説明

ポリマーPTC素体及びポリマーPTC素子

【課題】 非動作時における抵抗値が低く、且つ、動作−非動作の繰り返しによる動作温度変化が抑制されたポリマーPTC素体及びポリマーPTC素子を提供する。
【解決手段】 本発明に係るポリマーPTC素子10は、熱可塑性樹脂とNi粉体とが加熱混練されて作製されたものである。そして、その加熱混練の際には、熱可塑性樹脂中の炭素とNi粉とが反応して、NiCが生成されることを発明者らは見出した。そして、X線回折角30〜60度において、このNiCのNiに対するピーク強度比が0.001〜0.100の範囲内であれば、ポリマーPTC素体に含有されているNiCの量が好適な量となっており、ポリマーPTC素体14の非動作時における抵抗値が低くなり、且つ、動作−非動作の繰り返しによる動作温度変化が有意に抑制されることを発明者らは新たに見出した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、温度センサや過電流保護素子として用いられ、温度上昇により抵抗値が増大するPTC(Positive Temperature Coefficient)特性を有するポリマーPTC素体及びポリマーPTC素子に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、PTCサーミスタ素子は、そのPTC特性(正の抵抗−温度特性)を利用して、例えば、自己制御型発熱体、温度センサ、限流素子、過電流保護素子(例えばリチウムイオン電池の過電流保護素子)として電子機器の回路保護等に利用されている。
【0003】
このPTCサーミスタ素子は、上記用途に利用する際には、主に、
(1)非動作時の室温抵抗値が低いこと
(2)非動作時の室温抵抗値と動作時の抵抗値との変化率が大きいこと
(3)繰り返し動作させた場合における抵抗値の変化量(使用初期の抵抗値と繰り返し動作後における抵抗値との差)が小さいこと
(4)低速遮断特性に優れること
(5)素子の発熱温度が低いこと
(6)小型化、軽量化及び低コスト化が図れること
といった特性が要求される。
【0004】
このようなPTCサーミスタ素子として、従来より、セラミクス材料からなるサーミスタ素体を備えるものが用いられてきたが、このタイプのPTCサーミスタ素子は、上記要求特性(1)〜(6)のうち、特に(4)、(5)及び(6)の特性が好ましくなかった。
【0005】
そこで、近年、そのセラミクス材料を用いたPTCサーミスタ素子よりも優れた特性を有するポリマーPTCサーミスタ素子(以下、ポリマーPTC素子とも称す。)が開発された。このポリマーPTC素子は、結晶性ポリマー(熱可塑性樹脂)中にC、Ni、Cu等の導電性微粒子を分散させたサーミスタ素体を用いたものであり、下記特許文献1及び特許文献2に開示されている。このポリマーPTC素子における抵抗値の増大は、周囲温度の上昇に伴って結晶性ポリマーが融解して膨張し、導電性微粒子により構築された導電経路が分断されるためであると考えられている。
【特許文献1】米国特許第3243753号明細書
【特許文献2】米国特許第3351882号明細書
【特許文献3】特開2004−88079号公報
【特許文献4】米国特許第5378407号明細書
【特許文献5】特開平5−470503号公報
【特許文献6】特公昭62−16523号公報
【特許文献7】特開平1−231284号公報
【特許文献8】特開平3−132001号公報
【特許文献9】特開平9−27383号公報
【特許文献10】特開平11−168005号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
発明者らは、上記要求特性のうち、(2)及び(3)のさらなる特性向上を実現したポリマーPTC素子を、上記特許文献3において開示した。そして、その技術についての研究を重ねた結果、上記特許文献3で示している結晶性ポリマーとNi粉との加熱混練をおこなった後には、混練物中にNiCが生成されていることを発見し、このNiCの生成量が、動作温度の変化量及び非動作時の室温抵抗値と相関性を有することを新たに見出した。
【0007】
この動作温度とは、PTCサーミスタ素子の抵抗値が急激に上昇するときの温度であり、PTCサーミスタ素子には、上記(1)〜(6)同様、この動作温度が使用初期と繰り返し動作後であまり変化しないことが求められている。また、過電流保護素子として機能していない非動作時における抵抗値(室温抵抗値)については、できる限り低いことが好ましい。
