説明

レーザ装置およびレーザ光照射方法

【課題】 レーザ光源部と照射対象物とが構成する外部共振器の発振によって生じる戻り光の影響を抑制することができ小型化可能かつ実現容易なレーザ装置等を提供する。
【解決手段】 レーザ装置1は、レーザ光を出力する光源部10と、光源部10から出力されるレーザ光が入射する所定領域の媒質において該レーザ光をブラッグ回折させる進行弾性波を発生させる弾性波発生部20と、を備える。光源部10が出力するレーザ光の縦モードの周波数間隔をΔFとし、該レーザ光の縦モードの周波数スペクトルの半値全幅をΔfとしたときに、弾性波発生部20が発生する進行弾性波の周波数ωが「Δf<2ω<ΔF」なる関係式を満たす。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザ装置およびレーザ光照射方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
レーザ装置は、例えば、光通信において用いられる信号光を発生させる光通信用途、加工対象物に対してレーザ光を照射することで該加工対象物を加工する加工用途、および、光ディスク等の光記録媒体に対してデータを記録し又は読み出す光ピックアップ用途、等に用いられる。
【0003】
何れの用途においても、レーザ装置から出力されるレーザ光は、何らかの対象物に照射される。光通信用途では、レーザ装置から出力されるレーザ光は例えば光ファイバの端面に入射して、その入射光の一部は該端面で反射される。加工用途では、レーザ装置から出力されるレーザ光は加工対象物に照射されて、その照射光の一部は該加工対象物で反射または散乱される。また、光ピックアップ用途では、レーザ装置から出力されるレーザ光は光記録媒体に照射されて、その照射光の一部は該光記録媒体で反射または散乱される。その他、レーザ装置から出力されるレーザ光がレンズ等の光学系に入射した場合には、そのレーザ光の一部は該光学系で反射または散乱される。
【0004】
照射対象物(上記の例では、光ファイバ端面、加工対象物、光記録媒体、その他の光学系)に照射されたレーザ光のうち該照射対象物で反射された光は、そのレーザ光を出力したレーザ装置に戻ることがある。このように照射対象物で反射されてレーザ装置に戻っていく光を「戻り光」と呼ぶ。このような戻り光があると、レーザ装置に含まれる共振器を構成する何れかの反射面と照射対象物とにより外部共振器が構成される。
【0005】
このように戻り光の発生に因り外部共振器が構成されると、レーザ光の波長や光出力が不安定となる場合がある。また、該レーザ装置においてパルセーションやモードホッピング等の雑音が増大するだけでなく、該レーザ装置の劣化が早まったり頓死を引き起こしたりする場合もある。
【0006】
このような問題を解決するために、光アイソレータを設けることも考えられる。すなわち、光アイソレータは、レーザ装置から出力されたレーザ光を通過させ、これと逆方向に伝播する戻り光を遮断する。これにより、戻り光がレーザ装置へ入射するのを抑制して、外部共振器が構成されることを防止することができる。しかし、一般に光アイソレータは高価であって大型であるという問題点を有している。
【0007】
特許文献1には、弾性波を用いた光アイソレータの発明が開示されている。この光アイソレータは第1方向に進行する弾性波を発生させ、この第1方向にレーザ光(周波数f)を入射させると、ドップラ効果により、弾性波による回折格子から見たときのレーザ光の周波数fは周波数fより低くなる。一方、第1方向とは反対方向の第2方向に伝播する戻り光の周波数fは周波数fより高くなる。そこで、弾性波による回折格子は、その周期が適切に設定されることで、周波数fのレーザ光を通過させる一方で、周波数fの戻り光(全部または一部)を反射させることができる。このように弾性波を用いることで光アイソレータ機能を実現することができる。
【特許文献1】特許2809190号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記の特許文献1に開示されたような弾性波を用いる光アイソレータでは、弾性波の周波数はレーザ光の周波数と同程度であることが必要であり、そのような高周波の弾性波を発生させることは現実には不可能である。
【0009】
本発明は、上記問題点を解消する為になされたものであり、光源部と照射対象物とが構成する外部共振器によって生じる戻り光の影響を抑制することができ小型化可能かつ実現容易なレーザ装置およびレーザ光照射方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係るレーザ装置は、レーザ光を出力する光源部と、光源部から出力されるレーザ光が入射する所定領域の媒質において該レーザ光をブラッグ回折させる進行弾性波を発生させる弾性波発生部とを備え、光源部が出力するレーザ光の縦モードの周波数間隔をΔFとし、該レーザ光の縦モードの周波数スペクトルの半値全幅をΔfとしたときに、弾性波発生部が発生する進行弾性波の周波数ωが下記(1)式の関係式を満たすことを特徴とする。
【0011】
【数1】

