説明

ロボット

【課題】人間との生活空間で使用出来るよう、設備の構造が極めて簡単であり、製造コストを極めて安価にすることが出来、障害物の存在する空間においても転倒することなく当該障害物を傷つけずに乗り越えることが出来るロボットを提供する。
【解決手段】ロボットに移動するための推進力を付与する推進力発生手段と、当該ロボットに浮揚力を付与する浮揚力発生手段とを備えることを特徴とし、当該浮揚力発生手段は、当該ロボットに働く重力をMg、当該浮揚力発生手段により発生される浮揚力をFとした場合に、Mg≧Fの関係を満足するよう設定されるロボットを採用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本件発明は、転倒することなく移動可能なロボットに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、人間の活動を支援する機能的な機械の出現に期待が寄せられている。例えば、これらの期待に応えることを目的にした人間共存型ロボットとして、人とコミュニケーションを取れるペットロボットや高齢者や病人を介護する福祉ロボット等の研究が意欲的に行われている。ここで、人間共存型ロボットは、用いるにあたり、人と生活空間を共有することが前提となるため、この生活空間に存在する障害物を傷つけずに乗り越える機能を備えることが必要である。例えば、家庭やオフィスといった屋内での生活空間には、壁や家具、段差などが混在しているため、それらの障害を傷つけずに乗り越えられる柔軟な移動ツールが不可欠となる。このように、人間と共存する家庭内ロボットにおいては、障害物が混在する複雑な環境下で転倒することなく移動出来ることが必要となる。
【0003】
転倒することなく移動出来るロボットとして、例えば、特許文献1(特開2004−90126号)には、移動ロボットの転倒防止方法及びその装置について開示されている。具体的には、特許文献1の移動ロボットの転倒防止方法及びその装置は、「移動ロボットの上部を、該移動ロボットの上方に設置された走行レールに沿って走行するホイストに繰り出し巻き取り自在に巻回されたワイヤの下端部に連結し、前記移動ロボットとホイストとが前記ワイヤを介して連携移動せしめるようにした移動ロボットの転倒防止方法において、前記移動ロボットを2軸方向に移動せしめ、前記ホイストを、前記移動ロボットの移動検知信号あるいは移動設定信号により該移動ロボットの移動に追従させて前記2軸方向に走行させる」ことを特徴とするものである。
【0004】
特許文献1に開示されているロボットのように、当該ロボットとホイストとを連結しているワイヤ自体の長さ及び張力の調整を行うことで、ロボットの移動路に階段等の上下段差がある場合であっても、段差移動時に移動ロボットの転倒を防ぐことが出来ることとなる。このように、従来においては、移動動作が不安定に陥り易い場所でロボットを移動させるにあたって、当該ロボットの転倒を防止すべく、上方に設置したホイスト(天井クレーン)から吊下したワイヤに当該ロボットを連結する方法が採られていた。この方法を採用することで、ロボットが移動の最中に転倒しそうになったときでも、当該ホイストとワイヤにより当該ロボットを引き戻す手段を採ることで、当該ロボットを転倒から防ぐことが出来る。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−90126号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1に係る移動ロボットの転倒防止方法及びその装置は、ロボットの上方にホイストを設置し、且つ、当該ロボットの移動の際にホイストを連携移動させるための制御装置も必要となる。すなわち、特許文献1の移動ロボットの転倒防止方法及びその装置を採用する場合には、これら設備を設置するスペースを広くとることが必要になると共に、移動ロボットを含めた機械の構造が複雑となる。また、特許文献1の移動ロボットの転倒防止方法及びその装置は、単純なマニュアルに基づいて誰もが取り扱うことが出来るような簡単な構造ではなく、人間に心理的な不安を与える構造でもあるため、人間との生活空間で用いるには問題がある。
【0007】
以上のことから、本件発明は、人間との生活空間で使用出来るよう、設備の構造が極めて簡単であり、製造コストを極めて安価にすることが出来、障害物の存在する空間においても転倒することなく当該障害物を傷つけずに乗り越えることが出来るロボットの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そこで、本発明者等は、鋭意研究を行った結果、ロボットの構造について所定の条件を満たすことで、上述した課題を解決するに到った。以下、本件発明に関して説明する。
【0009】
本件発明に係るロボット: 転倒することなく移動可能なロボットであって、当該ロボットに移動するための推進力を付与する推進力発生手段と、当該ロボットに浮揚力を付与する浮揚力発生手段とを備えることを特徴とする。
【0010】
本件発明に係るロボットにおいて、前記浮揚力発生手段は、前記ロボットに働く重力をMg、当該浮揚力発生手段により発生される浮揚力をFとした場合、Mg≧Fの関係を満足するように設定され、障害物を乗り越えて移動する際に限り当該障害物の手前でMg<Fの関係を満足するように設定されるものであることが好ましい。
【0011】
本件発明に係るロボットにおいて、前記浮揚力発生手段は、空気より軽いガスを充填した空中浮遊体であり、当該空中浮遊体が前記ロボットに浮揚力を付与することが好ましい。
【0012】
本件発明に係るロボットにおいて、前記空中浮遊体に充填されるガスは、ヘリウムガスであることが好ましい。
【0013】
本件発明に係るロボットにおいて、前記推進力発生手段は、一対の長尺の足部の長手方向を進行方向に対して平行に配置し、当該一対の足部を動作させて前記ロボットに推進力を付与するものであり、当該足部は、板状の可撓性部材と、当該可撓性部材に取り付けられて、通電加熱により収縮し、冷却により延伸することによってその長さが変化する形状記憶合金とからなるアクチュエータとにより構成されることが好ましい。
【0014】
本件発明に係るロボットにおいて、前記一対の足部と、当該足部間に位置する胴体部と、当該足部と当該胴体部とを連結する一対の脚部とから構成され、前記可撓性部材は、その下面に沿って前記形状記憶合金が各々取り付けられ、且つ、当該形状記憶合金の収縮により接地面に対して円弧状に湾曲するものであり、当該脚部は、下部が当該可撓性部材に取り付けられると共に、当該可撓性部材の湾曲する動作に同期して、ロボットを前方に動かす駆動モーメントの伝達経路となることが好ましい。
