説明

マトリックスメタロプロテアーゼ−2阻害剤

【課題】 マトリックスメタロプロテアーゼ−2(MMP−2)阻害作用を通じて細胞外マトリックスの減少・変性を抑制し、皮膚の老化を防止及び/又は改善し得る物質を見出し、それを有効成分として含有するMMP−2阻害剤を提供することを目的とする。
【解決手段】MMP−2阻害剤として、皮膚老化防止・改善用化粧料にクスノハガシワ抽出物及び/又はオニイチゴ抽出物を有効成分として含有せしめる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞外マトリックスの構成タンパク質の分解に関与するマトリックスメタロプロテアーゼ−2(以下「MMP−2」とする。)活性を阻害するMMP−2阻害剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
細胞外マトリックスの構成タンパク質、例えば、関節のライニング、間質性の結合組織、基底膜、軟骨などに存在するタンパク質(コラーゲン、ラミニン、エラスチン、フィブロネクチン、プロテオグリカンなど)は、マトリックスメタロプロテアーゼ類(以下「MMPs」とする。)と呼ばれるタンパク質分解酵素群により、分解及び再構築されている。
【0003】
MMPsはその一次構造と基質特異性の違いから、1)コラゲナーゼ群(MMP−1、−8及び13)、2)ゼラチナーゼ群(MMP−2及び9)、3)ストロメライシン群(MMP−3及び10)、4)膜結合型マトリックスメタロプロテアーゼ群(MMP−14、−15、−16及び17)、5)その他(MMP−7、−11、−12)の5つのグループに分類されている(特許文献1参照)。
【0004】
MMPsの共通した性質として、活性中心に二価の亜鉛イオンを有し、酵素活性に二価のカルシウムイオンを必要とすること、潜在型酵素として分泌され、細胞外で活性化を受けること、アミノ酸配列に高い相同性を有すること、共通の生体内阻害因子である組織阻害剤(以下「TIMPs」とする。)によって活性が阻害されることなどが挙げられる(特許文献2参照)。
【0005】
正常組織においては、MMPsの活性は、1)潜在型酵素の産生、2)その潜在型酵素の活性化、3)活性化酵素のTIMPsによる制御、の3つのステップで厳密に調節されており、MMPsによる結合組織の分解と,新しいマトリックス組織の合成とは平衡が保たれている。しかしながら、加齢や日光曝露による皮膚の老化により、MMPs活性は上昇し、生体に存在するTIMPsでは制御ができなくなり、細胞外マトリックスの分解が亢進する。
【0006】
皮膚の老化に関する近年の研究によれば、外見的に老化が認められる皮膚において生じている組織レベルの変化としては細胞外マトリックスの変性及び/又は減少が挙げられる。例えば、紫外線を多量に浴びた皮膚ではエラスチンの分解が促進されることになり、その結果、皮膚の保湿機能や弾力性が低下し、角質は異常剥離を始め、そのため肌は張りやつやを失い、荒れ、シワ等の老化症状を呈するようになる(非特許文献1参照)。
【0007】
皮膚の老化を招く因子は多種多様であり、例として、紫外線の照射、空気の著しい乾燥、過度の皮膚洗浄等、ある種の外的因子の影響や加齢などが挙げられる。
【0008】
近年、この変化を誘導する因子として、特にMMPsの関与が指摘されている。MMPsの中でも、MMP−2は、ゼラチナーゼ群に分類されるが、細胞外マトリックスのゼラチンのみでなく、皮膚基底膜の主成分であるIV型コラーゲン、V型コラーゲン、I型コラーゲン、ラミニン、フィブロネクチン、プロテオグリカン及びエラスチンなど、多様な基質を切断する。また、このMMP−2は、紫外線の照射によりその発現が大きく増加するMMP−1によっても、活性化され、肌の老化は一層進む事となる(非特許文献2参照)。
【0009】
従ってMMP−2活性の阻害は、皮膚の老化を防止・改善する上で非常に重要である。
【0010】
上述のような機構による皮膚の老化を防止・改善するために最も普通に行われているのは、天然保湿因子である糖、アミノ酸、有機酸、ピロリドンカルボン酸塩、コラーゲン、ヒアルロン酸等のムコ多糖類、グリセリン、1,3−ブチレングリコール等の保湿作用を有する物質を塗布して皮膚の保湿性を高めることである。
【0011】
しかしながら、保湿剤は表皮の角質の状態を改善するだけのものであって、真皮内の細胞外マトリックスによる張力保持機構まで改善することは期待できない。また、保湿剤は皮膚からの水分蒸発を遅くするものであるから概して使用感が悪く、長期間使用すると皮膚障害を起こすことさえある。
