説明

不精臭が低減した飲食品

【課題】不精臭の少ない、風味に優れた高品質の飲食品を提供すること。
【解決手段】配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ活性を有する蛋白質、該蛋白質をコードするイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ遺伝子、配列番号1で表される塩基配列からなるイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ遺伝子、前記遺伝子を挿入した組み換えベクターDNA、前記ベクターDNAを含む形質転換体、イソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ活性が増大した微生物変異株、これらの形質転換体もしくは変異株を培養し、培養物よりイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼを採取することを特徴とするイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼの製造法、前述の形質転換体もしくは変異株さらにはこれらより採取したイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼを使用することを特徴とする飲食品の製造法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ遺伝子、イソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ蛋白質、及びイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ活性を強化した各種微生物を使用することを特徴とする、不精臭が低減した飲食品の製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
イソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ(EC1.3.99.10)は、真核生物においてはミトコンドリアに存在し、ロイシン代謝系の中間体であるイソバレリル-CoA(3-メチルブタノイル-CoA)を3-メチルクロトニル-CoAに変換する酵素である。
【0003】
これまでに微生物から哺乳類に至るまで多くのイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼの酵素学的解析がなされ、遺伝子についても解析されてきた。例えば、アスペルギルス属カビではアスペルギルス・ニデュランス[J. Biol. Chem. Vol.279 No.6: 4578-4587 (2004)](非特許文献1)のものが知られており、哺乳類ではヒト由来[J. Clin. Invest. 85: 1058-1064 (1990)]のものなどが知られている。
【0004】
ヒトなどの高等生物においては、イソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼが先天的に欠損するとイソ吉草酸が血液中や尿中に高濃度に蓄積し、特有の臭気を放つイソ吉草酸血症を発症することが知られている。
【0005】
イソ吉草酸やイソ酪酸を始めとした短鎖分岐脂肪酸類は醸造物において不精臭(不快臭、ムレ臭)の原因になることが知られており、その対策として納豆においてイソ吉草酸生成酵素を不活性化する技術(特許文献1)や、清酒においてイソバレルアルデヒドの生成酵素活性を低減する技術(特許文献2)が開発されているが、原因物質を分解することにより不精臭を低減する技術は開発されていなかった。
【0006】
一方、醤油においてもその香気成分の分析から、イソ吉草酸が存在し、高濃度に蓄積した場合は不精臭の原因となって醤油の品質を損なうことが知られているが、その生成機構の詳細は明らかになっておらず、低減対策は講じられていなかった。
【非特許文献1】J. Biol. Chem. Vol.279 No.6: 4578-4587 (2004)
【特許文献1】特開2000-354493号公報
【特許文献2】特開平9-70287号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
醤油醸造においては、製麹の工程で麹菌がイソバレリル-CoAからイソ吉草酸を生産し、麹中に放出すると考えられる。そこで、イソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ活性を強化せしめることができれば、中間体のイソバレリル-CoAを速やかに分解し、麹に放出されるイソ吉草酸を減少させることが可能となる。イソ吉草酸の少ない麹からは不精臭の少ない、風味に優れた高品質の醤油が得られると期待できる。また、同様の手法は類似の調味料や飲食品にも応用できる。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そこで本発明者等は、上記課題を解決するため鋭意研究を重ねた結果、麹菌アスペルギルス・オリゼよりイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ遺伝子をクローニングすることに成功し、麹菌アスペルギルス・ソーヤを宿主とし、高発現させることによって本発明を完成した。
【0009】
すなわち本発明は、以下の各態様にかかるものである。
1. 配列番号2で表されるアミノ酸配列からなる蛋白質。
