説明

モータビルトイン方式の主軸装置

【課題】ロータの発熱による回転軸や軸受の温度上昇を抑制することができ、加工精度を向上することができるモータビルトイン方式の主軸装置を提供する。
【解決手段】モータビルトイン方式の主軸装置10において、回転軸12は、金属材料からなる第1円筒部材71と、第1円筒部材71の外周面に配置され、外周面にロータ20が嵌合する、炭素繊維複合材料からなる第2円筒部材72と、第2円筒部材72の外周面に配置され、外周面に前側又は後側軸受50,60の内輪52,62が嵌合する、金属材料からなる第3円筒部材73,74と、を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータビルトイン方式の主軸装置に関し、特に、多軸制御の工作機械等に適用され、dmnが100万以上の高速回転可能なモータビルトイン方式の主軸装置に関する。
【背景技術】
【0002】
工作機械等に適用される主軸装置の回転軸は、高速回転を行いながら、加工荷重を受けるため、加工荷重に対する剛性、あるいは、高速回転時の遠心力に対する変形抑制特性などを維持することが必要であり、その材質としては、金属が主に使用される。また、回転軸は、工具を交換して使用することから、耐摩耗性や硬さも必要である。このため、その金属の物性に応じて、固有値や熱膨張に限界があり、回転速度や加減速時間も限られている。
【0003】
特許文献1に記載の工作機械では、回転軸に繊維強化複合材料を用いた横中ぐり盤が記載されている。この横中ぐり盤では、回転しながら、スリーブ内で軸方向に移動する回転軸が開示されており、軽量化・熱膨張の低減化を図るとともに、回転軸として要求される耐衝撃性、表面硬度、機械的加工による強度の観点から、回転軸の必要箇所に金属やセラミックを設けている。
【0004】
また、特許文献2に記載の主軸装置では、回転軸を空気軸受によって回転可能に支持するとともに、回転軸の外周面に繊維層を形成して、回転軸の膨張を抑えるとともに、剛性を向上することが記載されている。さらに、特許文献3に記載の主軸装置では、回転軸の転がり軸受が取り付けられる外周面の両側に溝を形成して、溝内に炭素繊維層を形成することで、遠心力による膨張を抑制することが記載されている。特許文献4に記載の工具ホルダでは、テーパ部とフランジ部と工具保持部とが一体に形成され、工具保持部に形成されたテーパ穴に工具に装着されたコレットを挿入し、工具保持部の外周に形成されたねじに螺合するナットを締め付けて、工具を固定するようにしており、ナットの外周面に炭素繊維層を巻き付けてナットの変形を防止するものが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平2−167602号公報
【特許文献2】特開平7−51903号公報
【特許文献3】特開平6−226506号公報(第3図)
【特許文献4】特開平6−218608号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、高速回転可能な主軸装置として、回転軸を支持する前側軸受と後側軸受との間に、モータが内蔵されたモータビルトイン方式のものが使用されている。このため、回転軸に外嵌されるロータが発熱すると、この熱が回転軸に伝わって、回転軸が膨張してしまい、加工精度に影響する可能性があった。また、回転軸に伝わった熱は、軸受の内輪にも伝わり、内輪が温度上昇して、内外輪で温度差が生じるため、軸受の予圧が過大となり、転がり接触部のPV値が上昇し、焼き付きなどの不具合が発生する虞がある。
【0007】
通常、主軸装置全体の昇温による熱変位を抑えるため、ハウジング内のステータや軸受外径部近傍に冷却油を循環させる方法が用いられているが、冷却効果は回転軸には影響しにくく、回転軸の温度がハウジングの温度よりも高くなるという不均衡が生じる。このような不均衡状態により、軸方向熱膨張差が生じると、固定側の前側軸受と自由側の後側軸受の相対位置が変動し、後側軸受のスライド不具合が生じた場合には、軸受間の突っ張りによる異常荷重が発生し、軸受の焼付きなどの損傷につながる。
【0008】
特許文献1〜4に記載の主軸装置では、モータビルトイン式のものについて記載されておらず、上記課題を認識するものではない。
【0009】
本発明は、上述した事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、ロータの発熱による回転軸や軸受の温度上昇を抑制することができ、加工精度を向上することができるモータビルトイン方式の主軸装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の上記目的は、下記の構成により達成される。
