説明

ポリイミド樹脂、その製造方法および該樹脂を用いた絶縁電線

【課題】イミド化率が正確に制御された部分イミド化ポリアミック酸からなるポリイミド樹脂およびその製造方法を提供する。また、該ポリイミド樹脂からなる絶縁被膜を有する絶縁電線を提供する。
【解決手段】イソシアネート成分と、テトラカルボン酸二無水物からなる酸成分とを合成反応させて得られる下記化学式(1)で表わされる酸無水物末端イミド化合物に対して、ジアミン成分を合成反応させて得られる特定の部分イミド化ポリアミック酸からなることを特徴とする(ただし下記化学式(1)において、R1およびR2は4価の有機基であり互いに同じでも異なっていてもよく、Xは2価の有機基である)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリイミド樹脂とその製造方法に関し、さらに該ポリイミド樹脂を用いた絶縁電線に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ポリイミドは、剛直で強固な分子構造を有しかつイミド結合が強い分子間力を有することから、高分子材料の中で最高レベルの熱的特性・機械的特性・化学的特性を示す。それらの魅力的な特性により、ポリイミド樹脂は、絶縁材料・基板材料・コーティング材料・接着剤・航空宇宙用材料などを始めとする多様な用途に利用されている。
【0003】
ポリイミド樹脂による製品は、通常、ポリアミック酸(ポリアミド酸)を有機溶媒に溶かしたワニスを用いて所望の形状(例えば、フィルム状やコーティング膜状)に成形した後にイミド化して製造される。ポリアミック酸のイミド化は、加熱(通常、200〜500℃)または触媒と脱水剤とによる脱水・イミド化反応によって進められる。
【0004】
ポリアミック酸を溶解したワニスを塗布する場合、塗膜厚さの安定性や塗布装置の許容粘度の観点から、ワニス中のポリアミック酸の濃度調整やワニスの粘度調整が重要である。一方、ポリアミック酸ワニスから製造した成形体では、イミド化に伴う脱水・体積収縮によって、気泡などの欠陥や形状変形が生じる場合がある。そこで、部分的にイミド化した部分イミド化ポリアミック酸を利用することで、イミド化に伴う脱水量や体積収縮量を抑制することが種々提案されている。
【0005】
例えば、特許文献1(特表平10-502869号公報)には、部分的にイミド化した部分イミド化ポリアミック酸を用いたポリイミド塗膜の形成方法が、次のように開示されている。ジアミンおよび二無水物モノマーならびに有機溶媒からなる第1溶液を調整する。これらのモノマーを重合し、該有機溶媒に可溶なポリアミド酸を調整する。該有機溶媒中で該ポリアミド酸の約10〜95%のアミド酸基をイミド化し、部分イミド化ポリアミド酸を調整する。ポリアミド酸溶液の濃度をさらに高め、約0.1〜約10重量%の揺動剤を混合してペーストを調整する。塗布する表面上にテンプレートを配置し、該テンプレートを介して前記ペーストを該表面に塗工する。溶媒を蒸発させ、部分イミド化ポリアミド酸を完全にイミド化する。特許文献1によると、ポリアミド酸を部分的にイミド化することによって、有機溶媒により溶解しやすくなると共に、固形分を多く含有する溶液を形成することが可能となるとされている。さらに、溶液に固形分を多く含有させることができると、基板上において収縮性の少ない塗膜を得ることが可能となるとされている。
【0006】
