説明

ボールスプライン

【課題】 過大トルクによってスプラインみぞに圧痕が生じることを防止したボールスプラインを提供する。
【解決手段】 ボールスプライン外筒4に、ねじ軸2よりも表面硬さを上げる熱処理が施されている。ねじ軸2のエンド部14に、エンド部14以外のねじ軸2の部分よりも表面硬さを上げるショットピーニング加工が施されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、ボールスプラインに関し、特に、衝撃荷重を受けやすい条件下で使用されるボールスプラインに関する。
【背景技術】
【0002】
ボールスプラインはボールねじと組み合わされて、電動アクチュエータ用や緩衝器用としてよく使用されており、例えば、特許文献1には、ボールねじナットにモータを接続することで、ボールねじナットが回転して、上下にのびるねじ軸が軸方向に直線移動する形態とされたボールねじを緩衝器に適用することが開示されている。
【0003】
このようなボールスプライン付きボールねじでは、ボールスプラインは、ボールスプライン外筒がキーなどの回り止め部によってハウジングに対して回り止めされ、ねじ軸の回転を防止して、ボールねじナットで発生するトルクの反力を受ける。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−264992号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ボールスプラインを使用するアクチュエータや緩衝器では、ねじ軸が高速移動、ボールねじナットが高速回転している状態から、ストッパによって急停止させられる構成とされているものがあり、この場合、ボールねじに過大な衝撃荷重が入り、過大トルクが発生して、そのトルクによってスプラインみぞに圧痕が生じることがある。この圧痕は、ねじ軸およびスプラインの両方に生じることになり、寿命低下の要因となる。
【0006】
この発明の目的は、過大トルクによってスプラインみぞに圧痕が生じることを防止したボールスプラインを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この発明によるボールスプラインは、スプライン軌道が設けられた軸と、ボールを介して軸に嵌め合わされてその軸方向直線運動を案内するボールスプライン外筒とを備えているボールスプラインにおいて、ボールスプライン外筒に、軸よりも表面硬さを上げる処理が施されていることを特徴とするものである。
【0008】
従来、軸およびボールスプライン外筒は、いずれも58〜62HRC程度であるのに対し、この発明のボールスプライン外筒の表面硬さは、これより1〜3HRC(例えば2HRC)高い60〜64HRCとされる。この表面硬さは、ボールの表面硬さ(60〜64HRC)と同程度か若干低い程度となる。
【0009】
ボールスプライン外筒の表面硬さをアップさせるには、熱処理の条件を変更することで可能であり、例えば、浸炭処理を施す際の焼き戻し温度を下げるようにしてもよく、また、ボールスプライン外筒の材料を高炭素鋼として、高周波焼入れを行うようにしてもよい。
【0010】
ボールスプライン外筒の表面硬さが軸に比べて高くなることで、圧痕は、ボールスプライン外筒に発生しにくく、軸に発生しやすいものとなる。
【0011】
軸は、往復直線移動し、その際の軸の極限位置(通常使用範囲)は、ストッパによって規定され、この場合、軸が通常使用範囲を超えて移動しようとしたときにボールスプライン外筒に嵌まり合う軸の所定部分(通常、軸のエンド部となるので、これを「エンド部」と称す)は、通常使用時には、ボールスプライン外筒内に入ることはなく、過大トルク発生時にのみ、ボールスプライン外筒内に入り込むことになる。したがって、過大トルク発生時に圧痕が生じる可能性がある箇所は、ボールスプライン外筒および軸のエンド部であり、軸のエンド部を除いた部分に圧痕が生じることはない。そして、軸のエンド部に圧痕が生じたとしても、この部分は常時使用されるわけではないので、寿命低下の要因とはならない。一方、ボールスプライン外筒のスプラインみぞは、表面硬さのアップによって相対的に圧痕の耐性が上げられているので、ボールスプライン外筒の圧痕が防止される。こうして、ボールスプライン外筒の表面処理だけで、圧痕が発生するような条件となったときには、通常状態では使用されない軸のエンド部だけに圧痕が発生し、通常状態で使用されるエンド部以外の軸の部分およびボールスプライン外筒の圧痕が防止され、寿命を向上することができる。表面処理以外の点では、衝撃荷重を見込んだ設計が不要となり、ボールスプラインおよびこれを備えたボールねじ装置の小型・軽量化設計を達成することができる。
