説明

マイクロカプセル含有潤滑剤組成物および転動装置

【課題】適時、適切な膜厚の油膜が保持されるようにしたマイクロカプセル含有潤滑剤組成物および転動装置を提供する。
【解決手段】外面に軌道面を有する内側部材と、内側部材の軌道面に対向した軌道面を有する外側部材と、両軌道面間に転動自在に配置された複数の転動体とを有する転動装置において、転動体と両軌道面との間に、水溶性高分子の膜材で囲包され高粘度潤滑油を内包したマイクロカプセルが含有されたマイクロカプセル含有潤滑剤組成物が封入されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受等の転動装置潤滑用のマイクロカプセル含有潤滑剤組成物およびこの潤滑剤組成物を封入した転動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の転動装置においては、転動体とその軌道面との間に潤滑剤組成物を封入し、その間の潤滑膜の形成により、摩擦係数の低減、焼付き等の損傷防止を図っている。潤滑剤としては一般に潤滑油やグリースが用いられるが、これらの潤滑剤には、更に各種の添加剤、例えば、極圧剤、摩擦調整剤、磨耗防止剤等を添加して潤滑剤組成物として使用されるのが普通である。
【0003】
ところで、前記極圧剤、摩擦調整剤、磨耗防止剤等は一般に化学的活性が強い化合物であるため、潤滑油やグリースの基油に直接添加すると、長期継続使用中の化学反応により、前記潤滑油や基油の劣化を促進し、軌道面や転動体を腐食させる原因となる。また、添加剤が空気や基油と化学反応して添加剤自体の効果が低下する。2種以上の添加剤を併用した場合は、添加剤どうしの間で化学反応を起こすこともある。
【0004】
このような不都合を防止するために、潤滑油の一部あるいは各種の添加剤を内包したマイクロカプセルを含有させた潤滑剤組成物が知られている。
転動装置あるいは摺動装置の転動面や摺動面に付与するマイクロカプセル含有の潤滑剤組成物としては、特許文献1,2に示すものが例示される。
【0005】
特許文献1に記載の転動装置用潤滑剤組成物は、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂等の樹脂組成物でカプセル膜が形成され、添加剤または潤滑剤を内包したマイクロカプセルを含有させた構成を有し、転動体とその軌道面との間で、該カプセル膜に接触する転動体と軌道面とによる物理的な破壊によりマイクロカプセル内の添加剤等の内包物を基油中に分散させるものである。
【0006】
一方、特許文献2に記載の摺動部材用組成物は、アミノ樹脂と総称される、単一の樹脂あるいは2種以上の混合樹脂を膜材とし、この膜内に潤滑剤を内包したマイクロカプセルを基材のポリアミドイミド樹脂に分散させたものであって、マイクロカプセルを相手材との機械的な摩擦により破泡させることで潤滑剤が摺動面を覆って摺動面の潤滑性を確保することとしている。
【0007】
その他、基材に水溶性樹脂を用い、該基材に加える低粘度の潤滑付与剤の一部をカプセル化することにより、従来成形型の樹脂被覆内に含ませることが困難であった低粘度油(プレス油、洗浄油)を有効に基材に配合することを可能とし、これによって成形型(金型)の成形加工性を高めた潤滑性樹脂組成物および樹脂被覆金属板も開示されている(特許文献3)。
【特許文献1】特開2005−36212号公報
【特許文献2】特開2002−69473号公報
【特許文献3】特開2006−56992号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述したマイクロカプセル含有潤滑剤組成物はいずれも、マイクロカプセルのカプセル膜に接触する部材による該カプセル膜の物理的な破壊によってカプセル内包物を基油中に放出させるものであり、機械的あるいは物理的作用以外の、例えば気温や湿度、その他の周囲環境の変化に応じた適時のカプセル内包物の効果を得ることが難しいという問題があった。特に、特許文献1のものにあっては、適用する転動装置が水分にさらされるような環境下に置かれたような場合、浸入した水分が転動面の油膜を破断し、油膜厚さの減少、油膜切れ等によって直接金属接触を引き起こし、磨耗増大、焼付きの発生を生じる。このような場合、潤滑剤組成物中のマイクロカプセルの物理的な破壊、すなわちカプセル膜に接触する転動体とその軌道面とによるマイクロカプセルの破壊のみでは適時なカプセル内包物の効果が得られず、十分な油膜厚さの確保や潤滑性能が発揮されないという問題があった。