また、特許文献2(特開平5-140306号公報)には、1,4-ビス(3-アミノプロピル)テトラメチルジシロキサンaモル%(1≦a≦30)、4,4'-オキシジアニリンbモル%(70≦b≦99)、ピロメリット酸二無水物cモル%(0<c≦105)、3,3',4,4'-ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物dモル%(0<d≦105)[ただし、90≦(a+b)≦105,90≦(c+d)≦105かつ(c+d):(a+b)=1.00〜1.03]を、50〜120℃で加熱しながら攪拌反応してアミド化重付加反応と脱水閉環イミド化反応を同時に行い、重付加物のイミド化率を10〜30%としたポリアミド酸組成物の製造方法が開示されている。特許文献2によると、ポリアミド酸の合成に際し加熱、部分閉環イミド化させ、しかもそのイミド化率を10〜30%に制御することにより、アルカリ水溶液に適度な溶解性を持ち、保存中の粘度安定性が高く、硬化物の皮膜特性、特に密着性に優れたポリアミド酸組成物を得ることができるとされている。
【0007】
また、特許文献3(特開平6-157753号公報)には、イミド化率X%(0≦X≦50)の部分イミド化ポリアミド酸(x)をα重量%(1≦α≦99)とイミド化率がY%(0<Y≦50)の部分イミド化ポリアミド酸(y)をβ重量%(1≦β≦99、α+β=100)とを混合してなる部分イミド化ポリアミド酸組成物が開示されている。特許文献3によると、異なるイミド化率の部分イミド化ポリアミド酸を混合することにより、任意のイミド化率を極めて容易に合成することができ、これにより常に一定のエッチング速度を有するポリアミド酸組成物の提供が可能であるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特表平10−502869号公報
【特許文献2】特開平5−140306号公報
【特許文献3】特開平6−157753号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
最近では電気・電子部品への小型化・高性能化の要求がますます高度になってきており、それら電気・電子部品に用いるポリイミド樹脂成形体に対する寸法精度や欠陥抑制の要求も厳しくなっている。例えば、モータ等のコイル用電線として、金属導体線の外周に絶縁被膜が形成された絶縁電線(一般的に絶縁ワニスを金属導体線上に塗布・焼付して製造される)が広く用いられているが、コイルの小型化・高性能化の観点から絶縁被膜に対して、高い屈曲特性や高い耐コロナ放電性を維持しながらより薄くより均質に形成することが強く求められている。ポリイミド樹脂成形体へのそのような要求に対応するためには、ポリアミック酸ワニスのイミド化率を正確に制御・調整することが大変重要である。
【0010】
しかしながら、特許文献1,2に記載されているような従来の方法により合成された部分イミド化ポリアミック酸は、合成反応段階でイミド化率を正確に制御することが困難であり、サンプリング測定(例えば、FT-IR:フーリエ変換型赤外分光法)などを行いながら調整する必要があった。一方、特許文献3に記載の方法は、調整のしやすさという点では改善されていると思われるが、混合する2種類の部分イミド化ポリアミック酸の合成自体は従前の方法であり、制御の困難さが根本的に解決しているわけではないという課題があった。
【0011】
従って、本発明の目的は、上記要求を満たすために、イミド化率が正確に制御された部分イミド化ポリアミック酸からなるポリイミド樹脂およびその製造方法を提供することにある。また、該ポリイミド樹脂からなる絶縁被膜を有する絶縁電線を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
(I)本発明の1つの態様は、上記目的を達成するため、次のような特徴を有する。
本発明に係るポリイミド樹脂は、イソシアネート成分と、テトラカルボン酸二無水物からなる酸成分とを合成反応させて得られる下記化学式(1)で表わされる酸無水物末端イミド化合物に対して、ジアミン成分を合成反応させて得られる下記化学式(2)で表わされる部分イミド化ポリアミック酸からなることを特徴とする(ただし下記化学式(1),(2)において、R1およびR2は4価の有機基であり互いに同じでも異なっていてもよく、XおよびR3は2価の有機基であり、nは1以上の整数である)。
【0013】
【化1】

