説明

リジン誘導体およびその基底膜浸潤阻害剤

【課題】 効果的な細胞外マトリックスメタロプロテアーゼ阻害剤または癌細胞の基底膜浸潤阻害剤の提供
【解決手段】 一般式1
【化1】


で表されるリジン誘導体を有効成分として提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リジン誘導体およびそれらの癌細胞の基底膜浸潤阻害剤または細胞該マトリックスメタロプロテアーゼ阻害剤としての使用に関する。
【背景技術】
【0002】
悪性度の高い癌は浸潤性が高く、他臓器への転移を起こす。癌転移は、原発巣からの癌細胞の離脱、結合組織への浸潤、血管あるいはリンパ管を介しての拡散、遠隔組織への浸潤と増殖など複雑な一連の生物学的現象から成り立つ。癌患者の死因の90%以上は転移浸潤と考えられているため、癌転移に関わる細胞現象を阻害する薬剤は転移抑制を作用機序とする抗癌剤となりうる。転移過程において、癌細胞は様々な細胞外マトリックスより成る基底膜を通過しなければならない。基底膜への浸潤は主として細胞接着、細胞外マトリックスの分解、移動から成り立ち、これらの現象を阻害することは転移、浸潤を制御する有効な手段となることが期待される(例えば、非特許文献1参照)。
【0003】
本発明者らは微生物二次代謝産物から基底膜浸潤阻害物質を探索し、放線菌Nonomuraea
pusilla TP-A0861の培養液から細胞毒性を示さない濃度範囲で、マウス大腸癌由来colon
26L-5細胞の基底膜浸潤阻害効果を示す化合物を単離した(非特許文献2参照)。この化合物は構造決定の結果、粘液細菌の培養液からシデロフォア活性物質として単離された物質の内の一つである(S)-myxochelin A(以下、MXAと略記する場合あり)と同一であることが同定された。また、MXAは、これまでに抗菌活性(非特許文献3参照)、活性酸素消去活性(非特許文献4参照)を有することが報告されている。また、MXAまたはその誘導体の製造方法も提案されている(例えば、特許文献1参照)。また別に、MXAある一定の誘導体も知られている(例えば、非特許文献5参照)。
【0004】
【特許文献1】国際公開第99/42435号パンフレット
【非特許文献1】D. H. Geho et al, Physiology,20: 194-200, 2005
【非特許文献2】S. Miyanaga et al, J.Antibiotics, 59: 698-703, 2006
【非特許文献3】B. Kunze et al., J.Antibiotics, 42: 14-17 (1989)
【非特許文献4】H-H. Lee et al., Food Sci.Biotech. (2002), 11 (2), 184-187
【非特許文献5】H-D. Ambrossi et al, Eur. J.Org. Chem. (1998), 541-551
【発明の開示】
【0005】
MXAまたはその一定の誘導体は、上記のとおり、抗菌活性物質または活性酸素消去活性物質としても興味深いものである。しかし、本発明者ら発見した癌細胞の基底膜浸潤阻害活性物質として使用の可能性を拡張できれば、より一層有意義であろう。
【0006】
基底膜浸潤は主として細胞接着、細胞外マトリックスの分解、移動から成り立つのが、本発明者らは、MXAの一定の誘導体は、特に、細胞外マトリックスの分解に関与するマトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)の阻害作用を有することを確認した。また、MXAの一定の誘導体の中には、MXAそれ自体より有意に優れた癌細胞の基底膜浸潤阻害活性を有するものもあることが確認できた。
【0007】
したがって、本発明は、
下記一般式1の化合物を有効成分とするマトリックスメタロプロテアーゼ阻害剤または癌細胞による基底膜浸潤阻害剤が提供される。
【0008】
【化1】

【0009】
上式中、X, Yおよび Zは、相互に独立して、水素原子、ヒドロキシ、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ニトロ、アミノ、C1−C8アルキル、C1−C8アルコキシを表し、
