説明

マグネシウム摺動部材

【課題】 より簡単なプロセスで、十分に実用に耐える高耐摩耗性と低フリクション性を備えたマグネシウム基材からなる摺動部材を得る。
【解決手段】 マグネシウム基材の摺動面に、ポリアミドイミド樹脂に好ましくはシリコーンおよびフッ素を適量添加した樹脂からなる被覆層を焼き付け塗布により形成する。耐摩耗性と低フリクション効果を備えたマグネシウム基材摺動部材が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、母材がマグネシウム基材である摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
マグネシウムは、実用金属中で最も軽量であり比強度も優れており、軽量化が求められる分野でマグネシウムあるいはマグネシウム合金は広く用いられている。しかし、マグネシウムは、鉄、アルミニウムに比べ、摺動特性が劣っており、軽量化の観点から鉄あるいはアルミニウムからの置き換え効果の高い、例えば、カムキャリアーやオイルパンのバランサー部のような摺動を伴う部分に対しては、その適用が困難であった。
【0003】
すなわち、高耐摩耗性、低フリクション性を達成するには、表面粗さを下げる(一般に1μmRz以下)ことが望ましいが、硬度の低いマグネシウムの場合は、表面の研磨加工によって、表面粗さを1μmRz以下とすることは困難である。図1は鉄とアルミニウムとマグネシウムの表面粗さの平均的な達成度を示しており、鉄では、切削加工後の表面粗さを1μmRz程度、研磨後の表面粗さを0.1μmRz程度とすることができ、摺動部材として十分に実用に耐える程度に摺動面を鏡面化することができる。軽量材であるアルミニウムの場合でも、切削加工後の表面粗さ1.8μmRz程度、研磨後の表面粗さを1μmRz程度にすることができる。しかし、マグネシウムの場合は、切削後の表面粗さも2μmRzと高く、研磨後の表面粗さも1.2μmRz程度が限界となっており、軽量ではあっても、そのままでは、マグネシウムあるいはマグネシウム合金は摺動部材には適さない。
【0004】
さらに、マグネシウムは電位的に卑な金属であり、それ自身が緻密な酸化被膜を形成することがないことから、耐食性に優れた被膜を設けることが実用上必要であり、耐食性被膜あるいはその上にさらに形成する被膜に対して、何らかの手段により、耐密着性と耐摩等性を持たせることによって、マグネシウム基材を摺動部材として使用することが、従来から提案されている(特許文献1、特許文献2、特許文献3等を参照)。
【0005】
【特許文献1】特開2002−275687号公報
【特許文献2】特開2003−129158号公報
【特許文献3】特開2004−149622号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1では、マグネシウム基材上に酸化膜を形成し、さらに酸化層上に、第VIa属元素の酸化物や硫化物と溶剤で溶解した樹脂とを混合した塗布材を塗布して被覆層を形成したものが提案されており、前記樹脂としてポリアミドイミド樹脂を用いること、塗布材は、さらにフッ素、窒化ホウ素、黒鉛等を含んでよいこと、が記載されている。添加物としてフッ素を含ませることにより、被覆層表面の耐摩耗性や耐焼付性を向上させている。
【0007】
特許文献2では、樹脂系プライマを塗布したマグネシウム合金に、四フッ化エチレンを主成分とする樹脂微粉末を熱硬化性樹脂に分散させた樹脂を塗布、焼成することにより、耐食性、耐摩耗性を具備したマグネシウム合金を得るようにしており、熱硬化性樹脂の一例としてポリアミドイミド樹脂が挙げられている。
【0008】
特許文献3では、アルミニウム合金あるいはマグネシウム合金である基材の表面粗さを8〜18μmRzとし、そこにポリアミドイミド樹脂と、塗膜改質剤としてのエポキシシランと、窒化珪素またはアルミナの硬質粒子とからなる乾性被膜潤滑剤よりなる被覆層を焼成・硬化させて摺動部材としている。
【0009】
上記のように、マグネシウム基材の耐摩耗性等を改善して安定した摺動部材を得るために、従来から、被覆層として、密着性が高く、耐摩耗性も良好であり、摩擦係数も低くて安定しているポリアミドイミド樹脂を何らかの形で用いること、さらに摩耗量やフリクション性を低下させるためにフッ素等を添加すること、等が行われている。しかし、いずれの場合も、特定の金属酸化物や硫化物を併用する、四フッ化エチレンのような他の樹脂を併用する、エポキシシランのような塗膜改質剤を併用するなど、さらに他の材料を何らかの方法で同時に使用することを必要としており、有効な摺動部材とするまでの製造プロセスが複雑となっている。
