説明

ラン科植物の製造方法およびPLB増殖用蛍光体

【課題】植物ホルモンを用いずともラン科植物を効率よく製造できる方法を提供する。また、PLBの増殖を促進することができる、PLB増殖用の蛍光体を提供する。
【解決手段】多環系フェナジン化合物または多環系オキサゾール化合物を色素として含む蛍光体による波長変換光をラン科植物のPLBに照射することによりPLBを増殖させPLBから根等を誘導して苗条としさらに成長させるラン科植物の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ラン科植物を製造するための方法と、当該方法で用いるPLB増殖用蛍光体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
通常、植物体は種子から成長し、一個の種子からは一個の植物体が成長する。しかしラン科植物の場合、生長点にPLB(プロトコーム様小球体)という細胞塊が形成される。このPLBは、分化までにさらに増殖させることが可能であり、増殖した個々のPLBが一個の植物体に成長し得る。よって、ラン科植物を製造する場合には、PLBを増殖させた後、個々のPLBを分化させて多数のクローン苗を得るのが効率的である。
【0003】
PLBを増殖させるには、特許文献1に記載の技術のように、培地中に合成植物ホルモンであるナフタレン酢酸とベンジルアデニンを添加することが一般的である。
【0004】
しかし、合成植物ホルモンは環境に悪影響を与えるおそれがあるため、安易に廃棄することができない。また、合成植物ホルモンを使用する場合、PLBに形態的な異常が生じるばかりでなく、遺伝的な変異が多発する。従って、合成植物ホルモンを使わずにPLBを増殖させる技術が求められている。
【0005】
ところで、植物は光合成によりエネルギーを産生して成長し、また、光形態形成という光応答反応により、その生長や分化が制御されている。これらの光反応には、それぞれ有効な波長の光がある。よって、各光反応に有効な波長の光を照射することにより植物の成長を促進する技術が種々検討されている。例えば特許文献2には、発光ピークが420〜530nmまたは600〜700nmにある蛍光顔料を含有する農業用フィルムが開示されている。また、特許文献3には、波長領域が630〜680nmの赤色LEDと波長領域が380〜480nmの青色LEDを有する植物栽培用LED光源が記載されている。
【0006】
しかしながら、PLBは黄緑色から黄色、場合によっては黄色から白色を呈し、葉緑素を十分に有しているものではない。また、PLBを増殖せしめるには、単にPLBの細胞増殖を促すのみでは不十分であり、新たなPLBの形成を促進しなければならない。よって、光合成反応に有効な光をPLBへ照射したとしても、PLBの増殖が促進されるとは限らない。
【0007】
上述したような植物の育成技術とは関係なく、本発明者の一人はかねてより蛍光色素について研究しており、例えば特許文献4〜6のとおり、優れた蛍光色素を開発している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平7−107871号公報
【特許文献2】特開平5−227849号公報
【特許文献3】特開平9−252651号公報
【特許文献4】特開2007−211185号公報
【特許文献5】特開2008−195749号公報
【特許文献6】国際公開第2005/078024号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述した様に、ラン科植物を効率的に製造するためには、まずPLBを増殖させてから、各PLBから根等を誘導して苗条とし、さらに成長させることが望ましいが、従来方法では、PLBの増殖のために合成植物ホルモンを使用していた。しかし、合成植物ホルモンは環境に悪影響を与えるだけでなく、異常PLBの発生率を高めるという問題がある。
【0010】
そこで本発明が解決すべき課題は、植物ホルモンを用いずともラン科植物を効率に製造できる方法を提供することにある。また、本発明は、PLBの増殖を促進することができる、PLB増殖用の蛍光体を提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を進めた。その結果、本発明者の一人が開発していた多環系フェナジン化合物と多環系オキサゾール化合物のうち特定なものが発する蛍光をPLBに照射したところ、PLBの増殖が促進され、且つ植物ホルモンを用いた場合よりも異常PLBの発生率を抑制できることを見出して、本発明を完成した。
【0012】
本発明に係るラン科植物の製造方法は、下記式(I1)、式(I2)または(I3)で表される多環化合物を色素として含む蛍光体による波長変換光を照射することによりPLBを増殖させる工程を含むことを特徴とする。
【0013】
【化1】