【0008】
そこで、本発明は、上述の課題を解決するためになされたもので、非動作時における抵抗値が低く、且つ、動作−非動作の繰り返しによる動作温度変化が抑制されたポリマーPTC素体及びポリマーPTC素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係るポリマーPTC素体は、熱可塑性樹脂とNi粉とが加熱混練されて作製され、且つ、X線回折角30〜60度の範囲内において、NiCの(002)面のピーク強度に対するNiの(200)面のピーク強度の比が0.001〜0.100の範囲内であることを特徴とする。
【0010】
このポリマーPTC素体は、熱可塑性樹脂とNi粉体とが加熱混練されて作製されたものである。そして、その加熱混練の際には、熱可塑性樹脂中の炭素とNi粉とが反応して、NiCが生成されることを発明者らは見出した。そして、X線回折角30〜60度において、このNiCのNiに対するピーク強度比(NiCの(002)面のピーク強度に対するNiの(200)面のピーク強度の比)が0.001〜0.100の範囲内であれば、ポリマーPTC素体に含有されているNiCの量が好適な量となっており、ポリマーPTC素体の非動作時における抵抗値が低くなり、且つ、動作−非動作の繰り返しによる動作温度変化が有意に抑制されることを発明者らは新たに見出した。
【0011】
本発明に係るポリマーPTC素子は、互いに対向する一対の電極と、一対の電極間に配置されたポリマーPTC素体とを備え、ポリマーPTC素体は、熱可塑性樹脂とNi粉とが加熱混練されて作製され、且つ、X線回折角30〜60度の範囲内において、NiCの(002)面のピーク強度に対するNiの(200)面のピーク強度の比が0.001〜0.100の範囲内であることを特徴とする。
【0012】
このポリマーPTC素子は、一対の電極と、熱可塑性樹脂とNi粉体とが加熱混練されて作製されたポリマーPTC素体とを備えている。このポリマーPTC素体を加熱混練して作製する際には、熱可塑性樹脂中の炭素とNi粉とが反応して、NiCが生成されることを発明者らは見出した。そして、X線回折角30〜60度において、このNiCのNiに対するピーク強度比(NiCの(002)面のピーク強度に対するNiの(200)面のピーク強度の比)が0.001〜0.100の範囲内であれば、ポリマーPTC素体に含有されているNiCの量が好適な量となっており、ポリマーPTC素体の非動作時における抵抗値が低くなり、且つ、動作−非動作の繰り返しによる動作温度変化が有意に抑制されることを発明者らは新たに見出した。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、非動作時における抵抗値が低く、且つ、動作−非動作の繰り返しによる動作温度変化が抑制されたポリマーPTC素体及びポリマーPTC素子が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、添付図面を参照して本発明に係るポリマーPTC素体及びポリマーPTC素子を実施するにあたり最良と思われる形態について詳細に説明する。なお、同一又は同等の要素については同一の符号を付し、説明が重複する場合にはその説明を省略する。
【0015】
図1に示すように、ポリマーPTC素子(以下、単にPTC素子と称す。)10は、互いに対向された一対の電極12A,12Bと、これら一対の電極12A,12B間に配置されたポリマーPTC素体(以下、単にPTC素体と称す。)14とで構成されている。
【0016】
各電極12A,12Bは、例えば、シート状の形状を有しており、PTC素子10の電極として機能する導電性を有するものであれば、材料、寸法等は特に限定されない。
【0017】
PTC素体14は、熱可塑性樹脂とNi粉とを主成分とする成形体である。以下、このPTC素体14を作製する手順について、図2を参照しつつ説明する。
【0018】
まず、PTC素体14を作製するにあたり、原料となる熱可塑性樹脂及びNi粉を必要量だけ秤量し(S10)、これらが均一に混ざり合うように混合する(S12)。そして、得られた混合物に対し、熱処理として加熱混練をおこなう(S14)。
【0019】