【0010】
本発明は、上記のような事情に鑑みてなされたものであり、より簡単なプロセスで製造することができながら、十分に実用に耐える高耐摩耗性と低フリクション性を備えたマグネシウム基材からなる摺動部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記の課題を解決するために多くの実験と研究を行うことにより、マグネシウム基材の摺動面に、ポリアミドイミド樹脂を主成分とする樹脂を単に焼き付け塗布して被覆層を形成するたけで、被覆層の密着性も高く、摺動面を鉄と同程度に鏡面化することが可能となり、十分に実用に耐える高耐摩耗性と低フリクション性を備える摺動部材が得られるという事実を知見した。すなわち、図1のマグネシウムの箇所において「樹脂塗布後、表面粗さ」として示すように、上記の被覆層を設けることにより、研磨では1.2μmRz程度が限度であったマグネシウム表面粗さを0.5μmRz程度まで低下させることができた。
【0012】
また、図2に、ポリアミドイミド樹脂(PAI)を主成分とする樹脂を焼き付け塗布して被覆層を形成した場合での、鉄、アルミニウム、マグネシウムの摩耗深さと摩擦係数(μ)を比較したグラフを示すように、鉄は、そのような被覆層の影響はほとんどなく、摩耗および摩擦係数の双方において有利であり、摺動部材として好ましい材料であるが、重量がマグネシウムの約4倍であり、軽量化の点で劣っている。しかし、マグネシウムの場合、軽量でありながら、上記したポリアミドイミド樹脂を主成分とする樹脂からなる被覆層を形成することにより、摩耗量も大きく改善されて鉄基材と同程度となり、摩擦係数も鉄素材と同程度となっている。
【0013】
本発明は、上記の知見に基づくものであり、本発明による摺動部材は、基本的に、マグネシウム基材の摺動面に、ポリアミドイミド樹脂を主成分とする樹脂からなる層が被覆層として焼き付け塗布されていることを特徴とする。
【0014】
本発明において、「マグネシウム基材」とは、純マグネシウム材以外に、その合金材、例えば、AM60、AM212、WE43およびAZ91の鋳造材(高圧および低圧鋳造材、ダイカスト材、チクソモールド材等も含む)、AZ31またはAZ80の展伸材、さらにマグネシウム粉末と合金元素粉末とを混合した後に焼結させたマグネシウム焼結材などがある。なお、合金の種類を示す各記号は、JISのMg合金1種またはMg合金鋳物2種によるものである。
【0015】
本発明において、ポリアミドイミド樹脂は、耐熱性、密着性に優れた公知のポリアミドイミド樹脂を使用することができる。このようなポリアミドイミド樹脂としては、例えば、基材のコート用に用いられている市販のものが利用できる。また、「ポリアミドイミド樹脂を主成分とする樹脂」とは、ポリアミドイミド樹脂単独でもよく、改質剤として適宜の添加剤(例えば、エポキシ樹脂やエポキシシラン等)を適量含んだ樹脂でもよいことを意味している。また、必要な場合には、適宜の溶剤も適量含まれる。
【0016】
本発明において、「焼き付け塗布」とは、従来この種のコーティング処理で通常行われている焼成・固定処理であってよく、例えば、前記樹脂を摺動面に塗布した後、150℃〜200℃程度の温度で60〜90分程度焼成するような処理である。
【0017】
本発明において、好ましくは、前記ポリアミドイミド樹脂を主成分とする樹脂からなる被覆層の表面粗さは0.1〜5μmRzの範囲である。本発明者らの実験では、表面粗さが低いほど低フリクション性能が得られるが、5μmRzを越えると摩擦係数(μ)の上昇が大きくなった。これは、粗さによる凝着や凹凸の影響と考えられる。また、0.1μmRzより小さくなると再び摩擦係数が上昇した。これは、油膜が切れて接触面積が増加したためと考えられる。
【0018】
本発明において、好ましくは、前記ポリアミドイミド樹脂を主成分とする樹脂からなる被覆層の膜厚は2〜200μmの範囲であり、さらに好ましくは、5〜100μmの範囲である。膜厚が2μm未満では、耐用時間が短くなり実機として使用するのには十分でなく、200μm以上ではオーバースペックとなる。本発明者らの実験では、自動車で使用するエンジンの摺動部分に本発明による摺動部材を用い、30万km走行時の膜厚残を測定したところ、開始時に5μmの膜厚の場合、走行距離10万km程度までは初期摩耗と馴染みによる膜厚減少が見られたが、それ以降での摩耗はほとんど進行せず、30万km走行後も2μmの膜厚残が観測された。
【0019】