2. 配列番号2で表されるアミノ酸配列全長と90%以上の配列相同性を示すアミノ酸配列、若しくは配列番号2で表されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列、又はその部分断片であり、かつイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ活性を有する蛋白質。
3. 上記1又は2に記載の蛋白質をコードするイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ遺伝子。
4. 以下の(a)又は(b)のDNAを含むイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ遺伝子:
(a) 配列番号1で表される塩基配列からなるDNA、
(b) 配列番号1で表される塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ活性を有する蛋白質をコードするDNA。
5. 上記3又は4に記載の遺伝子が挿入された組み換えベクター。
6. 上記5記載のベクターDNAを含む形質転換体。
7. 宿主としてアスペルギルス属に属する菌を用いる、上記6記載の形質転換体。
8. 宿主としてアスペルギルス・ソーヤ又はアスペルギルス・オリゼを用いる、上記7記載の形質転換体。
9. イソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ活性が増大した微生物変異株。
10.上記6ないし8の何れか一項記載の形質転換体又は上記10記載の微生物変異株を培養し、培養物よりイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ又は同活性を有する画分を採取することを特徴とするイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼの製造法。
11.上記6ないし8の何れか一項記載の形質転換体、上記9記載の微生物変異株、又は、上記10記載の方法により得られたイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼを使用することを特徴とする不精臭が低減した飲食品の製造法。
【発明の効果】
【0010】
本発明のイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼを挿入したことを特徴とするベクターDNAを含む形質転換体に代表されるイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ活性が増大した微生物を使用して、醤油等の飲食品を製造することによって、イソ吉草酸に由来する不精臭の少ない、風味に優れた高品質の製品を製造することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の蛋白質はイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ活性を有し、その好適具体例の一つは、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなる蛋白質である。
【0012】
本発明の蛋白質は、イソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ活性を有する限り、配列番号2で表されるアミノ酸配列において1若しくは複数のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されていてもよい。更に、イソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ活性を有する限り、配列番号2で表されるアミノ酸配列の全長と90%以上、好ましくは95%以上、更に好ましくは98%以上の配列相同性を示すアミノ酸配列からなる蛋白質又はその部分断片であってもよい。
【0013】
本発明の遺伝子は上記の蛋白質をコードするイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ遺伝子であり、その好適具体例の一つは、配列番号1で表される塩基配列からなるDNAを含むものである。
【0014】
上記のもののほか、配列番号1に記載の塩基配列の450塩基以上の部分又は全長と80%以上、好ましくは85%以上、更に好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の配列相同性を示すような塩基配列から成るDNAは、本発明のイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼと実質的に同等の活性を有する蛋白質をコードしていると考えられる。従って、これらのDNAも本発明のイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ遺伝子に含まれる。
【0015】
2つのアミノ酸配列又は塩基配列における配列相同性を決定するために、配列は比較に最適な状態に前処理される。例えば、一方の配列にギャップを入れることにより、他方の配列とのアラインメントの最適化を行なう。その後、各部位におけるアミノ酸残基又は塩基が比較される。第一の配列におけるある部位に、第二の配列の相当する部位と同じアミノ酸残基又は塩基が存在する場合、それらの配列は、その部位において同一である。2つの配列における配列相同性は、配列間での同一である部位数の全部位(全アミノ酸又は全塩基)数に対する百分率で示される。
【0016】
