ポリペリナフタレン系高分子製造方法及びポリペリナフタレン系誘導体
【課題】原料であるペリレン誘導体から容易にポリペリナフタレン系高分子を製造する。
【解決手段】ペリレン誘導体を原料ターゲットとし、超短パルスレーザーを用いるレーザーアブレーション法で、基体表面にポリペリナフタレン又はポリペリナフタレン誘導体を化学気相堆積させることを特徴とするポリペリナフタレン系高分子薄膜製造方法。
【解決手段】ペリレン誘導体を原料ターゲットとし、超短パルスレーザーを用いるレーザーアブレーション法で、基体表面にポリペリナフタレン又はポリペリナフタレン誘導体を化学気相堆積させることを特徴とするポリペリナフタレン系高分子薄膜製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光化学反応でポリペリナフタレン系高分子を高純度で製造する方法及びポリペリナフタレン系誘導体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、炭素材料はカーボンナノチューブなどの例が示すように、その電子物性などを応用しようという試みが数多くなされている。ポリペリナフタレン(PPN)はカーボンナノチューブと同じくグラファイト系の化合物で、ナフタレンが一次元的に配列した構造を持つことから一次元グラファイトとも呼ばれる。このPPNはグラファイトの末端部分(アームチェア端)を多く持ち、特異な物性をもつので、様々な電極材料(リチウムイオン電池、燃料電池などの一次・二次電池、キャパシタなど)、化学センサ、触媒担体、非線形光学材料、超伝導材料に利用できる可能性がある。例えば、下記非特許文献1には、リチウムイオン二次電池への応用例が示されている。
【0003】
これまでポリペリナフタレンは化学気相重合法(下記非特許文献2)や化学気相堆積法(下記特許文献1)というレーザーを使わない製造法とナノ秒パルスレーザーを用いる製造法が知られている。ナノ秒パルスレーザーを用いる製造法では、エキシマレーザーを用いたレーザーアブレーション法(下記非特許文献3)、エキシマレーザーを用いた触媒レーザーアブレーション法(下記非特許文献4)、Nd:YAGレーザーを用いた触媒レーザーアブレーション法(下記非特許文献5)が知られている。
【0004】
他方、レーザー微細加工に適したレーザービームとして、パルス幅が10−11秒以下の超短パルスレーザーが注目されている。特にフェムト秒(fs:10−15sec)パルスレーザービームは、金属や透明材料などの各種材料の加工に用いた場合、これまでの物質の熱緩和時間(およそ10−11秒から10−12秒)より長いパルス幅の炭酸ガスレーザーやYAGレーザーによる加工とは全く異なり、レーザービームの照射部位周辺に熱的、化学的な損傷(変形、変質)をほとんど与えないという特徴がある。
【0005】
これは、従来のレーザー加工では被加工材料に照射された光エネルギーのほとんどが熱エネルギーに変換され、この熱によって融解、分解、飛散による加工が進行するのに対し、超短パルスレーザーを用いた場合には、物質の熱緩和時間(およそ10−11秒から10−12秒)より短い時間にエネルギーが被加工材料に集中するため、ナノプラズマ、ナノショック、ブレークダウン、格子歪み、衝撃波が超高速で発生し、熱が発生する前にアブレーション(飛散)による加工が進行するために、照射部位のみの加工が誘起され周囲に損傷が及ばず、きれいな加工がなされると考えられている。
【0006】
また、フェムト秒パルスレーザーなどの超短パルスレーザービームを用いた透明材料に対する加工では、多光子吸収による加工が進むため、材料表面を損傷することなく、内部のみを3次元的にリモート加工することも可能である。さらに、多光子吸収など非線形現象を利用した加工であるため、光を用いているにもかかわらず、照射光の波長の回折限界を超える加工分解能が得られる。
【0007】
このように、フェムト秒パルスレーザーなどの超短パルスレーザーは、従来とは異なるメカニズムで高分解能のレーザー加工が可能であり、被加工材料の内部に加工領域を限定することもできるので超微細加工への応用が盛んに試みられている。しかし、超短パルスレーザーの応用は上記のような加工への応用がほとんどであり、化合物の合成、とりわけ無機化合物に比べて熱や光などに対して不安定とされる有機化合物の反応誘起や機能性有機材料の合成には瞬間的なエネルギー密度が非常に高い超短パルスレーザーは不向きと考えられていた為、従来のレーザーを用いるポリペリナフタレン製造法でパルス幅が10−11秒以下の 超短パルスレーザーを用いた例はない。
【0008】
【特許文献1】特許第3049534号公報
【非特許文献1】Journal of Photopolymer Science and Technology、2002年、15巻、71−76ページ
【非特許文献2】Journal of Applied Physics、1986年、60巻、3856−3862ページ
【非特許文献3】Synthetic Metals、1997年、84巻、367−368ページ
【非特許文献4】Journal of Photopolymer Science and Technology、2000年、13巻、163−166ページ
【非特許文献5】Journal of Photopolymer Science and Technology、2003年、16巻、107−108ページ
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
化学気相重合法、化学気相堆積法で製造したポリペリナフタレンの純度は低い。これは熱化学反応ではポリペリナフタレン合成に不可欠な原料(ペリレン誘導体)の側基(酸無水物基やイミド基など)の脱離反応を選択的に起こすことができないことと、原料のペリレン誘導体が長時間高熱下に置かれるため、ペリレン骨格が熱分解してしまうのが原因である。
【0010】
ナノ秒パルスのエキシマレーザーを用いた触媒を用いないレーザーアブレーション法は薄膜化が容易だが、ターゲット分子(ペリレン誘導体)の一光子吸収による光化学反応で目的物を作るので、ポリペリナフタレン合成に不可欠なターゲット分子の側基(酸無水物基やイミド基など)の脱離反応が十分に進行せず、ポリペリナフタレンよりも未反応のターゲット分子を多く含むものしか製造できない。また、レーザー強度を強くしても脱離反応が選択的でないためにペリレン骨格の熱分解が起き、結果としてアモルファスカーボンしか得られない。
【0011】
ナノ秒パルスのエキシマレーザー及びNd:YAGレーザーを用いた触媒レーザーアブレーション法は薄膜化が容易な上に、純度は従来のレーザーアブレーション法よりも改善され、リチウムイオン二次電池への応用例も示されている(非特許文献1)。これはターゲット分子の一光子吸収に伴う光化学反応でポリペリナフタレンを作るが、その際のポリペリナフタレン合成に不可欠なターゲット分子の側基(酸無水物基やイミド基など)の脱離反応が触媒によって促進されるからである。
【0012】
これらのレーザーを用いた製造法における問題は、レーザー照射部周辺のターゲット分子(ペリレン誘導体)のペリレン骨格の熱分解が著しい点と、ターゲット分子の側基の脱離反応が選択的でないため同時にペリレン骨格分解反応も触媒によって促進されてしまい、ポリペリナフタレンだけでなくアモルファスカーボンが多くできてしまう点である。
【0013】
上記すべての製造法の問題であるペリレン誘導体の熱分解には、基本的にペリレン誘導体などの有機化合物が無機化合物に比べて熱などに不安定な性質を持っていることが大きく関与している。
【0014】
そこで、本発明は、原料であるペリレン誘導体の熱分解を抑制し、熱化学反応や一光子吸収による光化学反応を用いることなく、二光子吸収による光化学反応で従来に比べて大幅に高純度なポリペリナフタレン系高分子を製造することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、超短パルスレーザーを用いたレーザーアブレーション法により上記課題が解決されることを見出し、本発明に到達した。
【0016】
即ち、第1に、本発明は、ポリペリナフタレン系高分子製造方法の発明であり、(1)ペリレン誘導体を原料ターゲットとし、パルス幅が10−11秒以下の超短パルスレーザーを用いるレーザーアブレーション法で、基体表面にポリペリナフタレン又はポリペリナフタレン誘導体を化学気相堆積させることを特徴とする方法、(2)ペリレン誘導体を原料ターゲットとし、超短パルスレーザーを用いるレーザーアブレーション法で、原料ターゲットに二光子吸収を起こし、基体表面にポリペリナフタレン又はポリペリナフタレン誘導体を化学気相堆積させることを特徴とする方法、(3)ペリレン誘導体を原料ターゲットとし、超短パルスレーザーを用いるレーザーアブレーション法で、前記原料ターゲットに多光子吸収を複数回起こし、基体表面にポリペリナフタレン又はポリペリナフタレン誘導体を多段階で化学気相堆積させることを特徴とする方法である。
【0017】
本発明のペリナフタレン系高分子の製造方法で用いられる超短パルスレーザーとしては、パルス幅が10−11秒以下のパルスレーザーである。これらの中で、フェムト秒パルスレーザーが好ましく用いられる。
【0018】
本発明のペリナフタレン系高分子の製造方法で用いられる超短パルスレーザーとしては、強度分布がガウシアン分布であるものより、超短パルスレーザーの強度分布をトップハット形分布とすることで、所望の結合のみを効率よく切断できるので好ましい。