【0014】
【化2】

【0015】
さらに、本発明は、上記目的を達成するため、上記の本発明に係るポリイミド樹脂において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(i)前記化学式(2)で表わされる部分イミド化ポリアミック酸と、ジアミン成分とテトラカルボン酸二無水物とを合成反応させて得られる下記化学式(3)で表わされるポリアミック酸と、を共重合させて得られる下記化学式(4)で表わされる部分イミド化ポリアミック酸からなることを特徴とするポリイミド樹脂(ただし下記化学式(3),(4)において、R1,R2,R4およびR5は4価の有機基であり互いに同じでも異なっていてもよく、mは1以上の整数である)。
【0016】
【化3】

【0017】
【化4】

【0018】
(ii)前記化学式(2)で表わされる部分イミド化ポリアミック酸または前記化学式(4)で表わされる部分イミド化ポリアミック酸が、熱的手法および/または化学的手法によって更に部分的にイミド化された部分イミド化ポリアミック酸からなるポリイミド樹脂である。
(iii)金属導体線の外周に絶縁被膜を有する絶縁電線であって、前記絶縁被膜が上記のポリイミド樹脂からなる。
【0019】
(II)また、本発明の他の態様は、上記目的を達成するため、次のような特徴を有する。
本発明に係るポリイミド樹脂の製造方法は、イソシアネート成分と、テトラカルボン酸二無水物からなる酸成分とを合成反応させて下記化学式(1)で表わされる酸無水物末端イミド化合物を生成させる工程Aと、前記酸無水物末端イミド化合物に対してジアミン成分を合成反応させて下記化学式(2)で表わされる部分イミド化ポリアミック酸を生成させる工程Bと、を含むことを特徴とする(ただし下記化学式(1),(2)において、R1およびR2は4価の有機基であり互いに同じでも異なっていてもよく、XおよびR3は2価の有機基であり、nは1以上の整数である)。
【0020】
【化5】

【0021】
【化6】

【0022】
さらに、本発明は、上記目的を達成するため、上記の本発明に係るポリイミド樹脂の製造方法において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(iv)ジアミン成分とテトラカルボン酸二無水物とを合成反応させて下記化学式(3)で表わされるポリアミック酸を生成させる工程Cと、前記ポリアミック酸と前記化学式(2)で表わされる部分イミド化ポリアミック酸とを重合させて下記化学式(4)で表わされる部分イミド化ポリアミック酸を生成させる工程Dと、を更に含む(ただし下記化学式(3),(4)において、R1,R2,R4およびR5は4価の有機基であり互いに同じでも異なっていてもよく、mは1以上の整数である)。
【0023】
【化7】

【0024】
【化8】

【0025】
(v)前記工程Bにより得られた前記化学式(2)で表わされる部分イミド化ポリアミック酸に対して、熱的手法および/または化学的手法によって更に部分的にイミド化する工程Eを更に含む。
(vi)前記工程Dにより得られた前記化学式(4)で表わされる部分イミド化ポリアミック酸に対して、熱的手法および/または化学的手法によって更に部分的にイミド化する工程Eを更に含む。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、イミド化率が正確に制御された部分イミド化ポリアミック酸からなるポリイミド樹脂およびその製造方法を提供することができる。また、該ポリイミド樹脂からなる絶縁被膜を有する絶縁電線を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明に係る絶縁電線の1例を示す断面模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明に係る実施形態を説明する。ただし、本発明は、ここで取り上げた実施の形態に限定されることはなく、要旨を変更しない範囲で適宜組み合わせや改良が可能である。
【0029】
[第1の実施形態のポリイミド樹脂]
本発明の第1の実施形態に係るポリイミド樹脂は、前述したように、イソシアネート成分と、テトラカルボン酸二無水物からなる酸成分とを合成反応させて得られる下記化学式(1)で表わされる酸無水物末端イミド化合物に対して、ジアミン成分を合成反応させて得られる下記化学式(2)で表わされる部分イミド化ポリアミック酸からなることを特徴とする。
【0030】
【化9】

【0031】
【化10】

【0032】
本発明は、ポリアミック酸の合成にあたり、上記化学式(1)の酸無水物末端イミド化合物を経由していることに最大の特徴がある。化学式(1)の酸無水物末端イミド化合物は、その構造中に2価の有機基であるXを含み、その両末端には閉環したイミド基が結合している。それぞれのイミド基には4価の有機基であるR1,R2が結合している。
【0033】
化学式(1)の酸無水物末端イミド化合物中のR1,R2は、テトラカルボン酸二無水物に含まれる有機基を用いることができる。有機基R1やR2を含むテトラカルボン酸二無水物としては、例えば、芳香族テトラカルボン酸二無水物(例えば、ピロメリット酸二無水物(PMDA)、3,3’,4,4’-ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物(BTDA)、3,3’,4,4’-ジフェニルスルホンテトラカルボン酸二無水物(DSDA)、4,4’-オキシジフタル酸二無水物(ODPA)、3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、4,4’-(2,2-ヘキサフルオロイロプロピリデン)ジフタル酸二無水物、m-ter-フェニル-3,3’,4,4’-テトラカルボン酸二無水物、p-ter-フェニル-3,3’,4,4’-テトラカルボン酸二無水物など)や脂環式化合物(例えば、シクロブタン-1,2,3,4-テトラカルボン酸二無水物、シクロペンタン-1,2,3,4-テトラカルボン酸二無水物など)が挙げられる。なお、有機基R1とR2とは互いに同じでも異なっていてもよい。有機基Xについては後述する。
【0034】
本発明では、化学式(1)の酸無水物末端イミド化合物に対して、1種または複数種のジアミンを合成反応させることによりポリアミック酸を得る。このとき、化学式(1)の酸無水物末端イミド化合物は、その分子構造内にイミド基を既に有することから、直接的に部分イミド化ポリアミック酸を得ることができる。上記化学式(2)の部分イミド化ポリアミック酸は、繰り返し最小単位として、上述した化学式(1)の酸無水物末端イミド化合物中のR1,R2にそれぞれアミック酸が結合しており、さらに、このアミック酸同士が、2価の有機基であるR3を介して重合した構造になっている。
【0035】
本発明において、「イミド化率」とは、部分イミド化ポリアミック酸の繰り返し最小単位内におけるイミド基の数Niとアミック酸の数Naとの合計に対するイミド基の数Niの割合100Ni/(Ni+Na)(単位:%)と定義する。例えば、化学式(2)の構造におけるイミド化率は50%となる。なお、nは1以上の整数である。
【0036】
有機基X,R3としては、例えば、下記化学式(5)〜(10)で表わされるような有機基を用いることができる。
【0037】
【化11】

