説明

モータ用磁石の試験装置

【課題】簡易に、しかもコストをかけることなく、任意の条件下におけるある瞬間の磁石の減磁モードを特定することのできるモータ用磁石の試験装置を提供する。
【解決手段】モータ用磁石の減磁状態を計測するための試験装置10は、ステータSと、その内部に位置して磁石Eを有するロータRと、からなるモータMを、ステータSとロータRとが任意の機械角を有する姿勢で保持する治具2と、ステータSに巻装されたコイルCに直流電流を通電する電源3と、磁石Eの減磁状態を計測する磁束計4と、を少なくとも備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータ用磁石の減磁状態を計測するための試験装置に係り、特に、所望のモータ周囲温度条件、所望の磁石温度条件、所望の機械角および通電状態における磁石の減磁状態を、簡易に精度よく特定することのできるモータ用磁石の試験装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来の車両用駆動モータを構成する永久磁石の減磁状態(減磁モード)を計測するための試験装置は、実車を使用してモータをたとえば何千、何万回転駆動させ、その後にモータから永久磁石を取り出して磁束計にてその減磁状態(永久磁石のどの部位がどの程度減磁しているかなど)を計測していた。
【0003】
しかし、このような従来の試験方法は、永久磁石の減磁モードを計測するために実車を使用してモータを多数回転させることから、装置も大掛かりとなり、試験費用も嵩み、試験時間も長時間に及ぶものとなっており、その改善が叫ばれていた。
【0004】
さらに、モータ駆動後に取り出された永久磁石の減磁状態は最終的な減磁の結果のみを示すに過ぎず、どのような機械角(あるティースの正面にN極の永久磁石がきた状態を基準角:0度としてこれからこの永久磁石が相対的に動いた角度のこと)で永久磁石のどの部位にどのような減磁が生じるのか、あるいは、どのような通電状態(ある瞬間の3相交流の各相の電流の通電量)でどのような減磁が生じるのか、さらには、どのようなモータ周囲の温度状態もしくは永久磁石の温度状態でどのような減磁が生じるのか、といった、任意の条件下におけるある瞬間の永久磁石の減磁モードを特定することは到底できない。
【0005】
通電条件、温度条件、機械角条件などが相関する任意の条件を簡易に再現し、その条件における永久磁石の減磁状態を把握することができれば、所定のトルク性能を確保しながら可及的に安価な永久磁石を設計するための有効な基礎データとなり得る。これは、現在の永久磁石として希土類磁石が一般に使用されていること、この希土類磁石は、結晶磁気異方性の高い元素であるジスプロシウム(Dy)やテルビウム(Tb)を加えることでその保磁力が高められる一方、これらの元素は希少かつ高価であること、永久磁石の保磁力増加にジスプロシウム等を添加することは永久磁石の製造コストの高騰に直結していること、などから、特定された減磁モードデータに基づいて最適な磁石構成(磁石のどの部位にどの程度のジスプロシウム等を加えるかなど)を特定することが可能となる。
【0006】
なお、従来の永久磁石の試験装置に関する公開技術はほとんど存在しておらず、たとえば特許文献1に開示の永久磁石の評価装置を挙げることができる。しかし、この評価装置は永久磁石の着磁状態を評価する装置であり、上記のごとく、任意の条件下におけるある瞬間の永久磁石の減磁モードを特定できるものではない。
【0007】
【特許文献1】特開平11−295403号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記する問題に鑑みてなされたものであり、簡易に、しかもコストをかけることなく、任意の条件下におけるある瞬間の磁石の減磁モードを特定することのできるモータ用磁石の試験装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記目的を達成すべく、本発明によるモータ用磁石の試験装置は、モータ用磁石の減磁状態を計測するための試験装置であって、ステータと、その内部に位置して前記磁石を有するロータと、からなるモータを、ステータとロータとが任意の機械角を有する姿勢で保持する治具と、前記ステータに巻装されたコイルに直流電流を通電する電源と、磁石の減磁状態を計測する磁束計と、を少なくとも備えてなるものである。
【0010】
本発明の試験装置は、実車を使用することなく、所望の温度条件、モータの機械角(IPMモータにおいて、任意のティースに対する任意の永久磁石の回転角度)、通電条件(3相交流モータにおいては、ある瞬間におけるU,V,W各相の通電状態)を再現し、その条件下での磁石(永久磁石)の減磁モード(磁石のどの部位にどの程度の減磁が生じているか、磁石全体での磁束量はどの程度かなど)を評価することのできる装置である。
