説明

リグノセルロース材料の蒸解方法

【課題】
リグノセルロース材料の蒸解法において、低カッパー価かつ高収率なパルプを提供する。
【解決手段】
リグノセルロース材料のパルプ化蒸解法において、浸透工程においてリグノセルロース材料を処理する蒸解液が、活性アルカリを絶乾リグノセルロース材料重量に対し1〜10%含有し、かつ、キノン化合物類を絶乾リグノセルロース材料重量に対し0.001〜1.5重量%含有する蒸解液を用い、温度が110℃〜140℃の条件でリグノセルロース材料を処理することにより、低カッパー価かつ高収率で蒸解できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リグノセルロース材料の蒸解法に関する。さらに詳しくは、キノン化合物類を用いたアルカリ性蒸解法を効果的に実施するパルプの製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
これまで工業的に実施されている化学パルプの主な製造法は、木材等のリグノセルロース材料のアルカリ性蒸解法であり、水酸化ナトリウムと硫化ナトリウムが主成分のアルカリ性蒸解液を用いるクラフト法が多く利用されており、このアルカリ性蒸解液にキノン化合物類を添加するいわゆるキノン化合物蒸解法も広く知られている。
【0003】
キノン化合物蒸解法において、添加されたキノン化合物類がセルロースおよびヘミセルロースの末端アルデヒド基を酸化し安定化させることにより、ピーリング反応を防ぎ、セルロースおよびヘミセルロースの溶出反応を抑え、自身はヒドロキノン型になる。一方、ヒドロキノン型となったキノン化合物類はリグニンに作用してリグニンを還元溶解させ、それ自体はキノン型になる。このようにキノン化合物類は、自身の持つ酸化還元サイクルを通じてセルロースおよびヘミセルロースを安定化させ、脱リグニンを促進させることにより、パルプのカッパー価が同一の条件で比較した場合、収率が向上すると同時に、蒸解で必要な活性アルカリ量を減少させるという効果をもたらすとされている。
【0004】
クラフト法においても近年に改善が図られ、一般に修正クラフト蒸解と呼ばれる、蒸解の最初および途中で蒸解液を分割して添加すること等を特徴とする方法が現れ、カッパー価の低減やパルプ強度の向上が見られている。(例えば、特許文献1)
この修正クラフト蒸解にキノン化合物類を用いることも知られており(例えば、特許文献2〜4)、キノン化合物類は、前述した通りアルカリ性蒸解液と共にリグノセルロース材料中へ浸透して効果を発現するため、従来のクラフト法同様、これらの方法にキノン化合物類を添加すると、ある程度の効果が得られることは容易に予測できる。しかし、これらの方法は、最初に添加する蒸解液、すなわち浸透工程に供給される蒸解液に含まれる活性アルカリ添加率が全蒸解液の50〜90%を占めるため、蒸解の中期〜後期に活性アルカリが不足する可能性が高く、また蒸解の初期においても蒸解液に溶出してきた有機固形分の濃度が高い状態で浸透を行っていくため、有機固形分とキノン化合物類が反応してしまうと共に、その後の黒液の抽出時に有機固形分と共に多くのキノン化合物類が抽出されてしまい、キノン化合物による効果が低減してしまう問題点があるが、いずれの特許もこの問題について特に言及していない。
【0005】
さらに修正クラフト蒸解に関して、蒸解釜の数個所から蒸解黒液を抽出し、蒸解工程中に蒸解黒液の一部を供給することで、系内の黒液中の有機固形分濃度を低減させ、脱リグニンの選択性の向上や強度向上を図る改良方法がいくつか知られており、(例えば、特許文献5,6)これらの改良方法においてもキノン化合物類を添加することが有効であるとされている。(例えば、特許文献7〜9)キノン化合物類は、前述した通りアルカリ性蒸解液と共にリグノセルロース材料中へ浸透して効果を発現するため、従来のクラフト法同様、これらの蒸解法にキノン化合物類を添加すると、ある程度の効果が得られることは容易に予測できる。しかし、これらの蒸解法は、蒸解の初期段階で相当量の蒸解黒液が抽出されるため、その後の蒸解工程において活性アルカリが不足し、キノン化合物類のレドックスサイクルの機能が低下し、結果として脱リグニン効率も低下する問題点があるが、いずれの特許も、この問題点に関して特に言及していない。
【特許文献1】特開平5−156583号
【特許文献2】特開平4−119184号
【特許文献3】特開平4−209883号
【特許文献4】特開平4−209884号
【特許文献5】特表平10−504614号
【特許文献6】特表2002−523640号