【0014】
[式(I1)中、
1は、−C(=O)OR8、−C(=O)R8、ハロゲン基またはシアノ基を示し;
2とR3は一緒になって−X1−を形成し且つR4とR5は共に水素原子を示すか、またはR2とR3は共に水素原子を示し且つR4とR5は一緒になって−X1−を形成し;
6とR7は、それぞれ独立して水素原子基またはC1-8アルキル基を示し;
8は、水素原子基またはC1-8アルキル基を示し;
1は、−O−基、−S−基または−N(R9)−基を示し;
9は、水素原子基またはC1-6アルキル基を示し;
式(I2)中、
10とR11は、それぞれ独立して水素原子基またはC1-8アルキル基を示し;
12とR13は一緒になって−X2−を形成し且つR14とR15は共に水素原子を示すか、またはR12とR13は共に水素原子を示し且つR14とR15は一緒になって−X2−を形成し;
16とR17は一緒になって−X3−を形成し且つR18とR19は共に水素原子を示すか、またはR16とR17は共に水素原子を示し且つR18とR19は一緒になって−X3−を形成し;
20とR21は、それぞれ独立して水素原子基またはC1-8アルキル基を示し;
2とX3は、それぞれ独立して−O−基、−S−基または−N(R22)−基を示し;
22は、水素原子基またはC1-6アルキル基を示し;
式(I3)中、
23は、置換基を有していてもよいC6-20芳香族炭化水素基または置換基を有していてもよいヘテロアリール基を示し;
24とR25は一緒になって−X4−を形成し且つR26とR27は共に水素原子を示すか、またはR24とR25は共に水素原子を示し且つR26とR27は一緒になって−X4−を形成し;
28とR29は、それぞれ独立して水素原子基またはC1-8アルキル基を示し;
4は、−O−基、−S−基または−N(R30)−基を示し;
30は、水素原子基またはC1-6アルキル基を示し;
芳香族炭化水素基またはヘテロアリール基の置換基は、C1-6アルキル基、C1-6アルコキシ基、アミノ基、アルキルアミノ基、ジアルキルアミノ基、水酸基、ハロゲン基、カルボキシ基、アルコキシカルボニル基およびシアノ基からなる群より選択される1以上の基を示す]
【0015】
上記方法においては、さらに、PLBにN−アセチルグルコサミンを作用させることが好ましい。N−アセチルグルコサミンはキチンやキトサンから得られる天然成分であり、合成ホルモンと異なり安全である上に、蛍光体から放出される光とN−アセチルグルコサミンとの作用により、PLB数が相乗的に増加することが実験的に確認されている。
【0016】
上記蛍光体としては、マトリクス樹脂としてポリスチレンを含むものが好適である。マトリクス樹脂としてのポリスチレンに上記多環系フェナジン化合物または多環系オキサゾール化合物が分散している蛍光体は、特にPLBの増殖を促進するのみならず、上記化合物の発光性や耐光性も向上するからである。
【0017】
また、上記蛍光体としては、エンボス加工された蛍光フィルムが好適である。無処理の蛍光透明フィルムの場合、上記化合物由来の蛍光が側面から漏れ出してしまうことがあるが、エンボス加工によりかかる漏出はなくなり、PLBへ効率的に蛍光を照射することが可能になる。また、反射光を利用する場合にも、おそらく光の利用効率が高まることによると考えられるが、エンボス加工された蛍光フィルムを用いるとより良好な結果が得られる。
【0018】
上記蛍光体としては、さらにジ(C1-6アルキル)ジチオカルバミン酸ニッケルを含むものが好適である。ジ(C1-6アルキル)ジチオカルバミン酸ニッケルにより、蛍光体の耐光性はより一層向上する。
【0019】
本発明に係るPLB増殖用蛍光体は、上記化合物を色素として含むことを特徴とする。
【0020】
また、マトリクス樹脂としてポリスチレンを含むものや、エンボス加工されているもの、ジ(C1-6アルキル)ジチオカルバミン酸ニッケルを含むものが好適であることは、上述したとおりである。
【0021】
本発明において「ハロゲン基」としては、フルオロ、クロロ、ブロモ、ヨードが挙げられる。
【0022】
「C1-8アルキル基」とは、炭素数が1〜8の直鎖状または分枝鎖状の1価脂肪族炭化水素基を意味する。例えば、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、n−ブチル、イソブチル、tert−ブチル、ペンチル、イソアミル、ヘキシル、ヘプチル、オクチル等である。R6〜R7、R10〜R11、R20〜R21およびR28〜R29としては、C3-6アルキル基がより好ましく、C4-5アルキル基がさらに好ましい。R8としてはC1-4アルキル基がより好ましく、C2-4アルキル基がさらに好ましい。また、「C1-6アルキル基」とは、C1-8アルキル基のうち炭素数が1〜6の1価脂肪族炭化水素基を意味する。R9、R22および芳香族炭化水素基またはヘテロアリール基の置換基としては、C1-4アルキル基がより好ましく、C1-2アルキル基がさらに好ましく、メチルが特に好ましい。
【0023】
「C6-20芳香族炭化水素基」とは、炭素数が6〜20の芳香族炭化水素基を意味する。例えば、フェニル、ナフチル、ビフェニル、フェナンスレニル、アントラセニル、ピレニル、クリセニル、ナフタセニル、ペリレニル等を挙げることができる。
【0024】
「ヘテロアリール基」は、窒素原子、酸素原子または硫黄原子等のヘテロ原子を少なくとも1個有する5員芳香族ヘテロシクリル基、6員環芳香族ヘテロシクリル基または縮合芳香族ヘテロシクリル基を意味する。「ヘテロアリール基」としては、ピロリル、イミダゾリル、ピラゾリル、チエニル、フリル、オキサゾリル、イソキサゾリル、チアゾリル、イソチアゾリル、チアジアゾール等の5員環ヘテロアリール基;ピリジニル、ピラジニル、ピリミジニル、ピリダジニル等の6員環ヘテロアリール基;インドリル、イソインドリル、インダゾリル、プリニル、キノリジニル、イソキノリジニル、キノリニル、クロメリル、チアンスレニル、フェノキサゾール、フェノチアゾールなどの縮合ヘテロアリールが含まれる。好ましくは窒素原子を含むヘテロアリールであり、より好ましくはピリジニルである。
【0025】
「C1-6アルコキシ基」は、炭素数1〜6の直鎖状または分枝鎖状の脂肪族炭化水素オキシ基を意味する。例えば、メトキシ、エトキシ、プロポキシ、イソプロポキシ、ブトキシ、イソブトキシ、t−ブトキシ、ペントキシ、ヘキソキシ等を挙げることができる。好ましくはC1-4アルコキシであり、より好ましくはC1-2アルコキシであり、特に好ましくはメトキシである。
【0026】
「アルコキシカルボニル基」は、上記C1-6アルコキシ基に置換されたカルボニル基を意味する。
【0027】
「アルキルアミノ基」とは、アミノ基に1個のC1-6アルキル基が結合している基をいう。例えば、メチルアミノ、エチルアミノ、プロピルアミノ、イソプロピルアミノ、n−ブチルアミノ、イソブチルアミノ、tert−ブチルアミノ、ペンチルアミノ、イソアミルアミノ、ヘキシルアミノ等である。当該基としては、C1-4アルキルアミノ基が好ましく、C1-2アルキルアミノ基がより好ましく、特にメチルアミノ基が好ましい。
【0028】
「ジアルキルアミノ基」とは、アミノ基に2個のC1-6アルキル基が結合している基をいう。例えば、ジメチルアミノ、ジエチルアミノ、ジプロピルアミノ、ジイソプロピルアミノ、ジ(n−ブチル)アミノ、イソブチルメチルアミノ、tert−ブチルメチルアミノ、ジペンチルアミノ、イソアミルメチルアミノ、ジヘキシルアミノ等である。当該基としては、ジ(C1-4アルキル)アミノ基が好ましく、ジ(C1-2アルキル)アミノ基がより好ましく、特にジメチルアミノ基が好ましい。
【0029】
芳香族炭化水素基またはヘテロアリール基が置換基を有する場合、置換基数は特に制限されないが、好ましくは1〜4個、より好ましくは1〜2個、さらに好ましくは1個である。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、植物ホルモンを用いることなくPLBの増殖を促進できるのみならず、異常PLBの発生率を低減することができる。よって本発明方法と、本発明方法で使用できる蛍光体は、ラン科植物の製造のために極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】実施例で使用した各多環系フェナジン化合物および多環系アントラキノン化合物の吸収スペクトルと蛍光スペクトルである。(1)は吸収スペクトルであり、(2)は蛍光スペクトルである。
【図2】PLBに各フィルムの透過光を照射した場合における、生じたPLBの総数の経時的な変化を示すグラフである。
【図3】PLBに、本発明フィルムの透過光と反射光を照射した場合における、生じたPLBの総数の経時的な変化を示すグラフである。
【図4】本発明に係るNB−PSフィルムとNB−PMMAフィルムの耐光性試験の結果を示すグラフである。
【図5】本発明に係るBD−PSフィルムとBD−PCフィルムの耐光性試験の結果を示すグラフである。
【図6】実施例で使用した各多環系オキサゾール化合物の吸収スペクトルと蛍光スペクトルである。(1)は吸収スペクトルであり、(2)は蛍光スペクトルである。
【図7】本発明に係るBB−PSフィルムとBP−PCフィルムの耐光性試験の結果を示すグラフである。
【図8】実施例で使用した各多環系フェナジン化合物の吸収スペクトルと蛍光スペクトルである。(1)は吸収スペクトルであり、(2)は蛍光スペクトルである。
【図9】本発明に係るBX−PSフィルム、FX−PSフィルムおよびXX−PSフィルムの耐光性試験の結果を示すグラフである。
【図10】実施例で使用した各多環系オキサゾール化合物の吸収スペクトルと蛍光スペクトルである。(1)は吸収スペクトルであり、(2)は蛍光スペクトルである。
【図11】本発明に係るBE−PSフィルム、PP−PSフィルムおよびXH−PSフィルムの耐光性試験の結果を示すグラフである。
【図12】PLBに本発明に係る蛍光体から発せられる蛍光を照射した場合における、生じたPLBの総数の経時的な変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0032】
本発明に係る多環系フェナジン化合物(I1)は、特許文献5(特開2008−195749号公報)に記載の方法により、下記式のとおり製造することができる。
【0033】
【化2】

【0034】
上記合成スキーム中、R1〜R7は前述したものと同義を示す。
【0035】
より具体的には、キノン化合物(II)とジアミン化合物(III)を溶媒に溶解し、加熱すればよい。ジアミン化合物(III)が塩酸塩などの塩である場合には、特に触媒を添加する必要はないが、塩を用いない場合には酢酸等の酸を添加するか、溶媒自体を酢酸等の酸とすればよい。
【0036】
使用できる溶媒としては、メタノールやエタノールなどのアルコール;ジエチルエーテルやTHFなどのエーテルなどを例示することができる。
【0037】
上記溶液において、キノン化合物(II)とジアミン化合物(III)は等モルまたは略等モル用いればよいが、一方が他方よりも合成が容易であったり安価である場合には、その一方のモル数を高くしてもよい。当該溶液の濃度は特に制限されないが、化合物(II)と化合物(III)の合計で0.5〜10質量%程度にすればよい。
【0038】
本反応の反応温度は適宜調節すればよいが、例えば60℃から還流条件程度とすればよい。反応時間も特に制限されず、薄層クロマトグラフィ(TLC)などで原料化合物である化合物(II)または化合物(III)の消費を確認できるまでとすればよいが、通常は30分〜12時間程度とする。
【0039】
反応終了後は、当業者公知の方法により化合物(I1)を精製すればよい。例えば、反応混合液を大量の水に注ぎ、生じた析出物を濾取してからジクロロメタン、クロロホルム、酢酸エチルなど溶解性の高い溶媒で抽出し、抽出液を水や食塩水などで洗浄した後に乾燥し、溶媒を留去して残渣をクロマトグラフィなどにより精製する。
【0040】
本発明に係る多環系フェナジン化合物(I2)は、上記方法を応用して、下記式のとおり製造することができる。
【0041】
【化3】

【0042】
上記合成スキーム中、R10〜R21は前述したものと同義を示す。
【0043】
上記合成スキームの原料化合物であるジアミン化合物(V)は、キノン化合物(VI)から下記合成スキームにより製造することができる。
【0044】
【化4】

【0045】
上記合成スキームの反応は、当業者公知の官能基変換反応である。即ち、キノン化合物のカルボニル基をヒドロキシアンモニウム塩酸塩によりオキシム基に変換し、さらに塩化スズ−塩酸などの触媒によりオキシム基をアミノ基に還元する。具体的な反応条件は、当業者公知のものを採用するか、或いは当業者公知の条件に変更を加えたものとすることができる。
【0046】
また、多環系フェナジン化合物(I2)において、−NR1011基と−NR2021基、および対応するR12〜R15とR16〜R19がそれぞれ同一である場合には、特許文献4(特開2007−211185号公報)に記載の方法により、下記式のとおり製造することができる。
【0047】
【化5】

