説明

マグネシウム基被覆部材、マグネシウム基被覆部材の作製方法およびマグネシウム基被覆部材のプレス成型品

【課題】耐食性および金属質感に優れるMg基被覆部材、そして、被覆層の作製作業を簡略化することができるMg基被覆部材の作製方法、および、そのMg基被覆部材のプレス成型品を提供する。
【解決手段】Mg基被覆部材は、Mgを主体とする基材と、フッ素樹脂からなって上記基材を保護するための被覆層とを具える。そして、上記被覆層は、接着層を設けることなく、上記基材の表面に直接被覆されている。そうすることで、フッ素樹脂は吸湿・吸水性が実質的になく耐薬品性に優れるので、上記Mgを主体とする基材の表面における腐食を防ぐと共に、特に、透明なフッ素樹脂を直接上記Mg基材に被覆すると、同基材自体の色合いや風合いを感じることができる。したがって、金属質感に優れるMg基被覆部材とできる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マグネシウム基被覆部材、マグネシウム基被覆部材の作製方法およびマグネシウム基被覆部材のプレス成型品に関するものである。特に、耐食性、および金属質感に優れるマグネシウム基被覆部材、作製作業の効率化を図れるマグネシウム基被覆部材の作製方法、および、そのマグネシウム基被覆部材のプレス成型品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、マグネシウム(以下、Mg)合金板が、携帯電話やノートパソコンの筺体などに利用されてきている。Mg合金は、耐食性を確保する必要があるため、通常、その表面には、防食を目的とした表面処理が施される。例えば、特許文献1には、表面加工を施したMg合金基材に、透明な被覆層を具えることが記載されている。具体的には、その被覆層は、防食処理により基材の表面上に形成された防食層と、その防食層の上に設けられたフッ素樹脂などからなる塗装層とで形成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−120877号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来、上述のように基材の耐食性を確保するために、吸湿・吸水性が実質的になく耐薬品性に優れるフッ素樹脂で被覆層を形成していた。そのうえ、近年、より金属質感の高いMg合金部材に対するニーズがあるので、そのニーズに対応するために金属質感を考慮すると、透明であるフッ素樹脂で被覆層を形成することはMg合金部材自体の色合いや風合いを出すことができる点で好ましい。ところが、フッ素樹脂を被覆層として形成する場合、上述のように被覆層を多層構造とし、そのうち上記部材側に、防食処理などにより形成された防食層を接着層として設ける必要があった。そのため、被覆層の形成作業が一々煩雑になる。また、上記接着層は不透明な材料が多く、透明なものであっても材種が限定されてしまう。つまり、上記形成作業を簡略化したうえで、優れた耐食性と金属質感の双方を有することは困難であった。
【0005】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたもので、その目的の一つは、耐食性、および金属質感に優れるMg基被覆部材を提供することにある。
【0006】
また、本発明の他の目的は、作製作業の簡略化を図ることができる上記Mg基被覆部材の作製方法を提供することにある。
【0007】
また、本発明の他の目的は、上記Mg基被覆部材にプレス加工を施すことで作製されるプレス成型品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、フッ素樹脂をMg基材の表面に直接被覆することで、被覆層の形成作業を簡略化することを試みた。しかし、フッ素樹脂は、金属材料との密着性が悪いため、基材との間に接着層に相当する別な層(例えば、プライマー)を介在させないと、Mg合金などの金属材料に直接被覆することは困難であることが判明した。
【0009】
そこで、本発明者らは、Mg基材にフッ素樹脂をどのようにすれば直接被覆できるか鋭意検討した。その結果、Mg基材の表面にフッ素樹脂を被覆し、そのフッ素樹脂表面に電子線を照射することで、Mg基に対するフッ素樹脂の密着性を改善することができるということを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