【0019】
又、超短パルスレーザーの強度分布をトップハット形分布とするとともに、レーザービームの焦光径を変えることで、多光子吸収を2光子、3光子などに調整することも可能である。
【0020】
本発明において、出発原料となるペリレン誘導体としては、ペリレンの3,4,9,10位にカルボン酸などの官能基が結合した化合物であり、具体的には、ペリレンテトラカルボン酸、ペリレンテトラカルボン酸二無水物、及びペリレンテトラカルボン酸ジイミドから選択される1種以上が好ましく例示される。
【0021】
本発明において、出発原料となる、ペリレンの3,4,9,10位に官能基が結合したペリレン誘導体は特に限定されず、下記化学式1〜5で表される化合物から選択される1種以上も好ましく例示される。
【0022】
【化1】
【化2】
【化3】
【化4】
【化5】
(化学式1〜5において、X=O,NH,NR,NR’から選択される置換基であり、X’=H,F,Cl,Br,O,NH2,NO2,SH,Rから選択される置換基である。ここで、R及びR’は炭化水素基、ハロゲン置換炭化水素基である。)
【0023】
本発明のポリペリナフタレン系高分子の製造方法においては、超短パルスレーザーを用いたレーザーアブレーションにおけるポリペリナフタレン系高分子生成反応を促進するために、原料ターゲットとなるペリレン誘導体に、コバルト微粒子などの遷移金属触媒を混合することが好ましい。
【0024】
第2に、本発明は、上記のポリペリナフタレン系高分子の製造方法によって得られるポリペリナフタレン系誘導体の発明である。つまり、下記化学式6〜10で表されるポリペリナフタレン系誘導体である。
【0025】
【化6】
【化7】
【化8】
【化9】
【化10】
【0026】
化学式6〜10において、X=O,NH,NR,NR’から選択される置換基であり、X’=H,F,Cl,Br,O,NH2,NO2,SH,Rから選択される置換基である。n=4〜10000である。ここで、R及びR’は炭化水素基、ハロゲン置換炭化水素基である。但し、化学式7において、全てのXがHである場合を除く。
【発明の効果】
【0027】
熱化学反応や一光子光化学反応を用いた従来のポリペリナフタレン製造法では原料であるペリレン誘導体のペリレン骨格や、ペリレン誘導体の有機合成によって修飾された官能基がポリペリナフタレン系高分子を製造する過程で著しく分解してしまい、十分な純度のポリペリナフタレン及びポリペリナフタレン誘導体が得られない。これに対して、本発明では高い光子密度を有する超短パルスレーザーを用いるのでペリレン誘導体に二光子吸収以上の多光子吸収とそれに伴う選択的な光化学反応、すなわちペリレン誘導体の側基(酸無水物基やイミド基など)の選択的な脱離反応が起き、さらにその反応が遷移金属触媒の触媒作用により高効率で進行してポリペリナフタレン及びポリペリナフタレン誘導体が生成する。その上、ペリレン誘導体がレーザーパルスにさらされる時間は、レーザー光により励起されたペリレン誘導体の熱的緩和時間より短い時間(10−11秒以下)であるため、原料(ペリレン誘導体)がもつペリレン骨格の熱分解を大幅に抑制できる。これらの効果により本発明では高純度のポリペリナフタレンが製造できるだけでなく、有機合成で化学修飾されたペリレン誘導体を原料に用いるだけで容易にポリペリナフタレン誘導体を製造できる、つまり、
1.分子設計に基づいた化学修飾を施すことで様々な特性を有するポリペリナフタレン誘導体の製造ができる、
2.超短パルスレーザーで効率的に起こせる二光子吸収をターゲット分子に起こすことで、一光子吸収では到達できない励起状態にし、部位に特異的な重合反応を起こすことが可能となるとともに、ターゲット分子の熱分解を抑制して、高純度のポリペリナフタレン及びポリペリナフタレン誘導体の製造ができる、
3.超短パルスレーザーは繰返し周波数が高いのでポリペリナフタレン系高分子の生成スピードが速い、
という効果を奏する。
【0028】
これにより、種々のデバイスの要求する材料特性に応じたポリペリナフタレン系高分子の製造が可能である
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
図1に、ペリレン誘導体における一光子吸収と二光子吸収のエネルギーダイアグラムを示す。又、図2に、レーザーアブレーション法によるポリペリナフタレン又はポリペリナフタレン誘導体の創製フローを示す。なお、図2では、ターゲット分子にペリレン誘導体の1種であるPTCDA(3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物)を例に用いた。
【0030】
本発明では、ペリレン誘導体と触媒であるコバルト微粒子の混合ターゲットをレーザーアブレーション(このレーザーアブレーション法をパルスレーザー堆積法と呼ぶ場合もある)する、触媒レーザーアブレーション法でポリペリナフタレン(PPN)を製造する際に、該触媒アブレーション法にフェムト秒レーザーを用いることで、フェムト秒レーザーのような超短パルスレーザーで効率的に起こせる二光子吸収をターゲット分子(ペリレン誘導体)に起こし、それに伴うによる光化学反応で従来に比べて大幅に高純度なポリペリナフタレン系高分子を製造する事ができた。
【0031】
ターゲット分子にペリレン誘導体の1種であるPTCDA(3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物)をフェムト秒レーザーを用いたレーザーアブレーション法で重合してポリペリナフタレンとする反応を下記化学反応式で示す。
【0032】
【化11】
【0033】
ターゲット分子であるPTCDA(3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物)にフェムト秒レーザーを照射すると、二光子吸収により励起され、側基であるカルボン酸無水物基が脱離して、3,4,9,10位にラジカルが生成する。熱化学反応や一光子光化学反応と異なり二光子光化学反応では、PTCDA(およびその他ペリレン誘導体)を通常では到達できない励起状態にできるので、この酸無水物基脱離反応を効率よく起こすことが出来る。これらラジカルは隣接する分子のラジカルと結合して重合反応が進行する。
【0034】
同様の反応により、ターゲット分子である下記ペリレン誘導体から下記ポリペリナフタレン又はポリペリナフタレン誘導体が創製される。
【0035】
【化12】
から
【化13】
【化14】
から
【化15】
【化16】
から
【化17】
【化18】
から
【化19】
【化20】
から
【化21】
【0036】
上記各化学式において、X=O,NH,NR,NR’から選択される置換基であり、X’=H,F,Cl,Br,O,NH2,NO2,SH,Rから選択される置換基である。n=4〜10000である。ここで、R及びR’は炭化水素基、ハロゲン置換炭化水素基である。
【0037】
なお、通常のレーザー光はガウシアン分布と呼ばれるなだらかな山型の主力密度分布をしており、ビーム中心部が密度が高く、周辺部で低い(図3i)。このようなガウシアン分布では中心部の強いレーザー光のエネルギー過多や、周辺部の弱いレーザー光でも熱に変換されることで、切断したくない分子結合が切断され、合成したポリナフタレンには不純物が含まれてしまうという問題がある。これを避けるため、レーザー光をトップハット形の分布(図3ii)として、全領域を2光子吸収領域として、副反応による不純物の発生を抑制することが可能である。
【0038】
実際に必要な構成は、図4に示すように、集光レンズの前にガウシアン分布をトップハット形分布に変換する光学系を設置する。図5に、該分布変更光学系の例を示す。
【0039】
更に、本発明では、反応を1段階だけとせずに、図6のように、出発材料を変えて反応を数段階のプロセスに分け、各プロセス段階毎にエネルギー密度を変える必要がある場合にも、図7のように、トップハット形分布に変換したレーザー光の焦光径を変えることで必要な密度のレーザー光を作り出すことができる。
【0040】
図8に、本発明で用いられる、フェムト秒レーザーアブレーション装置の一例を示す。真空チャンバー1内にモーター8によって回転されるターゲット台2が配置され、ターゲット台2上にターゲット分子のペレット3が載置される。ヒーター付き基板台7上に基板6が載置される。フェムト秒レーザーが照射されると、ターゲット分子のペレット3から微粒子4が飛散し、基板6上にポリペリナフタレン又はポリペリナフタレン系高分子5が堆積される。
【0041】
図9に、本発明で用いられる、トップハット形のレーザー出力を有するフェムト秒レーザーアブレーション装置の一例を示す。
【0042】
本発明で用いられるパルス幅が10−11秒以下の超短パルスレーザーの具体例としては、チタン・サファイア結晶を媒質とするレーザーや色素レーザーを再生・増幅して得られたパルス幅が10−11秒以下のパルスレーザー、エキシマレーザーやYAGレーザー(Nd−YAGレーザー等)でパルス幅が10−11秒以下のパルスレーザーなどを用いることができ、特に、チタン・サファイア結晶を媒質とするレーザーや色素レーザーを再生・増幅して得られたパルス幅が10−12秒〜10−15秒のフェムト秒のオーダーのパルスレーザー(フェムト秒パルスレーザー)を好適に用いることができる。超短パルスレーザーにおけるパルス幅は、10−11秒以下であれば特に制限されず、例えば、10−11秒から10−12秒のピコ秒オーダーや、10−12秒から10−15秒のフェムト秒のオーダーであり、通常は、100フェムト秒(10−13秒)程度である。このようなチタン・サファイア結晶を媒質とするレーザーや色素レーザーを再生・増幅して得られたパルス幅が10−11秒以下のパルスレーザーや、エキシマレーザーやYAGレーザー(Nd−YAGレーザー等)でパルス幅が10−11秒以下のパルスレーザーなどの超短パルスレーザーを用いると、パルスエネルギーが高いので、本発明の二光子吸収過程を利用したレーザー反応を行うことができる。
