説明

レーザ溶接装置およびレーザ溶接時の隙間制御方法

【課題】簡単な構造で両溶接部分間の隙間を精度良く制御して、レーザ溶接を確実に行えるレーザ溶接装置の提供を図る。
【解決手段】シルインナ10の溶接部分11とフロアパネル20の溶接部分21とを対峙させ、それら両溶接部分11,21をレーザ溶接装置1を用いて重ね溶接する際に、シルインナ10に励磁手段100を設けて、そのシルインナ10の溶接部分11を励磁してフロアパネル20の溶接部分21を引き付け、両溶接部分11,21間の隙間δを略一定に保持するようにしたので、レーザ溶接時の熱付加により両溶接部分11,21が残留応力等で互いに離れる方向に変形する場合に、励磁手段100によって両溶接部分11,21間の隙間δを略一定に保持できるので、励磁手段100を設けるという簡単な構造にして両溶接部分11,21間の隙間を精度良く制御してレーザ溶接を確実に行うことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザ溶接装置およびレーザ溶接時に2つの被溶接部材間の隙間を制御する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
レーザ溶接は、レーザ光を熱源として金属に集光した状態で照射し、その金属を局部的に加熱・溶融した後に凝固させることによって接合するようになっており、近年では自動車の車体・部品の組立溶接にレーザ溶接が適用されつつあるが、あまり一般的とはいえない。
【0003】
その理由の1つとして、レーザの重ね溶接では鋼板間の隙間を極めて厳密に管理する必要があり、一般にその隙間を0.1mm程度以下に管理している。
【0004】
このため、従来では互いに重ね合わせた2枚の被溶接部材の上方から加圧ローラで押圧するとともに、磁石ローラによって下側の被溶接部材を上方に吸引することにより、2枚の被溶接部材が隙間の無い状態で重ね合わされるようになっている(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2004−66268号公報(第4頁、図1)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、かかる従来のレーザ溶接装置では、加圧ローラおよび磁石ローラという2つのローラを設ける必要があるとともに、それら各ローラをそれぞれ所望の上下位置に移動させる加圧ローラ昇降装置や磁石ローラ昇降装置によって支持する必要があるため、レーザ溶接装置が大掛かりなものとなって設備コストが嵩んでしまう。
【0006】
ところで、被溶接部材の溶接部分をローラやピン等で押圧できない状況がある。例えば、2つの被溶接部材の溶接部分をL字状に折曲して対峙させた場合は、それら対峙させた両溶接部分の先端部が自由端部となった状態でレーザ溶接することが余儀なくされる。
【0007】
この場合は、レーザ溶接が非常にエネルギー密度の高い溶接方法であるため、溶込み幅が狭く、溶込み深さも深いという特徴があり、かつ、凝固速度が速いため、対峙させた両溶接部分が溶接時の熱によって両者間の隙間を一定に制御するのが甚だ難しくなってしまい、溶接部分が不完全になったり、場合によってはレーザ溶接ができなくなったりしてしまう。
【0008】
そこで、本発明は、簡単な構造にして両溶接部分間の隙間を精度良く制御して、レーザ溶接を確実に行えるようにしたレーザ溶接装置およびレーザ溶接時の隙間制御方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、第1被溶接部材の溶接部分と第2被溶接部材の溶接部分とを対峙させ、これら第1及び第2被溶接部材のうち剛性の高い方の部材側からレーザを照射して溶接するレーザ溶接装置であって、第1被溶接部材または第2被溶接部材のいずれか一方の溶接部分を励磁して他方の溶接部分を引き付け、両溶接部分間の隙間を略一定に保持する励磁手段を設けたことを最も主要な特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、レーザ溶接時の熱付加により両溶接部分が残留応力等により互いに離れる方向に変形する場合に、励磁手段によって一方の溶接部分を励磁して他方の溶接部分を引き付けることにより、両溶接部分間の隙間を略一定に保持できるので、励磁手段を設けるという簡単な構造で両溶接部分間の隙間を精度良く制御してレーザ溶接を確実に行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態を図面と共に詳述する。