本発明のMg基被覆部材は、Mgを主体とする基材と、フッ素樹脂からなって上記基材を保護するための被覆層とを具える。そして、上記被覆層は、接着層を設けることなく、上記基材の表面に直接被覆されている。
【0011】
上記の構成によれば、フッ素樹脂は吸湿・吸水性が実質的になく耐薬品性に優れるので、上記Mgを主体とする基材(以下、Mg基材)の表面における腐食を防ぐと共に、特に、透明なフッ素樹脂を直接上記Mg基材に被覆すると、同基材自体の色合いや風合いを感じることができる。したがって、金属質感に優れるMg基被覆部材とできる。
【0012】
本発明被覆部材の一形態として、上記Mg基材の表面における算術平均粗さRaが、0.1〜10μmであることが挙げられる。
【0013】
上記の構成によれば、上記規定内では、上記フッ素樹脂と基材との密着性を向上させることができる。つまり、被覆層が高い密着性を有するので、フッ素樹脂が剥離したりすることを抑制することができる。
【0014】
本発明被覆部材の一形態として、上記被覆層の膜厚が、5〜100μmであることが挙げられる。
【0015】
上記の構成によれば、上記規定内では、上記被覆層が剥離することなく高い耐食性を維持したまま上記Mg基材表面を保護することができる。
【0016】
本発明被覆部材の一形態として、上記フッ素樹脂が、ポリテトラフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体のうち少なくとも一つであることが挙げられる。
【0017】
上記の構成によれば、吸湿・吸水性が実質的になく耐薬品性に優れるので、上記Mg基材が腐食するのを一層防止することができる。そして、高い透明性をも有するので、上記Mg基材自体の色合いや風合いをより一層感じることができる。
【0018】
本発明被覆部材の一形態として、上記Mg基材が、アルミニウム(以下、Al)を3質量%以上含有するマグネシウム合金からなることが挙げられる。
【0019】
上記の構成によれば、上記規定を満たす含有量にAlを添加することで基材自体の耐食性を向上させ、上記Mg基材表面を腐食させにくくする。そのうえ、フッ素樹脂で被覆しているので、より腐食に対して効果的である。
【0020】
本発明のMg基被覆部材の作製方法は、マグネシウムを主体とする基材に、フッ素樹脂からなって上記Mg基材を保護するための被覆層を形成する方法である。その方法とは、上記Mg基材の表面をフッ素樹脂で被覆する被覆工程と、その被覆工程後、上記フッ素樹脂に電子線を照射する照射工程を具える。
【0021】
上記の構成によれば、上記Mg基材の表面にフッ素樹脂を直接被覆させることができるので、プライマーを介在させる必要がなく、被覆層の作製作業を簡略化することができる。そのうえ、両者の密着性が向上するので、上記Mg基材表面を保護することができ、腐食を防止することができる。また、電子線を照射することで、フッ素樹脂をより透明にすることができるので、上記Mg基材自体の色合いや風合いを感じることができる。したがって、金属質感に優れるMg基被覆部材を作製することができる。
【0022】
本発明方法の一形態として、上記照射工程は、上記フッ素樹脂を、そのフッ素樹脂の融点〜該融点より50℃高い温度に加熱してから施されることが挙げられる。
【0023】
上記の構成によれば、フッ素樹脂の架橋反応を効果的に施すことができるので、フッ素樹脂と上記Mg基材との密着性を向上させることができる。つまり、フッ素樹脂を上記Mg基材の表面に強固に被覆することができるので、上記Mg基材表面の耐食性を向上させることができる。
【0024】
本発明方法の一形態として、上記被覆工程は、ディッピング、スピンコート、噴霧法、粉体塗装の中から選択される一つの方法によって施されることが挙げられる。
【0025】
上記の構成によれば、フッ素樹脂を均一に被覆し易く、所望の膜厚に制御することができるため、被覆層が剥離しにくい。
【0026】
本発明のMg基被覆部材のプレス成型品は、上記Mg基被覆部材を、200〜300℃に加熱してプレス加工を施すことで作製される。
【0027】
上記の構成によれば、上記既定の温度にすることで、Mg基被覆部材を容易にプレス加工することができる。また、フッ素樹脂の被覆層により、そのプレス加工で用いるパンチやダイとMg基被覆部材との滑りを良好にし、被覆層の剥離を防止して、Mg基被覆部材にすれ疵の発生を防止することができる。したがって、金属質感を損なうことなく成型品を作製することができる。
【発明の効果】
【0028】
本発明のMg基被覆部材は、耐食性、および金属質感に優れるものとすることができる。