本発明に係るレーザ光照射方法は、照射対象物にレーザ光を照射する方法であって、弾性波発生部により進行弾性波を所定領域の媒質に発生させ、光源部から出力されたレーザ光を所定領域に入射させて進行弾性波によりブラッグ回折させ照射対象物に照射するものである。レーザ光が進行弾性波によりブラッグ回折されるに際して生じるドップラー効果により、レーザ光の周波数は弾性波周波数ωだけドップラーシフトするが、その回折させたレーザ光を照射対象物に照射するとともに、光源部が出力するレーザ光の縦モードの周波数間隔をΔFとし、該レーザ光の縦モードの周波数スペクトルの半値全幅をΔfとしたときに、弾性波発生部が発生する進行弾性波の周波数ωが下記(2)式の関係式を満たすことを特徴とする。また、より好適には、光源部と照射対象物とが構成する外部共振器におけるレーザ光の光子寿命時間内での当該光子の往復可能回数をNとしたときに、弾性波発生部が発生する進行弾性波の周波数ωが下記(3)式の関係式を満たす。
【0012】
【数2】

【0013】
【数3】

光源部、弾性波発生部および所定領域が共通の基板上に設けられているのが好適である。また、光源部が半導体レーザ素子を含むのも好適である。
【0014】
本発明によれば、光源部からレーザ光が出力され、また、弾性波発生部により所定領域の弾性波伝播媒質において進行弾性波による回折格子が生じる。そして、この回折格子によりレーザ光がブラッグ回折されて、このブラッグ回折した後のレーザ光が照射対象物に照射される。レーザ光が照射対象物に照射されると、そのレーザ光は、照射対象物において反射または散乱されて進行弾性波により再びブラッグ回折され、このブラッグ回折した後のレーザ光が光源部に戻る場合がある。しかし、上記関係式が満たされていることにより、光源部と照射対象物とが構成する外部共振器における発振が抑制され戻り光の影響が抑制される。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係るレーザ装置およびレーザ光照射方法は、光源への戻り光による影響を抑制することができ、また、小型化が可能であって、実現が容易である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、添付図面を参照して、本発明を実施するための最良の形態を詳細に説明する。なお、図面の説明において同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。
【0017】
図1は、本実施形態に係るレーザ装置およびレーザ光照射方法を説明する概念図である。本実施形態に係るレーザ装置1は、照射対象物2に対してレーザ光を照射するものであって、光源部10、弾性波発生部20および弾性波伝播媒質30を備えている。これら光源部10,弾性波発生部20および弾性波伝播媒質30は、共通の基板上にモノリシックに設けられているのが好適である。
【0018】
光源部10はレーザ光Lを出力するものである。この光源部10は、半導体レーザであってもよいし、ガラスレーザであってもよく、その他のレーザ光源であってもよい。また、光源部10は分布帰還形の半導体レーザであるのも好適である。
【0019】
弾性波発生部20は、弾性波伝播媒質30において進行弾性波を発生させるものであり、弾性波伝播媒質30に設けられている。例えば、弾性波発生部20は、図示のように1対の櫛形電極が組み合わされた構成となっていて、電極間に交流電圧が印加されることで、弾性波伝播媒質30中のレーザ光Lが入射する領域に弾性波を発生させる。弾性波発生部20により弾性波伝播媒質30において生じた弾性波は、進行波であって、光源部10から出力されるレーザ光Lをブラッグ回折させる回折格子40として作用する。なお、弾性波が進行する方向は、レーザ光Lをブラッグ回折させる回折格子40が形成される限りにおいて任意である。
【0020】
ブラッグ回折条件は下記(4)式で表される。ここで、Λは、進行弾性波による回折格子40の格子周期である。θは、レーザ光と進行弾性波の進行方向とがなす角度である(図1参照)。lは、回折次数である。λは、レーザ波長である。また、naは、弾性波伝播媒質30の屈折率である。
【0021】
【数4】