(1) 回転軸と、
前記回転軸をハウジングに対して回転自在にそれぞれ支持する前側及び後側軸受と、
該前側及び後側軸受との間で前記回転軸に外嵌されるロータと、該ロータの周囲に配置されるステータと、を有するモータと、
を備えるモータビルトイン方式の主軸装置であって、
前記回転軸は、
金属材料からなる第1円筒部材と、
該第1円筒部材の外周面に配置され、外周面に前記ロータが嵌合し、前記第1円筒部材の金属材料より比弾性率が大きく、且つ線膨張係数が小さい材料からなる第2円筒部材と、
該第2円筒部材の前記ロータが嵌合する外周面から軸方向に離間した位置の外周面に配置され、外周面に前記前側又は後側軸受の内輪が嵌合し、金属材料からなる第3円筒部材と、
を有することを特徴とするモータビルトイン方式の主軸装置。
(2) 前記第2円筒部材は、前記第3円筒部材が配置される外周面が小径となるように段差部を有し、
前記第3円筒部材は、前記段差部の軸方向側面と前記内輪の軸方向端面との間に挟持されるフランジ部を有することを特徴とする(1)に記載のモータビルトイン方式の主軸装置。
(3) 前記第3円筒部材は、前記第2円筒部材の外周面に嵌合する薄肉スリーブであることを特徴とする(1)又は(2)に記載のモータビルトイン方式の主軸装置。
(4) 前記第3円筒部材は、前記第2円筒部材の外周面に電気的又は化学的手法により結合させた薄膜部材であることを特徴とする(1)又は(2)に記載のモータビルトイン方式の主軸装置。
(5) 前記第3円筒部材は、前記前側軸受と前記後側軸受の各内輪がそれぞれ嵌合する二つの第3円筒部材を有することを特徴とする(1)〜(4)のいずれかに記載のモータビルトイン方式の主軸装置。
(6) 前記第2円筒部材は、炭素繊維複合材料であることを特徴とする(1)〜(5)のいずれかに記載のモータビルトイン方式の主軸装置。
【発明の効果】
【0011】
本発明のモータビルトイン方式の主軸装置によれば、回転軸は、金属材料からなる第1円筒部材と、第1円筒部材の外周面に配置され、外周面に前記ロータが嵌合し、第1円筒部材の金属材料より比弾性率が大きく、且つ線膨張係数が小さく、熱伝導率が低い材料からなる第2円筒部材と、第2円筒部材のロータが嵌合する外周面から軸方向に離間した位置の外周面に配置され、外周面に前側又は後側軸受の内輪が嵌合し、金属材料からなる第3円筒部材と、を有する。したがって、第2円筒部材によって、ロータの発熱による回転軸や軸受の温度上昇を抑制することができ、加工精度を向上することができる。また、第3円筒部材と軸受の内輪との表面硬度を同等とすることができ、両者間のしめしろ嵌合を容易に行うことができ、且つ、軸受を交換するときに、嵌め合い面にかじりや傷などの不具合の発生を抑えることができる。加えて、第3円筒部材と軸受内輪内周面の嵌合部(嵌合部円周方向全面が伝熱面積となる)より軸受の発熱分を内輪間座を介して、前側軸受ナットや第1円筒部材に伝えることができる。つまり、軸受内輪で熱が停滞し、軸受内外輪温度差によって予圧過大となり、焼付きなどの不具合が発生するのを抑止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の一実施形態に係る主軸装置の断面図である。
【図2】回転軸の第1円筒部材と第2円筒部材との結合方法を説明するための断面図である。
【図3】本発明の変形例に係る主軸装置の断面図である。
【図4】本発明の他の変形例に係る主軸装置の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の一実施形態に係る主軸装置について図面に基づいて詳細に説明する。
【0014】
(第1実施形態)
図1に示すように、主軸装置10は、モータビルトイン方式であり、その軸方向中心部には、中空状の回転軸12が設けられ、回転軸12の軸芯には、ドローバー13が摺動自在に挿嵌されている。ドローバー13は、工具ホルダ14を固定するコレット部15を、皿ばね17の力によって反工具側方向(図の右方向)に付勢しており、工具ホルダ14は、回転軸12のテーパ面18と嵌合する。工具ホルダ14には工具(図示せず。)が取り付けられており、この結果、回転軸12は、一端(図の左側)に工具をクランプして、工具を取り付け可能としている。
【0015】
また、回転軸12は、その工具側を支承する2列の前側軸受50,50と、反工具側を支承する2列の後側軸受60,60とによって、ハウジングHに回転自在に支持されている。なお、ハウジングHは、工具側から順に、フロントカバー40、前側軸受外輪押さえ29、外筒19、後側ハウジング24及び後蓋26によって構成されている。