【0029】
また、本発明のMg基被覆部材の作製方法は、被覆層の形成作業を簡略化して、フッ素樹脂を上記Mg基材に直接被覆することができる。
【0030】
そして、本発明のMg基被覆部材のプレス成型品は、金属質感を損なわないものとすることができる。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明の実施の形態を説明する。ここでは、Mg基材と、フッ素樹脂からなって上記基材を保護するための被覆層とを具えるMg基被覆部材、そのMg基被覆部材の作製方法、および、そのMg基被覆部材のプレス成型品について説明する。本発明の特徴は、Mg基材の表面にフッ素樹脂を直接被覆することができるようにした点にある。以下、Mg基被覆部材から説明し、その後、その作製方法、その成型品の順に説明する。
【0032】
<Mg基被覆部材>
[Mg基材]
(組成)
本例では、Mg基被覆部材におけるMg基材は、Mg元素を主成分とする合金が好適である。そのMg合金には、Mgに種々の元素を添加したものが挙げられる。例えば、Al、Zn、Mn、Si、Cu、Ag、Y、Zrなどの元素群のうち少なくとも一種の元素が挙げられる。また、上記元素群から選択される複数の元素を含有していてもよい。具体的には、ASTM規格におけるAZ系ならAZ31、AZ61、AZ91などを、AM系ならAM60などを、その他、AS系、ZK系などのMg合金を利用することができる。特に、Alを3質量%以上、さらには8.5質量%以上含有するMg合金系は耐食性が高く、高強度である点で好適である。また、その他に、上記Mg基材は純Mgで形成されていてもかまわない。
【0033】
(形状)
上記Mg基材は、双ロールやダイカストなどの鋳造によって作製された鋳造材、その鋳造材に圧延を施した圧延材、この圧延材を更に熱処理やレベラー加工、研磨加工などを施した加工材、これら圧延材や加工材にさらに塑性加工が施された塑性加工材などが挙げられる。このMg基材は、上記圧延前に、溶体化処理を施してもよい。このMg基材の形状や厚さは、例えば、その後の成型品によって適宜必要サイズにカットするなどして選択するとよい。
【0034】
そして、上記Mg基材は、表面の粗さを算術平均粗さRaが0.1〜10μm、特に0.1〜1μmとなるようにすることが好ましい。上記Raが0.1μm以上では、後述する被覆層の上記Mg基材との密着性を向上させるので、被覆層が剥離するのを抑制することができる。そして、上記Raが10μm以下とすることで、被覆層の被覆程度に部分的に差が生じることなく、Mg基材を保護することができる。さらに、外部からの光が上記Mg基材の表面で乱反射することで、金属質感を十分に感じやすくなる。
【0035】
上記既定の表面粗さにするために、例えば、上記した研磨加工などが挙げられる。また、微細な凹凸加工でもかまわない。具体的には、切削加工、研削加工、吹き付け加工などが挙げられる。より具体的には、ヘアライン加工、ダイヤカット加工、スピンカット加工、ショットブラスト加工、およびエッチング加工の少なくとも一種が挙げられる。そして、例えば上記凹凸加工を施すと、Mg基材の表面の金属質感をより高めることもできる。
【0036】
[被覆層]
(材質)
本例では、Mg基被覆部材における被覆層は、フッ素樹脂から形成されていて上記Mg基材の表面に直接被覆されている。このフッ素樹脂は、特に、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)のうち少なくとも一つであることが好ましい。そうすることで、吸湿・吸水性が実質的になく耐薬品性に優れるので、上記Mg基材表面の腐食をより一層防ぐことができる。そして、上記のフッ素樹脂は、後述する膜厚程度であれば、上記Mg基材の表面性状が見える程度の透明とみなすことができるので、上記Mg基材自体の色合いや風合いを感じることができ、優れた金属質感を有することができる。また、上記のフッ素樹脂の他に、テトラフルオロエチレン・エチレン共重合体(ETFE)、ポリビニリデンフルオライド(2フッ化)(PVDF)、ポリクロロトリフルオロエチレン(3フッ化)(PCTFE)、クロロトリフルオロエチレン・エチレン共重合体(ECTFE)などが挙げられる。
【0037】
(膜厚)