【0015】
本件発明に係るロボットにおいて、前記脚部は、剛性を有する平板部材にて構成されることが好ましい。
【0016】
本件発明に係るロボットにおいて、前記胴体部は、前後方向に弾性変形可能な弾性部材からなり、且つ、前記脚部の上部背面に取り付けられて、前記駆動モーメントが発生するとき、自重で振り子作用を発揮して、前記ロボットが前方に移動する推進力を付与することが好ましい。
【0017】
本件発明に係るロボットにおいて、前記形状記憶合金は、それぞれ独立して通電装置に電気的に接続されることが好ましい。
【0018】
本件発明に係るロボットにおいて、前記通電装置は、前記一対の足部の前記形状記憶合金に交互に通電することが好ましい。
【0019】
本件発明に係るロボットにおいて、前記足部は、その先端に爪を備えることが好ましい。
【0020】
本件発明に係るロボットにおいて、前記可撓性部材は、ポリエチレン製の薄板から成ることが好ましい。
【発明の効果】
【0021】
本件発明に係るロボットは、当該ロボットに移動するための推進力を付与する推進力発生手段と、当該ロボットに浮揚力を付与する浮揚力発生手段とを備えることで、障害物の存在する空間においても転倒することなく移動することが出来る。そして、当該ロボットは、簡易な構造であるため、製造コストを極めて安価にすることが出来る。また、当該ロボットは、特別な設備が不要であり、単純なマニュアルに基づいて誰でも簡単に取り扱うことが出来る。更に、当該ロボットは、その材質も人間や接触物に傷を付けたりしないものに出来る他、人間に対して心理的な不安や恐怖を与えない構造にすることが出来る。従って、本件発明に係るロボットは、家庭用ロボットとして老若男女全てのユーザーに好適に提供することが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本件発明に係るロボットの一実施形態を例示した図である。
【図2】本件発明に係るロボットに働く重力と浮揚力発生手段により発生される浮揚力との関係を説明するための図である。
【図3】本件発明に係るロボットの推進力発生手段を模式的に示した斜視図である。
【図4】図3のロボットの足部と脚部とからなる構成を示した側面図である。
【図5】図3のロボットの足部の裏平面図である。
【図6】図3のロボットの非通電時における側面図である。
【図7】図3のロボットの通電時における側面図である。
【図8】風船の直径とヘリウムガスの充填量との関係を示したグラフである。
【図9】図8の風船の直径とロボットの最低質量との関係を示したグラフである。
【図10】実施例1における浮揚力発生手段としてヘリウムを充填した風船を取り付けたロボットの移動の軌跡を示したグラフである。
【図11】実施例2における浮揚力発生手段としてヘリウムを充填した風船を取り付けたロボットの移動の軌跡を示したグラフである。
【図12】比較例におけるロボットの移動軌跡を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本件発明に係るロボットの好ましい実施の形態について、以下に図を用いて示しながら本件発明をより詳細に説明する。
【0024】
本件発明に係るロボット: 図1は、本件発明に係るロボットの一実施形態を例示した図である。図1に示す、本件発明に係るロボット1は、転倒することなく移動可能なロボットであって、当該ロボット1が移動するための推進力を付与する推進力発生手段3と、当該ロボットに浮揚力を付与する浮揚力発生手段2とを備えるものである。本件発明のロボット1は、推進力発生手段3と浮揚力発生手段2とを備えることで、当該ロボットに働く重力を弱めて、例え当該ロボットが移動中にバランスを崩したとしても転倒するのを防ぐ役割を果たすことが出来るようになる。また、本件発明に係るロボット1は、浮揚力発生手段2を備えることで、当該浮揚力発生手段2を構成に含まないものに比べて、ロボット1が移動する際のエネルギー消費を少なくすることが出来る。
【0025】
また、本件発明に係るロボット1において、浮揚力発生手段は、当該ロボットに働く重力をMg、当該浮揚力発生手段により発生される浮揚力をFとした場合、Mg≧Fの関係を満足するように設定され、障害物を乗り越えて移動する際に限り当該障害物の手前でMg<Fの関係を満足するように設定されるものであることが好ましい。
【0026】
上述したように、本件発明に係るロボット1は、当該ロボット1に働く重力を弱める浮揚力発生手段2を備えることで、例え当該ロボット1に外力が加わったとしても転倒せずに前進移動することが可能となる。なお、当該浮揚力発生手段2により発生される浮揚力が大きくなり過ぎると、当該ロボット1の推進力発生手段3を構成する部材が、接地面との摩擦を十分に得ることが出来なくなる。そうすると、ロボット1は、当該推進力発生手段3によって、移動するための十分な推進力を付与されることが難しくなる。従って、当該浮揚力発生手段2は、当該推進力発生手段3が当該ロボット1に必要な推進力を付与可能な十分な摩擦が付与出来るような設定がされていなければならない。
【0027】
但し、本件発明に係るロボット1が、例えば移動面の段差や障害物等を乗り越えて移動しなければならない場合に限っては、当該障害物の手前において、浮揚力発生手段2の設定を、当該ロボット1に働く重力より当該浮揚力発生手段2により発生される浮揚力を大きくすることが好ましい。当該浮揚力発生手段2の設定をこのような設定にすることで、本件発明に係るロボット1は、当該障害物等をスムーズに乗り越えることが可能となる。
【0028】
図2は、本件発明に係るロボットの浮揚力発生手段を説明するための概念図である。図2において、質量がMである当該ロボット1に働く重力をMgとした場合に、当該重力Mgに対向する浮揚力をFとして表している。例えば、脚式移動ロボットと称されるような脚部を用いて移動を行うロボットは、移動の最中において何らかの原因によりバランスを崩した場合に、重力の影響を受けて転倒する恐れがある。しかし、本件発明に係るロボット1は、浮揚力発生手段2を備えることで、例え移動面に形成される起伏や、移動面に存在する障害物等につまずいてバランスを崩したとしても、転倒することなく前進移動することが出来ることとなる。
【0029】