この混練の作業は、公知の混練技術を利用すればよく、ニーダ、押し出し機、ミル等の攪拌手段を用い、熱可塑性樹脂の融点以上の温度(好ましくは融点よりも5〜40℃だけ高い温度)で10〜120分程度おこなえばよい。
【0020】
この混練における溶融・混練温度、混練時間等の溶融・混練条件を調整することにより、PTC素体14中のNi粉の分散度(分散状態)を調節することができる。その調節の際、いわゆる適正な溶融・混練条件を、同じ試料の溶融・混練回数を複数回おこなう等によって見出す必要がある。そこで、このような適正な条件を見出す技術として、発明者らは、混練物中のNi粉の分散をその混練物の磁化で確認及び制御する方法を見出し、上記特許文献3に開示しているが、PTC素体14の作製にあたってもその方法を利用した。
【0021】
以上のようにして得られた混練物を、ロール成形、またはプレス成形等で所定厚さのシート形状に成形すると共に(S16)、得られたシート状成形体の両面にNi、Cu、Au等からなる電極シートを熱圧着させる(S18)。なお、この熱圧着の前に、シート状成形体の両面を、Ni粉体を焼結させたりエッチングしたりして粗面化することで、電極シートがシート状成形体により強固に結合される。
【0022】
その後、架橋処理をおこなう(S20)。架橋方法としては、放射線架橋、有機過酸化物による化学架橋、シランカップリング剤をグラフト化してシラノール基の縮合反応による水架橋など、公知の架橋方法を用いることができる。次いで、電極シートが取り付けられたシート状成形体を個々の素子形状に切断することにより(S22)、電極シートが電極12A,12Bとなり、またシート状成形体がPTC素体14となって、図1に示すPTC素子10が完成する。
【0023】
以上で説明したPTC素体14の製造方法に用いられる熱可塑性樹脂は、結晶性ポリマーが好適であり、その融点は70〜170℃の範囲内であることが好ましい。
【0024】
この熱可塑性樹脂の具体例としては、(1)ポリオレフィン(例えば、ポリエチレン)、(2)少なくとも1種のオレフィン(例えばエチレン、プロピレン)と、少なくとも1種の極性基を含有するオレフィン性不飽和モノマ−に基づく繰り返し単位で構成されたコポリマ−(例えば、エチレン−酢酸ビニルコポリマ−)、(3)ハロゲン化ビニルおよびビニリデンポリマ−(例えば、ポリビニルクロライド、ポリビニルフルオライド、ポリビニリデンフルオライド)、(4)ポリアミド(例えば12−ナイロン)、(5)ポリスチレン、(6)ポリアクリロニトリル、(7)熱可塑性エラストマ−、(8)ポリエチレンオキサイド、ポリアセタ−ル、(9)熱可塑性変性セルロ−ス、(10)ポリスルホン類、(11)ポリメチル(メタ)アクリレ−ト等が挙げられる。
【0025】
より具体的には、(1)高密度ポリエチレン[例えば、商品名:ハイゼックス2100JP(三井化学社製)、Marlex6003(フィリップ社製)等]、(2)低密度ポリエチレン[例えば、商品名:LC500(日本ポリケム社製)、DYMH−1(ユニオン−カ−バイド社製)等]、(3)中密度ポリエチレン[例えば、商品名:2604M(ガルフ社製)等]、(4)エチレン−エチルアクリレ−トコポリマ−[例えば、商品名:DPD6169(ユニオン−カ−バイド社製)等]、(5)エチレン−アクリル酸コポリマ−[例えば、商品名:EAA455(ダウケミカル社製)等]、(6)ヘキサフルオエチレン−テトラフルオロエチレンコポリマ−[例えば、商品名:FEP100(デュポン社製)等]、(7)ポリビニリデンフルオライド[例えば、商品名:Kynar461(ペンバルト社製)等]等が挙げられる。
【0026】
熱可塑性樹脂は、以上で示した樹脂のうちの1種のみを用いても2種以上を併用してもよく、異なる種類の熱可塑性樹脂同士が架橋された構造を有するものを用いてもよい。
【0027】
なお、本実施形態においては、(1)高密度ポリエチレンと、(2)低密度ポリエチレンとを混合して分子量分布の裾野(分布領域)を広げたポリマー(混合ポリエチレン)を用いた。この混合の比率は、高密度ポリエチレンが5〜50wt%、低密度ポリエチレンが50〜95wt%とした。
【0028】