【0048】
上記合成スキーム中、R10〜R15は前述したものと同義を示す。
【0049】
より具体的には、キノン化合物(IV')の酢酸溶液を加熱しながら大過剰の酢酸アンモニウムを小量ずつ加えて反応させればよい。通常酢酸アンモニウムは、キノン化合物(IV')に対して10〜20倍モル程度使用する。
【0050】
本反応の反応温度は適宜調節すればよいが、例えば60℃から還流条件程度とすればよい。反応時間も特に制限されず、薄層クロマトグラフィ(TLC)などで原料化合物である化合物(IV')の消費を確認できるまでとすればよいが、通常は1〜12時間程度とする。
【0051】
反応終了後は、酢酸を減圧除去した後、当業者公知の方法により化合物(I2')を精製すればよい。例えば、残渣をジクロロメタン、クロロホルム、酢酸エチルなど溶解性の高い溶媒に溶解して、水や食塩水などで洗浄した後に乾燥し、溶媒を留去して残渣をクロマトグラフィなどにより精製する。
【0052】
本発明に係る多環系フェナジン化合物(I1)および(I2)は、特定の光を吸収して特定の光を発する。特に赤色光を発するが、赤色以外の光がPLBの増殖に関与している可能性がある。
【0053】
本発明に係る多環系オキサゾール化合物(I3)は、特許文献6(国際公開第2005/078024号パンフレット)に記載の方法により、下記式のとおり製造することができる。
【0054】
【化6】

【0055】
上記合成スキーム中、R23〜R29は前述したものと同義を示す。
【0056】
より具体的には、酢酸などの適当な溶媒中において、キノン化合物(VIII)と、若干過剰のアルデヒド化合物(IX)と、大過剰の酢酸アンモニウムを50〜100℃程度の温度で反応させればよい。反応時間は特に制限されず、薄層クロマトグラフィなどで原料化合物である化合物(VIII)の消費を確認できるまでとすればよいが、通常は1〜5時間程度とする。
【0057】
反応終了後は、当業者公知の方法により化合物(I3)を精製すればよい。例えば、反応混合液を大量の水に注ぎ、生じた析出物を濾取してからジクロロメタン、クロロホルム、酢酸エチルなど溶解性の高い溶媒で抽出し、抽出液を水や食塩水などで洗浄した後に乾燥し、溶媒を留去して残渣をクロマトグラフィなどにより精製する。
【0058】
本発明に係る多環系オキサゾール化合物(I3)は、特定の光を吸収して特定の光を発する。特に青色光〜黄色光を発するが、青色光〜黄色光以外の光がPLBの増殖に関与している可能性がある。
【0059】
本発明に係る蛍光体は、上記多環系フェナジン化合物(I1)もしくは(I2)または上記多環系オキサゾール化合物(I3)を色素として含む。当該蛍光体の形状は、発光をPLBに照射できるものであれば特に問わない。例えば、フィルム、ペレット、粒状、粉末、筒状等とすることができる。また、透明であってもよいし、不透明であってもよい。透明であれば透過光をPLBに照射すればよいし、不透明であれば反射光をPLBに照射すればよい。
【0060】
本発明の蛍光体を構成するマトリクス樹脂の種類は特に制限されず、例えば、ポリスチレン、ポリメチルメタクリレート、ポリカーボネート、ポリエチレンやポリプロピレン、ポリ酢酸ビニル、エチレン−酢酸ビニル共重合体などの熱可塑性樹脂を用いることができる。
【0061】
本発明の蛍光体に含まれる色素化合物が同一であっても、マトリクス樹脂の種類によりPLBの増殖効率が異なったり、また、色素化合物の耐光性が変化することが本発明者らにより明らかにされている。よってマトリクス樹脂は、ラン科植物の種類などに応じて、予備実験などにより適宜決定すればよいが、発光効率と色素耐光性に優れることからポリスチレンが好適である。
【0062】
なお、本発明において透明とは、可視光、例えば波長380〜780nmの光の透過率が60%以上であることをいう。より好ましくは、当該光透過率が80%以上であることをいう。かかる光透過率を有する蛍光体であれば、透過光をPLBへ照射することができる。また、当該光透過率が低い場合には、反射光をPLBへ照射すればよい。この光透過率は、紫外可視近赤外分光光度計(例えば、日本分光社製の製品名「V−670」など)または瞬間マルチ測光システム(例えば、大塚電子社製の製品名「MCPD−3000」など)により測定することができる。
【0063】
本発明に係るPLB増殖用蛍光体は、多環系フェナジン化合物(I1)、(I2)または多環系オキサゾール化合物(I3)を含むが、これら色素化合物を1種のみ含んでいてもよいし、2種以上含んでいてもよい。
【0064】
本発明に係る蛍光体へは、マトリクス樹脂と色素化合物の他、ジ(C1-6アルキル)ジチオカルバミン酸ニッケルを添加することが好ましい。ジ(C1-6アルキル)ジチオカルバミン酸ニッケルを添加すると、蛍光体の耐光性を向上させることができる。ジ(C1-6アルキル)ジチオカルバミン酸ニッケルにおける2つのC1-6アルキルは、同一であっても異なっていてもよい。当該C1-6アルキルとしては、C2-5アルキルが好ましく、C3-4アルキルがより好ましい。好適には、ジブチルジチオカルバミン酸ニッケルを用いる。
【0065】
ジ(C1-6アルキル)ジチオカルバミン酸ニッケルの添加量は適宜調整すればよいが、通常、色素化合物に対して0.1倍モル比以上、5倍モル比以下が好ましく、0.5倍モル比以上、2倍モル比以下がより好ましい。ジ(C1-6アルキル)ジチオカルバミン酸ニッケルは、用量依存的に色素化合物の耐光性を向上させ、色素化合物に対して1倍モル比程度添加すれば当該耐光性は格段に改善されるが、多過ぎると用量ほどの効果は期待できないので、5倍モル比以下程度にとどめておくことが好ましい。
【0066】
本発明に係る蛍光フィルムを溶融法で作製する場合には、先ずマトリクス樹脂と色素化合物をバッチミキサーで溶融混練し、マスターバッチを作成する。その後、マトリクス樹脂とマスターバッチを溶融混練し、二軸押し出し機を用いてフィルム状に成形すればよい。また、キャスト法で作製する場合には、マトリクス樹脂と色素化合物を適切な溶媒に溶解または分散させた上で、金属板上にキャストし、乾燥すればよい。その他の形状の蛍光体を製造する場合は、マトリクス樹脂と色素化合物とを含むペレット等を溶融成形すればよい。また、粒状蛍光体や粉末蛍光体を製造する場合には、各種蛍光体を所望の粒度まで粉砕すればよい。
【0067】
特に本発明の蛍光体を溶融法で作製する場合には、色素化合物を事前に十分に粉砕しておくことが好ましい。なお、本発明に係る色素化合物は、上記マトリクス樹脂や有機溶媒に対して十分な可溶性を示す。
【0068】
マトリクス樹脂に対する色素化合物の割合は、適宜調整すればよいが、0.01質量%以上、0.1質量%以下程度とすることが好ましい。当該割合が0.01質量%未満であると、蛍光体の発光量が少なくなってPLBの増殖効果が十分に得られないおそれがある一方で、当該割合が0.1質量%を超えると蛍光体の強度が確保できなくなる場合があり得る。より好ましくは、0.05質量%程度にすればよい。また、蛍光フィルムの膜厚も適宜調製すればよいが、通常、80μm以上、150μm以下とすればよい。
【0069】
本発明の蛍光フィルムは、エンボス加工することが好ましい。無処理の蛍光透明フィルムの場合、上記多環系フェナジン化合物由来の蛍光が側面から漏れ出してしまうことがあるが、エンボス加工によりかかる漏出はなくなり、PLBへ効率的に蛍光を照射することが可能になる。また、エンボス加工された不透明の蛍光フィルムは、照射光を効率的に反射できることから、PLBへ効果的に反射光を照射することができる。
【0070】
エンボス加工は、片面のみに施してもよいし、両面に施してもよい。また、その形状は特に制限されないが、例えば、上から見た形状が0.5〜3mm程度の円、楕円、四角形などであり、高さが0.1〜1mm程度の凸部または凹部を、0.5〜5mm程度の間隔で形成すればよい。エンボス加工は常法で行うことができ、例えば、蛍光フィルムをエンボスロール間に通せばよい。
【0071】
本発明方法においては、上記蛍光体による波長変換光をPLBに照射する。
【0072】
PLBは、ラン科植物の生長点に形成されたものを採取し、そのまま用いればよい。採取したPLBは、MS培地など適切な培地上に植え付ける。
【0073】
蛍光体による波長変換光とは、上記蛍光体へ照射された光を上記色素化合物が吸収することにより、さらに当該色素化合物から発せられる蛍光をいう。ここで、色素化合物は特定の波長の光を吸収して特定の波長の光を発する性質を有し、吸収光の波長と発せられる蛍光の波長は異なることから、色素化合物から発せられる蛍光を波長変換光という。この波長変換光には、上記蛍光体の透過光や反射光がある。
【0074】
本発明者らによる実験的知見により、ラン科植物の種類によって、PLBの増殖等に適した色素化合物が異なり得ることが明らかにされている。よって、予備実験などにより、製造すべきラン科植物の種類に応じて、適切な色素化合物を選択することが好ましい。
【0075】
蛍光体に光を照射する光源としては、色素化合物が選択的に吸収する波長の光を含むものを用い、好ましくは当該光を多く放射できるものを用いる。例えば、白色蛍光灯や擬似太陽光などを用いればよい。また、本発明者らによる実験的知見によれば、ラン科植物の種類により、より好ましい光源があり得る。よって、予備実験などにより、製造すべきラン科植物の種類に応じて、適切な光源を選択することが好ましい。
【0076】
PLBに上記蛍光透明フィルムの透過光を照射する場合には、PLBと光源との間に上記蛍光透明フィルムを配置する。例えば、光源を蛍光透明フィルムで覆ったり、単に中間部に配置したり、或いはPLBの培養瓶などを蛍光透明フィルムで被覆してもよい。
【0077】
反射光を照射する場合には、透明な蛍光フィルムや蛍光粉末等の層の下および側面あるいはその両方に、例えば白色の高反射材を敷き、下からおよび側面からの反射光を遮らないような培地や容器を使用することが望ましい。不透明な蛍光フィルム等を用いる場合には、反射光をPLBに照射すればよい。
【0078】
また、粒状蛍光体や粉末状蛍光体は、培地に添加してもよい。
【0079】
さらに、PLBにN−アセチルグルコサミンを作用させるのも好適な態様である。N−アセチルグルコサミンを作用させれば、蛍光体から放出される光との相乗作用により、PLB数が増加する。N−アセチルグルコサミンは、PLBの培地へ添加すればよい。N−アセチルグルコサミンの使用量は、適宜調整すればよいが、例えば、培地に対して1mg/L以上、20mg/L以下程度とすることができる。
【0080】
波長変換光の照射時間は適宜調整すればよいが、通常、培養期間中において、10日以上、50日以下程度とする。また、蛍光灯などの人工光源を用いる場合には、太陽光の場合と同様に、1日当たりの光照射時間を12時間以上、16時間以下程度にすることが好ましい。
【0081】
波長変換光の照射時における温度は特に制限されず、PLBの増殖に適した温度に調整すればよい。具体的には、常温でもよいし、また、外気温が低過ぎる場合には20〜30℃程度に温度調節してもよい。
【0082】
PLB増殖のための最適な光環境は、ラン科植物の種類により大きく変化し得るが、具体的な波長変換光の照射条件は、安価な白色蛍光灯と本発明に係る蛍光体を組合わせた予備実験により簡便に決定することができる。
【0083】
本発明に係る蛍光体による波長変換光を照射すると、単なる細胞増殖によりPLBの重量が増大するのみならず、1個のPLBから複数の新たなPLBが瘤状に形成される。これらPLBは、それぞれ一個の植物体になり得る。
【0084】
増殖したPLBは、正常なものを選択して切り離し、新しい培地に植え付ければよい。また、新たに植え付けたPLBを再び上記で説明した工程に付し、さらにPLBを増殖させることもできる。
【0085】
本発明方法で増殖させたPLBは、本発明に係る蛍光体による波長変換光を照射し続けることで、根や葉茎が形成されることがある。根や葉茎が形成されない場合には、ショート形成培地に移し、根や葉茎の形成を促進してもよい。根や葉茎が形成された幼植物体は、培養容器から出して外環境にならす順化を行った上で、そのまま出荷することも可能である。
【0086】
本発明方法によれば、ラン科植物のPLBを顕著に増殖することができる。上記で説明した工程を繰り返すことにより、一個のラン科植物より得られるPLBを数万個に増やすことも可能である。各PLBはそれぞれ一個の植物体になり得ることから、本発明によれば、ラン科植物を極めて効率的に製造することができる。
【0087】
なお、本発明におけるラン科植物とは、花を有しているもののみならず、根および葉茎を有する苗条(シュート)など、水や肥料の投与など通常の方法で生育するものも含むものとする。
【実施例】
【0088】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0089】
実施例1 本発明に係る蛍光透明フィルムの製造
特開2008−195749号公報に記載の実施例1〜3の方法に従って、下記多環系フェナジン化合物を合成した。以下、下記多環系フェナジン化合物を「NB」という。
【0090】
【化7】

