説明

リグニンから芳香族の製造方法

【課題】 反応性の乏しいリグニンから、有用な化学物質である、ベンゼン、トルエン等の芳香族化合物を製造する方法を提供する。
【解決手段】 周期表上で第7族〜第10族の元素からなる群より選ばれる一種若しくは二種以上の金属を担持したゼオライトの存在下、又はゼオライトと、周期表上で第7族〜第10族の元素からなる群より選ばれる少なくとも一種若しくは二種以上の金属を担持したシリカアルミナとの存在下、リグニンを熱処理する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リグニンから芳香族化合物を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、石油等の化石資源の枯渇が懸念されており、バイオマスの利用が注目されている。バイオマスとは、木材や藁、資源作物等の有機物の一般総称であり、成長過程で光合成により大気中から吸収した二酸化炭素に由来するため、バイオマスを使用しても全体として見れば大気中の二酸化炭素量を増加させていないと考えてよいとされており、カーボンニュートラルな再生可能資源である。地球温暖化及び化石資源枯渇の観点から、様々な化学原料への転換が試みられている。
【0003】
例えば、バイオマスからセルロースを取り出し、糖化発酵させることによりバイオマスからエタノールを製造する方法が報告されている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
しかしながら、バイオマスの主成分の一つであるリグニンは、反応性に乏しいことからバイオマスから除去され、エタノールの原料にはされておらず、有用な化学品の原料として利用されていない。
【0005】
また、バイオマスからエタノールを得る方法として、セルロースの糖化醗酵とリグニン等の非醗酵成分の水熱ガス化と熱化学的にエタノールを生産する方法が報告されている(例えば、特許文献2参照)。
【0006】
しかしながら、リグニンからエタノールを得るためには、水熱ガス化により水素と二酸化炭素を得るプロセスと、水素と二酸化炭素熱化学的反応に反応させエタノールをえるプロセスの二段階のプロセスを必要としている。
【0007】
また、特許文献1や特許文献2に記載の方法では、ベンゼン、トルエン等の芳香族化合物を得るには、エタノールを原料とした更なるプロセスが必要となる。
【0008】
さらに、セルロース、グルコース、キシリトール等のセルロース誘導体をゼオライト[ZSM5(SiO/Al=30)]とを混合し加熱することで、有用な化学物質である、ベンゼン、トルエン等の芳香族化合物を得る方法が報告されている(例えば、非特許文献1参照)。
【0009】
しかしながら、同文献に記載されたゼオライトでは、反応性の乏しいリグニンから芳香族化合物を得ることはできなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2008−92910号公報
【特許文献2】特開2005−168335号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】ChemSusChem,1(2008)397−400
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は上記の背景技術に鑑みてなされたものであり、その目的は、反応性の乏しいリグニンから、有用な化学物質である、ベンゼン、トルエン等の芳香族化合物を製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題を解決するため、鋭意検討を重ねた結果、本発明を完成するに至った。
【0014】
すなわち、本発明は、以下に示すとおりの芳香族化合物の製造方法である。
【0015】
[1]周期表上で第7族〜第10族の元素からなる群より選ばれる一種又は二種以上の金属を担持したゼオライトの存在下、リグニンを熱処理することを特徴とする芳香族化合物の製造方法。
【0016】
[2]ゼオライトと、周期表上で第7族〜第10族の元素からなる群より選ばれる一種又は二種以上の金属を担持したシリカアルミナとの存在下、リグニンを熱処理することを特徴とする芳香族化合物の製造方法。
【0017】
[3]ゼオライトが、MFI構造、BEA構造、MOR構造、及びFAU構造からなる群より選ばれるいずれかの構造を有することを特徴とする上記[1]又は[2]に記載の芳香族の製造方法。
【0018】