【特許文献7】特開2000−129586
【特許文献8】特表2003−301392号
【特許文献9】特表2004−522873号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者らが解決しょうとする課題は、これらの修正クラフト蒸解法やその後の改良法におけるキノン化合物類の効果的な使用方法を提供することにあり、特に、キノン化合物類の添加効果を最大限発揮するための、蒸解初期のいわゆる浸透工程における最適な処理条件を提供することにある。本発明者らは、これらの修正クラフト蒸解に即した方法に対応できるよう、蒸解中に任意に蒸解液が添加・抽出可能な蒸解実験装置を開発し、検討を進めることにより、ある特定の蒸解条件によってキノン化合物類添加による明らかな効果向上を見いだし、本発明を完成させた。
【課題を解決するための手段】
【0007】
すなわち、本発明は、(1)アルカリ性金属水酸化物を含有する蒸解液を用いてリグノセルロース材料を浸透工程、蒸解工程を経て蒸解する方法であって、浸透工程および蒸解工程の工程毎に蒸解液を少なくとも1箇所に添加する蒸解法において、浸透工程でリグノセルロース材料を処理する蒸解液が、活性アルカリを絶乾リグノセルロース材料重量に対し1〜10重量%含有し、かつ、キノン化合物類を絶乾リグノセルロース材料重量に対し0.001〜1.5重量%含有する蒸解液であることを特徴とするリグノセルロース材料の蒸解方法を骨子とするものである。
【0008】
また、本発明は、前記(1)の方法において、(2)浸透工程におけるリグノセルロース材料の処理温度が110〜140℃の範囲であること、(3)浸透工程でリグノセルロース材料を処理する蒸解液が、リグノセルロース材料の蒸解に用いられる全蒸解液の5〜50%であること、(4)浸透工程でリグノセルロース材料を処理する蒸解液の絶乾リグノセルロース材料重量に対する液比が2〜6L/kgであること、(5)浸透工程において浸透工程内の蒸解液の一部を黒液として抽出することを特徴とするリグノセルロース材料の蒸解方法を骨子とするものである。
【0009】
さらに、本発明は、前記(5)の方法において(6)浸透工程における黒液の抽出温度が110〜140℃の範囲であること、(7)浸透工程における黒液の抽出率が、浸透工程でリグノセルロース材料の処理に用いられた蒸解液に対して10%以上であることを特徴とするリグノセルロース材料の蒸解方法を骨子とするものである。
【0010】
さらにまた、本発明は、前記(1)から(7)の方法において、(8)浸透工程に続く蒸解工程でリグノセルロース材料を処理する蒸解温度の最高温度が、浸透工程の処理における最高温度以上の温度であること、(9)浸透工程に続く蒸解工程においてリグノセルロース材料を処理する蒸解液の活性アルカリ添加率が、浸透工程における活性アルカリ添加率以上であることを特徴とするリグノセルロース材料の蒸解方法、及び、前記(1)〜(9)の方法において用いるキノン化合物類が、キノン化合物、ヒドロキノン化合物およびこれらの前駆体から選ばれた1種以上の化合物であることを特徴とするリグノセルロース材料の蒸解方法を骨子とするものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明の方法を採用することにより、通常であればアルカリ不足に陥り、カッパー価が上昇するこの条件下において、キノン化合物類を添加することにより、リグノセルロース材料内に迅速に浸透したキノン化合物類が蒸解初期のアルカリ不足をカバーし、キノン化合物類のレドックスサイクルが蒸解促進を通して有効に機能し、蒸解工程においても相対的に多いアルカリが存在することによって、キノン化合物類のレドックスサイクルが有効に機能して脱リグニンの促進を続けられるため、結果としてカッパー価低減・パルプ収率増加等の効果を得たものである。
【0012】
本発明においては、従来の技術に比べて、浸透工程の条件を低い活性アルカリ添加率とし、主要な脱リグニンが起こる蒸解工程以前に蒸解廃液を抽出することにより、黒液に溶出した有機固形分と共に抽出されるキノン化合物類を最小限に止めることができ、引き続き行われるその後の蒸解工程でも有効にキノン化合物類による効果が現れると推定される。また、本発明においては、残りの大部分の活性アルカリを浸透工程以降の蒸解工程、すなわち主要な脱リグニンの場となる蒸解中期〜後期へ配分することができるので、さらなる脱リグニンが促進されること、また蒸解初期の浸透工程の活性アルカリ添加率が低いので、セルロースの開裂反応(ピーリング反応)の頻度を抑えられ、さらなるパルプ収率が増加すると推定される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明を好適に適用できるリグノセルロ−ス材料の蒸解方法としては、一般に浸透工程及び蒸解工程を有する蒸解方法が挙げられる。