説明

メラニン前駆体を含む染料溶液及びその製造方法

【課題】メラニン前駆体含有溶液を商品として市場に流通させるべく、防腐性を備え、また金属製容器に収容した場合でも金属を腐食させる危険性の少なく、且つ低温保存で不要物が析出しないメラニン前駆体及びエタノールを含む染料溶液、並びにその製造方法を提供する。
【解決手段】DOPA(3-(3,4-ジヒドロキシフェニル)アラニン)及びこれらの類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の基質化合物の酵素酸化反応により製造されたメラニン前駆体、及びエタノールを含有する染料溶液であって、塩化物イオン濃度が300 ppm以下であることを特徴とする染料溶液、並びにその製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はメラニン前駆体を含む染料溶液、及びその製造方法に関する。より詳細には、本発明は、酵素反応を利用して製造されたメラニン前駆体溶液を高い染色効果を発揮する濃度に濃縮したものであって、防腐効果、金属製容器腐食耐性効果、及び保管中に不溶物が析出しない効果を有するメラニン前駆体を含む染料溶液、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
メラニンは、動物及び植物に広く存在する黄色〜黒色の色素であり、紫外線吸収機能、ラジカル捕獲機能、酸化防止機能などを有することが知られている。メラニンは、生体由来の物質であり安全性が高いことから、化粧品、食品等の添加剤として広く使用されている。
【0003】
例えば、メラニンは、日焼け防止クリーム、サングラス等に配合することにより、これらに紫外線吸収機能を持たせるために用いられている。また、食品やプラスティックの酸化防止剤としても使用されている。さらに、色素として白髪染めなどにも添加されている。
【0004】
このように、メラニンは非常に有益な物質であるため、その製造方法が種々検討されてきた。
【0005】
図1に示すように、生体内において、メラニンは、メラニン生成酵素であるチロシナーゼが、基質化合物である3-(3,4-ジヒドロキシフェニル)アラニン(DOPA)の酸化を触媒することによりドーパキノンを経て生成するメラニン前駆体(ドーパクロム、5,6-ジヒドロキシインドール、5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸など)が重合することにより生合成される。このようにして生成するメラニンは、皮膚や髪等のメラニン産生細胞内に小粒となって存在しており、水に不溶で、熱濃硫酸や強アルカリを用いなければ溶解しない高分子化合物である。
【0006】
このように、メラニンは水に不溶であるため、繊維や皮革などの染料として利用する場合、組織に浸透することができず、対象を染めることができない。
【0007】
特許文献1には、水溶性であるメラニン前駆体(メラニンの構成モノマーの混合物)の効率的な製造方法が開示されている。具体的には、特許文献1には、チロシン、DOPA及びこれらの類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の基質化合物を、カテコールオキシダーゼ活性を示す細胞を用いて酸化して、メラニン前駆体に変換する酸化工程と、得られた反応液からメラニン前駆体を回収する回収工程とを含むメラニン前駆体の製造方法が開示されている。
【0008】
かくして調製されるメラニン前駆体は水溶性であるため、染色対象物に浸透しやすく、メラニン前駆体を染色対象物内に浸透させた後に重合させてメラニンを生成することにより効率良く対象物を染色することができる。
【0009】
しかしながら、特許文献1では、メラニン前駆体含有溶液を商品として市場に流通させるために要求される、防腐性及び収容容器への影響については何ら検討されていない。
【0010】
また、特許文献1の実施例ではメラニン前駆体が逆浸透膜を用いて濃縮可能であることを示しているが、逆浸透膜の再生は工業的に不可能であるため(すなわち使い捨て)、工業利用に適した濃縮技術とは言えない。
【0011】
メラニン前駆体含有溶液を市場に流通させるために求められる要件としては、下記のものがあげられるが、これらの要件を工業的に1つでも解決できる方法は、知られていなかった。
・防腐性
・十分な染料濃度(最終商品における5,6-ジヒドロキシインドール濃度は、用途によって異なるが0.1〜1重量%が好ましい(特許文献2の62段落目))
・金属容器(ステンレスコンテナ)に収容できること
・保管中に不溶物が析出しないこと
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2006−158304号公報
【特許文献2】特開2006−160669号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、メラニン前駆体含有溶液を商品として市場に流通させるべく、防腐性を備え、また金属製容器に収容した場合でも金属を腐食させる危険性の少なく、且つ低温保存で不溶物が析出しないメラニン前駆体及びエタノールを含有する染料溶液、並びにその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
染色性能の観点から、染料溶液中の5,6-ジヒドロキシインドール濃度は1重量%程度が好ましい。DOPA酸化反応時に加える基質DOPA量を増やすことで、得られるメラニン前駆体溶液中の5,6-ジヒドロキシインドール濃度を高める検討を鋭意行ったが、一連のメラニン生成反応の中間体であるメラニン前駆体を蓄積させるというプロセスの特性上、1重量%まで高めることは工業的な実用レベルで未だ実現していない。自ずと、濃縮工程が必須となるが、特許文献1で示される逆浸透膜を用いた濃縮は、逆浸透膜の再生が不可能であり、工業的に適するとは言えない。代替技術を検討した結果、薄膜遠心式濃縮法によりメラニン前駆体溶液が濃縮できるが、不溶物が析出することが新たな課題として判明し、これを本発明で解決することを見出した。
【0015】
防腐の観点から、特に化粧品用途で一般的に用いられる防腐剤としては、パラベン、フェノキシエタノール、ソルビン酸、サリチル酸、塩化ベンザルコニウムおよびエタノールを挙げることができる。この中でも、水との混和性においてエタノールが優れている。
【0016】