[4]周期表上で第7族〜第10族の元素からなる群より選ばれる一種又は二種以上の金属が、鉄族元素及び白金族元素からなる群より選ばれる一種又は二種以上の金属であることを特徴とする上記[1]乃至[3]のいずれかに記載の製造方法。
【0019】
[5]ガスの流通下で300〜700℃の範囲で熱処理することを特徴とする上記[1]乃至[4]のいずれかに記載の芳香族化合物の製造方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、バイオマスの主成分の一つでありながら、反応性に乏しいことからこれまで有効に活用されていなかったリグニンから、有用な化学物質である、ベンゼン、トルエン等の芳香族化合物を製造することができるため、工業的に極めて有用である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明は、周期表上で第7族〜第10族の元素からなる群より選ばれる一種若しくは二種以上の金属を担持したゼオライトの存在下、又はゼオライトと、周期表上で第7族〜第10族の元素からなる群より選ばれる少なくとも一種若しくは二種以上の金属を担持したシリカアルミナとの存在下、リグニンを熱処理することをその特徴とする。
【0022】
本発明において、リグニンとは、植物の維管束細胞壁成分として存在する無定形高分子物質であって、フェニルプロパン系の構成単位が複雑に縮合したものをいう。リグニンは、セルロース、ヘミセルロースとともにバイオマスの主成分の一つである。
【0023】
リグニンは、例えば,木材からのパルプ・製紙工程において可溶化され取り出されたり、バイオマスからのエタノール製造においてエタノールの原料に用いられるセルロースの残渣として取り出されたりする等、種々の方法で得られる。
【0024】
本発明において、芳香族化合物を製造する際に、これらのリグニンをそのまま用いても良く、各種の精製工程を経てから用いても良い。また、リグニンを分離する前のバイオマスをそのまま用いても良い。
【0025】
本発明において、ゼオライトとは、一般式:M2/nO・AlSiOO(式中、nは陽イオンMの原子価を表す。また、yは2以上の数を表し、zは0以上の数を表す。)で示される結晶性アルミノシリケートをいい、天然品及び合成品として多くの種類が知られている。
【0026】
本発明に用いられるゼオライトの種類としては、特に限定するものではないが、高い耐久性を得るためには、SiO/Alモル比が10以上であることが好ましい。代表的には、MFI構造、BEA構造、MOR構造、FAU構造、FER型構造、及びMEL型構造からなる群より選ばれるいずれかの構造を有するゼオライトが好適なものとして挙げられる。これらのうち、MFI構造、BEA構造、MOR構造、FAU構造が特に好ましい。これらのゼオライトは、天然品および合成品をそのまま用いても、またこれらをイオン交換、又は焼成して用いても一向に差し支えない。
【0027】
本発明において、シリカアルミナとは、珪素とアルミニウムからなる非晶質の複合酸化物をいい、合成シリカアルミナの他、酸性白土、活性白土のように、不純物を含有するシリカアルミナが知られている。なお、本発明において、シリカアルミナ中のアルミニウムと珪素の量比は特に限定されない。
【0028】
本発明において、担体であるゼオライト及び/又はシリカアルミナに担持される金属は、周期表上で第7族〜第10族の元素からなる群より選ばれる一種又は二種以上の金属である。ここで、第7族の元素とは、マンガン、テクネチウム、レニウム、ボーリウムからなるものであり、第8族の元素とは、鉄、ルテニウム、オスミウム、ハッシウムからなるものであり、第9族の元素とは、コバルト、ロジウム、イリジウム、マイトネリウムからなるものであり、第10族の元素とはニッケル、パラジウム、白金、ダームスタチウムからなるものである。
【0029】
これらのうち、鉄族元素(周期表上で第4周期の第8、9、10族の元素。すなわち、鉄、コバルト、ニッケル。)、及び白金族元素(周期表において第5及び第6周期、第8、9、10族に位置する元素。すなわち、ルテニウム、ロジウム、パラジウム、オスミウム、イリジウム、白金。)からなる群より選ばれる一種又は二種以上の金属が好ましい。
【0030】
本発明において、担体に金属を担持させる方法には、特に制限はなく、含浸担持法、イオン交換法等により行えばよい。例えば、ゼオライトにニッケルを担持する場合、ニッケルイオンを含む溶液にゼオライトを投入し、その後溶液を除去して行えばよい。このとき使用するニッケル塩としては、例えば、酢酸塩、硝酸塩、塩化物等が挙げられる。
【0031】