【0012】
【特許文献1】特開2000−344672号
【特許文献2】特開平9−25293号
【非特許文献1】フレグランスジャーナル No.4,P27,1997
【非特許文献2】皮膚老化・美白・保湿化粧品の開発 株式会社シーエムシー発行 P54,2001年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明の目的は、MMP−2阻害作用を通じて細胞外マトリックスの減少・変性を抑制し、皮膚の老化を防止及び/又は改善し得る物質を見出し、それを有効成分として含有するMMP−2阻害剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
前記課題を解決するために本発明者らが鋭意検討を重ねた結果、トウダイグサ科のクスノハガシワ抽出物及びバラ科のオニイチゴ抽出物がMMP−2阻害作用を有し、MMP−2阻害剤として有効であることを知見した。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、MMP−2阻害剤が提供される。本発明のMMP−2阻害剤は皮膚の老化を防止及び/又は改善するのに有用である。
【0016】
また、本発明により、MMP−2阻害剤が配合された皮膚老化防止・改善用化粧料は、MMP−2阻害作用を有しており、しかも皮膚に適用した場合の安全性に優れているので、皮膚の老化を防止及び/又は改善するのに有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明において、クスノハガシワ抽出物(学名:Mallotus philippinensis Mueller−Argoviensis,中国名:呂宋楸毛(ルソンシュウモウ))とは、トウダイグサ科に属する常緑小高木であって、広東、広西、湖南、雲南、四川、浙江、福建、江西、台湾などに分布しており、これらの地域から容易に入手可能である。
【0018】
抽出原料として用いるクスノハガシワの構成部位は特に限定されるものではなく、例えば、葉部、花部、根部、樹皮、枝部等の構成部位を抽出原料として用いることができる。これらのうち特に樹皮を抽出原料として用いることが好ましい。
【0019】
オニイチゴ(学名:Rubus ellipticus、中国名:切頭懸鉤子)とは、バラ科に属し、新鮮な果実は香りがあり食用にされている。オニイチゴはヒマラヤから東南アジア、中国東南部で自生又は栽培されており、これらの地域から容易に入手することができる。
【0020】
抽出原料として用いるオニイチゴの構成部位は、特に限定されるものではなく例えば、葉部、茎部、花部、樹皮、根部、種皮、果実、果核又はこれらの混合部位を抽出原料として用いることができるが、これらの中でも根部を抽出原料として用いることが好ましい。
【0021】
抽出原料として使用する前記の植物は、乾燥した後、そのまま又は粗砕機を用い粉砕して溶媒抽出に供することにより得ることができる。乾燥は天日で行ってもよいし、通常使用される乾燥機を用いて行ってもよい。各抽出原料は、ヘキサン、ベンゼン等の非極性溶媒によって脱脂等の前処理を施してから抽出原料として使用してもよい。脱脂等の前処理を行うことにより、抽出原料の極性溶媒による抽出処理を効率よく行うことができる。
【0022】
抽出処理の際には、抽出溶媒として極性溶媒を使用するのが好ましい。抽出原料に含まれるMMP−2阻害作用を示す成分は、極性溶媒を抽出溶媒とする抽出処理によって容易に抽出することができる。
【0023】
好適な抽出溶媒の具体例としては、水、低級脂肪族アルコール、含水の低級脂肪族アルコール等を例示でき、これらを単独で、又はこれら2種以上の混合物として使用することができる。好適な低級脂肪族アルコールの具体例としては、メタノール、エタノール、プロパノール、1,3−ブチレングリコール、グリセリン、プロピレングリコール等を例示することができる。
【0024】
抽出溶媒として使用し得る水には、純水、水道水、井戸水、鉱泉水、鉱水、温泉水、湧水、淡水等の他、これらに各種処理を施したものが含まれる。水に施す処理としては、例えば、精製、加熱、殺菌、滅菌、ろ過、イオン交換、浸透圧の調整、緩衝化等が含まれる。従って、本発明において抽出溶媒として使用し得る水には、精製水、熱水、イオン交換水、生理食塩水、リン酸緩衝液、リン酸緩衝生理食塩水等も含まれる。