上記の原理に従い、2つのアミノ酸配列又は塩基配列における配列相同性は、Karlin及び Altschulのアルゴリズム(Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87:2264-2268, 1990及びProc. Natl. Acad. Sci. USA 90:5873-5877, 1993)により決定される。このようなアルゴリズムを用いたBLASTプログラムやFASTAプログラムは、主に与えられた配列に対し、高い配列相同性を示す配列をデータベース中から検索するために用いられる。これらは、例えば米国National Center for Biotechnology Informationのインターネット上のウェブサイトにおいて利用可能である。尚、前述のアスペルギルス・ニデュランスのイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼの全長アミノ酸配列と配列番号2のそれとの相同性は約86%であり、又、その塩基配列の全長と配列番号1のそれとの相同性は約75%である。
【0017】
更に、本発明の遺伝子は、配列番号1で表される塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ活性を有する蛋白質をコードするDNAを含むものである。
【0018】
ここで、ハイブリダイゼーションは、Molecular cloning third.ed.(Cold Spring Harbor Lab.Press,2001)に記載の方法等、当業界で公知の方法あるいはそれに準じる方法に従って行なうことができる。また、市販のライブラリーを使用する場合、添付の使用説明書に記載の方法に従って行なうことができる。
【0019】
ハイブリダイゼーションは、例えば、カレント・プロトコールズ・イン・モレキュラー・バイオロジー(Current protocols in molecular biology(edited by Frederick M. Ausubel et al., 1987))に記載の方法等、当業界で公知の方法あるいはそれに準じる方法に従って行なうことができる。また、市販のライブラリーを使用する場合、添付の使用説明書に記載の方法に従って行なうことができる。
【0020】
本明細書において、「ストリンジェントな条件下」とは、例えば、温度60℃〜68℃において、ナトリウム濃度150〜900mM、好ましくは600〜900mM、pH 6〜8であるような条件を挙げることが出来る。
【0021】
本発明のイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ遺伝子は、例えば、アスペルギルス・ソーヤあるいはアスペルギルス・オリゼ等の黄麹菌、その他の糸状菌、又はその他の真菌類から得ることができる。具体的には、例えば、これら菌類の色体DNA又はcDNAを鋳型としてPCRを行なうことにより該遺伝子を増幅することができる。また、コロニーハイブリダイゼーションもしくはプラークハイブリダイゼーションによる選択法を用いて得ることもできる。更には化学合成法を用いて該遺伝子を構築することも可能である。PCR法によるイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ遺伝子の増幅に鋳型DNAとして用いる染色体DNAは、本発明のイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ遺伝子を有する微生物由来であればいかなる微生物由来の染色体DNAでも用いることができる。プライマーとしては、公知のイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ遺伝子の塩基配列に基づき作成することが出来る。その好適例としては、配列番号3及び4で表されるプライマーが挙げられる。
【0022】
得られた本発明のイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ遺伝子を含むDNAは、例えば、定法によりプラスミドベクターに組み込むことができる。このようにして得られたDNAの塩基配列は、サンガー法により、市販の試薬及びDNAシークエンサーを用いて決定することができる。
【0023】
上記のような塩基配列の配列相同性又はコードするアミノ酸配列の配列相同性を示すようなDNAは、上記のようにハイブリダイゼーションを指標に得ることもでき、ゲノム塩基配列解析等によって得られた機能未知のDNA群又は公共データベースのなかから、本技術分野の研究者が通常用いている方法により、例えば、前述のBLASTソフトウェアを用いた検索により発見することも容易である。更に、本発明遺伝子は種々の公知の変異導入方法によって得ることもできる。
【0024】
このようにして得られた遺伝子がイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ活性を有する蛋白質をコードしていることは、後述のように、適当なベクターに該遺伝子を組み込み、適当な宿主を形質転換し、形質転換体を培養してイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ活性を測定したり、培地中のイソ吉草酸濃度を測定することなどにより確認することができる。
【0025】
本発明の組み換えベクターは、本発明のイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ遺伝子を当業者に公知の適当なベクター上に連結することにより得ることができる。ベクターとしては、形質転換する宿主中でイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼを生産させ得るものであれば如何なる種類でも用いることができる。例えば、プラスミド、コスミド、ファージ、ウイルス、染色体組み込み型、人工染色体等のベクターを用いることができる。