また、必要に応じて、上記混合ポリエチレン(結晶性ポリマ−)の熱劣化を防止するための酸化防止剤などを添加することもでき、このような酸化防止剤としては、例えば、フェノ−ル類、有機イオウ類、フォスファイト類等が挙げられる。さらに、低融点成分として、より低分子構造のポリエチレンやポリプロピレン等を同様に添加・混合することもできる。ただし、低分子構造のポリエチレン、ポリプロピレン等は、PTC素子10の動作−非動作における膨張と収縮との繰り返しによってPTC素子10内で変形し、場合によっては偏析する等の現象が起こるため、その適量の見極めが必要となる。
【0029】
なお、熱可塑性樹脂の分子量は、重量平均分子量Mwで10万〜500万であることが好ましく、より好ましくは20万〜200万である。熱可塑性樹脂の重量平均分子量Mwが上記範囲より小さい場合には、ポリマーの劣化が早く、素子特性の経時変化や特性バラツキが大きくなる等の不具合が生じる。一方、熱可塑性樹脂の重量平均分子量Mwが上記範囲より大きい場合には、一般的な電子部品の実用的温度範囲にそぐわないものとなる。
【0030】
また、上述したPTC素体14の製造方法に用いられるNi粉としては、市販されている通常のNi粉を、単独粉、若しくは他種類の導電粉(C、WC、Fe等)と混合した混合粉として用いることもできる。Ni粉は、PTC素子10の小型化や低消費電力化に好適な導電性微粒子であり、経済性にも優れている。Ni粉以外の導電粉については、触媒作用が強かったり、抵抗が高すぎたり、経済性に乏しかったりといった理由でPTC素子10に用いるのにはあまり適していない。
【0031】
なお、Ni粉は、BET1点法で得られる比表面積が1〜20m・g−1の範囲となっているものが好ましい。また、Ni粉は、[Ni(CO)→ Ni + 4CO]により得られるNi粉が好ましい。上記分解反応により生成したNi粉は、その反応条件によって、粒子サイズや粒子形状を好適な範囲に制御することができるからである。
【0032】
そして、このNi粉は、上記熱可塑性樹脂(混合ポリエチレン)に対して含有率75〜90wt%で含有させることが好ましい。ここで、Ni粉の含有率が75wt%未満の場合には、PTC素子10の動作抵抗が高いものとなってしまうため、実用レベルのPTC素体14を作製することが難しい。一方、Ni粉の含有率が90wt%を超える場合には、PTC素子10内においてNi粉を部分的に凝集させることが困難となり、過電流によるショートが生じやすくなって、その結果、過電流防止素子として十分に機能しなくなる事態が招かれる。
【0033】
発明者らは、以上で説明した熱可塑性樹脂とNi粉とを加熱混練した際には、NiCが生成されることをこの度発見した。このようなNiCの生成は、図3に示す生成モデルのように、混練時の熱と(剪断)圧力との作用によって、熱可塑性樹脂中のCとNi粉のNiとが反応したためであると考えられる。すなわち、図3(a)に示すような側鎖状にラジカルが発生した熱可塑性樹脂中においては、Niイオンは図3(b)に示すようにラジカルの水素イオンとの間で置換される。そして、このNiイオンに置換されたラジカルが移動すると(図3(c)参照)、図3(d)に示したようにそのラジカルがNiCとして分離される。このようなラジカル移動とNiCの分離とが繰り返されることで、混練時には熱可塑性樹脂中に次々とNiCが生成される。すなわち、加熱混練の際には、ポリマー分子構造が低分子量化へと変化していくと共に、NiCが徐々に生成されていく。
【0034】
発明者らは、このようにして生成されたNiCの生成量が、PTC素子10に及ぼす影響について、種々の実験をおこなった。なお、NiCの生成量は、X線回折装置によるNiC/Niのピーク強度比を求めることによって特定した。この特定には、NiCのピーク強度としてNiC(002)面のピーク強度を、Niのピーク強度としてNi(200)面のピーク強度を採用した。
【0035】
その結果、PTC素体14中に生成されたNiCは不安定な物質であると共に、NiCの生成量がPTC素子10の温度−抵抗曲線(R−T曲線)の挙動に大きく関与することが明らかになった。これは、NiCが、連鎖的に樹脂を攻撃して樹脂の劣化を促進させ、PTC素子10の熱特性および電気特性に悪影響を与える因子となっているためと考えられる。
【0036】