【0012】
軸のエンド部は、上述のように、過大トルク発生時にボールスプライン外筒内に入り込んで、大きいトルク負荷を受ける箇所であり、軸のこの部分だけ、表面硬さを上げることにより、圧痕を発生させないようにすることもできる。
【0013】
軸のエンド部の表面硬さを上げるには、ボールスプライン外筒と同様に高周波焼入れまたは部分焼入れという熱処理でも可能であるが、ショットピーニングによる加工硬化処理によってもよい。
【0014】
軸の極限位置(通常使用範囲)を規定するストッパは、例えば、軸が極限位置に到達した際にハウジングに当接するフランジ部を軸に設けることで形成することができ、また、軸と一体に直線移動する部材に形成してもよく、直線移動しない方の部材(ハウジングや中空軸)に設けることもできる。
【0015】
軸、ねじナットおよびボールスプライン外筒は、例えば、S45C,S55Cなどの炭素鋼製あるいはSAE4150鋼製とされ、また、ボールは、例えば、軸受鋼(SUJ2)製とされる。
【0016】
ボールスプラインは、好ましくは、ボールねじと組み合わされて、ボールねじ軌道および軸方向にのびるスプライン軌道が設けられたねじ軸と、ねじ軸のボールねじ軌道にボールを介してねじ合わされた回転自在のボールねじナットと、スプライン軌道にボールを介して嵌め合わされてねじ軸の軸方向直線運動を案内するボールスプライン外筒とからなるものとされる。
【0017】
この発明によるボールスプラインは、ボールねじと組み合わされて、アクチュエータ(モータによって中空軸およびボールねじナットが回転させられ、これにより、ねじ軸が直線移動する形態)として使用されることがあり、緩衝器(ねじ軸が外部からの力によって直線移動させられ、これにより、中空軸およびボールねじナットが回転し、モータが発生する電磁力が減衰力となる形態)として使用されることがある。
【0018】
アクチュエータや緩衝器で使用される場合には、例えば、ボールスプライン付きボールねじと、ボールねじナットに一体化された中空軸と、軸受を介して中空軸を回転可能に支持するとともにボールスプライン外筒を支持するハウジングと、中空軸に固定されたモータロータおよびハウジング内径に固定されたモータステータからなるモータとを備えているものとされる。
【発明の効果】
【0019】
この発明のボールスプラインによると、ボールスプライン外筒の表面硬さが上がることにより、圧痕が発生するような条件となったときには、通常状態では使用されない軸のエンド部だけに圧痕が発生し、通常状態で使用されるエンド部以外の軸の部分およびボールスプライン外筒の圧痕が防止され、寿命を向上することができる。そして、エンド部の表面硬さを上げることにより、ボールスプライン全体の圧痕の耐性を上げることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】図1は、この発明のボールスプラインが使用されたボールスプライン付きボールねじ装置を示す縦断面図である。
【図2】図2は、この発明によるボールスプラインの横断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、図面を参照して、この発明の実施形態について説明する。以下の説明において、上下は、図1の上下をいうものとする。
【0022】
図1は、この発明によるボールスプラインが適用される1例としてのボールスプライン付きボールねじ装置を示している。
【0023】
ボールスプライン付きボールねじ装置(1)は、ボールねじ軌道(2a)および上下方向にのびるスプライン軌道(2b)が設けられた上下にのびる鋼製ねじ軸(2)と、ねじ軸(2)のボールねじ軌道(2a)にボールを介してねじ合わされた回転自在の鋼製ボールねじナット(3)と、ねじ軸(2)の下端部側においてスプライン軌道(2b)にボールを介して嵌め合わされてねじ軸(2)の上下方向(軸方向)直線運動を案内するボールスプライン外筒(4)と、ボールねじナット(3)に一体化されて上方にのびる中空軸(5)と、軸受(7)を介して中空軸(5)を回転可能に支持するとともにボールスプライン外筒(4)を支持するハウジング(6)と、中空軸(5)に固定された円筒状のモータロータ(9)およびハウジング(6)内径に固定された円筒状のモータステータ(10)からなるモータ(8)とを備えている。