【0026】
上記ベクターには、形質転換された細胞を選択することを可能にするためのマーカー遺伝子が含まれていてもよい。マーカー遺伝子としては、例えば、URA3、niaDのような、宿主の栄養要求性を相補する遺伝子又はアンピシリン、カナマイシンあるいはオリゴマイシン等の薬剤に対する抵抗遺伝子等が挙げられる。また、組み換えベクターは、宿主細胞中で本発明の遺伝子を発現することのできるプロモーター又はその他の制御配列(例えば、エンハンサー配列、ターミネーター配列、ポリアデニル化配列等)を含むことが望ましい。プロモーターとしては、具体的には、例えば、GAL1プロモーター、amyBプロモーター、lacプロモーター等が挙げられる。また、精製のためのタグをつけることもできる。例えば、イソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ遺伝子の下流に適宜リンカー配列を接続し、ヒスチジンをコードする塩基配列を6コドン以上接続することにより、ニッケルカラムを用いた精製を可能にすることができる。
【0027】
本発明の形質転換体は、宿主を本発明の組み換えベクターで形質転換することにより得られる。宿主としては、本発明のイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼを生産することができるものであれば特に限定されず、例えば、サッカロマイセス・セレビシエ、チゴサッカロマイセス・ルキシー等の酵母、アスペルギルス・ソーヤ及びアスペルギルス・オリゼ等のアスペルギルス属に属する菌等の糸状菌が挙げられる。
【0028】
形質転換は、宿主により公知の方法で行なうことができる。酵母の場合は、例えば、酢酸リチウムを用いる方法[Methods Mol. Cell. Biol., 5, 255-269(1995)]等を用いることができる。糸状菌の場合は、例えば、プロトプラスト化した後ポリエチレングリコール及び塩化カルシウムを用いる方法[Mol. Gen. Genet., 218, 99-104(1989)]を用いることができる。
【0029】
このようにして得られる本発明の形質転換体は、組み換えベクターに含まれるイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ遺伝子の発現によって、野生型菌に比べて、イソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ活性が有意に増大したものとなる。
【0030】
イソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ活性が増大した本発明の微生物変異株は、宿主を各種変異原処理することによって得られる。宿主としては本発明のイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼを生産することができるものであれば特に限定されず、例えば、形質転換体の作成に宿主として使用する各種菌を使用することが出来る。変異原処理は、紫外線照射、X線照射、γ線照射などの物理的方法、ニトロソグアニジン、エチルメタンスルホン酸などの化学的方法などの当業者に公知の方法で行なうことができる。
【0031】
尚、本発明の形質転換体及び変異株において、「イソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ活性が増大する」とは、下記の活性測定方法によって菌体内での該酵素活性の増大が認められること、又は、実施例に示されるように、これら菌株による代謝の結果、培養培地中に蓄積されるイソ吉草酸量が減少することを意味する。尚、培地中のイソ吉草酸の減少の程度は、菌株の種類、培養条件等によって変化するが、実施例で確認されているように、対照株と比較して、例えば、約1%〜約10程度に減少させることができる。
【0032】
本発明の蛋白質は当業者に公知の任意の方法で製造することが出来、具体的には、例えば、アスペルギルス・ソーヤあるいはアスペルギルス・オリゼ等の黄麹菌の培養物から精製することができる。更に、好ましくは、本発明の形質転換体又は微生物変異株を培養し、培養物よりイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ又は同活性を有する画分を採取することによって、イソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼを容易に製造することが出来る。
【0033】
本発明のイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼの活性は、イソバレリル-CoAを基質とし、酵素作用によって消失する補酵素の蛍光を定量することで測定できる[J. Biol. Chem. 275: 33738-33743 (2000)]。具体的には、基質溶液(50mMトリス緩衝液(pH8.0)、50μM イソバレリル-CoA、0.5% グルコース)795μlをキュベットに入れ、脱気し、アルゴン置換し、補酵素溶液(1μM 電子伝達フラビンタンパク、40Uグルコースオキシダーゼ、1Uカタラーゼ)5μlとアルゴン置換した酵素溶液200μlを加え、シールしたキュベット中で32℃で反応させ、496nmの蛍光の消失量を測定する。1分間あたり1μモルの電子伝達フラビンタンパクと反応する酵素量を1Uとする。
【0034】
更に、本発明の製造法により飲食品の不精臭が減少することは、例えば、該飲食品を密封し、ヘッドスペースに揮散したイソ吉草酸量やイソ酪酸量をガス検知管で定量したり、該飲食品に水もしくは適当な有機溶媒を加えて得られる抽出液中のイソ吉草酸量やイソ酪酸量をガスクロマトグラフィーによって定量することによっても確認することができる。