しかしながら、本発明者らが研究を進めていたところ、薄膜遠心濃縮法により濃縮されたメラニン前駆体含有水溶液にエタノールを加えると、不溶物が生じ、当該溶液をコンテナ等の保管容器に収容した後、これを取り出そうとすると出口ノズルに不溶物が詰まり、染料溶液が出せないという問題が生じる。尚、逆浸透膜濃縮法で調製された溶液の場合は、不溶物を生じない。
【0017】
染料溶液の試作を繰り返す過程で、後述する反応工程で使用するpH調節剤の酸として硫酸を用いた場合に不溶物が生じ、塩酸を用いた場合不溶物が生じないことが分かった。pH調節剤のアルカリとして用いる薬剤として水酸化ナトリウムと水酸化カリウムが選択できるが、どちらを使用しても不溶物の有無に影響しない。しかるに、不溶物はメラニン前駆体オリゴマーの硫酸塩、又はpH調節剤のアルカリである水酸化ナトリウム若しくは水酸化カリウムの硫酸塩、すなわち硫酸ナトリウム、硫酸カリウム、若しくはこれらの複合物だと推察される。
【0018】
不溶物の析出を回避するために塩酸を使用すれば良いが、最終染料溶液中の塩化物イオン濃度が3000〜5000 ppmに達する。塩化物イオンは金属の腐食を早めることが知られており、染料溶液をステンレス等の金属容器に収容して市場に流通させるためにはpH調節剤に塩酸を使用することは適さない。
【0019】
かかる問題を解決すべくさらに研究を重ねていたところ、不溶物はエタノール濃度が高いほど、温度が低いほどより生じやすい傾向があることが見出された。したがって、染料の保管条件よりも不溶物が生じやすい条件下で固液分離操作を行い、不溶物を除去すれば、保管中に不溶物が析出する問題を解決できることが分かる。そこで、寒冷地向け製品を除き、金属コンテナにメラニン前駆体を含有する染料溶液を収容した通年流通を想定し、4℃で不溶物が生じない染料溶液の製造を目指した。
【0020】
冷却状態での固液分離を、4℃より大幅に低い温度で実施すれば、4℃で確実に不溶物が生じない染料溶液とすることができる。しかしながら、低温条件下での固液分離は少量試験では容易に可能であっても、工業製造の場合は強力な冷却能力を備えた限られた設備でしか実施できない。
【0021】
そこで、本発明者らは、エタノール濃度に着目し、エタノール濃度を一旦25重量%配合し、4℃付近で固液分離を行い、その後希釈を行うことでエタノール20重量%、及び5,6-ジヒドロキシインドールを1重量%含有し、且つ4℃で保管しても不溶物が生じない染料溶液が製造可能であることを見出した。
【0022】
なお、配合するエタノールや水は予め脱気し、濃縮工程や生じた不溶物の除去工程は脱気下、好ましくは脱酸素(酸素除去)下で行うことによって、5,6-ジヒドロキシインドールの損失を防止できるという知見を得た。
【0023】
本発明は、これらの知見に基づき、更に検討を重ねて完成されたものであり、下記に説明する(1)メラニン前駆体及びエタノールを含有する染料溶液、及び(2)当該染料溶液の製造方法を提供するものである。
【0024】
(1)メラニン前駆体を含有する染料溶液
(1-1) DOPA及びこれらの類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の基質化合物の酵素酸化反応により製造されたメラニン前駆体、及びエタノールを含有する染料溶液であって、塩化物イオン濃度が300 ppm以下であることを特徴とする染料溶液。
(1-2) メラニン前駆体濃度が0.9〜1.1重量%である、(1-1)に記載の染料溶液。
(1-3) メラニン前駆体が5,6-ジヒドロキシインドールである、(1-1)又は(1-2)に記載の染料溶液。
(1-4) さらにエタノールの濃度が19〜21重量%である、(1-1)〜(1-3)のいずれか1項に記載の染料溶液。
(1-5) 4℃において不溶物が析出しない、(1-1)〜(1-4)のいずれか1項に記載の染料溶液
【0025】
(2)メラニン前駆体を含有する染料溶液の製造方法
(2-1) 少なくとも以下の工程を含むことを特徴とする(1-1)〜(1-5)のいずれか1項に記載の染料溶液の製造方法:
(A)酸化酵素溶液又は酸化酵素を産生し得る微生物懸濁液と、DOPA及びこれらの類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の基質化合物を反応させてメラニン前駆体を生成する工程、
(B)工程Aで得られたメラニン前駆体含有水溶液を、脱酸素下で真空薄膜濃縮法により濃縮する工程、
(C)工程Bで得られた濃縮メラニン前駆体含有水溶液に、予め脱気したエタノールを添加し、メラニン前駆体を含むエタノール含有水溶液を調製する工程、及び
(D)工程Cで得られたメラニン前駆体を含むエタノール含有水溶液を脱酸素下で固液分離処理を行い、不溶物を除去する工程。
(2-2) 前記酸化酵素がカテコールオキシダーゼ活性を有する酵素である、(2-1)に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0026】
本発明により、染色効果と防腐効果を有し、金属製容器に収容された場合でも、金属を腐食する危険性が少ない、メラニン前駆体及びエタノールを含有する染料溶液を提供することができる。このため、メラニン前駆体を当該溶液の形態とすることにより、メラニン前駆体を染料溶液用途の工業製品として市場に流通させることができる。
【0027】
本発明の製造方法により、保管中に内部で不溶物が析出しない、特に、4℃においても不溶物が析出せず、メラニン前駆体、特に5,6-ジヒドロキシインドールを高濃度且つ高収率で含む、メラニン前駆体及びエタノールを含有する染料溶液を得ることが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】DOPAを基質化合物とするメラニンの生合成経路を示す図である。
【図2】実施例で使用した平板型ろ過器を表す図である。
【図3】実施例での水及びエタノールの脱気方法を示す図である。
【図4】染料溶液中の塩化物イオン濃度を示すグラフである。
【図5】反応時間とドーパクロム濃度の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明のメラニン前駆体及びエタノールを含有する染料溶液及び当該染料溶液の製造方法について詳細に説明する。
【0030】
(I)メラニン前駆体及びエタノールを含有する染料溶液
本発明の染料溶液(以下、単に「染料溶液」ともいう)は、DOPA及びこれらの類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の基質化合物の酵素酸化反応により製造されたメラニン前駆体、及びエタノールを含有し、塩化物イオン濃度が300 ppm以下であることを特徴とする。