Rはヒドロキシメチル、カルボキシル、カルボキシアミド、シアノ、ヒドロキシルアミノカルボニル、C2−C9アルコキシカルボニルまたはN−2,3−ジヒドロキシベンゾイルアミノメチルであるが、但し、XとYがそれぞれ1位と2位に位置し、共にヒドロキシであり、かつ、Zが水素原子であり、Rがヒドロキシメチル、カルボキシルまたはメトキシカルボニルである場合は除く。
【0010】
これらの阻害剤は、作用機序から、癌の治療または予防のための医薬製剤、さらには関節リュウマチおよび多発性硬化症を包含する細胞外マトリックスメタロプロテアーゼが関与する疾患の治療または予防のための医薬製剤の提供を可能にする。
【0011】
さらに別の態様の本発明として、特に、上記用途に有効な新規化合物として、上記一般式中、X, Yおよび Zは、相互に独立して、水素原子、ヒドロキシ、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ニトロ、アミノ、C1−C8アルキルまたはC1−C8アルコキシを表し、
Rはヒドロキシメチル、カルボキシル、カルボキシアミド、シアノ、ヒドロキシルアミノカルボニル、C2−C9アルコキシカルボニルまたはN−2,3−ジヒドロキシベンゾイルアミノメチルであるが、但し、XとYがそれぞれ1位と2位に位置し、共にヒドロキシであり、Zが水素原子であり、そしてRが水素原子、ヒドロキシメチル、カルボキシル、メトキシカルボニル、シアノ、アミノメチル、カルボキシアミド、ヒドロキシルアミノカルボニルまたはN−2,3−ジヒドロキシベンゾイルアミノメチルであり、かつ、R基の結合した炭素原子上の各基の絶対配置がSの場合は除く、で表される化合物が提供される。
【0012】
<発明の詳細な記述>
本明細書使用する場合、C1−C8アルキルは、炭素原子数が1乃至8個の直鎖若しくは分岐のアルキル基を意味し、限定されるものでないが、メチル、エチル、n−プロピル、イソプロピル、n−ブチル、イソブチル、sec−ブチル、t−ブチル、n−ヘキシル、n−オクチル、等を例示できる。そして、C1−C8アルコキシまたはC2−C9アルコキシカルボニルという場合の、アルキル部分は、上記アルキル基の定義に従うことができる。
【0013】
本発明で細胞外マトリックスメタロプロテアーゼまたは癌細胞による基底膜浸潤阻害剤として使用できる化合物は、上記のとおりであるが、このましくは、一般式1における、Rが、カルボキシアミド、ヒドロキシアミノカルボニルまたはN−2,3−ジヒドロキシベンゾイルアミノメチルである化合物、より好ましくは、一般式1におけるR、X、YおよびZが、それぞれ、
カルボキシアミド、1−ヒドロキシ、2−ヒドロキシおよび水素であるか、
カルボキシアミド、水素原子、水素原子および水素であるか、
カルボキシアミド、1−ヒドロキシ、水素原子および水素であるか、
カルボキシアミド、水素原子、2−ヒドロキシおよび水素原子であるか、
ヒドロキシルアミノカルボニル、1−ヒドロキシ、2−ヒドロキシルおよび水素原子であ
るか、
ヒドロキシルアミノカルボニル、水素原子、水素原子および水素原子であるか、
N−2,3−ジヒドロキシベンゾイルアミノメチル、1−ヒドロキシ、2−ヒドロキシおよび水素原子であるか、または
N−2,3−ジヒドロキシベンゾイルアミノメチル、水素原子、水素原子および水素原子である、化合物を挙げることができる。
【0014】
これらの化合物の中、下記一般式1の化合物:
【0015】
【化2】

【0016】
上式中、X, Yおよび Zは、相互に独立して、水素原子、ヒドロキシ、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ニトロ、アミノ、C1−C8アルキルまたはC1−C8アルコキシを表し、