図2(a)は、ロボット1に働く重力をMg、浮揚力発生手段2により発生される浮揚力をFとした場合に、F>Mgの関係にある状態を示している。また、図2(b)は、ロボット1に働く重力をMg、浮揚力発生手段2により得られる浮揚力をFとした場合に、F≦Mgの関係にある状態を示している。ここで、図2(a)に示すように、浮揚力発生手段2により発生される浮揚力Fがロボット1に働く重力Mgを上回るようになると、ロボット1が空中に浮き上がってしまい、ロボット1の推進力発生手段3を構成する部材と移動面との間の摩擦がなくなり、当該ロボット1の前進移動が不可能となる。これに対し、図2(b)に示すように、浮揚力発生手段2により発生される浮揚力Fがロボット1に働く重力Mgを下回るようになると、ロボット1の推進力発生手段3を構成する部材と移動面との間に摩擦が生じて、当該ロボット1の前進移動が可能となる。但し、この場合、浮揚力発生手段2により得られる浮揚力Fがロボット1に働く重力Mgを大きく下回るようになると、当該ロボット1は、移動中にバランスを崩してしまうと転倒することとなる。従って、当該浮揚力Fは、当該ロボット1に働く重力をMg、当該浮揚力発生手段2により発生される浮揚力をFとした場合に、Mgが若干Fを上回るように設定されることがより好ましい。
【0030】
なお、本件発明に係るロボット1が、例えば移動面の段差や障害物等を乗り越えて移動しなければならない場合に限っては、上述したように、当該障害物の手前において、浮揚力発生手段2により発生される浮揚力Fがロボット1に働く重力Mgを上回るように、浮揚力発生手段2の設定がされていることが好ましい。当該浮揚力発生手段2の設定を、一時的にこのような設定にすることで、本件発明に係るロボット1は、空中に浮き上がっている間に、それまでの前進移動によって発生した慣性力を利用して当該障害物等を真上からスムーズに乗り越えることが可能となる。ちなみに、当該浮揚力発生手段2の設定の変更は、例えば、回転翼を用いたものである場合には回転数を変更し、空中浮遊体を用いたものである場合にはその内部に充填するガス量を変更することで行うことが出来る。
【0031】
また、本件発明に係るロボット1において、浮揚力発生手段2は、空気より軽いガスを充填した空中浮遊体であり、当該空中浮遊体が当該ロボット1に浮揚力を付与することが好ましい。
【0032】
本件発明に係るロボット1が備える浮揚力発生手段2は、空気より軽いガスを充填した空中浮遊体とすることで、例えば回転翼等による揚力を利用したものよりも構造の単純化及び部品数の削減を図ることが出来るため好ましい。また、風船等の空中浮遊体を用いることで、ロボット1を家庭やオフィス等の生活空間に混在する壁や家具等を傷付ける恐れもない。更に、この空中浮遊体は、その表面に動物やアニメのキャラクター等のような親しみのある図柄を描くことで、特に女性や子供の心理的な不安や恐怖を取り除く効果を発揮することが出来る。従って、当該ロボット1は、浮揚力発生手段2を空中浮遊体とすることで、人間と共存して働く上で好適に用いることが出来ることとなる。
【0033】
また、本件発明に係るロボット1において、空中浮遊体に充填されるガスは、ヘリウムガスであることが好ましい。
【0034】
ヘリウムは、空気よりも軽く、水素の約93%もの浮揚力があり、例えば地表と平行な回転軸に設けた羽根車により揚力を発生する構造を採用したものに比べると安価でコストメリットが大きい。また、ヘリウムは燃えないため、水素よりも安全なガスとして広告用バルーン等にも広く使用されており、人間にとって無害で身近な存在でもあるため、人間と生活空間を共有する上で心理的な抵抗感が少ない。従って、本件発明に係るロボット1において、浮揚力発生手段2は、ヘリウムガスを充填した空中浮遊体とすることが好ましい。
【0035】
また、本件発明に係るロボット1において、推進力発生手段3は、一対の長尺の足部の長手方向を進行方向に対して平行に配置し、当該一対の足部を動作させてロボット1に推進力を付与するものとすることが出来る。係る場合に、当該足部は、板状の可撓性部材と、当該可撓性部材に取り付けられて、通電加熱により収縮し、冷却により延伸することによってその長さが変化する形状記憶合金とからなるアクチュエータとにより構成されることが好ましい。
【0036】
図3は、本件発明に係るロボットの推進力発生手段を模式的に示した斜視図である。図3に示すように、本件発明に係るロボット1は、一対の長尺の足部10、10の長手方向を進行方向に対して平行に配置し、当該一対の足部10、10を動作させて移動するロボットである(当該足部10の動作に関しては、以降に具体例を示して述べることとする。)。本件発明のロボットは、一対の足部10、10を有することで、足部10、10の移動面に対する接地位置を調整可能であり、凸凹のある移動面を滑らかに歩くことが出来、また、スリップすることなく方向転換することが出来る等のメリットがある。
【0037】
図4は、図3のロボットの足部と脚部とからなる構成を示した側面図である。また、図5は、図3のロボットの足部の裏平面図である。図4及び図5において、本件発明の形状記憶合金(Shape Memory Alloy)は、ワイヤ状(以下、SMAワイヤと称する。)12により示されている。形状記憶合金は、常温時に自由な状態(延伸状態)に延び変形し、加熱されると形状記憶の全長に戻ろうとする形状回復力を発生して収縮するものであり、ワイヤ状にすることで変形量のコントロールが容易になるため好ましい。本件発明のSMAワイヤ12は、例えばその一端及び他端が電気的に接続して直接電流を流す等の適当な方法により、加熱されることによって収縮し、冷却により延伸する性質をロボット1の駆動源として利用するものである。すなわち、当該SMAワイヤ12が伸張と収縮を繰り返すことで、当該SMAワイヤ12が取り付けられる可撓性部材11が変形し、この可撓性部材11の変形によって当該ロボット1を前進させることが可能となる。
【0038】
なお、本件発明のロボット1がその駆動源として用いる形状記憶合金は、ワイヤ状であればその断面形状に関しては特に問わない。例えば、当該SMAワイヤ12の断面形状は、円形や楕円形とすることが出来る。そして、当該SMAワイヤ12は、外力を受けていない自由な状態において、略直線状に延伸した形状であることが、ロボット1の移動安定性を考慮すると好ましい。また、このSMAワイヤ12は、締結部材14を介して通電用リード線としての、例えば銅線101に接続される。
【0039】
また、本件発明に係るロボット1は、一対の足部10、10と、当該足部間に位置する胴体部30と、当該足部10と当該胴体部30とを連結する脚部20とから構成することが出来る。係る場合に、可撓性部材11は、その下面に沿って形状記憶合金12が各々取り付けられ、且つ、当該形状記憶合金(SMAワイヤ)12の収縮により接地面に対して円弧状に湾曲するものである。また、当該脚部20は、下部が当該可撓性部材11に取り付けられると共に、当該可撓性部材11の湾曲する動作に同期して、ロボット1を前方に動かす駆動モーメントの伝達経路となることが好ましい。