本発明において、好ましくは、樹脂層を形成する樹脂として、ポリアミドイミド樹脂にシリコーンおよびフッ素から選ばれる少なくとも1種を添加した樹脂が用いられる。後の実施例に示すように、このような物質を添加することにより、ポリアミド樹脂単独の場合よりも、耐摩耗性、低フリクション性能がさらに向上する。シリコーンとしては、ポリシロキサン構造、ポリジメチルシロキサンを挙げることができ、フッ素としては、四フッ化エチレンを挙げることができる。
【0020】
本発明者らの実験では、シリコーンの場合、その添加量が10wt%以下、好ましくは0.01wt%〜10wt%の範囲が望ましく、0.01wt%未満では、十分なフリクション低下が発現せず、10wt%を越えると低フリクション効果が低減する。フッ素の場合は、その添加量が30wt%以下、好ましくは1wt%〜30wt%の範囲が望ましく、フッ素の場合も、1wt%未満では、十分なフリクション低下が発現せず、30wt%を越えると低フリクション効果が低減する。添加量が多くなり低フリクション効果がなくなるのは、基材と樹脂との密着性が低下して剥離が生じやすくなるためと推測される。
【0021】
本発明において、シリコーンとフッ素との双方を添加することもでき、後の実施例に示すように、シリコーンとフッ素との相乗効果によるさらなるフリクション低減効果が得られる。
【実施例】
【0022】
以下、実施例により本発明を説明する。
基材として、マグネシウム合金(JISAZ91D)の表面を定法により研削と研磨したもの用意した。
基材表面に被覆層を形成する樹脂として、表1に示す成分配合のものを用いた。
【0023】
【表1】

【0024】
[実施例1]
フリクション試験を行った。マグネシウム基材として表面粗さが0.1〜6.0μmRzの範囲のものを複数個用意した。実施例品として上記基材の表面に、ポリアミドイミド樹脂80wt%、添加剤シリコーン樹脂1wt%である表1の成分組成の樹脂を用意し、それを各基材の表面に180℃、60分の条件で焼き付け塗布して被覆層とした。被覆膜の厚みは平均20μmとした。被覆層の表面粗さは基材の表面粗さとほぼ同じであった。
【0025】
各被覆層を形成しない基材および実施例品Wに対して、図3に示すようにして摩擦係数(μ)を測定した。標準リングの回転数は50rpm、加重の大きさは12N・mであり、油槽のエンジンオイルはトヨタ キャッスルSL 5W−20を用いた。その結果を図4に示す。
【0026】
図4に示すように、マグネシウム単体のものよりも、実施例品はポリアミドイミド樹脂を主成分とする樹脂からなる層が被覆層として形成されていることにより、すべての表面粗さの範囲で摩擦係数(μ)が大きく低下している。また、マグネシウム単体では2μmRz程度以下、および4μmRz程度以上で凝着が見られ、摩擦係数の上昇が見られたが、実施例品の場合は、表面粗さが1.0μmRz程度に達するまでは、低いほど低フリクション性能となっている。また、1.0μmRzより低くなると摩擦係数は幾分上昇したが、これは境界面での油膜切れが原因と推定され、すべての範囲で、凝着は観察されなかった。
【0027】
[実施例2]
密着性をテストした。被覆膜が剥離すると凝着摩耗が進行するので、十分に高い密着性が実機として求められる。実施例1で用いた実施例品の被覆膜に対して、表面から圧力を変えた高圧水を噴射して、膜の剥がれを目視により観察した。いずれのものも、水圧20Mpaまでは剥離が生じなかった。水圧20Mpaでの剥離開始は、摺動部材の実機として十分に実用に耐える値であり、本発明による摺動部材は満足できる被覆膜の密着性を備えていることを確認した。
【0028】
[実施例3]
摩耗量をテストした。実施例1で使用したと同じ被覆層であって、被膜厚が、5μm、11μm、50μmの3種の摺動部材を用意した。但し、被覆層の表面粗さはほぼ1.0μmRzにそろえた。各摺動部材に対して、実際のエンジンに組み込んでテストを行い、30万km走行までの膜厚を測定した。その結果を図5に示す。図5に示すように、いずれのものも、走行距離10万km程度までは初期摩耗と馴染みにより膜厚が減少し、それ以降での摩耗はほとんど進行しなかった。膜厚5μmのものでも、30万km走行後、2μmの膜厚が残っており、実際の自動車で使用する摺動部品に本発明品を適用する場合、5μmまたはそれ以上の膜厚とすればよいことがわかる。
【0029】
[実施例4]
シリコーンまたはフッ素の添加によるフリクション低下効果をテストした。シリコーンの添加量を0〜20wt%の範囲で、また、フッ素の添加量を0〜40wt%の範囲で変化させて、表1の成分組成である複数種の樹脂を用意した。それを実施例1と同様にして基材の表面に焼き付け塗布し、実施例1と同様にして摩擦係数(μ)を測定した。その結果を図6に示す。