【0038】
【化12】

【0039】
【化13】

【0040】
【化14】

【0041】
【化15】

【0042】
【化16】

【0043】
上記化学式(5)〜(10)において、芳香環上の水素原子の一部がハロゲン元素(例えば、フッ素、塩素、臭素など)やアルキル基(例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基など)、ハロゲン置換アルキル基(例えば、フェニル基、アルコキシ基、トリフルオロメチル基、トリクロロメチル基、トリブロモメチル基など)、ヒドロキシル基、ニトロ基などの置換基で置換されているものでもよい。また、R6,R7,R8に特段の限定は無いが、例えば、「-CH2-」、「-O-」、「-CO-」、「-S-」、「-SO2-」、「-CO-O-」、「-CO-NH-」、「-C(CH3)2-」、「-C(CF3)2-」などが好適に選ばれる。さらに、化学式(2)の部分イミド化ポリアミック酸はR3を含むジアミンを用いて合成することができるため、R3としては、上記以外のジアミン骨格を用いてもよいし、脂肪族基や化学式(5)〜(10)の芳香環を水添したような脂環式化合物を用いてもよい。
【0044】
化学式(2)の部分イミド化ポリアミック酸は、有機基Xと結合している結合基だけがイミド化しており、他のアミック酸部位はイミド化していない構造になっている。これにより、イミド化率が50%に精度よく制御された部分イミド化ポリアミック酸が得られる。
【0045】
なお、従来の部分イミド化ポリイミド樹脂は、例えば、有機基Xを含むジアミンと、有機基R3を含むジアミンと、有機基R1を含むテトラカルボン酸二無水物と、有機基R2を含むテトラカルボン酸二無水物とから合成されるポリアミック酸に対して、熱的または化学的な部分イミド化処理を施して作製されている。この場合、化学式(2)のように有機基Xと結合している部分のみがイミド化された構造とはならず、全体がランダムにイミド化されてしまうため、イミド化率の制御が困難であった。
【0046】
[第2の実施形態のポリイミド樹脂]
本発明の第2の実施形態に係るポリイミド樹脂は、前記化学式(2)で表わされる部分イミド化ポリアミック酸と、ジアミン成分とテトラカルボン酸二無水物とを合成反応させて得られる下記化学式(3)で表わされるポリアミック酸と、を共重合させて得られる下記化学式(4)で表わされる部分イミド化ポリアミック酸からなることを特徴とする。
【0047】
【化17】