【0043】
本発明において、超短パルスレーザーの波長はペリレン誘導体の一光子吸収波長より長い600nm以上であることが好ましい。十分なレーザー出力があれば赤外域の波長でも良いが、600nmから1000nmの範囲内から各ペリレン誘導体の光学特性(二光子吸収波長など)に適した波長を選択することで、より高純度のポリペリナフタレン及びポリペリナフタレン誘導体を製造できる。
【0044】
また、超短パルスレーザーの繰り返しとしては、1Hzから100MHzの範囲で、通常は10Hzから500kHz程度である。
【0045】
本発明では、超短パルスレーザーの平均出力又は照射エネルギーとしては、特に制限されず、目的とするターゲット分子に応じて適宜選択することができ、例えば、10000mW以下、好ましくは5〜500mW、さらに好ましくは10〜300mW程度の範囲から選択することができる。
【実施例】
【0046】
以下、本発明の実施例と比較例を説明する。下記の実施例と比較例では、図8のフェムト秒レーザーアブレーション装置を用いた。実施例のフェムト秒レーザーアブレーションの実験条件は下記の通りである。
1)ターゲット:PTCDA(3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物)、PTCDA/Co(1:4)、4Cl−PTCDA(1,6,7,12−テトラクロロ−3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物)、4Cl−PTCDA/Co(1:4)
上記のPTCDA/Co(1:4)はPTCDAとCoをモル比1:4で混合したターゲット、4Cl−PTCDA/Co(1:4)は4Cl−PTCDAとCoをモル比1:4で混合したターゲットを示している。
2)レーザー:再生増幅チタンサファイアレーザー(種光:エルビウムドープファイバーレーザー)
3)波長:780nm
4)繰返し周波数:1kHz
5)パルス幅:100fs
6)強度:100−600μJ/pulse(F80レンズの焦点で加工)
7)尖頭出力:6×109J/s
8)真空度:10−1Pa以下
9)基板:ガラス
10)基板温度:室温
11)照射時間:2分
【0047】
また、比較例のナノ秒レーザーアブレーションの実験条件は下記の通りである。
1)ターゲット:
2)レーザー:Nd:YAGレーザー
3)波長:355nm(第三高調波)
4)繰り返し周波数:10Hz
5)パルス幅:4ns
6)強度:5mJ(F30レンズで加工)
7)尖頭出力1.25×106J/s
8)真空度:10−1Pa以下
9)基板:ガラス
10)照射時間30分
【0048】
[実施例1及び比較例1]
下記に、ペリレン誘導体としてPTCDA(3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物)を重合させてPPN(ポリペリナフタレン)を合成する反応を示す。
【0049】
【化26】
【0050】
図10に、PTCDA(3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物)から作製したPPN(ポリペリナフタレン)薄膜のラマンスペクトルを示す。又、図11に、PTCDA(3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物)から作製したPPN(ポリペリナフタレン)薄膜の紫外可視吸収スペクトルを示す。図10において、ナノ秒レーザーアブレーションでは塩素置換ポリペリナフタレンの生成が十分に進行しておらず、PTCDAターゲットの場合はほぼ原料と同じPTCDA薄膜ができており、PTCDA/Coのターゲットの場合では1300cm−1付近と1380cm−1付近のC−H由来のピークのブロードニングは見られるものの、1580cm−1付近のグラファイト骨格(芳香環)由来のピーク(Gバンド)が著しくブロードニングしているため、ほとんどがアモルファスカーボンであると分かる。一方、フェムト秒レーザーアブレーションで作製した薄膜はいずれも1300cm−1付近と1380cm−1付近のC−H由来のピークがブロードになっており、特にPTCDA/Coをターゲットとしたフェムト秒レーザーアブレーションで作製した薄膜はC−H由来のピークのブロードになっているだけでなく、1580cm−1付近のグラファイト骨格(芳香環)に由来するピーク(Gバンド)が大きく現れていることから高純度のポリペリナフタレンが生成していることが分かる。コバルトを混合したターゲットのフェムト秒レーザーアブレーションで作製した薄膜が最も高純度のポリペリナフタレンであったのは二光子吸収による選択的な光化学反応がコバルトの触媒作用によって促進されたからである。また図11に示すようにフェムト秒レーザーアブレーションで作製した薄膜ではPTCDAモノマーでは見られた吸収がほぼ消失している上、紫外可視領域に大きく広がった吸収帯が観測されたことから、作製した薄膜は高純度のポリペリナフタレンであることが分かる。
【0051】
[実施例2及び比較例2]
下記に、ペリレン誘導体とし4Cl−PTCDA(1,6,7,12−テトラクロロ−3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物)を重合させて塩素置換PPN(塩素置換ポリペリナフタレン)を合成する反応を示す。
【0052】
【化27】
【0053】
図12に、4Cl−PTCDA(1,6,7,12−テトラクロロ−3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物)から作製したPPN(ポリペリナフタレン)薄膜のラマンスペクトルを示す。又、図13に、4Cl−PTCDA(1,6,7,12−テトラクロロ−3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物)から作製した塩素置換PPN(ポリペリナフタレン)薄膜の紫外可視吸収スペクトルを示す。図12において、ナノ秒レーザーアブレーションでは塩素置換ポリペリナフタレンの生成が十分に進行しておらず、4Cl−PTCDAターゲットの場合はほぼ原料と同じ4Cl−PTCDA薄膜ができており、4Cl−PTCDA/Coのターゲットの場合では1340cm−1付近と1430cm−1付近のC−H由来のピークのブロードニングは見られるものの、1530cm−1付近の塩素置換によって通常より低波数シフトしたグラファイト骨格(芳香環)由来のピーク(Gバンド)が著しくブロードニングしているため、ほとんどがアモルファスカーボンであると分かる。一方、フェムト秒レーザーアブレーションで作製した薄膜はいずれも1340cm−1付近と1430cm−1付近のC−H由来のピークがブロードになっており、特に4Cl−PTCDA/Coをターゲットとしたフェムト秒レーザーアブレーションで作製した薄膜はC−H由来のピークのブロードになっているだけでなく、1530cm−1付近のグラファイト骨格(芳香環)に由来するピーク(Gバンド)が大きく現れていることから高純度の塩素置換ポリペリナフタレンが生成していることが分かる。コバルトを混合したターゲットのフェムト秒レーザーアブレーションで作製した薄膜が最も高純度の塩素置換ポリペリナフタレンであったのは二光子吸収による選択的な光化学反応がコバルトの触媒作用によって促進されたからである。また図13に示すようにフェムト秒レーザーアブレーションで作製した薄膜では4Cl−PTCDAモノマーでは見られた吸収がほぼ消失している上、紫外可視領域に大きく広がった吸収帯が観測されたことから、作製した薄膜は高純度の塩素置換ポリペリナフタレンであることが分かる。
【0054】
[実施例3及び比較例3]
図14に、PTCDA(3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物)のペレットのフェムト秒レーザーの照射跡のラマンスペクトルを示す。図14において、PTCDAをナノ秒レーザー照射跡は原料とほぼ同じピークを示している。これはポリペリナフタレン生成反応が進まなかったためである。PTCDA/Coのナノ秒レーザー照射跡は典型的なアモルファスカーボンのスペクトルを示しているが、これは触媒作用によって側基脱離反応とペリレン骨格分解反応の両方が進行したためである。一方、フェムト秒レーザーの照射跡はポリペリナフタレン生成反応が進んだにもかかわらずターゲット分子であるPTCDAのスペクトルを示しており、フェムト秒レーザーアブレーションではレーザー照射部周辺のターゲット分子の分解(アモルファスカーボン化)が起きていないことが分かる。これは側基脱離反応を選択的に起こす事ができたためである。
【0055】
[実施例4及び比較例4]
