説明

レーザーマーキング方法およびマーキングされた生体埋植用部材

【課題】汎用のNd:YAGレーザーまたはNd:YVOレーザーを用いて、十分な視認性を有し且つ人体に悪影響を及ぼす恐れのないマーキングを生体材料用樹脂基材に施すことができる方法およびマーキングされた生体埋植用合成樹脂部材を提供する。
【解決手段】生体為害性が無くかつレーザー光を照射することによって基材の変色反応を促進し得る材料の粉末を基材に塗布した後、レーザー光を上記粉末が塗布された基材表面に照射することを特徴とする方法、およびマーキングされた生体埋植用部材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体材料用樹脂基材にレーザーマーキングを施すための方法およびマーキングされた生体埋植用部材に関する。
【背景技術】
【0002】
製造年月日、製造場所、製造会社名、ロット番号等の情報を製品にマーキングすることは、様々な技術分野で広く行われている。例えば、特許文献1には、錠剤、カプセル等の可食体にレーザーマーキングを施すための装置が記載されている。レーザー光を材料に照射して印刻するレーザーマーキングは、様々な材料、製品へのマーキングに一般に用いられているマーキング技術である。レーザーマーキングの利点は、マーキングする情報を変化させながら高速でマーキングすることができ、また、耐久性、耐摩擦性に優れたマーキングを得ることができることである。レーザー光波長が1064nmや532nmであるNd:YAGレーザー(YAGレーザー)及びNd:YVOレーザーが、金属、セラミック、シリコン等の材料へのレーザーマーキングに一般に用いられている。
【0003】
生体材料とは、生体に埋植されて用いられる材料を指すが、それらを用いた製品、例えば人工関節等に製造番号等の情報をマーキングすることは、製品の取り違え防止等の観点から非常に重要である。生体材料へのマーキングには、生体に悪影響を及ぼさないこと及び視認性が高いことが求められる。レーザーマーキングは、金属やセラミックスの生体材料に対しては、上記の点で好適であり、広く用いられている。しかし、人工関節として用いられるポリエチレン基材へのレーザーマーキングは、現在のところ非常に困難である。レーザーマーキング装置に一般的に用いられているNd:YAGレーザーやNd:YVOレーザーは、レーザー光波長が1064nmや532nmであるが、このレーザー光をポリエチレン基材に照射した場合、十分な視認性を有するマーキングを得ることはできない。それは、これらの波長付近におけるポリエチレン基材の吸光度が小さいからであると考えられる。レーザー光の波長領域における吸光度が大きい色素等を基材に添加して視認性の高いマーキングを得ることは可能であるが、色素等の物質は人体に悪影響を及ぼし得るので、基材への添加は極力避けるべきである。
【0004】
一方、紫外領域のレーザー光をポリエチレン基材に照射すると、視認性の高いマーキングが得られることがわかっている。例えば、レイチャーシステムズ株式会社製紫外光マーキング用レーザーシステム・SAMURAIによって、HDPE(高密度ポリエチレン)に波長355nmのレーザー光を照射すると、視認性の高いマーキングが得られる。しかし、紫外光レーザーマーキングを行うためには専用の装置を導入する必要があり、コスト面で問題がある。また、マーキングされた部材の生体に対する安全性も確認されていない。従って、特別な装置を必要とすることのない、生体に悪影響を与える恐れのないレーザーマーキング手法の確立が求められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−126309号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】レイチャーシステムズ株式会社ウェブサイト、[平成22年4月30日検索](URL:http://www.rayture−sys.co.jp/processing/samurai_hdpe.html)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
汎用のNd:YAGレーザーまたはNd:YVOレーザーを用いて、十分な視認性を有し且つ人体に悪影響を及ぼす恐れのないマーキングを生体材料用樹脂基材に施すことができる方法およびマーキングされた生体埋植用合成樹脂部材を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
即ち本発明は、生体材料用樹脂基材にレーザーマーキングを施す方法であって、生体為害性が無くかつレーザー光を照射することによって基材の変色反応を促進し得る材料の粉末を基材に塗布した後、レーザー光を上記粉末が塗布された基材表面に照射すること