【0091】
バッチミキサーにポリスチレン(68.6g)と蛍光色素NB(1.4g)を入れ、190℃で溶融混練するという操作を2回繰り返すことによって、マスターバッチ(140g)を作成した。当該マスターバッチ(100g)とポリスチレン(3900g)を同様に溶融混練した後、Tダイ二軸押し出し機を用いてフィルム状に成形した。この時、Tダイ二軸押し出し機のスクリュー回転速度は30〜60rpmとし、温度はポリスチレンの溶融温度に対応させた。
【0092】
得られたフィルムの吸収スペクトルを紫外可視近赤外分光光度計(日本分光社製,製品名「V−670」)で測定し、また、蛍光スペクトルを分光蛍光光度計(日本分光社製,製品名「FP−6600」)で測定した。なお、300nm未満の光はフィルム自体に吸収されてしまうため、測定していない。結果を図1に示す。
【0093】
実施例2 本発明に係る蛍光透明フィルムの製造
下記スキームに従って、多環系フェナジン化合物を合成した。
【0094】
【化8】

【0095】
原料化合物であるナフトキノン化合物は、特開2008−195749号公報に記載の実施例1−2の方法に従って合成することができる。また、1,2−ジアミノ化合物は、当該ナフトキノン化合物のケト基をヒドロキシアンモニウム塩酸塩でオキシム化した後、塩化スズ−塩酸で還元することにより合成することができる。
【0096】
上記ナフトキノン化合物(0.464g)と1,2−ジアミノ化合物(0.462g)をエタノール(50mL)に溶解し、80℃で12時間加熱還流した。反応終了後、反応混合液を大量の水(500mL)に注ぎ、生じた析出物を濾別した。濾別した析出物をジクロロメタンに溶解し、当該溶液を水で洗浄した後に減圧濃縮した。残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィ(展開溶媒:キシレン/n−ヘキサン=2/1)を用いて精製することにより、トランス型多環系フェナジン化合物(0.458g,収率:52%)を得た。以下、上記多環系フェナジン化合物を「BD」という。
【0097】
当該トランス型多環系フェナジン化合物を用いた以外は上記実施例1と同様にして、本発明フィルムを製造した。また、上記実施例1と同様に、吸収スペクトルと蛍光スペクトルを測定した。結果を図1に示す。
【0098】
実施例3 本発明に係る蛍光透明フィルムの製造
上記実施例1において、ポリスチレンの代わりにポリメチルメタクリレート(三菱レイヨン社製,V001)を用いた以外は同様にして、本発明フィルムを製造した。
【0099】
比較例1 蛍光透明フィルムの製造
下記スキームに従って、アントラキノン化合物を合成した。
【0100】
【化9】