【0009】
したがって本発明は、転動装置に水分が浸入した際にも、転動面に適切な膜厚の油膜が保持されるようにしたマイクロカプセル含有潤滑剤組成物を提供することを課題とするものである。
【0010】
本発明はまた、水の混入が予想されるような環境下で使用されても常に適切な潤滑性が確保され、転動面の油膜厚さの減少や油膜切れのおそれのない転動装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の課題を達成するため、本発明に係るマイクロカプセル含有潤滑剤組成物は、水溶性高分子の膜材からなり、潤滑油を内包したマイクロカプセルが含有されていることを特徴とする。
好適には、前記水溶性高分子は多糖類系、微生物系、または動物系の天然高分子であることを特徴とする。
また、好適には、前記水溶性高分子はセルロース系、デンプン系、またはアルギン酸系の半合成高分子であることを特徴とする。
また、好適には、前記水溶性高分子はビニル系その他の合成高分子であることを特徴とする。
また、好適には、前記マイクロカプセルに内包される前記潤滑油は、100cSt以上の粘度を有することを特徴とする。
【0012】
また、本発明に係る転動装置は、外面に軌道面を有する内側部材と、前記内側部材の軌道面に対向した軌道面を有する外側部材と、前記両軌道面間に転動自在に配置された複数の転動体とを有する転動装置において、前記転動体と前記両軌道面との間に請求項1〜5のいずれか一項に記載されたマイクロカプセル含有潤滑剤組成物が封入されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
このように構成された本発明のマイクロカプセル含有潤滑剤組成物によれば、マイクロカプセルへの物理的な破壊作用が加わらなくても内包物の効果が発揮され、潤滑性能の向上が図られる。
また、本発明に係る転動装置によれば、転動装置が水分雰囲気に曝されても、適切な膜厚の油膜が転動体の転動面に保持され、磨耗の増大や焼付きが防止される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明に係るマイクロカプセル含有潤滑剤組成物および転動装置の実施形態を、図面を参照しつつ詳細に説明する。なお、以下の実施形態およびその具体的な実施例はいずれも例示であって、本発明はこれに限定されるものではない。
【0015】
(実施形態A)
図1に示すように、本発明の実施形態Aに係るマイクロカプセル1は水溶性高分子でカプセル膜2が形成され、このカプセル膜2に囲まれる形態で高粘度の潤滑油3が内包された構造を有している。潤滑油3としては粘度100cSt以上のものが好適である。それ以下の粘度では、転動体の転動面に十分な油膜厚さを保持できない可能性があるからである。また、水溶性高分子としては、例えばポリアクリル酸、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコールのようなビニル系その他の合成高分子、多糖類系、微生物系、動物系の天然高分子、あるいはセルロース系、デンプン系、アルギン酸系等の半合成高分子があげられるが、そのほかに任意の吸水性、水溶性のある素材が膜材として適用可能である。
【0016】
水溶性高分子を膜材とし、高粘度潤滑油を内包物としたマイクロカプセルを製造する方法も特に限定されるものではなく、膜材となる具体的な素材の性質や内包物質の性質、粘度等を考慮して適宜選ぶことができる。具体例としては界面重合法、in−situ重合法、相分離法、噴霧乾燥法、液中乾燥法、オリフィス法、スプレードライ法、気中懸濁被覆法、ハイブリダンザー法等があげられる。
【0017】
次に、図2を参照して本発明に係るマイクロカプセル含有潤滑剤組成物15およびカプセル膜の破壊、内包物の放出の形態を説明する。