そこで、発明者らはさらなる実験を重ね、その結果、NiCのピーク強度IのNiのピーク強度Iに対するピーク強度比(I/I)が0.001〜0.100の範囲内であれば、PTC素子10の温度−抵抗曲線が良好なものとなることを見出した。すなわち、ピーク強度比I/Iが上記範囲内であれば、PTC素子10に過電流を流してPTC素子を動作状態にさせた後に電流を通常にしてPTC素子10を非動作状態に戻すといった動作/非動作状態変化を1000回繰り返した後において、1000回繰り返した後の動作温度の元の動作温度に対する変化率(動作温度変化率)が20%以下に抑えられること、非動作時における室温抵抗値が低く(例えば、50mΩ以下)なっているを見出した。このように動作/非動作状態変化を1000回繰り返した後であっても、その動作温度変化率が20%以下となっており、且つ、非動作時における室温抵抗値が50mΩ以下であるPTC素子10であれば、高い信頼性を有する優れた素子といえる。
【0037】
なお、上記ピーク強度比I/Iが0.001未満の場合には、非動作時における室温抵抗値が大きくなり、過電流保護素子としての実用性が低下する。一方、上記ピーク強度比I/Iが0.100を超える場合には、動作−非動作の繰り返しによる動作温度変化率及び抵抗値変化率が大きくなる等の不具合がある。
【0038】
以上で説明したように、発明者らは、ピーク強度比I/I(すなわち、NiCの生成量)を上記特定範囲に制御することで、非動作時における抵抗値が低く、且つ、動作−非動作の繰り返しによる動作温度変化が抑制されたPTC素子10が得られることを見出した。なお、NiCの生成量は、例えば、好適な熱可塑性樹脂の選定や混練条件の最適化によって制御される。
【0039】
また、PTC素体14に対する架橋処理(図2のS20)をおこなうことで、混練時に生成されたNiCが素子使用時に大量に増加して樹脂を攻撃してしまうような事態が有意に抑制されている。ただし、架橋度が高すぎると、上記NiCの影響は抑えられるものの、線膨張係数が変化するために設計通りの動作温度を得ることが困難となる。一方、架橋度が低いと、NiCの影響が大きくなってNiCが樹脂の劣化が促し、PTC素子10の抵抗値の経時変化等に悪影響を与える。そのため、本実施形態では、NiCの樹脂に対する連鎖的な影響力を抑止する効果が得られる最適架橋条件を採用した。
【0040】
なお、熱可塑性樹脂として、低密度ポリエチレンに高密度ポリエチレンを含有させたものを利用した場合、高密度ポリエチレンをまったく含まない熱可塑性樹脂に比べて、上述したNiCの生成量を抑えることが容易となる。
【0041】
なお、上記以外の方法によってもPTC素子を作製することは可能である。例えば、溶媒に溶解可能な結晶性ポリマーであるPVDFなどは、PVDFを溶媒中で溶解した後、これに金属粉などを添加し、さらに混合し、これをシート化させながら乾燥させ、このシートを積層し、上下面に電極を形成させてPTC素子を得ることができる。この製法で得られるPTC素子は、熱や圧力を伴わない製法であるため上述したNiCは生成されないものの、製造工程中において樹脂の溶解性を保つ必要があるために、ポリマーの結晶性が低い。従って、このようなPTC素子は、混練によって得られるPTC素体14を用いた上述のPTC素子10に比べて、動作時と非動作時とで抵抗値変化が小さく、PTC素子としての信頼性が乏しい。
【実施例1】
【0042】
以下、本発明の効果をより一層明らかなものとするため、実施例及び比較例を用いて説明する。
【0043】
まず、図4の表に示した7種のPTC素体試料(試料1〜4及び比較用試料11〜13)を準備した。つまり、低密度ポリエチレンと高密度ポリエチレンとの混合比率、Ni粉の含有率、混練条件及び放射線架橋の線量を変えた7種の試料を準備した。なお、Ni粉には、市販のNi粉(商品名:INCOType210、255、270ニッケルパウダ(インコ社製))を用いた。また、混練には、東洋精機製作所社製のラボプラストミルを用いた。
【0044】
そして、7種のPTC素体試料それぞれの上下面を厚さ15μmのNi箔(電極シート)で挟み、150℃で熱プレスをおこなって試料とNi箔とを熱圧着させ、全体で厚さ0.3mmの試料を得た。この試料を3×6mmの寸法にシャーリングして、さらに放射線架橋処理(架橋条件は図4の表のとおり)をおこない、図5の表に示すような7種のPTC素子試料(試料21〜24及び試料31〜33)を得た。
【0045】
そして、各PTC素子試料におけるNiCの生成量(含有量)を特定するために、X線回折装置(リガク社製)を用い、回折角(2θ角)30〜60度の範囲でNiCの(002)面のピーク強度I(2θ:41.9°付近)とNiの(200)面のピーク強度I(2θ:51.9°付近)とを求め(図6参照)、これらのピーク強度比(I/I)を算出した。その結果、試料21〜24のピーク強度比IA/IBは0.001〜0.100の範囲内であり、それ以外の試料(試料31〜33)はその範囲外であった。