好ましくは浸透工程及び蒸解工程を有する連続蒸解方法が挙げられるが、本発明と同等の効果が得られる限りにおいて、いわゆるバッチ式蒸解方法等の他の蒸解方法であっても良い。ここで、浸透工程は、蒸解工程に先立ちリグノセルロース材料に蒸解液を浸透させると共に、一部脱リグニン反応が進行する工程であり、蒸解工程は、蒸解液によるリグノセルロース材料の脱リグニン反応が実質的に進行する工程である。本発明を好適に適用できるリグノセルロ−ス材料を連続的に蒸解する蒸解装置としては、蒸解釜内部に塔頂ゾーン、上部蒸解ゾーン、下部蒸解ゾーン等が備えられた1ベッセル型蒸解装置、あるいは蒸解釜の前に浸透ベッセルが設置された2ベッセル蒸解装置が挙げられ、通常、1ベッセル型蒸解装置では、塔頂ゾーンが浸透工程を担い、2ベッセル蒸解装置では、浸透ベッセルが浸透工程を担う。
【0014】
これらの蒸解装置、あるいは、その他の蒸解装置のいずれを使用した場合であっても、主としてリグノセルロース材料中に蒸解液を浸透させる浸透工程と実質的な蒸解反応が行われる蒸解工程があり、浸透工程及び蒸解工程を合わせた蒸解系に用いられる全蒸解液を適宜分割し、浸透工程および蒸解工程の工程毎に少なくとも1箇所に蒸解液を供給、添加することが行われている。さらに、蒸解工程においては、蒸解ゾーンを複数に分割し、それぞれの蒸解ゾーンに蒸解液を分割添加と黒液抽出を行うことが広く行われており、浸透工程においても、2ベッセル蒸解装置の浸透ベッセルの中段に蒸解液を追加する形で2箇所以上に分割して添加することも行われている。
【0015】
本発明に用いる蒸解液は、アルカリ性金属水酸化物を含有し、いわゆるパルプ工場で使用する白液、黒液と称するものを指す。またそれ以外にも、それらの一部成分を改質したものを使用してもよい。改質した蒸解液としては、例えば白液を酸化して得られるポリサルファイド蒸解液が挙げられる。
【0016】
浸透工程および蒸解工程を合わせた蒸解系全体で用いる全蒸解液の硫化度は5〜50%であり、活性アルカリ添加率は絶乾リグノセルロース材料重量に対して10〜30%であることが好ましい。ここで活性アルカリとは、いわゆるクラフト蒸解液では硫化ナトリウム(Na2S)および水酸化ナトリウム(NaOH)を酸化ナトリウム(Na2O)に換算した重量をいう。また、硫化度とは、蒸解液中の活性アルカリに対する硫化ナトリウム(いずれも、Na2Oに換算)の含有率をいう。なお、ポリサルファイド蒸解液などの改質した蒸解液については、改質前の蒸解液の値を用いる。
【0017】
本発明においては、浸透工程および蒸解工程の工程毎に蒸解液を少なくとも1箇所に添加する。通常、上記の蒸解液を所定の比率に分割して各工程毎に供給、添加するが、その際、必用に応じて希釈や濃縮或いは成分調整等の操作をしても良い。
【0018】
本発明に使用するリグノセルロース材料としては、針葉樹または広葉樹等の木材チップが好ましいが、バガスやワラ等の非木材と呼ばれるものでもよく、特に限定されるものではない。木材の種類としては、例えば、針葉樹としてはダグラスファー、スプルース、松、杉等、広葉樹としてはブナ、ナラ、ユーカリ、アスぺン、カバ等が挙げられる。
【0019】
本発明では、上記のリグノセルロース材料と上記の蒸解液を浸透工程に供給、添加しリグノセルロース材料中に蒸解液を浸透させる。リグノセルロース材料と蒸解液の浸透工程への供給、添加の方法や順序に特に制約はなく、浸透工程に同時に供給しても、別途に供給、添加してもよい。本発明においては、その際に、蒸解液にキノン化合物類を含有させることが有用である。キノン化合物類を蒸解液に含有させる方法に制約はなく、予め蒸解液に混合して浸透工程に供給、添加する方法や、別々に浸透工程に供給、添加する方法等任意の方法を採用できる。
【0020】
浸透工程でリグノセルロース材料を処理する蒸解液中の活性アルカリは絶乾リグノセルロース材料重量に対して1〜10重量%になるようにすることが好ましい。1重量%未満であると、アルカリ不足になりキノン化合物類のレドックスサイクルの機能が低下し、結果として脱リグニン効率も低下するので好ましくない。10重量%を超えると、キノン化合物類のレドックスサイクルは蒸解液を一括添加した条件と変わらなくなると共に、蒸解工程での活性アルカリが不足してキノン化合物類のレドックスサイクルの機能が低下し、結果として脱リグニン効率も低下するおそれがあるので好ましくない。2〜7重量%であればさらに好ましい。