また、弾性波発生部20により弾性波伝播媒質30において生じた進行弾性波による回折格子40については、下記(5)式の関係式がある。ここで、vは弾性波伝播媒質30における進行弾性波の伝播速度である。また、ωは進行弾性波の周波数である。
【0022】
【数5】

また、光源部10から出力されたレーザ光については、下記(6)式の関係式がある。ここで、cは光速であり、Ωはレーザ光の周波数である。
【0023】
【数6】

上記(5)式および(6)式を用いると、上記(4)式は下記(7)式に変形される。
【0024】
【数7】

このレーザ装置1では、光源部10からレーザ光Lが出力され、また、弾性波発生部20により弾性波伝播媒質30において進行弾性波による回折格子40が生じる。そして、この回折格子40によりレーザ光Lがブラッグ回折されて、このブラッグ回折した後のレーザ光Lが照射対象物2に照射される。レーザ光Lが照射対象物2に照射されると、そのレーザ光Lは、照射対象物2において反射または散乱されて回折格子40により再びブラッグ回折され、このブラッグ回折した後のレーザ光Lが光源部10に戻る場合がある。
【0025】
また、このレーザ光Lが光源部10で反射されると、この反射されたレーザ光Lが回折格子40によりブラッグ回折され、このブラッグ回折した後のレーザ光Lが照射対象物2において反射または散乱されて回折格子40により再びブラッグ回折され、このブラッグ回折した後のレーザ光Lが光源部10に戻る場合がある。このように、光源部10と照射対象物2とは外部共振器を構成する可能性がある。
【0026】
なお、本説明および図1において、レーザ光Lは、最初に光源部10から出力されて初めて回折格子40に入射するまでのものを示す。レーザ光L2m−1は、回折格子40による(2m−1)回目の回折の後に照射対象物2により反射されて再び回折格子40に入射するまでのものを示す。レーザ光L2mは、回折格子40による2m回目の回折の後に光源部10により反射されて再び回折格子40に入射するまでのものを示す。mは1以上の任意の整数である。
【0027】
本実施形態では、光源部10が出力するレーザ光の縦モードの周波数間隔をΔFとし、該レーザ光の縦モードの周波数スペクトルの半値全幅をΔfとし、光源部10と照射対象物2とが構成する外部共振器におけるレーザ光の光子寿命時間内での当該光子の往復可能回数をNとする。このとき、弾性波発生部20が弾性波伝播媒質30において発生する進行弾性波の周波数ωは、下記(8)式を満たしており、より好適には下記(9)式を満たしている。
【0028】
【数8】