Rはヒドロキシメチル、カルボキシル、カルボキシアミド、シアノ、ヒドロキシルアミノカルボニル、C2−C9アルコキシカルボニルまたはN−2,3−ジヒドロキシベンゾイルアミノメチルであるが、但し、XとYがそれぞれ1位と2位に位置し、共にヒドロキシであり、Zが水素原子であり、そしてRが水素原子、ヒドロキシメチル、カルボキシル、メトキシカルボニル、シアノ、アミノメチル、カルボキシアミド、ヒドロキシルアミノカルボニルまたはN−2,3−ジヒドロキシベンゾイルアミノメチルであり、かつ、R基の結合した炭素原子上の各基の絶対配置がSの場合は除く、で表される化合物は、本発明者らの知る限り、文献未載の化合物であるので、かような化合物それら自体も提供される。また、好ましい新規化合物としては、一般式1におけるR、X、YおよびZが、それぞれ、
カルボキシアミド、水素原子、水素原子および水素であるか、
カルボキシアミド、1−ヒドロキシ、水素原子および水素であるか、
カルボキシアミド、水素原子、2−ヒドロキシおよび水素原子であるか、
メトキシカルボニル、1−メトキシ、2−メトキシおよび水素原子であるか、
メトキシカルボニル、1−ヒドロキシ、水素原子および水素原子であるか、または
メトキシカルボニル、水素原子、2−ヒドロキシおよび水素原子である、
の化合物を挙げることができる。
【0017】
新規化合物を含め、本発明で使用できる化合物をより具体的には、下記の構造式で表すことができる。
【0018】
【化3】

【0019】
上記において、数字は、それぞれ化合物番号を表し、数字のまえの(S)は、一般式1におけるR基が結合した炭素原子上の各基の絶対配置(キラリティー)がSであることを意味する。
【0020】
ちなみに、化合物1〜3は、化合物自体もまた、それらが上記浸潤阻害活性を有することも公知であり、比較化合物である。化合物4〜9は、化合物自体は公知であるが上記浸潤阻害活性または細胞外マトリックスメタロプロテアーゼ阻害活性を有することは文献未載であると思われるものである。化合物10〜13は、化合物自体も上記阻害活性を有することも文献未載と思われるものである。
【0021】
本発明で使用する化合物の合成例:
これらの化合物は、上記した特許文献1に記載の方法またはその改良方法により製造することができる。以下、各化合物を表すとき、「化合物」の語を省略して、(R)-1のように表す。本発明者らは、例えば、(R)-1および(S)-1は非特許文献1に記載の方法で合成した。(S)-3はL-リジンメチルエステルと2,3-ジベンジルオキシ安息香酸(F. Kanai et al., J. Antibiotics 38: 31-38 (1985)参照)とBOP試薬などの縮合剤により縮合した後、ベンジル基をPd-Cなどの触媒存在下で加水素分解することにより合成した。(S)-2は、(S)-3の合成中間体をアルカリ加水分解した後に、ベンジル基を脱保護することで得られた。(S)-5と(S)-9は非特許文献4に記載の方法で合成した。(S)-7はL-リジンアミドを2,3-ジベンジルオキシ安息香酸と縮合し、ベンジル基を脱保護して合成した。(S)-4は、L-リジンアミドを2,3-ジベンジルオキシ安息香酸と縮合した化合物のアミド基をトリホスゲンで脱水しニトリルへ変換した後に、ベンジル基を脱保護して得られた。(S)-6はカダベリンと2,3-ジベンジルオキシ安息香酸を縮合し、脱ベンジルすることにより合成した。(S)-8はL-リジンメチルエステルと2,3-ジベンジルオキシ安息香酸を縮合した後にエステルをアルカ
リ加水分解によりカルボン酸とし、さらにN-ベンジルヒドロキシルアミンを縮合し、脱保護することにより合成した。(S)-10はL-リジンメチルエステルに2,3-ジメトキシ安息香酸を縮合させて得た。(S)-11と(S)-13はN-ε-ブトキシカルボニル-N-α-ベンジルオキシカルボニル-L-リジンアミドを原料として、Cbz基の脱保護、ベンゾイル化、Boc基の脱保護、2,3-ジベンジルオキシ安息香酸との縮合、ベンジル基の脱保護を行い合成した。(S)-12と(S)-13の合成は下記の実施例に示した。
【0022】
生物活性について:
上記化合物は、細胞傷害活性と浸潤阻害活性について次のように評価できる。活性試験にはマウス大腸癌由来colon 26-L5細胞を用いて、細胞傷害活性はクリスタルバイオレット染色した生細胞の比色定量により検定し、浸潤阻害活性はマトリジェルを使用したmembrane invasion culture system (MICS)により評価できる(K. I. Saito et al., Biol. Pharm. 20: 345-348 (1997)参照)。