【0025】
2種以上の極性溶媒の混合液を抽出溶媒として使用する場合、その混合比は適宜調整することができる。例えば、水と低級脂肪族アルコールとの混合液を使用する場合には、水と低級脂肪族アルコールとの混合比を9:1〜1:9(質量比)とすることができる。
【0026】
抽出処理は、抽出原料に含まれる可溶性成分を抽出溶媒に溶出させ得る限り特に限定されず、常法に従って行うことができる。抽出処理の際には、特殊な抽出方法を採用する必要はなく、室温ないし還流加熱下において任意の装置を使用することができる。
【0027】
例えば、抽出溶媒を満たした処理槽に抽出原料を投入し、ときどき攪拌しながら可溶性成分を溶出させる。この際、抽出条件は抽出原料等に応じて適宜調整し得るが、抽出溶媒量は通常、抽出原料の5〜15倍量(質量比)で、抽出時間は通常1〜3時間、抽出温度は通常、常温〜95℃である。
【0028】
抽出処理により可溶性成分を溶出させた後、ろ過して抽出残渣を除くことによって、抽出液を得ることができる。得られた抽出液は、該抽出液の希釈液若しくは濃縮液、該抽出液の乾燥物、又はこれらの粗精製物若しくは精製物を得るために、常法に従って希釈、濃縮、乾燥、精製等の処理を施してもよい。
【0029】
得られた抽出液はそのままでもMMP−2阻害剤として使用することができるが、濃縮液又はその乾燥物としたものの方が利用しやすい。また、抽出原料となる植物は特有の匂いを有しているため、その生理活性の低下を招かない範囲で脱色、脱臭等を目的とする精製を行うことも可能であるが、化粧料に添加する場合には大量に使用するものではないから、未精製のままでも実用上支障はない。
【0030】
精製は、具体的には活性炭処理、吸着樹脂処理、イオン交換樹脂処理等によって行うことができる。
【0031】
クスノハガシワ又はオニイチゴ抽出物は、そのままでもMMP−2阻害剤として使用することができるが、常法に従って製剤化して提供することもできる。製剤化する場合、保存や取扱いを容易にするために、デキストリン、シクロデキストリン等の薬学的に許容され得るキャリアーその他任意の助剤を添加することができる。
【0032】
本発明のMMP−2阻害剤は、MMP−2阻害作用を通じてMMP−2による細胞外マトリックスの減少、変性等を抑制し、細胞外マトリックスの減少、変性等によって生じる皮膚の老化を防止及び/又は改善することができる。
【0033】
本発明のMMP−2阻害剤は皮膚の老化を防止及び/又は改善することができると共に、皮膚に適用した場合の安全性に優れているため、皮膚化粧料に配合するのに好適である。皮膚化粧料には、MMP−2阻害剤のみを配合してもよいし、その他の有効素材を組み合わせて配合してもよい。
【0034】
本発明のMMP−2阻害剤を配合し得る皮膚化粧料は特に限定されないが、その具体例としては、軟膏、クリーム、乳液、ローション、パック、入浴剤等を例示することができる。
【0035】
本発明のMMP−2阻害剤の配合量は、皮膚化粧料の種類や抽出物の生理活性等によって適宜調整することができるが、好適な配合率は標準的な抽出物に換算して約0.01〜10質量%である。
【0036】
本発明のMMP−2阻害剤を配合する皮膚化粧料には、MMP−2阻害作用の妨げにならない限り、皮膚化粧料の製造に通常使用される各種主剤及び助剤、その他任意の助剤を配合することができ、皮膚の老化防止・改善に関し、本発明のMMP−2阻害剤のみが主剤となるものに限られるわけではない。
【0037】
以上説明した本発明のMMP−2阻害剤を配合する皮膚化粧料は、ヒトに対して好適に適用されるものであるが、それぞれの作用効果が奏される限り、ヒト以外の動物に対して適用することもできる。
【実施例】
【0038】
以下、実施例を示して本発明を更に詳細に説明する。なお、本発明の範囲はこれらの実施例等に限定されるものではない。
【0039】
[製造例1]
クスノハガシワの樹皮及びオニイチゴの根部の粗粉砕物それぞれ100gを80%エタノール1Lに投入し、穏やかに攪拌しながら2時間、80℃に保った。その後ろ過し、残渣を得、この残渣を再び50%エタノール1Lに投入し、穏やかに攪拌しながら2時間、80℃に保った。2度の抽出により得られたろ液を合わせ、40℃で減圧下にて濃縮し、さらに減圧乾燥機で乾燥して該抽出物を得た。各抽出物の収率は表1のとおりであった。
【0040】
[表1]
植 物 名 抽出物収率(質量%)