本発明において、金属の担持量としては、特に限定するものではないが、本発明の触媒に対し、通常0.1〜20重量%、好ましくは0.5〜15重量%の範囲である。金属の担持量を0.1重量%以上とすることで、本発明の触媒性能が有効に発揮される。また、20重量%を超えて担持させても問題はないが、担持させただけの向上効果は発揮されず、経済的に不利となるおそれがある。
【0032】
本発明において、リグニンの熱処理は、例えば、本発明の触媒とリグニンを予め混合して熱処理する方法や、本発明の触媒を流動させている中にリグニンを供する方法等により行われる。
【0033】
リグニンの熱処理の際の、本発明の触媒とリグニンとの混合比は、特に限定するものではないが、効率よく芳香族を得るためには、リグニン/本発明の触媒=1/99〜60/40(重量比)の範囲であること好ましい。リグニン/本発明の触媒が1/99(重量比)より小さい場合、芳香族を得るために触媒が大量に必要となるため、経済的ではない。また、リグニン/本発明の触媒が60:40(重量比)より大きい場合、リグニンが触媒の作用を受けにくくなり、高い芳香族形成効率を得られなくなるおそれがある。
【0034】
本発明において、熱処理条件は特に限定するものではなく、例えば、ガスの流通下で300〜700℃で処理すればよい。300℃より低い温度の場合、触媒作用が弱くなって、高い芳香族形成効率が得らないおそれがあり、700℃より高い温度の場合、反応温度を維持するために多量のエネルギーが必要となるため、経済的ではない。また、流通させるガスとしては、特に制限はなく、例えば、窒素、アルゴン、ヘリウム等の不活性のガスを用いることができるが、これに酸素、水等を含有していても良い。
【0035】
本発明により得られる芳香族化合物としては、特に限定するものではないが、例えば、ベンゼン、トルエン、キシレン、スチレン、エチルベンゼン、キュメン等の環式炭化水素化合物及びそれらの誘導体、フェノール、カテコール、レゾルシノール、ヒドロキノン、クレゾール、サリチル酸等の含酸素環式炭化水素化合物及びそれらの誘導体、ナフタレン、アントラセン等のベンゼン環が縮合したアセン類及びその誘導体が挙げられる。
【実施例】
【0036】
以下、本発明を実施例で説明するが、本発明はこれらの実施例に限定して解釈されるものではない。
【0037】
(芳香族の測定)
ガスクロマトグラフ分析には、ガスクロマトグラフGC−17A(島津製作所製)を用い、生成した芳香族化合物を測定した。カラムにはDB−5(アジレント・テクノロジー社製)、検出器にはFIDを用いた。
【0038】
実施例1.
BEA型ゼオライト(東ソー社製、製品名:HSZ940NHA)にNiとして5重量%となるように0.4M酢酸ニッケル水溶液に加え撹拌し110℃で乾燥させた後に600℃で焼成し、Ni(5重量%)担持BEA型ゼオライトを得た。これを触媒Aとする。
【0039】
リグニン(東京化成製)と触媒Aを重量比1:19で混合した後、1.2gを石英製の反応管(内径20mm、長さ600mm)に装填し、電気炉にセットした。窒素ガス流通下、600℃で2時間熱処理を行った。窒素ガスに随伴した生成物はコールドトラップで捕集した後、ガスクロマトグラフ分析を行った。得られた芳香族化合物は炭素収支[=(生成芳香物の炭素数)÷(原料リグニンの炭素数)×100(%)]で2%であり、その内訳はベンゼンが50モル%、トルエンが50モル%であった。
【0040】
実施例2.
Niとして1重量%となるようにした以外は実施例1と同様にして、Ni(1重量%)担持BEA型ゼオライトを得た。これを触媒Bとする。
【0041】
触媒Aの代わりに触媒Bを用いる以外は実施例1と同様にして、熱処理を行った。ガスクロマトグラフ分析の結果、得られた芳香族化合物は炭素収支で1%であり、その内訳はベンゼンが60モル%、トルエンが40モル%であった。
【0042】
実施例3.
熱処理の温度が350℃となるようにした以外は実施例1と同様にして、熱処理を行った。ガスクロマトグラフ分析の結果、得られた芳香族化合物は炭素収支で1%であり、その内訳はベンゼンが66モル%、トルエンが34モル%であった。
【0043】
実施例4.
BEA型ゼオライトの代わりにMFI型ゼオライト(東ソー社製、製品名:HSZ840HOA)を用いる以外、実施例1と同様にして、Ni(5重量%)担持MFI型ゼオライトを得た。これを触媒Cとする。
【0044】
触媒Aの代わりに触媒Cを用いる以外は実施例1と同様にして、熱処理を行った。ガスクロマトグラフ分析の結果、得られた芳香族化合物は炭素収支で2%であり、その内訳はベンゼンが75モル%、トルエンが25モル%であった。
【0045】
実施例5.