【0040】
図3より、本件発明に係るロボット1が、左右一対の長尺の足部10、10と、当該足部間に位置する胴体部30と、これらを連結する一対の脚部20、20とから構成されているのが示されている。なお、本件発明で言う脚部は、人間の体で例えると太ももの付け根から踝までの位置に相当する部位であり、足部が踝から足の裏までの位置に相当する部位である。図3において、一対の足部10、10は、長手方向を進行方向に対して平行に配置されて、それぞれ板状の可撓性部材11と、可撓性部材11の先端側下面に取り付けられたSMAワイヤ12とで構成されている。また、脚部20は、図3及び図4に例示するように、当該可撓性部材11の上面側所定の位置に締結される脚部取付用ブラケット17を介して足部10に連結されている。当該脚部取付用ブラケット17は、足部10に対して締結部材16により締結されており、当該脚部20が接地面に対して所定の傾斜角度θで取り付け可能な形状を呈している。
【0041】
具体的に、本件発明に係るロボット1において、脚部20は、足部10の可撓性部材11にそれぞれ取り付けるための脚部取付用ブラケット17と、これら脚部取付用ブラケット17から所定の傾斜角度(すなわち、接地面と脚部20の傾斜面とがなす角度。以降当該角度を傾斜角度θとする。なお、図4においては、SMAワイヤ12が延伸状態にあるときの可撓性部材11が接地面と平行であると仮定して傾斜角度θを示している。)で上方に起立する傾斜面とを有している。当該傾斜面は、ロボット1の進行方向に指向している。そして、各脚部取付用ブラケット17、17と各可撓性部材11、11には、これらが重合する位置に図示しないネジ止め用の孔がそれぞれ形成されている。この重合されるこれらの孔を用いて、各可撓性部材11、11に脚部20、20の各取付部が、例えばボルトとナット等の締結部材21により締結される。
【0042】
次に、ロボット1の移動メカニズムに関して述べておく。図4及び図5に示すように、SMAワイヤ12の両端部は、締結部材14、14により可撓性部材11の下面に沿って、略直線状に延伸した状態で取り付けられる。図4及び図5に示す構造の場合、SMAワイヤ12の収縮により可撓性部材11が上面側に向けて湾曲変形することとなる。また、可撓性部材11の当該締結部材14、14の略中間位置には、例えばボルトやナット等の締結部材15を取り付けて当該可撓性部材11の下面側に突起部を設けることで、当該可撓性部材11が下面側に反ることを防止することも出来る。
【0043】
上述したように各SMAワイヤ12は、締結部材14により可撓性部材11の下面に沿って各々取り付けられている。この可撓性部材11は可撓性を有するため、常温時においては、SMAワイヤ12を伸張させると共に、自身も伸張した形態を保持するが、そのSMAワイヤ12が通電装置45による通電(オン)で加熱して収縮すると、その収縮力が可撓性部材11においてSMAワイヤ12が取り付けられた下面側に作用する。その結果、可撓性部材11が接地面に対して上面側を凸として円弧状に湾曲動作する。
【0044】
そして、通電が停止(オフ)され、SMAワイヤ12が冷却されると、当該SMAワイヤ12の収縮状態が解除されるため、可撓性部材11は、弾性復帰力によってもとの伸長した状態に戻る。このように、SMAワイヤ12への通電をオン・オフとすることにより、アクチュエータの湾曲動作、又はその解除が切り替えられる。本件発明のロボット1は、このようなSMAワイヤ12の形状回復力を利用したアクチュエータを、各脚部20、20を動作させるための駆動源としても採用する。すなわち、当該脚部20は、係る可撓性部材11とSMAワイヤ12から構成された各足部10、10の湾曲動作に同期して当該脚部20の傾斜角度θが広がることにより、ロボット1を前方に駆動するための駆動モーメントを発生させる。当該ロボット1は、脚部20が、この駆動モーメントを発生させることで、前方に移動する推進力が付与されることとなる。
【0045】
このように本件発明のロボット1は、通電の停止時(非通電時)に足部20に弾性エネルギーを蓄え、この蓄積されたエネルギーを通電時に運動エネルギーに変換することで前進するための運動量を得ている。そして、通電装置100により通電のオン・オフ信号を適切に切り替えることで、ロボット1は前進移動することが可能となるのである。
【0046】
なお、係るアクチュエータは、SMAワイヤ12自体がアクチュエータの機能を有するため、ソレノイドやモータ、或いは、油圧アクチュエータ等と比べて機構的に簡単で小型化を達成しやすいという特徴を持っている。更に、アクチュエータを構成する部材も他のものと比して極めて軽量であるため、ロボット1の軽量化も容易に実現することが出来る。
【0047】
また、本件発明に係るロボット1において、脚部20は、剛性を有する平板部材にて構成されることが好ましい。
【0048】
本件発明に係るロボットにおいて、脚部20は、胴体部30と足部10を連結するものであり、例えば図3に示したような平板状の胴体部30及び足部10との連結を、例えばネジ等を用いて容易にすることを考慮すると、平板部材にて構成されることが好ましい。なお、この脚部20は、上述したように、下部が可撓性部材11に取り付けられると共に、当該可撓性部材11の湾曲する動作に同期して、ロボット1を前方に動かす駆動モーメントの伝達経路となるものである。そのため、当該脚部20は、ロボット1を前方に動かす駆動モーメントの伝達にロスが生じぬよう、ある程度剛性を有することが好ましい。
【0049】
また、本件発明に係るロボット1において、胴体部30は、前後方向に弾性変形可能な弾性部材からなり、且つ、脚部20の上部背面に取り付けられて、駆動モーメントが発生するとき、自重で振り子作用を発揮して、ロボット1が前方に移動する推進力を付与することが好ましい。
【0050】
当該脚部20が取り付けられる脚部取付用ブラケット17の位置する可撓性部材11の下面には、SMAワイヤ12が設けられている。係る構成では、SMAワイヤ12が通電加熱により収縮すると、その上面に位置する可撓性部材11が接地面に対して上面側を凸として円弧状に湾曲し、当該湾曲動作に同期して、当該脚部取付用ブラケット17が当該接地面に対して前方に傾斜しながら上部前方に移動する。このときに、ロボット1の進行方向に指向して取り付けられている当該脚部20が、当該脚部取付用ブラケット17の傾きに伴い、更に進行方向に向けて傾斜する。なお、当該脚部20は、その上部が取付板31を介して胴体部30に取り付けられており、当該脚部20を介して当該胴体部30にロボット1を前方に動かす駆動モーメントが伝達されることとなる。本件発明に係るロボット1は、係る一連の動作を連続して行うことによって、胴体部30が自重で振り子作用を発揮し、この振り子作用によって前方に移動する推進力が付与されるのである。