【0016】
前側軸受50,50と後側軸受60,60間における回転軸12の外周面には、ロータ20が焼き嵌めにより外嵌されている。また、ロータ20の周囲に配置されるステータ22は、ステータ22に焼き嵌めされた冷却ジャケット23をハウジングHを構成する外筒19に内嵌することで、外筒19に固定される。従って、ロータ20とステータ22はモータを構成し、ステータ22に電力を供給することでロータ20に回転力を発生させ、回転軸12を回転させる。
【0017】
各前側軸受50は、外輪51と、内輪52と、接触角を持って配置される転動体としての玉53と、図示しない保持器と、をそれぞれ有するアンギュラ玉軸受であり、各後側軸受60は、外輪61と、内輪62と、転動体としての玉63と、図示しない保持器と、を有するアンギュラ玉軸受である。前側軸受50,50(並列組合せ)と後側軸受60,60(並列組合せ)とは、互いに協働して背面組み合わせとなるように配置されている。
【0018】
前側軸受50,50の外輪51,51は、外筒19に内嵌されており、且つ外筒19にボルト締結された前側軸受外輪押え29によって外輪間座30を介して外筒19に対し軸方向に位置決め固定されている。また、前側軸受50,50の内輪52,52は、回転軸12に外嵌されており、且つ回転軸12に締結されたナット31によって内輪間座32を介して回転軸12に対し軸方向に位置決め固定されている。
【0019】
後側軸受60,60の外輪61,61は後側ハウジング24の内側に後側ハウジング24に対して軸方向に摺動自在の状態とされたスリーブ25に内嵌されており、且つスリーブ25にボルト締結された後側軸受外輪押え33によって外輪間座34を介してスリーブ25に対し軸方向に位置決め固定されている。後側ハウジング24と後側軸受外輪押え33との間には、後側軸受外輪押え33を後端側に付勢するコイルばね38が介装されており、後側軸受外輪押え33、スリーブ25、外輪61,61、及び外輪間座34が一体となって後端側に移動し、各外輪61,61が軸方向に押圧されて、コイルばね38の付勢力に応じた定圧予圧が付与されるようになっている。後側軸受60,60の内輪62,62は、回転軸12に外嵌されており、回転軸12に締結された他のナット35によって、内輪間座36及び速度センサの被検出部37を介して位置決め固定されている。
【0020】
ここで、回転軸12は、高張力鋼や炭素鋼などの金属材料からなる第1円筒部材71と、第1円筒部材71の外周面に配置され、外周面にロータ20が嵌合する、炭素繊維複合材料(CFRP)からなる第2円筒部材72と、第2円筒部材72の外周面に配置され、外周面に前側軸受50,50の内輪52,52、及び後側軸受60,60の内輪62,62がそれぞれ嵌合する、金属材料からなる二つの第3円筒部73、74と、を有する。
【0021】
第1円筒部材71は、第2円筒部材72より長く形成されており、第2円筒部材72が配置される小径部71aと、前側軸受50,50の内輪52,52の軸方向位置を規制するナット31が締め付けられる雄ねじ部71bを有する大径部71cと、を有する。また、第2円筒部材72から延出した小径部71aの反工具側端部には、後側軸受60,60の内輪62,62の軸方向位置を規制する他のナット35が締め付けられる雄ねじ部71dが形成される。第1円筒部材71の内部には、軸方向に移動するコレット部15やドローバー13や皿ばね17が収容されており、第1円筒部材71の内周面には、コレット部15やドローバー13や皿ばね17を摺動自在に案内する複数の摺接面71e,71f,71gが形成され、工具側の内周面には、工具ホルダ14が取り付けられるテーパ面18が形成される。
【0022】
また、第2円筒部材72は、外周面にロータ20が嵌合する軸方向中間部に対して軸方向に離間した位置である前方部分及び後方部分において、第3円筒部材73,74が配置される外周面が小径となるように段差部72a,72bを有する。そして、第3円筒部材73,74は、段差部72aより前方及び段差部72bより後方の小径となった外周面にそのスリーブ部分73a,74aを嵌合させるとともに、スリーブ部分73a,74aの反ナット側端部から径方向外方に延出するフランジ部73b,74bを、段差部72a,72bの軸方向側面と内輪52,62の軸方向端面との間に挟持させている。
なお、フランジ部74bの外径は、ロータ20を第2円筒部材72に嵌合する際に干渉しないように、ロータ20が嵌合する外周面の外径以下に設定されている。
【0023】