【0031】
酵素酸化反応に使用する酵素としては酸化反応を触媒する酸化酵素を挙げることができ、カテコールオキシダーゼ活性を有する酵素などが好ましい。また酵素に代えて、上記酵素を産生する微生物を用いることもできる。かかるメラニン前駆体の製造には、下記(II)「染料溶液の製造方法」に記載する工程Aを参照することができる。
【0032】
かかるメラニン前駆体として、具体的には、メラニンの構成モノマー(例えばドーパクロム、5,6-ジヒドロキシインドール、5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸)、並びにこれらのモノマーが2〜5分子程度重合してなる水溶性オリゴマーを挙げることが出来る。本発明の染料溶液は、これらの前駆体を1種単独で含むものであってもよいし、又は2種以上の前駆体を任意に組み合わせて含有するものであってもよい。好ましくは、5,6-ジヒドロキシインドールを主成分とするものである。
【0033】
染料溶液中のエタノールの濃度が高い程、高い防腐効果が得られる反面、無機塩類の溶解度が低下し、低温保管時の不溶物析出の可能性が高まると共に、濃縮工程における濃縮倍率を高める必要があるため経済的に劣る。これらを考慮すると好ましいエタノール濃度は18〜22重量%である。この範囲でエタノールを含むことによって不溶物の析出防止、製造コストの抑制、防腐効果を同時に満たすことができる。より好ましくは19〜21重量%、最も好ましくは20重量%である。
【0034】
本発明の染料溶液は、好ましくは水溶液である。なお、本発明の染料溶液には、本発明の効果が妨げられない限りにおいて、水及びエタノール以外の極性溶媒が含まれていてもよい。かかる極性溶媒としては、例えばメタノール、プロパノール、ブタノール、ヘキサノール等の低級アルコール(C1−C6)、アセトンなどを挙げることができる。
【0035】
染料溶液中のメラニン前駆体(好ましくは5,6-ジヒドロキシインドール)濃度は、好ましくは0.8〜1.2重量%、より好ましくは0.9〜1.1重量%、更に好ましくは1.0重量%である。5,6-ジヒドロキシインドールの重量は、HPLC分析方法で5,6-ジヒドロキシインドール標準品を用いて絶対検量線法により定量できる。
【0036】
染料溶液中の塩化物イオン濃度は、300 ppm以下である。塩化物イオン濃度を300 ppm以下にすることで、染料溶液を金属製の容器に収納した場合でも金属を腐食させる危険性を低下させることができる。好ましくは100 ppm以下、より好ましくは20〜60 ppmである。塩化物イオン濃度は、HPLC法により測定できる。
【0037】
(II)染料溶液の製造方法
本発明の「染料溶液」は、少なくとも以下の工程を含む製造方法により製造することができる:
(A)酸化酵素溶液又は酸化酵素を産生し得る微生物懸濁液と、DOPA及びこれらの類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の基質化合物を反応させてメラニン前駆体を生成する工程、
(B)工程Aで得られたメラニン前駆体含有水溶液を、脱酸素下で真空薄膜濃縮法により濃縮する工程、
(C)工程Bで得られた濃縮メラニン前駆体含有水溶液に、予め脱気したエタノールを添加し、メラニン前駆体を含むエタノール含有水溶液を調製する工程。
(D)工程Cで得られたメラニン前駆体を含むエタノール含有水溶液を脱酸素下で固液分離処理を行い、不溶物を除去する工程。
【0038】
以下、各工程について説明する。
【0039】
・工程A
工程Aでは、酸化酵素溶液又は酸化酵素を産生し得る微生物懸濁液と、DOPA及びこれらの類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の基質化合物を反応させてメラニン前駆体を生成する。
【0040】
[基質化合物]
基質化合物としては、DOPA及びDOPA類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物を使用する。DOPA及びDOPA類縁体は、L体又はD体のいずれであってもよい。DOPA類縁体としては、ドーパミン(Dopamine)や、DOPAメチルエステル、DOPAエチルエステル、α−メチルDOPA等が挙げられ、これらの異性体であってもよい。中でも、天然型メラニン前駆体が得られる点で、L-DOPAを用いることが好ましく、酵素に対する親和性の点でもL-DOPAを用いることが好ましい。
【0041】
基質化合物は1種を単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0042】
[反応]
反応は、上記基質化合物を水に溶解させた状態で行ってもよいし、また水に完全に溶解させることなく非溶解状態で行ってもよい。前者の場合、基質化合物を完全に水に溶解させるために、一旦、硫酸等の強酸を用いてpHを1〜3に設定する必要がある。ここで、塩酸を使用することは塩化物イオン抑制のために適さない。そして、酵素反応を行う前には、強アルカリを用いて中和する必要がある。その結果、反応液中の無機塩類の含有量が増加することになる。このため、基質化合物は、水に完全に溶解させることなく、非溶解状態のままで用いることが好ましい。
【0043】
反応開始時の基質化合物の濃度は、溶解及び非溶解にかかわらず、通常10〜60 mM程度、好ましくは15〜40 mM程度である。すなわち、当該濃度は、溶解及び非溶解状態にかかわらず、基質化合物の含有量を意味する。
【0044】
また反応液のpHは、前述する微生物から産生される酵素が基質化合物の酸化反応を触媒できる範囲であればよく、特に限定されないが、通常pH4〜9程度に調整することが好ましく、pH5〜7程度に調整することがより好ましい。余りに低pHであると基質化合物の酸化が進行せず、逆に余りに高pHであると生成したメラニン前駆体が蓄積せずに重合してしまうが、上記範囲であれば、メラニン前駆体の重合を抑えて反応液中に効率よくメラニン前駆体を蓄積させることができる。
【0045】
反応液のpHは、緩衝液を用いることにより上記範囲に維持することもできるが、塩濃度が高いとメラニン前駆体の重合によるメラニンの生成(メラニン化)が促進される場合がある。このため、KOH、NaOHのような強アルカリ及びH2SO4のような強酸を少量添加することにより、反応液中のpHを上記範囲に調整しコントロールすることが好ましい。
【0046】