【0048】
【化18】

【0049】
上記化学式(3)で表わされるポリアミック酸は、繰り返し最小単位中に4価の有機基R4を含むテトラカルボン酸二無水物と4価の有機基R5を含むジアミン化合物とが結合した構造を有している。有機基R4を含むテトラカルボン酸二無水物としては、例えば、芳香族テトラカルボン酸二無水物(例えば、ピロメリット酸二無水物(PMDA)、3,3’,4,4’-ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物(BTDA)、3,3’,4,4’-ジフェニルスルホンテトラカルボン酸二無水物(DSDA)、4,4’-オキシジフタル酸二無水物(ODPA)、3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、4,4’-(2,2-ヘキサフルオロイロプロピリデン)ジフタル酸二無水物、m-ter-フェニル-3,3’,4,4’-テトラカルボン酸二無水物、p-ter-フェニル-3,3’,4,4’-テトラカルボン酸二無水物など)や脂環式化合物(例えば、シクロブタン-1,2,3,4-テトラカルボン酸二無水物、シクロペンタン-1,2,3,4-テトラカルボン酸二無水物など)が挙げられる。一方、4価の有機基R5を含むジアミン化合物に特段の限定はない。なお、有機基R1,R2,R4およびR5は互いに同じでも異なっていてもよい。また、mは1以上の整数である。
【0050】
化学式(4)で表わされる部分イミド化ポリアミック酸は、前記化学式(2)と同様に、有機基Xと結合している結合基だけがイミド化しており、化学式(3)を含む他のアミック酸部位はイミド化していない構造になっている。また、有機基Xを含有する繰り返し最小単位内でのイミド化率は50%である。このことから、化学式(2)と化学式(3)との共重合比率を制御することで、化学式(4)の部分イミド化ポリアミック酸のイミド化率を0%超50%未満の範囲で、任意にかつ精度よく制御することができる。
【0051】
なお、従来の部分イミド化ポリイミド樹脂は、例えば、有機基Xを含むジアミンと、有機基R3を含むジアミンと、有機基R5を含むジアミンと、有機基R1を含むテトラカルボン酸二無水物と、有機基R2を含むテトラカルボン酸二無水物と、有機基R4を含むテトラカルボン酸二無水物とから合成されるポリアミック酸に対して、熱的または化学的な部分イミド化処理を施して作製されている。この場合、化学式(4)のように有機基Xと結合している部分のみがイミド化された構造とはならず、全体がランダムにイミド化されてしまうため、イミド化率の制御が困難であった。
【0052】
[絶縁電線]
図1は、本発明に係る絶縁電線の1例を示す断面模式図である。図1に示したように、本発明に係る絶縁電線10は、金属導体線1の外周に前述のポリイミド樹脂からなる絶縁被膜2が形成されているものである。絶縁電線10の製造方法に特段の限定は無いが、従前の方法(例えば、金属導体線上への絶縁ワニスの塗布・焼付)を好適に利用することができる。
【0053】
金属導体線1に特段の限定はなく、通常のエナメル線で用いられる銅線、アルミニウム線の他に、金線、銀線や超電導線などを利用することができる。また、銅線の外周にニッケルなどの金属めっきを施した導体でもよい。さらに、本発明に係る絶縁被膜2が被覆される導体形状にも特段の限定はなく、丸形状や四辺形状であってもよい。なお、本発明における四辺形状とは、角部が丸みを有する四角形状や角丸長方形状を含むものとする。
【0054】
本発明に係る絶縁電線は、金属導体線1と絶縁被膜2との密着性を向上させるための被膜を金属導体線1と絶縁被膜2との間に形成してもよい。また、本発明に係る絶縁電線は、絶縁被膜2の外周に潤滑性を付与するための被膜や、耐傷性を付与するための被膜を形成してもよい。これら付加的な被膜に特段の限定は無く、公知の被膜を利用できる。付加的な被膜の形成は、絶縁ワニスを塗布・焼付することによってもよいし、押出機を用いた押出成形によってもよい。
【0055】
[ポリイミド樹脂の製造方法]
(化学式(1)の酸無水物末端イミド化合物の合成)
本発明においては、イソシアネート成分と、テトラカルボン酸二無水物からなる酸成分とを合成反応させて化学式(1)で表わされる酸無水物末端イミド化合物を生成させる。
【0056】
イソシアネート成分としては、例えば、4,4’-ジフェニルメタンジイソシアネート(MDI)、トリレンジイソシアネート(TDI)、ナフタレンジイソシアネート(NDI)、キシリレンジイソシアネート(XDI)、ビフェニルジイソシアネート、ジフェニルスルホンジイソシアネート、ジフェニルエーテルジイソシアネートなどの芳香族ジイソシアネート類、それらの異性体や多量体が挙げられる。また、それらの芳香環上の水素原子の一部がハロゲン元素(例えば、フッ素、塩素、臭素など)やアルキル基(例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基など)、ハロゲン置換アルキル基(例えば、フェニル基、アルコキシ基、トリフルオロメチル基、トリクロロメチル基、トリブロモメチル基など)、ヒドロキシル基、ニトロ基などの置換基で置換されているものでもよい。必要に応じて、脂肪族ジイソシアネート類(例えば、ヘキサメチレンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート、ジシクロヘキシルメタンジイソシアネート、キシシレンジイソシアネートなど)や、上記の芳香族ジイソシアネートを水添した脂環式ジイソシアネート類およびその異性体を使用・併用してもよい。なお、テトラカルボン酸二無水物からなる酸成分については、前述した通りである。