【0023】
MXAの両鏡像体(R)-1と(S)-1はいずれも細胞毒性を示さない濃度でマウス大腸癌由来colon26-L5細胞の浸潤を阻害する。(R)-1の活性は(S)-1より劣るがその差は僅かであり、置換基Rの絶対配置は活性に大きな影響は及ぼさないと考えられる。置換基Rが異なる(S)-2から(S)-9の活性評価結果より、置換基の種類により細胞傷害活性、浸潤阻害活性ともに影響を受けることが示された。MXAと比較して、Rがアミノメチル、シアノ基、水素原子の場合は細胞傷害活性が強まり、Rがカルボキシルの場合は細胞傷害活性が低下するが、浸潤阻害活性も低下する。
【0024】
一方で、Rがカルボキシアミド(-CONH2)の場合は、細胞傷害活性が軽減したことのみならず、(S)-2と比較すると浸潤阻害活性が約5倍も増強する。また、Rがメトキシカルボニル、ヒドロキシアミノカルボニル、N−2,3-ジヒドロキシベンゾイルアミノメチルの場合は、浸潤阻害活性を(S)-1とほぼ同程度に維持したまま、細胞傷害活性が軽減される。細胞傷害活性が軽減されたこれらの化合物はリード化合物として有用であろう。
【0025】
次いで、2つの芳香環上の水酸基が活性に及ぼす影響をRがメトキシカルボニルの場合について検討した。その結果、(S)-3の4個の水酸基すべてをメトキシ基に置換した化合物(S)-10や(S)-3の1’位と2’位の水酸基を水素原子に置換した化合物(S)-11では活性が消失することより、一般式1で表される化合物において1’位と2’位の水酸基が活性発現に必須であることが示される。これらの結果に基づき、Rがカルボキシアミドである化合物(S)-13を合成した。(S)-13は予想通り優れた浸潤阻害活性を示した。
【0026】
基底膜浸潤は主として細胞接着、細胞外マトリックスの分解、移動から成り立つ。一般式1の化合物がどの段階に作用しているか明らかにするため、いくつかの実験を行った。マトリジェルをフィルター上面に塗布せずに上記の浸潤阻害活性評価試験を行うと、マトリジェルの分解を必要としないため細胞移動の阻害検定ができる。(S)-1と(S)-7についてその試験を実施した結果、浸潤阻害の認められる濃度においていずれの化合物もcolon26L-5細胞の移動を阻害しなかった。したがって、これらの化合物は細胞の遊走には作用しないことが示された。次いで、細胞外マトリックスの分解に関与するマトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)の阻害効果を調べることとした。MMP阻害物質は癌転移抑制剤となる可能性があり、現在も多くの化合物が臨床試験中にある(中島元夫,細胞工学, (2005), 24(6), 619-623参照)。MMPは触媒活性中心に2価亜鉛(Zn2+)を持つため、金属配位能を有する化合物にはMMP阻害効果が認められる場合がある。本発明の化合物には金属配位能が期待される2,3-ジヒドロキシベンゾイル基が存在するため、転移性癌細胞での発現が認められるMMP-2とMMP-9(ゼラチナーゼ)に対する阻害効果をゼラチンザイモグラフィーにより調べた。その結果、(S)-1は1μg/mlでMMP-2及びMMP-9の活性を約40%、(S)-7は0.3 μg/mlで約40%阻害した。これらの結果は、(S)-1や(S)-7の作用標的の一つがMMPである可能性
を示唆している。
【0027】
上記化合物は、具体的に医薬製剤として提供する場合には、所期の作用効果を発揮する形態にあれば、如何なる形態に製剤化してもよい。製剤化に際しては、当該技術分野で通常使用されているキャリヤーを用いて実施できる。そのようなキャリヤーは投与形式に応じて多種多様なものが使用できる。投与形式は、経口、直腸、経費、非経口注射投与または移植形式を選ぶことができる。例えば、経口投与形式に製剤化するときには、液状の経口製剤、例えば、懸濁液、シロップおよびエリキシルなどの場合は、キャリヤーとしては、水、グリコール、油、アルコールなどが使用でき、粉剤、ピル、カプセルおよび錠剤などの場合には、固体状キャリヤー、例えば、澱粉、糖、カオリン、当該技術分野で既知の、滑剤、結合剤などを使用でき、非経口製剤の場合には、キャリヤーとして、無菌水および必要に応じて、溶解補助剤をしようすることもできる。