酸化酵素としては、カテコールオキシダーゼ活性を有する酵素などが好ましい。
【0047】
反応液中の酸化酵素又は微生物の量は、1molのL-DOPAを基質化合物とした場合の酸化活性が、5×105U/mol以上となる範囲内で、少なければ少ないほど良い。尚、酸化酵素又は微生物の活性は、酸化酵素又は微生物と0.8μmolのDOPAを含む溶液1mLを30℃で5分間反応させた場合の475nmにおける吸光度を光路長1 cmあたり1増加させる活性を1Uとして計算される。反応液への微生物懸濁液の投入量は、通常反応液の体積に対して20容量%以下が好ましく、10容量%以下がより好ましい。上記の範囲内であれば、反応後の菌体分離を容易に行えることにより、メラニン前駆体の収率を高くすることができる。
【0048】
反応温度は、酵素が基質化合物の酸化反応を触媒できる範囲であればよく、特に限定されないが、通常15〜35℃程度に調整することが好ましく、20〜30℃程度に調整することがより好ましい。上記範囲内であれば、十分に酸化反応が進行するとともに、酵素が失活し難く、またメラニン化が進行し難い。
【0049】
反応開始直後は、酸化反応に大量の酸素が必要であるため、大量に通気することが好ましい。但し、攪拌速度が速すぎると微生物が損傷するため、反応液中の酸素濃度を監視し、酸素濃度が低下しなくなれば通気量および攪拌速度を減少することが好ましい。反応液中の酸素濃度は0.1〜8 ppm程度に調整することが好ましく、1〜2 ppm程度に調整することがより好ましい。通気や撹拌により反応液中に大量の泡が生じる場合は、シリコーン樹脂のような消泡剤を添加してもよい。また、密閉容器で反応を行うことにより、発泡を防ぐこともできる。
【0050】
反応は、バッチ式又は連続式の何れであってもよい。未反応の基質化合物と生成物を分離できる点でバッチ式が好ましい。バッチ式の場合の反応時間は、通常10分〜2時間程度とするのが好ましく、30分〜1時間程度とするのがより好ましい。余りに長時間反応させると生成したメラニン前駆体の重合反応(メラニン化)が進行してしまうためメラニン前駆体の収率が低下するが、上記程度の反応時間であれば、基質化合物を十分メラニン前駆体に変換できるとともに、メラニン化を最小限に抑えることができる。
【0051】
この場合、(1)(a)反応液中のpH、(b)反応系における「O2吸収量-CO2発生量」、および(c)反応液中の溶存酸素量からなる群から選択されるいずれか少なくとも1つの経時的変化をオンラインでモニターし、(2)(a)〜(c)のいずれか少なくとも1つの経時的変化の傾向が切り替わった時点を反応終点とすることもできる。
【0052】
具体的には、上記(a)では反応液のpHの低下傾向が上昇傾向に転じ、反応液へのアルカリ供給から酸供給へ切り替わる時点を反応終了の指標とし、(b)では1分あたりの「O吸収量−CO発生量」(mmol/L/min)が最大値の20%以下になった時点を反応終了の指標とし、(c)では反応液の溶存酸素飽和度が上昇に転じ、最大になった時点を反応終了の指標とする。
【0053】
連続式の場合は、微生物を含む反応容器に、基質化合物の濃度が10〜60 mM程度、特に15〜40 mM程度になるように基質化合物を供給しつつ反応を行い、反応と生成物の分離を連続的に行えばよい。あるいは酵素産生微生物を固定化した担体を充填したカラムに1〜10 mM程度、特に3〜6 mM程度になるような基質化合物を、電子供与体として基質化合物の2倍濃度の過酸化水素とともに添加しても実施することができる。
【0054】
基質化合物としてDOPAを用いる場合は、上記酵素反応により基質化合物が酸化されてドーパクロムが生成する。この反応を静置すれば一部の微生物中に含まれるドーパクロムトートメラーゼにより、あるいは非酵素的な異性化によりドーパクロムから5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸が生成し、続いて脱炭酸により5,6-ジヒドロキシインドールが生成する。これにより、ドーパクロム、5,6-ジヒドロキシインドール及び5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸を含むメラニン前駆体含有水溶液が得られる。
【0055】
かくして得られるメラニン前駆体含有水溶液は、必要に応じて、微生物を除去する工程に供してもよい。ここで微生物の除去は遠心分離やろ過などの定法の固液分離法を用いて行うことが出来る。除去した微生物は、前述する酸化反応に再利用することができる。
【0056】
なお、前述の方法で得られるメラニン前駆体含有水溶液を保存しておく場合は、下記(i)〜(iii)の方法で保存することが好ましい。
(i)塩の存在下での保存
(ii)酸素非存在下pH3〜5、酸素非存在下pH5〜10、又は酸素存在下pH5〜7に維持した状態での保存
(iii)水溶性有機溶媒の存在下での保存。
【0057】
かかる各保存は特開2000-158304号公報(特許文献1)の[0066]〜[0077]の記載に従って実施することが出来る。かかる条件で保存することにより保存時にメラニン前駆体が重合してメラニン化することを抑制することができる。酸化反応終了後は、酸化を防止するため、反応液は酸素を遮断した状態とするのが望ましい。
【0058】
メラニン前駆体含有水溶液を密閉容器に入れ、又はさらに上部気体を窒素、希ガス、二酸化炭素ガス等で置換することにより、酸素を遮断することが好ましい。これにより、メラニン前駆体の酸化の進行を抑えることができる。
【0059】
以上の工程でメラニン前駆体含有水溶液が完成する。
【0060】
・工程B
工程Bでは、工程Aで得られたメラニン前駆体含有水溶液(5,6-ジヒドロキシインドールを含有する)を、脱酸素下で遠心薄膜濃縮装置により濃縮する。
【0061】
5,6-ジヒドロキシインドールは、空気又は酸素と接触すると短時間に酸化される。一方、おだやかな加熱に対しては安定で、窒素雰囲気下50℃で1ヶ月の保存安定性が確認された。従って、5,6-ジヒドロキシインドールは、品温が50℃以下で、酸素と接触しない濃縮法が適する。このような濃縮法のひとつとして、真空薄膜濃縮法がある。
【0062】
そのため、本工程では、真空薄膜濃縮装置内部と配管内部を予め窒素ガスで置換し(脱酸素下)、減圧させた後に、濃縮装置へメラニン前駆体を含む水溶液を送り込み、5,6-ジヒドロキシインドール濃度が好ましくは0.5〜5.0重量%、より好ましくは1.6重量%に達したところで濃縮を終了する。
【0063】