【0024】
モータ(8)は、永久磁石型三相同期モータとされており、モータロータ(9)が永久磁石とされて、モータステータ(10)にU相、V相およびW相の三相のコイル(10a)が巻かれている。
【0025】
ねじ軸(2)と中空軸(5)とは、同心状に配置されており、ボールスプライン付きボールねじ装置(1)は、ボールねじナット(3)、中空軸(5)およびモータロータ(9)を回転させて、ねじ軸(2)を直線移動させる形態で使用される。
【0026】
中空軸(5)は、ねじ軸(2)を案内する小径部(11)と、内周面がボールねじナット(3)の外周面に固定されかつ外周面に軸受(7)を保持する大径部(12)とからなる。
【0027】
ボールスプライン外筒(4)は、ねじ軸(2)の回転を防止してその上下移動を案内するために、キー(回り止め部)(13)によってハウジング(6)に対して回り止めされる。
【0028】
図2に示すように、ボールスプライン外筒(4)は、略円筒状の金属製外筒本体(17)と、外筒本体(17)の内周に固定された略円筒状の保持器(18)とを備えている。ボールスプライン外筒(4)は、ねじ軸(2)の外周に径方向に若干の隙間を空けて嵌められている。
【0029】
ねじ軸(2)の外周には、基準円筒面から突出するように形成された3つのボール受け部(15)が周方向に等間隔で設けられており、このボール受け部(15)の時計方向側肩部および反時計方向側肩部に、それぞれスプライン軌道(2b)(2c)が形成されている。これに対応して、ボールスプライン外筒(4)の内周には、ボール受け部(15)の時計方向側のスプライン軌道(2b)に時計方向側から対向するスプライン軌道(4a)と、ボール受け部(15)の反時計方向側のスプライン軌道(2c)に反時計方向側から対向するスプライン軌道(4b)とがそれぞれ形成されている。こうして、ねじ軸(2)が時計方向に回転しようとしたときにそのトルクを負荷するスプライン軌道(2b)(4a)と、ねじ軸(2)が反時計方向に回転しようとしたときにそのトルクを負荷するスプライン軌道(2c)(4b)とが対とされて、これが3対設けられている。
【0030】
外筒本体(17)のスプライン軌道(4a)(4b)に対応する保持器(18)の部分に、両スプライン軌道(2b)(2c)(4a)(4b)との間を転動するボール(16)を案内するスリット(19)が形成されている。スリット(19)を介して対向する両スプライン軌道(2b)(2c)(4a)(4b)の間の空間が、ボール(16)が転動する主通路(20)となっている。
【0031】
保持器(18)には、外筒本体(17)との間に、主通路(20)の左右両端部と連通する戻し通路(21)が形成されている。各戻し通路(21)は、対となっている主通路(20)を周方向の両側から挟むように設けられている。保持器(18)に形成されている戻し通路(21)は、径方向外方に開口しており、外筒本体(17)の大径内周面によってこの開口が塞がれている。ボールスプライン外筒(4)の所定箇所には、キー溝(24)が形成されている。
【0032】
ボール(16)は、主通路(20)および戻し通路(21)内に配設され、主通路(20)を転動するボール(16)がねじ軸(2)とボールスプライン外筒(4)の相対直線運動を案内するようになっている。主通路(20)および戻し通路(21)により、ボール循環路が構成されている。
【0033】
このボールスプライン付きボールねじ装置(1)は、例えば、自動車の電磁緩衝器用として使用するのに適している。電磁緩衝器は、タイヤから伝わる外力によってねじ軸(2)が軸方向に直線移動し、これに伴って、ボールねじナット(3)および中空軸(5)が回転し、この回転運動をモータ(8)に取り込んで、モータ(8)で発生する電磁力を減衰力として利用するようになっている。
【0034】
このような電磁緩衝器で使用されるボールスプライン付きボールねじ装置(1)では、突起乗り越し等のサスペンションオーバストローク時には、ねじ軸(2)が上方に速い速度で移動(前進)し、直線移動部分に設けられたバンプストッパがモータフランジ等に衝突することにより、高速回転していたモータ(8)が急停止し、衝撃荷重がボールスプラインの軌道部に負荷されることがあり、この場合のボールねじ機構の保護が課題となっている。