【0101】
上記ジメチルアミノフェニルプロペナール化合物(3.68g)と酢酸銅(4.19g)を酢酸(200mL)に溶解させた反応溶液に、酢酸(200mL)に溶解させた上記アントラキノン化合物(5.0g)を加え、90℃で1時間半加熱還流した。反応終了後、反応混合液を減圧濃縮し、水で洗浄後、ジクロロメタンで抽出し、抽出溶液を減圧濃縮した。残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィ(展開溶媒:ジクロロメタン/酢酸エチル=20/1)を用いて精製することにより、多環系アントラキノン化合物(6.1g,収率:74%)を得た。以下、上記多環系アントラキノン化合物を「ID」という。
【0102】
当該アントラキノン化合物を用いた以外は上記実施例1と同様にして、蛍光透明フィルムを製造した。また、上記実施例1と同様に、吸収スペクトルと蛍光スペクトルを測定した。結果を図1に示す。
【0103】
実施例4 PLBの増殖実験
シンビジウム(C.finlaysonianum)の直径:約3mmのPLBを取得した。別途、ショ糖を20g/Lとゲルライトを2g/Lを含み、且つ硝酸アンモニウム量を1/4に、硝酸カリウム量を1/2に低減した修正MS培地を、直径:約62mm、高さ:109mmのガラス瓶に作製した。当該ガラス瓶1個につき、PLBを10個ずつ植え付けた。
【0104】
上記ガラス瓶を4個ずつインキュベータに入れ、各インキュベータ中の全てのガラス瓶の上部を、上記実施例1〜3または比較例1で製造した蛍光透明フィルム一枚で覆った。比較のために、色素を含まないポリスチレンフィルムを作製し、同様にガラス瓶を覆った。インキュベータ中の冷陰極蛍光ランプと蛍光透明フィルムとの距離が15cmとなるように、蛍光透明フィルムの位置を調節した。インキュベータの温度は25℃とし、PLBには約2,000luxの光が1日当たり16時間照射されるようにした。
【0105】
40日後、各PLBの重量、各PLBから生じたPLBの総数と正常なPLBの数を計測した。また、PLBの色を、1:緑,2:黄緑,3:黄,4:白,5:黒の5段階で評価した。それぞれの結果の平均値を表1に示す。また、1個のPLBから生じたPLBの総数の経時的な変化を、図2に示す。なお、表1中、異なるアルファベット間にはTukeyの多重検定において、5%レベルで有意差があることを示す。例えば、a−b間には有意差がある。その一方で、a−ab間およびab−b間には有意差はない。
【0106】
【表1】

【0107】
上記結果のとおり、本発明に係る蛍光透明フィルムの変換光をラン科植物のPLBに照射すれば、コントロールや他の色素を含む蛍光透明フィルムを用いた場合に比して、PLBの総数や正常数が顕著に向上することが明らかになった。
【0108】
実施例5 本発明に係る蛍光透明フィルムの製造
上記実施例2において、ポリスチレンの代わりにポリカーボネート(三菱エンジニアリングプラスチック社製,E−2000)を用いた以外は同様にして、本発明フィルムを製造した。
【0109】
実施例6 PLBの増殖実験
上記実施例4において、C.finlaysonianumの代わりにC.insigneのPLBを用い、PLBの増殖実験を行った。なお、当実験では40日にわたる光照射後において、PLB数等のみならず、各PLBの根の形成率と葉茎の形成率も求めた。結果を表2に示す。
【0110】
【表2】

【0111】
上記結果のとおり、本発明に係る蛍光透明フィルムの変換光をラン科植物のPLBに照射すれば、コントロールよりもPLBの総数が向上し、さらに、特別な処理をしなくとも、各PLBにおいて根や葉茎の形成を促進できることが明らかになった。
【0112】
実施例7 PLBの増殖実験
実施例1で製造したNB−PSフィルムと、実施例3で製造したNB−PMMAフィルムをエンボス加工した。具体的には、各フィルムの片側表面に、長径:1mmの円形凸部を、縦横方向間隔:2mm、斜め方向の間隔:1mmで形成した。得られたフィルムを用い、上記実施例4と同様の条件により、PLBの増殖実験を行った。結果を表3に示す。表3中、異なるアルファベット間にはTukeyの多重検定において、5%レベルで有意差があることを示す。
【0113】
【表3】

【0114】
上記結果のとおり、本発明に係る蛍光透明フィルムの変換光をラン科植物のPLBに照射すれば、コントロールに比して、PLBの総数や正常数が顕著に向上する。さらにフィルムにエンボス加工を施した場合、特にNB−PSフィルムにエンボス加工を施した場合には、PLB数が一層有意に向上することが分かった。
【0115】
実施例8 PLBの増殖実験
実施例1のNB−PSフィルムと実施例3のNB−PMMAフィルムに加え、上記実施例7で用いたエンボスNB−PSフィルムとエンボスNB−PMMAフィルムを各インキュベータの底に敷き、反射光がPLBに照射されるようにした以外は上記実施例4と同様にして、PLBの増殖実験を行った。エンボス加工を施さないNB−PSフィルムとNB−PMMAフィルムの透過光をPLBに照射した実験結果と合わせて、当実験の結果を図3に示す。
【0116】
図3のとおり、本発明フィルムによる反射光および透過光のいずれを照射した場合であっても、PLBの総数はコントロールよりも明らかに増加している。また、おしなべていえば、反射光を照射した場合の方がPLB数は増加している。よって、本発明フィルムの変換光の照射手段によってもPLB数は変わってくる場合があるので、予備実験等により、照射手段を検討することも重要であることが明らかにされた。
【0117】
実施例9 PLBの増殖実験 − 植物ホルモンとの比較
上記実施例4で用いた修正MS培地中に、植物ホルモンであるナフタレン酢酸(NAA)を1mg/Lとベンジルアデニン(BA)を2mg/L添加した。当該培地と、植物ホルモンを添加しない修正MS培地を用い、上記実施例4と同様の条件で、無色PSフィルムを用いたコントロール、本発明に係るNB−PSフィルムを用いた場合、植物ホルモンを用いた場合、本発明フィルムと植物ホルモンを併用した場合の比較を行った。結果を表4に示す。表4中、異なるアルファベット間にはTukeyの多重検定において、5%レベルで有意差があることを示す。
【0118】
【表4】

【0119】
上記結果のとおり、本発明フィルムのみ用いた場合、植物ホルモンのみ用いた場合、本発明フィルムと植物ホルモンを併用した場合のいずれも、コントロールより有意にPLB数を増やすことができた。また、植物ホルモンのみ用いた場合の方が本発明フィルムのみ用いた場合よりもPLB総数は多かったが、正常なPLBの割合が少なく、決して効率的ではないことが分かった。さらに、上記結果では、本発明フィルムと植物ホルモンを併用した場合の結果が最も良好であった。
【0120】
実施例10 PLBの増殖実験 − 植物ホルモンとの比較
上記実施例9において、C.finlaysonianumの代わりにC.insigneのPLBを用いた以外は同様にして、PLBの増殖実験を行った。また、40日にわたる光照射後において、PLB数等のみならず、各PLBの根の形成率と葉茎の形成率も求めた。結果を表5に示す。
【0121】
【表5】

【0122】
上記結果のとおり、本発明フィルムのみ用いた場合、植物ホルモンのみ用いた場合、本発明フィルムと植物ホルモンを併用した場合のいずれも、コントロールに比べて有意とはいえないまでもPLB重量や数が増加することが分かった。また、植物ホルモンを用いた場合、根や葉茎の形成が阻害され、その理由は必ずしも明らかではないが、本発明フィルムと植物ホルモンを併用した場合では根と葉茎の両方が形成されたPLBは皆無であった。一方、本発明フィルムのみを用いた場合では、根や葉茎が良好に形成されている。
【0123】
従って、本発明フィルムを用いれば、植物ホルモンを用いずともPLBの増殖を促進することができる上に、根や葉茎の形成も阻害しないことが実証された。
【0124】
実施例11 耐光性試験
実用上、農業用フィルムの耐光性は重要であるので、本発明に係る蛍光透明フィルムの耐光性につき試験した。具体的には、実施例1のNB−PSフィルムと実施例3のNB−PMMAフィルムをキセノン促進耐候性試験機(Q−Lab社製,製品名「Q−Sun Xe−1型」)内に設置し、340nmの波長照度:0.51W/m2、温度:45℃となる条件でキセノン光を2時間ずつ、合計10時間照射した。次いで、各フィルムの蛍光強度を測定し、キセノン光照射前に対する蛍光強度保持率を算出した。結果を表6と図4に示す。
【0125】
【表6】

【0126】
表6と図4の結果のとおり、キセノン光という強力光を強制的に照射した場合、マトリクス樹脂としてポリメチルメタクリレートを含む実施例3のフィルムでは、10時間後における蛍光強度が40%まで低下してしまった。それに対してポリスチレンを含む実施例1のフィルムでは、同一の色素であってもその含量は90%に維持されていた。
【0127】
以上の結果から、本発明方法を実施するに当たり、フィルムによっては適時交換する必要があり、また、マトリクス樹脂としてポリスチレンを含むフィルムは、本発明色素の分解等を抑制することができ、耐光性に優れることが明らかになった。
【0128】
実施例12 耐光性試験
上記実施例11において、蛍光透明フィルムを実施例2のBD−PSフィルムと実施例5のBD−PCフィルムに変えて、同様の実験を行った。結果を図5に示す。
【0129】
図5のとおり、キセノン光という強力光を強制的に照射した場合、マトリクス樹脂としてポリカーボネートを含む実施例5のフィルムでは、10時間後における蛍光強度が約50%まで低下してしまった。それに対してポリスチレンを含む実施例2のフィルムでは、同一の色素であってもその含量は約90%に維持されていた。よって、マトリクス樹脂としてポリスチレンを含むフィルムの耐光性の高さが実証された。
【0130】
実施例13 本発明に係る蛍光透明フィルムの製造
下記スキームに従って、多環系オキサゾール化合物を合成した。
【0131】
【化10】