【0051】
ここで、本件発明に係るロボット1における、脚部20と胴体部30との連結構造について、より具体的に述べておく。脚部20の傾斜面の上端であって、左右方向の略中心の背面は、胴体部30の後述する取付板31の前面に当接される。そして、この当接する傾斜面の背面と、取付板31の前面とが、例えばボルトとナット等の締結部材32により締結される。本実施の形態では、当該傾斜面と取付板31には、これらが当接する位置に図示しない孔がそれぞれ形成されており、これら孔を用いて、胴体部30の取付部31と脚部20とがボルトとナットにより締結される。すなわち、本件発明に係るロボット1は、脚部20が胴体部30と取付板31なる部材を介して連結されることで、胴体部30が発揮する振り子作用がより強められ、前方に移動するための推進力もより大きくすることが出来る。
【0052】
次に、図3に例示する胴体部30についても説明しておく。当該胴体部30は、前後方向に弾性変形可能な弾性部材からなることで、ロボット1が前方に移動する際の推進力が効果的に付与されることとなる。具体的に、当該胴体部30は、両足部10、10の間に位置し、ロボット1の進行方向に対して両足部10、10と同様に平行に配された左右一対の補助足部70、70と、平板状の支柱35、35、36、36と、各支柱の上端部をそれぞれ連結する連結部材34、37、37、38にて構成されることが出来る。ここで、例えば、両補助足部70、70は、長尺の平板部材からなり、その長手方向を進行方向に対して略平行に配置される。また、支柱35、35は、各補助足部70、70の前方上面に立設する平板状の弾性部材であり、各補助足部70、70から前方に反って起立するように設けることが出来る。また、これら支柱35、35の上端は、平板状の連結部材34を介して連結されている。
【0053】
また、図3において、支柱36、36は、各補助足部70、70の後方上面に立設する平板状の弾性部材であり、補助足部70、70から後方に反って立設されている。また、これら支柱36、36の上端は上述した前方の支柱35、35と同様に、平板状の連結部材38を介して連結されている。そして、各補助足部70に設けられた前方の支柱35と後方の支柱36の上部は、弾性を有する連結部材37により連結されている。
【0054】
なお、これら連結部材34、37、37、38と各支柱35、35、36、36との連結方法として、本実施の形態では、上述同様にボルトとナットからなる締結部材33、33、39、39を用いて締結するものとする。また、上述したように胴体部30は脚部20の上部背面に取り付けられている。本実施の形態では、胴体部30の連結部材37の前面の左右方向の略中心から下方に延在する取付板31が設けられている。そして、当該取付板31の前面と脚部20の傾斜面の上部背面とが上述の如く締結部材32により螺着される。なお、このような部材の連結方法は、本実施の形態で示した方法に限らず、例えば、接着剤を用いて接合するものであってもよいし、別の方法を用いるものとしても構わない。
【0055】
上述したように前方の支柱35、35は補助足部70、70から前方に反って傾斜するように起立し、且つ、後方の支柱36、36は後方に反って傾斜するように起立しているため、前後の支柱35、36間の距離は、下部より上部の方が大きくなる。このため、胴体部30は、上部に行くほど不安定となる。更に、これらの隣接する支柱35、35、36、36の上部が板状の連結部材34、37、37、38を介してそれぞれ連結され、一体化されているので、係る連結部材34、37、37、38の重さと、上部が前後に広がる形状との相乗作用で胴体部30の重心は、より一層上方となって、前後方向に振れやすい状態となる。
【0056】
この場合、ロボット1を前方に動かす駆動モーメントが発生すると、脚部20を介して胴体部30に駆動モーメントが伝達される。上述したように、可撓性部材11が接地面に対して円弧状に湾曲し、これに同期して当該脚部20が前方に傾斜することにより、ロボット1を前方に駆動するための駆動モーメントが発生する。この駆動モーメントが脚部20を介して胴体部30伝達されるため、これにより、胴体部30は、自重で振り子作用を発揮する。この振り子作用により、ロボット1が前方に移動する推進力が付与される。これにより、ロボット1は可撓性部材11が接地面に対して円弧状に湾曲している方の足部10を支持足として、前方に移動するのである。ちなみに、脚部20は、予め進行方向に指向するよう所定の傾斜角度θ(図4参照のこと。)で取り付けられ、可撓性部材11が接地面に対して円弧状に湾曲した際に、当該脚部20の傾斜面の角度が初期の状態よりも接地面に対して約10度程度広がるよう設定することで、胴体部30を前後方向に振れやすい状態とすることが出来る。
【0057】
また、本件発明に係るロボット1において、形状記憶合金は、それぞれ独立して通電装置に電気的に接続されることが好ましい。
【0058】
図6は、図3のロボットの非通電時における側面図である。また、図7は、図3のロボットの通電時における側面図である。なお、図7において、破線は非通電時における足部2と脚部3の状態を示している。図6及び図7に示すように、銅線101の他端部は、図示しない通電ケーブル等を介してSMAワイヤ12への通電量を制御する通電装置100に接続されている。当該通電装置100は、各々のSMAワイヤ12、12を独立に通電加熱することが可能であるものとすることが好ましい。すなわち、SMAワイヤ12、12は、それぞれ独立して通電装置100に電気的に接続されることが好ましい。このように、SMAワイヤ12、12がそれぞれ独立して通電装置100に電気的に接続されることで、各SMAワイヤ12、12への通電は一方の通電状態に依存せず、個々に通電状態を切り替えることが可能となる。
【0059】
また、本件発明に係るロボット1において、通電装置100は、一対の足部10の形状記憶合金12に交互に通電することが好ましい。
【0060】