【0028】
かような製剤の有効投与量は、投与形式および患者の状態等により変動するので特定できないが、専門医であれば、後述する活性を参照に、また、当該疾患に使用されている他の薬剤の有効投与量を参照して決定できる。
【0029】
以下、本発明を具体例を挙げてさらに説明するが、本発明はこれらの態様に限定されるものではない。
【0030】
<実施例>
1.細胞傷害活性測定
10%FCS 含有RPMI培地にDMSOで溶解した各濃度の化合物を添加し、96穴ウェルプレートに各ウェルに100μlを入れ、マウス大腸癌由来colon 26 L-5細胞を2 x 105 cell / mlになるよう懸濁させた同培地を100 μl加えた。37℃で24時間培養した後、注射針(27G)を使いアスピレータで細胞が剥がれないよう注意深く培地を除き、各ウェルにリン酸緩衝生理食塩水(PBS)溶液を100μl加え細胞を洗浄し、同様にアスピレータにより液を取り除いた。20%ホルマリン含有緩衝液50 μlを各ウェルに加え、4℃で1時間保温し細胞を固定化した。その後ホルマリンを取り除き、PBS溶液で洗浄した。プレートを逆さにし、ウェル内の水分を紙の上に吸い取らせて取り除いた。各ウェルにクリスタルバイオレット溶液を50μl加え、4℃で30分保温して染色した。染色後、大量の水でクリスタルバイオレット溶液を洗い流し、プレートをクリーンベンチ内で乾燥した。30%酢酸溶液を各ウェル100μl加え、マイクロプレートシェーカーで20秒攪拌した。ウェルプレートリーダーを用いて590 nmの吸光強度を測定した。コントロールはDMSOのみとし、コントロールを100%として各化合物の最終濃度における細胞傷害活性を測定した。
【0031】
2.基底膜浸潤阻害活性
基底膜浸潤阻害活性の検定は、membrane invasion culture system (MICS)を用いた。本法は癌細胞の細胞外マトリックスの分解活性 、基底膜バリアーの中への移動活性をin vitroで測定できる方法であり、多様な機能性分子(接着分子、細胞外マトリックス分解酵素、運動因子、細胞骨格分子など)を標的にする活性物質を検出することを目的としている(K. I. Saito et al., Biol. Pharm. 20: 345-348 (1997)参照)。
【0032】
Transwell cell culture chamber (Corning Costar社 ) にメンブランフィルター ( 8.0 μm pore size; Nucleopore社)を接着し、メンブランフィルターの外側にフィブロネクチン (1 μg、Iwaki Glass)をコーティングし、クリーンベンチ内で2〜3時間乾燥した。その後、フィルター内側にマトリジェル (1 μg、BDSceince社 )をコーティングし、クリーンベンチ内で終夜乾燥した。
【0033】
24穴ウェルプレートの各ウェルDMSOに溶解したサンプルを入れ、0.1%牛血清アルブミン
(BSA)含有RPMI培地600μlを入れた。マウス由来colon 26 L-5を4 x 104 cell / 100 μlになるよう懸濁させた同培地にDMSOで溶解したサンプルを24穴ウェルプレート内の最終濃度になるよう加え、フィブロネクチンとマトリジェルのコーティングされたtranswell chamber内に100 μl入れた。chamberを24穴ウェルプレートに設置し、37℃で6時間培養した。
【0034】
培養後、chamberを24穴ウェルプレートにから外し、メタノールに浸漬し1分間細胞を固定化した。その後、ヘマトキシリンに3分間、エオジンに10秒の浸漬処理を行い、細胞を染色した。水洗と綿棒でchamber内をふき取り、染色液と接着しなかった細胞を取り除いた。メンブレンフィルター表面を風乾させ、光学顕微鏡でフィルターの中心とその周辺4視野の計5視野について、基底膜バリアーを破り浸潤した細胞をカウントし、その平均値をもって浸潤阻害活性を評価した。
【0035】
3.細胞遊走阻害試験
メンブランフィルター内側にマトリジェルをコーティングせずに、上記と同様の基底膜浸潤阻害活性試験を行うことにより、遊走阻害活性を検定した。