【0029】
【数9】

本実施形態に係るレーザ光源1およびレーザ光照射方法では、上記(8)式(好適には上記(9)式)の関係式が満たされていることにより、光源部10と照射対象物2とが構成する外部共振器における発振が抑制される。このことについて以下に詳細に説明する。
【0030】
図2は、本実施形態に係るレーザ装置およびレーザ光照射方法におけるレーザ光の周波数スペクトル等を示す図である。光源部10は、その共振器長等に応じた離散的な周波数Ω〜Ωの縦モードで発振し得る。光源部10から出力された周波数Ωのレーザ光Lは、回折格子40によりブラッグ回折された後にはドップラー効果により周波数(Ω+ω)のレーザ光Lとなる。また、このレーザ光Lが照射対象物2で反射されて再び回折格子40によりブラッグ回折された後には周波数(Ω+2ω)のレーザ光Lとなる。一般に、光源部10と照射対象物2との間をm回往復した後にドップラー効果により光源部10に戻ってくるレーザ光L2mは、回折格子40により2m回のブラッグ回折によるドップラーシフトを受けて、周波数が(Ω+2mω)となる。
【0031】
図2(a)に示されるように、光源部10に戻ってくるレーザ光の周波数シフト量が、レーザ光の周波数スペクトルの半値全幅より小さいと、光源部10に戻ってきたレーザ光は、光源部10から新たに出射されるレーザ光と周波数成分が重なるため、外部共振器が形成されて発振の生じる可能性がある。また、図2(b)に示されるように、光源部10に戻ってくるレーザ光の周波数が、光源部10の他の縦モードの周波数と等しいと、光源部10から新たに出射されるレーザ光の周波数モードが重なり外部共振器が形成されて発振の生じる可能性がある。これらの場合には、外部共振器が光源部10と対象物との間に形成されるために戻り光がレーザ光源に影響を与える可能性が高い。
【0032】
一方、図2(c)に示されるように、光源部10に戻ってくるレーザ光の周波数シフト量(2ω)が上記(8)式の関係式を満たす場合には、光源部10に戻ってきたレーザ光が光源部10から新たに出射されるレーザ光との周波数成分が異なるため、外部共振器において発振が生じることはない。また、光源部10と照射対象物2との間をN回往復した後に光源部10に戻ってくるレーザ光について考えると、周波数シフト量は2Nωであるので、上記(9)式が満たされていれば、光源部10に戻ってきたレーザ光が光源部10から新たに出射されるレーザ光と周波数成分が重なることは無く、外部共振器において発振が生じることはない。
【0033】
なお、レーザ光の縦モードの周波数スペクトルの半値全幅Δfは、下記(10)式のシャロー・タウンズの式で表される。ここで、hはプランク定数である。ωは中心周波数である。γは「(誘導放出の割合+誘導吸収の割合)/(誘導放出の割合−誘導吸収の割合)」である。vは媒質速度である。gは利得係数である。Rは共振面反射率である。Pは光出力パワーである。Lは共振器長である。また、αはキャリア密度ゆらぎによる屈折率変化の影響である。
【0034】
【数10】

また、光源部10が出力するレーザ光の縦モードの周波数間隔ΔFは、下記(11)式で表される。ここで、nは波長分散を考慮した屈折率である。
【0035】
【数11】

次に、光源部10と照射対象物2とが構成する外部共振器におけるレーザ光の光子寿命時間内での当該光子の往復可能回数Nについて説明する。図3は、本実施形態に係るレーザ装置およびレーザ光照射方法における光子の往復可能回数Nについて説明するための図である。同図に示されるように、光源部10のファブリ・ペロー型の共振器を構成する2つの反射面のうち、高い反射率で光を反射させる反射面11の反射率をrとし、一部を反射させ残部を外部へ出射する出射面12の反射率をrとする。照射対象物2の反射率をrとする。また、回折格子40におけるブラッグ回折時の反射率をrとする。なお、ここでは、光路中での損失については無視する。
【0036】
同図に示されるような光学系においては、外部共振器として2種類の共振が考えられる。第1の共振は、光源部10の出射面12(反射率r)と照射対象物2(反射率r)との間の共振であり、第2の共振は、光源部10(実効的反射率r)と照射対象物2(反射率r)との間の共振である。この第2の共振の場合において、光源部10の実効的反射率rは、光源部10内での利得および損失を考慮した光源部10全体としての反射率である。
【0037】
光源部10の実効的反射率rは下記(12)式で表される。ここで、gは光源部10内での利得であり、αは光源部10内での損失である。また、光源部10におけるレーザ発振条件は下記(13)式で表される。この(13)式を用いると、(12)式の実効的反射率rは下記(14)式に変形される。
【0038】
【数12】