そして、その被覆層は、5〜100μmの膜厚を有することが、そして、特に10〜20μmであることが好ましい。上記膜厚が5μm以上では、上記Mg基材表面を保護して耐食性を確保することができる。そして、100μm以下とすることで、不必要に被覆層を厚くせず、さらに後述する塑性加工を施したとしても、被覆層が剥離するのを防止することができる。したがって、高い耐食性を維持したまま上記Mg基材表面を保護することができる。また、上記Mg基材に塑性加工で生じるすれ疵などの発生をも防止することができる。
【0038】
<作製方法>
上記Mg基被覆部材は、上記Mg基材に上記被覆層を被覆することで作製される。そして、その作製方法は、上記Mg基材にフッ素樹脂をコーティングする被覆工程と、そのコーティングしたフッ素樹脂の表面に電子線を照射する照射工程との工程を経る。被覆工程では、上記Mg基材の表面にフッ素樹脂をコーティングする。その手段として、例えば、ディッピング、スピンコート、噴霧法、粉体塗装などが挙げられる。そうすることで、フッ素樹脂をMg基材の表面に均一にコーティングすることができるので、上記既定の膜厚を得ることができる。
【0039】
そして、その後の照射工程では、コーティングしたフッ素樹脂の表面に電子線を照射する。つまり、上記電子線を照射することで、フッ素樹脂の架橋反応を起こさせるので、Mg基材とフッ素樹脂との密着性を高めることができる。したがって、化成処理や陽極酸化処理によって生成される化成処理膜や陽極酸化膜、あるいは、基材に対する接着成分とフッ素樹脂を混合したプライマーなどを介在することなく、Mg基材の表面にフッ素樹脂を直接被覆することができる。
【0040】
上記電子線を照射する際は、無酸素雰囲気下で行うことが好ましい。具体的には、真空状態、もしくは不活性ガス雰囲気下にする。そのようにすることで、照射の際に酸化反応が生じさせずに済む。そして、雰囲気を無酸素下にすることで、上記Mg基材とフッ素樹脂との化学反応、およびフッ素樹脂の架橋反応を促進することができ、上記Mg基材とフッ素樹脂との密着性を向上させることができる。例えば、真空状態にするならば、1×10−1Pa以下にまで減圧することが好ましい。また、上記不活性ガスとしては、アルゴン、ヘリウム、窒素などが挙げられる。
【0041】
さらに、フッ素樹脂をそのフッ素樹脂の融点以上に加熱してから電子線を照射することが好ましい。その温度は、上記融点よりも50℃高い温度までとする。上記融点以上では、フッ素樹脂の架橋反応を促進させることができるので、Mg基材とフッ素樹脂との密着性をより向上させることができる。そして、上記融点よりも50℃高い温度以下までとすることで、その架橋反応を効果的に促進させることができるうえに、フッ素樹脂の材料特性が損なわれない程度の熱分解に抑えることができるので、上記Mg基材に対する高い密着性を保つことができる。
【0042】
また、上記電子線の線量は、100〜400KGyであることが好ましい。上記線量が、100KGy以上あれば、フッ素樹脂の架橋反応が十分に反応させることができ、フッ素樹脂特性を向上させることができる。そして、上記線量が400KGy以下とすることで、上記架橋反応を効果的に促進させることができる。したがって、Mg基材とフッ素樹脂との密着性を向上させることができる。
【0043】
<成型品>
上記Mg基被覆部材を、プレス加工などの塑性加工を施すことで、Mg基被覆部材の成型品を得ることができる。塑性加工は、用途に応じて必要な方法を施すことが好ましい。具体的には、深絞り加工などの絞り加工が挙げられる。
【0044】
上記塑性加工は、例えば、Mg基被覆部材を200〜300℃に加熱してから行うことが好ましい。そうすることで、容易に施すことができて好ましい。そして、上記Mg基被覆部材は、フッ素樹脂で被覆されているので、潤滑性に優れるため、上記のような塑性加工を施したとしても、被覆層の剥離を防止して、Mg基材の表面にすれ疵を発生させることがない。つまり、Mg基被覆部材の金属質感を損ねずに、成型品を形成することができる。そのうえ、複雑な形状の成型品を得ることもできる。
【0045】
<作用効果>
上述した実施形態に係るMg基被覆部材、Mg基被覆部材の作製方法、およびMg基被覆部材のプレス成型品によれば、以下の効果を奏する。
【0046】
(1)Mg基材の表面をフッ素樹脂で直接被覆することで、Mg基材自体の腐食を防止することができるので、耐食性に優れたものとでき、さらに、透明なフッ素樹脂で被覆すると、Mg基材自体の色合いや風合いを感じることができ、より金属質感に優れるものとすることができる。また、潤滑性をも有するので、プレス加工性にも優れる。
【0047】