【0012】
図1〜図3は本発明にかかるレーザ溶接装置の一実施形態を示し、図1はレーザ溶接装置の斜視図、図2は励磁手段の拡大断面図、図3は励磁手段を作動した状態のレーザ溶接装置の側面図である。
【0013】
本実施形態のレーザ溶接装置1は、図1に示すように、自動車のフロアパネル20と、そのフロアパネル20の車幅方向両側に車両前後方向に延在して車体骨格を成すサイドシルの内側を形成するシルインナ10との接合部分に、本発明の溶接技術を適用した例である。
【0014】
即ち、本実施形態では、第1被溶接部材としての前記シルインナ10の溶接部分11と、第2被溶接部材としての前記フロアパネル20の溶接部分21とを対峙させ、それら両溶接部分11,21をレーザ溶接装置1を用いて溶接するようになっている。
【0015】
前記シルインナ10は断面コ字状に形成されるとともに、図外のシルアウタも同様に断面逆コ字状に形成され、それらシルインナ10とシルアウタの両端同士を結合して閉断面の前記サイドシルが構成される。
【0016】
前記フロアパネル20は、それの車幅方向両側を立ち上げて前記溶接部分21を形成し、その溶接部分21が前記シルインナ10の前記溶接部分11となる車室内方側面に接合される。
【0017】
本実施形態では、前記シルインナ10の材質は、SP783−590(合金化溶融亜鉛メッキ鋼板,590MPa級ハイテン材)を用いてあるとともに、フロアパネル20の材質は、SP781(合金化溶融亜鉛メッキ鋼板)を用いてあり、シルインナ10の板厚を1.4mmとするとともに、フロアパネル20の板厚を1.0mmとして、シルインナ10をフロアパネル20よりも厚肉に形成して、シルインナ10の剛性がフロアパネル20の剛性よりも高くなっている。
【0018】
前記シルインナ10の下側壁12と前記フロアパネル20のフロア面22とは、レーザ溶接する際に基台30上に載置されるが、載置面が狭くなる前記シルインナ10の下側壁12に位置決め穴12aを形成し、その位置決め穴12aを基台30から突出するロケートピン31に挿通して、そのロケートピン31によりシルインナ10を位置決めするとともに保持するようになっている。
【0019】
前記レーザ溶接装置1は、図1に示すように、レーザー光Rを照射するレーザ溶接ヘッド2を備えており、このレーザ溶接ヘッド2は、レーザを発振する発振器と、この発振器で発振されたレーザを集光する光学系と、を備えて構成される。
【0020】
そして、前記レーザ溶接ヘッド2を、互いに対峙した前記両溶接部分11,21のシルインナ10側に所定間隔を設けて配置し、そのレーザ溶接ヘッド2から発振したレーザー光Rを、前記シルインナ10の溶接部分11の溶接ラインLに沿って照射するようになっている。なお、レーザ溶接ヘッド2をフロアパネル20側に配置することは、フロアパネル20とレーザ溶接装置1との干渉が発生するため困難である。
【0021】
ここで、本実施形態では、レーザ溶接(YAGレーザ)とアーク溶接とを複合した、いわゆるレーザ・アークハイブリッド溶接としている。つまり、前記レーザ溶接ヘッド2は、アークAを飛ばすアークトーチ3とともにハイブリッド溶接ヘッド4が構成され、このハイブリッド溶接ヘッド4によりレーザ・アークハイブリッド溶接が可能となっている。
【0022】
前記アークトーチ3の先端には、溶接ワイヤ5が繰り出されるように設けられ、その溶接ワイヤ5の先端が指向するアークAの狙い位置は、前記レーザー光Rの照射点の溶接方向の後方(1〜3mm程度)としてある。
【0023】
このとき、前記レーザ溶接には、YAGレーザ(出力3KW)が用いられるとともに、アーク溶接にはMIG溶接が用いられ、その条件としては電流値140A,電圧値18Vで直流パルスとし、シールドガス(CO10%+Ar90%)の供給量は20リットル/minとしてある。
【0024】