クスノハガシワ 3.7
オニイチゴ 9.5
【0041】
[試験例1]MMP−2活性阻害作用の試験
(1)MMP−2の調製
ヒトMMP−2cDNAを、5’PCRプライマー:5'−ggcggatccatggcgccgtcgcccatcatc−3'、及び3'PCRプライマー:3'−gccgtcgactacaatgtcctgtttgcagat−5'に用い、MMP−2の3.3kbcDNA断片を含むpSG−GelAを鋳型として、PCR反応を行った。得られた30Alaから474Valまでをコードする1.3kbPCR断片をBam HI/Sal Iで消化し、pTH−72発現ベクター(pTH-MMP2-PC)のBam HI/Sal I部位にクローン化した。
【0042】
ヒトMMP−2の発現は、Itoh,M.et al.;J.Biolchem.,119:667−673(1996)、精製及び巻き戻し(以下「リフォールディング」とする。)は、西村義文、大野茂雄 監修: タンパク実験プロトコール、細胞工学別冊 実験プロトコールシリーズ2 構造解析編、1997に準じて行った。また、cDNAは、Collier,I.E.et al.; J.Biol.Chem.,263(14),6579−6587(1988)に記載されているものを使用した。
【0043】
すなわち、MMP−2のcDNAを含む発現ベクター(pTH−MMP−2)を、大腸菌BL21(DE3)株にトランスフェクトし、IPTGで発現誘導した。発現タンパクは、Ni−NTA樹脂(QUIAGEN社.,米国)を用いてアフィニティー精製後、リフォールディングを行い、酢酸4−アミノフェニル水銀と37℃、60分間反応を行うことで活性型へ移行させた後、EDTAを加えた。これを酵素標本とし、蛍光性ペプチド基質(MOCAc/DNP peptide)切断活性反応を行い、高速液体クロマトグラフィー(カラム:Wakosil5C18、溶離液:30%アセトニトリル+0.1%THF、流速1.0mL/min、検出:励起波長325nm、蛍光波長410nm)による生成物のピーク面積を測定し、これを酵素活性の指標とした。
【0044】
(2)植物抽出物のMMP−2活性阻害の測定
製造例1で得られた各植物の抽出物について、以下のようにしてMMP−2活性阻害作用を試験した。
【0045】
被験試料を、蒸留水に溶解させて8.0mg/mLとした後、蒸留水にて4.0mg/mL、2.0mg/mLに希釈し、懸濁物を除くため、ろ過を行った。MMP−2阻害活性の測定は、活性型MMP−2 40μL、被験試料溶液 20μL、アッセイバッファー20μL(トリス−塩酸緩衝液(pH7.5)500mM、塩化ナトリウム 1.5M、塩化カルシウム 100mM、硫酸亜鉛 500μM、 アジ化ナトリウム 30mM,Brij35 0.05%)を、37℃で15分間プレインキュベーションした後、MOCAc/DNP peptide 120μL(4.16μM)を添加し、37℃で2時間反応させた後、EDTA 10μL(200mM)を添加した。反応液中の生成物について高速液体クロマトグラフィー分析によるピーク面積を測定した。被験試料溶液の代わりに蒸留水を加えた反応液の生成物を100%として、被験試料のMMP−2活性阻害率(%)を求めた。結果を表2に示す。
【0046】
[表2]
被験験試料 濃度(μg/mL) 阻害率(%)
クスノハガシワ 800 100
400 36
200 22
オニイチゴ 800 74
400 47
200 24
【0047】
表2に示すように、クスノハガシワ抽出物及びオニイチゴ抽出物は濃度依存的にMMP−2活性阻害作用を示すことが確認された。しかも、低濃度で優れたMMP−2活性阻害作用を示すことが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
クスノハガシワ及び/又はオニイチゴの抽出物を有効成分として含有することを特徴とするマトリックスメタロプロテアーゼ−2(MMP−2)阻害剤。

【公開番号】特開2006−117592(P2006−117592A)
【公開日】平成18年5月11日(2006.5.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−308051(P2004−308051)
【出願日】平成16年10月22日(2004.10.22)
【出願人】(591082421)丸善製薬株式会社 (239)
【Fターム(参考)】