【0011】
ここで、本発明の試験装置が対象とするモータ用磁石としては永久磁石を挙げることができ、ネオジムに鉄とボロンを加えた3成分系のネオジム磁石、サマリウムとコバルトとの2成分系の合金からなるサマリウムコバルト磁石、鉄酸化物粉末を主原料としたフェライト磁石、アルミニウム、ニッケル、コバルトなどを原料としたアルニコ磁石などを挙げることができる。また、対象となるモータは、DCモータ、ACモータのいずれであってもよく、磁石(永久磁石)をロータ内部に備えたモータ(IPMモータ、ステッピングモータなど)、磁石をロータ外周に備えたモータ(SPMモータ)の双方を試験対象とするものである。
【0012】
この試験装置は、モータを載置固定する治具を備えており、任意の機械角となるようなステータとロータの姿勢にてモータを保持できるようになっている。
【0013】
ここで、固定されるモータを構成するロータの磁石スロット内には、永久磁石が樹脂固定等されずに仮に固定されるのが好ましい。通電後に永久磁石をロータからすぐに取り出すことができ、別途の試験用の永久磁石を容易にスロット内に挿入することができることから、多数の永久磁石を使用する場合の試験効率の向上に繋がるからである。
【0014】
また、本試験装置では、ロータを回転させずに、すなわち、静止させた姿勢でステータのティース周りに形成されたコイルに直流電流を通電するものであり、このことからも永久磁石をロータのスロット内に強固に固定する必要がない。
【0015】
本発明の試験装置は、さらにステータのティース周りに形成されたコイルに直流電流を通電する電源を備えており、3相コイルが形成されている場合には、U相、V相、W相の各相ごとに独立した直流電源が設けられている。たとえば、所望の機械角に設定されたロータおよびステータを治具にて固定し、ある瞬間の通電状態を再現するべく、3相コイルの内のたとえばU相コイルにのみ、もしくはU相とV相にのみ、もしくはU相、V相、W相にそれぞれ固有の直流電流が印加される。
【0016】
この通電によって永久磁石の任意の部位は減磁されることから、通電後の永久磁石をロータから取り出し、これを磁束計を使用してその減磁モードを特定する。ここで、使用される磁束計としては、永久磁石の特定のポイントの磁束量の計測に適したガウスメーターや、永久磁石の総磁束量の計測に適したフラックスメーターなどがある。
【0017】
ロータ内に永久磁石を挿入して仮固定し、機械角を所望の角度に設定し、所望の通電パターンにて直流電流を通電し、永久磁石をスロットから取り出して磁束計にてその減磁モード(任意部位の磁束量など)を計測する、という操作を条件設定を変化させながら繰り返し実行することにより、モータ駆動時のある瞬間における磁石減磁モードを容易に再現でき、特定することができる。
【0018】
また、本発明によるモータ用磁石の試験装置の好ましい実施の形態は、前記モータを収容して、該モータを任意の擬似温度雰囲気下に置く恒温槽をさらに備えるものである。
【0019】
本実施の形態は、たとえば実車内に載置されるモータの周囲の温度条件を、酷暑でのエンジン駆動時の温度条件や寒冷地でのエンジン駆動時の温度条件など、所望のモータ周囲の温度条件を再現し、この擬似温度雰囲気下にてモータ用磁石の減磁モードを評価することを目的としたものであり、そのための構成として任意の温度環境を再現できる恒温槽をさらに備えた試験装置である。
【0020】
たとえば恒温槽内に治具が用意されていて、恒温槽内にモータを収容して所望の機械角にてモータを治具にて固定し、恒温槽内を所望の温度条件に設定した後に所望の通電パターンで通電する。通電後に永久磁石をロータから取り出して磁束計にて減磁モードを評価することにより、モータ周囲の温度環境をも加味した永久磁石の減磁モードを評価することができ、より精度の高い評価結果を得ることができる。
【0021】
さらに、本発明によるモータ用磁石の試験装置の好ましい実施の形態は、前記磁石のみを加熱する加熱部材が磁石に直接的もしくは間接的に接続されているものである。
本実施の形態は、永久磁石のみを所望の温度条件下に置いて試験をおこなうための装置であり、特に、永久磁石が高温状態の場合であって、ティース外周のボビンや絶縁紙等に熱による損傷を与えることなく、永久磁石のみを高温状態としたい場合に本実施の形態は好適である。
【0022】
そのための構成として、永久磁石に加熱源に通じる電熱線等の加熱部材を取り付けて永久磁石のみを所望の温度まで加熱し、その後にコイルに通電して減磁モードを評価する。
ここで、前記加熱部材を、永久磁石を囲繞する無端状部と、該無端状部から張出した張出し部と、から構成させ、該無端状部は磁石挿入スロットの側方に設けられた磁石固定用の樹脂充填部に収容され、前記張出し部に加熱電源に通じる電熱線が取り付けられている形態であることがより好ましい。