図15に、4Cl−PTCDA(1,6,7,12−テトラクロロ−3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物)のペレットのフェムト秒レーザーの照射跡のラマンスペクトルを示す。図15において、4Cl−PTCDAをナノ秒レーザー照射跡は原料とほぼ同じピークを示している。これは塩素置換ポリペリナフタレン生成反応が進まなかったためである。4Cl−PTCDA/Coのナノ秒レーザー照射跡は典型的なアモルファスカーボンのスペクトルを示しているが、これは触媒作用によって側基脱離反応とペリレン骨格分解反応の両方が進行したためである。一方、フェムト秒レーザー照射跡は塩素置換ポリペリナフタレン生成反応が進んだにもかかわらずターゲット分子である4Cl−PTCDAのスペクトルを示しており、フェムト秒レーザーアブレーションではレーザー照射部周辺のターゲット分子の分解(アモルファスカーボン化)が起きていないことが分かる。これは側基脱離反応を選択的に起こす事ができたためである。
【0056】
本発明において、フェムト秒レーザーを用いることで改善できる点は三点ある。一つ目は、フェムト秒レーザーのような超短パルスレーザーで効率的に起こせる二光子吸収をターゲット分子(ペリレン誘導体)に起こす事で、ターゲット分子を一光子吸収では到達できない励起状態にすることができる点である。これと遷移金属触媒の触媒作用によりターゲット分子(ペリレン誘導体)の特定部位(側基:酸無水物基、イミド基など)を選択的に切断し、それに伴う重合反応によって従来に比べて高純度のポリペリナフタレン系高分子を製造できる。また、高い二光子吸収能を有するというペリレン誘導体の特性を有効に利用している。二つ目は、従来の手法の問題点であるレーザー焦点部周辺のターゲット分子の熱分解を大幅に抑制でき、高純度のポリペリナフタレン系高分子を製造できる点である。三つ目はフェムト秒レーザーの高繰り返し周波数特性により従来に比べて速い速度でポリペリナフタレン系高分子を製造できる点である。
【産業上の利用可能性】
【0057】
従来の、熱化学反応や一光子光化学反応を用いた従来のポリペリナフタレン製造法では原料であるペリレン誘導体のペリレン骨格や、ペリレン誘導体の有機合成によって修飾された官能基がポリペリナフタレン系高分子を製造する過程で著しく分解してしまい、十分な純度のポリペリナフタレン及びポリペリナフタレン誘導体が得られない。これに対して、本発明では二光子吸収に伴う選択的な光化学反応を遷移金属触媒で促進してポリペリナフタレン系高分子を製造するため高純度のポリペリナフタレンが製造できるだけでなく、有機合成で化学修飾されたペリレン誘導体を原料に用いるだけで容易にポリペリナフタレン誘導体を製造できる。生成した高純度のポリペリナフタレン系高分子は、グラファイトの末端部分(アームチェア端)を多く持ち、特異な物性をもつので、デバイスの要求する材料特性に応じて様々なポリペリナフタレン系高分子を製造することで様々な電極材料(リチウムイオン電池、燃料電池などの一次・二次電池、キャパシタなど)、化学センサ、触媒担体、非線形光学材料、超伝導材料に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】ペリレン誘導体における一光子吸収と二光子吸収のエネルギーダイアグラムを示す。
【図2】レーザーアブレーション法によるポリペリナフタレン又はポリペリナフタレン誘導体の創製フローを示す。
【図3】ガウシアン分布(i)とトップハット形分布(ii)を示す。
【図4】集光レンズの前にガウシアン分布をトップハット形分布に変換する光学系を設置した変換フローを示す。。
【図5】分布変更光学系の例を示す。
【図6】反応を1段階だけとせずに、出発材料を変えて反応を数段階のプロセスに分けた多段階反応の例を示す。
【図7】トップハット形分布に変換したレーザー光の焦点距離を変えることで必要な密度のレーザー光を作り出す密度制御を示す。
【図8】本発明で用いられる、フェムト秒レーザーアブレーション装置の一例を示す。
【図9】トップハット形のレーザー出力を有するフェムト秒レーザーアブレーション装置の一例を示す。
【図10】PTCDA(3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物)から作製したPPN(ポリペリナフタレン)薄膜のラマンスペクトルを示す。
【図11】PTCDA(3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物)から作製したPPN(ポリペリナフタレン)薄膜の紫外可視吸収スペクトルを示す。
【図12】4Cl−PTCDA(1,6,7,12−テトラクロロ−3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物)から作製したPPN(ポリペリナフタレン)薄膜のラマンスペクトルを示す。
【図13】4Cl−PTCDA(1,6,7,12−テトラクロロ−3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物)から作製した塩素置換PPN(ポリペリナフタレン)薄膜の紫外可視吸収スペクトルを示す。
【図14】PTCDA(3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物)のペレットのフェムト秒レーザーの照射跡のラマンスペクトルを示す。
【図15】4Cl−PTCDA(1,6,7,12−テトラクロロ−3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物)のペレットのフェムト秒レーザーの照射跡のラマンスペクトルを示す。
【符号の説明】
【0059】
1:真空チャンバー、2:ターゲット台、3:ターゲット分子のペレット、4:ターゲット分子の微粒子、5:形成されたポリペリナフタレン又はポリペリナフタレン誘導体膜、6:基板、7:ヒーター付き基板台、8:モーター。
【技術分野】
【0001】
本発明は、光化学反応でポリペリナフタレン系高分子を高純度で製造する方法及びポリペリナフタレン系誘導体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、炭素材料はカーボンナノチューブなどの例が示すように、その電子物性などを応用しようという試みが数多くなされている。ポリペリナフタレン(PPN)はカーボンナノチューブと同じくグラファイト系の化合物で、ナフタレンが一次元的に配列した構造を持つことから一次元グラファイトとも呼ばれる。このPPNはグラファイトの末端部分(アームチェア端)を多く持ち、特異な物性をもつので、様々な電極材料(リチウムイオン電池、燃料電池などの一次・二次電池、キャパシタなど)、化学センサ、触媒担体、非線形光学材料、超伝導材料に利用できる可能性がある。例えば、下記非特許文献1には、リチウムイオン二次電池への応用例が示されている。
【0003】
これまでポリペリナフタレンは化学気相重合法(下記非特許文献2)や化学気相堆積法(下記特許文献1)というレーザーを使わない製造法とナノ秒パルスレーザーを用いる製造法が知られている。ナノ秒パルスレーザーを用いる製造法では、エキシマレーザーを用いたレーザーアブレーション法(下記非特許文献3)、エキシマレーザーを用いた触媒レーザーアブレーション法(下記非特許文献4)、Nd:YAGレーザーを用いた触媒レーザーアブレーション法(下記非特許文献5)が知られている。
【0004】
他方、レーザー微細加工に適したレーザービームとして、パルス幅が10−11秒以下の超短パルスレーザーが注目されている。特にフェムト秒(fs:10−15sec)パルスレーザービームは、金属や透明材料などの各種材料の加工に用いた場合、これまでの物質の熱緩和時間(およそ10−11秒から10−12秒)より長いパルス幅の炭酸ガスレーザーやYAGレーザーによる加工とは全く異なり、レーザービームの照射部位周辺に熱的、化学的な損傷(変形、変質)をほとんど与えないという特徴がある。
【0005】
これは、従来のレーザー加工では被加工材料に照射された光エネルギーのほとんどが熱エネルギーに変換され、この熱によって融解、分解、飛散による加工が進行するのに対し、超短パルスレーザーを用いた場合には、物質の熱緩和時間(およそ10−11秒から10−12秒)より短い時間にエネルギーが被加工材料に集中するため、ナノプラズマ、ナノショック、ブレークダウン、格子歪み、衝撃波が超高速で発生し、熱が発生する前にアブレーション(飛散)による加工が進行するために、照射部位のみの加工が誘起され周囲に損傷が及ばず、きれいな加工がなされると考えられている。
【0006】
また、フェムト秒パルスレーザーなどの超短パルスレーザービームを用いた透明材料に対する加工では、多光子吸収による加工が進むため、材料表面を損傷することなく、内部のみを3次元的にリモート加工することも可能である。さらに、多光子吸収など非線形現象を利用した加工であるため、光を用いているにもかかわらず、照射光の波長の回折限界を超える加工分解能が得られる。
【0007】
このように、フェムト秒パルスレーザーなどの超短パルスレーザーは、従来とは異なるメカニズムで高分解能のレーザー加工が可能であり、被加工材料の内部に加工領域を限定することもできるので超微細加工への応用が盛んに試みられている。しかし、超短パルスレーザーの応用は上記のような加工への応用がほとんどであり、化合物の合成、とりわけ無機化合物に比べて熱や光などに対して不安定とされる有機化合物の反応誘起や機能性有機材料の合成には瞬間的なエネルギー密度が非常に高い超短パルスレーザーは不向きと考えられていた為、従来のレーザーを用いるポリペリナフタレン製造法でパルス幅が10−11秒以下の 超短パルスレーザーを用いた例はない。