第2円筒部材72を構成する炭素繊維複合材料は、第1円筒部材71を構成する金属材料より比弾性率が高く、比重が小さく、線膨張係数が小さいものが使用される。特に、炭素繊維複合材料の比弾性率は、回転軸12の遠心力による膨張を適正な値に抑制するため、好ましくは、使用される金属材料の2倍以上、より好ましくは3倍以上とする。炭素繊維複合材料は、繊維方向により異方性であるが、かかる荷重の方向に合わせて、成形時に繊維方向を決定する。また、繊維方向を交差させることで、等方性にして使用してもよい。さらに、円周方向の比弾性率が大きくなるように、繊維方向を決定してもよい。
【0024】
第2円筒部材72と第1円筒部材71との結合方法は、別々に形成されたものを締まり嵌めや接着により結合してもよく、あるいは、一体成形であってもよい。さらには、図2に示すように、十分な回転トルクを伝達するため、第2円筒部材72と第1円筒部材71との間にキー80を挿入したり、スプライン嵌合としてもよい。
【0025】
また、径方向外側に位置する第2円筒部材72を構成する炭素繊維複合材料は、内側に位置する第1円筒部材71を構成する金属材料より比弾性率が高く、比重が小さく、且つ、線膨張係数が小さいので、遠心力作用、温度変化によっても両者の嵌合部にすきまが生じることはなく、回転中の振動が大きくなったり、剛性が低下するなどの不具合が生じることがない。
【0026】
例えば、第2円筒部材72を構成する炭素繊維複合材料は、PAN(ポリアクリルニトリル)を主原料とした炭素繊維からなる糸を平行に引きそろえたものや、炭素繊維からなる糸で形成した織物(シート状)に、硬化剤を含むエポキシ樹脂などの熱硬化樹脂を含浸させてなるシートを多数層重ね合わせて、芯金などに巻きつけ、加熱硬化させることで製造される。
【0027】
炭素繊維複合材料の特性としては、例えば、東邦テナックス社の炭素繊維タイプ:HTAを使用すると引張強度2060MPa、引張弾性率137GPa、比重1.55g/ccであり、従来の高張力鋼などと比べて、引張強度は同等以上であり、比重は1/5程度になる。また、熱膨張率も、繊維方向・角度を最適化することにより、−5〜+5×10−6(K−1)にすることができるので、従来の炭素鋼に比べて1/2〜1/10程度にすることができる。
【0028】
また、ロータ20と第2円筒部材72とは、焼きばめによるしめしろを持って嵌合される。遠心力によって、嵌め合い部分でのしめしろが減少すると、ねじりトルクによる回転すべりが発生してしまい、さらに、すきまとなった場合には、主軸の振動が大きくなったり、加工不良が生じる可能性がある。
【0029】
このため、しめしろは、遠心力によるしめしろの減少を考慮して予め余分に設定される。例えば、遠心力によるしめしろの減少を考慮し、しめしろは、(ロータ20の内径の遠心膨張量−第2円筒部材72の外径の遠心膨張量)と同一のすきまか、或いは、それ以上に設定する。具体的には、炭素繊維複合材料の成型時の巻き付け角度を適切な値、例えば、「比弾性率=E(縦弾性係数)/ρ(密度)」が適正な値となるようにしたり、ロータ20の半径方向肉厚と炭素繊維複合材料の半径方向肉厚を適正な比や値となるようにしたり、ロータ材質と炭素繊維複合材料の選定(繊維径や結合樹脂材料の選定)などを行うことで設定される。また、これらの方法を組み合わせたり、さらに、その他の遠心膨張に影響する因子が適正な値となるようにして設定してもよい。
【0030】
加えて、成型時の巻き付け角度により、炭素繊維複合材料の線膨張係数がロータ20のものより小さく設定されると、ロータ20の温度上昇によりしめしろが減少し、すきまとなることも考えられる。このため、しめしろは、(上述した遠心膨張量分+温度上昇によるしめしろの減少分)と同一の大きさか、或いは、それ以上に設定することが好ましい。
【0031】
或いは、ロータ20の第2円筒部材72との間に金属製のスリーブ(図示せず)を介装してもよく、または、特許文献1に記載されたように、炭素繊維複合材料の外周面に金属メッキやセラミックを溶射するようにしてもよい。
【0032】
また、しめしろを持った嵌合の他、ロータ20と第2円筒部材72との少なくとも一部に、スプラインやキーを形成し、炭素繊維複合材料を一体成型するようにしてもよい。
【0033】
また、第3円筒部材73,74は、第2円筒部材72の外周面に嵌合する薄肉スリーブであり、高張力鋼や炭素鋼など、表面硬度が第1円筒部材71と同等となる金属材料が選定されることが好ましい。このような薄肉スリーブからなる第3円筒部材73,74は、焼き嵌めによって第2円筒部材72の外周面にかぶせることで、または、軽度なしめしろと接着とを併用することで、第2円筒部材72の外周面に結合される。そして、第3円筒部材73,74の外周面には、前側軸受50,50の内輪52,52、後側軸受60,60の内輪62,62が、しめしろにて嵌合される。