【0035】
図1に符号(14)で示しているのは、ねじ軸(2)の下端部(エンド部)であり、エンド部(14)は、通常使用時には、同図に二点鎖線で示すよりも下方において、直線移動し、上記の衝撃荷重が作用した場合に、同図に実線で示す位置まで移動する。したがって、衝撃荷重時に圧痕が発生する可能性がある箇所は、ボールスプライン外筒(4)およびこの時にボールスプライン外筒(4)に嵌まり合うねじ軸(2)のエンド部(14)となる。
【0036】
この発明のボールスプラインでは、少なくともボールスプライン外筒(4)の表面硬さがねじ軸(2)のエンド部(14)以外の部分よりも高くされる。このようにすると、圧痕が発生するような条件となったときには、通常状態では使用されないねじ軸(2)のエンド部(14)だけに圧痕が発生し、通常状態で使用されるエンド部(14)以外のねじ軸(2)の部分およびボールスプライン外筒(4)の圧痕が防止され、寿命を向上することができる。
【0037】
さらに、エンド部(14)の表面硬さをエンド部(14)以外のねじ軸(2)の部分よりも高くすることにより、ねじ軸(2)全体の圧痕が防止され、ボールスプライン全体の圧痕の耐性が上がり、寿命をより一層向上することができる。
【0038】
従来、ねじ軸およびボールスプライン外筒は、いずれも58〜62HRC程度であるのに対し、この発明のボールスプライン外筒(4)の表面硬さは、これより1〜3HRC(例えば2HRC)高い60〜64HRCとされる。この表面硬さは、ボール(16)の表面硬さ(60〜64HRC)と同程度か若干低い程度となる。
【0039】
ボールスプライン外筒(4)およびエンド部(14)の表面硬さは、エンド部(14)以外のねじ軸(2)の部分を基準にして、2HRC程度高くすればよい。表面硬さを上げるには、熱処理の条件を変更することで可能であり、例えば、ボールスプライン外筒(4)については、浸炭処理を施す際の焼き戻し温度を下げるようにすればよく、ボールスプライン外筒(4)およびエンド部(14)に共通の熱処理として、高周波焼入れを行うようにしてもよい。また、エンド部(14)は、ショットピーニングを施して加工硬化させるようにしてもよい。
【0040】
上記のボールスプライン付きボールねじ装置(1)は、電磁緩衝器用として説明したが、これに限られるものではなく、電動アクチュエータとして使用することもできる。この場合、モータ(8)の回転駆動力をボールねじナット(3)を介してねじ軸(2)の軸方向推力に変換し、推力の軸方向反力を軸受(7)で支持してねじ軸(2)を直線運動させ、ねじ軸(2)に作用する軸方向荷重をボールねじナット(3)で負荷するとともに、トルクをボールスプライン外筒(4)で支持した形態での使用となる。
【符号の説明】
【0041】
(2) ねじ軸(軸)
(2b)(2c) スプライン軌道
(4) ボールスプライン外筒
(4a)(4b) スプライン軌道
(14) エンド部
(16) ボール

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スプライン軌道が設けられた軸と、ボールを介して軸に嵌め合わされてその軸方向直線運動を案内するボールスプライン外筒とを備えているボールスプラインにおいて、
ボールスプライン外筒に、軸よりも表面硬さを上げる処理が施されていることを特徴とするボールスプライン。
【請求項2】
軸は、通常時はボールスプライン外筒内に入り込むことがなく、過大トルク発生時にのみボールスプライン外筒内に入り込むエンド部を有しており、エンド部に、エンド部以外の軸の部分よりも表面硬さを上げる処理が施されていることを特徴とする請求項1のボールスプライン。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−164062(P2010−164062A)
【公開日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−4238(P2009−4238)
【出願日】平成21年1月13日(2009.1.13)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】