また、本実施形態では、前記シルインナ10に、一方の溶接部分となるそのシルインナ10の溶接部分11を励磁して、他方の溶接部分となるフロアパネル20の溶接部分21を引き付けて、両溶接部分11,21間の隙間δを略一定に保持する励磁手段100を設けてある。
【0025】
ここで、本実施形態のレーザ溶接時の隙間制御方法によれば、シルインナ10の溶接部分11と、その溶接部分11に対峙するフロアパネル20の溶接部分21とをレーザ溶接(本実施形態ではレーザ・アークハイブリッド溶接)により重ね溶接するにあたって、シルインナ10の溶接部分11を励磁して、その磁力による他方の溶接部分21の引き付け力と、溶接時の輻射熱で変形する他方の溶接部分21の変形力との兼ね合いで両溶接部分11,21間の隙間δを略所定量(最大3mm)に制御するようにしてある。
【0026】
また、前記励磁手段100は、前記シルインナ10と前記フロアパネル20のうち剛性が高くなるシルインナ10に設けてある。
【0027】
さらに、前記励磁手段100は、励磁する側の被溶接部材となる前記シルインナ10を位置決めするロケートピン31内に、図2に示すように、電磁石101を内蔵することにより構成してある。
【0028】
即ち、前記ロケートピン31は上端が閉塞された中空の円筒状に形成され、そのロケートピン31の中空内にコイル101aを巻回した前記電磁石101が収納されており、そのコイル101aはこれに入力する電流値を制御する磁界発生装置102に接続される。
【0029】
そして、前記ロケートピン31は、シルインナ10の下側壁12に沿って所定間隔をもって複数配置されており、それらロケートピン31内の電磁石101に電流を印加して励磁することにより、その磁界はシルインナ10の溶接部分11を励磁し、その溶接部分11に他方の溶接部分21を引き付ける磁力が発生する。
【0030】
前記磁界発生装置102は、前記両溶接部分11,21間の隙間δの大きさに応じて前記電磁石101に出力する電流値を変化させ、隙間δが大きくなるに従って電流値を大きくして励磁力を大きくすることにより、他方の溶接部分21の引き付け力を増大することができる。
【0031】
また、本実施形態では、図1に示すように互いに対峙する両溶接部分11,21の自由端部間、つまり上端部間に、それら両溶接部分11,21間の隙間δが所定量に達した際に互いに当接する突起部としての折曲部23を設けてある。
【0032】
つまり、前記折曲部23は、フロアパネル20の溶接部分21の上端部をシルインナ10の溶接部分11方向に折曲して形成され、その折曲部23の突出量Sを前記隙間δに対応させて予め所定量に設定してある。
【0033】
従って、図3に示すように、前記励磁手段100を励磁してフロアパネル20の溶接部分21をシルインナ10の溶接部分11に引き付けた際に、フロアパネル20の溶接部分21はシルインナ10の溶接部分11に当接して、それ以上の近接を阻止して前記隙間δを所定量に保持する。
【0034】
以上の構成により本実施形態のレーザ溶接装置1およびレーザ溶接時の隙間制御方法によれば、シルインナ10に、そのシルインナ10の溶接部分11を励磁してフロアパネル20の溶接部分21を引き付ける励磁手段100を設けて、両溶接部分11,21間の隙間δを略一定に保持するようにしたので、レーザ溶接時の熱付加により両溶接部分11,21が残留応力等により互いに離れる方向に変形する場合に、励磁手段100によって一方の溶接部分11を励磁して他方の溶接部分21を引き付けることにより、両溶接部分11,21間の隙間δを溶接に適した一定隙間量に保持できるので、励磁手段100を設けるという簡単な構造にして両溶接部分11,21間の隙間を精度良く制御してレーザ溶接を確実に行うことができる。
【0035】
また、前記励磁手段100は、前記シルインナ10と前記フロアパネル20のうち剛性が高いシルインナ10に設けられているので、励磁手段100による励磁力で引き付けられる溶接部分21は剛性が低いフロアパネル20側であるため、励磁手段100による隙間δの制御を効果的に行うことができる。
【0036】
さらに、前記励磁手段100は、前記シルインナ10を位置決めするロケートピン31内に電磁石101を内蔵することにより構成したので、既存のロケートピン31を有効利用して励磁手段100を構成できるため、構成の簡素化および装置全体の小型化を図ることができる。