【0021】
本発明において、蒸解開始後からの、いわゆる浸透工程の処理温度は110℃〜140℃にすることが好ましい。この範囲の温度条件では、リグノセルロース材料への蒸解液の浸透と初期の脱リグニン反応が穏やかに進行するので好ましい。より好ましくは120〜130℃である。110℃以下であると、蒸解液のリグノセルロース材料への浸透や初期の脱リグニン反応が進みにくくなるので好ましくない。140℃を超えると、脱リグニン反応等の蒸解反応が活発化してアルカリ不足になり、カッパー価が上昇するので好ましくない。温度は一定でも、この温度範囲内で徐々に昇温させる等変化させていってもよい。
【0022】
本発明において、蒸解開始後からの、いわゆる浸透工程での処理時間は10分以上であることが好ましい。10分未満であると、蒸解液のリグノセルロース材料への浸透がほとんど起こらないので好ましくない。上限は釜の構造やリグノセルロース材料の供給量等によって限定される。
【0023】
本発明において、浸透工程および蒸解工程に供給される蒸解液の分割比率、すなわち浸透工程および蒸解工程を合わせた蒸解系でリグノセルロース材料の蒸解に用いられる全蒸解液の各工程への分割比率としては、全蒸解液の5〜50%を浸透工程に供給するのが好ましく、特に好ましくは、全蒸解液の10〜45%を浸透工程に供給する。具体的には、それぞれの工程における液比、活性アルカリ添加率によって決定されるが、例えば、全体として液比が3L/kg、活性アルカリ添加率が14〜18重量%の範囲の場合、浸透工程でリグノセルロース材料を処理する蒸解液は、全蒸解液の20〜40%であることが好ましい。
【0024】
本発明の方法を適用する蒸解法では、浸透工程で蒸解液の浸透処理を受けたリグノセルロース材料は、引続き蒸解工程へ送られ、蒸解工程では、蒸解液により脱リグニン反応を主体とした蒸解反応が進行する。蒸解工程の蒸解温度としては、概ね、浸透工程の温度以上の温度条件が選択されるが、必ずしも一定の温度条件である必要はない。すなわち、蒸解工程でリグノセルロース材料を処理する蒸解温度の最高温度としては、好ましくは浸透工程の処理における最高温度以上の温度、より好ましくは浸透工程の処理における最高温度よりも高い温度が選ばれる。具体的には、蒸解工程の最高温度としては、120〜180℃、好ましくは140〜170℃の温度範囲から選択されるが、蒸解工程としては、これらの温度範囲内で、適宜、昇温、降温といった温度操作或いは一定温度条件下でリグノセルロース材料の蒸解を行うことができる。
【0025】
本発明において、蒸解工程で用いられる蒸解液のリグノセルロース材料に対する活性アルカリ添加率は、浸透工程で用いられる蒸解液の活性アルカリ添加率以上とすることが好ましく、特に好ましくは、浸透工程で用いられる蒸解液の活性アルカリ添加率よりも高くする。この蒸解工程では、主要な脱リグニン反応の場となるので、浸透工程で用いられる蒸解液の活性アルカリ添加率より低いと、アルカリ不足になりキノン化合物類のレドックスサイクルの機能が低下し、結果として脱リグニン効率も低下するので好ましくない。この蒸解工程において用いられる蒸解液の蒸解工程への供給方法としては、蒸解工程の最初の部分に添加する方法の他、さらに蒸解液を分割して蒸解工程の各部位に分割添加する方法でもよい。なお、蒸解工程で用いられる蒸解液についても、浸透工程と同様にキノン化合物類を含有させても良いことはもちろんであり、その他の特記しない操作については、通常行われている蒸解操作を採用することができる。
【0026】
本発明において、蒸解初期の浸透工程における絶乾リグノセルロース材料重量に対する蒸解液の体積の比(液比)としては、2〜6L/kgにすることが好ましい。より好ましくは2.5〜4L/kgである。ここで液比とは、絶乾チップの重量あたりの液量を表す。液比が2L/kg未満であると、蒸解液がリグノセルロース材料に十分に浸透しないことによる効果の低下のおそれがあるので好ましくない。液比が6L/kgを超えると、キノン化合物類のリグノセルロース材料への浸透効率は低下するだけでなく、使用薬液量削減効果が低下するので好ましくない。なお、液比は、浸透工程及び蒸解工程中一定である必要はなく、蒸解液の添加および蒸解廃液の抽出によって液比が変更されても差し支えないが、平均として上記範囲内にすることが好ましい。
【0027】