【0023】
この形態の加熱部材によれば、当初から磁石スロットに形成された樹脂充填部を有効に利用し、永久磁石から離れた張出し部に電熱線を取り付けることで該電熱線にて生じる磁界の永久磁石に対する影響を効果的に排除することができる。
【0024】
上記する本発明によるモータ用磁石の試験装置を使用することにより、モータ駆動時におけるある瞬間の条件(機械角、通電状態、永久磁石の温度、モータ外周の温度など)での永久磁石の減磁モードを精度よく評価し、特定することが可能となる。さらに、所望の温度変化を与えることで、磁石の耐熱性を評価することも可能となる。設定条件を多様に変化させて各条件ごとに減磁モードを特定し、特定されたデータを蓄積することにより、永久磁石の最適設計(永久磁石の部位ごとに異なる所要保磁力に応じてその素材を変化させる(ある部位はネオジム磁石から構成し、ある部位はサマリウムコバルト磁石から構成する、もしくは、ある部位はジスプロシウムの混合量を多くし、ある部位は混合量を少なくする)など)のための基礎的データとなり得る。
【発明の効果】
【0025】
以上の説明から理解できるように、本発明のモータ用磁石の試験装置によれば、コストをかけることなく、しかも簡易な方法にて、所望の条件を精度よく再現し、再現された条件下におけるロータ内の永久磁石の減磁モードを評価し、特定することができる。これは、所望のトルク性能を確保しながら、可及的に安価な永久磁石を設計するための基礎データとなり得るものであり、特に、その生産が拡大の一途を辿っているハイブリッド車や電気自動車用の駆動モータに使用される永久磁石の最適設計に資するものとなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。なお、図示例は、3相交流のIPMモータで使用される永久磁石を試験対象としたものであるが、DCモータをはじめとするいずれの形態のモータおよびそれに使用される永久磁石を試験対象にできることは勿論のことである。
【0027】
図1は、本発明の試験装置を説明した模式図である。この試験装置10は、所望の擬似温度環境を形成でき、モータMを収容する恒温槽1と、恒温槽1内に設けられ、モータMを構成するロータRを支持するロータ用治具22、ステータSを支持するステータ用治具23を共通の基盤21上に立設させてなる治具2と、ステータSの各ティース周りに形成されたU相コイル、V相コイル、W相コイルの各コイルに繋がれるU相用電線31、V相用電線32、W相用電線33にそれぞれ独立した直流電流を通電可能な直流電源3と、通電後の永久磁石の減磁モードを計測するための磁束計4と、から大略構成されている。
【0028】
恒温槽1の内部は、酷暑でのエンジン駆動時の温度条件や寒冷地でのエンジン駆動時の温度条件など、永久磁石の減磁モードを評価するに際して、試験者が所望する実際のモータの載置環境温度を再現できるようになっている。
【0029】
また、ロータ用治具22とステータ用治具23を相互に調整して、永久磁石とステータのティース(磁極)との間の角度(機械角)を、試験者が所望する角度に設定できるようになっている。
【0030】
さらに、図2で示すように、ロータRの磁石用スロットES内に永久磁石Eを挿入した後は、磁石用スロットESの側部に開設された永久磁石固定用の樹脂充填用スロットJSに樹脂を注入することなく、永久磁石Eを仮に固定する。
【0031】
ここで、永久磁石Eのみを所望の高温状態とするべく、永久磁石Eの外周に加熱部材5を取り付け、加熱部材5が取り付けられた姿勢の永久磁石Eを磁石用スロットES内に挿入する。この加熱部材5は、永久磁石Eを直接囲繞する熱伝導性素材の無端状部51と、該無端状部51の一箇所から突出する張出し部52とから構成されており、無端状部51は樹脂充填用スロットJS内に嵌まり込むようになっている。
【0032】
張出し部52には電熱源7から延びる電熱線6の端部が巻装され、電熱源7からの熱が張出し部52、無端状部51を介して永久磁石Eのみに伝達され、該永久磁石Eを所望の高温状態とすることができる。
【0033】
図からも明らかなように、永久磁石Eから離れた位置にある張出し部52に電熱線6を取り付けることにより、該電熱線6にて生じる磁界を永久磁石に作用させないようにすることができる。
【0034】
図2で示すように、ステータ側に開いたV字配置の永久磁石E,Eから一つの磁極が形成されるロータRにおいて、各永久磁石Eに図示のごとく加熱部材5を取り付けておき、特に所望の高温状態における永久磁石Eの減磁モードを評価したい場合には、永久磁石Eのみを高温状態として試験を実施する。なお、この試験は、任意の温度状態、機械角状態、通電状態を取り出して、その瞬間の状態での永久磁石の減磁モードを評価し、特定することから、治具2にてロータR,ステータSはともにある機械角を保持した姿勢で固定される。