【0039】
【数13】

【0040】
【数14】

このことから、光源部10の出射面12の反射率rが光源部10の実効的反射率rより大きい場合には、光源部10の出射面12での反射(反射率r)による外部共振器を考える。一方、光源部10の出射面12の反射率rが光源部10の実効的反射率rより小さい場合には、光源部10での実効的な反射(反射率r)による外部共振器を考える。
【0041】
光源部10の出射面12の反射率rが光源部10の実効的反射率rより大きい場合、光源部10の出射面12による外部共振器におけるレーザ光の光子寿命時間内での当該光子の往復可能回数Nは、下記(15)式で表される。ここで、τは光子の寿命時間であり、tは光子が外部共振器を1往復する時間である。これを変形すると、下記(16)式が得られる。
【0042】
【数15】

【0043】
【数16】

一方、光源部10の出射面12の反射率rが光源部10の実効的反射率rより小さい場合、光源部10での実効的な反射(反射率r)による外部共振器におけるレーザ光の光子寿命時間内での当該光子の往復可能回数Nは、下記(17)式で表される。これを変形すると、下記(18)式が得られる。
【0044】
【数17】

【0045】
【数18】

次に、光源部10が半導体レーザ素子である場合の具体的数値例について説明する。ここでは、半導体レーザ素子として一般的であるAlGaAs系の出力波長800nm帯の半導体レーザ素子を例に挙げる。「(誘導放出の割合+誘導吸収の割合)/(誘導放出の割合−誘導吸収の割合)」を表すγは4であり、利得係数gは100cm−1であり、媒質速度vは10m/secであり、共振面反射率Rは0.3であり、光出力パワーPは10mWであり、共振器長Lは0.5mmであり、キャリア密度ゆらぎによる屈折率変化の影響αは5.4であり、屈折率nが3.6であるとする。
【0046】
このとき、上記(10)式を用いて計算すると、半導体レーザ素子のスペクトル線幅Δfは14MHzとなる。上記のΔf値は、種々の論文等による報告値と同程度であり、妥当なものである。また、上記(11)式を用いて計算すると、半導体レーザ素子のモード間隔ΔFは83GHzとなる。
【0047】
また、半導体レーザ素子の反射面11の反射率rを90%とし、出射面12の反射率rを10%とする。照射対象物2の反射率rを10%とし、回折格子40におけるブラッグ回折時の反射率rを90%とする。このとき、上記(14)式を用いて計算すると、光源部10の実効的反射率rは8.1であるから、光源部10の出射面12の反射率rが光源部10の実効的反射率rより小さいので、光源部10での実効的な反射(反射率r)による外部共振器を考える必要がある。そして、上記(18)式を用いて計算すると、外部共振器におけるレーザ光の光子寿命時間内での当該光子の往復可能回数Nは2.3となる。
【0048】
これらのパラメータ値を上記(9)式に代入すると、進行弾性波の周波数ωの許容数値範囲は7MHz〜36GHzとなる。このように非常に広い周波数範囲の進行弾性波が許容されるが、進行弾性波の伝搬損失は弾性波周波数の2乗に比例するため、実際には進行弾性波が得やすく且つ伝搬損失が小さい100MHz〜1GHz程度の周波数の進行弾性波を用いればよい。
【0049】
次に、光源部10がガラスレーザ光源である場合の具体的数値例について説明する。ここでは、Ndドープのガラスレーザを考える。ガラスレーザ光源のスペクトル線幅Δfは、半導体レーザ素子とを比較して考えると、利得係数gが小さく、共振器長Lおよび光出力パワーPそれぞれは非常に大きい値を採る。このことから、上記(10)式から、ガラスレーザ光源のΔfは、半導体レーザ素子と比較して非常に小さくなるが、実際にはガラスレーザ光源のスペクトル線幅Δfは、量子雑音などによる影響のために理論値よりも大きくなるため、ここでは簡易的に半導体レーザ素子と同等の値を採ると考える。また、発振波長λを1060nmとし、屈折率nを1.5とし、共振器長Lを10cmとすると、上記(11)式を用いて計算すると、ガラスレーザ光源のモード間隔ΔFは1GHzとなる。
【0050】
また、ガラスレーザ光源の反射面11の反射率rを100%とし、出射面12の反射率rを95%とする。照射対象物2の反射率rを90%とし、回折格子40におけるブラッグ回折時の反射率rを90%とする。このとき、上記(14)式を用いて計算すると、光源部10の実効的反射率rは0.002であるから、光源部10の出射面12の反射率rが光源部10の実効的反射率rより大きいので、光源部10の出射面12による外部共振器を考える必要がある。そして、上記(16)式を用いて計算すると、外部共振器におけるレーザ光の光子寿命時間内での当該光子の往復可能回数Nは2.7となる。