本発明では、浸透工程で蒸解系内の有機固形分を低減させる目的で、浸透工程の蒸解液の一部を黒液として系外へ抽出する操作を行うことが好ましい。浸透工程で蒸解液を抽出するのは、浸透工程の途中であっても浸透工程の終了時であってもよいが、効率の面から、浸透工程の終了時に抽出するのが好ましく、この蒸解液の抽出をもって浸透工程の終了としても良い。一方、浸透工程の途中で蒸解液を抽出する場合は、さらに蒸解液を添加して浸透操作を継続するのが好ましい。浸透工程における蒸解液の抽出量は、蒸解液の液比や抽出の時期にもよるが、浸透工程の蒸解液に対し10%以上、好ましくは50%以上であり、他の操作等に支障が無い限り、抽出可能な蒸解液の全量を抽出するのが特に好ましい。具体的には、例えば、液比が2.5L/kg以下の場合は浸透工程に添加した蒸解液の10%以上が好ましく、液比が4L/kg以上の場合は50%以上が好ましい。抽出量が少ないと蒸解釜内に有機固形分が多く残留するため、有機固形分とキノン化合物類が反応してしまい、キノン化合物類による収率の向上や活性アルカリの低下といった効果が低減してしまうので好ましくない。浸透工程中に抽出された蒸解廃液(黒液)は、蒸解液の一部として循環利用することが可能である。
【0028】
本発明において、浸透工程で蒸解液と共に用いるキノン化合物類の添加比率としては、絶乾リグノセルロース材料の重量あたり0.001〜1.5重量%になるように、キノン化合物類を蒸解液に含有させるのが好ましい。より好ましくは0.01〜0.5重量%である。0.001重量%未満であるとキノン化合物類の添加効果が充分に得られないため好ましくない。一方、1.5重量%を超えても、増量した分に比例した添加効果が得られないため経済的に好ましくない。
【0029】
本発明に用いるキノン化合物類としては、キノン化合物のみならず、ヒドロキノン化合物やこれらの前駆体から選ばれる化合物も含み、蒸解助剤として公知の化合物を使用することができる。例えば、アントラキノン、ジヒドロアントラキノン(例えば、1,4−ジヒドロアントラキノン)、テトラヒドロアントラキノン(例えば、1,4,4a,9a−テトラヒドロアントラキノン、1,2,3,4−テトラヒドロアントラキノン)、メチルアントラキノン(例えば、1−メチルアントラキノン、2−メチルアントラキノン)、メチルジヒドロアントラキノン(例えば、2−メチル−1,4−ジヒドロアントラキノン)、メチルテトラヒドロアントラキノン(例えば、1−メチル−1,4,4a,9a−テトラヒドロアントラキノン、2−メチル−1,4,4a,9a−テトラヒドロアントラキノン)等のキノン化合物であり、アントラヒドロキノン(一般に、9,10−ジヒドロキシアントラセン)、メチルアントラヒドロキノン(例えば、2−メチルアントラヒドロキノン)、ジヒドロアントラヒドロアントラキノン(例えば、1,4−ジヒドロ−9,10−ジヒドロキシアントラセン)又はそのアルカリ金属塩等(例えば、アントラヒドロキノンのジナトリウム塩、1,4−ジヒドロ−9,10ージヒドロキシアントラセンのジナトリウム塩)等のヒドロキノン化合物であり、アントロン、アントラノール、メチルアントロン、メチルアントラノール等の前駆体が挙げられる。
【0030】
本発明に用いるキノン化合物類は、浸透工程へ添加したキノン化合物類がアルカリ蒸解液中に均一に拡散し、チップ内へ浸透して行くことが重要である。従って、前記のキノン化合物類を含有した、液体状混合物として添加することが好ましい。例えばテトラヒドロアントラキノン(1,4−ジヒドロ−9,10−ジヒドロキシアントラセン)のアルカリ水溶液や、9,10−アントラキノンのヒドロキノン体であるアントラヒドロキノンのアルカリ水溶液、9,10−アントラキノン等の前述したキノン化合物類のスラリー液等が挙げられる。この液体状混合物中のキノン化合物類のもつ粒径は、リグノセルロース材料中に迅速に浸透し効果を現すためには、平均5μm以下、更には1μm以下であることが好ましい。さらにテトラヒドロアントラキノンのアルカリ水溶液や、アントラヒドロキノンのアルカリ水溶液のような溶液状で存在するものは、リグノセルロース材料中により迅速に浸透することができるので、より好ましい。
【0031】
本発明における、キノン化合物類による効果とは、カッパー価低減やパルプ収率増加に限らず、使用薬液量削減、パルプ粘度増加、蒸解温度低下等が挙げられる。これらの効果はキノン化合物類の種類、リグノセルロース材料の種類、蒸解条件等により異なり、絶対値で示せるものではないが、本発明により、相対的に向上させることのできる条件を見出したものである。
【0032】
