GRIかつ(OR−OD)/BD>(ID−IR)/BDとすることにより、圧痕が発生するような条件となったときには、ねじ軸(1)のエンド部だけに圧痕が発生し、エンド部以外のねじ軸(1)の部分およびスプライン外筒(3)の圧痕が防止され、寿命を向上することができる。
【0029】
ボールスプライン付きボールねじのねじナットの構成は、上記実施形態のものに限らず、適宜変更可能である。例えば、上記実施形態には、エンドキャップ式のねじナットを示したが、この発明は、ねじナットがチューブ式、こま式(デフレクタ式)のボールスプライン付きボールねじにも適用できる。また、ねじみぞが1条であるが、ねじみぞが多条であってもよい。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】図1は、この発明の1実施形態を示すボールスプライン付きボールねじの主要部の縦断面図である。
【図2】図2は、図1のII−II線の拡大断面図である。
【図3】図3は、図2のボールスプライン部分の要部を拡大した図面である。
【符号の説明】
【0031】
(1) ねじ軸(軸)
(3) スプライン外筒
(5) スプライン用ボール
(7) スプラインみぞ
(16) スプラインみぞ
(18) 主通路
(19) 戻し通路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スプラインみぞが外周面に形成された軸と、軸が通されて軸のスプラインみぞに対応するスプライン用ボール循環路が形成されたスプライン外筒と、スプライン外筒のスプライン用ボール循環路に配設された複数のスプライン用ボールとを備えているボールスプラインにおいて、
スプライン外筒のスプラインみぞの軌道曲率をGRO、同軌道底径をOR、同軌道肩径をODとし、軸のスプラインみぞの軌道曲率をGRI、同軌道底径をIR、同軌道肩径をIDとし、スプライン用ボール径をBDとして、
GRO>GRIかつ(OR−OD)/BD>(ID−IR)/BD
が満たされていることを特徴とするボールスプライン。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−299785(P2009−299785A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−154900(P2008−154900)
【出願日】平成20年6月13日(2008.6.13)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】