触媒とリグニンを重量比50:50で混合した以外は、実施例1と同様に熱処理を行った。得られた芳香族化合物は炭素収支で1%であり、その内訳はベンゼンが55モル%、トルエンが45モル%であった。
【0046】
実施例6.
酢酸ニッケル水溶液の代わりにテトラアンミン白金硝酸塩水溶液を用いた以外は実施例1と同様にして、Pt(5重量%)担持BEA型ゼオライトを得た。これを触媒Dとする。
【0047】
触媒Aの代わりに触媒Dを用いる以外は実施例1と同様にして、熱処理を行った。ガスクロマトグラフ分析の結果、得られた芳香族化合物は炭素収支で2%であり、その内訳はベンゼンが42モル%、トルエンが58モル%であった。
【0048】
実施例7.
テトラエトキシシランと硝酸アルミニウム9水和物からゾルゲル法でシリカアルミナを得た。このSi/Al比は4、BET比表面積は650m/gであった。このシリカアルミナにNiとして5重量%となるように0.4M酢酸ニッケル水溶液に加え撹拌し110℃で乾燥させた後に600℃で焼成し、Ni(5重量%)担持シリカアルミナを得た。
【0049】
このNi(5重量%)担持シリカアルミナに対し、BEA型ゼオライト(東ソー社製、製品名:HSZ940NHA)を重量比1:1で混合し、これを触媒Eとする。
【0050】
リグニンと触媒Eを重量比1:19で混合する以外は、実施例1と同様にして、熱処理をした。ガスクロマトグラフ分析の結果、得られた芳香族化合物は炭素収支で1%であり、その内訳はベンゼンが50モル%、トルエンが50モル%であった。
【0051】
比較例1.
触媒を混合せずにリグニン1.2gを反応管に装填した以外は、実施例1と同様にして、熱処理を行った。ガスクロマトグラフ分析の結果、芳香族化合物は検出されず、芳香族の炭素収支は0%であった。
【0052】
比較例2.
BEA型ゼオライト(東ソー社製、製品名:HSZ940NHA)を触媒Fとする。触媒Fを用いる以外は、実施例1と同様にして、リグニンの熱処理を行った。ガスクロマトグラフ分析の結果、芳香族化合物は検出されず、芳香族化合物の炭素収支は0%であった。
【0053】
比較例3
実施例7で得られたNi(5%)担持シリカアルミナを触媒Gとする。触媒Gを用いる以外は、実施例1と同様にして、リグニンの熱処理を行った。ガスクロマトグラフ分析の結果、芳香族化合物は検出されず、芳香族化合物の炭素収支は0%であった。
【0054】
実施例1〜7及び比較例1〜3で得られた芳香族化合物の炭素収支(収率)を表1にあわせて示す。
【0055】
【表1】

この表によれば、本発明の触媒の存在下にリグニンを熱処理することで、ベンゼン、トルエン等の芳香族化合物を製造できることは明らかである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
周期表上で第7族〜第10族の元素からなる群より選ばれる一種又は二種以上の金属を担持したゼオライトの存在下、リグニンを熱処理することを特徴とする芳香族化合物の製造方法。
【請求項2】
ゼオライトと、周期表上で第7族〜第10族の元素からなる群より選ばれる一種又は二種以上の金属を担持したシリカアルミナとの存在下、リグニンを熱処理することを特徴とする芳香族化合物の製造方法。
【請求項3】
ゼオライトが、MFI構造、BEA構造、MOR構造、及びFAU構造からなる群より選ばれるいずれかの構造を有することを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
周期表上で第7族〜第10族の元素からなる群より選ばれる一種又は二種以上の金属が、鉄族元素及び白金族元素からなる群より選ばれる一種又は二種以上の金属であることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
ガスの流通下で300〜700℃の範囲で熱処理することを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれかに記載の芳香族化合物の製造方法。

【公開番号】特開2011−127022(P2011−127022A)
【公開日】平成23年6月30日(2011.6.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−287775(P2009−287775)
【出願日】平成21年12月18日(2009.12.18)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)
【Fターム(参考)】