本発明では、蒸解開始時の浸透工程で蒸解液と共にキノン化合物類をリグノセルロース材料に作用させるのが好ましいが、その供給、添加方法については、前記のように特に限定されるものではない。もちろん、キノン化合物類を浸透工程に引続く蒸解工程で蒸解液と共に添加しても効果は発現するが、浸透工程で蒸解液と共にキノン化合物類の全量を添加するのが、リグノセルロース材料への浸透が迅速かつ十分に行われるので好ましい。
「実施例」
【0033】
以下、実施例に基づき本発明を詳しく説明するが、本発明がこれらの実施例に限定されないことはもちろんである。
「試験装置および操作概要」
以下の検討は、当社で開発したラボ蒸解実験装置を用いて行った。装置のフロー図を図1に示す。ここで図1に従い、装置および操作の概要を説明すると、加熱装置および攪拌装置(図示せず)を備えた蒸解釜(1)に所定量のリグノセルロース材料と蒸解液を仕込み、循環ポンプ等の循環装置(4)により蒸解液を蒸解液循環ライン(5)を通して循環させた。所定の条件において、リグノセルロース材料への蒸解液の浸透操作を行った後、蒸解液(黒液)抜出しライン(7)を通じて蒸解液(黒液)受け器(3)へ蒸解液を抜き出した。引き続いて、蒸解液供給ライン(6)を通じて蒸解液供給器(2)内の蒸解液を蒸解系内に供給し、リグノセルロース材料の蒸解操作を行った。尚、蒸解液の供給抜出の操作は、圧力操作により行った(圧力調整系統及びバルブ等は図示せず)。
「試験法」
得られた未晒しパルプの収率は、粕を除去した精選パルプの収率を測定した。未晒しパルプのカッパー価は、TAPPI試験法T236hm−85に従って行った。
「比較例1」
【0034】
リグノセルロース材料としてユーカリチップ(以下、単にチップともいう)(絶乾重量として83.6g)を用いた。アルカリ蒸解液の組成はNaOH : Na2S : Na2CO3 = 103.7:41.4:32.7(Na2O換算)であり、活性アルカリ添加率が16.5重量%(対絶乾チップ;Na2O換算)になるように調製した。これを蒸解開始時に添加する第1の蒸解液(浸透工程の蒸解液に相当。以下同じ)、および蒸解中に添加する第2の蒸解液(蒸解工程の蒸解液に相当。以下同じ)に、蒸解液分割比を10:90に分割するため、以下のような調製を行った。
【0035】
第1の蒸解液は、準備した活性アルカリ添加率が16.5重量%(対絶乾チップ;Na2O換算)の蒸解液のうち10容積%(活性アルカリ添加率が1.7重量%に相当)を取り出し、それに液比が絶乾チップに対して2.7L/kgとなるように、チップ持ち込み水分と必要に応じて蒸留水を加えて調製した。そして第2の蒸解液は、残りの90容積%(活性アルカリ率が14.8重量%に相当)に、液比が絶乾チップに対して2.7L/kgとなるように、チップ持ち込み水分と必要に応じて蒸留水を加えて調製した。
【0036】
チップは蒸解釜に入れて100℃に加熱しておき、また別容器で100℃に加熱した第1の蒸解液を蒸解釜に添加し、蒸解を開始した。100℃から1℃/分の割合で昇温し、120℃に達した時点で蒸解釜から100ccの黒液を抽出した。そしてすぐに、あらかじめ120℃に加熱しておいた第2の蒸解液を蒸解釜に加え、1℃/分の昇温を再開し、155℃を最高温度として、それ以後は最高温度を保持しながら、Hファクターが約500になるまで蒸解を行った。得られた未晒しパルプの収率・カッパー価を表1に示した。
「比較例2」
【0037】
第1の蒸解液と第2の蒸解液の蒸解液分割比を25:75にした以外は比較例1と同様に実験を行った(第1の蒸解液の活性アルカリ添加率は4.1重量%)。結果を表1に示した。
「比較例3」
【0038】
第1の蒸解液と第2の蒸解液の蒸解液分割比を40:60にした以外は比較例1と同様に実験を行った(第1の蒸解液の活性アルカリ添加率は6.6重量%)。結果を表1に示した。
「比較例4」
【0039】
第1の蒸解液と第2の蒸解液の蒸解液分割比を50:50にした以外は比較例1と同様に実験を行った(第1の蒸解液の活性アルカリ添加率は8.3重量%)。結果を表1に示した。
「比較例5」
【0040】
第1の蒸解液と第2の蒸解液の蒸解液分割比を5:95にした以外は比較例1と同様に実験を行った(第1の蒸解液の活性アルカリ添加率は0.8重量%)。結果を表1に示した。
「比較例6」
【0041】
第1の蒸解液と第2の蒸解液の蒸解液分割比を70:30にした以外は比較例1と同様に実験を行った(第1の蒸解液の活性アルカリ添加率は11.6重量%)。結果を表1に示した。
【実施例1】
【0042】
キノン化合物類として、テトラヒドロアントラキノン(1,4−ジヒドロ−9,10−ジヒドロキシアントラセンジナトリウム)を絶乾チップに対して0.05重量%になるように第1の蒸解液のみに添加した以外は、比較例1と同様に実験を行った(第1の蒸解液の活性アルカリ添加率は1.7重量%)。結果を表1に示した。