【0035】
本発明の形質転換体、微生物変異株、又はイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼを使用することによって、不精臭を低減した飲食品を製造することが出来る。本発明の製造法によって不精臭が低減できる飲食品としては、例えば、醤油、味噌、魚醤、納豆、清酒、焼酎、チーズ、漬物、とうふよう、などが挙げられる。ただし、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0036】
例えば、不精臭を低減した醤油を製造する際に、以下の実施例に記載されているようなアスペルギルス・ソーヤを宿主として用いて本発明の形質転換体を麹として使用することによって、麹に放出されるイソ吉草酸を減少させ、その結果、イソ吉草酸の少ない麹からは不精臭の少ない、風味に優れた高品質の醤油が得られる。
【実施例】
【0037】
以下に実施例を示し、本発明をより具体的に説明する。但し、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0038】
1.アスペルギルス・オリゼのイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ遺伝子のクローニング
アスペルギルス・オリゼRIB40株(Aspergillus oryzae var. viridis Murakami, anamorph; ATCC42149)の分生子約100,000個を150ml容の三角フラスコに入った5gのふすま培地に接種し、30℃で、30時間静置培養し培養物を得た。液体窒素を注いで冷却してある乳鉢に培養物を入れ、液体窒素を追加した後、乳棒を用いて粉砕した。粉砕された菌体から、Cathala等の方法[DNA, 2(4):329-335, 1983]で全RNAを抽出した。得られた全RNA1.0μgを鋳型として、Marathon cDNA Amplification Kit(クロンテック社製)を用いてRT-PCRを行なった。逆転写反応のプライマーは、オリゴdTの3'側にアダプター配列の付いたキットに付属のものを用い、逆転写反応は、42℃で60分間行なった。次いで、上記逆転写反応産物に、RNaseH、DNAポリメラーゼ及びDNAリガーゼ等を含んだカクテルを加え、16℃で90分間反応させた後、更に、T4DNAポリメラーゼを加え、16℃、50分間反応させ、2本鎖cDNAのライブラリーを合成した。さらに、上記反応物にアダプターDNA、DNAリガーゼ等を加え、アダプターを結合させた二本鎖cDNAのライブラリーを合成した。次いで、アダプターを結合させた二本鎖cDNAのライブラリーを合成した。
【0039】
次いで、上記で得られた二本鎖cDNAのライブラリーを鋳型として、配列番号3及び配列番号4のプライマーを用いて、PCRを行ない、5'側は、開始コドンから、3'側は、終止コドンまで増幅した。夫々のプライマーの5'側にはクローニングを容易にするために制限酵素サイトを付加させた。耐熱性 DNAポリメラーゼとしては、Takara EX Taq DNA Polymerase(宝酒造社製)を用いた。PCR反応は、94℃、2分間の後、94℃、30秒間、55℃、30秒間、72℃、2分間を30サイクル行ない、72℃、5分間行なった。増幅産物の一部を0.7%アガロースゲルで電気泳動したところ、約1.3kbのバンドが確認された。なお、サーマルサイクラーとしては、GeneAmp 5700 Sequence detection system(PE Applied Biosystems社製)を用い、温度コントロール法は、カリキュレートコントロールによった。
【0040】
次いで、TOPO TA Cloning Kit(インビトロジェン社製)を用いて、上記増幅産物を染色体組み込み型のpCR2.1TOPOベクター上に組み込み、キットに付属の大腸菌TOP10F'株を形質転換し、形質転換体を得た。形質転換体よりQIAprep spin Miniprep Kit(キアゲン社製)を用いてプラスミドを抽出した。このプラスミドpTA8458は、平成16年12月7日付けで、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに寄託され、受領番号「FERM ABP-10180」が付されている。また、pTA8458に含まれるクローンの開始コドンから終止コドンまでの塩基配列を配列番号1に記載した。上記塩基配列を解析したところ、このDNAは、430アミノ酸残基からなる蛋白質をコードしていることが分かった。このアミノ酸配列は配列番号2に記載した。
【0041】
2.イソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼcDNAの発現
上記PCR産物を麹菌用発現ベクターpAP(特開2003-250588記載)のマルチクローニングサイトに挿入し、pAP8458を作製した。これを用いて麹菌アスペルギルス・ソーヤATCC46250から取得したpyrG欠損株を形質転換した。形質転換法は、プロトプラスト化した後ポリエチレングリコール及び塩化カルシウムを用いる方法[Mol.Gen. Genet. 218:99-104 (1989)]によって行なった。pAP8458を3μg用いて形質転換し、最少培地で形質転換体を選択した。
【0042】