【0051】
これらのパラメータ値を上記(9)式に代入すると、進行弾性波の周波数ωの許容数値範囲は7MHz〜183MHzとなる。このような周波数範囲の進行弾性波は、伝搬損失が小さく、容易に得ることができる。
【0052】
次に、本実施形態に係るレーザ装置1の具体的な構成例について図4を用いて説明する。同図に示されるレーザ装置1は、前述の弾性波周波数条件の導出に用いたAlGaAs系の出力波長800nm帯の半導体レーザ光源を光源部10として有するものであって、光源部10,弾性波発生部20および弾性波伝播媒質30が共通の基板51上にモノリシックに設けられている。また、ZnO層58および弾性波発生部20と、光源部10とは、溝部61により互いに隔てられて設けられている。
【0053】
n型GaAs基板51の一方の主面上に順に、n型AlGaAsクラッド層52、AlGaAs量子井戸活性層53、p型AlGaAsクラッド層54およびp型GaAsコンタクト層55が設けられている。n型AlGaAsクラッド層52は、例えば、Al組成30%であり、厚さ1.5μmである。p型AlGaAsクラッド層54は、例えば、Al組成30%であり、厚さ1.5μmである。また、p型GaAsコンタクト層55は、例えば厚さ0.1μmである。また、n型GaAs基板51の裏面には、AuGe/Au電極59が設けられている。
【0054】
光源部10においては、p型GaAsコンタクト層55の上に、SiN絶縁層56およびCr/Au電極57が設けられている。p型GaAsコンタクト層55上の一部領域においては、SiN絶縁層56が設けられておらず、Cr/Au電極57がp型GaAsコンタクト層55に電気的に接続されている。
【0055】
光源部10に対して溝部61を隔てた反対側においては、ZnO層58および弾性波発生部20が設けられている。弾性波発生部20は互いに噛合わされた1対の櫛形電極を有しており、この弾性波発生部20の下方および当該周辺の限られた領域にZnO層58が設けられている。溝部61はn型AlGaAsクラッド層52まで達している。光源部10側の溝部61の側壁面が出射面12となっている。
【0056】
このレーザ装置1では、光源部10の電極57と電極59との間に駆動電流が供給されると、光源部10の量子井戸活性層53においてレーザ光が発生する。そのレーザ光は、出射面12から溝部61へ出射され、ZnO層58の下方にある量子井戸活性層53に入射する。この入射したレーザ光Lは、量子井戸活性層53内を導波していき、弾性波発生部20により生じた進行弾性波による回折格子40によりブラッグ回折される。そして、そのブラッグ回折された後のレーザ光Lは、端面62から外部へ出射される。
【0057】
次に、図4に示した本実施形態に係るレーザ装置の製造方法について図5を用いて説明する。初めに半導体エピタキシャル成長基板が準備される。すなわち、n型GaAs基板51が用意され、その上に順に、n型AlGaAsクラッド層52、AlGaAs量子井戸活性層53、p型AlGaAsクラッド層54およびp型GaAsコンタクト層55が、エピタキシャル成長により成膜される(図5(a)参照)。このとき、各層の組成および厚さは前述のとおりとされる。
【0058】
続いて、この半導体エピタキシャル成長基板の上面全体にSiN絶縁層56が堆積され、その後、電極57および弾性波伝搬媒質部30においてフォトワークおよびエッチングによりSiN絶縁層56が選択的に除去されて、光源部10においてp側のCr/Au電極57が蒸着により形成される。そして、フォトワークおよびRIE法による垂直エッチングにより、溝61が形成される(図5(b)参照)。
【0059】
さらに続いて、光源部10に対して溝部61を隔てた反対側において、圧電材料であるZnO層58が成膜され、このZnO層58の上にAl電極が蒸着されることにより弾性波発生部20が形成される。このとき、進行弾性波の進行方向が前述したブラッグ回折条件に一致する角度になるように弾性波発生部20が配置される必要がある。例えば、回折次数を1とし、弾性波周波数ωを前述した半導体レーザ光源での弾性波周波数条件に当てはまる500MHzとし、媒質速度vを3×10m/sとし、媒質屈折率nを3.4とし、レーザ光周波数Ωを3.78×1014Hzとすると、レーザ光と進行弾性波の進行方向との交差角度θは、前述したブラッグ回折条件により1.11°とされる。その後、基板51の裏面が研磨されて、その裏面にn側電極としてAuGe/Au電極59が蒸着され、さらにアニールされることで電極59と基板51との界面近傍が合金化される(図5(c)参照)。