濃縮メラニン前駆体溶液は、窒素置換された気密容器で保管する。
【0064】
・工程C
工程Cでは、工程Bで得られた濃縮メラニン前駆体含有水溶液に、予め脱気したエタノールを添加し、メラニン前駆体を含むエタノール含有水溶液を調製する。
【0065】
本発明において脱気とは、液体から溶存酸素を除去することを意味する。液体中の溶存酸素の濃度は少なければ少ないほどよいが、好ましい溶存酸素濃度としては1 ppm以下、より好ましくは0.5〜0.9 ppmを挙げることができる。通常の溶存酸素濃度は水で7〜8 ppmであり、エタノールの溶存酸素濃度はこれより多いと推測される。
【0066】
エタノールを脱気する方法は、エタノールから酸素を除去できる方法であればよく、例えば膜分離法、減圧法、窒素を吹き込む方法などが挙げられる。この中でも、ステンレスタンクにエタノールを入れ、ステンレスタンクをアースした上で窒素を吹き込む方法が特に好ましい。
【0067】
脱気したエタノールは、メラニン前駆体含有水溶液に、エタノールの最終濃度が、好ましくは3.0〜90.0重量%、特に好ましくは25重量%になるように添加する。
【0068】
前段の濃縮工程で、5,6-ジヒドロキシインドールが過濃縮になった場合など、必要に応じてエタノール以外に、脱気された水等の液体を更に加えても良い。脱気は、前述したのと同じ方法を適用できる。
【0069】
・工程D
工程Dでは、工程Cで得られたメラニン前駆体を含むエタノール含有水溶液を脱酸素下で固液分離処理を行い、不溶物を除去する。
【0070】
工程Cでメラニン前駆体を含む濃縮水溶液に脱気したエタノールを加え、冷却すると、不溶物が生成する。そこでかかる不溶物を除去するために本工程で固液分離処理を行う。
【0071】
固液分離処理の種類は、酸素と接触せずに不溶物を除去できる方法であればよく、例えばろ過、限外ろ過、遠心分離等が挙げられる。好ましくは、ろ過助剤として珪藻土を用いたろ過処理である。
【0072】
珪藻土ろ過を行う装置として、図2に示すような平板型ろ過器がある。平板型ろ過器は、底面にろ布を張り、その上面に不溶物がろ過される空間がある。
【0073】
固液分離処理は、メラニン前駆体の酸化を防止する目的から、酸素除去下(脱酸素下)で行うことが好ましい。酸素除去下でろ過処理を行う方法としては、ろ過を行う前にろ過装置内から酸素を除去すること、例えば、ろ過装置内を予め脱気水で満たしておくことが挙げられる。具体的には、ろ過器の脱気手順としては、図2に示される平板型ろ過器では、受けタンクに接続していない予め窒素置換した原液タンクに珪藻土と脱気水を入れ、窒素ガス加圧により平板型ろ過器へ送り出し、次に予め窒素置換した受けタンクを平板型ろ過器に接続し、窒素置換された原液タンクにメラニン前駆体溶液を入れ、窒素ガス加圧により平板型ろ過器へ送り出し、ろ液を受けタンクで回収する。ここで、脱気水とは、脱気された水であり、脱気は、前述したのと同じ方法を適用できる。
【0074】
固液分離処理は、エタノール濃度が18〜30重量%である場合、-5〜10℃で行うことが好ましく、この温度で行うことにより保管中に内部で不溶物が析出しない染料溶液とすることが出来る。より好ましくは0〜5℃、特に好ましくは4℃である。
【0075】
斯くして固形分を除去したメラニン前駆体を含むエタノール含有水溶液に、脱気した水を添加することで染料溶液を完成させることができる。脱気は、前述と同じ方法を適用できる。脱気した水の添加量は、最終的な染料溶液中の5,6-ジヒドロキシインドール濃度及びエタノール濃度、並びに固形分除去後の成分濃度に応じて水とエタノール添加量を決定する。
【0076】
(I)で説明する本発明の染料溶液、ならびに(II)で説明する製造方法で得られる染料溶液は、防腐効果に優れ、しかも金属製の容器に収容しても金属を腐食させる危険性が少なく、また保管中に不溶物が析出しない。このため、金属製の有無にかかわらず容器に収容した状態で長期に亘って保存することができ、使用時にノズル若しくは注ぎ口から容易に取り出すことができる。
【0077】
当該染料溶液は、染毛剤のような染色用途で使用することができる。
【0078】
また、当該染料溶液にさらに副成分として通常の染毛剤に用いられる成分、界面活性剤、安定化剤、緩衝剤、香料、感触向上剤、キレート剤、可溶化剤等を配合することにより、染毛剤として使用することもできる。
【0079】
<染毛剤組成物>
例えば、本発明のメラニン前駆体及びエタノールを含有する染料溶液を含む染毛剤は、髪に着けてしばらく放置するだけで白髪を自然な色合いに染めることができる、一剤式の空気酸化型染毛剤として有用である。一剤式の染毛剤とするためには、メラニン前駆体として5,6-ジヒドロキシインドールを含むことが好ましい。
【0080】
染毛剤組成物におけるメラニン前駆体の含有量は、染毛性能の観点から、0.01〜10重量%、更には0.05〜5重量%、特に0.1〜1重量%が好ましい。
【実施例】
【0081】
以下、本発明を更に詳しく説明するため実施例及び試験例を挙げる。しかし、本発明はこれら実施例等になんら限定されるものではない。なお、下記の実施例及び試験例で使用した材料及び測定方法は次の通りである。
【0082】
(I)カテコールオキシダーゼ産生微生物(melB産生酵母)の調製
カテコールオキシダーゼとしてチロシナーゼ(melB)、微生物として酵母(Saccharomyces cerevisiae)を用いて、カテコールオキシダーゼ産生微生物を調製した。なお、チロシナーゼ(melB)は麹菌Aspergillus oryzaeから単離された酵素である(特許第3903125号公報)。そのアミノ酸配列、それをコードするmelB遺伝子のクローニング方法、及びその塩基配列も、上記特許第3903125号公報に記載されている。
【0083】
(I)チロシナーゼ遺伝子(melB遺伝子)のクローニング