本件発明に係るロボット1は、上述したアクチュエータにて左右の足部10、10が交互に支持足となり、歩行するように脚部20を動作させるにあたって、通電装置100により一対の足部10、10のSMAワイヤ12、12に交互に通電することが好ましい。このように、SMAワイヤ12、12に交互に通電することで、足部10、10の可撓性部材11、11が交互に湾曲と伸長を繰り返す。これにより、左右の足部10、10が交互に支持足となり、例え凸凹のある移動面であっても、接地位置を選んで滑らかに移動することが可能となる。なお、本件発明に係るロボット1は、一対の足部10の形状記憶合金12への通電を同時に行った場合であっても、脚部20が可撓性部材11の湾曲する動作に同期し、ロボットの前方へ倒れる際の反動を利用することによって、前進することが可能である。
【0061】
また、本件発明に係るロボット1において、足部10は、その先端に爪を備えることが好ましい。
【0062】
本件発明に係るロボット1は、足部10の先端に爪(不図示)を備えることで、当該ロボットの移動効率がより高められることとなる。すなわち、ロボット1は、足部10の先端側の接地面に対する角度が鋭角となるように爪を設けることで、爪が接地面に着地し、当該着地部と接地面との間に接地面反力が作用して、当該ロボット1をより速く前進移動させることが可能となる。
【0063】
ここで、通電加熱による形状記憶合金12の収縮に同期して、可撓性部材11が湾曲したときの爪の接地面に対して接地する角度は、ロボット1の移動速度や移動安定性に影響を及ぼすため重要である。例えば、当該爪の接地部(先端)から反進行方向側の接地面とがなす角度が鈍角となる場合、爪を接地面に引っかけることが困難となり好ましくない。また、当該爪の接地部(先端)から反進行方向側の接地面とがなす角度が鋭角となる場合、爪と接地面との間の引っかかりが強くなり過ぎてロボット1が後退したり、ロボット1の歩行軌跡に乱れが生じる恐れがある。従って、本件発明に係るロボット1が、その足部10に爪を形成する場合には、爪の先端が接地面に着地したときの着地角度を適切な角度に設定する必要がある。
【0064】
また、本件発明に係るロボット1において、可撓性部材11は、ポリエチレン製の薄板から成ることが好ましい。
【0065】
ポリエチレンは、炭素と水素のみで形成される単純な高分子であり、窒素や硫黄、塩素などを含んでおらず、人体や環境への影響も殆どない。また、ポリエチレンは、絶縁性に優れるため、SMAワイヤー12に対して通電を行っている最中であっても、人間がロボットに触れた際に感電する恐れもない。更に、ポリエチレンを利用した製品は人間の生活空間に溢れる身近なものであると共に、射出成型や押出成型など様々な成形方法により用途に合った製品に高い寸法精度で加工成形することが可能である。但し、本件発明では可撓性部材11は、ポリエチレン製に限定されるものでなく、可撓性を有する板状部材であれば、他のものであっても差し支えない。
【0066】
以上のことから、本件発明に係るロボット1は、単純な構造でありながらも転倒せずに移動出来るという優れた特徴を有している。このように、当該ロボット1は、単純な構造であるため、使用される現場で組み立てを行うことも可能となる。また、使用用途や使用環境に合わせてロボット1を改良することも可能である。これにより、本件発明に係るロボット1によれば、汎用性の向上をも図ることが出来るようになる。
【0067】
以下、実施例及び比較例を示して本件発明をより具体的に説明する。なお、本件発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0068】
実施例1では、浮揚力発生手段2として空中浮遊体を用いたロボット1について、移動安定性及び移動速度にどのような影響が及ぼされるかについて確認を行った。なお、本実施例において、ロボット1が用いる空中浮遊物は、その内部にヘリウムガスを充填した風船とした。実施例1において、空中浮遊体に充填する気体をヘリウムガスとしたのは、上述したように、人間への安全性やコスト面等を考慮した場合に、最も実現性の高い理由によるものである。
【0069】
ここで、実施例1で用いるロボット1の構造及び制御について述べておく。本確認を行うにあたって、可撓性部材11として、厚さ0.5mm、全長100mmのポリエチレン製の薄板を採用した。SMAワイヤ12は、直径0.075mm、長さ50mmのワイヤを用いた。そして、可撓性部材11の先端から3mmの位置にSMAワイヤ12の先端を配置固定し、脚部20の取付部31を可撓性部材11の先端から30mmの位置とした。また、非通電時の脚部20の傾斜角度θを接地面に対して107°に設定した。この場合、SMAワイヤ12の通電加熱により可撓性部材11が湾曲すると、この湾曲動作に同期して脚部20の接地面に対する傾斜角度θが非通電時の傾斜角度よりも約10°程度広がった。そして、SMAワイヤ12の通電がオフになると(SMAワイヤ12が冷却すると)、当該傾斜角度θが非通電時の傾斜角度(107°)に復帰した。
【0070】
また、通電装置100は、3V、0.7Aの条件で各SMAワイヤ12、12に通電するものとした。そして、ロボット1に接続したコントロールボックスのスイッチによって、ONを1秒間、OFFを1秒間の間隔で、一対の脚部に交互に通電を行ってロボット1を移動させた。通電装置100により各SMAワイヤ12に係る条件で通電すると、SMAワイヤ12は加熱し、急速に収縮した。これに伴い、可撓性部材11が湾曲し、ひずみ量が得られた。ちなみに、SMAワイヤ12は、加熱されることによって初期の長さ(非通電時の長さ)から約10%収縮した。
【0071】
また、実施例1で用いるロボットは、ラウンド型アルミフィルム風船をロボット1の胴体部30に取り付けた。当該風船とロボット1との取付は、例えばポリエチレン材料やマグネット等の適当なものを用いることが出来る。なお、当該風船とロボット1とを繋ぐ距離を長くとると、ロボット1の移動安定性が劣るため、本実施例では、当該風船とロボット1の胴体部30とを軽くて加工が容易なメンディングテープにより連結部材34、38に接続した。
【0072】
浮力を発生する浮揚力発生手段2を備えたロボット1は、当該ロボット1に働く重力が当該浮力よりも小さいときには浮き上がってしまい、接地面との摩擦が得られなくなることで前進することが出来ない。従って、当該ロボット1が前進移動を行うに際し、少なくとも足部10と接地面との間に摩擦力が生じることが条件として挙げられるため、転倒を防ぐことを考慮すると、当該浮力は、当該ロボット1に働く重力と同等又はそれ以下であることが求められる。
【0073】