を特徴とする方法、およびマーキングされた生体埋植用部材に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明のレーザーマーキング方法を用いると、十分な視認性を有し、且つ人体に悪影響を及ぼさないレーザーマーキングされた生体埋植用部材を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】図1は、本発明の実施例1のレーザーマーキング結果を示す。
【図2】図2は、本発明の実施例2のレーザーマーキング結果を示す。
【図3】図3は、本発明の実施例3のレーザーマーキング結果を示す。
【図4】図4は、本発明の比較例のレーザーマーキング結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の方法によってマーキングすることができる生体材料用樹脂基材として、例えば、ポリメタクリル酸メチル樹脂、ポリテトラフルオロエチレン、ポリエチレン、架橋ポリエチレン、ポリウレタン、ポリジメチルシロキサン、ポリオキシメチレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリビニルアルコール等が挙げられる。本発明の方法によって得られるレーザーマーキングは人体に悪影響を及ぼす恐れがないので、生体材料、医療材料等、特に、人工関節の構成部材として用いられるポリエチレン基材(架橋ポリエチレン含む)へのマーキングに適している。本発明の方法を用いると、上で挙げた材料の他、波長1064nm付近や532nm付近のレーザー光によってマーキングすることが困難な材料、すなわち1064nm付近や532nm付近の波長領域における吸光度が小さい材料にマーキングを施すことができる。
【0012】
本発明の方法で用いられる塗布用の粉末は、生体為害性が無くかつレーザー光を照射することによって、好ましくは汎用のレーザーマーキング装置を用いて基材の変色反応を促進し得る材料の粉末であればよい。上記粉末は、レーザーマーキング装置のレーザー光によって加熱や触媒作用などの反応を起こす物質であって、具体的には、酸化チタン、酸化ジルコニウム、酸化アルミニウム、酸化タンタル、水酸化アパタイト等の生体親和性の高いセラミック粉末が好ましい。特に酸化チタンは、塗布に好適な粒径のものが比較的容易に入手可能である。基材への塗布方法としては、粉末を基材に直接塗りつけてもよいが、必要十分な厚みの粉末を均一に塗布するためには、粉末を適当な液体に分散させた縣濁液を用いることが好ましい。上記懸濁液(分散液)をヘラや筆などで基材に塗布してもよいし、多量の分散液中に基材を浸漬して引き上げてもよい。酸化チタン分散液は、分散質である酸化チタンを分散媒に分散させたものである。酸化チタンは、ルチル型、アナターゼ型またはブルッカイト型のいずれであってもよい。酸化チタンの粒径は、好ましくは0.01〜1000μm、特に好ましくは0.1〜100μmである。分散液を用いる方法に適した分散媒として、水、エタノール、メタノール、イソプロパノール、アセトン等が挙げられる。コスト及び揮発性や毒性の低さ等の作業性の良さからイソプロパノールが好ましい。上で挙げた2種類以上を組み合わせて分散媒としてもよい。分散媒は、酸化チタン等の粉末と混合して安定な分散液を形成するものであることが好ましい。分散液を安定化するために、少量の増粘剤や界面活性剤等の添加剤を加えてもよい。分散液を用いる方法で用いられる酸化チタン分散液の濃度は、好ましくは1〜30重量%、特に好ましくは1〜10重量%である。濃度が高すぎると安定な分散液を得ることができないので好ましくない。
【0013】
本発明の方法で使用されるレーザー光の波長は、520〜540nmであることが好ましい。本発明の方法におけるレーザー光源として、汎用のNd:YAGレーザーまたはNd:YVOレーザーを使用することができる。各レーザーの第2高調波である532nmの波長を用いることが好ましい。レーザー光源の強度は、大きいほどマーキングを短時間に容易に行い得るが、通常1.0〜10.0W、好ましくは1.5〜2.5W、更に好ましくは1.9Wである。パルス周波数とマーキングスピードは、塗布粉体と基材に応じて適宜調節して用いる。ポリエチレン基材に酸化チタン粉末を塗布した場合、好ましいパルス周波数は10000〜30000Hz、マーキングスピードは1〜10mm/sである。
【0014】
基材にレーザー光を照射すると、酸化チタンの触媒作用によって照射部位における基材の変色反応が促進される。その結果、元の基材とは色調の異なる黒色または褐色の変色部からなる視認性の高いマーキングが得られる。マーキング完了後、塗布された余分な粉末は、水やアルコール等の適当な液体にて除去される。生体親和性を持つ材料を用いているので、マーキング部分にごく少量の粉末が残留したとしても問題はない。