上記で得られた形質転換体の分生子約5,000,000個を150ml容の三角フラスコに入った醤油麹培地(脱脂大豆2.46g、小麦2.7g、水3.6ml)に接種し、30℃で、30時間静置培養し培養物を得た。これに飽和食塩水20mlを加え、室温で24時間放置後濾紙濾過した。この濾液5mlをスクリューキャップ付試験管に移し、食塩2 g、酢酸メチル2 ml、内部標準液(n-amylalcohol 1000 ppm /酢酸メチル) 50 mlの順に入れた。10分間振とう後、3000 rpm、5 ℃、10分間遠心し、上清をバイアルへ入れ、ガスクロマトグラフィー(アジレント・テクノロジーズ社製6890N)による分析を行った。標準物質を用いた検量線法により不精臭成分含有量を決定した。
【0043】
4.不精臭低減効果の検証
スクリーニングの結果、不精臭が低減した形質転換麹菌株8458-3-8が得られた。8458-3-8と宿主株の生産した不精臭成分含有量を表1に示す。表中の数値は、上記培養条件における不精臭成分含有量を表す。8458-3-8は、イソ吉草酸含有量が宿主株のATCC46250の約1%程度にまで著しく減少した。さらに、イソ酪酸含有量も宿主株の約14%に減少した。
【0044】
【表1】

【0045】
次いで、得られた8458-3-8および宿主株を用いて醤油の小仕込試験を行った。具体的には、脱脂大豆600gに熱水900mlを加え、小麦600gと種麹1gを混合し、25℃、湿度95%で3日間製麹を行った後、飽和食塩水2Lを加え、25℃で仕込んだ。なお、これらの試験は全てP1レベルの閉鎖系で行った。6ヵ月後、諸味を圧搾し火入れを行った後、得られた醤油5mlをスクリューキャップ付試験管に移し、前述の方法で不精臭成分含有量を決定した。その結果を表2に示す。8458-3-8を用いて作製した醤油は、イソ吉草酸含有量が宿主株ATCC46250を用いて作成したものと比較して約7%程度にまで著しく減少した。さらに、イソ酪酸含有量も宿主株の約25%に減少した。
【0046】
【表2】

【0047】
さらに、得られた醤油の官能評価を一対比較法により20名のパネルで行った。その結果を表3に示す。8458-3-8を用いて作製した醤油は信頼係数5%で不精臭が少ないと判定され、信頼係数1%で好まれた。
【0048】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明により、イソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ蛋白質、該遺伝子、形質転換体及びイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼを利用した飲食品の製造法が提供される。更に、本発明により、飲食品製造時の不精臭を低減し、風味に優れた飲食品を提供することができるようになる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号2で表されるアミノ酸配列からなる蛋白質。
【請求項2】
配列番号2で表されるアミノ酸配列全長と90%以上の配列相同性を示すアミノ酸配列、若しくは配列番号2で表されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列、又はその部分断片であり、かつイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ活性を有する蛋白質。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の蛋白質をコードするイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ遺伝子。
【請求項4】
以下の(a)又は(b)のDNAを含むイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ遺伝子:
(a) 配列番号1で表される塩基配列からなるDNA、
(b) 配列番号1で表される塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ活性を有する蛋白質をコードするDNA。
【請求項5】
請求項3又は4に記載の遺伝子が挿入された組み換えベクター。
【請求項6】
請求項5記載のベクターDNAを含む形質転換体。
【請求項7】
宿主としてアスペルギルス属に属する菌を用いる、請求項6記載の形質転換体。
【請求項8】
宿主としてアスペルギルス・ソーヤ又はアスペルギルス・オリゼを用いる、請求項7記載の形質転換体。
【請求項9】
イソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ活性が増大した微生物変異株。
【請求項10】
請求項7ないし9の何れか一項記載の形質転換体又は請求項9記載の微生物変異株を培養し、培養物よりイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼ又は同活性を有する画分を採取することを特徴とするイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼの製造法。
【請求項11】
請求項6ないし8の何れか一項記載の形質転換体、請求項9記載の微生物変異株、又は、請求項10記載の方法により得られたイソバレリル-CoAデヒドロゲナーゼを使用することを特徴とする、不精臭が低減した飲食品の製造法。

【公開番号】特開2006−174786(P2006−174786A)
【公開日】平成18年7月6日(2006.7.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−372724(P2004−372724)
【出願日】平成16年12月24日(2004.12.24)
【出願人】(000004477)キッコーマン株式会社 (212)
【Fターム(参考)】