【0008】
【特許文献1】特許第3049534号公報
【非特許文献1】Journal of Photopolymer Science and Technology、2002年、15巻、71−76ページ
【非特許文献2】Journal of Applied Physics、1986年、60巻、3856−3862ページ
【非特許文献3】Synthetic Metals、1997年、84巻、367−368ページ
【非特許文献4】Journal of Photopolymer Science and Technology、2000年、13巻、163−166ページ
【非特許文献5】Journal of Photopolymer Science and Technology、2003年、16巻、107−108ページ
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
化学気相重合法、化学気相堆積法で製造したポリペリナフタレンの純度は低い。これは熱化学反応ではポリペリナフタレン合成に不可欠な原料(ペリレン誘導体)の側基(酸無水物基やイミド基など)の脱離反応を選択的に起こすことができないことと、原料のペリレン誘導体が長時間高熱下に置かれるため、ペリレン骨格が熱分解してしまうのが原因である。
【0010】
ナノ秒パルスのエキシマレーザーを用いた触媒を用いないレーザーアブレーション法は薄膜化が容易だが、ターゲット分子(ペリレン誘導体)の一光子吸収による光化学反応で目的物を作るので、ポリペリナフタレン合成に不可欠なターゲット分子の側基(酸無水物基やイミド基など)の脱離反応が十分に進行せず、ポリペリナフタレンよりも未反応のターゲット分子を多く含むものしか製造できない。また、レーザー強度を強くしても脱離反応が選択的でないためにペリレン骨格の熱分解が起き、結果としてアモルファスカーボンしか得られない。
【0011】
ナノ秒パルスのエキシマレーザー及びNd:YAGレーザーを用いた触媒レーザーアブレーション法は薄膜化が容易な上に、純度は従来のレーザーアブレーション法よりも改善され、リチウムイオン二次電池への応用例も示されている(非特許文献1)。これはターゲット分子の一光子吸収に伴う光化学反応でポリペリナフタレンを作るが、その際のポリペリナフタレン合成に不可欠なターゲット分子の側基(酸無水物基やイミド基など)の脱離反応が触媒によって促進されるからである。
【0012】
これらのレーザーを用いた製造法における問題は、レーザー照射部周辺のターゲット分子(ペリレン誘導体)のペリレン骨格の熱分解が著しい点と、ターゲット分子の側基の脱離反応が選択的でないため同時にペリレン骨格分解反応も触媒によって促進されてしまい、ポリペリナフタレンだけでなくアモルファスカーボンが多くできてしまう点である。
【0013】
上記すべての製造法の問題であるペリレン誘導体の熱分解には、基本的にペリレン誘導体などの有機化合物が無機化合物に比べて熱などに不安定な性質を持っていることが大きく関与している。
【0014】
そこで、本発明は、原料であるペリレン誘導体の熱分解を抑制し、熱化学反応や一光子吸収による光化学反応を用いることなく、二光子吸収による光化学反応で従来に比べて大幅に高純度なポリペリナフタレン系高分子を製造することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、超短パルスレーザーを用いたレーザーアブレーション法により上記課題が解決されることを見出し、本発明に到達した。
【0016】
即ち、第1に、本発明は、ポリペリナフタレン系高分子製造方法の発明であり、(1)ペリレン誘導体を原料ターゲットとし、パルス幅が10−11秒以下の超短パルスレーザーを用いるレーザーアブレーション法で、基体表面にポリペリナフタレン又はポリペリナフタレン誘導体を化学気相堆積させることを特徴とする方法、(2)ペリレン誘導体を原料ターゲットとし、超短パルスレーザーを用いるレーザーアブレーション法で、原料ターゲットに二光子吸収を起こし、基体表面にポリペリナフタレン又はポリペリナフタレン誘導体を化学気相堆積させることを特徴とする方法、(3)ペリレン誘導体を原料ターゲットとし、超短パルスレーザーを用いるレーザーアブレーション法で、前記原料ターゲットに多光子吸収を複数回起こし、基体表面にポリペリナフタレン又はポリペリナフタレン誘導体を多段階で化学気相堆積させることを特徴とする方法である。
【0017】
本発明のペリナフタレン系高分子の製造方法で用いられる超短パルスレーザーとしては、パルス幅が10−11秒以下のパルスレーザーである。これらの中で、フェムト秒パルスレーザーが好ましく用いられる。
【0018】
本発明のペリナフタレン系高分子の製造方法で用いられる超短パルスレーザーとしては、強度分布がガウシアン分布であるものより、超短パルスレーザーの強度分布をトップハット形分布とすることで、所望の結合のみを効率よく切断できるので好ましい。
【0019】
又、超短パルスレーザーの強度分布をトップハット形分布とするとともに、レーザービームの焦光径を変えることで、多光子吸収を2光子、3光子などに調整することも可能である。
【0020】
本発明において、出発原料となるペリレン誘導体としては、ペリレンの3,4,9,10位にカルボン酸などの官能基が結合した化合物であり、具体的には、ペリレンテトラカルボン酸、ペリレンテトラカルボン酸二無水物、及びペリレンテトラカルボン酸ジイミドから選択される1種以上が好ましく例示される。
【0021】
本発明において、出発原料となる、ペリレンの3,4,9,10位に官能基が結合したペリレン誘導体は特に限定されず、下記化学式1〜5で表される化合物から選択される1種以上も好ましく例示される。
【0022】
【化1】
【化2】
【化3】
【化4】
【化5】
(化学式1〜5において、X=O,NH,NR,NR’から選択される置換基であり、X’=H,F,Cl,Br,O,NH2,NO2,SH,Rから選択される置換基である。ここで、R及びR’は炭化水素基、ハロゲン置換炭化水素基である。)
【0023】
本発明のポリペリナフタレン系高分子の製造方法においては、超短パルスレーザーを用いたレーザーアブレーションにおけるポリペリナフタレン系高分子生成反応を促進するために、原料ターゲットとなるペリレン誘導体に、コバルト微粒子などの遷移金属触媒を混合することが好ましい。
【0024】
第2に、本発明は、上記のポリペリナフタレン系高分子の製造方法によって得られるポリペリナフタレン系誘導体の発明である。つまり、下記化学式6〜10で表されるポリペリナフタレン系誘導体である。
【0025】
【化6】
【化7】
【化8】
【化9】
【化10】
【0026】
化学式6〜10において、X=O,NH,NR,NR’から選択される置換基であり、X’=H,F,Cl,Br,O,NH2,NO2,SH,Rから選択される置換基である。n=4〜10000である。ここで、R及びR’は炭化水素基、ハロゲン置換炭化水素基である。但し、化学式7において、全てのXがHである場合を除く。
【発明の効果】
【0027】
熱化学反応や一光子光化学反応を用いた従来のポリペリナフタレン製造法では原料であるペリレン誘導体のペリレン骨格や、ペリレン誘導体の有機合成によって修飾された官能基がポリペリナフタレン系高分子を製造する過程で著しく分解してしまい、十分な純度のポリペリナフタレン及びポリペリナフタレン誘導体が得られない。これに対して、本発明では高い光子密度を有する超短パルスレーザーを用いるのでペリレン誘導体に二光子吸収以上の多光子吸収とそれに伴う選択的な光化学反応、すなわちペリレン誘導体の側基(酸無水物基やイミド基など)の選択的な脱離反応が起き、さらにその反応が遷移金属触媒の触媒作用により高効率で進行してポリペリナフタレン及びポリペリナフタレン誘導体が生成する。その上、ペリレン誘導体がレーザーパルスにさらされる時間は、レーザー光により励起されたペリレン誘導体の熱的緩和時間より短い時間(10−11秒以下)であるため、原料(ペリレン誘導体)がもつペリレン骨格の熱分解を大幅に抑制できる。これらの効果により本発明では高純度のポリペリナフタレンが製造できるだけでなく、有機合成で化学修飾されたペリレン誘導体を原料に用いるだけで容易にポリペリナフタレン誘導体を製造できる、つまり、
1.分子設計に基づいた化学修飾を施すことで様々な特性を有するポリペリナフタレン誘導体の製造ができる、
2.超短パルスレーザーで効率的に起こせる二光子吸収をターゲット分子に起こすことで、一光子吸収では到達できない励起状態にし、部位に特異的な重合反応を起こすことが可能となるとともに、ターゲット分子の熱分解を抑制して、高純度のポリペリナフタレン及びポリペリナフタレン誘導体の製造ができる、
3.超短パルスレーザーは繰返し周波数が高いのでポリペリナフタレン系高分子の生成スピードが速い、
という効果を奏する。
【0028】
これにより、種々のデバイスの要求する材料特性に応じたポリペリナフタレン系高分子の製造が可能である
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