【0030】
図6に示すように、シリコーンでは、添加量0.01wt%程度以上で有意なフリクション低下が見られ、10wt%程度でその効果は消失している。また、フッ素では、添加量1wt%以上で有意なフリクション低下が見られ、30wt%程度でその効果は消失している。このように、本発明において、適量のシリコーン(好ましくは、0.01〜10wt%)またはフッ素(好ましくは、1〜30wt%)をポリアミドイミド樹脂に添加することにより、さらにフリクションの低下した摺動部材が得られることがわかる。添加量が多くなりフリクション低下の効果がなくなるのは、基材と被覆膜との密着性が低下して剥離が生じたためである。
【0031】
[実施例5]
シリコーンまたはフッ素の添加による摩耗量の低下効果をテストした。表1に示した樹脂であって、ポリアミドイミド樹脂(PAI)単独のもの(−◇−)、ポリアミドイミド樹脂にフッ素1wt%添加したもの(−△−)、ポリアミドイミド樹脂にフッ素20wt%添加したもの(−◆−)、さらに、ポリアミドイミド樹脂にシリコーン0.01wt%添加したもの(−▲−)、ポリアミドイミド樹脂にシリコーン5wt%添加したもの(−●−)を用意した。各樹脂を実施例3と同様にして12μm厚で基材に焼き付け塗布し、実施例3と同様にして、30万km走行での摩耗量の変化を調べた。その結果を図7に示す。
【0032】
図7に示すように、ポリアミドイミド樹脂単独のもの(−◇−)の場合よりも、すべての樹脂種において、またすべての距離において、摩耗量が減少していることがわかる。
【0033】
[実施例6]
シリコーンとフッ素との相乗効果によるフリクション低減効果をテストした。表1に示した樹脂であって、フッ素の添加量を0〜40wt%の間で変化させ、それぞれに対して、シリコーンを0.01wt%、0.1wt%、1wt%、3wt%、5wt%、10wt%を添加した樹脂を用意した。それぞれの樹脂について、実施例1と同様にして試験片を作り、実施例1と同様にした摩擦係数(μ)を測定した。ただし、表面粗さはほぼ2.0μmRzとし、被覆膜厚はほぼ12μmとした。その結果を図8に示す。図8から、フッ素の単独添加の場合よりも、シリコーンをさらに適量添加した樹脂の方がフリクションが低下しており、低フリクション効果に相乗効果があることが示される
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】鉄、アルミニウム、マグネシウムの表面粗さを比較するグラフ。
【図2】鉄、アルミニウム、マグネシウムの摩耗量(μm)と摩擦係数(μ)を比較するグラフ。
【図3】フリクション試験を行う装置を説明する図。
【図4】表面粗さと摩擦係数(μ)の関係を示すグラフ。
【図5】走行距離と膜厚残との関係を示すグラフ。
【図6】シリコーン、フッ素を添加したときの摩擦係数(μ)の変化を示すグラフ。
【図7】シリコーン、フッ素を添加したときの摩耗量の変化を示すグラフ。
【図8】シリコーンとフッ素を添加したときの相乗効果を示すグラフ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マグネシウム基材の摺動面に、ポリアミドイミド樹脂を主成分とする樹脂からなる層が被覆層として焼き付け塗布されていることを特徴とする摺動部材。
【請求項2】
被覆層の表面粗さが5μmRzの範囲であることを特徴とする請求項1に記載の摺動部材。
【請求項3】
被覆層の膜厚は2〜200μmの範囲であることを特徴とする請求項1に記載の摺動部材。
【請求項4】
樹脂層を形成する樹脂は添加剤としてシリコーンおよびフッ素から選ばれる少なくとも1種を含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の摺動部材。
【請求項5】
シリコーンの添加量が10wt%以下であることを特徴とする請求項4に記載の摺動部材。
【請求項6】
フッ素が30wt%以下であることを特徴とする請求項4に記載の摺動部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−225683(P2006−225683A)
【公開日】平成18年8月31日(2006.8.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−37704(P2005−37704)
【出願日】平成17年2月15日(2005.2.15)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】