【0132】
上記ナフトキノン化合物(1.0g)とp−t−ブチルベンズアルデヒド(0.65g)をエタノール(65mL)に溶解し、これに酢酸アンモニウム(3.28g)を加えて80℃で2時間加熱攪拌した。反応終了後、反応混合液を水(500mL)に注ぎ、生じた析出物を濾別した。濾別した析出物をジクロロメタンに溶解し、当該溶液を水で洗浄した後に減圧濃縮した。残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィ(展開溶媒:キシレン/酢酸=20/1)を用いて分離精製することにより、多環系オキサゾール化合物(0.6g,収率:43.5%)を得た。以下、上記多環系オキサゾール化合物を「BB」という。
【0133】
当該多環系オキサゾール化合物「BB」を用いた以外は上記実施例1と同様にして、本発明フィルムを製造した。また、上記実施例1と同様に、吸収スペクトルと蛍光スペクトルを測定した。結果を図6に示す。
【0134】
実施例14 本発明に係る蛍光透明フィルムの製造
下記スキームに従って、多環系オキサゾール化合物を合成した。
【0135】
【化11】

【0136】
上記ナフトキノン化合物(0.8g)と1−ピレンカルバルデヒド(0.98g)をエタノール(150mL)に溶解し、これに酢酸アンモニウム(6.57g)を加えて80℃で1.5時間加熱攪拌した。反応終了後、反応混合液を水(500mL)に注ぎ、生じた析出物を濾別した。濾別した析出物をジクロロメタンに溶解し、当該溶液を水で洗浄した後に減圧濃縮した。残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィ(展開溶媒:キシレン/酢酸=20/1)を用いて分離精製することにより、多環系オキサゾール化合物(1.12g,収率:49.4%)を得た。以下、上記多環系オキサゾール化合物を「BP」という。
【0137】
当該多環系オキサゾール化合物「BP」を用い且つポリスチレンの代わりにポリカーボネートを用いた以外は上記実施例1と同様にして、本発明フィルムを製造した。また、上記実施例1と同様に、吸収スペクトルと蛍光スペクトルを測定した。結果を図6に示す。
【0138】
実施例15 耐光性試験
上記実施例11において、蛍光透明フィルムを実施例13のBB−PSフィルムと実施例14のBP−PCフィルムに変えて、同様の実験を行った。結果を図7に示す。
【0139】
図7のとおり、キセノン光という強力光を10時間にわたり照射した場合、マトリクス樹脂としてポリスチレンまたはポリカーボネートを含むフィルムでは、蛍光色素を約60%に維持することができた。
【0140】
実施例16 耐光性試験
実施例1のNB−PSフィルム、実施例2のBD−PSフィルム、実施例13のBB−PSフィルム、実施例14のBP−PCフィルム、および比較例1のID−PSフィルムを、擬似太陽光(Light source社製,VITA LITE)から15cm離した位置に設置し、光強度が1500〜1800luxとなる条件で擬似太陽光を30日間照射した後、各フィルムの蛍光強度を測定し、擬似太陽光照射前に対する蛍光強度保持率を算出した。結果を表7に示す。
【0141】
【表7】

【0142】
上記結果のとおり、マトリクス樹脂としてポリスチレンを含む蛍光透明フィルムは、おしなべて耐光性に優れることが実証された。
【0143】
実施例17 PLBの増殖実験
上記実施例4において、蛍光透明フィルムとして上記実施例13のBB−PSフィルムを用い、光強度が1500〜1800luxの擬似太陽光(Light source社製,VITA LITE)を用い、且つ波長変換光の照射期間を42日間とした以外は同様にして、PLBの増殖実験を行った。結果を表8に示す。なお、表8中、「*」はt検定により5%の危険率で有意差があることを示す。
【0144】
【表8】

【0145】
上記結果のとおり、蛍光色素として多環系オキサゾール化合物を含む蛍光透明フィルムを用いた場合には、色素を含まないコントロールフィルムに比べて、PLBの総数と正常数が有意に増加した。よって、蛍光色素として多環系オキサゾール化合物を含む蛍光透明フィルムも、PLBの増殖に有用であることが分かった。
【0146】
実施例18 PLBの増殖実験
上記実施例4において、蛍光透明フィルムとして上記実施例14のBP−PCフィルムを用い、光強度が1500〜1800luxの擬似太陽光(Duro−Test Lightihg社製,VITA LITE)を用い、且つ波長変換光の照射期間を42日間とした以外は同様にして、PLBの増殖実験を行った。結果を表9に示す。なお、表9中、「*」はt検定により5%の危険率で有意差があることを示す。
【0147】
【表9】

【0148】
上記結果のとおり、蛍光透明フィルムとしてBP−PCを用いた場合には、正常PLB数で有意差はないものの、BB−PSを用いた場合とほぼ同様の結果が得られた。よって、蛍光色素として多環系オキサゾール化合物を含む蛍光透明フィルムも、PLBの増殖に有用であることが分かった。
【0149】
実施例19 PLBの増殖実験
上記実施例18において、C.finlaysonianumの代わりにC.insigneのPLBを用いた以外は同様にして、PLBの増殖実験を行った。結果を表10に示す。なお、表10中、「*」はt検定により5%の危険率で有意差があることを示す。
【0150】
【表10】

【0151】
上記結果のとおり、蛍光透明フィルムとしてBP−PCを用いた場合、根や葉茎の形成率はコントロールに比べてやや低下したものの、PLBの数は有意に増加した。よって、蛍光色素として多環系オキサゾール化合物を含む蛍光透明フィルムも、PLBの増殖に有用であることが分かった。
【0152】
実施例20 本発明に係る蛍光透明フィルムの製造
特開2008−195749号公報に記載の実施例4〜5の方法に従って、下記多環系フェナジン化合物を合成した。以下、下記多環系フェナジン化合物を「BX」という。
【0153】
【化12】

【0154】
当該多環系フェナジン化合物BXを用いた以外は上記実施例1と同様にして、本発明フィルムを製造した。また、上記実施例1と同様に、吸収スペクトルと蛍光スペクトルを測定した。結果を図8に示す。
【0155】
実施例21 本発明に係る蛍光透明フィルムの製造
下記スキームに従って、多環系フェナジン化合物を合成した。
【0156】
【化13】

【0157】
原料化合物であるナフトキノン化合物は、特開2008−195749号公報に記載の実施例1−2の方法に従って合成することができる。
【0158】
上記ナフトキノン化合物(0.92g)と1,2−ジアミノ化合物(0.92g)をエタノール(60mL)に溶解し、80℃で4時間加熱還流した。反応終了後、反応液を減圧濃縮した。得られた残渣をジクロロメタンで抽出し、当該抽出液を水で洗浄した後に減圧濃縮した。得られた残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィ(展開溶媒:ジクロロメタン/酢酸エチル=10/1)を用いて精製した後、再度シリカゲルカラムクロマトグラフィ(展開溶媒:キシレン)で精製することにより、トランス型多環系フェナジン化合物(1.00g,収率:57%)を得た。以下、上記多環系フェナジン化合物を「FX」という。
【0159】
当該トランス型多環系フェナジン化合物を用いた以外は上記実施例1と同様にして、本発明フィルムを製造した。また、上記実施例1と同様に、吸収スペクトルと蛍光スペクトルを測定した。結果を図8に示す。
【0160】
実施例22 本発明に係る蛍光透明フィルムの製造
下記スキームに従って、多環系フェナジン化合物を合成した。
【0161】
【化14】