【0060】
最後に、素子の側壁が壁開されてミラー面が形成され、このミラー面に所望の反射コーティング膜が形成されて、図4に示したような半導体レーザ光源1が製造される。
【0061】
以上、詳細に説明したとおり、本実施形態に係るレーザ光源およびレーザ光照射方法では、上記(8)式(好適には上記(9)式)の関係式が満たされていることにより、光源部10と照射対象物2とが構成する外部共振器における発振に起因した戻り光の影響が抑制され、しかも、小型化可能かつ実現容易である。このことから、レーザ光の波長が安定なものとなり、上記光源部として用いられる半導体レーザ素子においてパルセーションやモードホッピング等の雑音の発生および素子劣化が抑制され、該半導体レーザ素子の劣化が抑制される。
【0062】
本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、種々の変形が可能である。例えば、図6または図7に示されるような構成としてもよい。これらのような構成とすれば、素子端面から垂直に光Lが出射されるので好都合である。
【0063】
図6は、本実施形態に係るレーザ装置の第1変形例を示す平面図である。この図に示される第1変形例のレーザ装置1Aは、既に図4および図5を用いて説明したレーザ装置1の構成と比較すると、溝部62が設けられている点で相違する。この溝部62は、n型AlGaAsクラッド層52まで達するものであり、溝部61の形成と同時に同様の方法で作成され得る。そして、この溝部62は、弾性波発生部20により生じた進行弾性波による回折格子40によりブラッグ回折された光Lを側壁面で反射させ、その反射させた光を素子端面から垂直に出射させる。
【0064】
図7は、本実施形態に係るレーザ装置の第2変形例を示す平面図である。この図に示される第2変形例のレーザ装置1Bは、図6を用いて説明したレーザ装置1Aの構成と比較すると、弾性波発生部20Bが素子側壁に設けられている点、溝部63と溝部64との間に光源部10が形成されている点、および、光源部10の共振器の光軸が素子側壁に対して傾斜している点、で相違する。溝部63および溝部64それぞれはn型AlGaAsクラッド層52まで達していており、各々の側壁面が光源部10の共振器を構成している。また、素子側壁に設けられた弾性波発生部20Bは、その側壁に対して絶縁膜70を介して、金属膜21、圧電膜22および金属膜23が順に積層されたものである。例えば、絶縁膜70はSiOやSiNからなり、圧電膜22はZnOからなり、金属膜21,22はAuからなる。これらは蒸着またはスパッタリングにより形成され得る。
【0065】
このレーザ装置1Bでは、金属膜21と金属膜22との間に高周波電圧が印加されることで、素子側壁に対して垂直に進む進行弾性波が発生する。光源部10から出力された光Lは、素子側壁に対して傾斜して進み、弾性波発生部20Bにより生じた進行弾性波による回折格子40によりブラッグ回折される。このブラッグ回折後の光Lは、溝部62の側壁面で反射されて、素子端面から垂直に出射される。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】本実施形態に係るレーザ装置およびレーザ光照射方法を説明する概念図である。
【図2】本実施形態に係るレーザ装置およびレーザ光照射方法におけるレーザ光の周波数スペクトル等を示す図である。
【図3】本実施形態に係るレーザ装置およびレーザ光照射方法における光子の往復可能回数Nについて説明するための図である。
【図4】本実施形態に係るレーザ装置の具体的な構成を示す斜視図である。
【図5】本実施形態に係るレーザ装置の製造方法を説明する工程図である。
【図6】本実施形態に係るレーザ装置の第1変形例を示す平面図である。
【図7】本実施形態に係るレーザ装置の第2変形例を示す平面図である。
【符号の説明】
【0067】
1,1A,1B…レーザ装置、2…照射対象物、10…光源部、20,20B…弾性波発生部、30…弾性波伝播媒質、40…回折格子。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザ光を出力する光源部と、前記光源部から出力されるレーザ光が入射する所定領域の媒質において該レーザ光をブラッグ回折させる進行弾性波を発生させる弾性波発生部と、を備え、
前記光源部が出力するレーザ光の縦モードの周波数間隔をΔFとし、該レーザ光の縦モードの周波数スペクトルの半値全幅をΔfとしたときに、前記弾性波発生部が発生する進行弾性波の周波数ωが、
【数1】