【実施例】
【0015】
[実施例1]
酸化チタン(石原産業株式会社製W−10、アナターゼ型、平均粒子径:0.15μm)を、イソプロパノール(佐々木化学薬品株式会社製)中に分散させて1重量%の酸化チタン分散液を調製した。ポリエチレン基材をこの分散液に3時間浸漬し、その後、基材を自然乾燥させた。レーザーマーキング装置(ロフィン社製Rofin RSM 10E/SHG)を用いて、下記のマーキング条件の下でポリエチレン基材にマーキングを施した。マーキング結果を図1に示す。
<マーキング条件>
・波長:532nm
・出力強度:1.9W
・パルス周波数:19000Hz
・マーキング速度:4mm/s
【0016】
[実施例2]
酸化チタン分散液の濃度を5重量%にする以外は実施例1と同様に、ポリエチレン基材にレーザーマーキングを実施した。マーキング結果を図2に示す。
【0017】
[実施例3]
酸化チタン分散液の濃度を10重量%にする以外は実施例1と同様に、ポリエチレン基材にレーザーマーキングを実施した。マーキング結果を図3に示す。
【0018】
[比較例]
(酸化チタン浸漬無し)
酸化チタン分散液への浸漬を行わずに、実施例1と同様のマーキング条件でポリエチレン基材にレーザーマーキングを実施した。マーキング結果を図4に示す。
【0019】
得られたレーザーマーキングの視認性を目視により確認した。実施例1〜3のマーキングは、肉眼で容易に識別することができ、良好な視認性を有した。それに対し、基材を酸化チタン分散液に浸漬していない比較例のマーキングは、肉眼ではほとんど識別不可能であり、実施例1〜3のマーキングと比較して明らかに視認性に劣るものであった。マーキングの視認性を表1にまとめる。
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0020】
本発明の方法を用いて得られるレーザーマーキングは、生体に悪影響を与える恐れがなく且つ優れた視認性を有する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体材料用樹脂基材にレーザーマーキングを施す方法であって、レーザー光を照射することによって基材の変色反応を促進し得る材料の粉末を塗布した後、レーザー光を上記粉末が塗布された基材表面に照射することを特徴とする方法。
【請求項2】
レーザー光が、520〜540nmの波長を有する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
レーザー光源の強度が1.7〜2.0Wである、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
上記粉末が、酸化チタン、酸化ジルコニウム、酸化アルミニウム、酸化タンタル、水酸化アパタイト等の生体親和性の高いセラミック粉末である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
上記粉末が、酸化チタン粉末である、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
上記粉末を、液体に縣濁分散させて分散液として基材に塗布することを特徴とする、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
上記分散液の分散媒が、水、エタノール、メタノール、イソプロパノール、アセトンから選ばれる1種類の液体または2種類以上の液体混合物である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
上記分散液の濃度が1〜30重量%である、請求項6または7に記載の方法。
【請求項9】
上記生体材料用樹脂基材が、ポリエチレンである、請求項1〜8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか1項に記載の方法によってマーキングされた表面を持つ、生体埋植用部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−245708(P2011−245708A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−120141(P2010−120141)
【出願日】平成22年5月26日(2010.5.26)
【出願人】(504418084)日本メディカルマテリアル株式会社 (106)
【Fターム(参考)】