【0162】
原料化合物であるナフトキノン化合物は、特開2008−195749号公報に記載の実施例1−2の方法に従って合成することができる。また、1,2−ジアミノ化合物は、当該ナフトキノン化合物のカルボニル基をヒドロキシアンモニウム塩酸塩でオキシム化した後、塩化スズ−塩酸で還元することにより合成することができる。
【0163】
上記ナフトキノン化合物(0.370g)と1,2−ジアミノ化合物(0.370g)をエタノール(30mL)に溶解し、80℃で10時間加熱還流した。反応終了後、反応混合液を大量の水(500mL)に注ぎ、生じた析出物を濾別した。濾別した析出物をジクロロメタンに溶解し、当該溶液を水で洗浄した後に減圧濃縮した。残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィ(展開溶媒:ジクロロメタン)を用いて精製することにより、赤色粉末結晶であるトランス型多環系フェナジン化合物(0.323g,収率:46%)を得た。以下、上記多環系フェナジン化合物を「XX」という。
【0164】
当該トランス型多環系フェナジン化合物を用いた以外は上記実施例1と同様にして、本発明フィルムを製造した。また、上記実施例1と同様に、吸収スペクトルと蛍光スペクトルを測定した。結果を図8に示す。
【0165】
実施例23 耐光性試験
上記実施例11と同様の条件で、実施例20のBX−PSフィルム、実施例21のFX−PSフィルムおよび実施例22のXX−PSフィルムの耐光性を試験した。結果を表11と図9に示す。
【0166】
【表11】

【0167】
上記結果のとおり、実施例20〜22の本発明フィルムにおいては、キセノン光という強力光を合計10時間照射した後においても、色素顔料は80%以上に維持されており、本発明フィルムの優れた耐光性が実証された。また、吸収波長領域と発光波長領域から分かるように、これら本発明フィルムは、青色光は吸収せずに透過させ、近紫外光と緑〜黄色光を吸収して赤色光に変換することができる。さらに、相対蛍光強度からしめされるように、発光強度は、BX−PS<FX−PS<XX−PSの順に増大した。
【0168】
以上の結果から、マトリクス樹脂としてポリスチレンを含むフィルムは、本発明色素の分解等を抑制することができ、耐光性に優れることが明らかになった。
【0169】
実施例24 本発明に係る蛍光透明フィルムの製造
下記スキームに従って、多環系オキサゾール化合物を合成した。
【0170】
【化15】

【0171】
上記ナフトキノン化合物(2.0g)とp−ホルミル安息香酸(0.80g)を酢酸(30mL)に溶解し、これに酢酸アンモニウム(8.19g)を加えて90℃で5時間加熱攪拌した。反応終了後、反応混合液を水(300mL)に注ぎ、生じた析出物を濾別し、少量のジクロロメタンで洗浄することにより黄色粉末を得た。得られた黄色粉末、1−ヨードブタン(1.95g)および炭酸ナトリウム(1.42g)をジメチルホルムアミド(30mL)に溶解し、100℃で1時間加熱攪拌した。反応終了後、反応混合液を水(350mL)に注ぎ、生じた析出物を濾別した。得られた析出物をジクロロメタンに溶解した。当該溶液を水で洗浄した後に減圧濃縮した。残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィ(展開溶媒:トルエン/酢酸=10/1)を用いて分離精製することにより、多環系オキサゾール化合物(2.49g,収率:83%)を得た。以下、上記多環系オキサゾール化合物を「BE」という。
【0172】
当該多環系オキサゾール化合物BEを用いた以外は上記実施例1と同様にして、本発明フィルムを製造した。また、上記実施例1と同様に、吸収スペクトルと蛍光スペクトルを測定した。結果を図10に示す。
【0173】
実施例25 本発明に係る蛍光透明フィルムの製造
下記スキームに従って、多環系オキサゾール化合物を合成した。
【0174】
【化16】

【0175】
上記ナフトキノン化合物(2.0g)と4−ピリジンカルバルデヒド(0.67g)を酢酸(140mL)に溶解し、これに酢酸アンモニウム(2.06g)を加えて90℃で4時間加熱攪拌した。反応終了後、溶媒を減圧留去して除去した後に水(1000mL)を注ぎ、生じた析出物を濾別した。析出物をジクロロメタンに溶解し、当該溶液を水で洗浄した後に減圧濃縮した。残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィ(展開溶媒:ジクロロメタン/テトラヒドロフラン=3/1)を用いて分離精製することにより、多環系オキサゾール化合物(1.17g,収率:47.2%)を得た。以下、上記多環系オキサゾール化合物を「PP」という。
【0176】
当該多環系オキサゾール化合物PPを用いた以外は上記実施例1と同様にして、本発明フィルムを製造した。また、上記実施例1と同様に、吸収スペクトルと蛍光スペクトルを測定した。結果を図10に示す。
【0177】
実施例26 本発明に係る蛍光透明フィルムの製造
下記スキームに従って、多環系オキサゾール化合物を合成した。
【0178】
【化17】

【0179】
上記ナフトキノン化合物(1.0g)とサリチルアルデヒド(0.391g)を酢酸(30mL)に溶解し、これに酢酸アンモニウム(4.11g)を加えて90℃で5時間加熱攪拌した。反応終了後、反応混合液を水(200mL)に注ぎ、生じた析出物を濾別した。析出物をジクロロメタンに溶解し、当該溶液を水で洗浄した後に減圧濃縮した。残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィ(展開溶媒:ジクロロメタン/ヘキサン=10/1)を用いて分離精製することにより、多環系オキサゾール化合物(0.76g,収率:59.7%)を得た。以下、上記多環系オキサゾール化合物を「XH」という。
【0180】
当該多環系オキサゾール化合物XHを用いた以外は上記実施例1と同様にして、本発明フィルムを製造した。また、上記実施例1と同様に、吸収スペクトルと蛍光スペクトルを測定した。結果を図10に示す。
【0181】
実施例27 耐光性試験
上記実施例11と同様の条件で、実施例24のBE−PSフィルム、実施例25のPP−PSフィルムおよび実施例26のXH−PSフィルムの耐光性を試験した。結果を図11に示す。
【0182】
図11のとおり、キセノン光という強力光を合計10時間にわたり照射した場合であっても、マトリクス樹脂としてポリスチレンを含むフィルムでは、色素を約70%以上に維持することができた。特にBE−PSフィルムとPP−PSフィルムでは、蛍光保持率が約80%以上と優れた耐光性を示した。
【0183】
実施例28 ジブチルジチオカルバミン酸ニッケルによる耐光性向上効果の実証
ポリスチレン(2.0g)、実施例1の蛍光色素であるNBまたは実施例2のBD(ポリスチレンに対して0.05質量%)およびジブチルジチオカルバミン酸ニッケル(蛍光色素に対して1倍モル比または5倍モル比)をジクロロメタン(10mL)に溶解し、キャスト法によりNB−PSフィルムまたはBD−PSフィルムを作製した。当該フィルムを用い、実施例11と同様の条件で耐光性試験を行った。結果を表12に示す。
【0184】
【表12】

【0185】
上記結果の通り、ジブチルジチオカルバミン酸ニッケルが添加されたNB−PSフィルムおよびBD−PSフィルムでは、添加物無しのフィルムよりも初期蛍光強度が増大した。また、キセノン光を10時間照射した後における蛍光保持率は、ジブチルジチオカルバミン酸ニッケルの添加量による差はほとんど見られず、添加量が少なくても十分な耐光性向上効果が認められた。50時間照射後では、添加量による差が認められ、蛍光色素に対して5倍モル比添加した方が耐光性は良好であったものの、1倍モル比でも十分に効果はあった。以上のとおり、ジブチルジチオカルバミン酸ニッケルの添加により、本発明フィルムの耐光性は一層向上することが明らかとなった。
【0186】
実施例29 N−アセチルグルコサミンによるPLB増殖効果実験
上記実施例4において、修正MS培地中にN−アセチルグルコサミンを10mg/L添加し、C.finlaysonianumの代わりにC.Waltz‘Idol’を用いた以外は同様にして、PLBの増殖実験を行った。本発明に係る蛍光フィルムとしてはNB−PSフィルムを用い、比較のために無色PSフィルムを用いた。結果を表13に示す。表13中、異なるアルファベット間にはTukeyの多重検定において、5%レベルで有意差があることを示す。
【0187】
【表13】

【0188】
上記結果のとおり、蛍光色素を用いない場合であっても、N−アセチルグルコサミンを培地に添加すればPLBの重量や正常PLB数等は増加するが、有意差は無い。それに対して、本発明に係る蛍光フィルムとN−アセチルグルコサミンとを併用したところ、器官形成率は低下した一方で、PLBの重量と正常PLB数は増加し、特に正常PLB数は有意に増加した。よって、本発明に係る蛍光フィルムとN−アセチルグルコサミンとを併用すれば、正常なPLBをより一層増加できることが分かった。
【0189】
実施例30 PLB増殖実験
実施例1で製造したNB−PSフィルムを粉砕機で2分間粉砕し、粉末状の蛍光体を作製した。当該粉末状蛍光体を修正MS培地50mL当たり2g混合した以外は上記実施例4と同様にして、PLBの増殖実験を行った。PLB数の経時的な変化を図12に、実験開始から42日後におけるPLB数等を表14に示す。表14中、*はt検定において5%レベルで有意差があることを示し、**は1%レベルで有意差があることを示す。
【0190】
【表14】