【実施例2】
【0043】
キノン化合物類として、テトラヒドロアントラキノン(1,4−ジヒドロ−9,10−ジヒドロキシアントラセンジナトリウム)を絶乾チップに対して0.05重量%になるように第1の蒸解液のみに添加した以外は、比較例2と同様に実験を行った(第1の蒸解液の活性アルカリ添加率は4.1重量%)。結果を表1に示した。
【実施例3】
【0044】
キノン化合物類として、テトラヒドロアントラキノン(1,4−ジヒドロ−9,10−ジヒドロキシアントラセンジナトリウム)を絶乾チップに対して0.05重量%になるように第1の蒸解液のみに添加した以外は、比較例3と同様に実験を行った(第1の蒸解液の活性アルカリ添加率は6.6重量%)。結果を表1に示した。
【実施例4】
【0045】
キノン化合物類として、テトラヒドロアントラキノン(1,4−ジヒドロ−9,10−ジヒドロキシアントラセンジナトリウム)を絶乾チップに対して0.05重量%になるように第1の蒸解液のみに添加した以外は、比較例4と同様に実験を行った(第1の蒸解液の活性アルカリ添加率は8.3重量%)。結果を表1に示した。
「比較例7」
【0046】
キノン化合物類として、テトラヒドロアントラキノン(1,4−ジヒドロ−9,10−ジヒドロキシアントラセンジナトリウム)を絶乾チップに対して0.05重量%になるように第1の蒸解液のみに添加した以外は、比較例5と同様に実験を行った(第1の蒸解液の活性アルカリ添加率は0.8重量%)。結果を表1に示した。
「比較例8」
【0047】
キノン化合物類として、テトラヒドロアントラキノン(1,4−ジヒドロ−9,10−ジヒドロキシアントラセンジナトリウム)を絶乾チップに対して0.05重量%になるように第1の蒸解液のみに添加した以外は、比較例6と同様に実験を行った(第1の蒸解液の活性アルカリ添加率は11.6重量%)。結果を表1に示した。
「比較例9」
【0048】
第2の蒸解液を添加する時点を蒸解温度が110℃の時とし、第1の蒸解液と第2の蒸解液の蒸解液分割比を25:75にした以外は比較例1と同様に実験を行った(第1の蒸解液の活性アルカリ添加率は4.1重量%)。結果を表2に示した。
「比較例10」
【0049】
第2の蒸解液を添加する時点を蒸解温度が130℃の時とした以外は比較例9と同様に実験を行った。結果を表2に示した。
「比較例11」
【0050】
第2の蒸解液を添加する時点を蒸解温度が140℃の時とした以外は比較例9と同様に実験を行った。結果を表2に示した。
「比較例12」
【0051】
第2の蒸解液を添加する時点を蒸解温度が80℃の時とした以外は比較例9と同様に実験を行った。結果を表2に示した。
「比較例13」
【0052】
第2の蒸解液を添加する時点を蒸解温度が150℃の時とした以外は比較例9と同様に実験を行った。結果を表2に示した。
【実施例5】
【0053】
キノン化合物類として、テトラヒドロアントラキノン(1,4−ジヒドロ−9,10−ジヒドロキシアントラセンジナトリウム)を絶乾チップに対して0.05重量%になるように第1の蒸解液のみに添加した以外は、比較例9と同様に実験を行った。結果を表2に示した。
【実施例6】
【0054】
キノン化合物類として、テトラヒドロアントラキノン(1,4−ジヒドロ−9,10−ジヒドロキシアントラセンジナトリウム)を絶乾チップに対して0.05重量%になるように第1の蒸解液のみに添加した以外は、比較例10と同様に実験を行った。結果を表2に示した。
【実施例7】
【0055】
キノン化合物類として、テトラヒドロアントラキノン(1,4−ジヒドロ−9,10−ジヒドロキシアントラセンジナトリウム)を絶乾チップに対して0.05重量%になるように第1の蒸解液のみに添加した以外は、比較例11と同様に実験を行った。結果を表2に示した。
「比較例14」
【0056】
キノン化合物類として、テトラヒドロアントラキノン(1,4−ジヒドロ−9,10−ジヒドロキシアントラセンジナトリウム)を絶乾チップに対して0.05重量%になるように第1の蒸解液のみに添加した以外は、比較例12と同様に実験を行った。結果を表2に示した。
「比較例15」
【0057】
キノン化合物類として、テトラヒドロアントラキノン(1,4−ジヒドロ−9,10−ジヒドロキシアントラセンジナトリウム)を絶乾チップに対して0.05重量%になるように第1の蒸解液のみに添加した以外は、比較例13と同様に実験を行った。結果を表2に示した。
【0058】