特許第3903125号公報の記載に従って、麹菌Aspergillus oryzaeからmelB遺伝子をクローニングした。具体的には、麹菌Aspergillus oryzae OSI-1013株(受託番号FERM P-16528、平成9年11月20日付けで日本国茨城県つくば市東1-1-1 つくばセンター 中央第6に住所を有する独立行政法人産業技術総合研究所・特許生物寄託センター(旧:工業技術院生命工学工業技術研究所・特許微生物寄託センター)に寄託)を蒸米に接種し、製麹した麹を1.5 g秤量し、液体窒素中で完全に破砕した。日本ジーン社製ISOGENを用いて、これから240μgの全RNAを抽出した。120μgの全RNAからタカラバイオ株式会社製Oligotex-dT30<Super>を用いて、1μgのmRNAを精製した。このmRNAを、Clontech社製SMART cDNA Library Construction KitによりcDNAライブラリーを作成し、PCRによりmelB cDNAのみを増幅した。得られたPCR産物はアガロースゲル電気泳動で、目的の約1.8Kbpのバンドのみが増幅されていることを確認した。また、塩基配列解析の結果、正常にイントロン配列が取り除かれていることも確認した。なお、特許第3903125号公報の配列番号2に記載されているmelB遺伝子の塩基配列のうち、1〜1436番目の塩基配列はプロモーター領域、3636〜4174番目の塩基配列はターミネーター領域に相当し、1437〜3635番目の塩基配列は、melB cDNAに相当するコーティング領域に相当する。
【0084】
(2)酵母への組み込み
上記(1)で得られたmelB cDNAを、酵母Saccharomyces cerevisiae用発現ベクター(特開2003-265177号公報)に発現可能な状態で接続した。具体的には、特開2003-265177号公報の記載に準じて、SED1プロモーターとADH1ターミネーターを持つ上記発現ベクターのプロモーター直下のSmaI部位に、上記(1)で取得したmelB cDNAを挿入した。URA3マーカー内部に存在するStuI部位で切断することにより得られるmelB cDNAを含む断片を導入用カセットとして精製した。
【0085】
これを定法に従って、酵母(Saccharomyces cerevisiae)に導入し、melB産生酵母を調製した。なお、使用した酵母は、清酒の醸造に用いられる実用酵母・協会9号由来のウラシル要求性株であって、日本醸造協会から入手できる清酒の醸造に用いられる実用酵母・協会9号の5−フルオロオロチジン酸耐性を利用した公知の陽性選択方法により取得することができる。
【0086】
(II)微生物懸濁液の調製
調製例に記載する方法で得られたmelB産生酵母(組換え酵母)を常法により培養し、遠心分離によって菌体を回収し、次いで蒸留水で洗浄した。次いで、菌体(湿重量約23.8g)に0.1 mMの硫酸銅を含む水溶液238 mLを加え、40℃で20分間保持した。その後、遠心分離により菌体を回収し、これに50 mMの酢酸緩衝液(NaOAc-HCl)(pH3.0)238 mLに懸濁し、室温で10分間静置した。その後、遠心分離により菌体を回収し、過剰な銅イオンを除去するため20 mMのEDTA溶液(KOHを使用してpH5に調整)で洗浄し、遠心分離して菌体を回収した。
【0087】
斯くして活性化処理された菌体を水238 mLに懸濁した。
【0088】
(III)ろ過装置の脱酸素処理
ろ過装置の脱酸素処理は図2を参照して説明する。ろ過器の脱酸素手順としては、受けタンク(加圧対応20Lステンレスタンク)に接続していない予め窒素置換した原液タンク(加圧対応20Lステンレスタンク)に、珪藻土100 gと脱気水5 Lを入れ、窒素ガス加圧により平板型ろ過器(直径265 mm)(底面にろ布を張り、その上面に不溶物がろ過される空間がある)へ送り出した。次に予め窒素置換した受けタンクを平板型ろ過器に接続し、窒素置換された原液タンクにメラニン前駆体溶液を入れ、窒素ガス加圧により平板型ろ過器へ送り出し、ろ液を受けタンク(加圧対応20Lステンレスタンク)で回収した。
【0089】
(IV)脱気(水とエタノール)
水とエタノールの脱気方法は図3を参照して説明する。窒素ガス供給用の入り口ノズルから窒素を吹き込み、加圧対応20Lステンレスタンク内を窒素置換した。次に、タンク内に脱気したい液体(エタノールや水)を入れ、入り口ノズルより窒素ガス(純度99.99%)を2-5L/minで液中へ吹き込み、約15分で脱気作業を終了した。脱気の確認として、出口ノズルより窒素ガスを送り、大気を開放する入り口ノズルより内部の液体を少量取り出し、溶存酸素電極(メトラー・トレド社製InPro6800型)を用いて溶存酸素を測定した。溶存酸素が0.5ppm以下であれば脱気できたと判断した。
【0090】
(V)5,6-ジヒドロキシインドール量の測定方法
5,6-ジヒドロキシインドールの重量は、下記のHPLC分析方法で、BIO SYNTH社製の5,6-ジヒドロキシインドール標準品を用いて、絶対検量線法により定量した。
【0091】
(1)試験液の処理
50 ml容メスフラスコに1%(w/v)のアスコルビン酸ナトリウムを含む0.1%(w/v)リン酸溶液を10 ml分注した。ここに試験液1.0 gを秤量して入れた後、0.1%(w/v)リン酸溶液で50 ml標線までメスアップした。
【0092】
(2)HPLC分析
斯くして調製した試験液の遠心上清を下記条件のHPLCに供し、5,6-ジヒドロキシインドールのピーク面積を求めた。
HPLC装置:Waters社製HPLC Alliance2695-2996
カラム:Waters社製SunfireC18(4.6×150 mm)
移動相:A液−1.5%(w/v)リン酸溶液、B液−99.9%メタノール(B液が初発0%、5分後に50%となるようにグラジエントを設定)
試験液注入量:10μl
流速:1.0 ml/min
検出:280 nmにおける吸光度でモニター
【0093】
(VI)菌数の計測方法
一般生菌計測用標準寒天培地(日水製薬)23.5 gに水を加え、1Lとしたものをオートクレーブし、シャーレに約20 mLずつ分注し、平板培地を作製した。
【0094】
平板培地に染料溶液0.1 mLを乗せ、滅菌済みコンラージ棒で培地全面に広げた。これを30℃で2日間培養し、生じたコロニー数を目視で数えた。
【0095】
(VII)塩化物イオン濃度の測定方法(HPLC陰イオンクロマト法)
島津HPLCシステムLC6Aに電気伝導度検出器(CDD6A)を接続したHPLCシステムを使用した。カラムはShodex I-524Aを用い、移動相として2.5mM フタル酸バッファー(pH4)を流速1.2 ml/minで流した。カラム温度35℃、サンプルインジェクション量0.01 mL、分析時間15分とした。
【0096】
(前処理)測定試料および標準試料0.5 mLと移動相4.5 mLを混合し、0.45μmのフィルターでろ過した。
【0097】
(標準試料)特級塩化ナトリウム0.49 gを水に溶かし、1Lとする。これを、塩化物イオン300 ppmの標準試料とする。
【0098】
この方法により、保持時間3.7分付近に塩化物イオンのピークが検出される。定量は絶対検量線法で行う。