【0035】
永久磁石Eを所望の温度条件に設定し、モータMの外周を恒温槽1内にて所望の温度雰囲気とし、さらには、モータMのロータRとステータSを所望の機械角にて載置固定した状態にて、直流電源3から所望の通電パターン(U相コイルにのみ所望の電流を印加する、V相コイルとW相コイルにそれぞれ固有の電流を印加する、U相コイル、V相コイル、W相コイルのすべてにそれぞれ固有の電流を印加する、など)の直流電流を印加する。
【0036】
電流を印加すると、その試験条件において、永久磁石にはある部位に任意の減磁が生じることになる。これを図1で示す磁束計4(ガウスメーターやフラックスメーター)にて計測し、計測データを不図示のコンピュータ内に蓄積していく。
【0037】
永久磁石の温度条件、恒温槽内の温度条件、機械角条件、通電条件を種々変化させ、多様な条件パターンでの永久磁石の減磁モードを特定し、そのデータを蓄積していく。
【0038】
図示する試験装置10は、磁石用スロットES内に永久磁石Eを仮に固定して試験をおこなうものである。したがって、瞬間的な通電の後に即座に永久磁石をスロットから取り出し、次の試験用の永久磁石をスロット内に挿入して仮に固定して他の条件にて試験をおこなうことができ、多様な条件下での多数の試験を極めて効率的に実施することができる。
【0039】
また、本発明の試験装置10は、その構成機器である直流電源3、恒温槽1、磁束計4などがすべて公知の機器であることから、装置の製造コストは何等高価なものとはならない。
【0040】
さらに、たとえば実車を使用する必要もなく、試験装置10は極めてコンパクトであることから、狭小な場所でも十分に試験をおこなうことができる。
【0041】
この試験装置10を使用して多様な設定条件にて永久磁石の減磁モードを評価、特定してこれを蓄積することにより、蓄積されたデータを基にして永久磁石の最適設計(所望のトルク性能、保磁力を確保しながら、可及的に安価となる永久磁石)を実行することが可能となる。さらに、所望の温度変化を与えることで、磁石の耐熱性を評価することも可能となる。
【0042】
以上、本発明の実施の形態を図面を用いて詳述してきたが、具体的な構成はこの実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲における設計変更等があっても、それらは本発明に含まれるものである。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明の試験装置を説明した模式図である。
【図2】永久磁石を加熱する加熱部材を説明した図である。
【符号の説明】
【0044】
1…恒温槽、2…治具、21…基盤、22…ロータ用治具、23…ステータ用治具、3…直流電源、31…U相用電線、32…V相用電線、33…W相用電線、4…磁束計、5…加熱部材、51…無端状部、52…張出し部、6…電熱線、7…電熱源、10…試験装置、R…ロータ、S…ステータ、M…モータ、C…コイル、E…永久磁石、ES…磁石用スロット、JS…樹脂充填スロット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
モータ用磁石の減磁状態を計測するための試験装置であって、
ステータと、その内部に位置して前記磁石を有するロータと、からなるモータを、ステータとロータとが任意の機械角を有する姿勢で保持する治具と、
前記ステータに巻装されたコイルに直流電流を通電する電源と、
磁石の減磁状態を計測する磁束計と、を少なくとも備えてなる、モータ用磁石の試験装置。
【請求項2】
前記モータを収容して、該モータを任意の擬似温度雰囲気下に置く恒温槽をさらに備える、請求項1に記載のモータ用磁石の試験装置。
【請求項3】
前記磁石のみを加熱する加熱部材が磁石に直接的もしくは間接的に接続されている、請求項1または2に記載のモータ用磁石の試験装置。
【請求項4】
前記加熱部材が、永久磁石を囲繞する無端状部と、該無端状部から張出した張出し部と、からなり、該無端状部は磁石挿入スロットの側方に設けられた磁石固定用の樹脂充填部に収容され、前記張出し部に加熱電源に通じる電熱線が取り付けられている、請求項3に記載のモータ用磁石の試験装置。
【請求項5】
前記モータのステータには、U相、V相、W相の3相コイルが形成されており、いずれか1つの相、もしくは2以上の相のそれぞれに任意の直流電流が通電されるようになっている、請求項1〜4のいずれかに記載のモータ用磁石の試験装置。

【図1】
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【図2】
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