なる関係式を満たす、
ことを特徴とするレーザ装置。
【請求項2】
前記光源部、前記弾性波発生部および前記所定領域が共通の基板上に設けられていることを特徴とする請求項1記載のレーザ装置。
【請求項3】
前記光源部が半導体レーザ素子を含むことを特徴とする請求項1記載のレーザ装置。
【請求項4】
照射対象物にレーザ光を照射する方法であって、
弾性波発生部により進行弾性波を所定領域の媒質に発生させ、光源部から出力されたレーザ光を前記所定領域に入射させて前記進行弾性波によりブラッグ回折させ、その回折させたレーザ光を前記照射対象物に照射するとともに、
前記光源部が出力するレーザ光の縦モードの周波数間隔をΔFとし、該レーザ光の縦モードの周波数スペクトルの半値全幅をΔfとしたときに、前記弾性波発生部が発生する進行弾性波の周波数ωが、
【数2】

なる関係式を満たす、
ことを特徴とするレーザ光照射方法。
【請求項5】
前記光源部と前記照射対象物とが構成する外部共振器における前記レーザ光の光子寿命時間内での当該光子の往復可能回数をNとしたときに、前記弾性波発生部が発生する進行弾性波の周波数ωが、
【数3】

なる関係式を満たすことを特徴とする請求項4記載のレーザ光照射方法。
【請求項6】
前記光源部、前記弾性波発生部および前記所定領域が共通の基板上に設けられていることを特徴とする請求項4記載のレーザ光照射方法。
【請求項7】
前記光源部が半導体レーザ素子を含むことを特徴とする請求項4記載のレーザ光照射方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−179714(P2006−179714A)
【公開日】平成18年7月6日(2006.7.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−371924(P2004−371924)
【出願日】平成16年12月22日(2004.12.22)
【出願人】(000236436)浜松ホトニクス株式会社 (1,479)
【Fターム(参考)】