【0036】
4.ゼラチンザイモグラフィーによるMMP阻害活性試験
K. Lirdprapamongkol et al., Eur. J.Pharm. Sci., (2005), 25 (1), 57-65に記載の方法に準拠し行った。調整用培地でマウス由来colon 26 L-5を12時間培養した後、その上清を遠心分離により得た。7.5%SDSと0.1%のtype Aゼラチンを含有するゼラチンザイモグラフ上で、その上清を電気泳動した。次いでゲルを洗浄用バッファーで洗浄しSDSを除去した。ゲルを切り出し、所定の濃度の化合物を含むバッファー中で24時間インキュベートした。次いで、ゲルをCoomassie Blue R 250で染色し、脱色用バッファーで洗浄した後、ゲル上に形成されたハロー部分の吸光度を計測し、阻害活性を評価した。
【0037】
5.上記試験の結果
上記試験の結果を下記の表1にまとめて示す。
【0038】
【表1】

【0039】
6.化合物の製造例
(S)-12の合成
N-α-Boc-L-リジンメチルエステル塩酸塩(渡辺化学、300 mg,1.01 mmol)、BOP試薬 (1.55 g, 3.15 mmol), 1-ヒドロキシベンゾトリアゾール(426 mg, 3.13 mmol)を無水DMF(16 ml)に溶解した。2,3-ジベンジルオキシ安息香酸 (334 mg, 1 mmol)を加え攪拌し,N,N-ジイソプロピルエチルアミン(1.04 ml, 3 mmol)を滴下し,室温で終夜反応させた。反応溶液に氷水を加えた後、酢酸エチルで抽出した。有機層を0.5N塩酸,0.5N炭酸水素ナトリウム、飽和食塩水で洗浄し,無水硫酸ナトリウムで脱水した。減圧下濃縮を行い,抽出物はシリカゲルカラムクロマトグラフィーにて精製を行い,565mg (98%)の縮合物を得た。
【0040】
上記の縮合物(300 mg, 0.52 mmol)を1.5N塩酸メタノール溶液(15ml)に溶解し、室温で終夜撹拌した。反応液をアンモニア水でpH8に調整した後、減圧濃縮によりメタノールを除去し、酢酸エチルで抽出した。有機層を無水硫酸ナトリウムで乾燥した後、減圧濃縮し、脱Boc体201mg(81%)を得た。
【0041】
次いで、上記の化合物(186 mg, 0.39 mmol)を無水ピリジン(2 ml)に溶解し、氷冷
下に塩化ベンゾイル(0.1ml, 0.89 mmol)を加えた。室温で終夜撹拌した後、反応液を氷水に注ぎ、酢酸エチルで抽出した。酢酸エチル層を希塩酸、硫酸銅水溶液、飽和食塩水で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥した後、減圧濃縮した。濃縮物をシリカゲルカラムクロマトグラフィーで精製し、ベンゾイル化物100mg(44%)を得た。
【0042】
最後に、上記の化合物(40 mg, 0.069 mmol)をMeOH (10ml)に溶解し,10% Pd/C (20 mg)を加えた。フラスコ内を水素で置換し,室温で攪拌を行いながら,4時間反応を行った。触媒をセライトろ過により除去し,減圧下濃縮した。濃縮物を高速液体クロマトグラフィーで精製し、(S)-12を得た ( 13 mg, 47% )。
1HNMR (CD3OD) δ: 1.43 (2H, m), 1.57 (2H, m), 1.81 (1H, m), 1.91 (1H,m), 3.29 (2H, t, 6.6 Hz), 3.62 (3H, s), 4.54 (1H, dd, 5.1 and 9.0 Hz), 6.59(1H, t, 7.6 Hz),
6.83 (1H, d, 7.3 Hz), 7.23 (1H, d, 7.8 Hz), 7.31 (2H, t, 7.3Hz), 7.39 (1H, t, 7.3 Hz), 7.66 (2H, d, 7.6 Hz); 13C NMR (CD3OD)δ 24.3, 30.0, 32.0, 40.5, 52.8, 53.8, 116.8, 119.4, 119.6, 128.2, 129.5, 132.5,135.8, 147.4, 150.4, 170.4, 171.2, 174.2.