【0034】
なお、第1円筒部材71と結合された炭素繊維複合材料からなる第2円筒部材72の外周面は、第3円筒部材73,74との適正な嵌め合いを確保するために、仕上加工が施されており、また、金属材料からなる第3円筒部材73,74の外周面も、各内輪52,62との適正な嵌め合いを確保するために、仕上加工が施されている。
【0035】
ところで、第2円筒部材72を構成する炭素繊維複合材料は、比弾性率においては金属材料に優れるものの、表面硬度は母材となる樹脂材料に依存しやすく、比較的軟らかい。また、回転軸12と各内輪52,62との間の嵌め合いは、主軸の高剛性化や軸の回転精度を向上させるため、少なくともすきま0以上のしめしろ嵌合とする必要がある。
【0036】
使用回転数が比較的低い主軸では、しめしろの値は小さくても問題はないが、高速回転で使用される主軸の場合、遠心力による内輪52,62の膨張が回転軸12に比べて大きくなる。このため、しめしろが小さいとすきまが大きくなり、回転軸の振動やフレッチングなどの不具合が発生することから、しめしろを大きくする必要がある。このような条件において、炭素繊維複合材料と内輪とを局所的(内輪の軸方向幅部分のみ)にしめしろ嵌合させた場合、両者間の接触面圧が局部的に増加し、炭素繊維複合材料の表面のつぶれや変形などで、嵌め合い部でうまく接合できない可能性がある。
【0037】
一方、本実施形態のように、第3円筒部材73,74を用いることで、炭素繊維複合材料(第2円筒部材72)と第3円筒部材73,74とは軸方向で広範囲に結合することができ、また、薄肉スリーブとすることで、仮に大きなしめしろで炭素繊維複合材料と嵌合しても、第3円筒部材73,74側の弾性変形も見込めるため、両者間の接触面圧を軽減することができる。なお、大きなしめしろ嵌合とする代わりに、小さなしめしろ嵌合として両者を接着接合すれば、接触面圧が大きくなることはない。
【0038】
その後、さらに、第3円筒部材73,74の外周面に内輪52,62を大きなしめしろで嵌合させた場合にも直接炭素繊維複合材料の表面に局部的な面圧を与えず、第3円筒部材73,74を介して荷重が作用し、嵌め合いによる圧縮力が分散される。このような緩衝作用により、炭素繊維複合材料の表面につぶれや変形などが生じることがない。
【0039】
また、内輪と炭素繊維複合材料とは線膨張係数が異なるので、回転増加に伴い、主軸の温度が上昇すると遠心力効果と同様に嵌め合い部のすきまが変化する。したがって、これらの条件を考慮し、運転中(例えば、対象とする主軸の最高回転時)の第3円筒部材73,74と内輪52,62との間の嵌め合いすきまが0〜しめしろ側となるように組み込み時の嵌め合いを設定することが望ましい。
【0040】
また、定期的なメンテナンスや突発的な軸受不具合等で軸受を交換する場合には、内輪52,62は金属材料からなる第3円筒部材73,74から引き抜かれる。この引き抜きの構造は、金属材料の回転軸に内輪が嵌合する従来構造と同様であるので、問題はない。
【0041】
さらに、上述したように、第3円筒部材73,74にはフランジ部73b,74bが設けられているので、反対側のナット31,35及び内輪間座32,36と共に、軸受50,60の内輪端部の軸方向固定を金属間結合とすることができる。炭素繊維複合材料は母材として合成樹脂材料を用いているので、内輪52,62と炭素繊維複合材料とをある荷重で密着結合させた場合、内輪端部と炭素繊維複合材料の接触部間の弾性変形は大きくなる傾向があり、ナット31,35による締め付け結合が弱くなる可能性がある。即ち、剛性重視で、極度に締め付け力を上げると、炭素繊維複合材料に割れや欠けなどの破損が生じる懸念がある。一方、切削精度を確保するためには、軸方向の変形剛性が必要となる。このため、第3円筒部材73,74にフランジ部73b,74bを設けることによってこれらの問題を解決することができる。
なお、炭素繊維複合材料の表面硬度が比較的高い場合は、フランジ部73b,74bを設けずに、内輪52,62の軸方向端面と第2円筒部材72の段差部72a,72bの軸方向端面とを直接接合させてもよい。
また、スリーブ部分73a,74aとフランジ部73b、74bとは、別部材によって構成されてもよい。
【0042】
このように本実施形態の主軸装置10によれば、第2円筒部材72に使用される炭素繊維複合材料は熱伝導率が小さいので、ロータ20が第2円筒部材72に外嵌することで、ロータ20の発熱が回転軸12を介して前側及び後側軸受50,60の内輪52,62に伝わり難くなり、内外輪51,52,61,62での温度差が抑えられ、適正な予圧が維持される。また、線膨張係数が小さいゆえ、回転軸12自体の膨張も抑制されるので、良好な加工精度を得る事ができる。