【0037】
さらにまた、互いに対峙する両溶接部分11,21の自由端部間に、溶接部分21の先端部を折曲した折曲部23を設けて、それら両溶接部分11,21間の隙間δが所定量に達した際に折曲部23が相手側の溶接部分11に当接するようにしたので、励磁手段100を励磁した際に隙間δを常に一定に保持できるとともに、磁界発生装置102から出力する励磁手段100の駆動電流の制御が容易になる。
【0038】
また、本実施形態のレーザ溶接機1では、レーザ溶接にアーク溶接を複合してハイブリッド化して、レーザ溶接ヘッド2とアークトーチ3とを備えたハイブリッド溶接ヘッド4を構成したので、前記両溶接部分11,21間の隙間δの余裕度を大きくできるとともに、亜鉛メッキ鋼板の重ね溶接においてもブローホールの発生を少なくすることができる。
【0039】
このため、重ね溶接における隙間δの厳密な管理が必要で無くなるため実用化が容易となり、また、レーザ溶接と略同等の溶接速度を得ることができ、レーザ溶接法の高能率というメリットを享受できる。
【0040】
なお、本発明は、前記実施形態に限ることなく本発明の要旨を逸脱しない範囲で他の実施形態を各種採用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】本発明の一実施形態におけるレーザ溶接装置の斜視図である。
【図2】本発明の一実施形態における励磁手段の拡大断面図である。
【図3】本発明の一実施形態における励磁手段を作動した状態のレーザ溶接装置の側面図である。
【符号の説明】
【0042】
1 レーザ溶接装置
2 レーザ溶接ヘッド
3 アークトーチ
4 ハイブリッド溶接ヘッド
10 シルインナ(第1被溶接部材)
11 溶接部分
20 フロアパネル(第2被溶接部材)
21 溶接部分
23 折曲部(突起部)
31 ロケートピン
100 励磁手段
101 電磁石
δ 隙間

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1被溶接部材の溶接部分と第2被溶接部材の溶接部分とを対峙させ、これら第1及び第2被溶接部材のうち剛性の高い方の部材側からレーザを照射して溶接するレーザ溶接装置であって、
第1被溶接部材または第2被溶接部材のいずれか一方の溶接部分を励磁して他方の溶接部分を引き付け、両溶接部分間の隙間を略一定に保持する励磁手段を設けた
ことを特徴とするレーザ溶接装置。
【請求項2】
請求項1に記載のレーザ溶接装置であって、
前記励磁手段は、前記第1被溶接部材または前記第2被溶接部材のうち剛性の高い方の被溶接部材に設けられる
ことを特徴とするレーザ溶接装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載のレーザ溶接装置であって、
前記励磁手段は、励磁する側の被溶接部材を位置決めするロケートピン内に電磁石を内蔵してなる
ことを特徴とするレーザ溶接装置。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1つに記載のレーザ溶接装置であって、
互いに対峙する両溶接部分の自由端部間に、それら両溶接部分間の隙間が所定量に達した際に互いに当接する突起部を設けた
ことを特徴とするレーザ溶接装置。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1つに記載のレーザ溶接装置であって、
レーザ溶接にアーク溶接を複合してハイブリッド化した
ことを特徴とするレーザ溶接装置。
【請求項6】
第1被溶接部材の溶接部分と、その溶接部分に対峙する第2被溶接部材の溶接部分とをレーザ溶接により重ね溶接するにあたって、第1被溶接部材または第2被溶接部材のいずれか一方の溶接部分を励磁して、その磁力による他方の溶接部分の引き付け力と、溶接時の輻射熱で変形する他方の溶接部分の変形力との兼ね合いで両溶接部分間の隙間を略所定量に制御する
ことを特徴とするレーザ溶接時の隙間制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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