【0057】
上記のイソシアネート成分と、4価の有機基R1やR2を含むテトラカルボン酸二無水物とを1:2のモル比で配合する。必要に応じて、1.5:2程度のモル比までイソシアネート成分を増やして配合してもよい。溶媒中でこれらを撹拌混合し窒素雰囲気中で加熱すると、二酸化炭素(CO2)を発生しながらイミド化反応が起こり、化学式(1)の酸無水物末端イミド化合物が合成される。加熱温度としては、60〜160℃が好ましく、80〜140℃がより好ましい。また、加熱時間としては、30分間〜6時間が好ましく、1〜3時間がより好ましい。
【0058】
上記の合成反応では、縮合により二酸化炭素が発生するのみであるため、得られた酸無水物末端イミド化合物を精製する必要が特にないという利点がある。なお、得られた酸無水物末端イミド化合物中に、ジイソシアネートとテトラカルボン酸二無水物とが重合したオリゴマが含まれている場合があるが、本発明における酸無水物末端イミド化合物は、そのようなオリゴマが含まれていても問題ない。
【0059】
また、本発明において、合成反応後の酸無水物末端イミド化合物溶液は、そのまま次の合成反応(ポリアミック酸の合成反応)の原料溶液として利用できる。そのため、本発明は、ワンポットで酸無水物末端イミド化合物の合成とポリアミック酸の合成とを行うことができる(すなわち、製造が簡便である)利点もある。
【0060】
(化学式(3)のポリアミック酸の合成)
4価の有機基R4を含むテトラカルボン酸二無水物と4価の有機基R5を含むジアミン化合物とを重合反応させて化学式(3)のポリアミック酸を生成させる。該反応の方法に特段の限定はなく従前の方法を利用できるが、本発明においては、イミド化反応を生じさせないようにポリアミック酸を合成することが肝要である。なお、化学式(3)のポリアミック酸の合成は、部分イミド化ポリアミック酸の合成する工程と別個に行ってもよいし同時に行ってもよい。
【0061】
(化学式(2)または化学式(4)の部分イミド化ポリアミック酸の合成)
上記で得られた化学式(1)の酸無水物末端イミド化合物に対して、2価の有機基R3を含むジアミンを配合し溶媒中で撹拌混合することにより、重合反応が起こり、化学式(2)の部分イミド化ポリアミック酸が合成される。また、化学式(1)の酸無水物末端イミド化合物に対して、2価の有機基R3を含むジアミンと化学式(3)のポリアミック酸とを配合し溶媒中で撹拌混合することにより、重合反応が起こり、化学式(4)の部分イミド化ポリアミック酸が合成される。または、化学式(1)の酸無水物末端イミド化合物に対して、2価の有機基R3を含むジアミンと、4価の有機基R5を含むジアミンと、酸無水物末端イミド化合物以外のテトラカルボン酸二無水物(4価の有機基R4を含むテトラカルボン酸二無水物)と、を配合し溶媒中で撹拌混合することにより、重合反応が起こり、化学式(4)の部分イミド化ポリアミック酸が合成される。なお、上記合成反応における溶媒に特段の限定はないが、例えば、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)、ジメチルアセトアミド(DMAC)、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)などの極性溶媒を好適に用いることができる。
【0062】
上記の重合反応(部分イミド化ポリアミック酸の合成)は、イミド化反応が生じないように-40〜40℃程度の低温で行うことが望ましい。より望ましくは-10〜30℃である。低温で重合反応を行うことにより、化学式(1)の酸無水物末端イミド化合物に由来するイミド基以外の部分でのイミド化を抑制し、得られる部分イミド化ポリアミック酸のイミド化率を正確に制御することができる。化学式(2)の部分イミド化ポリアミック酸のイミド化率は50%である。また、化学式(4)の部分イミド化ポリアミック酸のイミド化率は、共重合させる化学式(1)の酸無水物末端イミド化合物と化学式(3)のポリアミック酸との配合比に応じて、0%超50%未満の範囲で精度よく制御することができる。
【0063】
得られた部分イミド化ポリアミック酸は、再沈澱により粉末として取り出して利用してもよいし、溶液状(ワニス状)のまま利用してもよい。部分イミド化ポリアミック酸ワニスの使い勝手(ポリアミック酸ワニスに要求される性状)を考慮すると、不揮発成分を多くし(揮発成分を少なくし)、粘度が小さいことが好ましい。