(2)接着層などを介することなく、フッ素樹脂をMg基材に直接被覆することができるので、被覆層の作製作業を簡略化することができる。そのうえ、Mg基材と被覆層との密着性を向上させることができるので、Mg基材の表面を保護することができる。
【0048】
(3)潤滑性に優れる被覆層を具えていることにより、プレス加工により、被覆層が剥離することを防止することができるので、Mg基材自体の表面を傷つけず、金属質感を損ねることがないものとすることができる。
【0049】
<試験例>
試験例として、次のMg基被覆部材を作成した。Mg基材は、Mg−9.0質量%Al−1.0質量%Znを含有するAZ91相当の組成を持つ、Mg合金板を使用する。そして、そのMg合金板に、粉体塗装の静電流動浸漬法によりフッ素樹脂をコーティングし、その後、そのフッ素樹脂表面に窒素雰囲気下で300KGyの電子線を照射してMg基被覆部材を作製する。上記Mg基被覆部材を作製するに際し、表1に示すように、上記Mg基材表面の算術平均粗さRa、被覆層膜厚、被覆層の材種、電子線照射前の被覆層の温度のそれぞれの条件を種々変更して試料1〜8のMg基被覆部材を作製した。そして、各試料に、以下に示す条件でプレス試験を施し、その後、さらに耐摩耗性試験、塩水噴霧試験をそれぞれ施した。
【0050】
<プレス試験>
プレス機により上記試料をプレスする。プレスは、直方体状の凹部を有する下型に、この凹部を覆うようにサンプルを載置して、直方体状の上型を押しつけることにより行う。上型は、50mm×90mmの直方体状で、上記試料に当接する四つの角が丸められており、各角は、一定の曲げ半径を有する。また、上型と下型にはヒーターと熱電対を埋め込み、プレス時の温度条件を所望の温度に調節することができるようにし、深さ10mmの深絞りを行った。その後、目視にて被覆状態を観察した。
【0051】
(プレス試験条件)
上型の曲げ半径:2mm
試験温度:250℃
加工速度:30SPM
【0052】
<耐摩耗性試験>
上記試料1〜8の各試料に、「アルミニウム及びアルミニウム合金の陽極酸化皮膜の耐摩耗性試験方法−第3部:砂落し摩耗試験 JIS H 8682−3(1999)」に定められた試験方法に準じて耐摩耗性試験を施す。この試験によって、各試料の基材表面が露出するまでの時間を計測し、各試料の耐摩耗性を比較する。この試験では、試験時間が15分以上であれば耐摩耗性が良好であるとする。
【0053】
(耐摩耗性試験条件)
砥粒の材質:SiC
砥粒の粒度:F36
砥粒の噴射量:500g/min
【0054】
<塩水噴霧試験>
上記試料1〜8の各試料に、「塩水噴霧試験方法 JIS Z 2371(2000)」に定められた試験方法によって塩水噴霧試験を施す。この試験によって、上記試料の耐食性を比較する。この試験では、試験後の腐食面積が1%以下である場合に耐食性が良好であるとする。
【0055】
(塩水噴霧試験条件)
塩水濃度:5%
試験温度:35℃
試験時間:100h
【0056】
そして、上記の各条件により行なった試験結果をまとめて表1に記す。
【0057】
【表1】

【0058】
<プレス試験結果>
プレス試験後、各試料の表面状態を観察したところ、試料1、2、8は、その被覆状態は良好で、被覆層の破れや孔は見られなかった。試料3は、その被覆層の一部に孔が生じた。試料4、6、7は、被覆層が破れ、試料5は、被覆層にしわが生じた。ここで試料1、2、8は、表面が平滑で、なおかつ、被覆層の架橋反応を十分に促進することができたため、プレス加工後において被覆層の状態が良好であったと考えられる。そして、試料3は、基材の表面が粗いので、被覆層の被覆程度に部分的に差が生じたため、プレス加工した際、一部に孔が生じたと考えられる。また、試料4で被覆層が破れたのは、被覆層の厚みが薄いので基材表面の粗さを完全に保護することができなかったからであると考えられる。さらに、試料6は、電子線照射温度が低いため被覆層の架橋反応を促進させることができず、被覆層の密着力を向上させることができなかったから、試料7は、電子線照射温度が高いため、被覆層の材料特性を損なうほど熱分解してしまったから、それぞれ被覆層が破れたと考えられる。試料5に関しては、被覆層が厚すぎるため、プレス加工した際に被覆層がしわになってしまったと考えられる。
【0059】
<耐摩耗性試験結果>