【0099】
(VIII)ドーパクロム量の測定方法
(1)試験液の処理
測定する試験液の遠心上清0.5 mlと3%(w/v)アスコルビン酸ナトリウム水溶液0.5 mlを混和する。本溶液を65℃で15分間加熱後、0.1%(w/v)リン酸水溶液9.0 mlを添加してよく混ぜる。かかる処理により、試験液中に含まれているドーパクロムは全量5,6-ジヒドロキシインドールに変換され定量することができる。
【0100】
(2)HPLC分析
斯くして調製した試験液の遠心上清を下記条件のHPLCに供し、標準化合物(5,6-ジヒドロキシインドール:BIO SYNTH社製)で作成した検量線から、反応液中のドーパクロムの濃度を測定する。
HPLC装置:Waters社製HPLC Alliance2695-2996
カラム: Waters社製SunfireC18(4.6×150mm)
移動相:A液-1.5%(w/v)リン酸溶液、B液-99.9%メタノール(B液が初発0%、5分後に50%となるようにグラジエントを設定)
試験液注入量:10μl
流速:1.0 ml/min
検出:吸収波長である280nmにおける吸光度でモニター
【0101】
実施例
(工程A)
下記A, B, Cを30L培養槽に仕込んだ(反応液量23.8L)。
A: イオン交換水 21.4 L
B: 微生物懸濁液 238 mL
C: DOPA 190 g
撹拌を開始後、酸素ガス通気を開始した。この操作により、酸化反応が開始する。この反応中、反応液のpHが5.5付近になるように6N NaOH又は1N 硫酸を自動添加した。具体的には、反応前半は6N NaOHを自動添加し、反応後半は1N 硫酸を自動添加した。40分で反応終了とし、通気を止めた。培養槽内を窒素雰囲気とし、弱アルカリ性条件(pH7〜9)で18時間弱く撹拌を続け、ドーパクロムから5,6-ジヒドロキシインドールを生成した。その後、反応液をUF膜を用いて除菌、除タンパク処理した。
【0102】
以上の操作により、除菌、除タンパク済みのメラニン前駆体溶液28.95 kgを得た。得られたメラニン前駆体溶液は、ステンレス製の加圧対応型タンクに入れ、窒素ガスで気相部を置換した上で、約0.1MPaに加圧して、常温で保管した。
得られたメラニン前駆体含有溶液の5,6-ジヒドロキシインドール濃度は17 mM(0.26重量%)であった。
【0103】
(工程B)
工程Aで得られたメラニン前駆体含有水溶液を全量、遠心式薄膜濃縮装置(エバポール・ラボ(登録商標)、大川原製作所株式会社製)で濃縮した。
【0104】
運転条件:加熱温度85℃、蒸発温度40℃、循環液量約200 L/h、蒸発速度30〜40L/h
濃縮液が4.4 kgになったところで濃縮を終了した。濃縮メラニン前駆体含有水溶液は、ステンレス製の加圧対応型ステンレスタンクに入れ、窒素ガスで気相部を置換した上で、約0.1 MPaに加圧して、常温で保管した。濃縮メラニン前駆体含有水溶液に含まれる5,6-ジヒドロキシインドール濃度は107 mM(1.6重量%)であった。
【0105】
(工程C)
工程Cで得られた濃縮メラニン前駆体含有水溶液4.4 kgに、予め脱気したエタノールを1.5 kg添加し(添加後のエタノール濃度25重量%)、引き続き窒素で約0.1 MPaに加圧したステンレスタンク内で保管した。
【0106】
ステンレスタンク内部の様子を観察するため、内容物の一部を窒素置換した180 mL容のガラス瓶に取り出して密栓した。室温では不溶物が観察されなかったが、4℃冷蔵庫で1日保管したところ、不溶物が生じていることが観察された。
【0107】
(工程D)
エタノール添加済みの濃縮メラニン前駆体溶液を入れた加圧ステンレスタンクを室温から、4℃の低温室へ移動した。同じ低温室内に酸素濃度計とろ過装置を設置した。ろ過は、図2に示す直径265 mmのディスク型の濾布ろ過器で行った。このろ過器は、窒素加圧によりエタノール添加済みの濃縮メラニン前駆体溶液をろ過器へ送り込み、透過液を別の窒素置換済みステンレスタンクで受ける構造であった。ろ過助剤として珪藻土を用い、メラニン前駆体の酸化防止のため事前に脱気水をろ過器内へ送り込み系内の空気を除去する前述する脱酸素処理を行った。
【0108】
上記の操作により、透過液6.1 kgが得られた。この透過液に、脱気水0.9 kgを添加し、染料溶液7.0 kgを完成させた。
【0109】
染料溶液に含まれる5,6-ジヒドロキシインドール濃度は68 mM(1.0重量%)、エタノール濃度は20重量%であった。
【0110】
試験例1.染料溶液の染色性能
実施例の染料溶液(イ)と、実施例の染料溶液に3倍量の脱気した20重量%エタノール溶液を加えた希釈染料溶液(ロ)について、染色性を評価した。
【0111】
評価方法:空気中にてシャーレに長さ3 cm程度に切断した被染色物を数本入れ、そこへ保管容器から出した染料溶液約5 mLを加える。10分後に被染色物をシャーレから引き上げ、空気中に10分間放置する。その後、被染色物に付着した染料溶液を水でよく洗い流し、乾燥させた後、黒色に染色されたかどうか目視にて確認した。結果を以下の表に示す。尚、表中+++は最も優れた「優」を示し、++は次に優れた「良」を示し、+はその次に優れた「可」を示す。
【0112】
【表1】

【0113】
この結果より、染料溶液(イ)は、強い染色性能を有していた。希釈した染料溶液(ロ)も染色性能を有するが、短時間で確実に染めるためには(イ)が優れている。
【0114】
なお、(ロ)の5,6-ジヒドロキシインドール濃度は濃縮工程実施前の5,6-ジヒドロキシインドール濃度とほぼ一致させてある。
【0115】
試験例2.染料溶液の菌数経過
実施例の方法に従って製造されたロットの異なる染料溶液(試料Aと試料B)各約1.5kgを、5L容の加圧対応型ステンレス(SUS304)製の気密容器に収容し、以下の表に示す日数の間、室温で保管した。その語、上記(VI)の方法に従って菌数を測定した。
【0116】
なお、5L容のステンレス製の気密容器は、水で洗浄した後、室内に約1週間放置されていたものを窒素置換してから使用した。検出された細菌の種類は特定されていないが、検鏡では桿菌と球菌であった。結果を以下の表に示す。
【0117】
【表2】

【0118】
菌数は、平板培地1枚当たり生じたコロニー数である(試料0.1 mLから生じたコロニー数)。上記表の結果から、製造直後に検出された菌が時間経過とともに減少していくことが確認され、この結果からメラニン前駆体を含むエタノール含有水溶液は防腐効果を有することが確認された。
【0119】