【0043】
また、回転軸12は、第2円筒部材72の内側に、金属材料からなる第1円筒部材71とを備えるので、ドローバー13の摺接面71fや工具ホルダ14が取り付けられるテーパ面18が第1円筒部材71によって構成され、特定部位における耐摩耗性も確保することができる。
【0044】
さらに、ロータ20は、第2円筒部材72にしめしろを持って嵌合しているので、遠心力やロータ20の温度上昇が発生してもすきまになることが抑制され、ロータ20の回転すべりや、回転軸12の振動が増大するのを抑えることができる。
【0045】
また、第1円筒部材71は、第2円筒部材72が配置される小径部71aと、前側軸受50の軸方向位置を規制するナット31が締め付けられる雄ねじ部71bを有する大径部71cと、を有するので、ナット31を雄ねじ部72bに確実に締結することができる。
また、前側軸受50,50の内輪52,52自身の発熱は、内輪間座32やナット31から第1円筒部材71を介して工具ホルダ14などの金属部材に伝達されるので、内輪52,52の温度上昇を抑えることができる。
【0046】
また、モータビルトイン方式の主軸装置においては、前側軸受50と後側軸受60との距離が長くなり、回転軸のラジアル方向の固有振動数が小さくなりやすい。工作機械の主軸装置の場合、特定の回転数での使用ではなく、加工物や加工条件に応じて、最高回転数までの全ての領域で使用される可能性があり、少なくとも回転軸系の固有振動数は最高回転での周波数より大きくしないと、共振作用により加工ができない、あるいは、共振域での回転軸12の異常振動が発生する虞がある。本実施形態では、金属材料と比較して比弾性率が大きい炭素繊維複合材料を使用するので、同一軸受スパンの場合、回転軸系の固有振動数(特に、ラジアル方向の固有振動数)を高くすることができ、主軸装置の最高回転数の増加が図られ、加工回転領域が広くできる。
【0047】
また、炭素繊維複合材料は、金属材料に比べて振動減衰性に優れるので、回転軸12の動剛性の向上が図れ、その結果、過酷な加工条件や仕上げ加工におけるびびり振動が発生しにくく、加工面粗さが良くなり、加工面の品位や光沢度の向上、並びに加工精度が安定する。
【0048】
さらに、主軸装置の加工時間や減速時間は、回転イナーシャJの大きさに依存する。ここで、中空円筒の回転イナーシャは以下の計算式によって与えられ、直径の4乗と比例した関係にある。
J=(D−d)・L・η・π/32
ここで、Dは中空円筒の外径、dは中空円筒の内径、Lは中空円筒の軸方向長さ、ηは比重を表している。
【0049】
従って、主軸装置の主要構成部材の中で大きな重量比を占める回転軸12として、比重が小さい炭素繊維複合材料を適用することで、回転軸12全体の重量が下がり、また、回転中心から離れた第2円筒部材72に炭素繊維複合材料を適用しているので、回転イナーシャが小さくでき、主軸装置の加工時間、減速時間が大幅に短くなり、加工工具交換時間の短縮化が図れ、高効率加工が可能となる。
【0050】
また、金属材料が内径側あるいは両端側に存在することで、回転軸の外径、内径仕上げ研削の基準面が確保され、高精度に仕上げ研削ができる。炭素繊維複合材料に基準面を設けると、摩耗や変形などが発生しやすく、高速主軸に必要な同軸度、真円度などが確保しにくい。同軸度、真円度が悪いと、アンバランスが大きく、高速回転時の振動発生、加工精度不良となる。
【0051】
さらに、本実施形態によれば、第2円筒部材72のロータ20が嵌合する外周面から軸方向に離間した位置の外周面には、外周面に前側及び後側軸受50,60の内輪52,62がそれぞれ嵌合する、金属材料からなる第3円筒部材73,74が配置されるので、第3円筒部材73,74と軸受50,60の内輪52,62の表面硬度を同等とすることができ、両者間のしめしろ嵌合を容易に行うことができ、且つ、軸受50,60を交換するときに、嵌め合い面にかじりや傷などの不具合の発生を抑えることができる。
【0052】
加えて、第3円筒部材73,74と軸受内輪52,62の内周面の嵌合部(嵌合部円周方向全面が伝熱面積となる)より軸受の発熱分を内輪間座32,36を介して、前側軸受ナット31や第1円筒部材71に伝えることができる。つまり、軸受内輪52,62で熱が停滞し、軸受内外輪温度差によって予圧過大となり、焼付きなどの不具合が発生するのを抑止することができる。
【0053】