以上の結果をまとめ、同一蒸解条件におけるキノン化合物類による効果を比較すると、第1の蒸解液の活性アルカリ添加率が絶乾リグノセルロース材料重量あたり1〜10%(Na2O換算)の範囲、それを用いてリグノセルロース材料を処理する初期の条件が、温度が110℃〜140℃の条件であることにより、キノン化合物類による効果が改善していることが明らかである。
【0059】
【表1】

【0060】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明によれば、キノン化合物類の存在下で行うアルカリ蒸解法において、特定の活性アルカリ添加率と温度の範囲内でパルプ化することにより、キノン化合物類による効果、すなわちパルプ収率を一層向上させ、カッパー価とパルプ収率の関係を更に改善することができる。つまり、同一活性アルカリ添加率におけるカッパー価を減少させ、かつ同一カッパー価におけるパルプ収率を向上させる効果が達成される。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】本発明の実施例・比較例を得るための実験室用蒸解実験装置のフローを示す模式図である。
【符号の説明】
【0063】
1・・蒸解釜、2・・蒸解液供給器、3・・蒸解液(黒液)受け器、4・・循環装置、5・・蒸解液循環ライン、6・・蒸解液供給ライン、7・・蒸解液(黒液)抜出しライン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルカリ性金属水酸化物を含有する蒸解液を用いてリグノセルロース材料を浸透工程、蒸解工程を経て蒸解する方法であって、浸透工程および蒸解工程の工程毎に蒸解液を少なくとも1箇所に添加する蒸解法において、浸透工程でリグノセルロース材料を処理する蒸解液が、活性アルカリを絶乾リグノセルロース材料重量に対し1〜10重量%含有し、かつ、キノン化合物類を絶乾リグノセルロース材料重量に対し0.001〜1.5重量%含有する蒸解液であることを特徴とするリグノセルロース材料の蒸解方法。
【請求項2】
浸透工程におけるリグノセルロース材料の処理温度が110〜140℃の範囲であることを特徴とする請求項1に記載のリグノセルロース材料の蒸解方法。
【請求項3】
浸透工程でリグノセルロース材料を処理する蒸解液が、リグノセルロース材料の蒸解に用いられる全蒸解液の5〜50%であることを特徴とする請求項1に記載のリグノセルロース材料の蒸解方法。
【請求項4】
浸透工程でリグノセルロース材料を処理する蒸解液の絶乾リグノセルロース材料重量に対する液比が2〜6L/kgであることを特徴とする請求項1に記載のリグノセルロース材料の蒸解方法。
【請求項5】
浸透工程において浸透工程内の蒸解液の一部を黒液として抽出することを特徴とする請求項1に記載のリグノセルロース材料の蒸解方法。
【請求項6】
浸透工程における黒液の抽出温度が110〜140℃の範囲であることを特徴とする請求項5に記載のリグノセルロース材料の蒸解方法。
【請求項7】
浸透工程における黒液の抽出率が、浸透工程でリグノセルロース材料の処理に用いられた蒸解液に対して10%以上であることを特徴とする請求項5に記載のリグノセルロース材料の蒸解方法。
【請求項8】
浸透工程に続く蒸解工程でリグノセルロース材料を処理する蒸解温度の最高温度が、浸透工程の処理における最高温度以上の温度であることを特徴とする請求項1乃至7項の何れか1項に記載のリグノセルロース材料の蒸解方法。
【請求項9】
浸透工程に続く蒸解工程においてリグノセルロース材料を処理する蒸解液の活性アルカリ添加率が、浸透工程における活性アルカリ添加率以上であることを特徴とする請求項1乃至7項の何れか1項に記載のリグノセルロース材料の蒸解方法。
【請求項10】
キノン化合物類が、キノン化合物、ヒドロキノン化合物およびこれらの前駆体から選ばれた1種以上の化合物であることを特徴とする請求項1乃至9のいずれか1項に記載のリグノセルロース材料の蒸解方法。





【図1】
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【公開番号】特開2006−104631(P2006−104631A)
【公開日】平成18年4月20日(2006.4.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−296303(P2004−296303)
【出願日】平成16年10月8日(2004.10.8)
【出願人】(000199795)川崎化成工業株式会社 (133)
【Fターム(参考)】