【0191】
上記結果のとおり、本発明に係る蛍光透明フィルムの透過光をPLBに照射する以外にも、本発明に係る粉末状を培地に添加してその蛍光をPLBに照射しても、PLB総数や正常なPLB数は有意に増加することが明らかになった。
【0192】
実施例31 PLB増殖実験
上記実施例30において、本発明に係る粉末状蛍光体の添加量を修正MS培地30mL当たり3gとした以外は同様にして、C.tracyanumとC.Luna SongにつきPLBの増殖実験を行った。結果を表15に示す。
【0193】
【表15】

【0194】
また、修正MS培地からゲルライトを除いた液体培地に関しても、同様に実験を行った。結果を表16に示す。
【0195】
【表16】

【0196】
上記結果のとおり、本発明に係る粉末状蛍光体は、C.finlaysonianum以外にもC.tracyanumとC.Luna Songに対して効果を発揮し、特にC.Luna Songに対する効果が高かった。また、本発明に係る粉末状蛍光体は、固体培地でも液体培地でも効果を示すことが明らかとなった。
【0197】
実施例32 PLB増殖実験
上記実施例4において、NB−PSフィルムの代わりに上記実施例21で製造したFX−PSフィルムを用い、C.finlaysonianumとC.insigneに対するPLB増殖効果を試験した。NB−PSの結果と共に、結果を表17に示す。
【0198】
【表17】

【0199】
上記結果のとおり、FX−PSフィルムを用いた場合でも、コントロールに比べてPLBの重量や数が増加することが実証された。
【0200】
実施例33 PLB増殖実験
上記実施例4において、NB−PSフィルムの代わりに上記実施例25で製造したPP−PSフィルム、または当該PP−PSフィルムを上記実施例7と同様にエンボス加工したエンボスPP−PSフィルムを用い、Gramatophyllum scriptum‘Hihimanu’に対するPLB増殖効果を試験した。結果を表18に示す。
【0201】
【表18】

【0202】
上記結果のとおり、PP−PSフィルムを用いた場合でも、コントロールに比べてPLBの重量や数が増加し、かかる効果は、フィルムをエンボス加工することにより一層向上することが実証された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(I1)、式(I2)または(I3)で表される多環化合物を色素として含む蛍光体による波長変換光を照射することによりPLBを増殖させる工程を含むことを特徴とするラン科植物の製造方法。
【化1】

[式(I1)中、
1は、−C(=O)OR8、−C(=O)R8、ハロゲン基またはシアノ基を示し;
2とR3は一緒になって−X1−を形成し且つR4とR5は共に水素原子を示すか、またはR2とR3は共に水素原子を示し且つR4とR5は一緒になって−X1−を形成し;
6とR7は、それぞれ独立して水素原子基またはC1-8アルキル基を示し;
8は、水素原子基またはC1-8アルキル基を示し;
1は、−O−基、−S−基または−N(R9)−基を示し;
9は、水素原子基またはC1-6アルキル基を示し;
式(I2)中、
10とR11は、それぞれ独立して水素原子基またはC1-8アルキル基を示し;
12とR13は一緒になって−X2−を形成し且つR14とR15は共に水素原子を示すか、またはR12とR13は共に水素原子を示し且つR14とR15は一緒になって−X2−を形成し;
16とR17は一緒になって−X3−を形成し且つR18とR19は共に水素原子を示すか、またはR16とR17は共に水素原子を示し且つR18とR19は一緒になって−X3−を形成し;
20とR21は、それぞれ独立して水素原子基またはC1-8アルキル基を示し;
2とX3は、それぞれ独立して−O−基、−S−基または−N(R22)−基を示し;
22は、水素原子基またはC1-6アルキル基を示し;
式(I3)中、
23は、置換基を有していてもよいC6-20芳香族炭化水素基または置換基を有していてもよいヘテロアリール基を示し;
24とR25は一緒になって−X4−を形成し且つR26とR27は共に水素原子を示すか、またはR24とR25は共に水素原子を示し且つR26とR27は一緒になって−X4−を形成し;
28とR29は、それぞれ独立して水素原子基またはC1-8アルキル基を示し;
4は、−O−基、−S−基または−N(R30)−基を示し;
30は、水素原子基またはC1-6アルキル基を示し;
芳香族炭化水素基またはヘテロアリール基の置換基は、C1-6アルキル基、C1-6アルコキシ基、アミノ基、アルキルアミノ基、ジアルキルアミノ基、水酸基、ハロゲン基、カルボキシ基、アルコキシカルボニル基およびシアノ基からなる群より選択される1以上の基を示す]
【請求項2】
さらに、PLBにN−アセチルグルコサミンを作用させる請求項1に記載のラン科植物の製造方法。
【請求項3】
マトリクス樹脂としてポリスチレンを含む蛍光体を用いる請求項1または2に記載のラン科植物の製造方法。
【請求項4】
蛍光体として、エンボス加工された蛍光フィルムを用いる請求項1〜3のいずれかに記載のラン科植物の製造方法。
【請求項5】
蛍光体へさらにジ(C1-6アルキル)ジチオカルバミン酸ニッケルを添加する請求項1〜4のいずれかに記載のラン科植物の製造方法。
【請求項6】
下記式(I1)、式(I2)または(I3)で表される多環化合物を色素として含むことを特徴とするPLB増殖用蛍光体。
【化2】

[式(I1)中、
1は、−C(=O)OR8、−C(=O)R8、ハロゲン基またはシアノ基を示し;
2とR3は一緒になって−X1−を形成し且つR4とR5は共に水素原子を示すか、またはR2とR3は共に水素原子を示し且つR4とR5は一緒になって−X1−を形成し;
6とR7は、それぞれ独立して水素原子基またはC1-8アルキル基を示し;
8は、水素原子基またはC1-8アルキル基を示し;
1は、−O−基、−S−基または−N(R9)−基を示し;
9は、水素原子基またはC1-6アルキル基を示し;
式(I2)中、
10とR11は、それぞれ独立して水素原子基またはC1-8アルキル基を示し;
12とR13は一緒になって−X2−を形成し且つR14とR15は共に水素原子を示すか、またはR12とR13は共に水素原子を示し且つR14とR15は一緒になって−X2−を形成し;
16とR17は一緒になって−X3−を形成し且つR18とR19は共に水素原子を示すか、またはR16とR17は共に水素原子を示し且つR18とR19は一緒になって−X3−を形成し;
20とR21は、それぞれ独立して水素原子基またはC1-8アルキル基を示し;
2とX3は、それぞれ独立して−O−基、−S−基または−N(R22)−基を示し;
22は、水素原子基またはC1-6アルキル基を示し;
式(I3)中、
23は、置換基を有していてもよいC6-20芳香族炭化水素基または置換基を有していてもよいヘテロアリール基を示し;
24とR25は一緒になって−X4−を形成し且つR26とR27は共に水素原子を示すか、またはR24とR25は共に水素原子を示し且つR26とR27は一緒になって−X4−を形成し;
28とR29は、それぞれ独立して水素原子基またはC1-8アルキル基を示し;
4は、−O−基、−S−基または−N(R30)−基を示し;
30は、水素原子基またはC1-6アルキル基を示し;
芳香族炭化水素基またはヘテロアリール基の置換基は、C1-6アルキル基、C1-6アルコキシ基、アミノ基、アルキルアミノ基、ジアルキルアミノ基、水酸基、ハロゲン基、カルボキシ基、アルコキシカルボニル基およびシアノ基からなる群より選択される1以上の基を示す]
【請求項7】
マトリクス樹脂としてポリスチレンを含む請求項6に記載のPLB増殖用蛍光体。
【請求項8】
エンボス加工されているフィルム状のものである請求項6または7に記載のPLB増殖用蛍光体。
【請求項9】
ジ(C1-6アルキル)ジチオカルバミン酸ニッケルを含む請求項6〜8のいずれかに記載のPLB増殖用蛍光体。

【図1】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図2】
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【図3】
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【図12】
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【公開番号】特開2010−88420(P2010−88420A)
【公開日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−111533(P2009−111533)
【出願日】平成21年4月30日(2009.4.30)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2009年3月19日に園芸学会発行の「園芸学研究 第8巻 別冊1 −2009−」ならびに園芸学会主催の「園芸学会平成21年度春季大会」において発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、独立行政法人科学技術振興機構、地域イノベーション創出総合支援事業育成研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504174180)国立大学法人高知大学 (174)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】