実施例1において、ロボット1の胴体部30に取り付ける風船は、その大きさを選定するにあたり、入手が容易な14インチ、18インチ、22インチのものを用意した。当該風船は、その浮力が少なくともロボット1に働く重力と釣り合う状態になるまでヘリウムガスを充填可能な大きさでなければならない。ここで、図8は、風船の直径とヘリウムガスの充填量(理論上の最大値)との関係を示したグラフである。また、図9は、図8の風船の直径とロボットの最低質量との関係を示したグラフである。
【0074】
ちなみに、図9に示す最低限必要なロボットの質量を求めるにあたって、以下に示す関係式を参酌することが出来る。まず、風船に充填されるヘリウムガスの体積をV(m)、風船の質量をC(g)、空気の密度をρa(Kg/m)、風船内のヘリウムガスの密度をρHe(Kg/m)、ロボット1に求められる質量をM(g)とすると、「V(ρ−ρHe)−C≦M」の関係式が成立する。また、温度t(K)のときの空気の密度をρ(Kg/m)、大気圧をP(Kg/m)とすると、「ρ=1.293P/(1+0.00367t)」の関係式が成立する。
【0075】
ここで、実施例1で用いるロボット1の浮揚力発生手段2を除く質量は、5.3gである。そうすると、ロボット1に働く重力と当該浮揚力発生手段2が発生する浮力とが上述した条件に最も近いのが風船の直径が457mm(約18インチ)となる(図9参照のこと。)。これは、図9において、例えば風船の直径が457mm(約18インチ)のときの、ロボットが浮き上がらないために最低限必要な質量が4.2gだからである。以上のことから、実施例1において、ロボット1の胴体部30に取り付ける風船の大きさは、直径が457mm(約18インチ)とした。
【0076】
図10は、浮揚力発生手段としてヘリウムを充填した風船を取り付けたロボットの移動の軌跡を示したグラフである。このロボット1の移動実験は、室内温度296K、風速0m/sで行った。ここでは,ロボット1と垂直にビデオカメラを設置し,ロボット1の近傍にスケールを配置して当該ロボット1を撮影した。撮影された動画は1秒ごとの静止画に直し、移動距離を読み取った。ここで、実験に用いたロボット1の浮揚力発生手段2を除いた質量は5.3gで一定とした。18インチのラウンド型アルミフィルム風船に充填するヘリウムガスの量については、浮力が0.23N、0.26N、0.33Nとなるように、その量を調整することで3種類に分けた。このときに、当該風船の浮力が0.23Nであるものを実施例1−A、当該風船の浮力が0.26Nであるものを実施例1−B、当該風船の浮力が0.33Nであるものを実施例1−Cとして、それぞれについて移動実験を行った。
【0077】
図10より、実施例1−Aについてはロボット1の移動軌跡に乱れが生じ、実施例1−B及び実施例1−Cについてはロボット1の移動軌跡が安定する結果が得られた。この結果より、浮力が0.26Nよりも小さくなるに従って、ロボット1の移動安定性が顕著に悪くなることが分かった。また、図10において、20秒経過時点におけるロボット1の移動距離は、実施例1−Aが約44mm、実施例1−Bが約13mm、実施例1−Cが約5mmであった。すなわち、ロボット1の移動速度は、実施例1−Aが約2.2mm/sec、実施例1−Bが約0.7mm/sec、実施例1−Cが約0.3mm/secである。この結果より、浮力が0.26Nよりも大きくなるに従って、ロボット1の移動速度が顕著に遅くなることが分かった。ちなみに、実施例1−Aと実施例1−Cとでは、移動速度に約7倍の差が生じる結果が得られた。
【実施例2】
【0078】
実施例2でも、実施例1と同様に、浮揚力発生手段2として空中浮遊体を用いたロボット1により、移動安定性及び移動速度にどのような影響が及ぼされるかについて確認を行った。但し、実施例2では、実施例1の結果を受けて、ロボット1に働く重力Mgと浮揚力発生手段2により発生される浮揚力Fとの関係のより好ましい条件について確認を行った。実施例1では、風船の浮力が0.23N〜0.26Nの範囲内において、ロボット1の移動安定性と移動速度との両方を満足する結果が得られている。しかし、当該重力Mgと浮揚力Fとの関係のより好ましい条件を確認するにあたって、この風船に充填するヘリウムガスの量を調整して、当該風船の浮力を0.03Nの範囲で分けて設定するのは困難であり、得られるデータも正確性に欠くものとなる。従って、実施例2では、浮揚力発生手段2として実施例1と同様に18インチのラウンド型アルミフィルム風船を用い、当該風船に充填するヘリウムガスの量については、実施例1で移動安定性及び移動速度共に良好な結果が得られた、浮力が0.26Nに相当する量で一定とした。そして、実施例2では、用いるロボット1の自重を変えるために胴体部30に質量が1g、4g、8gの3種類の異なる重りを取り付けることとした。
【0079】
すなわち、実施例2では、実施例1における実施例試料Bのロボット1に対してそれぞれ異なる重りを取り付けて移動実験を行った。このときに、ロボット1の浮揚力発生手段2を除く質量が13.3gであるものを実施例2−D、当該質量が9.3gであるものを実施例2−E、当該質量が6.3gであるものを実施例2−Fとして、それぞれについて移動実験を行った。その他、実施例2では、ロボット1の移動実験は、実施例1と同じ条件で行った。
【0080】
図11は、実施例2における浮揚力発生手段としてヘリウムを充填した風船を取り付けたロボットの移動の軌跡を示したグラフである。図11より、実施例2−D及び実施例2−Eについてはロボット1の移動軌跡に若干の乱れが生じ、実施例2−Fについてはロボット1の移動軌跡が安定する結果が得られた。この結果より、ロボット1の浮揚力発生手段2を除く質量が6.3g程度よりも大きくなるに従って、ロボット1の移動安定性が悪くなることが分かった。また、図11において、20秒経過時点におけるロボット1の移動距離は、実施例2−Dが約21mm、実施例2−Eが約14.5mm、実施例2−Fが約13.5mmであった。すなわち、ロボット1の移動速度は、実施例2−Dが約1.1mm/sec、実施例2−Eが約0.7mm/sec、実施例2−Fが約0.7mm/secである。この結果より、ロボット1の浮揚力発生手段2を除く質量が13.3gの実施例2−Dが、最もロボット1の移動速度が速くなることが分かった。但し、実施例2−D〜実施例2−Fでは、移動速度にさほど大きな差が生じなかった。
【比較例】
【0081】
比較例では、浮揚力発生手段2を用いないロボットについて、移動安定性及び移動速度にどのような影響が及ぼされるかについて確認を行った。なお、比較例で用いるロボットは、浮揚力発生手段2を除けば、上記実施例1及び実施例2と全て同じ条件でロボットの移動実験を行った。