エタノール濃度が高い程、高い防腐効果が得られる反面、無機塩類の溶解度が低下し、低温保管時の不溶物析出の可能性が高まると共に、濃縮工程における濃縮倍率を高める必要があるため経済的に劣る。上記結果から、20重量%エタノールで十分な防腐作用が得られたので、それ以上エタノール濃度を高める必要は無いと判断できる。
【0120】
試験例3.染料溶液のステンレス容器を用いた保管試験
実施例の方法に従って製造されたロットの異なる染料溶液(試料Cと試料D)それぞれ2本ずつ、1本当たり約1.5kgを5L容の加圧対応型ステンレス(SUS304)製の気密容器に収容し、0.1MPaに加圧した。1本は40℃で保管、もう1本は4℃で保管した。3ヶ月後に開封し、ステンレス製の気密容器の腐食の有無と、不溶物の有無を観察した。不溶物の有無は、開封直後に保管温度と同じ温度のガラス製ビーカーで染料容液を採取し、この溶液中の不溶物を目視で確認した。腐食の有無は、ガラス製ビーカーで染料溶液を採取した後の容器内の腐食を目視により確認した。結果を以下の表に示す。
【0121】
【表3】

【0122】
この結果から、本発明の製造方法により得られるメラニン前駆体を含むエタノール含有水溶液は、金属を腐食させる危険性が少なく、且つ不溶物が析出しないことが分かる。
【0123】
試験例4. 染料溶液中の塩化物イオン濃度
実施例の方法に従って製造されたロットの異なる染料溶液9点について、塩化物イオン濃度を測定した。結果を図4に示す。
【0124】
工程BのpH調節剤として塩酸を使用した場合には、染料溶液中の塩化物イオン濃度が3000〜5000 ppmに達するのと比較して、pH調節剤として硫酸を使用することで塩化物イオン濃度が著しく低下していることが分かる。
【0125】
製造工程中で意図的に加えている薬剤中に塩化物イオンは含まれていないため、検出された塩化物イオンは工程Bで使用した微生物懸濁液、あるいは、タンク、配管、濾布等の製造設備に付着していたものと考えられる。
【0126】
参考例1. 5,6-ジヒドロキシインドールの酸化について
実施例と同じ手順で工程Bまで製造を行い、濃縮メラニン前駆体含有水溶液を調製した。その濃縮メラニン前駆体含有水溶液を1.0 kg用いて、実施例に準じた手順で工程Cと工程Dを行った。その際、エタノールは脱気しないものを添加し、ろ過装置の脱気も行わなかった。その結果、工程Cと工程Dを合わせた5,6-ジヒドロキシインドールの回収率は80%であった。
【0127】
実施例において、工程Cと工程Dを合わせた5,6-ジヒドロキシインドールの回収率はほぼ100%であることから、エタノールの脱気とろ過装置の脱気は、5,6-ジヒドロキシインドールの酸化による損失防止に極めて有効だと分かる。
【0128】
参考例2. 5,6-ジヒドロキシインドールの濃度について
実施例の工程Aに準じた手順で、以下の表に示す配合の反応液で条件1〜6の反応試験を行った。使用した反応装置は10L培養槽で、反応液量は4Lであった。
【0129】
【表4】

【0130】
ドーパクロムの最高蓄積濃度と、その時点における投入DOPA物質量に対するドーパクロムの物質量割合(モル収率)を以下の表に示す。下記の結果から、基質DOPA添加量を増やすと、著しくモル収率が低下し、生産性が低下することが分かる。
【0131】
【表5】

【0132】
ドーパクロム濃度の経時的変化を図5のグラフに示す。投入DOPAが増加すると、一時的に高濃度ドーパクロムが得られるものの、極めて短時間のうちに減少している。工業的に製造を行うことを考慮すると、数分間しか安定でない成分の回収策を講じることは困難である。自ずと、適正なDOPA添加量の範囲が定まり、前述する10〜60 mMが好ましい濃度と言える。しかし、67 mMドーパクロムを得ることができれば、67 mM(1重量%濃度に相当する)5,6-ジヒドロキシインドールに変換することが可能であるが、適正なDOPA添加量(10〜60 mM)では、染料溶液中での好ましい濃度である1重量%の5,6-ジヒドロキシインドールを得ることはできない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
DOPA(3-(3,4-ジヒドロキシフェニル)アラニン)及びこれらの類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の基質化合物の酵素酸化反応により製造されたメラニン前駆体、及びエタノールを含有する染料溶液であって、塩化物イオン濃度が300 ppm以下であることを特徴とする染料溶液。
【請求項2】
メラニン前駆体濃度が0.9〜1.1重量%である、請求項1に記載の染料溶液。
【請求項3】
メラニン前駆体が5,6-ジヒドロキシインドールである、請求項1又は2に記載の染料溶液。
【請求項4】
さらにエタノールの濃度が19〜21重量%である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の染料溶液。
【請求項5】
少なくとも以下の工程を含むことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の染料溶液の製造方法:
(A)酸化酵素溶液又は酸化酵素を産生し得る微生物懸濁液と、DOPA及びこれらの類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の基質化合物を反応させてメラニン前駆体を生成する工程、
(B)工程Aで得られたメラニン前駆体含有水溶液を、脱酸素下で真空薄膜濃縮法により濃縮する工程、
(C)工程Bで得られた濃縮メラニン前駆体含有水溶液に、予め脱気したエタノールを添加し、メラニン前駆体を含むエタノール含有水溶液を調製する工程、及び
(D)工程Cで得られたメラニン前駆体を含むエタノール含有水溶液を脱酸素下で固液分離処理を行い、不溶物を除去する工程。
【請求項6】
前記酸化酵素がカテコールオキシダーゼ活性を有する酵素である、請求項5に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−46849(P2011−46849A)
【公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−197413(P2009−197413)
【出願日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【出願人】(000165251)月桂冠株式会社 (88)
【Fターム(参考)】