【0064】
部分イミド化ポリアミック酸ワニスは、イミド化率0%の場合に比較して、イミド化率の増加に伴って粘度が減少するが、ある領域を超えてイミド化率が増加すると粘度も増加し、最終的にポリイミドが不溶化する。そのため、部分イミド化ポリアミック酸のイミド化率としては、10〜70%が好ましく、25〜50%がより好ましい。
【0065】
本発明に係る部分イミド化ポリアミック酸は、前述したように、イミド化率を0%超50%以下の範囲で精度よく制御することができる。50%超のイミド化率は、化学式(2)または化学式(4)の部分イミド化ポリアミック酸に対して、従前の熱的手法および/または化学的手法によって更に部分的にイミド化することで達成可能である。なお、従前の手法による部分イミド化はイミド化率の制御性に弱点を有するが、ベースとなる本発明の部分イミド化ポリアミック酸のイミド化率が正確であることから、従来の部分イミド化ポリアミック酸よりもイミド化率を精度よく調整することができる。
【0066】
(部分イミド化ポリアミック酸からなるポリイミド樹脂)
本発明の部分イミド化ポリアミック酸を利用して所望の形状に成形した後、完全にイミド化することでポリイミド樹脂成形体を製造することができる。例えば、本発明の部分イミド化ポリアミック酸ワニスを、基材フィルム上にスピンコート法やディップコート法などにより塗布したり、丸形状や四辺形状の金属導体線の外周に塗布したり、銅張積層板(CCL)上に塗布したり、基板形状にキャストしたりすることができる。また、本発明のポリイミド樹脂成形体の用途に特段の限定はなく、従来のポリイミド樹脂と置き換えて利用することができるが、従来よりも形状変形や気泡などの欠陥の発生を抑制することができる効果がある。
【実施例】
【0067】
以下、本発明を実施例に基づいてより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0068】
(実施例1)
イソシアネート成分として4,4’-ジフェニルメタンジイソシアネート(MDI)12.5 gと、テトラカルボン酸二無水物として4,4’-オキシジフタル酸二無水物(ODPA)31.2 gとを溶媒であるN-メチル-2-ピロリドン(NMP)100 gに溶解させ、窒素雰囲気中120℃で2時間反応させて酸無水物末端イミド化合物溶液を用意した。この反応させた溶液を30℃まで冷却した後、ジアミン成分として4,4’-ジアミノジフェニルメタン(DDM)9.9 gと、NMP溶媒96.9 gを該溶液に投入し、室温・窒素雰囲気中で約15時間(オーバーナイト)の撹拌混合を行い、実施例1の部分イミド化ポリアミック酸ワニスを作製した。
【0069】
得られた実施例1の部分イミド化ポリアミック酸ワニスの性状を調査したところ、不揮発成分が21.3質量%であった。FT-IRを用いてイミド基のピークから計測したイミド化率は49%であり、これは、配合比から期待される50%を十分達成していると言える。
【0070】
(実施例2)
イソシアネート成分としてMDIを5.0 gと、テトラカルボン酸二無水物としてODPAを12.5 gと、をNMP溶媒100 gに溶解させ、窒素雰囲気中120℃で2時間反応させて酸無水物末端イミド化合物溶液を用意した。この反応させた溶液を30℃まで冷却した後、ジアミン成分としてDDMを11.9 gと、NMP溶媒60.4 gを該溶液に投入し溶解させた。ジアミン成分が十分溶解した後に、追加のテトラカルボン酸二無水物として12.5 g のODPAを更に投入し、室温・窒素雰囲気中で約15時間(オーバーナイト)の撹拌混合を行い、実施例2の部分イミド化ポリアミック酸ワニスを作製した。
【0071】
得られた実施例2の部分イミド化ポリアミック酸ワニスの性状を調査したところ、不揮発成分が20質量%であった。FT-IRを用いてイミド基のピークから計測したイミド化率は26%であり、これは、配合比から期待される25%を十分達成していると言える。
【0072】
以上説明したように、本発明によれば、イミド化率が正確に制御された部分イミド化ポリアミック酸を得ることができる。これにより、従来よりも形状変形や気泡などの欠陥の発生が抑制されたポリイミド樹脂およびその成形体(例えば、絶縁電線)を提供することができる。
【符号の説明】
【0073】
1…導体、2…絶縁被膜、10…絶縁電線。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリイミド樹脂であって、
イソシアネート成分と、テトラカルボン酸二無水物からなる酸成分とを合成反応させて得られる下記化学式(1)で表わされる酸無水物末端イミド化合物に対して、ジアミン成分を合成反応させて得られる下記化学式(2)で表わされる部分イミド化ポリアミック酸からなることを特徴とするポリイミド樹脂(ただし下記化学式(1),(2)において、R1およびR2は4価の有機基であり互いに同じでも異なっていてもよく、XおよびR3は2価の有機基であり、nは1以上の整数である)。
【化1】