上述のような水溶性カプセル膜2内に高粘度潤滑油3を内包するマイクロカプセル1は、図2(a)に示すように、潤滑剤組成物4に分散される。潤滑剤組成物4は使用箇所の環境により水分5が混入された状態となる。この水分は、図2(b)のごとく、マイクロカプセル1の水溶性カプセル膜2に吸収され、これによって膜2が水分に徐々に溶解され、破壊される。膜2の破壊により、内包物である潤滑油3は図2(c)のように潤滑剤組成物4に次第に混入、拡散してく。
【0018】
(実施形態B)
図3は、本発明の実施形態Bに係る転動装置としての円筒コロ軸受の縦断面図である。円筒コロ軸受14は、外周面に軌道面10aを有する内輪(内側部材)10と軌道面10aに対向する軌道面11aを内周面に有する外輪(外側部材)11と、両軌道面10a,11a間に転動自在に配置された複数のコロ12と、内輪10と外輪11との間に複数のコロ12を保持する保持器13とを有して構成されている。
【0019】
また、内輪10と外輪11との間に形成され、コロ12が転動する空隙部内には、実施形態Aで説明したマイクロカプセル含有潤滑剤組成物15が封入され、これによって両軌道面10a,11aとコロ12との間の潤滑が行われる。なお、この潤滑剤供給形態には、潤滑剤の種類および使用条件等によって、油浴潤滑、ジェット潤滑、オイルエア潤滑、オイルミスト潤滑、プレーチング等の潤滑方法が適用される。
【0020】
この転動装置が、例えば自動車ハブユニット、エンジン補機、家電モータ、ウォータポンプ等水分の浸入が予想される箇所に使用され、霧や水滴等、実際に水分の混入があった場合に、物理的なカプセル破壊負荷が作用しなくても、浸入水分によって適時にマイクロカプセル含有潤滑剤組成物中のマイクロカプセルの水溶性高分子の膜が破壊され、内包物の高粘度潤滑油が転動体のコロと内外輪の軌道面間に供給されることになるので、適切な油膜厚さが保持され、ひいては潤滑性能向上の効果が発揮される。
【0021】
従来のように、マイクロカプセルが物理的な外力のみで破壊する場合は、破壊可能な外力が加わらないとカプセル内包物が放出されず、浸入した水分によって油膜が破断され、油膜厚さの減少、極端な場合には油切れが起こり、直接転動体と軌道面との金属接触を引き起こすことがあったが、本発明によれば、浸入した水によってカプセルが徐々に破壊され、適時の内包物の放出によって油膜厚さの減少は防止される。
【0022】
実施形態Bでは円筒コロ軸受を例にとって説明したが、転動装置としてはこれに限定されるものではなく、リニアガイド装置、ボールねじ、直動ベアリング等種々の転動装置に適用可能である。
【0023】
次に、本発明の具体例(実施例)について説明する。
実施例1
膜材としてポリアクリル酸を用い、内包物を高粘度の鉱油とするマイクロカプセルを界面重合法および噴霧乾燥法にて製造した。この場合、用いた鉱油の粘度は100cSt以上のものを選定した。得られたマイクロカプセルの吸水率と、比較例として膜材をウレタン・ウレアとし内包物を鉱油としたマイクロカプセル(比較例2、表1)の吸水率を以下の方法で測定した。
【0024】
まず、両者のマイクロカプセルをそれぞれシャーレに10g平たく載せて、70℃、90%RHの条件で12時間放置した後、それぞれ重量変化割合を測定した。
【0025】
【表1】

【0026】
表1に示すように、比較例2のマイクロカプセルでは吸水が見られなかったのに対し、実施例1のマイクロカプセルではカプセル重量に対し35%の吸水効果が確認された。
【0027】
実施例2
膜材としてポリビニルピロリドンを用い、内包物を高粘度の鉱油とするマイクロカプセルを実施例1と同様の方法で製造した。粘度は実施例1と同様に100cSt以上のものを選定した。比較例3としては膜材をメラミンとし、内包物を鉱油とした。表1に示すように、比較例3のカプセルでは吸水しなかったのに対し、実施例2のマイクロカプセルでは30%の吸水効果が見られた。なお、表1における比較例1はマイクロカプセルを添加しない場合である。
【0028】
実施例3