図1に、ペリレン誘導体における一光子吸収と二光子吸収のエネルギーダイアグラムを示す。又、図2に、レーザーアブレーション法によるポリペリナフタレン又はポリペリナフタレン誘導体の創製フローを示す。なお、図2では、ターゲット分子にペリレン誘導体の1種であるPTCDA(3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物)を例に用いた。
【0030】
本発明では、ペリレン誘導体と触媒であるコバルト微粒子の混合ターゲットをレーザーアブレーション(このレーザーアブレーション法をパルスレーザー堆積法と呼ぶ場合もある)する、触媒レーザーアブレーション法でポリペリナフタレン(PPN)を製造する際に、該触媒アブレーション法にフェムト秒レーザーを用いることで、フェムト秒レーザーのような超短パルスレーザーで効率的に起こせる二光子吸収をターゲット分子(ペリレン誘導体)に起こし、それに伴うによる光化学反応で従来に比べて大幅に高純度なポリペリナフタレン系高分子を製造する事ができた。
【0031】
ターゲット分子にペリレン誘導体の1種であるPTCDA(3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物)をフェムト秒レーザーを用いたレーザーアブレーション法で重合してポリペリナフタレンとする反応を下記化学反応式で示す。
【0032】
【化11】
【0033】
ターゲット分子であるPTCDA(3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物)にフェムト秒レーザーを照射すると、二光子吸収により励起され、側基であるカルボン酸無水物基が脱離して、3,4,9,10位にラジカルが生成する。熱化学反応や一光子光化学反応と異なり二光子光化学反応では、PTCDA(およびその他ペリレン誘導体)を通常では到達できない励起状態にできるので、この酸無水物基脱離反応を効率よく起こすことが出来る。これらラジカルは隣接する分子のラジカルと結合して重合反応が進行する。
【0034】
同様の反応により、ターゲット分子である下記ペリレン誘導体から下記ポリペリナフタレン又はポリペリナフタレン誘導体が創製される。
【0035】
【化12】
から
【化13】
【化14】
から
【化15】
【化16】
から
【化17】
【化18】
から
【化19】
【化20】
から
【化21】
【0036】
上記各化学式において、X=O,NH,NR,NR’から選択される置換基であり、X’=H,F,Cl,Br,O,NH2,NO2,SH,Rから選択される置換基である。n=4〜10000である。ここで、R及びR’は炭化水素基、ハロゲン置換炭化水素基である。
【0037】
なお、通常のレーザー光はガウシアン分布と呼ばれるなだらかな山型の主力密度分布をしており、ビーム中心部が密度が高く、周辺部で低い(図3i)。このようなガウシアン分布では中心部の強いレーザー光のエネルギー過多や、周辺部の弱いレーザー光でも熱に変換されることで、切断したくない分子結合が切断され、合成したポリナフタレンには不純物が含まれてしまうという問題がある。これを避けるため、レーザー光をトップハット形の分布(図3ii)として、全領域を2光子吸収領域として、副反応による不純物の発生を抑制することが可能である。
【0038】
実際に必要な構成は、図4に示すように、集光レンズの前にガウシアン分布をトップハット形分布に変換する光学系を設置する。図5に、該分布変更光学系の例を示す。
【0039】
更に、本発明では、反応を1段階だけとせずに、図6のように、出発材料を変えて反応を数段階のプロセスに分け、各プロセス段階毎にエネルギー密度を変える必要がある場合にも、図7のように、トップハット形分布に変換したレーザー光の焦光径を変えることで必要な密度のレーザー光を作り出すことができる。
【0040】
図8に、本発明で用いられる、フェムト秒レーザーアブレーション装置の一例を示す。真空チャンバー1内にモーター8によって回転されるターゲット台2が配置され、ターゲット台2上にターゲット分子のペレット3が載置される。ヒーター付き基板台7上に基板6が載置される。フェムト秒レーザーが照射されると、ターゲット分子のペレット3から微粒子4が飛散し、基板6上にポリペリナフタレン又はポリペリナフタレン系高分子5が堆積される。
【0041】
図9に、本発明で用いられる、トップハット形のレーザー出力を有するフェムト秒レーザーアブレーション装置の一例を示す。
【0042】
本発明で用いられるパルス幅が10−11秒以下の超短パルスレーザーの具体例としては、チタン・サファイア結晶を媒質とするレーザーや色素レーザーを再生・増幅して得られたパルス幅が10−11秒以下のパルスレーザー、エキシマレーザーやYAGレーザー(Nd−YAGレーザー等)でパルス幅が10−11秒以下のパルスレーザーなどを用いることができ、特に、チタン・サファイア結晶を媒質とするレーザーや色素レーザーを再生・増幅して得られたパルス幅が10−12秒〜10−15秒のフェムト秒のオーダーのパルスレーザー(フェムト秒パルスレーザー)を好適に用いることができる。超短パルスレーザーにおけるパルス幅は、10−11秒以下であれば特に制限されず、例えば、10−11秒から10−12秒のピコ秒オーダーや、10−12秒から10−15秒のフェムト秒のオーダーであり、通常は、100フェムト秒(10−13秒)程度である。このようなチタン・サファイア結晶を媒質とするレーザーや色素レーザーを再生・増幅して得られたパルス幅が10−11秒以下のパルスレーザーや、エキシマレーザーやYAGレーザー(Nd−YAGレーザー等)でパルス幅が10−11秒以下のパルスレーザーなどの超短パルスレーザーを用いると、パルスエネルギーが高いので、本発明の二光子吸収過程を利用したレーザー反応を行うことができる。
【0043】
本発明において、超短パルスレーザーの波長はペリレン誘導体の一光子吸収波長より長い600nm以上であることが好ましい。十分なレーザー出力があれば赤外域の波長でも良いが、600nmから1000nmの範囲内から各ペリレン誘導体の光学特性(二光子吸収波長など)に適した波長を選択することで、より高純度のポリペリナフタレン及びポリペリナフタレン誘導体を製造できる。
【0044】
また、超短パルスレーザーの繰り返しとしては、1Hzから100MHzの範囲で、通常は10Hzから500kHz程度である。
【0045】
本発明では、超短パルスレーザーの平均出力又は照射エネルギーとしては、特に制限されず、目的とするターゲット分子に応じて適宜選択することができ、例えば、10000mW以下、好ましくは5〜500mW、さらに好ましくは10〜300mW程度の範囲から選択することができる。
【実施例】
【0046】
以下、本発明の実施例と比較例を説明する。下記の実施例と比較例では、図8のフェムト秒レーザーアブレーション装置を用いた。実施例のフェムト秒レーザーアブレーションの実験条件は下記の通りである。
1)ターゲット:PTCDA(3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物)、PTCDA/Co(1:4)、4Cl−PTCDA(1,6,7,12−テトラクロロ−3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物)、4Cl−PTCDA/Co(1:4)
上記のPTCDA/Co(1:4)はPTCDAとCoをモル比1:4で混合したターゲット、4Cl−PTCDA/Co(1:4)は4Cl−PTCDAとCoをモル比1:4で混合したターゲットを示している。
2)レーザー:再生増幅チタンサファイアレーザー(種光:エルビウムドープファイバーレーザー)
3)波長:780nm
4)繰返し周波数:1kHz
5)パルス幅:100fs
6)強度:100−600μJ/pulse(F80レンズの焦点で加工)
7)尖頭出力:6×109J/s
8)真空度:10−1Pa以下
9)基板:ガラス
10)基板温度:室温
11)照射時間:2分
【0047】
また、比較例のナノ秒レーザーアブレーションの実験条件は下記の通りである。
1)ターゲット:
2)レーザー:Nd:YAGレーザー
3)波長:355nm(第三高調波)
4)繰り返し周波数:10Hz
5)パルス幅:4ns
6)強度:5mJ(F30レンズで加工)
7)尖頭出力1.25×106J/s
8)真空度:10−1Pa以下
9)基板:ガラス
10)照射時間30分
【0048】
[実施例1及び比較例1]
下記に、ペリレン誘導体としてPTCDA(3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物)を重合させてPPN(ポリペリナフタレン)を合成する反応を示す。
【0049】
【化26】
【0050】