【化2】

【請求項2】
請求項1に記載の前記化学式(2)で表わされる部分イミド化ポリアミック酸と、ジアミン成分とテトラカルボン酸二無水物とを合成反応させて得られる下記化学式(3)で表わされるポリアミック酸と、を共重合させて得られる下記化学式(4)で表わされる部分イミド化ポリアミック酸からなることを特徴とするポリイミド樹脂(ただし下記化学式(3),(4)において、R1,R2,R4およびR5は4価の有機基であり互いに同じでも異なっていてもよく、mは1以上の整数である)。
【化3】

【化4】

【請求項3】
請求項1に記載の前記化学式(2)で表わされる部分イミド化ポリアミック酸または請求項2に記載の前記化学式(4)で表わされる部分イミド化ポリアミック酸が、熱的手法および/または化学的手法によって更に部分的にイミド化された部分イミド化ポリアミック酸からなることを特徴とするポリイミド樹脂。
【請求項4】
金属導体線の外周に絶縁被膜を有する絶縁電線であって、
前記絶縁被膜が、請求項1乃至請求項3のいずれかに記載のポリイミド樹脂からなることを特徴とする絶縁電線。
【請求項5】
ポリイミド樹脂の製造方法であって、
イソシアネート成分と、テトラカルボン酸二無水物からなる酸成分とを合成反応させて下記化学式(1)で表わされる酸無水物末端イミド化合物を生成させる工程Aと、
前記酸無水物末端イミド化合物に対してジアミン成分を合成反応させて下記化学式(2)で表わされる部分イミド化ポリアミック酸を生成させる工程Bと、を含むことを特徴とするポリイミド樹脂の製造方法(ただし下記化学式(1),(2)において、R1およびR2は4価の有機基であり互いに同じでも異なっていてもよく、XおよびR3は2価の有機基であり、nは1以上の整数である)。
【化5】

【化6】

【請求項6】
請求項5に記載のポリイミド樹脂の製造方法において、
ジアミン成分とテトラカルボン酸二無水物とを合成反応させて下記化学式(3)で表わされるポリアミック酸を生成させる工程Cと、
前記ポリアミック酸と前記化学式(2)で表わされる部分イミド化ポリアミック酸とを共重合させて下記化学式(4)で表わされる部分イミド化ポリアミック酸を生成させる工程Dと、を更に含むことを特徴とするポリイミド樹脂の製造方法(ただし下記化学式(3),(4)において、R1,R2,R4およびR5は4価の有機基であり互いに同じでも異なっていてもよく、mは1以上の整数である)。
【化7】

【化8】

【請求項7】
請求項5に記載のポリイミド樹脂の製造方法において、
前記工程Bにより得られた前記化学式(2)で表わされる部分イミド化ポリアミック酸に対して、熱的手法および/または化学的手法によって更に部分的にイミド化する工程Eを更に含むことを特徴とするポリイミド樹脂の製造方法。
【請求項8】
請求項6に記載のポリイミド樹脂の製造方法において、
前記工程Dにより得られた前記化学式(4)で表わされる部分イミド化ポリアミック酸に対して、熱的手法および/または化学的手法によって更に部分的にイミド化する工程Eを更に含むことを特徴とするポリイミド樹脂の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−219178(P2012−219178A)
【公開日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−86001(P2011−86001)
【出願日】平成23年4月8日(2011.4.8)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【Fターム(参考)】