【0043】
(S)-13の合成
N-ε-Boc-N-α-Cbz-L-リジンアミド(渡辺化学, 800 mg,2.11mmol)をMeOH (100 ml)に溶解し,10% Pd/C (400 mg)を加えた。フラスコ内を水素で置換し,室温で攪拌を行いながら,1時間反応を行った。10%Pd/Cをろ過により取り除き,減圧下濃縮し 、Cbz脱保護体(570 mg, 98%)を得た。
【0044】
次いで、上記の化合物(250 mg, 1.0 mmol)を無水ピリジン(4ml)に溶解し、氷冷下に塩化ベンゾイル(140 mg, 1.0 mmol)を加えた。室温で終夜撹拌した後、反応液を氷水に注ぎ、酢酸エチルで抽出した。酢酸エチル層を希塩酸、硫酸銅水溶液、飽和食塩水で順次洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥した後、減圧濃縮した。濃縮物をシリカゲルカラムクロマトグラフィーで精製し、目的物(118mg, 34%)を得た。
【0045】
上記の化合物(100 mg, 0.29 mmol)を2N塩酸酢酸エチル溶液に溶解し、室温で終夜撹拌した。アンモニア水で中和した後、減圧濃縮した。濃縮物を無水DMF(2ml)に溶解し、BOP試薬(393 mg, 0.89 mmol)、1-ヒドロキシベンゾトリアゾール(54 mg, 0.40 mmol)、 2,3-ジベンジルオキシ安息香酸(134mg, 0.40 mmol)、N,N-ジイソプロピエチルルアミン (52 mg, 0.40 mmol)を加え,室温で終夜撹拌した。反応溶液に氷を入れた後、酢酸エチルで抽出し、有機層を0.5N塩酸、0.5N炭酸水素ナトリウム、飽和食塩水で順次洗浄した。無水硫酸ナトリウムで乾燥した後、減圧濃縮した。濃縮物をシリカゲルカラムクロマトグラフィーにより精製し、目的物110 mg (67%)を得た。
【0046】
さらに、上記の化合物(50 mg, 0.088 mmol)をメタノール(12ml)に溶解し、10%Pd-C(25 mg)の存在下、水素雰囲気下で2時間撹拌し、ベンジル基を脱保護した。触媒をセライトろ過により除去し,減圧下濃縮した。濃縮物を高速液体クロマトグラフィーで精製し、(S)-13を得た ( 25 mg, 74% )。
1HNMR (CD3OD) δ: 1.44 (2H, m), 1.59 (2H, m), 1.78 (1H, m), 1.85 (1H,m), 3.30 (2H, t, 6.7 Hz), 4.47 (1H, dd, 5.1 and 9.1 Hz), 6.57 (1H, t, 7.8 Hz),6.81 (1H, d, 7.6 Hz), 7.09 (1H, d, 7.9 Hz), 7.32 (2H, t, 7.4 Hz), 7.42 (1H, t,7.4 Hz), 7.73 (2H, d, 7.0 Hz); 13C NMR (CD3OD) δ 24.5,30.1, 32.9, 55.0, 116.9, 118.8, 119.2, 119.3, 128.5, 129.5, 132.8, 135.3,147.5, 150.7, 170.4, 171.5, 177.3.