【0046】
さらに、各PTC素子試料の非動作時の室温抵抗値を測定した。その測定値は図5の表に示したとおり、試料21〜24と試料31,32の抵抗値は5〜45mΩであり、50mΩ以下の素子小型化や低消費電力化に有利な値を示した。ただし、試料33は、152mΩと実用レベルを大きく超えた値を示した。
【0047】
また、PTC素子試料毎に、動作/非動作状態変化を1回、100回、500回、1000回繰り返したときの動作温度(T、T100、T500、T1000)をそれぞれ測定した。より具体的には、図7に示すように、動作−非動作状態変化を1回、100回、500回、1000回おこなったときのPTC素子試料の温度−抵抗曲線を作成し、1×10Ωにおける温度を動作温度として測定した。なお、抵抗値については4端子法により測定した。そして、動作/非動作の状態変化を1回だけおこなったときの動作温度に対する、動作/非動作の状態変化を1000回繰り返した後の動作温度の変化率(動作温度変化率、(T−T1000)/T×100)をPTC素子試料毎に算出した。
【0048】
この動作温度変化率は、図5の表に示したとおり、試料21〜24及び試料33では、動作温度変化率の絶対値が20%以下であった。ただし、試料31,32は、動作温度変化率の絶対値がそれぞれ25.9%、30.9%と実用レベルを大きく超えた値を示した。なお、図8のグラフは、各PTC素子試料におけるピーク強度比I/I(図8のグラフの横軸、NiC/Niピーク強度比)と動作温度(図8のグラフの縦軸)との関係を示したグラフである。
【0049】
以上で示した実験結果から、加熱混練時に生成されるNiCの生成量が上記特定範囲内にあるPTC素子(試料21〜24)においては、動作−非動作の繰り返しにおける動作温度変化率が小さく、且つ、室温抵抗値が低い、信頼性の高いものとなっていることは明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】本発明の実施形態に係るポリマーPTC素子を示した図である。
【図2】図1に示したポリマーPTC素子を作製する手順を示したフロー図である。
【図3】NiCの生成モデルを示した図である。
【図4】本発明の実施例に用いた各PTC素体試料の構成及び処理条件を示した表である。
【図5】図4に示した各試料から得られたPTC素子試料の測定結果を示した表である。
【図6】本発明の実施例に係るポリマーPTC素体のX線回折結果を示した図である。
【図7】本発明の実施例に係る試料の温度−抵抗曲線を示した図である。
【図8】図5に示した各PTC素子試料の測定結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0051】
10…ポリマーPTC素子、12A,12B…電極、14…ポリマーPTC素体。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱可塑性樹脂とNi粉とが加熱混練されて作製され、且つ、X線回折角30〜60度の範囲内において、NiCの(002)面のピーク強度に対するNiの(200)面のピーク強度の比が0.001〜0.100の範囲内である、ポリマーPTC素体。
【請求項2】
互いに対向する一対の電極と、前記一対の電極間に配置されたポリマーPTC素体とを備え、
前記ポリマーPTC素体は、熱可塑性樹脂とNi粉とが加熱混練されて作製され、且つ、X線回折角30〜60度の範囲内において、NiCの(002)面のピーク強度に対するNiの(200)面のピーク強度の比が0.001〜0.100の範囲内である、ポリマーPTC素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−186080(P2006−186080A)
【公開日】平成18年7月13日(2006.7.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−377418(P2004−377418)
【出願日】平成16年12月27日(2004.12.27)
【出願人】(000003067)TDK株式会社 (7,238)
【Fターム(参考)】