【0082】
図12は、比較例におけるロボットの移動軌跡を示したグラフである。図12において、実線が右脚部の軌跡、破線が左脚部の軌跡をそれぞれ示している。この右脚部の軌跡と左脚部の軌跡とを見るに、比較例のロボットの移動軌跡は比較的安定していることが分かる。そして、図12より、比較例のロボットの20秒経過時点におけるロボットの移動距離は、約6mmであった。すなわち、比較例のロボットの移動速度は、約0.3mm/secである。
【0083】
[実施例と比較例との対比]
以上の結果より、比較例のロボットの移動速度は、実施例1−Cのロボット1の移動速度とほぼ同じ速度となった。この結果より、ロボットの自重が大きくなりすぎても、当該ロボットの移動速度は遅くなることが分かった。そして、実施例1及び実施例2の結果より、移動安定性及び移動速度の両方を考慮した場合に、ロボット1の浮揚力発生手段2を除く質量が6.3gである実施例2−Fが最も好ましいと考えられる。従って、上述したように、当該ロボット1が空中に浮かばないために最低限必要とされるロボットの質量が4.2gであることから(図9参照のこと。)、この質量の約1.5倍の質量とすることが移動安定性及び移動速度の両方を考慮した場合に好ましい結果が得られた。
【0084】
なお、以上の実施例1及び実施例2は、あくまでも、ラウンド型のアルミニウム製風船に、ヘリウムガスを充填した空中浮遊体を浮揚力発生手段2として確認を行った結果である。ちなみに、ロボット1は、当該浮揚力発生手段2である空中浮遊体の形状の変更、当該空中浮遊体に充填するガスの種類の変更、ロボット1の形状及び構造の変更、回転翼等による揚力を用いた浮揚力発生手段2の採用等、上記実施例1及び実施例2と異なる条件で製造することが出来る。しかし、例え実施例1及び実施例2と異なる条件を採用したとしても、ロボット1の質量を、当該浮揚力発生手段2により得られる浮揚力の約1.5倍程度重くなるよう設定させることが、移動安定性及び移動速度の観点からみて好ましいと考えることが出来る。
【産業上の利用可能性】
【0085】
本件発明に係るロボットは、人間に危害を加えない構造及び機能を有し、単純なマニュアルに基づいて誰もが簡単に取り扱うことが出来るものである。また、本件発明に係るロボットは、浮揚力発生手段を構成に備えることで、バランスを崩しても転倒することがなく、災害現場等人の立ち入ることが困難な狭地や危険な場所でも移動が可能である。従って、本件発明に係るロボットによれば、人間の活動を支援するために人間と生活を共有することが可能となる。
【符号の説明】
【0086】
1 ロボット
2 浮揚力発生手段
3 推進力発生手段
10 足部
11 可撓性部材
12 SMAワイヤ(形状記憶合金)
17 脚部取付用ブラケット
20 脚部
21 締結部材
30 胴体部
31 取付板
32 締結部材
33 締結部材
34 連結部材
35 支柱
36 支柱
37 連結部材
38 連結部材
39 締結部材
100 通電装置
101 銅線(通電リード線)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
転倒することなく移動可能なロボットであって、
当該ロボットに移動するための推進力を付与する推進力発生手段と、当該ロボットに浮揚力を付与する浮揚力発生手段とを備えることを特徴とするロボット。
【請求項2】
前記浮揚力発生手段は、前記ロボットに働く重力をMg、当該浮揚力発生手段により発生される浮揚力をFとした場合、Mg≧Fの関係を満足するように設定され、障害物を乗り越えて移動する際に限り当該障害物の手前でMg<Fの関係を満足するように設定されるものである請求項1に記載のロボット。
【請求項3】
前記浮揚力発生手段は、空気より軽いガスを充填した空中浮遊体であり、当該空中浮遊体が前記ロボットに浮揚力を付与する請求項1又は請求項2に記載のロボット。
【請求項4】
前記空中浮遊体に充填されるガスは、ヘリウムガスである請求項3に記載のロボット。
【請求項5】
前記推進力発生手段は、一対の長尺の足部の長手方向を進行方向に対して平行に配置し、当該一対の足部を動作させて前記ロボットに推進力を付与するものであり、
当該足部は、板状の可撓性部材と、当該可撓性部材に取り付けられて、通電加熱により収縮し、冷却により延伸することによってその長さが変化する形状記憶合金とからなるアクチュエータとにより構成される請求項1〜請求項4のいずれかに記載のロボット。
【請求項6】
前記一対の足部と、当該足部間に位置する胴体部と、当該足部と当該胴体部とを連結する一対の脚部とから構成され、
前記可撓性部材は、その下面に沿って前記形状記憶合金が各々取り付けられ、且つ、当該形状記憶合金の収縮により接地面に対して円弧状に湾曲するものであり、
当該脚部は、下部が当該可撓性部材に取り付けられると共に、当該可撓性部材の湾曲する動作に同期して、ロボットを前方に動かす駆動モーメントの伝達経路となる請求項5に記載のロボット。
【請求項7】
前記脚部は、剛性を有する平板部材にて構成される請求項6に記載のロボット。
【請求項8】
前記胴体部は、前後方向に弾性変形可能な弾性部材からなり、且つ、前記脚部の上部背面に取り付けられて、前記駆動モーメントが発生するとき、自重で振り子作用を発揮して、前記ロボットが前方に移動する推進力を付与する請求項6又は請求項7に記載のロボット。
【請求項9】
前記形状記憶合金は、それぞれ独立して通電装置に電気的に接続される請求項5〜又は請求項8に記載のロボット。
【請求項10】
前記通電装置は、前記一対の足部の前記形状記憶合金に交互に通電する請求項9に記載のロボット。
【請求項11】
前記足部は、その先端に爪を備える請求項5〜請求項10のいずれかに記載のロボット。
【請求項12】
前記可撓性部材は、ポリエチレン製の薄板から成る請求項5〜請求項11のいずれかに記載のロボット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2013−20581(P2013−20581A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−155640(P2011−155640)
【出願日】平成23年7月14日(2011.7.14)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成23年5月26日 一般社団法人日本機械学会発行の「No.11−5 ロボティクス・メカトロニクス講演会2011 講演概要集」に発表
【出願人】(599141227)学校法人関東学院 (14)
【Fターム(参考)】