耐摩耗性試験を行った結果、試料1、2、8は、15分以上たってから表面が露出した。そのため、耐摩耗性に優れることがわかった。これは、基材の表面が平滑で、さらに、被覆層の架橋反応を十分に促進させることができたため、被覆層の密着力が向上したからであると考えられる。そして、試料4、6、7は、5分以内で基材表面が露出され、耐摩耗性に劣ることがわかった。試料5は、被覆層が厚いため、30分以上たっても基材表面が露出しなかった。
【0060】
<塩水噴霧試験結果>
塩水噴霧試験を行った結果、試料1、2、5、8は、腐食面積が1%以下であった。そして試料3は部分的に、試料4、6、7は、全体的に孔食が見られた。試料3は、基材の表面が粗いため、被覆層の被覆程度に部分的に差が生じてしまい、部分的に孔食が見られ、試料4は、被覆層の膜厚が薄いため、耐食性が十分でなく、全体的に孔食が見られたと考えられる。試料6は、電子線照射温度が低いために、被覆層との密着力を向上させることができず、試料7は逆に電子線照射温度が高いために、被覆層の材料特性を損なうほど熱分解したために孔食が見られたと考えられる。
【0061】
<まとめ>
以上の試験結果より、基材の算術平均粗さRa、被覆層膜厚、電子線照射前温度をそれぞれ適当な値で被覆層を形成すると、被覆層の基材への密着性を向上させることができるため、プレス加工性、耐摩耗性、および耐食性に優れたMg基被覆部材を得ることができる。その上、被覆層が透明であるので、Mg基材自体の色合いや風合いを感じることができ、金属質感にも優れるMg基被覆部材が得られることが判明した。
【0062】
なお、上述した実施の形態は、本発明の要旨を逸脱することなく、適宜変更することが可能であり、上述した構成に限定されるものではない。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明のMg基被覆部材は、金属質感に優れるため、携帯電話やノートパソコンの筺体など意匠性が要求される分野に好適に利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マグネシウムを主体とする基材と、フッ素樹脂からなって前記基材を保護するための被覆層とを具えるマグネシウム基被覆部材であって、
前記被覆層は、接着層を設けることなく、前記基材表面に直接被覆されていることを特徴とするマグネシウム基被覆部材。
【請求項2】
前記基材の表面における算術平均粗さRaが、0.1〜10μmであることを特徴とする請求項1に記載のマグネシウム基被覆部材。
【請求項3】
前記被覆層の膜厚が、5〜100μmであることを特徴とする請求項1または2に記載のマグネシウム基被覆部材。
【請求項4】
前記フッ素樹脂が、ポリテトラフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体のうち少なくとも一つであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のマグネシウム基被覆部材。
【請求項5】
前記基材が、アルミニウムを3質量%以上含有するマグネシウム合金からなることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のマグネシウム基被覆部材。
【請求項6】
マグネシウムを主体とする基材と、フッ素樹脂からなって前記基材を保護するための被覆層とを具えるマグネシウム基被覆部材の作製方法であって、
前記基材表面をフッ素樹脂で被覆する被覆工程と、
前記被覆工程後、前記フッ素樹脂に電子線を照射する照射工程とを具えることを特徴とするマグネシウム基被覆部材の作製方法。
【請求項7】
前記照射工程は、前記フッ素樹脂を前記フッ素樹脂の融点〜該融点より50℃高い温度に加熱してから施されることを特徴とする請求項6に記載のマグネシウム基被覆部材の作製方法。
【請求項8】
前記被覆工程は、ディッピング、スピンコート、噴霧法、粉体塗装の中から選択される一つの方法によって施されることを特徴とする請求項6または7に記載のマグネシウム基被覆部材の作製方法。
【請求項9】
請求項1〜5のいずれか1項に記載のマグネシウム基被覆部材を、200℃〜300℃に加熱してプレス加工を施すことによって作製されたことを特徴とするマグネシウム基被覆部材のプレス成型品。

【公開番号】特開2011−218598(P2011−218598A)
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−87616(P2010−87616)
【出願日】平成22年4月6日(2010.4.6)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】