図10に、PTCDA(3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物)から作製したPPN(ポリペリナフタレン)薄膜のラマンスペクトルを示す。又、図11に、PTCDA(3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物)から作製したPPN(ポリペリナフタレン)薄膜の紫外可視吸収スペクトルを示す。図10において、ナノ秒レーザーアブレーションでは塩素置換ポリペリナフタレンの生成が十分に進行しておらず、PTCDAターゲットの場合はほぼ原料と同じPTCDA薄膜ができており、PTCDA/Coのターゲットの場合では1300cm−1付近と1380cm−1付近のC−H由来のピークのブロードニングは見られるものの、1580cm−1付近のグラファイト骨格(芳香環)由来のピーク(Gバンド)が著しくブロードニングしているため、ほとんどがアモルファスカーボンであると分かる。一方、フェムト秒レーザーアブレーションで作製した薄膜はいずれも1300cm−1付近と1380cm−1付近のC−H由来のピークがブロードになっており、特にPTCDA/Coをターゲットとしたフェムト秒レーザーアブレーションで作製した薄膜はC−H由来のピークのブロードになっているだけでなく、1580cm−1付近のグラファイト骨格(芳香環)に由来するピーク(Gバンド)が大きく現れていることから高純度のポリペリナフタレンが生成していることが分かる。コバルトを混合したターゲットのフェムト秒レーザーアブレーションで作製した薄膜が最も高純度のポリペリナフタレンであったのは二光子吸収による選択的な光化学反応がコバルトの触媒作用によって促進されたからである。また図11に示すようにフェムト秒レーザーアブレーションで作製した薄膜ではPTCDAモノマーでは見られた吸収がほぼ消失している上、紫外可視領域に大きく広がった吸収帯が観測されたことから、作製した薄膜は高純度のポリペリナフタレンであることが分かる。
【0051】
[実施例2及び比較例2]
下記に、ペリレン誘導体とし4Cl−PTCDA(1,6,7,12−テトラクロロ−3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物)を重合させて塩素置換PPN(塩素置換ポリペリナフタレン)を合成する反応を示す。
【0052】
【化27】
【0053】
図12に、4Cl−PTCDA(1,6,7,12−テトラクロロ−3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物)から作製したPPN(ポリペリナフタレン)薄膜のラマンスペクトルを示す。又、図13に、4Cl−PTCDA(1,6,7,12−テトラクロロ−3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物)から作製した塩素置換PPN(ポリペリナフタレン)薄膜の紫外可視吸収スペクトルを示す。図12において、ナノ秒レーザーアブレーションでは塩素置換ポリペリナフタレンの生成が十分に進行しておらず、4Cl−PTCDAターゲットの場合はほぼ原料と同じ4Cl−PTCDA薄膜ができており、4Cl−PTCDA/Coのターゲットの場合では1340cm−1付近と1430cm−1付近のC−H由来のピークのブロードニングは見られるものの、1530cm−1付近の塩素置換によって通常より低波数シフトしたグラファイト骨格(芳香環)由来のピーク(Gバンド)が著しくブロードニングしているため、ほとんどがアモルファスカーボンであると分かる。一方、フェムト秒レーザーアブレーションで作製した薄膜はいずれも1340cm−1付近と1430cm−1付近のC−H由来のピークがブロードになっており、特に4Cl−PTCDA/Coをターゲットとしたフェムト秒レーザーアブレーションで作製した薄膜はC−H由来のピークのブロードになっているだけでなく、1530cm−1付近のグラファイト骨格(芳香環)に由来するピーク(Gバンド)が大きく現れていることから高純度の塩素置換ポリペリナフタレンが生成していることが分かる。コバルトを混合したターゲットのフェムト秒レーザーアブレーションで作製した薄膜が最も高純度の塩素置換ポリペリナフタレンであったのは二光子吸収による選択的な光化学反応がコバルトの触媒作用によって促進されたからである。また図13に示すようにフェムト秒レーザーアブレーションで作製した薄膜では4Cl−PTCDAモノマーでは見られた吸収がほぼ消失している上、紫外可視領域に大きく広がった吸収帯が観測されたことから、作製した薄膜は高純度の塩素置換ポリペリナフタレンであることが分かる。
【0054】
[実施例3及び比較例3]
図14に、PTCDA(3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物)のペレットのフェムト秒レーザーの照射跡のラマンスペクトルを示す。図14において、PTCDAをナノ秒レーザー照射跡は原料とほぼ同じピークを示している。これはポリペリナフタレン生成反応が進まなかったためである。PTCDA/Coのナノ秒レーザー照射跡は典型的なアモルファスカーボンのスペクトルを示しているが、これは触媒作用によって側基脱離反応とペリレン骨格分解反応の両方が進行したためである。一方、フェムト秒レーザーの照射跡はポリペリナフタレン生成反応が進んだにもかかわらずターゲット分子であるPTCDAのスペクトルを示しており、フェムト秒レーザーアブレーションではレーザー照射部周辺のターゲット分子の分解(アモルファスカーボン化)が起きていないことが分かる。これは側基脱離反応を選択的に起こす事ができたためである。
【0055】
[実施例4及び比較例4]
図15に、4Cl−PTCDA(1,6,7,12−テトラクロロ−3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物)のペレットのフェムト秒レーザーの照射跡のラマンスペクトルを示す。図15において、4Cl−PTCDAをナノ秒レーザー照射跡は原料とほぼ同じピークを示している。これは塩素置換ポリペリナフタレン生成反応が進まなかったためである。4Cl−PTCDA/Coのナノ秒レーザー照射跡は典型的なアモルファスカーボンのスペクトルを示しているが、これは触媒作用によって側基脱離反応とペリレン骨格分解反応の両方が進行したためである。一方、フェムト秒レーザー照射跡は塩素置換ポリペリナフタレン生成反応が進んだにもかかわらずターゲット分子である4Cl−PTCDAのスペクトルを示しており、フェムト秒レーザーアブレーションではレーザー照射部周辺のターゲット分子の分解(アモルファスカーボン化)が起きていないことが分かる。これは側基脱離反応を選択的に起こす事ができたためである。
【0056】
本発明において、フェムト秒レーザーを用いることで改善できる点は三点ある。一つ目は、フェムト秒レーザーのような超短パルスレーザーで効率的に起こせる二光子吸収をターゲット分子(ペリレン誘導体)に起こす事で、ターゲット分子を一光子吸収では到達できない励起状態にすることができる点である。これと遷移金属触媒の触媒作用によりターゲット分子(ペリレン誘導体)の特定部位(側基:酸無水物基、イミド基など)を選択的に切断し、それに伴う重合反応によって従来に比べて高純度のポリペリナフタレン系高分子を製造できる。また、高い二光子吸収能を有するというペリレン誘導体の特性を有効に利用している。二つ目は、従来の手法の問題点であるレーザー焦点部周辺のターゲット分子の熱分解を大幅に抑制でき、高純度のポリペリナフタレン系高分子を製造できる点である。三つ目はフェムト秒レーザーの高繰り返し周波数特性により従来に比べて速い速度でポリペリナフタレン系高分子を製造できる点である。
【産業上の利用可能性】
【0057】
従来の、熱化学反応や一光子光化学反応を用いた従来のポリペリナフタレン製造法では原料であるペリレン誘導体のペリレン骨格や、ペリレン誘導体の有機合成によって修飾された官能基がポリペリナフタレン系高分子を製造する過程で著しく分解してしまい、十分な純度のポリペリナフタレン及びポリペリナフタレン誘導体が得られない。これに対して、本発明では二光子吸収に伴う選択的な光化学反応を遷移金属触媒で促進してポリペリナフタレン系高分子を製造するため高純度のポリペリナフタレンが製造できるだけでなく、有機合成で化学修飾されたペリレン誘導体を原料に用いるだけで容易にポリペリナフタレン誘導体を製造できる。生成した高純度のポリペリナフタレン系高分子は、グラファイトの末端部分(アームチェア端)を多く持ち、特異な物性をもつので、デバイスの要求する材料特性に応じて様々なポリペリナフタレン系高分子を製造することで様々な電極材料(リチウムイオン電池、燃料電池などの一次・二次電池、キャパシタなど)、化学センサ、触媒担体、非線形光学材料、超伝導材料に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】ペリレン誘導体における一光子吸収と二光子吸収のエネルギーダイアグラムを示す。
【図2】レーザーアブレーション法によるポリペリナフタレン又はポリペリナフタレン誘導体の創製フローを示す。
【図3】ガウシアン分布(i)とトップハット形分布(ii)を示す。
【図4】集光レンズの前にガウシアン分布をトップハット形分布に変換する光学系を設置した変換フローを示す。。
【図5】分布変更光学系の例を示す。
【図6】反応を1段階だけとせずに、出発材料を変えて反応を数段階のプロセスに分けた多段階反応の例を示す。
【図7】トップハット形分布に変換したレーザー光の焦点距離を変えることで必要な密度のレーザー光を作り出す密度制御を示す。
【図8】本発明で用いられる、フェムト秒レーザーアブレーション装置の一例を示す。
【図9】トップハット形のレーザー出力を有するフェムト秒レーザーアブレーション装置の一例を示す。
【図10】PTCDA(3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物)から作製したPPN(ポリペリナフタレン)薄膜のラマンスペクトルを示す。