また、第3円筒部材73,74は、第2円筒部材72の段差部72a,72bの軸方向側面と内輪52,62の軸方向端面との間に挟持されるフランジ部73b、74bを有するので、反対側のナット31,35を強く締め付けた場合でも、第2円筒部材72の割れや欠けなどの破損が生じることなく、軸受50,60の内輪端部の軸方向固定を行うことができる。
【0054】
なお、本実施形態では、第3円筒部材73,74は、第2円筒部材72の外周面に嵌合する薄肉スリーブとしたが、第3円筒部材73,74は、第2円筒部材72の外周面に電気的又は化学的手法により結合させた薄膜部材であってもよい。例えば、以下のような金属めっき等を用いると、強固な被膜が形成できる。例えば、第2円筒部材72の表面(即ち、外周面及び段差部72a,72bにおける軸方向端面)に、溶射のための下地処理層、金属溶射処理層、中間メッキ層及び最外メッキ層を、内側から順次形成することで、強固に結合する金属メッキ層が得られる。
【0055】
ここで、下地処理層とは、例えば、熱伝導率が0.001cal・cm−1・sec−1・deg−1以上で、λ・S≧0.05(λ:熱伝導率、S:m/gで表される表面積)を満足する扁平状でない無機フィラー、あるいは表面が複雑な凹凸を有する無機フィラーなどの特殊形状の金属または無機粉を熱硬化型樹脂と配合して炭素繊維複合材料表面に塗布し、熱硬化させて形成される。また、金属溶射処理層の材質はCu、Ni、Al、Feなど表面に電気メッキができるものであればよく、特に制限するものではない。中間メッキ層の材質については、封孔性能と耐蝕性の点より選ばれるが、このような目的で種々実験した結果、Cu又はNiが特に有効である。さらに、最外メッキ層の材質としても用途によって適宜選ばれるが、Ni及びCuが一般的に採用され、特に表面硬度が要求される場合はCuメッキが好ましい。
【0056】
尚、本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、適宜、変形、改良等が可能である。
例えば、上述した実施形態は、前側軸受、後側軸受を一対のアンギュラ玉軸受によって構成したが、軸受の種類や数はこれに限定されず、使用状態に応じて適宜設計することができる。
【0057】
また、図3に示すように、前側軸受50,50の内輪52,52は、回転軸12の第1円筒部材71にしめしろを有して外嵌された固定スリーブ81によって、回転軸12に対し軸方向に位置決め固定されるように構成してもよい。なお、固定スリーブ81の第1円筒部材71への組込みは、焼嵌めによって行い、固定スリーブ81の第1円筒部材71からの分解は、固定スリーブ81と第1円筒部材71との間に設けられた油圧室83に油圧を与えることによって行う。
【0058】
このように構成した場合、固定スリーブ81と第1円筒部材71とがしめしろ嵌合しているので、固定スリーブ81と第1円筒部材71との有効接触面積が大きくなることで熱伝導性が向上し、前側軸受50の内輪52の発熱を固定スリーブ81を介して第1円筒部材71に効率的に逃がすことが可能となる。
【0059】
また、固定スリーブ81が間座等を介さず内輪52に直接当接するように構成されているので、固定スリーブ81の軸方向長さを長く設定することができる。したがって、固定スリーブ81と第1円筒部材71との嵌合部の軸方向長さが長くなり、熱伝導のための接触面積をより大きくすることができる。
【0060】
このように、前側軸受50の内輪52の発熱を、固定スリーブ81を介してより効率よく第1円筒部材71側に伝達することができるので、内輪52の温度が下がり、内輪52及び外輪51の温度差を少なくすることができる。したがって、前側軸受50の回転中の予圧増加が軽減され、内輪52と玉53、及び外輪51と玉53の転がり接触部のPV値が抑制できるので、前側軸受50が焼き付くことを防ぐことができる。
【0061】
また、固定スリーブ81と回転軸12の第1円筒部材71とはしめしろ嵌合しているので、回転軸12に対して固定スリーブ81が傾くことが抑制され、内輪52を均一に固定することが可能となり、加工精度をより向上させることができる。
【0062】
なお、上述の実施形態のように、内輪52をナット31によって軸方向に位置決め固定する場合であっても、ナット31の軸方向長さを長く確保したり、ねじピッチを短くしたり(細目ねじナットの採用)、ナット31と第1円筒部材71、及び間座32と第2円筒部材72のはめあい隙間を極めて小さくしたりする(例えば、中間ばめはめあい)等の仕様とすることで、熱伝導の有効接触面積を大きくして、内輪52の発熱を逃がすことが可能である。
また同様に、内輪52をナット31によって軸方向に位置決め固定する場合であっても、ナット31組込み時にその傾き補正を行うことで、内輪52を均一に固定し、加工精度の確保することが可能である。