【0047】
<産業上の利用可能性>
本発明は、医薬製造業を包含する医療産業において、原料の供給、さらなる有効化合物の提供用の原料または比較化合物を提供できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式1の化合物を有効成分とするマトリックスメタロプロテアーゼ阻害剤:
【化1】

上式中、X, Yおよび Zは、相互に独立して、水素原子、ヒドロキシ、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ニトロ、アミノ、C1−C8アルキル、C1−C8アルコキシを表し、
Rはヒドロキシメチル、カルボキシル、カルボキシアミド、シアノ、ヒドロキシルアミノカルボニル、C2−C9アルコキシカルボニルまたはN−2,3−ジヒドロキシベンゾイルアミノメチルであるが、但し、XとYがそれぞれ1位と2位に位置し、共にヒドロキシであり、かつ、Zが水素原子であり、Rがヒドロキシメチル、カルボキシルまたはメトキシカルボニルである場合は除く。
【請求項2】
下記一般式1の化合物を有効成分とする癌細胞による基底膜浸潤阻害剤:
【化2】

上式中、X, Yおよび Zは、相互に独立して、水素原子、ヒドロキシ、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ニトロ、アミノ、C1−C8アルキルまたはC1−C8アルコキシを表し、
Rはヒドロキシメチル、カルボキシル、カルボキシアミド、シアノ、ヒドロキシルアミノカルボニル、C2−C9アルコキシカルボニルまたはN−2,3−ジヒドロキシベンゾイルアミノメチルであるが、但し、XとYがそれぞれ1位と2位に位置し、共にヒドロキシであり、かつ、Zが水素原子であり、Rがヒドロキシメチル、カルボキシルまたはメトキシカルボニルである場合は除く。
【請求項3】
一般式1における、Rが、カルボキシアミド、ヒドロキシアミノカルボニルまたはN−2,3−ジヒドロキシベンゾイルアミノメチルである請求項1または2記載の阻害剤。
【請求項4】
一般式1におけるR、X、YおよびZが、それぞれ、
カルボキシアミド、1−ヒドロキシ、2−ヒドロキシおよび水素であるか、
カルボキシアミド、水素原子、水素原子および水素であるか、
カルボキシアミド、1−ヒドロキシ、水素原子および水素であるか、
カルボキシアミド、水素原子、2−ヒドロキシおよび水素原子であるか、
ヒドロキシルアミノカルボニル、1−ヒドロキシ、2−ヒドロキシルおよび水素原子であるか、
ヒドロキシルアミノカルボニル、水素原子、水素原子および水素原子であるか、
N−2,3−ジヒドロキシベンゾイルアミノメチル、1−ヒドロキシ、2−ヒドロキシお
よび水素原子であるか、または
N−2,3−ジヒドロキシベンゾイルアミノメチル、水素原子、水素原子および水素原子である、請求項1または請求項2記載の阻害剤。
【請求項5】
請求項3記載の阻害剤を有効成分として含んでなる、癌の治療または予防のための医薬製剤。
【請求項6】
請求項3記載の阻害剤を有効成分として含んでなる、関節リュウマチおよび多発性硬化症を包含する細胞該マトリックスメタロプロテアーゼが関与する疾患の治療または予防のための医薬製剤。
【請求項7】
下記一般式1の化合物:
【化3】

上式中、X, Yおよび Zは、相互に独立して、水素原子、ヒドロキシ、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ニトロ、アミノ、C1−C8アルキルまたはC1−C8アルコキシを表し、
Rはヒドロキシメチル、カルボキシル、カルボキシアミド、シアノ、ヒドロキシルアミノカルボニル、C2−C9アルコキシカルボニルまたはN−2,3−ジヒドロキシベンゾイルアミノメチルであるが、但し、XとYがそれぞれ1位と2位に位置し、共にヒドロキシであり、Zが水素原子であり、そしてRが水素原子、ヒドロキシメチル、カルボキシル、メトキシカルボニル、シアノ、アミノメチル、カルボキシアミド、ヒドロキシルアミノカルボニルまたはN−2,3−ジヒドロキシベンゾイルアミノメチルであり、かつ、R基の結合した炭素原子上の各基の絶対配置がSの場合は除く。
【請求項8】
一般式1におけるR、X、YおよびZが、それぞれ、
カルボキシアミド、水素原子、水素原子および水素であるか、
カルボキシアミド、1−ヒドロキシ、水素原子および水素であるか、
カルボキシアミド、水素原子、2−ヒドロキシおよび水素原子であるか、
メトキシカルボニル、1−メトキシ、2−メトキシおよび水素原子であるか、
メトキシカルボニル、1−ヒドロキシ、水素原子および水素原子であるか、または
メトキシカルボニル、水素原子、2−ヒドロキシおよび水素原子である、
請求項7記載の化合物。

【公開番号】特開2008−214251(P2008−214251A)
【公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−53101(P2007−53101)
【出願日】平成19年3月2日(2007.3.2)
【出願人】(000236920)富山県 (197)
【Fターム(参考)】