次に、本発明による転動装置および上述の比較例1〜3による転動装置に対し耐水寿命試験を行った実施例3について説明する。試験に供した転動装置はいずれも内径30mm、外径62mm、幅寸法16mmの単列深みぞ玉軸受(日本精工株式会社製品、呼び番号6206)である。
これらの転がり玉軸受にそれぞれ潤滑剤組成物を2.8g封入し、表1の実施例1,2、比較例2,3に示すマイクロカプセルをそれぞれ前記潤滑剤組成物の5質量%添加した。また、マイクロカプセルを添加しない潤滑剤組成物のみの転がり玉軸受(比較例1)も同時に試験した。
【0029】
これらの転がり玉軸受にアキシアル荷重50kgを負荷した上、回転速度6000rpmで内輪回転させ、耐水寿命試験を行った。図4は、このときの試験結果(寿命比)を示したものである。なお、寿命比はマイクロカプセルを添加しない潤滑剤組成物のみの軸受(比較例1)の耐水寿命を1とした場合の相対値で示した。本発明の実施例1,2の場合はいずれも比較例1〜3に比して大幅な耐水寿命を有し、特に比較例1のものに対し1.5倍の耐水寿命が得られた。
【0030】
これらの試験結果からも明らかなように、本発明のマイクロカプセル含有潤滑剤組成物を封入した転動装置は、水分が浸入した場合に、この水分に水溶性高分子のカプセル膜が感応し、潤滑剤組成物中のマイクロカプセルが適時破壊される。これによって、転動体の転動面に適時高粘度の潤滑油が供給され、油膜が良好な膜厚さで保持される。その結果、従来のような水分の浸入による油膜の破断が防止され、潤滑性能が著しく向上する。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】マイクロカプセルの構造を示す拡大断面図である。
【図2】本発明の実施形態に係るマイクロカプセル含有潤滑剤組成物およびカプセル膜の破壊、内包物の放出の形態を説明した図である。
【図3】本発明の実施形態に係る転動装置の縦断面図である。
【図4】本発明に係るころがり軸受の耐水寿命試験結果を他のころがり軸受と比較して示した図である。
【符号の説明】
【0032】
1 マイクロカプセル
2 カプセル膜
3 高粘度潤滑油
4 潤滑剤組成物
10 内輪
11 外輪
12 コロ
15 マイクロカプセル含有潤滑剤組成物

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水溶性高分子の膜材からなり、潤滑油を内包したマイクロカプセルが含有されていることを特徴とするマイクロカプセル含有潤滑剤組成物。
【請求項2】
前記水溶性高分子は多糖類系、微生物系、または動物系の天然高分子であることを特徴とする請求項1に記載のマイクロカプセル含有潤滑剤組成物。
【請求項3】
前記水溶性高分子はセルロース系、デンプン系、またはアルギン酸系の半合成高分子であることを特徴とする請求項1に記載のマイクロカプセル含有潤滑剤組成物。
【請求項4】
前記水溶性高分子はビニル系その他の合成高分子であることを特徴とする請求項1に記載のマイクロカプセル含有潤滑剤組成物。
【請求項5】
前記マイクロカプセルに内包される前記潤滑油は、100cSt以上の粘度を有することを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載のマイクロカプセル含有潤滑剤組成物。
【請求項6】
外面に軌道面を有する内側部材と、前記内側部材の軌道面に対向した軌道面を有する外側部材と、前記両軌道面間に転動自在に配置された複数の転動体とを有する転動装置において、前記転動体と前記両軌道面との間に請求項1〜5のいずれか一項に記載されたマイクロカプセル含有潤滑剤組成物が封入されていることを特徴とする転動装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−203327(P2009−203327A)
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−46417(P2008−46417)
【出願日】平成20年2月27日(2008.2.27)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】