【図11】PTCDA(3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物)から作製したPPN(ポリペリナフタレン)薄膜の紫外可視吸収スペクトルを示す。
【図12】4Cl−PTCDA(1,6,7,12−テトラクロロ−3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物)から作製したPPN(ポリペリナフタレン)薄膜のラマンスペクトルを示す。
【図13】4Cl−PTCDA(1,6,7,12−テトラクロロ−3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物)から作製した塩素置換PPN(ポリペリナフタレン)薄膜の紫外可視吸収スペクトルを示す。
【図14】PTCDA(3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物)のペレットのフェムト秒レーザーの照射跡のラマンスペクトルを示す。
【図15】4Cl−PTCDA(1,6,7,12−テトラクロロ−3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物)のペレットのフェムト秒レーザーの照射跡のラマンスペクトルを示す。
【符号の説明】
【0059】
1:真空チャンバー、2:ターゲット台、3:ターゲット分子のペレット、4:ターゲット分子の微粒子、5:形成されたポリペリナフタレン又はポリペリナフタレン誘導体膜、6:基板、7:ヒーター付き基板台、8:モーター。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ペリレン誘導体を原料ターゲットとし、パルス幅が10−11秒以下の超短パルスレーザーを用いるレーザーアブレーション法で、基体表面にポリペリナフタレン又はポリペリナフタレン誘導体を化学気相堆積させることを特徴とするポリペリナフタレン系高分子製造方法。
【請求項2】
ペリレン誘導体を原料ターゲットとし、超短パルスレーザーを用いるレーザーアブレーション法で、前記原料ターゲットに二光子吸収を起こし、基体表面にポリペリナフタレン又はポリペリナフタレン誘導体を化学気相堆積させることを特徴とするポリペリナフタレン系高分子製造方法。
【請求項3】
ペリレン誘導体を原料ターゲットとし、超短パルスレーザーを用いるレーザーアブレーション法で、前記原料ターゲットに多光子吸収を複数回起こし、基体表面にポリペリナフタレン又はポリペリナフタレン誘導体を多段階で化学気相堆積させることを特徴とするポリペリナフタレン系高分子製造方法。
【請求項4】
前記超短パルスレーザーが、フェムト秒パルスレーザーであることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載のポリペリナフタレン系高分子製造方法。
【請求項5】
前記超短パルスレーザーの強度分布をトップハット形分布とすることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載のポリペリナフタレン系高分子製造方法。
【請求項6】
前記超短パルスレーザーの強度分布をトップハット形分布とするとともに、レーザービームの焦光径を変えることで、多光子吸収を調整することを特徴とする請求項5に記載のポリペリナフタレン系高分子製造方法。
【請求項7】
前記ペリレン誘導体が、ペリレンテトラカルボン酸、ペリレンテトラカルボン酸二無水物、及びペリレンテトラカルボン酸ジイミドから選択される1種以上であることを特徴とする請求項1乃至6のいずれかに記載のポリペリナフタレン系高分子製造方法。
【請求項8】
前記ペリレン誘導体が、下記化学式1〜5で表される化合物から選択される1種以上であることを特徴とする請求項1乃至6のいずれかに記載のポリペリナフタレン系高分子製造方法。
【化1】
【化2】
【化3】
【化4】
【化5】
(化学式1〜5において、X=O,NH,NR,NR’から選択される置換基であり、X’=H,F,Cl,Br,O,NH2,NO2,SH,Rから選択される置換基である。ここで、R及びR’は炭化水素基、ハロゲン置換炭化水素基である。)
【請求項9】
前記ペリレン誘導体に、遷移金属触媒を混合することを特徴とする請求項1乃至8のいずれかに記載のポリペリナフタレン系高分子製造方法。
【請求項10】
下記化学式6〜10で表される化合物から選択される1種以上であることを特徴とするポリペリナフタレン系誘導体。
【化6】
【化7】
【化8】
【化9】
【化10】
(化学式6〜10において、X=O,NH,NR,NR’から選択される置換基であり、X’=H,F,Cl,Br,O,NH2,NO2,SH,Rから選択される置換基である。ここで、R及びR’は炭化水素基、ハロゲン置換炭化水素基である。n=4〜10000である。但し、化学式7において、全てのXがHである場合を除く。)
【請求項1】
ペリレン誘導体を原料ターゲットとし、パルス幅が10−11秒以下の超短パルスレーザーを用いるレーザーアブレーション法で、基体表面にポリペリナフタレン又はポリペリナフタレン誘導体を化学気相堆積させることを特徴とするポリペリナフタレン系高分子製造方法。
【請求項2】
ペリレン誘導体を原料ターゲットとし、超短パルスレーザーを用いるレーザーアブレーション法で、前記原料ターゲットに二光子吸収を起こし、基体表面にポリペリナフタレン又はポリペリナフタレン誘導体を化学気相堆積させることを特徴とするポリペリナフタレン系高分子製造方法。
【請求項3】
ペリレン誘導体を原料ターゲットとし、超短パルスレーザーを用いるレーザーアブレーション法で、前記原料ターゲットに多光子吸収を複数回起こし、基体表面にポリペリナフタレン又はポリペリナフタレン誘導体を多段階で化学気相堆積させることを特徴とするポリペリナフタレン系高分子製造方法。
【請求項4】
前記超短パルスレーザーが、フェムト秒パルスレーザーであることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載のポリペリナフタレン系高分子製造方法。
【請求項5】
前記超短パルスレーザーの強度分布をトップハット形分布とすることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載のポリペリナフタレン系高分子製造方法。
【請求項6】
前記超短パルスレーザーの強度分布をトップハット形分布とするとともに、レーザービームの焦光径を変えることで、多光子吸収を調整することを特徴とする請求項5に記載のポリペリナフタレン系高分子製造方法。
【請求項7】
前記ペリレン誘導体が、ペリレンテトラカルボン酸、ペリレンテトラカルボン酸二無水物、及びペリレンテトラカルボン酸ジイミドから選択される1種以上であることを特徴とする請求項1乃至6のいずれかに記載のポリペリナフタレン系高分子製造方法。
【請求項8】
前記ペリレン誘導体が、下記化学式1〜5で表される化合物から選択される1種以上であることを特徴とする請求項1乃至6のいずれかに記載のポリペリナフタレン系高分子製造方法。
【化1】
【化2】
【化3】
【化4】
【化5】
(化学式1〜5において、X=O,NH,NR,NR’から選択される置換基であり、X’=H,F,Cl,Br,O,NH2,NO2,SH,Rから選択される置換基である。ここで、R及びR’は炭化水素基、ハロゲン置換炭化水素基である。)
【請求項9】
前記ペリレン誘導体に、遷移金属触媒を混合することを特徴とする請求項1乃至8のいずれかに記載のポリペリナフタレン系高分子製造方法。
【請求項10】
下記化学式6〜10で表される化合物から選択される1種以上であることを特徴とするポリペリナフタレン系誘導体。
【化6】
【化7】
【化8】
【化9】
【化10】
(化学式6〜10において、X=O,NH,NR,NR’から選択される置換基であり、X’=H,F,Cl,Br,O,NH2,NO2,SH,Rから選択される置換基である。ここで、R及びR’は炭化水素基、ハロゲン置換炭化水素基である。n=4〜10000である。但し、化学式7において、全てのXがHである場合を除く。)
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【公開番号】特開2009−179794(P2009−179794A)
【公開日】平成21年8月13日(2009.8.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−293863(P2008−293863)
【出願日】平成20年11月17日(2008.11.17)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(593006630)学校法人立命館 (359)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年8月13日(2009.8.13)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年11月17日(2008.11.17)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(593006630)学校法人立命館 (359)
【Fターム(参考)】
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