【0063】
なお、工具側に配設された前側軸受50は、切削荷重を負荷する軸受であり、当該負荷により発熱量が高くなる。また、主軸装置10の工具側には、工具ホルダ14を保持するテーパ面18が設けられているので、軸剛性や軸系の固有振動数を確保するために肉厚を要し、前側軸受50の内径が大きくなる傾向にあり、その結果前側軸受50のdmn値が大きくなる。したがって、上記のように固定スリーブ81を設けて前側軸受50の発熱を効率的に逃がす構成とすることは非常に効果的である。
【0064】
一方、反工具側に配設される後側軸受60は、前側軸受50に比べて切削荷重が直接負荷せず、前側軸受50に比べてサイズも小さくなることから、上述の実施形態のようにナット35によって軸方向に位置決めされる構成であっても差し支えない。しかしながら、軸方向のスペースが確保できる余裕がある場合等、必要に応じて、後側軸受60,60の内輪62,62が、ナット35を用いずに、第1円筒部材71にしめしろを有して外嵌された固定スリーブによって回転軸12に対し軸方向に位置決め固定されるように構成してもよい(不図示)。
【0065】
また、図4に示す、本発明の他の変形例に係る主軸装置のように、前側軸受50,50及び後側軸受60,60にそれぞれ定位置予圧が付与される構成であってもよい。この場合、前側軸受50,50と後側軸受60,60とは、それぞれ背面組み合わせとなるように配置されている。
このような主軸装置においても、上記実施形態と同様の効果を奏することができる。
【0066】
さらに、本発明が適用される主軸装置としては、前側軸受50,50に定位置予圧が付与されるように一対のアンギュラ玉軸受で構成し、後側軸受60を単列の円筒ころ軸受で構成するようなものであってもよい。
【符号の説明】
【0067】
10 主軸装置
12 回転軸
20 ロータ
22 ステータ
50 前側軸受
60 後側軸受
71 第1円筒部
72 第2円筒部
H ハウジング

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転軸と、
前記回転軸をハウジングに対して回転自在にそれぞれ支持する前側及び後側軸受と、
該前側及び後側軸受との間で前記回転軸に外嵌されるロータと、該ロータの周囲に配置されるステータと、を有するモータと、
を備えるモータビルトイン方式の主軸装置であって、
前記回転軸は、
金属材料からなる第1円筒部材と、
該第1円筒部材の外周面に配置され、外周面に前記ロータが嵌合し、前記第1円筒部材の金属材料より比弾性率が大きく、且つ線膨張係数が小さい材料からなる第2円筒部材と、
該第2円筒部材の前記ロータが嵌合する外周面から軸方向に離間した位置の外周面に配置され、外周面に前記前側又は後側軸受の内輪が嵌合し、金属材料からなる第3円筒部材と、
を有することを特徴とするモータビルトイン方式の主軸装置。
【請求項2】
前記第2円筒部材は、前記第3円筒部材が配置される外周面が小径となるように段差部を有し、
前記第3円筒部材は、前記段差部の軸方向側面と前記内輪の軸方向端面との間に挟持されるフランジ部を有することを特徴とする請求項1に記載のモータビルトイン方式の主軸装置。
【請求項3】
前記第3円筒部材は、前記第2円筒部材の外周面に嵌合する薄肉スリーブであることを特徴とする請求項1又は2に記載のモータビルトイン方式の主軸装置。
【請求項4】
前記第3円筒部材は、前記第2円筒部材の外周面に電気的又は化学的手法により結合させた薄膜部材であることを特徴とする請求項1又は2に記載のモータビルトイン方式の主軸装置。
【請求項5】
前記第3円筒部材は、前記前側軸受と前記後側軸受の各内輪がそれぞれ嵌合する二つの第3円筒部材を有することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のモータビルトイン方式の主軸装置。
【請求項6】
前記第2円筒部材は、炭素繊維複合材料であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載のモータビルトイン方式の主軸装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−82018(P2013−82018A)
【公開日】平成25年5月9日(2013.5.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−222158(P2011−222158)
【出願日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】